闇の円卓騎士――人間を破滅させんと企む、破壊神ウルグに仕える12人の魔人達の事。
ウルグ自身は、かつての神々と人間との戦いに敗れ、今は封印されて眠りに就いている。
彼等はウルグを復活させる事を目的としているが、放棄したり、諦めている者も少なくないと言う。

その円卓騎士の1人だと言うネモが、オールとイーシャの前に居る。
悪趣味な刺青を顔と身体に施した、白い猫の姿で――

「でも何故、強大な闇の力を持つと言われる円卓騎士が猫の姿に……?」

「俺だって好きでこんな姿で居る訳じゃない。この女男に変えられちまったんだよ! 魔力も殆ど封じられちまって、今じゃこんな惨めな飼い猫生活だ」

ネモが隣に立つオルファウスを睨み付ける。
彼は動じる事無く、笑顔を浮かべるだけだ。
どうやら古の賢者と謳われているだけあって、彼の実力は途方も無いらしい。

「貴方が気紛れにと、私に襲い掛かってきたのが悪いんでしょう? 自衛の為です」

「……ネモを猫の姿に変えたのは、ここが猫屋敷だからなのか?」

オールが訊くと、オルファウスが笑顔で頷いた。

「ええ、私自身、猫が好きなので。でもその後は彼の魔力を怖がって、他の猫が寄り付かなくなってしまいましてねえ。全く……不細工な猫1匹だけでは、猫屋敷の名が泣きます」

「だったら俺をすぐ元に戻せッ! そしたらこんなとこ、早く出てってやるよッ!!」

毛を逆立たせ、今でもニャアと言わんばかりにネモがオルファウスを威嚇する。
しかしそれもオルファウスには全く通用せず、逆に片手で押えこまれた。

「さて、話を戻しましょうか。ネモ、人語を喋るゴブリンの事を洗い浚い話しなさい」

「う、ぐぐっ……だったら俺を押さえてるこの手を退けろ!!」

やれやれと言わんばかりに、オルファウスがネモから手を離した。

「ゲホゲホッ……ちっ、相も変わらず性格の悪い女男だぜ。……喋るゴブリンの事が聞きてえんだろ? 奴等は俺が利用して、ここに呼び寄せようとしたんだよ。闇の神器である“禁断の聖杯”を持って来させる為にな」

「――――ッ! 闇の神器……ッ!?」

ネモの言葉を聞いた瞬間、イーシャの顔付きが明らかに変わった。
彼女の異変にオールは「どうした?」と訊くが、彼女は何でもないと首を振った。

(何か思い当たる事があるのか……?)

何でもないとは言ったものの、イーシャの顔色は、明らかに先程よりも優れていない。
彼女の態度に疑問を覚えつつも、オールは闇の神器についてオルファウスに訊いた。
オルファウスは1度咳払いをした後、丁寧な口調で説明した。

「闇の神器と言うのはですね、円卓騎士が管理している魔道具の事ですよ。1つ1つが強大な力を持ってはいますが、その力と引き換えに、持つ者には不幸を招く危険な物です」

「俺の管理する禁断の聖杯は、持つ者に膨大な知識を与える。ゴブリン共は聖杯の力で知恵を付け、人語を喋れるようになったんだろうぜ」

ネモが忌々しいと言った様子で吐き捨てた。

「それで喋るゴブリンの誕生って訳ね。闇の神器の力による物なら、納得だわ」

「……持って来させようとしたのは、やはり元の姿に戻りたいからなのか?」

オールが問うと、ネモは首を横に振った。

「それもあるが、本来の目的は違う。俺の仲間に取られたくなかったんだよ」

「仲間に? 何故だ……?」

2人の会話に割って入るように、オルファウスが口を開いた。

「数日前の事です……闇の神器を守っていると言う隠れ里、ミイスの村が一夜にして焼き払われてしまいました。円卓騎士の1人であるアーギルシャイアが、そこで守られていた神器“忘却の仮面”を奪い取る為だけにね。ネモ、貴方はその事件から、アーギルシャイアの企みを知った……」

オルファウスがゆっくりとネモに視線を向ける。
彼は深い溜め息を吐いた後、ゆっくりと頷いた。

「ああ、そうだよ。あの気まぐれ女、世界を破壊する究極の怪物のお母さんになりたいんだとよ。人間達が作ったデスギガースとか言うモンスターを見て、怪物を作る事を思い付いたらしい。その製造方法を知る為に、聖杯の力が必要なんだとさ」

「そんな……とんでもないわ!」

イーシャが怒り心頭と言った様子で叫ぶ。
彼女が思わず叩いたテーブルが僅かに揺れた。

「しかし結果的に、ネモがゴブリン達に聖杯を盗ませたのは良い事でした。聖杯を守っていたロストールの街が、ミイス同様に焼き払われずに済んだのですから」

「はっ……テメェ勝手な事で、人の管理する物を使われたくなかっただけだよ」

「でも何時まで経ってもここに来ないと言う事は、どうやら聖杯は持ち逃げされたようですけどね」

「くっ……そ、それを言うんじゃねえ!」

フンと鼻を鳴らし、ネモはそっぽを向く。どうやら気に入らないらしい。
その様子をオルファウスが笑っていると、彼の視線が不意に外へ向いた。

「おや……話し込んでいる間に、すっかり暗くなってしまいましたねえ」

彼の言葉に驚いたイーシャが、窓から外を覗く。
オルファウスの言った通り、外はすっかり闇に包まれていた。
梟の鳴く声に混じり、微かにモンスターの唸り声が聞こえる。

「失敗したわ。話に夢中だったせいで……」

「野宿する場所を決めていないぞ。一か八かエンシャントへ戻るか?」

オールとイーシャがそう話していると、オルファウスが2人の肩を叩いた。

「心配無用です。夕食も用意しますし、今日はここに泊まっていって下さい」

思いもしなかった嬉しい申し出に、2人が顔を見合わせる。

「……良いのか? オルファウスさん」

「構いませんよ。そもそも招待したのは私ですから」

「あ、でも私達……夕食までお世話になる訳には……」

「気にしなくて結構です。私、人柄や面倒見は良いですから」

「へっ……どの口がそんな事を言うんだか……」

ネモがそう呟くと、オルファウスが笑いながら、彼の尻尾を思い切り踏み付けた。
月明かりに照らされる夜の猫屋敷から、ネモの甲高い悲鳴が響き渡ったのだった。

 

 

 

 

「…………オール、まだ起きてる?」

「…………ああ」

オルファウスに用意された部屋で、2つのベッドにそれぞれ横になる2人。
時間もそろそろ深夜を回ると言うのに、なかなか寝付く事が出来なかった。
今日1日、お互いに色々な事があったせいだろうか。

「闇の円卓騎士、闇の神器、焼き払われてしまった村……これからどうなるのかしらね」

「さあな……それは俺達の関知する所じゃない。それに何か出来る訳でもないだろう?」

「確かにそうだけど……でも、このままだったら確実に世界は――」

イーシャがそう言いながら、オールが寝ているベッドへと視線を向ける。
だが、口を開けたまま、彼女の口から次の言葉が出てくる事は無かった。
オールは眼を瞑っていたのだ。幾つか声を掛けてみたが、反応は無い。

――どうやら眠ってしまったようだ。

「もう……! 人が真剣に話してるのに……」

そのままイーシャは、ジッとオールの顔を見つめた。

「愛想なんか全く無いけど……寝顔は普通なのね」

 

【……俺には今日までの記憶が無い】

 

イーシャの脳裏に、オールが告白した言葉が過ぎる。
何を馬鹿な事を言ったのだろうと、自分を責めた。

「記憶を取り戻す事に必死で、愛想なんか作っている暇は無いわよね……」

内心で彼に謝罪した後、イーシャはポツリと呟くように言った。

「お休み、オール……」

彼女はそのまま瞼を閉じた。
今度こそ寝付けるように――

 

 

やはりよく眠れない――オールはゆっくりと閉じていた瞼を開けた。
隣のベッドからは、安らかな寝息が聞こえてきている。イーシャだ。
どうやら彼女は自分と違って、よく眠れているらしい。

「眠れたと思ったんだがな……」

ベッドから出たオールは、窓から徐に外を見つめた。
月明かりに照らされた森が、幻想的な美しさを醸し出している。
だがオールにとって、それは特に何も感じる事のない物だった。

「…………外の空気でも吸うか」

立て掛けておいた剣を持ち、彼女を起こさないよう、オールは部屋を出た。
そこから広いリビングへと出て、玄関の扉へと向かう。
すると突然、背後から人の気配を感じた。オールはすぐさま後ろへ振り向く。

「ふふ、よく眠れませんか? オール」

「…………オルファウスさんか」

微笑を浮かべたオルファウスが立っていた。
気配の正体を知り、オールは咄嗟に手に掛けていた剣の柄から手を離す。
手に本を持っている所を見ると、どうやら彼も今まで起きていたらしい。

「どうです? 眠れないのなら、他愛の無い雑談でもしませんか?」

「…………いや、俺は……」

「1人で外の空気を吸うより、2人で話をしながらの方が、気が紛れますよ」

顔を顰めるオールだったが、オルファウスには敵わないと言わんばかりに頷いた。
彼が了承した事に笑顔を見せたオルファウスは、誘うように玄関の扉を開けた。

「いやぁ、月が綺麗ですねえ。空気も美味しいですし」

そう言いながら、外に出たオルファウスは玄関のすぐ近くに腰を下ろした。
オールも彼の隣に座り、空を見上げる。光り輝く月が空に浮かんでいた。
だがオルファウスと違って、オールは無言のままだ。

「あ〜……そう言えば聞いていませんでしたね。オールはどうして冒険者に?」

無言の間が続かないよう、オルファウスは話題を持ち出した。
尋ねられたオールは暫く黙った後、ゆっくりと口を開いた。

「…………俺自身の記憶を取り戻す為だ」

「ほお……記憶を取り戻す為、ですか。なかなか興味深い目的ですね」

「記憶が無くて、俺にとっては不便な事この上ないがな……」

「そうですねえ。不安にもなりますし、不便でもあるでしょう。一体どうしてそんな事に?」

オールはイーシャとベルゼーヴァに説明したのと、ほぼ同じ内容の事を話した。
彼の説明を聞いていくに連れ、オルファウスは心配そうに顔を歪めていく。
全てをオールが話し終えた時、思わずオルファウスは深く溜め息を吐いていた。

「そんな事が……大変でしたねえ」

「もう気にしてはいられない。俺はただ記憶を取り戻すだけだ」

「きっと取り戻せますよ。貴方がそう望めば、きっとね……」

それからまた、暫く無言の間が続いた。
だがこの場の空気は、重い雰囲気に包まれてはいない。

「そう言えばオルファウスさん、俺も訊いておきたい事がある」

無言の間の後、次に話題を持ち出したのはオールだった。

「何でしょう? 私が知っている範囲なら、何でも答えてあげますが」

「……無限のソウル、と言う物を知っているか?」

オールの言葉に対し、オルファウスが首を傾げる。

「おや? 何故そんな事を?」

「いや……イーシャと初めて会った時、彼女が俺を見つめ、そんな事を呟いていた……」

彼の言葉にオルファウスが顎に手を添え、考える素振りを見せる。
そんな彼が答えを出すのを、横眼で見ながらオールはジッと待つ。

「ふふ、知りたくて仕方がないと言う顔ですね。う〜ん、そうですね……ほんのちょっとだけ教えてあげます」

「本当か……?」

「ええ、嘘は言いませんよ。先ずオール、貴方はソウルについてどの程度知っていますか?」

唐突に訊かれ、オールは戸惑い、答えられなかった。
そんな彼の様子をオルファウスはクスクスと笑う。

「ソウルと言うのは、全ての生きとし生ける物が持つ魂の事です。これが無くなってしまうと、当然生き物は死んでしまいます。人間とて、円卓騎士として、同じ物を持っているんです。それと同時にソウルは、その者が持つ可能性を示しています」

そう言うとオルファウスは、オールの胸に手を当てた。

「貴方にも当然ソウルがあります。ですがそれは無限のソウルと呼ばれるソウル。私も貴方から、その力をヒシヒシと感じます。イーシャも恐らく、無限のソウルを持つ者と出会った事があるのか、あるいは友人関係であるから、貴方に同じ物を感じたんでしょうね」

オルファウスの説明に納得したのか、オールは小さく頷く。
彼女が自分に向けて呟いた意味が、ようやく分かったのだ。

「はい、これでおしまい。私からのヒントはここまでです」

「なっ……! もう教えてくれないのか……!」

「ふふ、初めから全てを知ってもつまらないでしょう? 情報を集め、徐々に知っていく事に意味があるんですよ」

少し不満気な様子のオールに、オルファウスはクックッと笑う。

「とにかく今はギルドの仕事をこなしていって下さい。経験を積み、魂を磨いていく事で、ソウルは成長していきます。そうすれば貴方に大きな力を与えてくれますよ」

まだ少しだけ不満はあるものの、オールはその言葉にとりあえず納得しておいた。
その後、オルファウスはオールへ「他に訊きたい事はないか」と尋ねてくる。
オールは少し考え込んだ後、言い難そうな様子で、質問を待っている彼に言った。

「質問と言うより頼み事なんだが……魔法に関する事が書かれている本は無いか?」

「おや? それはまたどうして?」

「……ソウルの事もそうだが、魔法の事に関しても俺は覚えていない。それに文字はある程度読めたりはするが、書けと言われれば自信がない。その為にも、知識は少しでも持っておきたいんだ」

オールの言葉に、オルファウスは微笑ましい表情を浮かべる。
彼の顔は、まるで必死な我が子を見守る親のような顔付きだ。

「分かりました。私が愛読している本を何冊か貸してあげます。明日出発する時、渡します」

「世話になる、オルファウスさん」

「いえいえ、無限のソウルを持つ者のお手伝いが出来て光栄ですよ」

読めない人だ――オールはつくづくそう思った。

「その代わりと言っては何ですが、オール……私からも1つ頼みたい事があります」

「……オルファウスさんには世話になった。俺に出来る事なら、何でもやらせてもらう」

「そう言ってくれると助かります。実はですね――」

こうして夜は深けていく。2人の話はすぐに終わり、屋敷へと戻った。
だが寝室へと戻ったオールの眉間からは、皺が消える事は無かった。

 

 

 

 

「お世話になりました。オルファウスさん」

「どう致しまして。また気軽に遊びに来て下さい」

翌朝――オールとイーシャは支度を整え、屋敷から出発しようとしていた。
今は玄関口で、オルファウスの見送りを受けているところである。

「そう言ってくれるのはありがたいが、気軽に来れる所なのか……?」

「ええ、心配はいりません。またここに来たい時は、心の中にこの屋敷を思い浮かべて下さい。そうすれば自然と道が開け、辿り着きますから。それにせっかく転送機の説明もしたのですから、活用してくれないと泣いちゃいますよ?」

オルファウスが苦笑しながら言った。
彼の言う転送機とは――少し前に、オールとイーシャが説明を受けた機器の事である。
これからの旅先で仲間に加えた者達を、世界の至る所から呼ぶ事の出来る代物らしい。
仲間を呼び出したり、一旦別れたりしたければ、またここを訪れてくれれば良いとの事。

「それとオール、昨日約束した物です。ついでにこれは、私からの餞別ですよ」

オルファウスは昨夜約束した本数冊を入れた袋をオールに手渡した。
更に彼は懐から掌ぐらいの袋をソッと取り出し、イーシャへ手渡す。
何かと思い、イーシャが袋の紐を解くと、中には――

「あっ! こ、これ……ナジラネの実!」

「ふふ、必要なのでしょう? 余った物ですから、遠慮無く頂いて下さい」

「あ、ありがとうございます。でもどうして、私達にこれが必要だって分かったんです?」

「賢者ですから……と、答えておきましょう。ふふ」

少し腑に落ちない事があるものの、イーシャはそれ以上彼を追及しなかった。
オールは本が入っている袋をしっかり肩に掛け、オルファウスに礼を言った。

「本当にありがとうございます。ではオルファウスさん、私達はこれで」

「ええ、気を付けて行ってらっしゃい」

イーシャが先に行き、オールもその後へ続く。
オルファウスは遠ざかる彼の背中を見ながら、声を掛けた。

「オール。世界を巡り、人に出会い、仲間を作って下さい。その中で世界は、様々な顔を貴方に見せてくれるでしょう」

オルファウスの言葉に、オールが振り返る。

「自由な旅を!」

オールが力強く頷く。
そして再び前へ向き、イーシャの後を追って行った。
2人を見送るオルファウスの背後で、ネモが呟いた。

「自由な旅……か。ケッ、あいつの前で言うと、またオルファウスに殴られるから言わなかったが……オール、激しく胡散臭い野郎だぜ」

ネモの瞳はまるで異質な物を見ていたような、そんな物だった。

「あいつはある意味、円卓騎士以上に曲者かもな。存在事態が胡散臭いったらねえ」

ネモが大きな欠伸をした。

「まっ……猫になっちまった俺にとっちゃ、関係ねえがな」

ネモはそう言うと、屋敷の奥へと戻って行った。
今日の昼寝は、よく眠れそうだった。

 

 


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