街の視察を一通り終え、指定された集合場所へと集まった4人。
一番に到着したのは華琳と小十郎であり、春蘭、秋蘭と続いた。
そして誰もがお互いの顔と、手に持っている物に視線を移す。
――小十郎、春蘭、秋蘭の3人が、同じ竹カゴを持っていた。
「……で?」
沈黙の中、華琳がそれを破るように口を開いた。
「どうしてみんな、揃いも揃って同じ竹カゴを持っているのかしら?」
「……私は今朝、部屋のカゴの底が抜けているのに気付きまして……」
秋蘭が始めに理由を説明し、華琳に理解を求める。
華琳は軽く溜め息を吐き「仕方ないわね」と呟く。
「貴方の事だから、壊れたのが気になって、仕方がなかったんでしょう?」
「はい。直そうと努力したのですが、自分の腕ではどうしようもなく……」
「良いわ。で、春蘭はどうしたの? カゴの中には、何やら沢山入っているけど……」
春蘭は少々ドモりながらも、華琳に理由を説明していく。
「こ、これは……その……季衣への土産にございます!」
「何? 入っているのは……服?」
「はっ! 左様にございます!」
明らかに態度が不自然なのだが、華琳はあえて深く言わないでおいた。
彼女のこうした態度や行動は、今に始まった事ではないのだ。
「……そう。土産を買うのも良いけど、程々になさいね?」
「はっ! これからは気を付けて、程々に買う事にします!」
――本当に彼女は分かっているのだろうか。
「……で、どうして片倉も竹カゴを持っているのだ?」
「そ、そうだ! そんな仏頂面で、竹カゴは似合わんぞ!」
似合わない事ぐらい、自分がよく分かっている。
何せここに来るまで、華琳に散々陰で笑われたくらいだ。
そう思い、軽く溜め息を吐いた小十郎は理由を語った。
「……妙な露天商に絡まれてな。季衣への土産に買っただけだ」
春蘭と秋蘭からは、妙に哀れみに満ちた視線が小十郎に送られた。
再び場が沈黙する中、再び華琳が最初に口を開く。
「それで、視察はちゃんと済ませたの? 買い物をするのに時間を掛けていないかしら?」
「それは大丈夫です。己のやるべき仕事はちゃんと果たしました」
「私も同じです」
2人の答えに満足したのか、華琳は小さく頷いた。
「なら良いわ。帰ったら視察の件は、報告書に纏めて提出するように。小十郎もね」
「……俺も出さなければならないのか?」
「当然よ。こう言うのは、色々な視点からの意見が大切なんだから」
そう言う事なら、自分も書かなければいけないな――。
小十郎は渋々と言った様子で了承した時、その声は唐突に掛けられた。
「そこの若いの……」
警戒した小十郎が鯉口を切り、振り向くと、そこには頭から布を被った人物が居た。
その人物の顔は、深く被っている布によって隠されており、全く窺う事が出来ない。
春蘭と秋蘭も華琳の横を固め、警戒心を現した。
「……誰?」
「お主じゃよ。若いの……」
謎の人物は華琳を指し、酷くしわがれた声で呟くように言う。
男性か女性か、その声からは性別すら知る事が出来なかった。
「占い師、か……?」
秋蘭が謎の人物へ問い掛けるように呟いた。
「華琳様は占いなど、お信じにならん。控えろ!」
春蘭が謎の人物へ迫り、無理矢理押し退けようとする。
そんな彼女の行動を華琳が静かに静止させた。
「春蘭、秋蘭、控えなさい。……小十郎も刀を納めて」
華琳にそう言われ、春蘭と秋蘭は渋々後ろへと下がった。
小十郎も切った鯉口を戻し、2人が居る位置まで下がる。
「……私に何か用?」
「……お主からは強い相が見える。希に見た事の無い、とても強い相じゃ」
「回りくどいのは嫌いなの。具体的に言えないのかしら? 占い師さん」
謎の人物は頷くように頭を下げ、更に言葉を続けた。
「力のある相が見える。兵を従え、知を尊ぶ。お主が持つは、この国の器を満たし、繁らせ、栄えさせる事の出来る強い相。この国にとって、希代の名臣となる相じゃ……」
「ほほう。貴様、良く分かっているではないか」
自分の主を褒められ、春蘭は御機嫌な様子で言った。
小十郎はある意味で的を得ている予言に息を吐いた。
「しかし国にそれだけの器があればの話じゃがな……」
「…………? それは一体どう言う意味なのだ?」
「かの力は、今の弱った国の器には収まり切らぬ。その野心は留まる事を知らず、溢れたそれは国を犯し、野を焼き払う……何れはこの国の歴史に名を残す程の、類い希なる奸雄となるであろう」
こいつは一体何者なのだろう――。
いちいち的を得ている予言に、小十郎は冷や汗を流した。
自分が読んだ三国志の中では、確かに曹操は奸雄となる。
華琳もまた、同じ運命を辿ると言う事なのだろうか。
「……貴様! 華琳様を愚弄するか!」
「秋蘭! 控えなさいと言った筈よ!」
華琳は強めに言い、秋蘭はグッと言葉を詰まらせた。
「そう。私は乱世において、奸雄になると……?」
「左様……それも、今までの歴史に無い程に……」
言い切った謎の人物に対し、華琳は微笑を浮かべた。
「……ふふっ。面白い、気に入ったわ。……秋蘭、この占い師に謝礼を渡しなさい」
「…………はっ?」
予想だにしない華琳の発言に、秋蘭は思わず彼女に訊き返してしまった。
2度同じ事を言うのは好まないのか、華琳は少々不機嫌な様子で言う。
「聞こえなかったの? この者に礼を」
「し、しかし……華琳様」
どうやら秋蘭は、いくら華琳の指示でも納得が行かないらしかった。
やれやれと言った様子で溜め息を吐いた後、華琳は小十郎に言った。
「……小十郎。この占い師に、幾ばくかの礼を」
「…………(こいつ、楽しんでいるのか?)」
小十郎は無言のまま、占い師と思しき人物に幾らか謝礼を渡した。
お金を空の茶碗に入れてやると、占い師は不気味な低い声で笑う。
そんな様子を納得の行かない秋蘭が無言で睨み付けた。
「乱世の奸雄、大いに結構。その程度の覚悟も無いようでは、この乱れた世に覇を唱える事など出来はしない。そう言う事でしょう?」
「くくくくっ……ワシの言葉をどう取るのも、お主の自由じゃ」
「喰えない奴ね。そんな様子じゃあ、客なぞ来ないでしょうに」
華琳が嫌味たらしくそう言った後、その場を後にする。
小十郎は少し遅れて、彼女達の後を付いて行こうとしたが――。
「それからお主……」
占い師に突然呼び止められ、小十郎は足を止めた。
華琳達も少し先で足を止め、彼の方へと振り向く。
「お主には悪意と未練が纏わり付いておる。これからの道を塞ぐような、大量のな……」
「…………どう言う意味だ?」
小十郎がそう問い掛けると、占い師は笑いを含みながら言った。
「くくくくっ……それはお主が一番良く分かっている事じゃろうて」
「…………」
「1人でそれ等を絶つか、力を合わせて絶つか……全てはお主次第」
小十郎は占い師を睨み付けるように見つめた後、また茶碗に幾らかの金を入れた。
そして軽く頭を下げ、歩みを再開する。
「近い日に、お主にとてつもなく大きな試練が訪れるじゃろう」
今度は足を止めず、背を向けたまま言葉に耳を傾けた。
「それを乗り越える事が、望む世界へ戻る道じゃ……」
◆
街の視察を終え、華琳達は城へと引き返していた。
その道中、秋蘭が姉を――珍しく――褒めていた。
褒めた内容は勿論、先程の占い師についてである。
華琳の悪口が言われたと言うのに、よく斬り掛からなかったと。
「確かにそうね。春蘭、よく我慢したわ。偉かったわよ」
「…………はぁ」
華琳にも褒められたと言うのに、春蘭は釈然としない様子だ。
華琳と秋蘭が首を傾げる中、春蘭が隣の小十郎へ視線を移す。
「……なあ、片倉」
「……何だ?」
「乱世の奸雄とは、どう言う意味だ?」
最早恒例になったと言っても良い、春蘭のザ・ワールド。
皆が言葉を失う中、華琳と秋蘭が一斉に溜め息を吐く。
「そう言う事だったのね……」
「姉者……」
小十郎も冷めた眼で彼女を見る中、質問された内容に答えてやった。
「……奸雄と言うのは、奸知に長けた英雄と言う事だ」
「かんち……? 何だそれは」
「…………奸知とは狡賢く、狡猾な、と言う意味だ」
まだ意味合いが理解出来ないのか、春蘭が低く唸る。
小十郎も多少は苛々しつつ、丁寧に答えてやった。
「世が乱れている間に、狡猾な手段で上へのし上がる、外道と言う事だ」
「な、何だとぉ! あの占い師、言うに事欠いて華琳様に何て事を!!」
意味がようやく理解出来た途端、春蘭の怒りが突如として燃え上がった。
予想通りの彼女の様子に、華琳達はあきれ果てる。
戻って首を刎ねると物騒な事を言い出し始めたので、秋蘭が宥めに掛かった。
姉妹が話し合っている中、手持無沙汰の華琳は徐に小十郎へ話し掛ける
「ねえ、そう言えばあの占い師に何て言われたの?」
「…………聞こえなかったのか?」
「全くね。何て言われたの? 私みたいな事?」
小十郎は暫く黙った後、口を開いた。
「他愛も無い事だ。聞かせる程の事じゃない」
「他愛も無いかどうかは、私の判断する事よ」
「……まだ整理している途中だ。今度話してやる」
そう告げると、小十郎は少し先へ急ぐように歩いて行った。
華琳は顔を顰めながら、彼の背を見つめるのだった――。
◆
月が闇夜を照らす夜――陣留のとある宿で、3人の少女が話をしていた。
彼女達は昼間、歌って客を――多少――賑わせていた旅芸人であった。
実は彼女達は姉妹であり、大きな夢を持って、大陸中を旅しているのだ。
「……はぁ。今日の実入りも、今一つだったわね」
眼鏡を掛けた、三女の人和。
彼女は姉妹の纏め役である。
「あ〜あ……こんな調子で、大陸一の旅芸人になれるのかなぁ?」
蒼髪の次女、地和。
「ほら、2人とも気にしないの。明日はきっと良い事あるよ〜」
桃色の長髪が特徴的な長女の天和。
姉妹の中で一番の楽天家で、一番の胸の持ち主だ。
「天和姉さんは気楽で良いわねえ」
「え〜! ちーちゃんひど〜い」
「そうノンビリしてはいられないわ。何か新しい策を考えないと、本当に生き倒れよ? もう宿泊費も底を尽きそうだし……」
人和の言葉に、地和が顔を青くしながら言う。
「ちょっと! こんな都会まで来たって言うのに、また田舎回り? 私、絶対に嫌だからね!!」
「……! 私だって嫌よ。もっと大きな街で有名にならないと、多寡が知れているもの。でもお金が無いと……」
2人の仲がピリピリする中、天和が席を立った。
「もう、2人ともピリピリしちゃって。お姉ちゃん、ちょっと外の空気吸ってくるねえ」
長女なら喧嘩しそうなこの場を止めろと言いたいのだが――。
生憎楽天家の天和に、そんな言葉は一切通用しないのである。
姉が出て行くのを見送りながら、地和がぶっきら棒に呟いた。
「あ〜あ! 誰か後援者が付いて、大陸中を回ったり出来ないかなぁ?」
「……それならせめて、もっと有名にならないと駄目ね」
人和は溜め息を吐くと共に、これからの対策を考えるのだった。
「あ〜……空気が美味しい。全くもう、2人とも楽しくやれないのかなぁ? 人生まだまだ長いのに……」
背伸びをして天を仰ぎつつ、天和が呟く。
そんな時――。
「あ、あのっ!! 張三姉妹の、張角さんですよね?」
「ん〜? はい、そうですよ〜」
口元に髭を生やした男が突然現れ、天和に声を掛けてきた。
妙に恥ずかしそうにしながら、男はしどろもどろに言う。
「あの、俺……張角さんの歌、凄く好きなんです! これからも頑張って下さい!」
「え? ホントに? 嬉しいです〜。ありがとうございます〜」
男は感激に身を震わせながら、頭を下げた。
どうやらこの男、余程彼女に歌に惚れ込んでいるらしい。
そして男は何かを思い出したように、懐を探し始めた。
「こ、これ! 良かったら貰って下さい!」
懐から取り出したのは、1冊の本だった。
妙に古く、少し埃も被ってしまっている。
「え? 良いんですか〜?」
「勿論です。この本、貴重な物らしいんで、売ったらお金になると思います。活動資金の足しにでもして下さい! じゃあ、俺はこれで!!」
男はそう言うと、脱兎の如く駆け出して姿を消してしまった。
一体何だったのだろうか――天和が貰った本を見つめる。
「どうしたの? 姉さん。何か騒がしかったけど……」
外の異変に気付いたらしく、宿から地和と人和が姿を現した。
「ん〜……何かお姉ちゃん達を応援してくれる人から贈り物を貰ったの。売ったらお金になるかもしれないって」
「ホント! やったやったぁ!! 売れるなら早く売りに行こうよ!!」
お金が得れると聞き、地和の眼が輝いた。
盛り上がる中、冷静沈着な人和が姉から本を受け取り、内容を確かめる。
埃が付いていてかなり汚らしいが、表題は読めない事はなかった。
「表題は、ええっと……南華老仙……太平、要術……?」
「で、どうなの? その本、高く売れちゃいそう?」
「好事家なら、本の内容次第で高く売れ……そう……」
ペラペラと頁を捲っていく人和の指が、徐々に止まっていく。
妹のおかしな様子を見て、首を傾げる天和と地和。
その後、真剣な表情を浮かべた人和が天和に尋ねた。
「……天和姉さん。これ、本当に貰った物なのよね?」
「ん〜? そうだよ。くれた人は何処か行っちゃったけど」
天和がノンビリと答えると、人和が意気込むように言った。
「この本凄いわ。私達の思いも付かなかった有名になる為の方法が、沢山書かれてる……」
「え……!? ホントに! そんな汚い本に、そんな事が書かれてるの!?」
「本当よ。これを実践していけば、きっと私達……大陸を獲れるわ! 私達の歌で!!」
運命のあくどい悪戯か、古書は無名の旅芸人達の手に渡った。
この出来事が、後に大陸全土を騒がせる騒動になろうとは――。
誰も知る由は無かった。知るのは、空に輝く月のみである。
後書き
第7章をお送りしました。新キャラのラッシュで疲れる……。
明らかに現代アイドル風キャラである、張三姉妹の登場です。
この更新スピードは、十話までは何とか続けたいですね。
では、また次回の話でお会いしましょう!