片倉小十郎は、完璧なまでに焼き尽くされた農村を見て憤慨していた。
近く反董卓を掲げての大戦が始まると言うのに、小規模の盗賊による被害は後を絶たない。
黄巾の乱と同時に起きていた物と比べて数は少ないが、新たに現れた連中は酷い物だった。
まず村人は例外無く皆殺し。そして火を放ち、全てを燃やし尽くして去って行く。
国にとって民は宝だと言うのに――小十郎は何としても犯人を見つけたかった。
「片倉、ここにも犯人達の形跡は残っていない。他の跡地に行こう」
「ここにも手掛かりは全く無しか……。まるで幽霊みてえな連中だ」
今回の調査に同行している秋蘭もまた、手掛かりが無い事に憤慨している様子だった。
ここに発見が無い以上、同じ被害があった別の農村の跡地に向かうのが懸命であった。
「兄様。私も一生懸命手掛かりを探したんですが、駄目でした」
「……そうか。だが落ち込んでいる暇は無い。次の所に行くぞ」
ちなみに秋蘭の他にもう１人、流琉も今回の調査に協力してくれている。
残念そうに俯く彼女を励ましつつ、小十郎は次の跡地へと向かうのだった。
「眼の前に大きな戦が控えている以上、華琳様の悩みの種は取り除かなくてはな……」
「そうですよね！ これ以上、何の罪も無い村の人達を絶対殺させたりはしません！」
「その意気だ。流琉、お前の力は頼りにしているぞ」
次の跡地へ馬で駆ける中、馬上で言葉を交わす秋蘭と流琉。
しかしその中で小十郎だけが１人、無言のままであった。
（何故だ……？ 華琳からこの話を聞いてから、胸騒ぎが止まらねえ）
自らの身に起こっている胸騒ぎは、まるで初陣を飾った時のようだった。
得体の知れない不安――小十郎は無意識の内に手綱を強く握り締めていた。
「兄様……どうかしたんですか？ 先程から怖い顔をしていますけど」
「…………いや。何でもない」
流琉が心配そうに訊いてくるのを適当に流し、小十郎は前を見つめた。
暫く経つと、徐々に目的地が見えてきた。視界にその光景が映る。
その様子は先程訪れた跡地と同じく、とても惨たらしいであった。
現場に着くと、焼け焦げた物の様々な異臭が３人の鼻を突いた。
先程も同じような場を訪れたとは言え、この臭いは慣れない。
村はかなり広かった。３人一緒に行動しては、効率が悪過ぎる。
「ここも１人１人別れて探していくしかないようだな……」
「そうだな。手掛かりを見つけたら、近くに居る奴と合流で良いだろ」
そう取り決めた後、３人は早速行動を開始した。
農村の跡地とは言え、警戒するに越した事はない。
何時でも攻撃に移れるよう、準備はしておいた。
◆
ここも先程と変わらず酷い――流琉は周囲をくまなく見渡しながら思った。
焼き尽くされ、潰れてしまった家の残骸からは人間の手が僅かに見える。
既に黒く変色し、墨のようになってはいるが、惨状を現すには十分だった。
思わず眼を背けてしまいそうになるものの、流琉は決してそうしなかった。
しっかりと眼に焼き付け、内に貯まった怒りを犯人達にぶつけてやるのだ。
そして殺されてしまった村の人達の仇を討つ。それが自分に唯一出来る事。
主である華琳、親友の季衣も今回の件に怒り、守れなかった事を悔やんでいた。
２人の分も含め、必ず犯人を討伐してみせる。流琉は決意を新たにしていた。
「頑張らなくちゃ。絶対に犯人を――」
そう呟いた瞬間、流琉は前にあった何かにぶつかり、尻餅を付いてしまった。
痛むお尻を擦りつつ、何にぶつかったのかと、彼女はソッと上を見上げた。
「これは失礼。大丈夫かね？」
正体は１人の男性だった。白と黒で統一された、変わった身なりをしている。
顔からして、まだ壮齢の男性に思えた。よく見れば髪型も一風変わっている。
「あっ……こちらこそすいませんでした」
立ち上がりながら謝り、流琉はパッパと薄く汚れたお尻を掃った。
そこで彼女の眼に飛び込んできたのは、男性の腰にある物だった。
（あれ……？ 兄様と同じような物を提げてる）
小十郎が普段愛用し、腰に提げている物を流琉は思い浮かべた。
彼から聞いた話では“刀”と言う名前の、特徴的な刃をした武器である。
何故眼の前に居る男性が、小十郎と同じような物を持っているのか――。
「どうかしたのかね？ 私の腰の物がそんなに珍しいか？」
男性が微笑を浮かべ、刀らしき物に手をやりつつ、流琉に訊いた。
「あ、いえ、そう言う訳じゃないです。ゴメンなさい」
「謝る事はない。興味を持つのは、大変良い事だ……」
「あ、はい……」
格好だけでなく、性格もだいぶ変わった人だ――流琉は秘かにそう思った。
「あの、ところで貴方はこんな所で何を？」
「……探し物だよ。どうしても見つけたくてね」
「探し物……何かここで落としたんですか？」
流琉の問い掛けに、男性がやれやれと言った様子で答える。
「つい忘れてしまったのだよ。ここから去る時に、うっかりね」
「あ……貴方はもしかして、ここに住んでいた人ですか……？」
「……いやいや。そう言う訳ではないよ」
男性がフッと笑った後、空を見上げながら言った。
「燃え逝く民と村に心を奪われ過ぎてね。つい目的の物を疎かにしてしまったのだ」
「…………はっ？」
「いやはや、業火から逃げ惑う者達はとても滑稽だった。次の機会があれば、また見てみたいものだ」
流琉の心に疑問が芽生えたのも束の間、やがてそれがすぐに警戒心へと変わる。
「貴方、まさかこの村を襲った……！」
愛用のヨーヨー型武器“伝磁葉々”を流琉がソッと構えた。
「おや……？ なかなかの殺気だ。只の小娘ではないようだね」
「答えなさい！！ 貴方はこの村を襲った張本人なの！？」
流琉が激情に流されるまま、眼の前の憎らしい男性に問い掛ける。
すると当の男性は馬鹿にしたような態度で彼女に言った。
「……欲しい物があったのでね。襲わせてもらったのだよ」
流琉の表情が驚愕の物に変わる。
「欲しい物があったって……たったそれだけの理由で！？」
「それだけの理由だ。村人も少々鬱陶しかったのでね、消えてもらった」
「――――ッ！？ き、きっさまぁぁぁぁぁ！！」
流琉が怒りのまま伝磁葉々を振るい、男性にぶつけようと狙う。
だがそれは空を切り、当たらなかった。男性は消えていたのだ。
「ど、何処に……ッ！！」
伸ばした伝磁葉々を戻し、流琉は周囲を見渡した。
「――――ここだよ」
背後から囁くようにそう聞こえ、流琉が振り向いた。
男性は片手に剣を持ち、それを振るおうとしている。
流琉は咄嗟に伝磁葉々を盾にし、斬撃を防いだ。
「良い反応だ。威勢だけでなく、君はなかなか腕も立つようだねえ」
「村の人達を皆殺しにした、外道になんか褒められたくないわ！！」
「私を外道と呼ぶか。……それも良いだろう」
背筋の凍るような笑みを浮かべた瞬間、男性の姿が再び消えた。
流琉はすぐさま周囲を警戒し、襲撃に備えた。
とても速い――見た事の無い速さに、冷や汗が止まらなかった。
「――だが無垢な少女よ、君は分かっていない」
再び背後から聞こえた声に、流琉が伝磁葉々を持って身構える。
だが男性は少し離れた所に立っており、後ろに両腕を組んでいた。
しかしその姿に隙は全く無く、流琉は攻撃する事が出来なかった。
「弱い者は何をされても仕方がない。これは世の真理なのだよ……」
「そんな理屈で、何の罪も無い人達を殺しても良いって言うの！！」
「何の罪も無い……？ 可笑しな事を言う。弱い事が罪、奪われる事が罪なのだよ」
「――――ッ！？ そんなの、そんなのは……罪でも何でもないわ！！」
男性は深く溜め息を吐いた。
「無垢と言うのもまた、罪な物だねえ……」
「…………ッ！ うわあああああッ！！」
獣のような怒りの咆哮を上げ、流琉が駆け出し、伝磁葉々を振るう。
男性は邪悪な笑みを浮かべ、左手を振るう。黒い粉のような物が撒かれた。
「そこを退きたまえ……」
そして右手に握られた剣を素早く振るった瞬間、爆炎が巻き起こった。
「――――なっ！？」
「火傷をするよ……？」
――キャアアアアア！？
「――今の悲鳴は！」
調査をしていた小十郎の耳に、仲間の悲痛な悲鳴が届く。
悲鳴の正体はすぐに分かった。この声色は流琉だ。
すぐさま駆け出した小十郎は、聞こえた方向に向かった。
「待っていろ……！ 流琉ッ！！」
◆
「これで分かっただろう？ 君は世の真理を味わったのだよ」
「ううっ……ああ……」
倒れ伏す流琉の頭を踏み付け、男性は言った。
彼の表情は心底満足しているような物だった。
「身を持って教えてやったのだ。口を開き、礼を言え」
「だ、誰が……！」
足に力を入れ、頭の踏み付けに更なる力を込めた
「まだ教えが足りないかね？ 無垢な少女よ」
「や、止めて……！？ あああああ……！！」
刹那、男性の頬を素早く何かが通り過ぎ、掠めた。
皮膚が薄く切れた頬から、薄らと血が滲み出る。
「貴様……ッ！ 今すぐ流琉の頭から、その汚い足を退けろ！！」
「秋蘭様……ッ！！」
どうやら先程のは、流琉の悲鳴を聞いて駆け付けた秋蘭が矢を放ったらしい。
既に彼女は弓に次の矢を番え、男性の頭に狙いを定めていた。
「ふっ……助けが来たか。君は運が良い」
男性はゆっくりと足を退け、一歩後ろへ下がっていく。
流琉はフラフラしながら立ち上がり、秋蘭に歩み寄った。
「流琉……ッ！」
「秋蘭様ぁ……！」
衣服がボロボロで、彼女の姿はとても痛々しかった。
秋蘭は自分の背に流琉を隠しつつ、弓を構える。
「せっかくの拾った命だ。大切にすると良いよ。無垢な少女……」
男の鋭く、邪悪な視線が流琉を射抜いた。
流琉は小さく悲鳴を上げ、身体を震わせる。
完全に怯えて切ってしまっていた。
「貴様……ッ！ 一体何者だ！」
「ふっ……その娘に訊いたらどうかね？」
不気味に笑う男性を前に、秋蘭の怒気が徐々に増していく。
そんな時、ようやく駆け付けた小十郎が驚愕の声を上げた。
「松永久秀……ッ！！」
男性――松永久秀が小十郎を見て少し驚いたような仕草を見せる。
「やあ竜の右眼、また会ったね。ありがたくもない縁だな……」
「テメェだったのか……！ 流琉をやりやがったのは……！！」
小十郎が殺気を身体中から発し、刀を瞬時に抜いて構えた。
今まで見た事の無い彼の尋常では無い様子に２人が戸惑う。
「片倉ッ！ お前、奴を知っているのか！」
「……俺がここに来た原因を作った野郎だ」
彼の言葉を聞き、秋蘭と流琉が思わず息を飲んだ。
秋蘭を庇うように立ち、小十郎は久秀を睨み付ける。
「ここら一帯の村を焼いて、村人を皆殺しにしたのもテメェの仕業か！」
「その通りだよ。ここに美しい石があると聞いてね、欲しくなったんだ」
「――――ッ！ そんな下らない理由で、村を焼いたと言うのか！！」
「何を驚く事があるのかね？ 私にとっては、至極当然の事なのだよ」
秋蘭が怒りに震え、次の言葉を言おうとした時、小十郎が即座に止めた。
「もう良い、喋るな。奴とは話すだけ無駄だ……！」
「片倉……ッ！？」
「奴には人の心は通じねえ。そうだろう……？ 松永ぁ！！」
そう吠え、小十郎は久秀に向けて駆け出した。
構えていた刀を、彼の頭目掛けて振り下ろす。
それに対し久秀は慌てる事は無く、右手に握りしめた剣で受け止めた。
「片倉ッ！ 無茶をするな、私も一緒に――」
「余計な手出しは一切するなッ！！ これは――」
正面にある久秀の顔を見据え、小十郎は言った。
「これは俺の戦いだ……ッ！」
「いや見事見事。舞台裏はあちらだよ……？」
「……そのふざけた口を今すぐ閉じろ！！」
組み打ちから離れ、小十郎は息を吐く暇も無い斬撃を繰り出していく。
だが久秀は静かに、そして冷静に小十郎の繰り出す斬撃を受け流した。
「卿と私は、奇妙な星の元に生まれたようだなぁ。竜の右眼よ……」
「全くだ……。だがテメェを倒さなきゃいけないってのは分かるぜ」
「やはり卿は詩人だな。剣ではなく、詩を極めてみてはどうかね？」
そう言葉を交わしながら剣を交える両者を見つめ、秋蘭は圧倒されていた。
両人が数々の修羅場を潜り、どれだけ戦ってきたのかが嫌でも理解出来る。
特に松永久秀と言う男は、小十郎の剣技を片手で易々と受け流してしまっている。
流琉を怯えさせた威圧感と言い、高い武力と言い――只者ではない男であった。
（とても割り込める状況ではない……！）
「秋蘭様……ッ！ 兄様が……！」
「分かっているが、片倉に加勢は止められている」
彼を信じて待つしかない――秋蘭は歯痒い想いを味あわされていた。
「ふっ……！」
剣を弾き、久秀が反撃に躍り出る。小十郎の剣技に勝るとも劣らない速度だ。
そして一層強い斬撃で小十郎を吹き飛ばすと、久秀は微笑を浮かべて言った。
「以前のように上手くはいかないよ？ 竜の右眼」
「そうらしい……１度死んで腕でも上げたのか？」
息を吐き、小十郎は久秀を睨み据えた。
整った髪に手をやり、前髪を徐に下げる。
小十郎の殺気が一層激しくなった。
「久しぶりに聞こえたぜ……！ 緒の切れる音がぁ！！」
久秀が恍惚の笑みを浮かべた。これが見てみたかったのだ。
彼の内に秘められた、禍々しくも黒い狂気の光を――。
「ぶっ殺す！！」
後書き
第２１話を書き上げました。小十郎、松永の登場にブチ切れる。
久々の松永登場です。外道ップリが書けているか不安です……。
速く反董卓連合編を書きたかったのですが、松永の姿を見せたかったので。
ではまた次話でお会いしましょう。