「こりゃ豪勢な眺めじゃねぇか! 味方は5千! 敵は10万!! 寄って起つはビザンツの港湾都市テッサロニキ!!! 英雄に相応しい大地だ。」
「たかが一少尉がそれ言っても説得力無いぜ。パットン。ウチ等はジェネラル・ノギの部下のイチノヘの更に部下の少佐の配下でしかないんだからな。」
「英雄ってのは初めから英雄じゃねぇ! 英雄ってのは自ら成るもんなんだよオマー。」
「まーたコレだ。誰かコイツに首輪つけとけ。こんなことならマックの兄貴を拉致るんだったな。」
オレにオマー、そしてホッジス(コートニー・ホッジス)都合三人三様独演会、更に会話主が現れ収拾がつかない大論争と言う名の喋くり大会になる。なぁに、いつもの事だ。
「その首輪係代理のキンケードならメイコンに引きずられて行きましたよ。戦車整備に日本人が言う『キャットハンド』も欲しいそうで?」
「あーもう! どいつもこいつも!!」
後ろで同期のオマー(オマー・ブラッドレー)が当たり散らす中でオレは威勢のいい言葉をばら撒きながら戦場を観察し頭脳を振り絞る。
「(たしかにこの状況ですらトラキア優位は変わらない。だがジェネラル・ノギはオレ達を主戦場から遠い場所に置いた。そう此処テッサロニキ市は主戦場とは思えない。ギリシャ・セルビア連合軍8万……ま大体10万でヨシ! これだけいてもオレには主力とは思えネェ。
ジェネラルは何か隠している。オレとしては此処まで来ながら配役の一つも無いエキストラは御免だな。)」
思いつく。そういえばジェネラルがオレ達に与えた装備は大したものだ。M1コンバットカーを徹底改装したと称したモノ。車体前面に設置された右側か左側のどちらかに限定旋回する75ミリ野戦砲、上部にコンバットカーと同じ37ミリ砲、そのほかにもウジャウジャと機関銃がくっついている。メイコンが正面の装甲厚測ったらなんと50ミリあるときた。コンバットカー(戦闘車)どころかフォートレスカー(移動要塞)だ。何故こんな有力兵器を日本帝国軍が使わないのか? とジェネラルに尋ねてみると『試作品故数が少なく部隊配備から外した。』と答えが返ってきた。確かに15輌じゃ少ない。オレだって規格外の兵器を中途半端に配備すれば部隊の運用に支障が出るくらいは解る。強力だが使い辛い兵器、耳目は集めるが直ぐに消耗する、つまり
宣伝にしか使えない。見えてきたな……
「成程、オレ達は囮か。ジェネラルはオレに派手に暴れて見せろと言う事だな!」
「パットン! またいきなり藪から棒に!! 頼むからこれ以上暴走はやめてくれ。これじゃ今度こそ軍から追い出されちまう。」
悲鳴を上げるオマーに笑って親指を立てる。アイツは一度士官学校を留年したからな。コッソリ手妻は教えたんだが軍人が初めから詐術で罪を逃れようとするのは間違っている。なんて言った堅物だ。
「そんなことは絶対に無いぞオマー! オレ達が合衆国陸軍代表として此処にいる。つまりオレたちが名をあげれば新聞記者共が沸いて出てくる。そこで一席ぶてば我が祖国が動く。ジェネラルは国を守りオレ達は英雄だ!! それはそうとオマー、ここは任せた。ちょっくらメイジャーに会ってくらぁ!」
「パットン!!!」
こういったのはたかが尉官じゃ何もできない。ならば最低でも佐官、出来れば将官を動かさないとな。まずはイ? イス?? えっとまぁいい! メイジャー・トーヨーに会う為オレはボックス陣地の一つに走りだす。
―――――――――――――――――――――――――――――
「石鎚橙洋
臨時少佐殿、どんなもんでしたかな?」
臨時は必要ないんだが司令部の会議は荒れに荒れ、立ちんぼの俺すらなかなか返してもらえなかった。たかが戦況把握でこの有様、其の俯瞰を余所に実務を丸投げしてしてしまった部下達は嫌味の一つも言いたい心境だろう。鍵島が率先して口にしたのは遅いという内心と理由を皆が知りたいと言う事なのだろう? 端的に口に出す。
「不味い、緒戦からこれじゃ先が思い病まれる。」
「それほどまで利きましたか? 昨日の砲撃は。」
俺の返答に本間大尉も呟き、鍵島も渋い顔をする。状況が公然と言えたものではないと判断したのだろう。機材を山積みしている隣の部屋に二人で行く。大尉を残し他の皆に穏便な話をさせる積りなんだろう。
一週間前にテッサロニキ市はセルビア・ギリシャ同盟軍に包囲された。包囲されたと言っても、上層部は包囲させてやったと嘯く程度らしい。航空機、装甲車での擾乱襲撃、海岸沿いには時折、海軍の砲艦がやってきて艦砲射撃を浴びせる。その度に大軍であるギリシャ軍の進撃は停滞し、テッサロニキ市近郊に来るのに
半月近くは遅れたと言う話だ。その前に南下してきたセルビア軍は市外郭防衛戦に少しばかり威力偵察を行って撃退された後、40キロメートルも後退し何を考えたのか陣地構築を始めた。そこから始まったのだ、上層部の場当たり的対応と右往左往は。
「先ずあの時点で一戸閣下始め上の連中は判断を誤ったとしか思えない。」
何を言いたいのか鍵島も感づいたようだ。あえて反論してくる。
「セルビア軍を先に叩くべきだったと? 言っちゃなんですが石鎚少佐殿、それは後の祭りって奴ですぜ。ただ、総督府の
持久戦は相手にとって不利、この指示が御嬢の言う固定観念になっちまったのは事実です。」
「まさか旅順と同じ戦法をやられるとは思わなかったからな。」
鍵島も鼻息を飛ばして北を見る。
「旅順を経験した帝国陸軍将兵全員が其の思いでしょうよ。斯く言う私だってそうです。無敵の兵器と先進的な戦術が無ければ要塞前面で要塞兵を消耗出来るとは思えない。一戸閣下が一回目の襲撃失敗でそれを悟ったあたり大したものとは思えますがね。」
「そして、そいつがまさか囮で皆誘導されていたとは誰も気付かなかった。せめて後方への偵察だけでも……。」
そう、上の連中の誰かがギリシャ軍が進撃を遅滞させている今、セルビア陸軍を先に撃破してしまえば戦術の要諦『包囲前の各個撃破』が可能だろうと踏んだのだ。先遣偵察隊では南下してきたセルビア陸軍は歩兵連隊中心で十分な騎兵や砲兵は持っていないと言う情報だったのが拍車を掛けた。
装甲車を用いての擾乱襲撃
高速で接近しひとしきり機関銃で暴れた後、悠々と引き上げる。高速で動きまわる装甲車に敵兵は為す術を知らず追い散らされる。その筈が……
対戦車障害物
杭を多数束ねて地面に半ば突き刺し装甲車の足回りを損壊させれる。出来なくとも足を取られた装甲車は動きが鈍る。さらにピアノ線、まさかあの細い鉄線が多数装甲車に絡みつき動きを止めるにとどまらず機械部分まで破壊するとは思わなかった。そして止めは対戦車壕――焦った指揮官が後退しようと最短距離を走破して後退したのが最悪の事態を引き起こした。多数の戦車が偽装された落とし穴に嵌ったのだ。
援護部隊の御蔭で乗員こそ半数近くが脱出できたが、襲撃した装甲車中隊は文字通り全滅。脱出できた生存者からの報告では彼等は対戦車銃を使用していたのだと言う。本来歩兵銃や拳銃の弾丸如きはじき返す装甲車の装甲も半インチ(12.7ミリ)もの大口径銃弾を防ぐ術はない。しかも暗い車内に閉じ込められ、時折銃声がして仲間が物言わぬ屍に変えられれば残った乗員はいくら通信で励ましても恐慌を引き起こす。
其処までして防御一辺倒なら放置しておけばよい。此方のテオドール砲すら届かぬ遠距離。ギリシャ軍が布陣し市前面までのこのこやってきたら改めて叩けばよいという空気が生まれた。だが……
そう誘導されていたのだ! 敵将グスタフ・エミール・フォン・マンネルハイム将軍に。
「こいつですか……
フランスはよくもまぁけったいな物を。しかし閣下だけに投げ与えるのは依怙贔屓じゃないですかねぇ?」
「そう言ったんだがな、浦上閣下からすれば情報共有の為だそうだ。大方特務が言う御嬢と連絡するのに俺が知らぬ存ぜぬでは都合が悪いんだろうよ。」
「やれやれ、橙子御嬢様を見習ってやりたい放題ですか。こうなると私じゃ手に負えませんな。伊地知閣下なら使いこなしかねませんがね!」
セルビア王国の新聞に映った写真を前に鍵島が唸る。其処に移っているのはテッサロニキ市操車場に配置されている旅順攻略戦の立役者テオドール砲の眷属、列車砲だ。だがその異様さに目を引く。本来大砲と言うものはその砲口径が大きい程破壊力が増し、砲身が長ければ長い程砲弾を遠くへ飛ばせる。しかし、この列車砲はテオドール砲より砲口径が小さいのに砲身は倍以上……いや四倍近い長さがある。士官学校時に一度だけ引き合わせてもらった陸軍造兵廠――硫黄島工廠の前では砂上の楼閣でしかない組織――を必至で取りまとめ、新兵器の開発に勤しむ有坂技術中将からすれば『狂気の沙汰』と絶句するかもしれない代物だ。
口径21センチメートル 砲身長33.3メートル ――即ち158口径砲
想定射程距離11万5千メートル――テオドール砲の5倍
のこのこ会議の中にやってきてあの女が言い放った性能諸元だ。参加している全員が凍りついたのは言うまでも無い。こいつが50キロメートルも先から砲弾を送り込んできたのだ! フランス設計のドイツ列車砲? ドイツもフランスもバルカン三国を非難している?? 口だけならなんとでも言える。実際両国は己の人材をトラキア、三国の双方に派遣しているのだ。それも観戦武官や傭兵という旗幟をはっきりさせない手段を持って。そして恐ろしいのはその現場にいる人材が敵方と連絡を取る事すら許さないときている。ドイツもフランスも双方領土争いを起こしながら一方で共通の利益をバルカン半島で得ようとしているともとれるのだ。
改めて事実を口にする。不運と言えば不運だが納得のいかない不運という内容だ。
「しかも砲撃1日目がらだ。運が悪いとしか言いようがないが3発目が航空ガソリンの貯蔵庫に命中した。爆炎と大音響で『テッサロニキは陥落した』流言飛語に対応している間にギリシャ軍が市外縁に布陣、布陣直前で敵を機械化部隊で蹂躙する計画は完全に御破算になった。」
ド――――――ン、と間延びした着弾音が響く。外で観測している兵が走ってきて隣の部屋で報告。現在の着弾、テルマコス湾の模様と叫ぶ。こちらも本間大尉が『御苦労! 配置に戻れ』を怒鳴ると敬礼の気配を感じ足音が遠ざかる。
「市内の命中数は10発に1回、それも1日の発砲は20発無い、奴らは余程の下手なんですかね?」
「司令部で一戸閣下と缶詰してる砲兵中佐殿の意見なんだがセルビア軍が持ちこんだコイツはあっても2門程度だそうだ。しかも発射速度は爺様が持ち込んだテオドール砲より元から御国になったクルップ28糎砲に近い。1時間に1発撃てるかどうかの代物て話だ。」
「さぎでブチ壊すわけにはいかない……出来なくなったわけですか。
揮発油がボカチン喰らって飛べる機体が無い。」
俺も初めはそう思っていた。実際意見具申もしたしな。しかし一戸閣下は『其の話は検討済みだ』といって却下した。流石に腹に据え兼ねて抗弁すると『政治的状況だ』の一言。
爺様が何か指針を寄越したのだろう? 実際航空燃料如き、あの女が平気で用立てる筈だ。それをしない上に政治的状況を一戸閣下が言うあたり俺の考える遥か上で物事が動いているということになる。表向きの理由とは知りつつも新聞を折り返し、下の記事を鍵島に見せる。
「そういう訳じゃない。あのパリ砲とかいう列車砲には護衛が付いている。万が一、失敗でもしたら本気で列強はテッサロニキ市が陥落すると思いかねないのさ。」
新聞の下の方、新型列車砲に指一本触れることはできないと見出しをつけて軍人の顔写真が載っていた。
「マンフレート・フォン・リヒトフォーフェン、数年前独仏の模擬空戦大会で撃墜王と呼ばれた男だ。こいつの名前が出た途端、上層部の航空攻撃案は一変に吹き飛んだらしい。」
「戦わずに負けるとは頂けませんな。それにどういうことで? 独逸人は己の戦争を投げだして敵味方構わず傭兵に出る傾奇者なんですか??」
トラキアではハンス・フォン・ゼークト閣下がいい例だ。軍事顧問として派遣されながら今ではトラキアのやるべき汚れ仕事全て請け負っている。其の精励ぶりから内通等考えられないということだ。合槌を打つ、
「全くだ! それともう一つ、ガソリン主貯蔵庫が吹き飛んだんだ。兵站部では航空機に回す燃料より戦車に燃料を回してくれ……だとさ。」
言い訳に言い訳を重ねているようで嫌になる。目の前で敵と戦う尉官と違いエリート将校とされる佐官という身分は
目の前の戦闘も遥か上の戦略も同時に考えねばらなない為にこれほど焦燥感を斯き立てられるのか。
癖のある英語……俺も大して聞き取れる訳じゃないが罵詈雑言にも等しい下品な声がそれを止めようとするたどたどしいスペルと共にやってくる。あの勢いだけいい暴走男の登場か……
俺と鍵島は同時に溜息をついた。
―――――――――――――――――――――――――――――
こっちに着いた後、南雲中尉の魚雷艇に便乗してテッサロニキ市に入港した。どうせならハツセで乗り付けても良かったけどそうすれば守備兵が上を下への大騒ぎ。御爺様の『勝てば良いものではない』『勝つ順序を誤るな』それは日露戦争の“私”に無かった事だ。シナノがかつての世界で上司に答えた言葉『我なら…終わりの在るものだからこそ、無限の存在足り得るため行動し、そして何物かを遺す』。
わたしは既にヒトではない。それでもヒトとして遺したいモノがあるならば。『終わりあるものとして私は霧を導いたヒトであらねばならない』。
そう、御爺様と同じくわたしにも終わりが来る。四十路に入れない。それが私の運命。残り20年に満たない命をどう使うか。御爺様が倒れられた時よりずっと考えている。
「良いですよ御嬢様。」
「有難う。」
南雲中尉が周囲を再確認し艇内からわたしを担ぎ上げる。少し不満だけど仕方が無い事。大人規格で作られた魚雷艇の舷側を小柄なわたしが跨げるわけも無い。まさか自らに蓄積した重力子を使ったら大騒動になってしまう。
南雲忠一中尉
記録に書かれていた優柔不断で部下任せな性格とまるで違う。若いからなのか、未来を知ったからなのか? ハツセの訓練中に不躾にも“わたし”が『橙子』に尋ねてみさせた時、彼は酷く難しい顔をして考え込みポツリと言葉を述べた。
「御嬢様、自分は正直貴女の言う未来の自分を知りませんし、若いから勢いに乗っているとも言えないと思います。考えればきりがありませんが自分は多数の人を導く才能は無いのでしょう。だから人に聞いたし、人の考えに左右された。野村閣下に車引きが似合いだと言われた特には憤慨こそ致しましたが艦艇で舵輪を握っている時が心躍る時なのは否定できません。」
静かに独白する彼を思い出し私は桟橋に下ろされる。そして彼らしからぬ色気ある敬礼をわたしに向けてする。あの時、同じ態度で彼が『橙子』に言った言葉、それを思い出す。
「だから自分は舵輪を握り続けます。日本一、いや世界一の操舵士になる。それが“今”の自分の望みです。」
敬礼を終えると微笑む。わたしの思いに知ってか知らずか彼が言葉を口にする。
「ハツセに乗るのは己の技量向上のため。くれぐれもお忘れ無き様!」
私は桟橋を陸地に向けて駆けた。何故だろう? 時の彼方、
サイパンと言う孤島で死んだ彼は記録でしかないのに。其の記録を瞳の中から消しても涙は止まらなかった。一戸閣下から許可をもらって橙洋のところへ行く。ただそれだけの事がもどかしかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「メイジャートーヨー、恐らくこのテッサロニキの戦場そのものが囮ですぜ。ジェネラル・ノギはここにそれだけの価値しか認めていない。いやその価値をギリシャのゲイやセルビアの豚共に悟らされない為にオレ達は暴れなきゃならないんです!」
「パットン少尉、君の提言は有難いが根拠が全くない。根拠と証拠は?」
「勘です!!」
「馬鹿者! 特務、こいつに丁重に返ってもらえ。ついでに志願部隊にも苦言の一つも入れてくれ。」
「どうしました?」
わたしが橙洋と会うついでに一戸閣下からの言伝を伝えようと混成大隊の司令部に入ろうとすると彼と外国人の言い争う声が聞こえてきた。隣で門衛の兵士とアメリカ人らしい兵士が煙草を吸いながら肩を竦めているところを見ると『処置に負えない』という諦めにも似た風情の様。戸を開け、話に割って入ることにする。
「姉貴? どうして此処に。」
「一戸閣下からの言伝のついでです。橙洋、御機嫌よう。そちらの方は?」
向こうが首を傾げているところを見て日本語を解さない。あぁダグラス少佐の部下でやたら勢いのいい少尉殿が通信機越しにM1の通信手と話していたのユニットが記憶している。インターフェースに英語を追加、
並列思考開始。
「帝都でお会いいたしましたか? 少尉様、わたしは彼の姉のトーコ・ノギです。」
「…………。」
固まってしまった。不機嫌になる。小学生並の背丈しかないからこればかりはコアユニットを恨みたい。真瑠璃ちゃんがよく爆発しないでって抑えてくれるけど今いないから遠慮なく爆発することにした。
「橙洋の姉です! いつも弟が世話になっています!!」
向こうがハッとして敬礼する。名前を出されて驚いた。ジョージ・スミス・パットン。情報検索しなくても向こうの世界では有名な人。30年後のアメリカ合衆国を代表する将のひとり。彼が表情を変えた。何故?
「こりゃ丁度いい! ミスには是非ともメイジャーの尻を叩いて貰いたいもんで。」
彼がこう言った野卑な言動をするのは裏に何か隠している時の証拠と彼方で彼を評した人物が書物で記している。弟の方を向き大袈裟に溜息をついて話す。
「橙洋、御爺様を非難する気は無いですけど何故貴方の周りにはこうも難儀な人が集まるのでしょう? 有能なのは確かですが、この男の手綱はきちんと握っておくように。きっと今も碌でも無い事を考えていますよ。」
「今回姉貴は関係ないのか?」
「これは手厳しいですな! ジェネラルの影に
小さな枢機卿在りと
マック兄貴が言っておりましたがインペリアルパレスだけでなくここでも軍に口を挟む気ですかい?」
私の言葉に双方から言葉が飛んでくるけど。対処法は既に完成している。ここで表沙汰に私が介入すれば統帥に関わる。橙洋の為にも良くない。強大な権力をもつ姉等大日本帝国陸軍士官には必要無い。
「先程、わたしは軍としてあるまじき暴言を聞きました。わたしも軍事は知れど軍隊は良く知りません。それでも先程の言葉、パットン少尉の発言だと思いますが
上官を説得する言葉としては甚だ不適切だと思います。」
「それを言うなら軍に居ないのに
戦場で軍にあれこれ指図するミスも
とんでもないハネっ返りだと思いますがね。」
こういう枠外者と部下が言い争う時ちゃんと対処できるのも軍人としての責務。
「…………解った。姉貴、此処は軍だ。口出しは無しで頼む。それにパットン少尉、君も単刀直入に言わずに己が考えた論拠と証拠を出して欲しい。」
うん、合格。態とわたしとパットン少尉、双方が痛い論点にすり替えることで少尉の攻撃の矛先をそらす。その上で橙洋が場を取りまとめる。わたしの弟だから優秀なのは当然。少し子供っぽいけどそれは時間が解決してくれるだろう。少尉が話し始める。テッサロニキ市の政治的価値とそれを御爺様があえて軽視している件、危機を演出し欧州領軍とバルカン同盟軍、
踊っているのは、いえ踊らされているのはどちらであるかを。私達が彼等を踊らせるには私達が彼らの手の中で踊っている“ふり”をしなければならない事。そして少尉が言うバルカン同盟軍の戦争の終わらせ方に話しが及んだ時、彼が何故時の彼方で名将を言われたのか解った気がした。
「そこまで、そこまでアイツは考えているのか? 本当に??」
橙洋の絶句も仕方が無い。わたしも考えを改めなければならない。第二次世界大戦のパットン大将、
老成の果てに野卑な言動と其の裏の知性を使い分けるようになったのではなく、初めからこの男は
兵は詭道也を実践している。
「どうです? 理解して頂けましたか。」
「言っている事は間違ってはいない。だが状況証拠が何も無いのは……。」
「橙洋、それはわたしが用意します。数日のうちに貴方に届けますのでそれを持って一戸閣下に上申なさい。それよりも、」
瞳の中で条件に合わせた戦況図が浮かび上がる。それと同時にパットン少尉が鋭い眼をして立ちあがった。『部下のところに行きます。そろそろでしょう。』そう言って天幕を出ていく。橙洋も『姉貴、話はまたあとで。』その言葉と共に出ていき、私は天幕の中に一人取り残された。
寂しい? 仕方のない事。此処は戦場、女で無くても国家戦略や軍事戦略を語る者がいていい場所ではない。其れを語る者は後方で彼等が意味ある存在であったことを証明し続けなくてはならない。それでも一緒に笑い、時に泣かせた橙洋がもうわたしの庇護を必要としなくなることがどうしようもなく寂しかった。
―――――――――――――――――――――――――――――
「鍵島! 状況を!!」
「御嬢様とのお話は?」
「それは後だ! 動いたのか!?」
俺が掩体壕に飛び込むと何人かの通信員を指揮し留守を守っていた鍵島特務が振り返る。いくばくかの会話で彼は口を歪め掩体壕の外、即ち戦場へ顎を杓った。それと同時に砲声、御国お馴染の師団砲兵隊装備【35年式36型9糎加農砲】ではない。セルビア陣地側から聞こえてくると言う事はフランス共和国製造の75粍野砲【M1897】だ。 御国の9糎加農砲のように平射、曲射、擲射、挙句に対空射撃までこなす万能性は無いが榴弾砲としては前世代の砲を懸絶している。普仏戦争の時のフランス砲兵隊が1分に2発しか野砲を撃てないと嘆いた反省から開発され御国の超絶的な兵器にも影響されて今や1分に10発もの砲弾をばら撒く【速射野砲】だ。
「クソ! 派手に撃ってきているな。こりゃ大隊砲兵の支援射撃じゃないぞ。」
「恐らくその上、師団砲兵を投入しているのでしょう。かなり弾薬も備蓄していたと見ました。陣地は北東部丘陵地帯の奥、セルビア軍です。」
何かが引っかかった、姉貴の話だとバルカン同盟軍は必ずしも一枚岩じゃ無い。基本計画と分け前だけで参戦してきただけの野合だ。本来ここテッサロニキ市まで来るのはギリシャ軍のみ。セルビア軍、それも精鋭が無理矢理南下し戦闘に参加しているのは分け前をギリシャから提示されたか。それとも実績を引っ提げてギリシャに分け前を要求する気なのか。やはり納得がいかない、思わず内心が外に出る。
「妙だな…………。」
「? 御嬢様から何か言われましたか?」
鍵島に説明すると彼は唸り声をあげながら蹲る。―― 一応此処も砲撃圏内だ。不運な一発ひとつで司令部全滅はあり得る。――慣れはしても油断はしてはいけない。オレも即席の机の下に潜り込む。
「閣下! なんでもセルビア軍の指揮官は日露で閣下の伯父上と戦ったマンネルハイム将軍だそうです。其の時の部下が言うには
全体像を見て指揮できる将だそうで。おそらく勝つために最も効率の良い戦を心掛ける指揮官じゃないでしょうか?」
砲声と着弾の中、大声で此方に言葉を届かせる鍵島に此方も大声で言う。効率の良い戦――簡単な事だ、ギリシャ軍の進撃に合わせ支援砲撃を行う。ただし、セルビア軍が血を流さなくてもよい戦場になる様――に砲声だけではなく着弾の衝撃で壁や天井がビリビリ震える中、声を張り上げる。
「特務! そうは言っても時前の協議でもしないと連携は難しいぞ。只でさえ
国籍が違う。兵の気質も兵器も異なる。」
「閣下! それを
覆しちまうのが名将って奴ですぜ!! 保典中佐殿の部下だった男がよく溢していましたよ。『勝てる戦で敵に勝ち逃げされた!』とね。それに橙子御嬢さん曰く40年後、彼は
戦力差10倍以上の敵を相手に祖国を二度守りきったと言っていました。なんにしろ半端な相手じゃ無い!!!」
あの女と姉貴が常に交信出来ている事はカラクリこそ解らんが感づいている。そしてあの女が未来を知っている事も富永の件で理解できている。つまり俺は
30年後の名将の餌食にされようとしているのか。
下らん。
「上等だ。奴から見れば俺など地を這いまわる虫けらにも等しい存在だろう。だがチャイナでは猛獣すらも横死させる毒蛇も蟲の範疇なんだよ。征京熊野神宮の使い【白蛇】を侮るな!」
ぶーっ、と鍵島が吹きだしゴホゴホと咳き込む。俺は何か変な事を言ったのだろうか?
「閣下! 岩国の白蛇に毒はありませんぜ! しかも橙子御嬢様は其の白蛇、頭に乗せて境内でフクロウ追い回しているんですがね!!」
想像して吹きだしそうになる。あの
暴力姉貴が巫女服の為りで白蛇乗せて大立ち回り? 爆笑しそうになるが鍵島も一応は部下だ。なるべく仏頂面して言い返す。
「ほっとけ! …………砲撃終了か。来るぞ!」
「ムスリム中隊、新井中尉、前方厳重注意! 送れ。」
「了解、ムスリム中隊、新井中尉、前方厳重注意! 送ります!]
「ムスリム中隊より電信、前方ギリシャ軍、大隊規模、後方にも同規模の兵力見ユ!」
俺は打ち合わせ通り通信機のマイクに向かって怒鳴る。
「メイジャートーヨーより大隊全員へ。作戦通りにやれ、死んだ奴は後でぶん殴ってやる。以上!」
「「「作戦開始!」」」
一斉に状況を展開する通信士達を見て俺は掩体壕の蟹眼鏡に張り付く。ヤツも南山の大戦の時、こんな気持ちだったのだろうか?
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