とてとてと一生懸命駆けてくる小さな足音。最近は声色もはっきりし、使う単語も多くなった。
「ねーた! ねーたぁ!!」
燐子が玄関で洋靴を履きかけたわたしに飛び込んでくる。
「ぎぅ――――!!!」
燐子は力一杯のつもりだけど四つの子供の力なんてたかが知れているし、そもそも腕が足りない。立膝ついた私の腰に張り付いて脇腹に手を押し当てているだけ。それでも無垢の愛情と無私の慕情に嬉しくなってしまう。
「はい、ぎゅ――っ!」
お返しに体ごと優しく抱きしめると燐子は大喜び。自然にわたしも笑みが零れる。
「橙子、行くぞ。……静子、行ってくる。」
御爺様の声と共に頭を撫でて、三つ指ついて御見送りをする御婆様の方を向かせる。燐子はそちらに一目散、縋りついた燐子の隣で御婆様の『いってらっしゃいませ。』の言葉と共に玄関から出る。ふと、振り返ると燐子が手を振っている。手を振っているというより腕をぐるぐる回しているだけにも見えるけど?
軽く手を振り御車に走る。わたしは御爺様の隣の席に腰掛けた。日差しが眩しい、今日も忙しい一日になりそう。
榛の瞳のリコンストラクト
第3章第8話
静かな総督府の中、報告書を手に儂は来るべきものが来たと実感していた。
「今回の移民船団を持って
大英帝国の無償船舶貸与は終わります。次回から5パーセントの大日本帝国の負担、おそらく向こうの植民地省は容赦なく負担率の増加を要求してくるでしょう。ホーフブルグの規定移民量まで後、12回……閣下が予測される我が国の財政事情が許される限界値は45パーセントなので持って4回といったところです。」
刑部の発言で堰を切ったように関係者が状況報告と対策を議論する。
「それでトラキアの日本人人口は21万、現地人口合わせても35万いきません。ホーフブルグの40万にはちと足りませんな。」
「それだけではありませんぞ。米国も
対虎騎亜借款を渋り始めています。ドイツもロシアの流民で
工業製品無償供与どころではありません。フランスもロシア支援と称して
穀物価格の値上げを要求しております。」
「経済的にはアメリカは余裕が有る筈なのですが名目上、満洲やパナマ運河の建設に予算を取られすぎていると言っています。何とかしたいが議会が頷かないと……しかし本音はイギリスとの通貨兌換率を理由にしているのだと考えております。ドル札を経済拡大で大量に刷り続けていますから対ポンド兌換率でイギリスの警告を受けたのでしょう。」
予想はしていたことだ、だがこうまで早いとは。欧米各国にとって大日本帝国欧州領|【虎騎亜】《トラキア》は人質でなければならぬ。しかし、人質が自壊するほど脆弱では困る。つまり存在する価値を持たなければ人質としての用は為さぬということだ。
移民した日本人を生死寸前まで追い詰め、御国の支援で成り立つようにする。結果、御国の国力は恒常的に削り取られ続けるということだ。欧州列強にとってこれこそがこの国の存在理由、
「現在の人口を水増しして規定量の日本人と強弁するわけにはいきませんか?」
「無理だし現実的でないだろう? 総人口に対し|外国人《よそもの》が四割もいる藩《くに》など聞いたこともない。せめて二割……即ち日本人が後24万人は必要。そしてその移民を全部運びこむのに12回は移民船団がいる。それが後4回……8万人では三人に一人が外国人ということになる。」
「欧州にはいくつもそんな国がありますが?」
首を傾げて孫が質問する。己が直接『史実の知識』に繋がれる故、説得力はある。しかし数字だけで人は簡単には動かぬ。学習院の女学部長もそれを危惧し、『書物を読ませるより情感を育てるべき』と常々儂に言ってくる。困ったものだと思いつつ反論して考えさせる。
「橙子、己の基準で測るな。御国の民は外国人に慣れてはおらぬ。島国根性もこうなれば足枷にしかならんと思え。」
財部君は海軍士官らしく国際事例を紐解き腕を組んだ。
「現地民を厄介者扱いとはかつての米州や豪州を笑えませんな。」
彼の言葉に刑部が目を眇める。
「それこそ狙いかもしれませんね。『現住の民を迫害しても文句を言われる筋合いは無い、
ただし其処が欧州以外で在るならば。』ここで偶然でもそれが起これば我が国はひとたまりもありません。」
「ひどいもんだ。」 一斉に嘆息の声が上った。
現在ですら言語、宗教、習慣と現地人であるトラキア住民と日本人の壁は大きい。だからこそ双方の生活を隔て、ごく浅い部分から交流を進めていく。何事も段階的に、一気呵成に進めば現地住民との軋轢は一挙に広がりトラキア全土が騒乱になってしまうだろう。今まで何故現地住民が大人しいかは列強の支援、日本の武力、トルコの法的後ろ盾あってこそなのだ。その柱の一つが大きくぐらついている。
唸り声ばかり上がる会議室の中。秘書官の一人が耳打ちする。征11号作戦――第11次移民船団――の計画責任者が到着したというのだ。懐かしい名前を聞く。会見の為、一言して席を立ち橙子がそれに続く。何年振りだろうか? 台湾総督時代の大失態を思い出しながら儂は執務室へ向かった。
―――――――――――――――――――――――――――――
うだるような熱暑の中、儂は孤立している。
「何度でも申し上げます。総督閣下の遣り方には承服できません。いわば金の無いのに倹約倹約! 倹約というものは金があり無駄遣いしている者ができる贅沢に過ぎません。
台湾は初めから金が無いこと位どうして解って頂けないのですか!!」
儂は忌々しげに彼とその周りにいる官吏共を見た。初代台湾総督の側近として赴任した連中だろうが此奴等は根本を誤っているとしか思えぬ。己を正してこそ現地民の統治者足りえぬのに、唯唯金! 挙句に現地の人々が苦労して維持してきた田畑を接収し、強欲な財閥共にくれてやろうとは何を考えているのか!!
「閣下、楓君の言うことも最もです。すでに統治予算は底を尽きかけ、軍費すら満足に調達できぬ有様……ここは一時の苦渋を飲んでも岩崎さん(三菱財閥頭取)に頭を下げ、資金を借り受けたほうが良いと。未だ山岳地帯で抗戦を続け、統治の妨げになっている高砂族を下さぬ限り台湾の平定はなりませぬ。」
こいつもか、怒りの矛先を彼に向ける。立見尚文、戊辰の戦で敵方なれども勇猛ぶりで官軍の心胆を寒からしめた男、台湾で儂の軍事面を統率する総督府軍務局長でありながら軍兵を動かせぬからで寝返ったか!!
「立見、貴様までもか! 財界に売った田畑がどうなるかお前も列強共の植民地を見れば解かるだろう。尽く
|単一商品作物の農地《プランテーション》に変えられ、現地の民は財界の小作人としていいように使い潰される。此処は御国ぞ! 清国から得たとしても、未開の捨てられた島としてもここは御国ぞ!! 御国の民にそんな苦渋を強いるなら此処にいる全員、
腹掻っ捌けぃ!!!」
怒りの視線が集中する。立見がなんとか取り成そうとして哀願してくる。
「なんとか、なんとか考え直してくださいませんか? 総督閣下の御母君も流行病で倒れられ明日をも知れぬ命と聞きます。皆、矜持も誇りも捨てて生きることに専念すればこの地は助かるのです。莫大な借金が出来ようとも皆で少しずつ返していけば……」
その言葉の前半部だけで儂は激昂した。母上がどんな思いでこの地に来たか、病であるのに薬すら拒否して病に伏しているのか……本土に帰そうとする儂を睨み据え『私は台湾の土になるために此処に来たのです!』それを侮辱したな!! 軍刀と掴もうとした時、本来温和で声音を崩さない楓が信じられない大音声を上げた。
「
もう結構です!!! 閣下は経済をご存じではない。私は私なりのやり方でこの地を豊かにして見せます。閣下は後ろから黙って見ていれば宜しい!!! 全て私個人の金で賄わせていただく。楓家の資産全て質に入れれば数万円にはなるでしょう。それなら総督府の迷惑にはなりません。」
靴音も荒く執務室から出ていく。部屋中の官吏や軍人が後に続き、儂は1人執務室に取り残された。この後、部下とは完全にすれ違うようになり二年経たずして儂は台湾総督を辞した。
結局、儂は己の過ちを認めざるを得なくなる。資本を受け入れ、5年を経たずして台湾は極貧地域から抜け出したのだ。本土では台湾産の輸入によって列強の独占で値を釣り上げられていた外国産の砂糖や煙草の価格が下がり、人々の喜びが増すとともにコメ余りの東北から続々と米穀が流れ込んで貧弱な灌漑設備しかない台湾の米生産量を補ったのだ。さらに|甘蕉《バナナ》という果物が栽培されるようになり、台湾特産として帝都の市場で飛ぶように売れだした。那須の隠居先までやってきて見事な功績と賛辞を口にする新聞記者に儂は自責の念と共に答えるしかなかった。
「儂はあの時、記憶が衰えまともな判断ができませんでした。全ては儂に代わり粉骨砕身で御国と台湾の民に尽くした部下の功績です。儂はなにひとつ出来ずに職を辞した愚か者に過ぎません。」
そう言って頭を下げるしかなかったのだ。あの時から欧米の経済学書を軍学書と共に読むようになったのが儂に出来たたった一つの反省…………
―――――――――――――――――――――――――――――
「
懐かしいですな。しかし閣下の統治の為さり方も間違ってなかったと今は思うことができます。実は台湾経済が上向き始めたころから御国の財閥はおろか外国資本まで次々と参入を始めましてね、もはや利益優先、賄賂上等で施政が大混乱に陥ったことがあるのです。閣下の後を継いだ児玉(源太郎)さんと後藤(新平)さんが
『乃木の至誠を忘れたか!!』と一喝してくれなければ我等皆どうなっていたか解りません。やはり閣下が軸を作ってくれたからこそ今の私があるものと感謝しております。」
執務室で手続きが終わり、あのときの思い出を話して謝罪すると楓銑十郎――かつての楓五等補佐官――は逆に頭を下げた。今や彼は二等執務官、橙子の史実からすれば日本国における一官庁の政務官である。
当たって砕けろの意気はだいぶ和らぎ政治に携わる者がもつ貫禄まで持ち合わせるようになってきたのは流石秀英を誇る帝国官吏だろう。それでも額の古傷――自称国士に襲われ切りつけられたらしい――を考えれば修羅場を生き抜いてきた雰囲気がある。
根に持たれても致し方が無いと思っていたが、儂の方が安堵した辺りどうやら自責の念に怯えていたのは儂の方だったようだ。ならば仕事は任せられる。台湾総督時代でも統治に際立った手腕を見せていたのだ。微笑んで口を開く。
「そう言ってくれると有難い。正直、前途有望な君が何故この僻地に来たのか訝ったものだが、今能力のある者は一人でも欲しい。明日から早速実務に取り掛かってもらう。」
「ハッ! いえ私は面白いと思って志願した訳でありまして、御国では欧州領はバルカン中を掻き回しているとか? 御国の沈滞した世相よりこちらのほうが面白いと感じたまでです。」
そういえば御国も日露の戦が実質世界から負けと宣言され、自暴自棄になった後は無気力が|蔓延《はびこ》っていると言う。隣国の事変の後、少しずつ経済は上向いていると言うが怪しいものだ。
そう思い彼を見詰め直すと先ほどの抱負にも等しい口上をした彼が視線をずらしている。何を見ているのだろうと首を回すと橙子を見ているようだ。橙子も注目されていることに気付いたようで小首を傾げている。
その橙子といえば傍から見れば妙な格好だろう。女性用に仕立てられた紳士服に榛の紐ネクタイ。|胴着《ベスト》を身につけ、下は|直線状で側面に切れ込みを入れたスカート《タイトスカート》を履いている。なんでも女性が社会進出した時代の事務服らしい。
「あぁ、孫の橙子だ。一応施政官見習いでも思ってくれればよい。せいぜい鞄持ちだな。…………どうした?」
橙子がムッとするが。紹介を受けて楓に丁寧に挨拶をする。それでも楓はじっと見ていたのだ。突然我に返り、流石に不調法が過ぎたと感じたのか慌てて楓は丁寧に挨拶を返し、こちらに話を戻した。
「いえ、思ったより幼いと思いましたので。あ、あらましについては刑部中佐から話を聞いております。」
刑部のことだ、要点は|暈《ぼか》してこの欧州領の真の主人であることを仄めかしたのだろう。
「なら話が早い。早速だがこの事態について君の意見を聞きたい。」
儂は先ほどの問題を話し始めた。
◆◇◆◇◆
「なんといいますか……|外交戦《ディプロマシー》はかくあるべしの典型ですね。己を手を汚さず利益を総取りする。これでは列強の外交官にとって御国の外務官僚など赤子の手を捻るようなものですな。本来なら兆候を察して先手を打つべきなのに、全て後手後手に回っている。」
「非難するのは結構だがこれが御国の実力なのだ。隣のオスマントルコにすら遅れをとっている。もはや交渉云々で解決は手遅れ、内部で片をつけろとなるがそれも厳しい。」
いきなりの手厳しい感想に溜息が漏れてしまう。資料や報告書を精査しながら楓は難しい顔を繰り返している。地域としての価値すらなかったトラキアに日本人を住まわせ、自給自足できる寸前で苦境に追い込み本国へ助けを求めさせる。トラキアが植民地なら見捨てることもできようが本土でもある以上、見捨てれば国際社会から『国土も守れぬ三流国家』の烙印を押されるだろう。その先に待っているのは列強の経済植民地という立場だ。米国にとっての南米諸国――バナナ共和国――と言えば解かりやすいだろう。
だから御国はトラキアの為に金を使い続けなければならない。それは低賃金を武器に列強にモノを売って糊口を凌ぐ御国の思わぬ足枷になるだろう。日露で圧倒的な存在感を刻みつけた御国を鎖で繋ぐ……その鎖こそ、このトラキアなのだ。
事態の悪さの余り己の
能力に根負けしたかのように橙子が口を挟む。やれやれ、解らぬでもないがな。
「やっぱり……銀貨作りますか? 少しは持ちこたえられますし、いざとなればメキシコ銀と偽れば。」
「やめておけ、根本的な解決にならん。それに御国の造幣局員をまた泣かせるつもりか? 『頼みますから本物以上の偽物を用立てないで下さい。』頭を下げに来たのは覚えておろう。」
「は?」
話が通じていないのは解るが首を傾げるのは楓の方だ。そう、日露戦争の折、橙子の上役擁する兵器群があれほど出鱈目じみた活躍を行えたのはこの力であることが大きい。本来兵器は本体、燃料、交換部品だけで動かせるものではないのだ。搭乗員、つまり|人的資源《マンファクター》無しに兵器は動かせない。その搭乗員を動かすのが|給金《カネ》である。
いくら国の危急存亡とはいえ優れた者に良い待遇を与えなければ人は動かぬ。国家への至誠と実利あってこそ兵士は技量を高め、危地に飛び込んでいくのだ。即ち職能手当、戦闘手当は軍の士気を下げぬ特効薬である。
あのころの歩兵の一日の手当ては六銭、煙草十本にしかならない。しかし儂の手足となった旧第11尖兵師団では重火器を使う尖兵はより高い技術を使うため1日十銭、砲兵・機兵といった技術職ではなんと3倍以上のの二十銭だ。より手当の高い兵科に志望者が殺到したのも頷ける話である。ではその金の出所はどこなのか? 答えは簡単、橙子が作り出したのだ。
事実が理解についてこれない楓に苛立ったのか、橙子が自分の車輪付き鞄を持って来る。万能道具と言ってよい橙子の身長ほどもある大きな旅行鞄。小さい声で命令を発すると鞄そのものが自ら形を組み換えて妙な装置になる。その開口部に橙子は植木鉢に無造作に盛られていた小石を十数個放り込み装置を起動させる。10分もたたずに装置から吐き出された数個の塊。それは御国の国際信用通貨、
【一円貿易銀貨】だった。
楓が腰を抜かしかけている。それはそうだろう? 理学など専門外だが、物質を根源まで解体し、再度組みなおす。150年後の人間ですら不可能な技――物質変換技術――その力を目の当たりにしたのだ。これで驚かない方がおかしい。だからこそ、御国の造幣局が泣いて用立てないでくれと頭を下げに来たのだ。
下々のものならこう思うだろう。『いくらでも銀貨が作れるのならそれで良いではないか?』と。
そうはいかぬ。明治初めなら兎も角、物価上昇が続けば一円硬貨を銀で作ることは割に合わなくなってくる。貨幣を作って国家が損をしました……では良い笑い者だ。だから昨今の一円銀貨は銀とは名ばかりの銅、錫、ニッケル混合の白銅貨である。
そこに偽物と称した本物以上の銀貨が大量に出回ったらどうなるか? 貨幣の選り好みの挙句、御国中の商品は大暴騰。戦う前に破産である。造幣局の役人達は全部それを引き取って銀塊に鋳潰し、英米銀行に質入れしたのだ。儂も初めは深く考えなかったがここで財務を自ら精査するようになって以降、なんという馬鹿をやらかしたものと青くなった程だ。
ひょいと軍刀掛けに立てかけてある愛刀を取り指で鯉口を持ちあげながら口にする。こういった場合、映画では冗談でも笑みを浮かべるのだったな……
「さて楓君、今橙子がやったのは極秘中の極秘だ。もしこれが表に出れば君の首は胴からおさらばすることになる。」
人に話しても誰も信じないだろうが脅しておく。日露戦争後、三千トンもの銀塊が英米の銀行に収まっている筈。御蔭で史実で末期的な状態となっていた金銀本位制は一息ついているらしい。おそらく英米から出ているトラキア統治費用のいくらかはこの質入れした銀から賄っている筈だ。居住まいを正し、緊張した声音で楓が感想を述べる。
「…………驚きました、此処までの方だったとは。日露の戦、閣下の軍の精強ぶり信じ難い思いで見ておりましたがそのからくりが解けました。」
「だからこそ孫には迂闊に使うなと言っておるのだが、結果は御覧の通りだ。」
流石に肩を竦めて御度戯ける訳にもいかず溜息で済ます。学習院通学の折、こっそりと小銭を作っては友人に甘味処で奢っていたのは知っている。法律違反なのだが利得を考えるとこちらが黙らざるを得ないのだ。
橙子の異質さを考えれば学府の中で孤立しかねない。友人たちの中で保護欲をかきたてられしかも自由に遣える金があるのなら好意的に見てくれる者も多くなる。そして儂の元には『世話になった。』と学徒の親である政財界の要人達が訪ねてくるという訳だ。
正面からなら癒着と新聞記者のネタにされるが、御学友の親同士の付き合いなら迂闊な取材はできない。堅物・武辺者と言われる儂とて日本と言う世界の酸い甘いを利用する術位なら持っている。だからこそトラキアに出向といった形で商家や財閥の支店が存在するのだ。
「結論から言いますとここ
10年以内にトラキア経済が破綻すると私は考えます。」
楓のその答えで儂は引き戻された。驚きから立ち直り、十数冊の報告書を精査し終えた彼が難しい顔をしている。意を決したようで彼は話し始めた。
「明らかに列強各国はトラキアを潰すつもりです。彼らが大枚を叩いてこの国を何故作ったのか? という疑問はさておいて、現在は真綿でじわじわと締め上げる状態、我らがその対処をしている間に経済的に八方ふさがりの状況に追い込み融資面を塞いで止めをさす。おそらく英米仏独すでに連携して行動しています。」
『そこまで酷いのか?』 呆気にとられる。欧米列強に怒鳴りたいくらいだ。潰すのなら何故御国を巻き込んだ!? 自分なりに対策を思い描いている隣で理解が追い付いていない橙子に楓がたとえ話で詳しく説明しているようだ。理解すると同時に橙子も腹に据えかねたようで過激な言葉が飛び出した。
「|英国金融街《ロンバートストリート》のガス管全て爆発させても……ダメですよね? ウォール街やアムステルダムまでやったら今度こそ世界が潰れてしまいますし。」
恐ろしく右斜めに偏った呟きが漏れてきたが聞こえない振りをする。まさかここで『橙子の史実』で起こった新世紀9月11日の大事件を起こす気にはなれないだろう? 最近橙子に聞いたが、上役はあの生物兵器の失敗を受けて人間への直接干渉を避けたがっているという。橙子が要請しても承諾はすまい。
「はっはっはっ……力づくで経済を操ろうなど井戸水で団子を作るようなものですよ? 列強金融街を爆発させても…………いや、そうか! 爆発させればいいのか。閣下、少しお尋ねしますが橙子御嬢さんは一度にどれほどの物質を変換できるのです?」
話が妙な方向に流れた。訝りながら知っていることを話す。
「硫黄島で相当の兵器を作りだしたからな……五万や十万トンでは済まないだろう。橙子、お前の上役はどれほどやれるのだ?」
「一度には数万トンくらいでしょうけど金や銀を大量に作っても御爺様の言うとおりになってしまうと思いますが?」
目まぐるしく脳味噌を回転させていたらしい楓が頷き言葉を、いや提言を語り始めた。経済という儂等と違う地平に立つ者の言葉が室内に響く。
「いえ作るのは銀塊でも金貨でもないのです。作るのはいわば|この国《トラキア》の
信用状ですね。何時でもトラキアは世界を潰せるぞ! しかし我らに協力すれば良い目を見させてやる。そう列強に脅しをかけるのです。」
「「?」」
儂等二人が首を捻る中で楓はトラキアの地図を見せ一所を指し示す。
「ここなら歴史的にも丁度良いと思います。トルコ大使が言っていた列強への意趣返しにもなりますしね。」
その指し示している一点、小さな岩だらけの丘をかつての人々はこう言っていた。
【パンガイオン】
あとがきと言う名の作品ツッコミ対談
「どもっ! とーこです。全体ざっと流してみたけどいよいよトラキア本体の歴史改変ってとこかな?」
ども作者です。相も変わらずツッコミ早いな! 作者としては序文の感想が聞きたかったけどねぇ
「外伝と7話で気を良くして無理に萌えシチュ書いたくせに(笑)とーことしては悪くないと思うよ? これからガチに難しい世界経済改変に挑むんだから気を抜く必要もあると思うな。」
でもさここで切られた節あるんだよ。それもかなり重要な。それを最後まで入れるかどうか悩みに悩んだ。
「うーん(設定パラパラ)、確かにこれ抜くべきか迷うところね。アルペジオとして考えるなら群像君とイオナの出会いにも等しい場面になるしね。」
でも入れなかった……理由わかるよね?
「とーぜん! 作者の『原作アルペジオの裏面を常に意識して考えしかもアルペジオの本質を極力出してはいけない』これに抵触するからでしょ?」
うんそれもあるけどそれ以上に話の流れが飛んでしまうという危惧があったのさ。こっから今までの乃木一族の話で無く本格的に『大日本帝国欧州領興亡記』の設定が流用されているからね。そこにアルペジオの部分をぶち込むと読者が混乱しかねないと考えたからさ。
「読んでくれてる皆様に無茶な思考を強要しないってのは褒めてあげるけど今までの前科が酷いからねぇ(にたーり)」
う……それを言うなって。(汗)ツッコミ続けよう。
「なーに焦ってるんだか(笑)じゃその2! じーちゃまの台湾総督時代を書いた商業文にせよSSにせよコレ初めてじゃない? 良くこんな節作れたとちょっと感心。」
台湾統治時代の資料は2冊しか読んでいないけどね。実際台湾統治が機能し始めたのが第5代総督のころ。実質初代2代の台湾総督が腰掛け状態だったから本格的な統治はじーちゃまからになる。困ったはずだよ。やった事も無い政治家をじーちゃまがやるハメになったんだから。
「そこらへん勘案して武断統治とその限界をじーちゃまに演技させたわけかー。作者もじーちゃまを融通の利かない石頭に表現して部下を激怒させてるしね。それに1章の立見閣下も再登場してるしついに出たかー!!」
あぁ楓閣下ね。楓 信義日本国中央管区首相の御先祖様として設定した。御先祖様である今回の楓 銑十郎2等執務官は外見的にまんまアルペジオの楓閣下の若き日と同じと考えていいよ。
「でもアニメ版には登場してない。」
そこんとこは仕方がない。アニメ版でそこやると絶対収拾がつかないとクリエイター側も解っていると思うしね。アニメ版で琴乃ちゃん出すとシナリオ自体が崩壊すると作者的には思う。
「作者アニメ版は危ない橋渡ってると吹聴しているしね〜」
内輪ネタを吹聴しないでくれ(苦笑)今回の楓氏の投入理由は経済的に明るい人材が欲しいと言う点と原作転移キャラの挿入実験だからね。すこしキャラ的に崩れたのは許してくれ。でも彼の雰囲気は十分出したつもりだから。
「もーここで言い訳してる時点で作者もヘタってるのがありありだけどねー。でもさー物質変換技術にパンガイオンとくれば何やるか解りやすいけど?」
それは次回のお楽しみかな? たぶんとーこが考えているようなレベルじゃないからね本気で世界中の金融を崩壊させかねないから。
「なんか作者?不穏なオーラ出てない?? 作品ぶち壊しにするようなチートはやめてよね???」
ふっふっふっふっ…………
「…………なんか作者が妄想で怖くなってるからそこらへんに埋めときます。大丈夫! 次回には掘り起こしますので。おたのしみに〜〜。」
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