(BGM  荘厳なる輝き 神採りアルケミーマイスターより)


 「凄い! 凄いぞ!! こんなもの見たことない!!!」

 「もー! ウィルったら、まってよー!!]


 採取の帰り道、いつもの通り四人連れだって街に帰ってきたら街の正門横にある大埠頭に見慣れない船影があった。といってもこの街ユイドラには海も湖も、ううん大型船舶が往来できる大河すら無いの。工房都市といっても此処に素材を運ぶにも製品を運び出すにも馬車が手段。今でもこの周辺セテトリ地方ではそれは変わらない。でもその外側、特に大陸中原アヴァタール東方域との交易は100年前から其の根本が変わってしまった。そう、空という手段、空中埠頭という天駆ける艦の港によって。


 「あれは交易艦じゃないな。外見が自衛にしては過剰武装だし、なにより雰囲気が段違いだ。殺気の様なものすら感じる。それが二隻も。」

 「ええ、月爛(ユエラ)、あれがメルキア帝国の魔導戦艦、アヴァタール全土を恐怖のどん底に叩き込んだヴァイスハイト中興帝の戦闘兵器よ。」


 私達のリーダー、ウィルことウィルフレド・ディオンと彼を追いかけて行った自称・大魔法使いのエミリッタに置き去りにされながら私はチームの前衛であるディスナフロディの剣士、月爛(ユエラ)と話をする。
 彼女は話をしながら其の魔導戦艦から目を離そうともしない。彼女の事は【知っている】。だって別れの時に彼が話してくれたから。あのころ私は世間を知らない生意気な小娘でしかなかった。私の心の中に刺さった小さな棘、


 「(彼女はディスナフロディの(ツグミ)、即ちスパイなのさ。其の頃からディスナフロディは慢性的な飢饉に襲われ、豊かな地を求めて北進を開始する。彼女は望むと望まざるに関わらず其の片棒を担がざるを得なくなるんだ。状況を止めるか、違う方向にずらすかは君次第。いいや君の彼氏次第かな?)」


 エルフ、それも世界を旅するネール氏族に迎えられた以上、私は国家権力に関わるべきじゃないと思う。アンナマリア先輩は例外中の例外なんだから。それでも彼女の故国の矛先がウィルと私達の街、工房都市ユイドラに向けられるのは何としても避けなければならない。その威容を詳細まで己の記憶に移そうとする彼女の鋭い視線を気にせず、私は彼女の感嘆の言葉に釘を刺す。


 「大したものだ。あれほどの力を中原は有しているとは……。」

 「全然違うわ。メルキア帝国が何故西方諸国から恐怖の帝国(アンゴルモア)と恐れられているのか解る? 私はそんなモノが塵芥にも等しく破壊されていく戦場を見たことがあるの。恐ろしかった。世界が二つの回廊の終わり(ディル・リフィーナ)になる前、貴方達人間族は一体何をしようとしていたのかと慄いたわ。」

 「この、これほどの魔導戦艦がゴミ同然だと?」


 歩きながら彼女が絶句する。そう、実際その悲劇は起きた。其の時に彼は……違う、彼が本当の力と呼んだのはこんな破壊にしか使えない兵器を創り出す事じゃ無かった。彼が望んだのは


 「でもね月爛、これを作った人たちはもっと先を見据えていたの。魔導戦艦による国家間貿易、それを管制するメルキアが今どれほどの繁栄を謳歌しているか。戦争で相手から奪っても何も解決しない……それが解っていたからこそ中興帝もエイダ様も【大陸()路】を作り上げたの。」


 輸送能力に特化した魔導戦艦(こうえきかん)による大陸流通網の整備、どの国も馬鹿にしていたメルキアの公共事業が真価を発揮したのはおよそ50年前、禅譲によって即位したメンフィル王国の魔人王、リウィ・マーシルンに対し同じレスペレント地方の諸国家が差別主義からくる経済封鎖を仕掛けた時だ。豊富な鉱産物を輸出しながら十分な農産品を自給できないメンフィルは自滅かクーデターかという寸前にまで追い込まれた。
 それをメルキアの交易艦による大船団がひっくり返してしまう。繋がる海が無い? 魔導戦艦に海は必要ないの! 越えられないのは高峰位、帝国西領の農産品を浴びせるように輸出し、帰りにはメンフィルの鉱石を持ちかえった。レスペレント諸国家とその背後にいた大陸西方の大国ティファーレン連邦の抗議には『それだけの利益をメルキアにもたらして頂きたい』と恫喝、そんなことをしたらレスペレント地方全土がメルキアの経済帝国に取り込まれてしまう。結局レスペレント各国のいがみ合いもあり経済封鎖そのものが総崩れになってしまった。
 先代メルキア皇帝陛下に変わって采配を振った中興戦争の英雄の一人にして元南領元帥、現帝国元老院長エルファティシア・ノウゲート様らしい。


 「よく知ってるな。セラヴィが中原の話に詳しいとは思わなかった。」

 「私はその場所にいたから……驚いた?」


 くすりと笑みをもらし見る見るうちに顔いっぱいに驚愕の表情を浮かべそうになる月爛。其れを必至で押し殺し――強がっちゃってカワイイな――切り返してきた。


 「そうか、それでセラヴィが魔導兵器に詳しかったり結界魔術に長けていたりしたのか。ということはあの衣装もメルキア帝国の兵器なのか?」

 「言わないでソレは。」


 私の額にどんよりと縦線がかかるのが解ってしまう。なんでウィルったらあんな恥ずかしい衣装作るんだろ? もろにシースルーの上、得意の弓が使えず代わりに鎖付き鉄球なんて……いったい御義姉様の囚われの身の時のモノなんて何処で探してきたのかしら!?


 「おーぃ、月爛! セラヴィ!! 早くしないと置いてくぞー!!!」

 「おいてくぞー!!!」


 二人の遠くで手を振る声に応え歩みを早める。埠頭の魔導戦艦が徐々に其の姿を露わに、え? 魔導戦艦の間に独立した構造物。二隻じゃない! 双胴魔導戦艦!! それに……それにあの紋章は中興帝がその継承を禁じた家系の紋章、足が速足から駆け足、全力疾走に変わる。艦橋に掲げられた旗も。『巧騎師団旗』、あの人が遺したメルキア皇帝()すら御せぬ最強の戦闘集団!!! その二つが示す事は一つしかない。

 
還って来た! あの人が!!


 ヴァイスハイト陛下の想いを伝えよう。リセル妃殿下の嘆きを伝えよう。そして今リガナールで必至に国を立て直している御義姉様の事を伝えよう。他にも一杯、一杯! 待っている二人を抜き去り呆気に取られる声を背後に聞きながら私の涙が後ろに飛んでいく。――セラヴァルヴィ・エンドース、貴女は最初にあのひとに何を言うの? 
 今まで沢山の事があった。歓喜、後悔、悲嘆、決意。そんなモノよりありきたりのことを初めに言おう。其のありきたりの事を最も喜んだ人だから。


 「お帰りなさい!」


 私は其の魔導戦艦――――の前で力の限り叫ぶ。



 

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――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM   脅威の顕現   魔導巧殻より)





 赤のフェルト地の絨毯の上を更に黒輝色のビロードが覆う。左右の張り出しである赤はあくまで随員用、黒を歩けるのはメルキア帝国では只一人、皇帝陛下のみだ。オレ達はさらにその周囲で首肯し彼が通り過ぎるのを待つ。皇帝陛下の帝都帰還の見送りだ。たしかゲームじゃさっさと皇帝陛下帰還してガルムス元帥がヴァイス先輩に元帥杖手渡して終わりじゃなかったっけか?
 だが良く考えるとそれはあり得ない。メルキア帝国法では元帥は元老16人会という帝国元老院意思決定機関の6人以上と現役帝国元帥の推挙によって指名され、皇帝陛下ないし宰相閣下が任命する。ヴァイス先輩では本来どう足掻いても元帥になれない――直系皇子とはいえ庶子が元帥になる等、保守の牙城たる帝国元老院が認める訳が無いからだ。そこでそれを覆すウルトラCが必要になるわけ。

 
勅命による戦時昇進という形式での元帥就任


 確かに帝国法にも存在している。戦時に百騎長を束ねられる元帥を喪失する等、悪夢でしかないが最悪に常に備えるのが国家と言うものだ。事実先例はあるし、実際戦時昇進で元帥になった千騎長が平時に戻って辞意を表し改めて指名が行われたこともある。ヴァイス先輩の昇進は平時に戻れば元に復されると元老院が考え納得しているとも言えるだろう。それに漏れ出た噂からすれば皇帝陛下は、

 「ノイアスには罰をくれねばな。」

 一時的とはいえ帝国東領全域喪失と言う未曾有の醜態を晒したのだ。もし生きていたとしても罷免は確実。いくらノイアス・エンシュミオス“元”元帥が皇帝陛下のお気に入りであることを差し引いても生かされているだけ御の字……いや、『役に立たない、弱い、必要無い』からすればもうお気に入りですらない。そしてそれを招いた帝国東領全てに類は及ぶ。東領の領土半減と庶子たるヴァイス先輩の元帥就任は帝国東領全体への罰として認識されるだろう。
 来た、不躾ながら瞳を横に泳がせる。赤地の左右に帝国北領元帥ガルムス・グリズラー閣下と新東領元帥たるヴァイス先輩が並ぶ。その前、三角形の頂点の位置に居り中央の黒地を闊歩される黒輝色の軍装、

 
メルキア帝国皇帝、ジルタニア・フィズ・メルキアーナ陛下


 ヴァイス先輩の腹違いの義兄、先輩より数年年上の30台序盤の体躯、やや褐色の肌。治まりが良い端整な風貌、純血の人族では珍しい総銀髪を刈り込み、ややオールバックにして逆立てている。それ以上に印象深い、いや…………筆頭公爵たるエイフェリア・プラダ西領元帥が恐怖し、伯父貴であり帝国宰相たるオルファン・ザイルード南領元帥が警戒し、帝国随一の武人であり帝国総軍司令官を兼任するガルムス・グリズラー北領元帥がその舌鋒を凍りつかせるモノ、

 
無機質さと酷薄さ、そして狂熱すら帯びた眼光


 ゲームでもそうだが徹底的に人をモノとでしか考えないタイプの人間だ。これでよく統治が務まると思うが陛下自らそういう時はそういった顔を使い分けるし、メルキアは皇帝陛下の独占物ではなく法治国家だ。『孤高を貫くメルキア皇帝』といった帝国臣民の妙な誇りの源にもなっている。
 其の足が止まった。はて? オレの対面に位置するドントロス百騎長、まー帝都親衛軍団の一将だから何らかの御下問もあって可笑しくないか――


 「シュヴァルツバルド・ザイルード千騎長。」

 「ハッ!」


 オレかよ! しかも内示だけなのに勅命で千騎長かい。こういった時やはり体に叩き込まれていた軍人精神が身体を即座に動かす。片膝ついた拝礼姿勢から立ち上がり、軍式の敬礼――皇帝に直接誰何された場合、メルキア帝国軍人は其の間のみ皇帝と対等な高さにて御下問を受けねばならない。皇帝もまた軍に在っては一人の軍人――古き良き軍国主義の表れみたいなものだ。オレも赤いフェルト地まで進み、一礼だけはする。本来黒地まで進むのが通例ではあるが、今赤地にはヴァイス先輩とガルムス元帥がいる。双方に敬意を表す意味で一歩下がった。

 「レイムレスでは面白い物を見せてもらった。帝国元帥を動かし帝国軍を変貌させるか……叛徒共も思い知ったであろう? メルキアの魔導技巧を。」

 「恐縮です。 !」   気配が変わった!?

 「だが忘れるな! 己が思う程簡単に帝国が変わる等思い上がりも甚だしい!!」

 峻厳かつ圧倒的なまでの意思が込められた言葉が投げかけられ身を固くする。その後再び作ったような柔らかい声が虚ろに響いた。


 「フ……怒っているのではない、呆れているのだ。かつてお前の様な夢を見て帝国を変えようとした男がいた。そいつは最愛だった者から剣を浴びたよ。…………この私の事だ。」


 ゾクリとする。十年前の皇帝暗殺未遂事件の事か!?


 「お前もいずれそうなる。其の時お前はまともで居られるかな? クク……。」


 そのまま彼は低い嗤いを残してオレの横を通り過ぎた。

 違う……あの未遂事件で剣を向けられたのは元々あなたがそう仕組んだのでしょうが!!

 呆然とオレは陛下と二元帥の去っていく後姿を見ていた。





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(BGM  一歩先の実験を〜君と再び出会うため   魔導巧殻〜戦女神ZEROより)



 「うーむ…………。」

 思わず執務室の机で唸る。ま、帝国東領のナンバーツーともなればセンタクス城に執務室くらい与えられるんだがもう執務室じゃないな。単なる会議室……というより雑談室兼仕事場だ。
 ヴァイス先輩の執務室で何かやれば公的な会議や行事になるのは確実だから皆こっちに集まるのは自明。基本30代いかない若手ばかりが指導層だから公的な行事なんざ真っ平なのが本音なんだろう。ようやく誰もいない――先程部隊増強をごり押しに来たバカエルフ(アンナマリア)を追い払った――からこそ考えを進められる。


 「小隊ごとに部隊種別を変えて機動運用はやはり愚の骨頂だよなぁ。しかし百騎長に一兵科だけ与えても柔軟な運用は期待できんしな〜。」


 思わず愚痴になる。ゲームじゃ一人の武将がメルキア兵団とか近衛騎士隊とか魔導銃騎士隊といった部隊を編制し戦場へ向かう訳だが、武将のチート具合を除くならば元の世界の様な三兵戦術も通じるのさ。此方の武将が相手の武将を抑えている間に敵の一般兵士を効率よく撃破する、そんなのが理想なんだが……あー頭痛ェ。


 「ダメだダメ! 数が小さすぎて旅団以下じゃ諸兵科連合の意味が無い。」


 陣形式と計算式を放り出す。武将が指揮する兵士の数はおよそ200人、メルキアではこれを3つ束ねて旅団、その旅団を3つ束ねさらに総大将直属の一個隊を加え10部隊で一軍団を形成する。ゲームでの一戦場への最大投入方式とほぼ同じだよな。
 え? 思ったより少ない?? そりゃ元の世界では大昔でも軍団と言えば4000人以上、昨今の大戦争時代なら10万人もいる軍団があったからな。でもさこっちでは『遠征できる軍隊の最大戦術単位』が軍団なのよ。これ以上、上位組織を増やすと運営が崩壊する。と、言うよりどの国もそれに対応すべき兵站部隊がいないから必然的に軍が崩壊する。
 それでもメルキア帝国はこの地方最強格の軍事国家なんだぜ。本来各元帥が1個軍団を常備兵として統率し、戦時には領内から更に1個軍団を編制する。そして皇帝陛下は常に帝都インヴィティアに親衛軍団を2個常備させている。現在は戦時というか戦時を解除された時代など殆どないからメルキア帝国は常時10個軍団、100部隊、兵数2万という大軍を維持し続けているんだ。人口280万の地力と各種魔導、魔法産業を糧とした帝国の国力は半端じゃない。質は兎も角、量に関してはアヴァタール最強を自称する隣国レゥイニア神権国ですら脅威を覚える程だ。
 彼の国は騎士団――此方で言う部隊――が8つといくつかの民兵隊しかいない。存亡の危機ともなれば現人神【水の巫女】によって国中で志願兵が集まる位だが、双方が数個軍団を動員して1年間睨みあいを続ければ根を上げるのはレウィニアの民衆だ。基礎国力が統計だけでも数倍は違う。ゲームでこそ見えなかったがそれほどの大国なのさ、メルキア帝国は。
 だからこそ周辺各国は表立って対抗せず必ず搦め手でメルキアの弱体化、特に分裂を狙っている。事実帝国西領はレウィニアと古来から関係が深いし、帝国南領はリスルナとエディカーヌと関係を深めながら両天秤を気取る。帝国東領ですら後ろ暗い事項ながら東のザフハ部族国と関係を持っていたようだ。センタクス城でその内容を知った時、納得すると共に前元帥ノイアスに対し怖気が走ったほどだがな。


 「じ〜〜〜〜〜〜〜っ。」


 ……問題は現状の帝国東領だ。ヴァイス先輩が領したこの地は現状終わってるといっていい。領内の住人こそ軽微な損害だが主要な建物、特に魔導兵器生産の拠点たる魔導研究所、そしてこの東領壊滅の立役者のノイアス前元帥が推進していた魔導巧殻研究所は物の見事に略奪の挙句破壊され跡形も残って無い。ゲームじゃ終盤で最強施設にできるこの研究所って現状帝都にしかないんだぜ? どれほどの損害なのか見当もつかん。いやいや、まだ建築物は良い。これからゲームの状況とすれば乱世になると言うのにヴァイス先輩の持ち兵力は一個軍団も無いというのは大問題なんだ。


 「じじじ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」


 …………ヴァイス先輩とリセル先輩にオレとカロリーネの共用部隊、ミア君の工兵隊にドントロス閣下が置いてった魔導銃騎士隊、センタクスで志願してくれた市民兵……6部隊2個旅団分。たった1200の兵で何をしろと言いたくなる。そりゃまだ他の元帥が駐留して防衛に協力してくれる兵が一旅団分いるけど正直これじゃ東領防衛に精一杯だ。陛下の思い通りになるのは癪だけど使わざるを得ないなぁ。元々オレが提案して元帥各位大反対のなか陛下自らの勅命で通った案件だし、


「じじじじじ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ。」

「………………はい、なんでしょうか? アル閣下。」


 いや、無視してるのも限界だからさ。部屋の隅に置かれている大柄な壺――東方産の酒とか貢納物を入れる豪華な装飾が施された奴――その側面にセミみたく貼り付き、顔だけこっち向いて謎な声出している少女に声をかける。


 「シュヴァルツはわたしを閣下と呼ぶのを止めませんね? ヴァイスはきのう話した時に、様とか閣下をつけるのはやめよう……と言ったのですがまちがぃなのですか??」


 銀色のロングヘアを持つ彼女が壺に張り付いたまま小首を傾げて見せる。少々イントネーションがぎこちない、というより特徴的な喋り方は正にゲーム其のままだ。


 「それはヴァイス閣下やリセル閣下と同席した時のみに限って行う事にしました。滅茶苦茶な状況とは言え、此処も軍隊ですので上下の区別はつけないと部下に示しが付きません。」

 「わたしは兵器でありモノです。道具が人によって使われる以上、敬称をつけられるのはふごぅりだと推察します。」


 ホント頭は良いし、論理性もあるんだけどなぁ。前元帥に道具として徹底して扱われた性なのか? それとも素がこうなのか……ド天然の上に不思議ちゃんときたもんだ。クールロリ系と決めつけて期待したオレのワクワク感を返せ! とま、それは置いといて。


 「ですが帝国軍法、元帥委任条項によって魔導巧殻の立場は決まっております。担当する帝国元帥の裁量において直属する魔導巧殻は元帥に同等する権限を保有する。つまり軍人としてヴァイス閣下の次に来るのが軍人としてのアル閣下です。つまり公的な場所に限ればアル閣下はヴァイス閣下の代理です。元帥代理に敬称の一つも付けなければ軍隊は乱れる物ですよ?」

 「うむ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ? シュヴァルツはむづかしぃことをかんがえるのですね?」


 壺から離れてひゅーっと背中の硬質の飛翔翼をはためかせ小柄な躯が飛んでくる。いや、この部屋が大きいのではなくて彼女が小さいんだよ! 身長2ゼケレー弱(50センチメートル)、思っていたより少し大きいがホント座っていれば元の世界で陳列棚に飾ってあった彼女の模型と変わらん。
 榛の瞳、銀髪ロング、小粋に頭に乗せている小さな黒いベレー帽、ミドルティーンのべたん娘体型に女性人権活動家が怒鳴りこんでくるレベルのフロントカットな黒地のレオタード、蒼と黒で配色されたサイドスカートとロングブーツ、両肩両腰に微妙に連動して浮いている飛翔翼、マネキンのように僅かに線が入った関節部。此方に寄ってくると彼女は執務机に立ち、オレが投げ出した書類やノート、雑紙を眺め始めた。初めからこれに興味があったらしいがあえて聞く事にする。


 「さて閣下、どう行った御用向きで? 確かヴァイス閣下なら街に出られましたが??」


 あれ? 書類じゃ無くて先輩と言う単語に反応した。何かあったのかな??


 「はい、ヴァイスはわたしに任務をあたえずに人をまねをして自分のしたいことを考えろといぃました。そこで早速まねしたのですが、逆に止められてしまいました。何故女性に無差別に声を掛けることを止められたのは疑問ですが、ヴァイスはまずシュヴァルツを観察すると……どうしたのですか、シュヴァルツ?」


 いや。ストーリー順調に消化するのは良いけどさ、机に額でヘッドバッドをかましながら呻く。ヴァイス先輩逃げるなよ! ストーリーじゃ其のまま街を連れ歩いて彼女の興味を満たすんじゃなかったのかよ!? オレに投げてどうするんだよ!!
 とんでもなく厄介な事態だ。ヴァイス先輩が投げた御蔭で本来の史実とは違う方向に動きやがった。何としてでも投げ返しちゃる。たしかヴァイス先輩帰ったら訓練所に行くんだったな?


「アル閣下!」


 いきなり椅子を蹴り飛ばしてオレが立ち上がると。びっくりしたのかアル閣下、机の上でアヒル座りしてしまった。


 「な、なんでしょう?」

 「訓練所に行きましょう! 正直閣下の戦闘技量を私は存じ上げておりません。ここはひとつ我が部下と模擬戦をして頂き、次席指揮官として参考にしたいと存じます。」

 「おやすぃご用です。早速行きましょう!」


 過去、伊達にドワーフ領ドゥム=ニール古王国の守護騎として運用されていた訳ではない。部下じゃ勝ち目はないだろうがあの小さいなりでどうやって通常の人間や巨大なモンスターと戦うのかは非常に興味がある。彼女はオレの頭に飛び乗ると御機嫌で促した。


 「しゅっぱつしんこう〜。」





―――――――――――――――――――――――――――――――――――



(BGM  恐怖と絶望の輪舞〜お宝ちゃんをてにいれろ!? 戦女神ZEROより)



 
【魔導巧殻】


 メルキア四元帥直属として与えられた人型決戦兵器と言うのが表向きの情報だ。と、言っても別に人間を乗せるロボット兵器と言う訳ではなく魔導技術によって作られた妖精型の戦闘機械と言った方が良い。各機体とも第一線の武将を凌ぐほどの戦闘能力を保有し、しかも武将として配下を統率するだけの力量も併せ持つ。事実ゲームでも最後まで主力として使ったしな。まぁ、強い武将イコール癖のある武将というゲームの成り立ちからしても彼女達も相当に癖が強いが問題はそこにはない。

 彼女達……いや魔導巧殻・アルはこの世界の命運すら握る要石にして少なくともこのアヴァタール地方最大の厄災になりかねない禁忌だからだ。

 彼女達は通常の魔導兵器の様に魔焔充填筒を必要としない。隠された歴史を振り返れば彼女達は先史文明期と今を繋ぐ最初期魔導兵器であるからだ。其の動力源は魔力如きではなく神力、この世界に存在する神の聖骸物に匹敵する御物を動力源として使用する。神力を魔導に変換しそれを兵器として魔法として振う。それがこの世界においてどれほどとてつもない存在なのかはこの世界を舞台としたいくつものゲームで実証されている。しかしアル閣下の動力源は他の魔導巧殻三体とは更に桁が違う。

 
【晦冥の雫】


 真の神の御物……いや、今現在活動し続ける神の聖骸物を動力源として取り込み、其の御物そのものの力を制限しつつあふれ出た神力を位相変換して封印に使用、さらに余力はガス抜きというやり方で魔法や兵器として使用する。元の世界の核反応高速増殖炉を凌ぐ正に禁忌の封印其の物なのだ。
 正直こんな超危険物は投げ捨てるべきなんだがそうはいかない。封印こそシステムなんだがこの封印には制御役が存在している。長命なエルフを生贄として魂を封印、システムに癒着させ仮想人格者兼制御者として使用せねばならないのだ。魔導巧殻はメルキアの4体……つまり少なくとも4人の贄となったエルフ高位術者のメンタルを常に保たなければならない。だからこその世話係としての帝国元帥であるのよ。
 皇帝陛下はゲーム通りヴァイス先輩にも言い放っただろう。『帝国元帥の代わりなど幾等でもいる。だが魔導巧殻に代わりは無い。』、つまり魔導巧殻は表向き帝国元帥の直属守護騎という立場ながら実際は真逆、帝国元帥は己の命……いや己の帝国地方領を犠牲にしてでも彼女達を守らねばならないのだ。何という矛盾、其の理由をオレは知っている。それがヴァイス先輩が囮としてこの世で生きていられる最大要因だ。


 「ふふん、全然弱っちぃですね。 やっぱりわたしがいちばんです!」


 でもさー……あっけに取られて今の惨状を眺める。これは反則としか言いようがないわ。確かにアル閣下、通常攻撃は剣なのはゲーム通りなんだけどまさか念動力(サイコキネシス)で大剣からナイフまで都合20本を同時に遠隔操作(ダンシング)させるなんてどういった思考回路してるんだ? これでも一般兵相手だから手加減の上、手抜きしまくりなんだよ!


 「バッカもーん! 都合100人がかりで一太刀も浴びせれずに全滅などたるんどるぞ貴様等!!」

 あー、ドヤ顔で洗濯板(つるぺた)を反らしている当人の隣でカロリーネが怒鳴ってるな。模擬戦で1回くらいなら彼女の表面に展開されている防御障壁に当てられるかと思ったが話にならんわ。少なくとも指揮官クラスでなきゃ戦闘力は測れん。カロリーネとシャンティとオレ……じゃ返り討ちだな。まぁそれでもどれほどかは解るだろ?


 「面白い事やってるな? ルツ。」

 「えーそうです! 誰かさんがアル閣下のお世話をサボるからこうなりました!!」


 体育座りで不貞腐れているオレの肩にヴァイス先輩の体重がかかる。皆慌てて敬礼しているのを手で制して和やかな兵士や士官同士の懇談会にしてしまう辺り先輩は格が違うんだよな。雰囲気を読んでそれを誘導する。ホント英雄の資質、いやあの莫迦王曰く、天賦の才か。先輩からすればオレが兵士でダメなら指揮官全員で……と考えているであろうことは読んでいるはずだ。そんなオレの考えを知ってか知らずか先輩は気楽な調子で声を掛けてきた。


 「では俺達二人で掛ると言うのはどうだ? どうせアルの実力だ。対して時間もかかるまい。」

 「?……もしかしてどっちが後まで立っていられるかですか??」


 やったやった……南領筆頭騎のナフカ閣下に散々ボコられたアレか。先輩にせよオレにせよナフカ閣下大嫌いの一言だから双方等分に痛めつけて最後は同時撃沈だったよなぁ。……さらに嫌なこと思い出した。


 「今度は何賭けるんですか? 嫌ですよ前回ディナスティ城のドブ浚い二人でやる破目になったじゃないですか!」


にっ、と笑って先輩耳元でひそひそ。


 「アルもあれ一着じゃ可哀相だろ? 負けた方が一着奢る、というのはどうだ?」

 「いいですね! ソレ。」


 前言撤回、そーゆーことなら是非とも着せてみたいネタはある! 製作陣がラフ画書きながらお蔵入りしたというにゃんこネグリジェ。そのまま猫耳も追加したれ。二人してボソボソと便所座りで不穏話をしたあとにっこり笑って提案する。……何故引きますか、アル閣下?


 「やる気があるのは嬉しいのですが、ヴァイスもシュバルツもへんです。こぁーいです。」


 「「「問答無用!!」」


 オレ達は自分の得物を手に戦闘開始を宣言し突貫した。数分後の結果は兎も角、予定外の事が起きた。まさか提案時にリセル先輩までいるとはオレ考えもしなかったんだよ!! 『ヴァイス様、それにシュヴァルツ君! 女の子にパジャマ買ってあげると言う事がどういうことか解ってますよね? 本当に良い度胸です事!!」
 ハイ、ネグリジェが一張羅にクラスチェンジ致しました。いやオレの方が先に倒れたのは解っちゃいるけどさ、

 
なんでオレだけ〜〜〜〜!?






―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  交錯する思惑〜真実の記憶 魔導巧殻〜戦女神VERITAより)



 そんなこんなで作戦会議の前にリセル先輩のキツーィ御仕置きが在ったわけだが、今の先輩達を始め此処にいる武官、文官共全員が緊張している。オレも戦闘モードだ。……別に剣戟じゃなくてセンタクスの次を策定する会議だからな。オレが冒頭を切る。


 「さて、ヴァイスハイト元帥閣下初め諸君。皆センタクス復興の為に尽力頂いているわけだが、ここでひとつ問題が発生している。南東に位置する国家が立ち位置を変えざるを得ないと言う事だ。」

 「ルモルーネ公国の事ですね。」


 先程、転位門で帰還したミア百騎長が頷く。そして同時刻に帝国本領の城塞都市【彩狼の城】から戻ってきたドントロス百騎長もオレの言葉に居住まいを正す。彼からすれば親衛軍団に戻ったばかりなのに帰る以上の短時間で此方に来ねばならないのか! と不満だったろうからな。始め伯父貴に参謀長として彼が親衛軍団から派遣される事を知った時『臨時にこっちで働いて欲しい』という元帥令を用意してもらった。ネームド武将としては地味な存在だけにセンタクス奪回戦では試しとして考えていたんだ。それで使えると解ったから彼が帰った事を確認して予め用意した召還命令――即ち宰相令――を出した訳。
 同じ伯父貴の令だけど意味は違う。前回の元帥令が臨時の指揮官派遣しかできないのに対して今度の宰相令は政治的な東領への異動命令だ。何故面倒なことをした理由は只一つ、異動ならば『家族同伴』。実質親衛軍団からの引き抜き、そして以後の事件に備える為だ。カロリーネと家族を巻き込めなかったのは正当な理由が無かったから。今、兵隊の被服関係であの匠合を釣り出してカロリーネの家族をセンタクスに移住させる事をオレは画策している。


 「それが新参謀長殿の命令書(・・・・・・・・・)の理由ですか? 随分と唐突でしたな。まるであらかじめ誂えていたように。」


 皮肉タップリにゴマ塩になった鼻髭を動かすのを見てオレは用意した答えを出す。伯父貴の名を出したオレの内意であることがばれてーら。薄っぺらいなぁオレの策。


 「使える人材はどんな手でもかき集めなければなりません。誰とは言いませんが元帥閣下としての差配は試し、今回の宰相閣下の差配こそが本命ですね。今、帝国東領には若手ばかりで抑え役がいない。暴走する若手の手綱を取る【苦み走った爺や】が必要です。当然武官文官の諸兄の中でも思い当たる節のある方は多い筈。」


 話を聞いていた何人かが居住まいを正したのが解る。野心に溢れ、攻撃的な若手の軍事独裁体制の手綱とどう取るか? オレの言葉はヴァイス先輩の内意と彼等は判断するだろうから自らの責任の重大さを理解しただろう。ドントロス百騎長も不機嫌に組んでいた脚を下ろし挙手する。先輩が許可するとオレは着席し彼が発言を譲った。


 「では、旧参謀長というのも聞こえが悪かろうから先任参謀とでも呼ばせて頂きます。私が帝都内、及び元老院で調べた話によりますと……。」


 サンキュー ドンドロス百騎長! これからの帝国東領の南西から南部にかけての騒乱、ゲームで言う最初の国獲りの状況を全部説明してくれた。オレだとゲーム知識プラスアルファだから状況のすり合わせが必要だし、思わぬことでどんなポカをやるか解ったものじゃない。ミア百騎長も頷いているからドントロス百騎長は帝都の上層階級に余程のコネがあるかもしれないな? 続いてそのミアさんが発言する。


 「ドンドロス百騎長の報告通りルモルーネ公国は今までメルキア帝国の保障と隣国ユン=ガソル連合国、ラナハイム王国の黙認の元、存在し繁栄を享受してきました。しかしその安全保障の発揮点たる帝国東領が動けなくなった。両国はそう考えているはずです。」

 「つまりシュヴァルツ千騎長が常々口にする『切り取り勝手次第』が始まると言う事か? 面白くないな。」


 最後オレ流台詞回しでヴァイス先輩が感想を述べると出席者全員が顔を見合わせる。 確かに面白くない。ルモルーネ公国はこの地方では最良の農業国とはいえ弱小国に過ぎない。この小国が何故今まで生き残れていたのかは簡単だ。隣国ラナハイム王国は山岳地故農業基盤が脆弱であり、ユン=ガソル連合国は国内が工業化の反動で汚染物質だらけ。双方とも食糧自給がままならない。両国のトップ、史上最大最狂の莫迦王(ギュランドロス)実姉べったりのシスコン国主(クライス・リル・ラナハイム)が涎を垂らす存在なのさ。それを今まで押し留めていたのがメルキア帝国だったと言う事。
 ルモルーネとメルキア帝国はその豊富な食料を両国に売り、其の利益を貢いで安全保障を得るという関係だった。ゲームじゃ早々に帝国東領に隷属化してラナハイムに攻められ、それをヴァイス先輩だ取り戻すという筋書きになりゲームプレイヤーたるオレも彼の地から湧きだす商品作物で大分楽をさせてもらった。しかし、


 「ですが、現状帝国東領独自で彼らを保護するというのは無理です。レイムレス要塞で睨み合いとはいえ此方でも戦端が開かれれば東領だけでは手に余ります。」

 「全く同感ですな。今ですら軍団を分割して配置等目を覆わんばかりです。」

 「ルモルーネですがどうしようもありません。あの国は軍備に全く力を注ぎませんから。弓兵や歩兵こそ多少は居りますがそれだけです。むしろあの国を見捨てて応分の要求を両国に認めさせることを元老院は考えると思います。私達に出来るのは国境を固め、亡命者を受け入れて次を待つのがよろしいかと愚考します。」


 始めに発言したリセル先輩は勿論ドントロス百騎長も現場を見たミア百騎長も『身捨てる』で固まった。残りも続々、予想通りだわな。どんなに懐をひっくり返してみても帝国東領に安全保障を提供できる見込みがない。逆に帝国東領が帝国各領に援助を求めなければならない立場だ。だからこそこの状況を逆用する。


 「すでに策は動いております。今回の帝国東領奪回作戦、直接介入した帝国北領軍、穴埋めに帝国北領に派遣されていた帝国西領軍、そして今ディナスティにいる()の帝国南領軍。全てがセンタクスに向けて動いています。」


 騒然とする会議の中、少し笑ってカロリーネの方を向く。彼女は席には就けず壁の花という立場だがいい出汁になるからな。


 「カロリーネ、オレは戦場で『これから切り札を切る。纏めてな。』と言ったのを覚えているな?」


カロリーネが怪訝な顔をしてコクコク頷く。オレは彼女への罪悪感を無理矢理消し話を続ける。


 「これからとはあの戦場を表したものではない。ユン=ガソルの侵攻から現状、未だオレは切り札を切り出したばかりだ。まだまだ続くぞ。オレが用意した切り札は5枚や10枚ではない!


「どういうことだ?」


 ヴァイス先輩には実は話してある。オレの想定と言う奴をね。だからこの発言は皆に理解を促すための間取り。――勿論先輩にも全部は話しちゃいない。実はオレは転生者でこのゲームの設定知ってるからって誰が話せるかよ!――


 「先年度、元老院である能天気が能天気な発言をかまして元老院の総スカンを浴び四元帥始め元老院の方々から罵詈雑言を浴びた上、陛下のとりなしで事なきを得た。という珍事がありましたが覚えている方は居りますかね?」


 呆れ果てた顔でリセル先輩が突っ込んできた。


 「その能天気が今そこで能天気に自慢話をしてどうなります! ホント大変だったんですよシュヴァルツ君!!」

 「はい、その通りです。イダッ! ……リセル先輩! 物投げなくてもいいじゃないですか!!」


 軽いとはいえ文鎮投げられた。解らんでもないけどな。本来なら失脚モノの醜聞、興味を引く為の炎上商法のつもりだったからな。それで走りまわったリセル先輩には気の毒だったけど出来レースである事は皇帝陛下含め四元帥皆解っていたのよ。


 「思い出しました。帝国中央の戦時資金を帝都と四領で即時に分割し、各元帥と陛下の直轄事項とする代わりに各領の交易権を帝国政府が召し上げ、各領の戦時攻撃権全てを勅令として纏める。でしたっけ? 下手をすればメルキアが世界中に全面戦争を仕掛けるような誤解を与える悪法でしたよ。」


 ミアさんが非難めいた言葉をぶつけてきた。それをヴァイス先輩が擁護する。


 「しかし悪法にはならなかったな。それ以前に陛下が『面白い事を言う奴だ。』と言ったそうだが。」


 オレが頷き説明する。此処に居る殆どが関わること無き国家外交戦を話す。


 「ええ、陛下も其の時の四元帥各位もオレの意図に気づいていた筈です。アヴァタールの四大国、そして周辺各国はメルキアを無視できない。強烈な宣伝内容なので各国とも反応は出してくる。実際各国の懸念だの遺憾だの連発された事を考えれば表向きの効果は上々でした。そしてメルキアが行動しないことで各国もメルキアの威嚇宣言で片づけたに過ぎない外交案件に落ち着きました。」


これ以上は一線を超えるぞという意味合いだ。それを踏まえてメルキアが口だけで終了したことに各国も一時的に外交攻勢を緩めた。その後の対応は何か? を各国は注視した筈だ。メルキアがどう手綱を緩めるかと。その方向を斜めに走らせたのが陛下と四元帥。帝国上層部しか知らない思惑を開帳する。


 「そして火消の方法も。『さしあたってはドゥム=ニールかの? いよいよ山脈の地下にまで追い込まれておるようじゃ。陥落は時間の問題じゃぞ。』、これがオレが西領元帥・エイフェリア閣下から得た報酬です。そして陛下はその彼女を遮り、北領元帥・ガルムス閣下に御下問されました。『元帥、北への進軍は可能か否か?』と。」


 ミアさん顔色真っ青です。そりゃそうだわな、確かに帝国の北に存在する同盟国たるドワーフ領【ドゥム=ニール古王国】を救援するには過剰な反応に成る。帝国が総力を持って行う軍事行動がドゥム=ニール救援で済む訳が無い。そしてその無謀無茶ぶりも、喘ぐようにオレに真意を問いただしてくる。


 「まさか……まさか千騎長閣下は北辺の魔族領に全面侵攻する気だったと!?」


 笑みを浮かべてオレは返答。それすら欺瞞でしかない。未来を知っている身としては確実にヴァイス先輩をメルキア皇帝に引き上げる足場を作る必要がある。そして魔族領に全面侵攻というなら出兵は北領軍だけでは無く帝国軍そのものが動く。今回の復讐戦争はその矢先で起こった。だからこそ北領軍が緒戦であれだけ動けたのよ。そしてオレは此処でブレーキをかけるつもりは無い。むしろ……

アクセルを踏み抜く


 「今ではありませんけどね。しかし国境が安定していれば昨今の軍事報奨予算の滞留は望ましくありません。勿論軍でも手柄を立てられない将兵の不満は大きくなるばかり。手っ取り早く領土を増やし軍の不満を満たしてやる……何処ぞの莫迦王の御蔭ですべて御破算になりましたが良い意味で代用が出来ました。


 多分真実を知るのはオレだけだろうな。本気で今から始まるルモルーネ公国奪回からラナハイム王国隷属化まで達成するには金も軍も足りない。だから借りてくる、帝国の各元帥から。各領の軍隊を東領からの報奨を言う餌で釣り、各元帥には自国の軍隊の不満を解消することで恩を売る。なにしろその分配のタイミングすらユン=ガソルの今期侵攻の直前だった。だから今東領の軍資金は西領エイフェリア元帥の元にある。使い方を現東領元帥たるヴァイス先輩が決めればエイフェリア元帥も頷かざるを得ない。なにしろ帝国が割れることを最も恐れるのは彼女なのだから。そして前元帥ノイアスが失脚するまでエイフェリア元帥にのらりくらりと東領の予算移動をはぐらかしてくれと要請したのはオレだ。問題と言えば本来はオレの法案通り対外侵攻には陛下の勅命が必要なのだがこれをどう回避するか? ざわざわと戸惑いと困惑の輪が広がるっている。さてそろそろ計画を……ん?


 「た! 大変です!! い いや失礼しましたッ 西領首府バーニエより緊急信ですッ!!!」


 こけつまろびつ部屋に転がり込んできたアンナマリア十騎長に対しオレは気楽に物言いをすることにした。内心は……げ、この段階でかよ。早ければ早かったで遅ければ遅かったでと考えていたがよりによってこのタイミングで? 仕方が無くカマを掛ける。アリバイは作っておかないとな。


 「帝都の軍事区画が爆発でもしたか? 陛下は魔導技巧に無茶な情熱を賭ける。大事故でも不思議は……」

 「ち! 違います!! 帝都が! 帝都インヴィティアが!! 結晶の中に閉じ込められましたッッ!!!」

 「んあんだと!!!」

 「バカな!」

 「帝室は一体何を!?」


 驚愕の怒声とそれに続く先輩達の悲鳴、その最初の声を発しながら陰でオレは(わら)う。解っていた、解っていたのさ帝都結晶化という事実。そのためにオレは帝国の軍事費……そう滞留した予算だけでなく今年の軍事費まで全て各領に退避させ軍資金とした。この後の乱世を乗り切るために。
 ヴァイス先輩には『事故で帝都が機能停止』、それだけの情報しか与えていない……そう、オレは帝都20万人の無辜の人々、カロリーネの母と妹まで生贄として捧げて世界を謀った。状況報告を急かす先輩以下全員の中でオレは傲慢と自嘲の笑みを隠す。






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(BGM  くつろぎのひととき 神採りアルケミーマイスターより)





 正門から出て市場へ、ぶらぶら歩いて繁華街に入りそのまま城壁沿いに廻り込む。オレと解らぬよう目立たない服装こそしてるけど頭の上に乗っかった緋色の長髪で誰だか丸解り。公然の秘密なお忍びってヤツだ。だから商人にしろ市民にしろ露骨な接触はしてこない。それでも素人を装った物売りや己のアピールに奔る新兵もいるがこういった手合いをいなし、逆に情報を得るのも上としての務めさ。さて、
 センタクス城門、といっても正門や通用門ではなく下働きの人間が出入りする間扉、そこの警備にあたっている女性兵士二人と金髪の頭が何やらお話し中だ。と、その金髪が懐から小さい包みを出して兵士に握らせる。兵士二人、どう見ても元世界の高校生くらいにしか見えない少女達がそれそれ包みを握りしめてお礼を言っている。その金髪が彼女たちと別れ、こっちに歩いてくる。


 「待たせたな、シュヴァルツ。」

 「どーでもいいですがアレじゃ若い子が懸想しかねませんよ。今の包み、先輩手作りの菓子に貴族流行りのハンカチじゃないですか。両方“賞味”された上にきっちり洗濯して返されますよ?」

 「それくらいならいいさ。女の子には夢くらいは見る権利はあるだろう? あの子達だって修羅と地獄を見ている。夢の一つも無ければ此処が保たん。」


 トントンと喉仏――メルキアの人間が心や意思を表す時良く使う表現――を指で叩いて先輩が答える。事実だけに痛いよな。男女比率がこの世界では違う。一夫多妻制は無いわけじゃないが帝国内では眉を顰められる類の話だし、愛人と言う立場は経済的にも精神的にも女性にとって不安定な立場だ。
 この世界、女性は生まれた瞬間から競争の真っただ中に放り込まれる。まだ支配階級になる騎士なら兎も角、下っ端の兵士というのは這い上がれる機会こそあるがその為に命を賭けねばならないリスキーな職場だ。オレはヴァイス先輩見たくそんなとこまで気が回らない。周囲の同輩だけで手一杯だ。続けて先輩から悪戯小僧な声がかかる。


 「しかし、ルツが俺を誘うとはどういう風の吹きまわしだ? リセルが睨んでいたぞ。」

 「オレの誘いってこともバレてます?」


 げ、先輩が白状させられたらまたまたリセル先輩に粛清されるのオレじゃんか……その顔を見て爆笑された。


 「青くなるな青くなるな! 疑ってはいるだろうが確信はしていない筈だぞ。いつもは逆だからな。……其の安堵からして本気で従姉恐怖症だな、ルツは。」


 肩に手を回して先輩が顔を寄せてくる。実際先輩、伯父貴の養子扱いになるまでは周り全てを敵視してたもんな。リセル先輩とオレ――守りたい妹分と悪戯仲間――オレも注意して付き合ったがホントよく一人として育ったと思うよ。


 「なら従姉弟としてはさっさと先輩に投げつけて悠々自適と行きたいですけど……」

 「「それは却下。」」


 二人でハモってニヤニヤ笑う。軍服のズボンポケットに手を突っ込み先輩が『遊び場』について尋ねてきた。軍服なのは立場の違い、今回は私的な立場として先輩がオレの護衛に附いてくるという意味合いだ。ちなみにオレは違う。仕事という奴だな。


 「目的地は予想通りか?」    


 もう解ったようにある場所に向けて歩く。オレも即座に返答、


 「それしかないでしょ。オレ等がこの格好で普通の娼館入ったら営業妨害で叩き出されますよ? 以降、男が来るどころか玉の輿目当ての女が大挙押し寄せかねません。」


 ヴァイス先輩は庶子とはいえ皇族、オレもザイルード伯爵家の長男だ。つまり成り上がりたい女にとって格好の獲物に視えるのは自明。だから君子危うきに近寄らず……と言っても元の世界からすれば娯楽なんぞ無いに等しいからオレ達が買えるのは全部高級娼婦、行く場所は高級娼館だけ――この街においてはリリエッタの娼館だけと言うことになる。
 うん、ディナスティや帝都にいたころオレって選良! な考えが在ったけど、何回か通うようになるともう嫌って感想になる。高級娼館て裏側から見ると貴族男性における教育機関でもあるのよ。挨拶、礼法、そんな表向きなことから女心の読み方、女性の喜ばせ方、挙句は性技まで。 貴族の妻にとっての理想の夫を作る為のワンツーマンな学舎なわけだな。だからゲームでもあったようにたかが一夜に信じられんほど高価。つまり娼婦を買うより娼館のパトロン料の方が大きい。それでも上流の男性が断てない理由は男故の生理的原因と言ったところか。
 角を二つ曲がり路地の一本を突っ切る。流石に表道とは違い遊びに出た道楽貴族のフリをしても緊張の糸は緩めない。追剥、ポン引きの類はセンタクスでもいないわけじゃない。ただオレ達二人を敵にすればこの界隈一帯が犯罪捜査で潰される。先輩しっかりしてるよな……犯罪者や犯罪予備軍と言った連中に意図的に姿を晒して見せ。『手を出せばどうなるか解るな?』と威圧して回り、後の抑止をやっているわけだ。もちろんオレ達にすら感づかれない様、護衛者もいる筈。伯父貴は絶対に認めないけど結構気を回す人なのよ。特に行き先がリリエッタの娼館、即ち帝国宰相オルファン・ザイルードの直属諜報機関ならばなおさらだ。路地から出ると先輩が声を掛けてきた。


 「ルツが此処まで周到に準備するとは意外だな。もしかして仕事か?」


 あー、バレたか。そりゃ貴族流行りの長衣にレースをあしらった袖口や胸ポケ、そこに手紙を挟んでいればね。公式の服装より軍服で済ますキタキリ雀だしなオレ。


 「半分以上はそうです。ありとあらゆる伝手を使って水増ししなきゃいけませんからんね……これからの事を考えると。」


 何を言ってるかは先輩も解ったようで吹きだしながら忠告してきた。


 「だからと言って淑女に正面突貫は頂けないな。そうか! それはそれで再挑戦のお零れで俺が何度かルツの金で楽しめるから悪くはない。リセルには黙っているから以降もよろしく頼むぞ。」

 「ぶっちゃけてますね。」   先輩、流石に機密費を浪費する訳にも……

 「女を堕とすのは城ほど簡単じゃない。ルツ、長期戦でかかれ。」  顔を引き締める。


 そんな軽口に見えるアドバイスでもオレの気負いを幾分楽にしてくれる。着いた、赤い屋根の御屋敷。一見下級貴族の屋敷に見えるがいつも通り雰囲気が違う『リリエッタの娼館』の正門だ。
 手形を確認して身分を改める。オレが胸ポケから白い造花で飾られた恋文を弾くと使用人の一人が推し頂き、初めて扉が開く。まだ控室、次の扉がホールに繋がる正真正銘の正門だ。貴族男性が正規の手順で高級娼館に入ると言うのは一種の儀式でもあるのよ。だから恋文は娼館からの招待状への返礼状、白い造花は馴染でない女を買うという意味になる。仕事上の事とはいえ無作法とされる今回の逢瀬の条件を表す手紙を飾る針金、飾られた紅金糸と言うのも『身請けする気がある』という暗喩だ。初対面の女にいきなり求婚するバカはいないと思いたい。そういうこと、リリエッタ嬢がオレの求めに応じて人材発掘してきた訳。準備はしたけどオレが堕とせ。それが今回の仕事。
 扉が開き切ると貴族の御屋敷に当たる正面ホール、ズラリと十数人、左右に並ぶ薄絹と装身具で着飾った女性。勿論、ゲームの通り露出度90パーセントオーバー――つーか隠すべきとこ隠してないし――その最奥の正面にゲーム通りの服装で支配人が立ち、彼女の優雅な一礼に合わせて一斉に女性達が傅き挨拶する。


「「「いらっしゃいませ、ようこそお越しいただきました。」」」


 いや、マジでトップクラスの美女・美少女達にこの姿でこう言われたら男ならだれでも舞い上がるって。これを仕事中と言う意思に任せて押さえつけるオレは兎も角、柳の様に受け流して色気のあるウィンクする辺りヴァイス先輩女慣れしすぎている!


 「では、シュヴァルツ様は此方に。逢瀬の姫がお待ちですよ。連れの御方もどうぞ愉しんで行って下さいな。」


 オレの手を取り、リリエッタが階段へ誘なう。踊り場で下をチラ見すると早くも争奪戦の模様、オレのツレが誰かなんて一目瞭然、高級娼婦でも花の命は短い。それを解っているから皆必至だ。というかさーヴァイス先輩、これ狙いだったんだろ!? 本来正規ならば一対一、ハーレムモードでよりどりみどりは本来の客の随員を時間まで饗す座興みたいなものだしな。ふと嫌な予感がして思わず隣に囁く。目的地はあのハニトラ貴賓室か!


 「まさか隠し扉の先の貴賓室ですか?」 


 恐る恐る囁いてみると、リリエッタさん手を離して口に手を当てて後ずさる。…………え? 何??


 「い……いえ。地下の拘束室で調教の方がお好みだったなんて、誠に、」

 「ごめんなさい! そういう趣味じゃないです!! 貴賓室でいいですから引かないで!!!」


 嵌められたのは解っていたけど土下座するしかありませんでした。






◆◇◆◇◆






 連れられた部屋でリリエッタが彼女の手を取りオレの掌に乗せる。娼婦としては別格とも言える女性の面差しを目の当たりにした時、オレはこの世界が、そして時代が、ディル=リフィーナである事をまざまざと思い知らされた。


 「シルフィ・ルーと申します、よしなに。」


 源氏名(なまえ)で確信せざるを得ない。彼女だ…………



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