これは、夢だ。

 血のように緋色の包まれた大地の中、鶏冠山堡塁がそびえ立っている。その足元、壕の斜面の片隅に儂は佇んでいた。


 「同じことです。人死にが多いか少ないか、それだけの話です。御爺様が選択した道は間違ってはいません。もちろん私の選択も。」


 後ろに立つ橙子の声、知っている。何度も見た夢だ。儂に逆袈裟に斬られ衣服は愚か皮も肉も裂け内臓を零れ落ちさせている無惨な姿、そして儂の返す言葉も知っている。


 「ロシア国土を荒らし、ロシア国民を飢えさせてもか! これは戦争では無い。戦争に名を借りたッ!!」

 「ではこれは何なのです。我等は殺されたくなかったから殺した。この現実は何なのです?」


 屍山血河の鶏冠山堡塁、累々と屍の横たわり鴉が群れをなして屍肉を啄む黄泉比羅坂、(よもつひらさか)儂の軍靴を握りしめ儂の体を手掛かりにして鍵島が這い上がろうとする。その言葉……


 「兵士が戦場で敵を殺すのは当然だ。でなければ戦争などやるべきではない。」


 儂の言葉に答えた者、橙子とも違う女の悲鳴。


 「私は兵士でなかった! 何故こんな目に!! 何故こんな姿に!!!」


 その姿は見たことがある。奉天市の有力者の妻、邸宅に押し入った人間に孕んだまま暴行され腹を引き裂かれた。儂ですら嘔吐したほどの現場。犯人は誰か解らぬ、引きずり出された胎児を抱き半狂乱で泣き喚く。
 そう、儂の周りにいるのは屍人ばかりだ。しかしこれは夢幻に過ぎない。なぜなら鍵島は生きているのだ。その内心を遮るように橙子が(あざけ)る。


 「死にますよ、御国は我等を切り捨てました。耐えられぬ者から順に死んでいきます。」


 目の前に情景が浮かび上がる。妻子諸共自決する将官、市民に文字通り吊るし挙げられ絞首されていく士官、自分だけ生き残ったことで村民に恨まれ家族共々崖から身投げする兵士。これは夢に無い……なんだこれは?


 「御爺様だけを切り捨てても世間は納得しませんよ? この国は自ら潰れていきます、己の手足を引き千切りながら。」

 「なんだと!」


 絶句する。儂はこの国を救わんと泥をかぶるつもりだった。それが……それが! 全くの無駄だと!!
 橙子に掴みかかろうとするが、手を足を誰かが掴む。兵士達、それに……従卒の鍵島、鮫島師団長、第二軍司令の奥、高野候補生、そして勝典。掴んだ彼らが笑みを浮かべるなや否やその顔が干からび眼球が腐り落ちる。儂を掴んで離さない四肢は急速に削げ落ち骨と腱が露になる。狂わんばかりの事態に堪らず儂は悲鳴を上げた。
 子供特有の耳障りな高音、狂笑とも言える声を上げながら屍に埋もれていく儂を覗きこむ橙子。いや、もはやその榛の瞳も落ち、空っぽの眼窩の中で同じ色の光が(うごめ)いている。(かいな)を腰に当て儂を覗き込んだ顔、それをを萎びさせながら掠れた声が届く。


「心配しなくても良いのですよ? 御爺様は我等を率いて戦い続ければいい。飲み食いせず、死にもせず、永遠に闘い続ける【わたしたち】(よもついくさ)を率いて御国を守ればいいのですよ。」


 己の中で恐怖が爆発する。訳の解らぬ言葉を吐きながら必死で屍人の泥沼から這い出そうとするが、体は埋もれていくばかり。儂が最後に見た光景…………それは中天に輝く赤錆色に澱む太陽、その中にはっきりと刻みこまれた漆黒の鉤十字だった。





―――――――――――――――――――――――――――――






 「うわあぁぁぁぁツッッー!!!」


 飛び起きる、体は脂汗で汚れじっとりと浴衣が張り付いている。残暑だというのに心と魂は凍りつきそうだ。思わず左頬に腕を動かし、その硬質の肌を手のひらで覆う。痛みは無い、痛むのは己の業か……。帝都の一軒家、仮住まいに家内が手配した家の寝室。星明かりと蚊帳、子豚型の蚊取り線香の匂いだけがある。
 隣の布団からゆっくりと身を起こす姿、妻の静子だ。心配そうに覗きこんでくる。正直、妻との関係は薄かった。別段険悪と言うわけではなく世の結婚がほとんど家同士の婚姻である以上、上の立場になるほど情は薄くなるものだ。夫は外で働き、妻は家を守る。未来ではとんでもない事態になったようだが今世はこれが普通だ。


 「あなた? 大丈夫ですか。」


 齢が十も違う妻が以前と比べ物にならない程、甲斐甲斐しく儂の世話をするようになったのは我が家に帰った後からだ。たった一人で出迎え、儂の凶相に驚きも怯えもせず、『御無事での生還、おめでとうございます。』と一礼。その後、そのまま儂の頭かき抱き涙を流しながら『ありがとうございます、ありがとうございます……』と呟き続けた。
 儂の『嫡男死なせておめおめと帰って来た。』の言葉は喉から出かかる前に霧散してしまい、ただ妻の腕の中で呆然としているしかなかった。静子が正面からじっと儂の顔を見つめ両頬に手を当ててにっこりと笑う。


 「結婚以来ですね? 貴方がうなされるのは。あの時はずいぶんお恨み申し上げましたが今となっては懐かしいだけです。」


 チクリした言葉で励ましてくれるあたり静子らしい。あの頃は儂も若かった。いや、青臭かったといって良い。軍での度重なる失態で自暴自棄になり酒と女に逃げていた時代、心配した誰や彼やが強引に祝言までもっていったのだ。逃げることもできない儂は静子の(からだ)にそれをぶつけるしかなかった。


「恐ろしくないのか? もはや儂は人と呼べぬモノだぞ。」


尋ねる儂に静子はクスクスと笑いながら答える。


「祝言の時にはずいぶんな美丈夫と驚きましたけど。今の貴方はそれよりずっと男前になりましてよ。」


 従卒の鍵島を一度返している。あの雪の日、何が起こったのかを。妻はそれを知りながら励ましているのだ。でなければ闇夜でも輝くこの榛の瞳を直視出来るわけが無い! 土下座する、もはや儂は家長としての自覚も夫としての誇りも無かった。


 「すまぬ、全員! 全員で帰ってくると()ざきながら勝典を……橙子までッ!!」


 史実では【三つ棺が並ぶまで葬式の要なし】と言ったらしいが、勝てる戦 死すべき定めを変えられる知識と力を手に入れた当時、そんな言葉は無かった。なんと儂は思い上がっていたのか。


 「それでも、保典は帰ってきてくれました。」


 一転して涙を浮かべ言いつのる彼女の言葉……確かに史実とは違ったものになったことは感じていた。ポーツマスの講和が破れたとの新聞の発表には胆を潰したが、代替として欧州の古都ウィーンで講和条約が成立し、御国は大陸から手を引くことになったという。儂や幕閣に連なる面々が思い描いていた絵図面ともとれる。大日本帝国欧州領と呼ぶ妙なモノまでくっついて来たのは気になるが、どう見ても我が国には分不相応。政府は早々に投げ出して諸外国の統治に委ねるだろう。そう思う事にした。
 そして乃木家は断絶せず後世に残る。日本陸軍将官としての儂から見て万々歳の棋面(きめん)、しかしその代償がこれほど酷き物なのか……咽び泣く妻を抱きながら儂は空虚な視線を蚊帳の外に向けていた。





―――――――――――――――――――――――――――――






 うだるような残暑の中でも仕事と言う物は待ってくれない。職を解かれ次の職に移る間を待命というが、その間暇というような者はそのまま予備役(クビ)送り確定である。または予備役送りだから暇と言う事でもある。
 もし儂が予備役送りとしても陸軍大将という肩書は暇を許さない。戦訓のまとめ、部下の評価、人事の細々とした事務仕事、やることはいくらでもある。さらに儂の場合は新兵器、新技術の総元締めであったが為にそちらの方にも労力は割かねばならない。大方は元第3軍の部下たちがやるのだが精査と承認はこの乃木の責任だ。
 だから毎日のように参謀本部と陸軍省を往復する。『橙子の史実』では“乃木希典”という将はすぐには自害しなかったという話だがこれらの物事を片付けない限り自害もできないだろう? 責任を負い込むのは悪い癖だ。故に“彼”もこの時点では生きていたし儂も同様だ。ま、儂は『自害できれば』と但し書きかつくのだろうが…………
 参謀本部の中央広間(ホール)の片隅で技術資料を精査している儂の周りでにわかに騒がしくなり若い士官が外に中にすっ飛んで行く。誰か若い連中が騒ぎを起こしたのだろう。
 先程まで儂の周りで【皆殺し乃木】と騒いだ群衆を詰り、『真の英雄は泥を被ってでも護国の柱石でいる者のことです!』と言いたてた新米尉官達を落ち着かせるのに苦労した。真実を知らぬ者から見れば儂は、【己を犠牲に国を救った英雄】に見えるのだろう。彼らにやんわりと釘を刺し諭すのは意外に苦労した。純粋と言う感情は時に厄介だ。
 ふと思う、純粋であるがゆえに“昭和の日本人”は負けを認められなかったのか? 破滅への道を突き進んだのか…………。


 「閣下、ここにおられましたか!」


 元第3軍に割り当てられた会議室で部下ともども書類仕事に勤しんでいた伊地知が息も絶え絶えにやってきた。ゼイゼイと喘ぐ様子からそこらじゅうを探し回ったに違いない。ホールにいると伝えたはずなのだがな?


 「どうした?戦場でもないのにそう急ぐ……」  「閣下、これを!」


 差し出された新聞、号外だろう。態々、参謀本部の外で拾ってきたとは仕事の最中に何をやっていたのやらと記事に目を通すな否や儂は目を疑った。


 【元第2軍 奥保鞏(やすかた)大将自決! 妻子も後を追う!!】


 何故? 何故!? 奥が自決せねばならぬ!! 温厚な性格と戦上手ぶりで開戦前、軍司令官の人事で【他の者は外せても奥だけは外せまい】とまで言われた彼だ。事実、奉天の戦いで奥率いる第2軍が金床(アンヴィル)の役割を果たさなければ金槌(ハンマー)の役割である第3軍の作戦は意味を為さなかった。
 あの時、作戦実施の前に頭を下げる儂に大笑して『こんな面白き、心躍る戦がありますか!? 乃木さん。次の戦は私を部下にしてくだされ。こんな面白き戦を乃木さんの下でやってみたい!』そこまで言った彼が何故??
 記事を綴り読む毎に儂自身、顔面が蒼白になっていくのが解るようだ。しかし心の中は凄まじいばかりの憤怒が爆発寸前の浅間山のように煮えたぎっていく。


【乃木大将から第3軍の兵二個師団を奪っておきながら遼陽の攻略に失敗し、奉天では大損害を受けた。乃木は一個師団で旅順を陥とし、奉天の背後を獲ったのになんたる体たらく】


 この新聞記者は阿呆か? 第3軍から兵を抽出したのは正当な軍理、遼陽は損害を抑えつつほぼ無血占領している。部下を大事にし、最小限の損害で最大の戦果を得たのは奥なのだぞ! 奉天で大損害を受けたのは事実だが真冬の満州、2倍以上のロシア兵相手に持ちこたえるなど並みの将で出来る芸当では無い。挙句、儂が旅順や奉天で使った兵は3個師団相当だ。いや装備を考えるならば30個師団以上!


【佐幕の敗将など役に立たず。自決如きで罪が償えるなどお門違い】


 なにが佐幕だ! あの人を幕閣に招くのに先代、先々代の参謀総長と教育総監が頭を下げに行ったのを知らんのか? 元幕臣であるこを理由に遠慮する彼を引き出すのにどれほど苦労したか儂ですら知っている。


【改めて軍法会議にかけ死刑判決を出すべき。】


 己等は冒涜という言葉を知らんようだな? 罪は罪でも自裁した者を法廷に引き出すなど人間としての情すら欠けた輩のすることだ。大陸には死者に鞭打つという言葉があるが御国ではそんなものは通用しない。
 そんな輩は国民に非ず。あの馬鹿げた戦争で政府や軍が戦争反対者にこぞってつけた言葉で報いてやる。即ち……

 非国民!!

 あの雪の日、橙子の言葉に儂は頭がぶち切れたが今度はその前に己の心がぶち切れた。すっくと立ち上がり大股で玄関に向かう。伊地知が何か叫んでいるようだがよく聞こえぬ。近くにいた士官は儂の形相を見て慌てて敬礼する者、気の弱い者は悲鳴を上げて腰を抜かすほどだ。
 この新聞社は確か近くだったな……そう考え軍刀片手に歩いて行く。正直これほど頑健な肉体に生まれ変わったことを有難く思う。五十の齢ではこうはいかないだろう? 外に出る、蒸し暑さが逆に涼しさにすら思えてくる。それほどまで儂の怒気は熱かった。



◆◇◆◇◆




次の日、今度は他の新聞社で号外が踊ることになる。


【乃木大将、新聞社に乱入! 奥大将自決記事の撤回求め大乱闘!! 憲兵隊に連行される。本人、記者含め十数人に怪我】


 後に陸軍甲事件と呼ばれる大醜聞……いや後の時代からすればメディアの行き過ぎた捏造記事への戒めとなる快挙でもあった事件はこうして起こった。






―――――――――――――――――――――――――――――






「どわっはっはっはっ!!」

「笑い事ではありませんぞ! 大山閣下。」


 腹を抱えて笑うオィの隣で頭を抱えながら隣で児玉が呻く。参謀本部の一執務室の中、片隅の安物のソフアに腰をおろして仕事からはみ出した雑談に笑うオィに部下の児玉は恨めしそうな目を向けてくる。珍しく手振りまで交えて怒るのと呆れるのを同時に表現するあたり、あの嬢ちゃんの影響だろう。


「凱旋で群衆を追い散らしたかと思えば今度は新聞社に殴りこみ……此方の都合も解って欲しいものです。せっかく詔勅という寝技で総督職を引き受けさせるつもりが皆パァですぞ! パァ!!」


 橙子嬢ちゃんが来てから参謀本部でも外来語を平気で片仮名で書き。小難しくなる言葉を外国の単語で間に合わせるといった風潮が出てきた。正確に意味を知っていれば楽に喋ることができる。大将でありいずれオィと共に元帥に登るであろう児玉すら使っているのだ。
 我等皆、墓の下に行った後、何を勘違いしたか皇軍は敵性語なるものを作り言葉を差別するという暴挙に出たがそれはもうないだろう。歴戦の元帥から新米少尉まで【楽だから】で使っている言葉を禁止すれば軍全てから袋叩きに会う。
 それはともかく確かに厄介な事態だ。乃木どんを陛下に拝謁させるのは極力避けたい。陛下もこの数年の乃木の奇矯(ききょう)な振舞いを耳にされている。唯でさえ気質が合うのだ、名君と忠臣だけで終わらぬ絆がある。


 「乃木に何が起こったのか?」


 側近によく尋ねられる御言葉だという。叶うならば召し出したいと考えていらっしゃる筈だ。それを防ぐために詔勅という陛下自らの書面を下賜されれば乃木どんは否応無く受けるだろう。あの漢は馬鹿ではないが筋を徹底的に通そうとする。良くも悪くも忠臣なのだ。
 それが見事にひっくり返った。咎人に詔勅を下すという事は自害せよと言うに等しい。詔勅ですら不満な上にそれがさらに乃木を追い込むとあれば陛下は本人から事実を聞いたいと仰せになり非公式のものであったとしても乃木を召出すだろう。
 そんな事をすれば唯でさえややこしい事態が悪化するのは避けられまい。遙かなる未来からの使者だとか人類存亡の危機とか、帝国一国はおろか全世界に対しても荷が重すぎる。
 少し前に会ったモールバラ公(チャーチル)と言う若造、海軍陸軍を問わずいろいろと聞いて回っていたようだが油断できない人物と見た。本来外国人等、一蹴できるはずだが相手は大英帝国の親書と小村君の推薦状、さらに陛下の勅許まで得ているため手出しができない。こちらもなるべく事実を隠蔽し、当たり障りのない返答で誤魔化し続けたが彼は乃木どんと橙子嬢ちゃんの秘密に感づいているに違いない。


 「良くも悪くも目立つ御仁! これで良いんじゃないのかね?」


 いろいろと考えた上で児玉に話しかける。


 「しかし、この事件が陛下のお耳にまで届けばきっと陛下は乃木さんを召出します。収拾のつかない事態になるのは明白……」

 「だからだ。むしろ隠しおおせぬなら大体的にやってしまった方が良い。正式に拝謁の栄に浴するとなれば陛下も乃木どんも迂闊な事は言えまい? 世間の耳目もそこに引付け、此方は此方で乃木どんを総督職に押し込んでしまうのだ。大新聞共も悪口は書けなくても褒め称える度胸ぐらいはあろう?」

 「成程……地に落ちた陸軍の威信を回復させ、今回の失態を丸ごと隠蔽しようと?」


少しムッとした顔で児玉が問いかけてくる。儂も狸になったものだと思う、しかし幕閣にいる以上こういった陰謀に手を染めるのは自然だ。今までが特別扱いだったと考えるべきだろう。児玉はそう言った事を嫌う性質だ。ある意味健全でもある。


 「臣民同士の対立もだ。帝都だけではないぞ、松山・仙台・小倉……元倒幕か元佐幕かという下らぬ揉め事は全国に広がっておる。国中で騒乱が起こる前に日の本を2つに分けてしまおう。」

 「つまり既存の連隊ごと兵士・家族を強制移民させてしまうと、」


 仙台藩、松山藩は元佐幕、小倉は不平士族騒動の中心地だ。皆に公平に降りかかる不満を誰かを生贄に押しつける。この国に限らず混乱期によくある事だが黙って見ているわけにはいかぬ。この前の山県候の指針を閣議にも議会にも諮らず独断で実行するのだ。政治の壟断(ろうだん)……オィの首ひとつで済めば良いのだが。
 真剣な目で児玉を見つめ鋭い声を発する。あの日露戦争でもこの声を使ったのは数えるほど、


「急ぐぞ児玉! 手遅れになる前に彼らを日の本から逃がせ!!」





―――――――――――――――――――――――――――――






 故郷(くに)で講演会の一つもと知事に頼まれ帰ってきた矢先、大騒動は起こった。見上げる故郷の御城、伊予松山城に第11師団所属松山22連隊の旗が翩翻(へんぽん)と翻っている。城下には丸亀、善通寺、高知の連隊旗、正確には城下(こちら)側に部隊はいないが、11師団司令部から無理矢理旗だけ持ってきたそうだ。今は各連隊から急遽かき集めた集成大隊1000名ほどしかいない。鮫島師団長の顔が青いを通り越して白くなっている。本当に馬鹿げた事態だ!!

叛乱



 「鮫島閣下、失礼します! ただいま第一騎兵旅団長秋山好古到着いたしました。」

 「あ……あぁ、着任を確認した。」


 片手で顔を覆い憔悴しきった表情で閣下が答えた。黒溝台で浦上中佐に続いて私を叱り飛ばしたあの顔など微塵もない。鉄嶺の地で何かが起こったのは風の噂で聞いた。乃木大将閣下の変貌もだ。だがこれは……机に広げられた決起書を読む。彼ら松山22連隊の血を吐くような書面、


 「遠く御国より離れ幾千里。護国護民が為に修羅悪鬼の如く戦塵に塗れ、御国に尽くしながら帰れば民の罵声とこの仕打ち。挙句、還った一兵卒にまで浴びせられる不条理を看過出来ず。不肖、臣 青木助次郎帝国陸軍大佐は大逆の謗りを受けようとも陛下に御諫言申すものである……」


 莫迦(バカ)野郎が! 軍を私兵の如く動かしては只では済まん。確かに日露の戦は戦場で勝ちながら戦争では負けた。だが御国は守られたのだ。もはやどの列強も御国を脅かすことはできない。下手に脅かせば世界中から爪弾きにあう。欧州の中央で結ばれた条約とはそれほどにまで価値があるものなのだ。それを説明するのが部隊長の役割だろうが!


 「人のことは言えないか……」

 「は?」

 「いや、なんでもない、城の見取り図を持ってきてくれ、なるべく大きい奴だ。」

 「あ……ハッ!」


 隣の11師団参謀長に地図を頼みながら思う。あの停戦命令、我々第一騎兵旅団こと秋山支隊でも異論激論が噴出したのだ。『今ならハルピンが奪れる!』『今なら満州全土に日章旗を立てられる!!』それを封じられた上、帰ってくれば国民の怨嗟と罵声の嵐。怒りの余り酒茶碗を叩きつけたのは久方ぶりだった。だがこれはやりすぎだろう? こんなことをすれば伊予松山が叛徒の地……叛徒の地!?


 「そうか、我が故郷、伊予松山藩は佐幕。叛徒の汚名を着せられながらも陸軍最強師団として功績を立て続け御国に尽くそうとした。それを薩長の政府に反故にされて民の罵声を浴びれば怒りたくもなるな。」

「秋山君、どういうことだ?」


 鮫島閣下の問いに『これは一種の一揆に過ぎません。』と答える。向こうも此方も勝手に自分達が叛乱を起こしていると錯覚しているのだ。実態は抗議活動に過ぎないのにあれよあれよと中心人物が持ち上げられ他者からは叛乱と勘違いされているだけだ。ならば、我々が叛乱にするのではなく非番の兵士による弁論会にすり替えてしまえ! そうすればこちらも反論という形で人間を送り込める。
 11師団同士が顔を合わせれば修羅場になるのが確定だから、私の様な部外者や他の部隊の人間を不平不満を持つ者として送り込み弁士達の討論会にしてしまうのだ。そうすれば新聞記者が集まって来る。そこで「国民の為に戦ったのに何故我々が責められ得ねばならないのか!?」と大法螺を吹くのだ。
 軍も兵士も元はと言えば同じ国民、国民同士が相争うとなれば喧嘩両成敗が通用する。当然責任は双方取りたくないので全ては有耶無耶になる。この騒動もその波に呑まれて消えてしまうだろう。閣下に説明しながら心に決める。
 私と淳五、そして(ノボ)さん(正岡子規)の街で御国最強師団が相撃てば松山が奉天になってしまう! 断じてさせるものか!!


 「まずは私と何人かの11師と縁の無い士官を潜り込ませます。何、お城は子供のころより勝手知ったる遊び場です。抜け道等いくらでも知っておりますよ。」


 閣下を落ち着かせながら私はてきぱきと事を進めていく。





―――――――――――――――――――――――――――――






 工廠の中、甲高いエンジンの叫喚と金属の部品が擦れ合う耳障りな雑音が鳴り響いている。ここはプロイセン王立国営工廠、ドイツ最大の兵器工場である。といっても、内実は各地方の軍需企業の寄り合い工場群……しかしこの場所に軍需工場を持つということが軍隊国家ドイツの屋台骨を支える企業であることの証となるのだ。クルップ、モーゼル、ジーメンス……世界的にも超一流と呼ばれるモノがここにある。
 しかしそこに運び込まれた兵器は、それらの企業を尽く破産に追い込みかねない程の衝撃を関係者に見せつけていた。


 「搭載機関銃は射程、発射速度はおろか全性能において次期納入の新型機関銃を圧倒できる……!」

 「ダイムラー(ガソリン)エンジンは既存の物より出力が倍以上、信頼性は比較にならず。祖国の全自動車が屑鉄になりかねない。」

 「装甲は小銃・機関銃の対装甲用K(タングステン)弾でも耐えられる。野砲の直接射撃以外撃破は困難……。」

「変速機は正直理解すらできない! いったい日本帝国(ヤーパン)はこんなものどうやって作りだしたのだ!?」


 第一級の技術者達が頭を抱えおろおろと歩き回り、解体された部品の前に突っ伏している。その狂乱ぶりを工廠上の渡り廊下(キャットウォーク)から眺めながら私は新米の技術者に尋ねてみた。


 「どうかね? 彼らの兵器は。」


 ホーフブルグから帰って半年、いよいよ彼の国からロシア帝国軍を壊乱の淵に叩きこんだ兵器群が届き始めた。十年前まではジーメンスの頭取を勤めていただけに軍の横槍を避わし全ての成果をここに運び込むこともできた。そして現在は調査の真っ最中だ。


 「率直に申し上げますと無理です。我が国の技術では発展作はおろか劣化コピー品すら怪しいものです。これらの前には全ドイツが誇るこの工廠すら屑鉄処分場でしかありません。」


 若い技術者の抗議ともとれる反論に納得する。私も初めてこの兵器群を見た時に同様の感想を抱いた。

――これは無理だと――


 確かにこれらの兵器からは我が国特有の匂いがする。現実に匂いがするわけではないが兵器と言う物は同じ用途で作られても国によって微妙に異なる性能、外見を持つものだ。兵器は国民性の結晶、誰かがそんな言葉を言っていたのを覚えている。
 しかし一体何年待てば我々はここに辿り着けるのだろうか。30年? 50年?? もっとかかるかもしれない。


 「前会長、兵器でなくこれらを作りだした工廠設備、工作機械は無いのですか? もしこの兵器を模倣するなら絶対に欠かせません。偽物(ハリボテ)を作るのなら別でしょうが。」


 なおも口を開く彼を手で制する。不満そうに口を噤んだ彼も解っているはずだ。【これ以上は国家機密】だと。仕方が無く一礼して私に背を向け階段下の狂騒の根源……日本人が言う一号戦車に戻ろうとする彼に私は尋ねる。


 「いずれ機会があれば君をトラキアに送ろう、あのゲネラルの元にね。エトムント・ガウス君?」


赤茶けた髪を機械油に汚した彼は破顔してもう一度頭を下げた。





◆◇◆◇◆





 かつて時の彼方で霧を解き放った青年の父親――はじまりの男――に物語は開かれた。しかし、彼はまだ登場人物ですらない…………








 あとがきと言う名の作品ツッコミ対談


 「どもっ、とーこですっ! というかさ今回またまたジャンル変わってない。」


 あぁ序章のホラーもどきか(笑)実際ホラーが書けるか試してみたけど「モドキ」にしかならなかったというオチね。だから夢オチ


 「だめじゃん(呆)でも作者ってドイツ第三帝国への評価が定まってないわよね?憧憬的に書いたり悪辣に書いたり評価がはっきりしないよ。」


 アレをどう評価するかといわれても困るよ。第2次世界大戦以後世界各国にどれほど影響を与えたか見当もつかない代物だからね。悪と断ずるはたやすい、じゃ世界各国の迷彩軍服や組織的な国家運営、大衆動員方法、社会保障、全部捨て去れば世界は100年は逆戻りだな。


 「昨今騒がせる『人道面はともかく政策は必要に応じてやったマシな判断』で済ますつもりか。」


 正直作者としてのドイツ第三帝国の評価だけど人種差別を法案として制定しそれを実行した、これに根源的な悪があると思う。本来国家と市民を守るべき法を悪用しそれを真面目に実行したことが『人類の歩みを逆行させた罪』に当たると考えたわけだ。いうなればニュルンベルグの『人道の罪』なぞとは比較にならない程重い。


 「このままだと作者の妄言ばかりが垂れ流されそうね(汗)次いこ次! ついにばーちゃま登場! というかプロット段階では影も形もなかったのになんで下書き入ったとたん書きまくったの? 2章と3章で5回は登場するし視点すらあるキャラに化けるなんて。」


 今回は橙子を皆の視点から見ていくのが肝だろ? つまり橙子が子供から少女に変化していくのを見せるためには同性の年上から見ないとダメと判断したんだ。え? 乃木ママでもいいんじゃないかって?? 残念だけどそれはプロット上で切り捨てられた。詳しくは対応2章9話でわかる。あ……そこの節だけど子豚型の蚊取り線香あるだろ? 史実にはないけど橙子のちょっとした歴史改編のつもり。背景とかよく読むと時々こういう悪戯やるからw」


 「自分で仕込んで自分で突っ込むな! でもさ、どうせ2章中に組み込むんだし……肝心なところはとことん隠す気ね作者? そしてついに原作年表人物に届いたわね! エトムント・ガウス、彼の息子であるヨハネス・ガウスそして出雲薫、グレーテル・H・アンドヴァリこの3人が中心となって1945のアドミラリティ・コード発現したわけだからキーキャラクターだよ? 未だ原作でも年表の単語でしかない人物をよく書くこと!」


 うーん……でも第一部では彼ですらチョィ役かな? なにしろアルペジオから妄想でもいいから想定していくとこの3人まだ生まれてすらいないのよ(笑)だからどう描くべきが本気で悩んでる。ま、出てきたとして第2部という数年以上先の話だからもう少し原作が進んでから細かく考えるべきだと思っている。エトムント君については4章からそれなりに出番がある……はず


 「原作者に丸投げかぃ!!」


 「じゃ、どう書けと? 多分原作の人たちでも想定していない事柄をコミックしか読んでいないSS作家モドキ(笑)が書くんだよ? 慎重になってしすぎることはない。ネタがみつからないからという理由はあるけど(あ)


 「…………ほーほーホー、読者様の前でソレ言うわけ?」


 ちょ! ちょっと待て!! 荷電粒子モードでツッコミ砲は!!!


 「次話の演技でストレス溜まってるから発散しますッ!!!!」


 (轟音と悲鳴が交錯)



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