・類は友を呼ぶ――
気の合った者や似通った者は自然に寄り集まる事。
似た言い方をすれば“類を以て集まる”とも言う。
今回はこんな諺がピッタリだと思われる出来事が起こった話である。
物語は、とある国の屋敷にある厨房から始まるのだった――
厨房――それは全ての料理人達の戦場であり、とても神聖な場である。
そこには、一風変わった衣服を身に纏う、2人の少女の姿があった。
「……よし、出来た」
見る人全てを魅了しそうな笑顔を浮かべながら、月は眼の前の物を見つめた。
それは菓子屋の店主に一から丁寧に教わり、懸命に拵えた“酒饅頭”である。
満足感に浸っている親友を微笑ましい表情で見つめつつ、詠が口を開いた。
「上手く出来て良かったね月。すっごく美味しそうよ、これ」
「えへへ……ありがとう、詠ちゃん」
頬を赤らめ、照れている月は、年相応と言った様子の可愛い少女だ。
詠は彼女を、その場で抱き締めたいと言う邪な衝動を必死に抑えた。
――と言っても、彼女の鼻からは少量の血が出てしまっているが。
「ご主人様……喜んでくれるかなぁ?」
若干不安そうな表情を浮かべながら、隣に居る詠に訊く月。
この酒饅頭は、彼女の愛する主こと、長曾我部元親の為に作った物である。
以前に月は魏王・華琳から、彼はこのお菓子が大好物だと聞いた事があった。
その日から秘密に練習し、今回――やっと自慢の出来る一品が完成したのだ。
そして今日は、元親に『お帰りなさい』の意味を込めて贈るつもりだった。
1度は姿を消したが、ここに以前と変わらず帰ってきてくれた、彼の為に。
「へっ? 今更何を言ってるのよ、月は」
出てしまった鼻血を布で拭き取りつつ、詠は自信満々に言った。
「あいつの性格なら、絶対に喜んで受け取る。僕が保証するよ」
「詠ちゃん…………」
親友の嬉しい言葉に、月の表情に笑顔が戻った。
「うん! そうだね。ご主人様なら喜んでくれるよね?」
「当然よ。万が一の時は、僕があいつに蹴りを入れてやるんだから」
「ふふ、詠ちゃんたら。……それじゃあさ――」
月はチラリと、自分の作った酒饅頭の隣に置いてある“ある物”へ視線を向けた。
形は饅頭のようではあるが、何故か黒く焦げており、餡が所々から飛び出ている。
ある意味不気味で、ある意味グロテスクな様子を、その物体Xは醸し出していた。
「詠ちゃんが一生懸命作ったお饅頭も、一緒に持っていこうね」
「うえっ!? ああっ!? ちょ、ちょっと、これは、は!?」
詠は慌てて――饅頭らしい――物体Xを月の酒饅頭から退けた。
どうやら彼女も月と一緒に作ったようだが、失敗したらしい。
「こ、これだけは勘弁して!? 月のを持っていくだけで十分でしょ!?」
「駄目だよ詠ちゃん。せっかく作った物を、捨てちゃうなんて勿体無いよ」
「ううう……で、でもぉ……」
愚図る詠の頭へ向け、月が手を伸ばす。
そして、優しい手付きでソッと撫でた。
「さっきの詠ちゃんの言葉を返すね。ご主人様なら、受け取ってくれるよ」
「月…………」
詠が自分の胸へ抱え込んだ手作り饅頭を、何かを確かめるようにジッと見つめた。
そして少しの後、彼にこれを贈る事を決心したのか、ゆっくりと詠は頷いた。
「……分かったわ。もう私ってば、月にはホント敵わないわよねえ」
「私だって、時々詠ちゃんには敵わないなぁって、思ったりするよ?」
「嘘ぉ? 殆ど僕、月にこうやって丸め込まれたりしてるんだけど」
「えっ? そ、そんな事、無いと思うよ……」
そう会話を交わした後、月と詠はニッコリと笑い合う。
親友同士ならではの、明るく、楽しいやり取りだった。
「それじゃあ、そろそろあいつに持って行ってやりましょうか?」
「うん。ご主人様も今頃、お仕事を休憩してるかもしれないしね」
「きっとボヤいてるわ。こう『あ〜……疲れた。愛紗ぁ、朱里ぃ、休みぃ』ってさ」
「うふふ、詠ちゃん、ご主人様の真似ソックリ」
月は詠の物真似に笑いつつも、お盆に酒饅頭と急須を載せていく。
無論、元親が愛用している湯飲みを載せる事も、忘れてはいない。
準備は出来た。後は彼の待つ部屋へ持って行くだけだ。
意気揚々と、2人が貸し切っていた厨房を出ようとした、その時――
彼女達が取手に手を掛ける前に、扉がゆっくりと、音を立てて開いた。
「……月、詠」
「えっ、恋ちゃん?」
開いた扉からヒョッコリと顔を覗かせたのは、最強の武人として名高い呂布こと、恋だ。
彼女はいつも通りの無垢な表情を浮かべながら、眼の前に居る2人の事を見据えている。
恋からの視線を受けつつも、月と詠は耳打ちで言葉を交わした。
(詠ちゃん……恋ちゃんがここに来た理由って……)
(う〜ん……多分月が考えてる事で合ってると思う)
彼女が厨房にこうして顔を出した理由――長い付き合いの月と詠にはすぐに察した。
月が声を掛けようとする前に、詠が一足先に彼女へ訊いた。
「あんた、お腹が空いたんでしょ? だからここに――」
「…………(コクコクッ!)」
詠が全部言う前に、恋が凄い勢いで首を縦に振った。
2人がすぐに察した事は、どうやら大当たりらしい。
恋の様子に月が苦笑し、詠が呆れた。
「はぁ……厨房から来る美味しい匂いでも嗅ぎ付けたって所かしら? 犬並の嗅覚よね」
「…………お腹空いた」
恋はそう言いながら、月が持つお盆に載る物へ熱い視線を送っている。
今から彼女が言い出しそうな事を予測した月は、苦笑しながら言った。
「ご、ゴメンね。これは駄目なの。これは今からご主人様に持って行く物だから……」
「…………美味しそう」
刹那、恋の呟きと共に、彼女が持ち得る最大の攻撃が月に向けて放たれた。
それは彼女の――無意識の――おねだり表現である、ウルウルした瞳攻撃。
この攻撃は、幾人もの武将達を落とし、奢らせてきた凶悪極まりない物だ。
更に本人の自覚無しと言う所が、凶悪さに拍車を掛けているので質が悪い。
「へうう……ほ、ホントにこれは駄目で……」
「…………(ウルウル)」
そしてこの攻撃は、侍女である月とて例外ではない。
その証拠に、彼女の内心では先程言った言葉が激しく揺らいでいる。
このままでは恋に手作り酒饅頭を渡してしまうのも、時間の問題だ。
「ほら月ッ! しっかりして! 饅頭を渡しそうになってるわよ!!」
「へうッ! あわわ……」
恋の攻撃に理性が崩壊しつつある親友の肩を揺さぶり、正気に戻す詠。
彼女の言う通り、月の手は知らず知らずに饅頭へと伸びていたりする。
その光景を見ていた恋は、物凄く残念そうな表情を浮かべていた。
「恋も我が儘を言うんじゃないわよ。後で月に作ってもらえば良いでしょ!」
「…………お腹空いた」
「……あ、あんたねえ、人の話をちゃんと聞いてるのッ!!」
今にでも口から火を吹きそうな勢いで怒鳴る詠だが、恋は全く動じていない。
そんな詠を「まあまあ」と抑えつつ、月は恋の説得を続けた。
「恋ちゃん、ご主人様にこれを贈ったら、すぐに何か作ってあげる。だから今はもう少しだけ我慢してくれないかな?」
恋は月を見据えながら、彼女の話を聞いていた。
そして説得が通じたのか――
「……………………(コクコク)」
かなりの長い間の後、ゆっくりと頷いた。
一応彼女なりに長い葛藤があったらしい。
「全く……ホントに世話が焼けるったらないわ」
「ふふ。ねえ恋ちゃん、恋ちゃんも一緒にご主人様の所へ行かない?」
「…………恋も、ご主人様の所に?」
恋が首を傾げた。
「うん。ここで私達が戻るのを待っていないで、一緒に行きましょう」
「そうね。もうすぐ厨房の人達が戻って来るし、何時までも居ると迷惑よ」
「…………(コクコク)」
月と詠に論され、恋は彼女達に付いて行く事にした。
そして再び厨房から出ようとしたのだが――
「月ちゃん、詠ちゃん、こんな所に居たのね」
「おねえちゃんたち、み〜つけた!」
恋の次に厨房へ姿を現したのは、紫苑と璃々の2人だった。
言葉から察するに、どうやら月と詠を探していたようだ。
「紫苑さん、私達に何かご用ですか?」
「ええ、そろそろご主人様にお茶を運ぶ頃じゃないかと思ってね」
そう言うと紫苑は、紫で染色された袋を1つ、月の前に差し出した。
「ご主人様の大好きな酒饅頭、菓子屋で安売りしていたから買ってきたの。もし良ければ、お茶菓子と一緒に出してくれないかしら?」
眩しいくらいの笑顔で言う紫苑に対し、月と詠は気まずそうに顔を歪める。
2人の反応を見て首を傾げる紫苑だが、月の持つお盆を一瞥した後、その真意に気付いた。
どうやら彼女達も、自分と同じ菓子をこれから主に向けて差し出すつもりだったらしい。
更によく見れば、お盆の上に載る酒饅頭は、手作りである事は明らかである。
形が少々歪な物があるものの、彼女達が懸命に作った事は感じる事が出来た。
「おかあさ〜ん、おまんじゅうはどうするの〜?」
璃々が無邪気な様子で、紫苑に訊いた。
「あらあら〜……私ったら、今回は完全に失敗しちゃったわね」
紫苑が袋を広げ、中に詰まった酒饅頭を困ったように見つめる。
「えっ、どれどれ…………うわっ! 20個もあるじゃないのよ!」
「ご主人様なら、これくらい食べちゃうかと思ってね。私の分も含めて買っちゃった」
「いくらあいつでも、こんなに饅頭は食べれないんじゃないの? 胸焼けしちゃうわ」
「う〜ん……言われてみればそうかもね。でもこのお饅頭、どうしようかしら……」
紫苑が顎に手を当てて悩んでいると、恋が彼女の袖をクイクイッと引っ張った。
見ると恋が物欲しそうな眼を浮かべつつ、紫苑の持つ袋をジッと見つめている。
彼女の真意をすぐに読み取った紫苑は、袋を恋に差し出した。
「沢山余っちゃったから、幾つか食べても良いわよ。但し、私の分は残しておいてね?」
「…………(コクコクコクコクッ!!)」
紫苑から袋を受け取った恋は、眼にも止まらぬ速さで饅頭を口に入れていく。
頬が大きく膨らみつつも、饅頭を頬張るその姿は、まるでハムスターである。
その場に居る者達が、恋のそんな姿に若干癒された事は言うまでもない。
「良かったね、恋ちゃん」
「確かにね。でも長く見てると、こっちが胸焼けしそうだわ……」
「うげ〜」と言った様子で恋を見つめながら、詠が呆れたように言った。
紫苑や璃々は彼女の食べっぷりを見てて楽しいのか、終始笑顔のままだ。
「――って、月ッ! 早くあいつの所に行かなきゃ!」
「へうう……そ、そうだね。早く行かないと休憩が終わっちゃう……!」
「もう〜……お菓子を届けるだけなのに、どうして色々足止めが……!」
恋の事は紫苑に任せ、月と詠は厨房を出て行こうとした。
しかし、またしても厨房に入って来た1つの影があった――
「ちょいとお邪魔するよ……って、月と詠、ここに居たのか」
「月ッ! 詠ッ! 鈴々達、あちこち探し回ったのだぁ!」
次に厨房に姿を見せたのは、翠と鈴々の2人だった。
またも足止めされてしまった月と詠だったが――
何故か嫌な予感を感じ、恐る恐る月は彼女達に訊いた。
「あ、あの……何か私達にご用ですか?」
「え、あ、うん……実はさ……」
「にゃははは、これなのだぁ!」
翠がそう言いながら、ゆっくりと紫で染色された袋を3つ差し出した。
それと同時に鈴々も笑顔を浮かべながら、翠と同じ物を3つ差し出す。
先程同じ物を見てしまったせいか、月と詠の顔が瞬時に青ざめていく。
その中身はもしかして――先程と同じ物なのだろうか。
「そろそろご主人様にお茶と菓子を出す時間だろ? 良かったらさ、これも一緒に持って行ってくれないかな? あたし達で買ってきたんだよ」
「お兄ちゃんの大好きな酒饅頭が、鈴々達が常連のお菓子屋さんでとっても安く売ってたんだよ! お兄ちゃんに食べてほしくて買ったのだ!」
翠と鈴々が述べた――予測していた――理由に、月と詠はガックリと首を俯かせた。
彼女達の反応に首を傾げる翠と鈴々だが、奥から姿を見せた紫苑が事情を説明した。
事情を聞かされていくに連れ、2人の顔が不味い事をしたと言った様子に染まっていく。
「あちゃ〜……まさか既に同じ物があったなんてなぁ」
「みんな考える事は同じなのだな。驚いたのだ」
しかしこれでまた、酒饅頭の量が大幅に増えてしまった。
月と詠の手作りが計6個、紫苑が20個、翠と鈴々がそれぞれ60個ずつで計120個。
その内、恋が紫苑の買ってきた分を17個平らげているので、全部の合計は129個だ。
これから元親に届ける月と詠の手作り饅頭を差し引いても、まだ123個も残っている。
「一体どうすんのよ……これだけの饅頭を」
詠が呆れたように呟く。
厨房に広がる123個もの酒饅頭を見て、この場に居る殆どが顔を引き攣らせた。
若干酒の匂いがするのも、気のせいではないだろう。絶対酒饅頭から漂っている。
しかしそんな中――
「…………朝、昼、夜、毎日5個ずつ食べていけば大丈夫?」
「れんおねえちゃん、おやつのじかんもわすれてるよぉ」
「…………うん。それも含めれば、すぐにでも食べ切れる」
恋と璃々は無邪気にも、どうやってこの饅頭全てを食べるか相談していた。
他の皆が大量の饅頭整理に頭を悩ます中、厨房の扉が音を立てて開いた。
「何だお前達、こんな所に集まったりして……」
「何かあったんですか? 凄く悩んでいるようですけど……」
皆の視線が一斉に扉に集まる中、姿を見せたのは、愛紗と朱里だった。
彼女達がまるで天の助けにも思えた月が、涙眼で2人に駆け寄った。
「ど、どうした月。何で泣いている、一体何があったのだ?」
「へうう……実はですね、皆さんが同じお饅頭を一斉に――」
月が事の経緯を、愛紗と朱里に一から説明していった。
自身の名前が説明の中に挙がる度、苦笑する一同。
だが説明が進んでいくに連れ、愛紗と朱里の様子が段々とおかしくなっていく。
疑問に思った月が、2人に問い掛けようとした時――お馴染みの袋が出て来た。
何と、愛紗と朱里が気まずそうに差し出してきたのである。それも2袋も。
その光景を思わず目撃してしまった月はおろか、この場の殆どが固まった。
「ご、ゴメン月ちゃん。私と愛紗さんも……その……あの……」
「ご主人様が喜んで下さると思ってだな……今日一緒に買ったのだ」
愛紗と朱里が、この場に流れる気まずい空気を感じつつも、事情を説明していった。
簡単に言えば、結局これまでここを訪れた者達と同じ考えだった、と言う訳である。
こうしてまた、123個もあった酒饅頭が更に増量し、計200個以上となってしまった。
「もうッ! あんた等バッカじゃないのッ!! どうして同じ物が考えつくのよッ!!」
「し、仕方ないだろう! ご主人様の好物と言ったら、1番にこれが考え着いたのだ!!」
「だからって偶然にも程があるでしょ!! あ〜……全くッ!!」
ガシガシと頭を掻き毟りながら、眼の前の事態に詠は苛立つ。
「こうなったら鈴々達が頑張って食べて、数を減らすしかないのだ!」
「…………恋、お饅頭は大好きだけど、こんなに同じ物いらない……」
「あたしも饅頭は好きっちゃあ、好きだけど、恋と同じかなぁ……」
幽州きっての大食い組でも、流石に饅頭のみでは食欲があまり湧かないらしい。
「朱里ちゃん、何か良い案は無いかしら?」
「はわわ……流石に軍師の私でも、こんな事態への対処はあまり……」
「へうう……食べるにしても、皆さんこんなに食べ切れませんし……」
厨房に皆の深い溜め息と、喪失感が徐々に漂い始めていく。
そんな時、この雰囲気を掻き消す者が1人、厨房に姿を現した。
彼は探していた彼女達の姿を見掛けるなり、笑顔で声を掛ける。
「お〜い、お前等。こんな所に居たのかよ」
「「「「ご主人様ッ!!」」」」
思わぬ主の登場に、彼女達が一斉に彼の事を呼んだ。
愛紗が一足先に駆け寄り、元親に問い掛ける。
「ご主人様、どうしてここに……?」
「どうしてって……休憩だし、一緒に飯でも食いに行こうかと思って探してたんだよ」
「そうでしたか……ですが、今はかなりの緊急を要する事態で……その……あの……」
愛紗が口籠る中、元親は気にせずと言った様子で言葉を続けた。
「まあでも、食べに行く必要は無くなったんだけどな」
「……へっ? それはまたどうしてですか?」
「実はな、スゲぇ嬉しいモンが届いたんだよ!」
元親がそう言った後、厨房の扉の隙間から顔を覗かせた星が、何処か嬉しそうに言った。
「主、まだまだ届いてますぞ。これは食べ切れるかどうか問題ですな」
「構わねえよ。保存しておけるんだし、ジャンジャン運び入れてくれ」
「承知。兵達にもそう伝えますので」
星の気配が去って行くのを感じつつ、愛紗が再び彼に訊いた。
「あの、ご主人様。先程嬉しい物が届いていると仰っていましたが、一体何がここに届いたのですか?」
「へへっ、俺がここに戻ってきた記念らしくてな。幽州にある全部の菓子屋から沢山贈られてきたんだ」
刹那、この場に居る――元親以外の――全員の背中に冷たい汗が流れた。
まさかこの流れは、今までの自分達と同じ――皆がゴクリと唾を飲んだ。
「200個以上の酒饅頭だ。俺1人じゃ喰い切れねえし、お前等も一緒に食べようぜ?」
「後で野郎共にも配るしな」と、笑顔で語る元親。
しかし反対に、愛紗達の顔は絶望の色に染まっている。
彼女達の意外な反応に、元親はゆっくりと首を傾げた。
「ん? どうしたお前等。饅頭好きだろ?」
元親がそう尋ねると、黙っていた愛紗達が眼に涙を浮かべながら叫んだ。
「「「「ご主人様もですかッ!!??」」」」
「うおッ!? な、何だ? どうして怒ってんだよ……」
何故彼女達が叫んだのか分からず、元親は困惑した。
そしてそんな中、暢気に饅頭の山を見つめるのは――
「わぁ〜い♪ おまんじゅうがた〜くさんッ!」
「あらあら……本当に、本当に困ったわねえ」
紫苑と璃々の2人だった。
◆
「ゆ〜えッ! ほら、元気出して」
「へうう……詠ちゃ〜ん……」
自室の机で涙を浮かべながら、つっぷくする月を慰める詠。
今回の饅頭増量事件のせいで、せっかくの手作り酒饅頭を元親に渡せなかったのである。
ちなみに400個以上にもなった酒饅頭は、兵達や幽州の民に配っていく事で解決した。
「今日は運が無かったのよ。次の機会に渡せば良いわ」
「…………でもご主人様には今日食べてほしかったよ」
自分の眼の前に置かれた1枚の皿には、2人の手作り饅頭が全て載せられていた。
料理やお菓子は当然、出来たてが一番美味しい。彼にはすぐに食べてほしかった。
「……私、厨房の人に言って、お饅頭を取って置いてもらえるようにしておくね」
「私も付き合うよ、月」
月が皿を持って立ち上がると同時に、詠も椅子から立ち上がった。
そして2人が自室から出ようとした時――扉を叩く音が聞こえた。
「お〜い……月、詠、居るかぁ?」
この声は元親である。月と詠は思わず顔を見合わせた。
「あ、はいッ! 今開けますね!」
詠に一先ず饅頭を預け、月は慌てて扉を開ける。
開けたそこには、頭をぶっきらぼうに掻く元親が立っていた。
「よう、こんな時間に悪いな」
「ご主人様、一体どうしたんです?」
月が尋ねると、元親が頭を掻いたまま言った。
「いやな、紫苑がお前等の所に行けば良い物が貰えるってんで、こうして来たんだよ」
「えっ……! 紫苑さんが、ここに……?」
「紫苑が……? あんた、それ本当なの?」
心外だと言わんばかりに元親は「嘘を言ってどうすんだ」とボヤいた。
(あは……ありがとう、紫苑さん)
そして月は、自分達の為に紫苑がやってくれた心遣いに感謝していた。
(悔しいけど、今回ばかりは紫苑に感謝ね……)
少し遅れて紫苑の真意を汲み取った詠が、頭を抱えながら呟く。
「それで良い物って、一体何なんだ?」
「はぁ……知りたかったら、部屋に入りなさいよ」
「??? あ、ああ……分かったぜ」
訳が分からないと言った様子で、元親は2人の自室に入っていく。
その中で月は、満面の笑みで彼を出迎えていた。
「ご主人様、今お茶を淹れますね♪」
「おう、頼むぜ」
突然訪れた嬉しい時間――月は今日と言う日が終わるまで、十分に堪能する事に決めた。
詠も渋々と言った様子ではあるが、内心は月と殆ど同じ想いである事は言うまでもない。
こうして――月と詠は、無事に手作りの酒饅頭を贈る事が出来たのである。
後書き
幽州の日常編、久しぶりの更新です。
本編も更新しているのだから、こちらも……と言うのが理由です(汗
後日談編4は、ただ今誠意執筆中です。ジルオールと共にですが(笑
ではまた次回でお会いしましょう。