(BGM  放たれた閃光、それは古の ――セリカ神力暴走Ver――戦女神MEMORIAより)





 ソルガッシュの口腔が開き、収束光分子砲が放たれる。魔導兵器の比ではない! 本来熱を対象点にしか発生させない光分子が熱波をこちらまで運んでくる。メルキアの重砲撃兵器、魔導光分子砲は先史文明技術のリスペクト、いや情けない程のデチューンモデルでしかないんだ。さらに甲殻の一部が開き魔導砲弾、いや対生体誘導弾数十発がばら撒かれる。

 
それを!


 高硬度呪鍛長剣(パールミル)の一閃が光分子の濁流を薙ぎ払う! サイクロトロンより撃ち出された筈の破壊光が剣一本で軌道を変えられ天井に大穴を穿つ。続いて迫る対生体誘導弾に彼は一瞥したような表情をすると右のハイシェラソードを握る指を細かく動かした。

 
それだけで!!


 飛行している対生体誘導弾が弾頭と駆動部を分断される。弾頭は力なく落ちて爆発し、駆動部は誘導部を失って盲滅法に飛んでいき、ある物は地面に転がりあるものは壁にぶつかって壊れる。


 「(七音剣かよ!(ストラトブレード) 反応速度光速、動態速力超音速、あの作品のままじゃねーか!)」


 オレの周りで対神格防御が起動するがそんなことを気にする余裕はない。クソ!【飛翔の耳飾り】これほどまで起動速度が遅いとは。その時天井の一部が不気味に凹み、電動鋸同士が互いを引き裂き合うような音がソルガッシュの前で響き渡った。


 「でやぁぁぁぁ!」  「!」


 いや一回じゃない! 超音速剣技がぶつかり合う異音、シャンティが天井を足場に襲い掛かったのだ!


 「馬鹿! やめろ!!」


 相手は本物だ! 付け焼き刃の飛燕剣で立ち向かえる相手じゃない!! わずか十数秒の攻防、それだけでシャンティが吹き飛ばされる。つーか体動衝撃波(ボディ・ソニック)で緩和できるにしても女の子の腹に螺旋衝撃波乗せた膝蹴り(タイフォーン)かよ。容赦ネェ、


 「喰らえ!」


 カロリーネが魔導鎧を除装、同時にフレームに無理矢理取り付けた38連装魔導砲が火を噴く。いや囮か! 彼女の魔導槍が大きく開き、量産型魔導砲とは違う巨大な石突き部分が白熱融解。布の無い傘の様に開いた魔導槍が散弾の様に光分子を乱射する。同時に彼は跳ね上げた足を急反転させ床に叩きつけた。
 爆発音とともに粉塵が舞い上がり魔導砲弾も光分子の散弾も掻き消された。足を使った連弾衝撃波(ダムド・ストローク)! その衝撃が連鎖してオレ達を襲う。カロリーネ! 鎧なしであれを受けたら!!


 「大丈夫、防御は私が持ちます。起動はまだ!?」


 シルフィエッタの対物理障壁が熱衝撃波にまで格上げされた『足踏み音』を押し留める。事実上の複合属性攻撃を防げるだけで彼女が結界術師として超一流なのが解る。暴風と粉塵、そして熱波が彼女が支配下に置いた嵐精霊(ルファニー)によって吹き散らされ視界を確保――しかも神殺し周辺のみ粉塵を集める高精度気流操作――同時に飛翔の耳飾りが輝き始める。


 「来た! 全員退避、ハリティ、ソルガッシュを突っ込ませろ!!」

 「オおォオオヲッ!!」


 ハリティが小さな退避口に飛び込みシャッターと閉じる。獣の様な雄叫びを上げて拾ったシャンティをこっちに放り投げ、カロリーネが走ってくる。その後ろ、粉塵と瓦礫から現れる光の塊。それを二体のソルガッシュが塞ぐ前、

 ――神殺しの瞳孔、彼の碧眼など無く塗り潰されたような桃金色の神眼が見えた時、オレは今まで打った戦略、戦術、全てが最悪の一手であったことに気付いた。――

 引き千切られるような音がした気が…………





―――――――――――――――――――――――――――――――――――


――魔導巧殻SS――

緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル


(BGM  抜け落ちる勢〜揺らぐ光纏いし刻限 戦女神MEMORIAより)






 考えれば水の巫女がエージェントとして神殺しを派遣してくるであろうことは想像がついた筈なのだ。彼は過去、ケレース地方オメール山中の先史文明遺跡において女神の肉体をハイシェラより取り戻し、女神アイドスの成れの果てに追われてレウィニア神権国に逃げ込んでいたのだから。
 最終的に女神アイドスを【狭間の宮殿】にて滅却し、神殺しは何処と無く旅立つ。そこから凡そ300年もの間消息不明だったんだ。オレとしては82年前のリガナール大戦に神殺しが参戦していた事をもっと注意深く見るべきだった。リガナール大戦で破戒の魔人・イグナートの前に神殺しが現れたのも今なら解る。
 あの大戦での終局にレウィニアの高位魔術師が魔人打倒の勇者様御一行に混ざっていたのよ。神殺しの力が回復していたのなら間違いなく水の巫女は彼をバックアップにつけるだろう? その結末が神殺しの再びの力と記憶の消失とイグナートを巻き込んだリガナール半島秩序の崩壊だから誰得の結末だったのだろうが。つまりオレが思い違いをしていた『神殺しの再活動は幻燐戦争以降という思い込み』、これがオレの戦略的失策。
 今回の防衛戦でも齟齬が目立った。地下からの潜入と言う時点で早合点した。違う、地下水脈を水の巫女の加護の元、送り届けられたのだ。本来は、いや神格を得た今ですら水の巫女は水の最高位精霊だ。お願いするだけで水の精霊達は喜んで意に従うだろう。だからこそ最下層の軌道間宇宙港浄水施設にいきなり出現したのだ。其処へ自動防衛と言う名の先制攻撃を受ければ反撃しながら上層階へ逃れようとするはず。初めこちらの方向に来ないと思ったのは闇雲に突き進んでいたんだ。

 
それを!


 対神格防御フィールド、確かに神格者に対して決定打ともいえる先史文明技術だが、神殺しに使った場合効果が全く異なる。彼の本質を推定するのは難しくない。正義の大女神アストライアの肉体を神殺しとなった本体たる魂【元バリハルト神官戦士・セリカ】が統御し、その肉体を男性の物へと変容させているんだ。
 つまり彼の肉体となっている女神の躰は外的形態ではなく内的因子、セリカの魂こそが外的封印として働いている訳だ。それらをゲームでよく知るプレイヤーなら気付くだろう? 神殺しの今と魔導巧殻、この根源が極めて近いことに。

 その外的封印から漏れだす女神の神力を対神格防御フィールドが攻撃対象として定め、封印を攻撃し始めたならどうなる!?

 魔導巧殻と違いセリカの魂による疑似封印は元人間族だった故に酷く脆い。簡単に亀裂が入り剥離する。これが彼の『やっちまった』後の記憶や感情の欠落の原因ではないか? とオレは推察するんだが問題はそこではない。対神格防御フィールドはこの封印を先に攻撃し、亀裂を生みだすだけではなく彼を愛し今も愛し続ける女神、その真の力を目覚めさせる。もう一度言おう。
 神殺しの肉体は正義の大女神アストライア、その根本は人間族が己の行動への正当性の根源とする…………

 
【正義の権能】


 時代を超え、次元を超え、一神教の信徒共がかき集めた正義の力(きょうしん)全てを敵に回すという事だ。あの桃金色の神眼がその証。アレに敵視された存在はもはや滅ぶしかない。最早原因も過程も関係なく一神教の神罰を浴びせられる。
 イグナートの破滅がまさにそう。上位天使、竜、魔神は愚かバリハルトやアークリオン、ヴァスタールといった現神の第一級神すらひとたまりもないだろう。事実後の時代に“現神最強”軍神マーズテリアがその怒りを買い、己の神格者見捨てて逃亡するという醜態を晒している。
 対神格防御フィールド? んな子供騙しで防げる相手ではない。あれは神格を持つものが神から貰い受けた神力が発生するのを抑止する為のもので現世に降臨した神(アストライア)をどうこうする力などない。だから対神格防御フィールドが機能停止ではなく存在ごと崩壊(オーバーロード)したんだ。そして暴走を始めた神殺しは問答無用で中央管制室を殲滅対象として目標に定める。其処に過程も論理も無い。神の前に真実は呈される。

 オレは戦略レベルの失策で神殺しという想定を見逃し、戦術レベルで対神格防御フィールドを使用するという最悪手を下した。その結果がこのザマ。自業自得だ…………

 痛い。体がバラバラになりそうだ。どうせ今オレが思考能力を確保しているのも『聖なる父』の神力が残留思念を維持しているからだけなんだろう? とっとと死なせろ……え? 体が痛い!?
 必至になって顔面筋を動かし瞼を開こうとする。やっとの思いで視界を得た先には涙でぐしゃぐしゃになったカロリーネの顔があった。


 「ルツ……ルツ!……ルツ!!」


 悲鳴のように繰り返される彼女の顔にオレは呆然と呟いた。


 「生きてる……本当に?」





◆◇◆◇◆


(BGM  ぬくもり 戦女神VERITAより)





 双方ボロボロだ。魔導鎧は愚か、上着も下着も原形を留めていない。聞けば三連続の攻撃を纏めて喰らったという話だ。記憶をのろのろ集め溜息をつく。戦慄する気力すらない。


 飛燕剣広域殲滅技 【紗綾紅燐剣】

 神格級精霊魔法 【二つの回廊の轟雷】

 飛燕“魔”剣“奥義” 【閃光翼】


 滅茶苦茶だ。魔導戦艦や歪竜、城塞すら一撃破壊する超技を同時三撃、おそらくこれ等を使うという事はダメージを天元突破させる周回前提スキル、【オーバーキル】保有。ゲームで数百しかない筈のオレ達のヒットポイントに総数10万以上のダメージが襲い掛かったと認識すべき。――――よく原子レベルまで分解しなかったなオレ。
 二人ともハリティが急速錬成した一枚の毛布というより天幕ほど大きい毛織物に包まっている。傷については同じくハリティが錬成してきたポーション類で何とかなったそうだ。しかし寒い……まるで厳冬のリプディール山麓に放り出された様。カロリーネの素肌で温め合って……いや、一方的に温められていても、


 「何時間かは動かない方がいい。というより今動かすのは危険だ。シュヴァルツ、君の代謝は今仮死寸前なほど下がってる。何とかしたいけど医療施設までの搬送手段が無い。何もかも神殺しに壊されてしまった。君が言う味方が来るまでどうしようもない。」


 ハリティから差し出された消毒用のアルコールと思わしきもの。内容物を確認し一緒に持ってきた水と混ぜ、少しずつ口に含む。強制的にでも体を活性化させねばならない。味方と言う言葉で再び頭がのろのろと動き出す。先程の臨死体験に比べ現実の躰に引っ張られるという事はこれほど労苦が伴うのか。


 「仲間……皆は?」  半泣きのカロリーネが答えてくれる。

 「重傷者多数、だけど戦死者はいないよ。アルベルトも無事。天使様は……」


 そりゃ当然、自爆前提で末期の呪いをかけたとしてもそれを因果すら無視して本体に呪詛返ししかねない化物だ。このラウルヴァーシュ大陸どころか恐らく“ディル=リフィーナ最強”。真面に戦える相手じゃない。未来、軍神があれほど手の込んだ卑劣な手に走る程なのだ。


 「本体はミサンシェルだ。すぐにでも手近な兵力かき集めてこっちに来る。預言者に神殺しだ、現神が来るより早くすっ飛んでくるさ。神殺しは?」


 ん? カロリーネ何とも言えない顔して……なんか肩プルプル震えているけどオレ何か地雷でも踏んだか??  向こう側の半壊した通路指差してカロリーネが絶叫。


 「あ、アレがシュヴァルツの言う神殺し!? 只のヤリチンじゃないの! 取り縋ったシルフィ(シルフィエッタ)押し倒して……」


 震えが止まらない、これは寒さではなく恐怖。それは今シルフィエッタへの仕打ちが行われている事をどうすることもできない自己嫌悪、それによってオレ達三人が救われたという怖気すら感じる事実。


 「後でシルフィに礼くらい言えよ? 彼女がいなければオレは絶命し、カロリーネもシャンティもアイツに喰い殺されていた。」

 「?」

 酒精のおかげか漸く頭が回りだす。その通りだ。神力暴走状態になった神殺しはもはや本能のまま暴走する獣に等しい。ただそれに一定の制限がかかっている。それが己の神としての消滅を対価としたアストライアの願い。

 『愛した人に生き続けて欲しい』

 それを叶える為に女神アストライアの肉体は全力を尽くす。神殺しの外郭封印兼制御者として崩壊寸前になった恋人、セリカ・シルフィルの魂の消滅を阻止するため周囲から膨大な魔力と精気をかき集めるんだ。かつて勇者としてバリハルトの兵器と化したセリカの持つスキル、【性魔術】を使ってでもね。つまり搾取目標は異性、即ち女性の精気と魔力だ。
 実例はある。神殺し誕生の直後、彼は同僚たる多数のバリハルト女性神官を性的な意味で『喰い殺した』。バリハルトのディジェネール遠征隊を彼一人が殲滅してしまったことがマクル神殿領の恐怖を煽り、『故郷に帰りたい、姉の元に帰りたい。』……残された微かな記憶だけでマクルに帰ろうとする神殺しと全面戦争、いや一方的な虐殺劇になったのだ。――勿論虐殺するのは記憶を失い、何故自分が同輩から剣を向けられるのか解らぬ神殺し――マクル神殿領崩壊事件の真相はこういったものだった。
 今の状態がまさにそう。本来はカロリーネもシャンティも快楽と引き換えに喰い殺されていた。偶然、本当に偶然だった! リリエッタさんに、それを謀ったであろうディナスティの先生に、許可を与えたであろう伯父貴に、そして今不当な仕打ちを受けている彼女に! オレが土下座をしてでも感謝すべきだ。彼女を全力をもって救うべきだ。彼女は最悪の状況に己が何をすべきか察知し身を投げ出してくれたのだから。

 
シルフィエッタ・ルアシア


 本来セリカ・シルフィルの魂を救うのに一人二人の女性を喰い殺すだけでは全く足りない。ただ此処にルリエンの神の子として『無尽蔵の魔力』と肉体が限界を迎えてもそれを引き戻す『準不滅性の精気』、そして望まぬものとはいえ破戒の魔人に鍛えられた『性魔術を駆使できる女性』がいる。つまり常人には不可能の神殺しに適う格の女性がいた事がオレ達の無意識の助命に繋がったんだ。
 いろいろカロリーネに説明する傍ら気づく。あれ? 一人足りない??


 「シャンティは……どうした?」

 「……あー」


あれ? カロリーネがまたプルプルし始めた。あ……まぢぃ、これ激怒の兆候だ。


 「あのおバカ、ヤリチンがシルフィにナニやるかわからんから見張っとけ言ったのに……中覗き見しながら…………。」


 やべ、|無差別爆発寸前《くびかっくん》だ。毛布から脱出しようとするがまともに体が動かん。観念すべきだな。


 自慰(オナ)ってやがった!!!」


 そのままケツ丸出しでずっこける。まー考えてみればそうなるわ。神殺しエロゲの主人公だけあって女性扱い達者、精力絶倫、性技卓越と三連フルコンボだしな。部屋の嬌声に当てられれば解らんわけではない。どうもオレから離れて様子見に行ったカロリーネの目の前で痴態見せてしまったらしい。そのまま絶賛濡れ場の部屋へ『怒』モードのカロリーネに蹴り出されたようだ。

 ――――シャンティ、死ぬ気で頑張れ。初体験は兎も角、ミーハーには過ぎた御褒美だろ? そのまま剣技の一つも御強請して来い!――――

 今後どうするかだがゲーム進行上……いやゲームで無くなった以上、神殺しの確保は重大事だ。オレとしては絶対に取り込みたい存在。最悪の展開の一つたるアルの暴走による他の魔導巧殻破壊、その再生策たる神の御物再蒐集だって軽くこなせるし、彼の存在だけでジルタニアは愚かアルタヌーすら楽々蹴散らせる。ラスボスが軍団含め単騎殲滅させられる、それほどの格差がオレ達やジルタニア……いやメルキア全体と神殺しの間に存在するんだ。
 が、それをやらかせば今度こそメルキアの破滅となる。現神共は今の神殺しと神殺しとなる国の一体化を己達の存在を賭けても阻止に来るだろう。力づくでもね。となると神殺しは手放さねばならないんだが……未来のレウィニアと同じような同盟関係? それすら現神は認めないだろう。そもそも同盟者となるべき同格の存在がいない。水の巫女をこっちに引き込むか? それも駄目、それじゃメルキアのレウィニアへの従属(まほうルート)と同じだ。


 「うーん、うーん…………。」

 「また悪辣なこと考えているんでしょ?」


 吐き出すものは吐き出したのか微笑みながらカロリーネが頬をツンツンしてくる。一人より二人、三人寄れば文殊の知恵。二人に相談してみるか。


 「カロリーネ、ハリティ。神殺しをなんとかメルキアで動かせるようにしたいんだが何か案ないかな?」

 「「うーん?」」


 オレの想定を語ると二人とも考え込んでしまった。オレも一緒に考える。オレの案としては神殺しの所属権をでっちあげてレウィニアと交渉、単なる冒険者として神殺しがメルキアとレウィニアを【放浪している】するという事実を作り出す。事実上の二国専属協定だが神殺しへの厚遇度合で二国が綱引きを演じているという外面を作り出しせば現神の追及を躱すことができるかもしれない――――そんな感じだ。


 「…………少なくともさ、シュヴァルツの考えだと今ここに神殺しがいるのはレウィニアの水の巫女の依頼を受けたってことだろ? 矛盾しないかい?? 場末の格だろうと一国持ってる地方神としても水の巫女が神殺しを武器として振るうことを現神が認めるかい???」


 ハリティに逆質問されてしまった。後の歴史とここで学んだ政治学をもとに推論する。


 「実際、同盟関係として認められてる。リガナール大戦、姫神の使徒(エクリア)拉致事件、ドゥネイール会戦、カドラ廃坑事件……新七魔神戦争では完全にレウィニア側に居る。」

 「なんだそれ?」

 「ルツの話ではリガナール大戦以外は未来の話だよ。」 カロリーネの補足。

 「それは解るけどさ、今現在ですら神殺しはレウィニアの密偵じゃないか。肝はそこだね。どうしてレウィニアが良くてメルキアがダメなのか? おっと! ルツの推論はボクの判断外だよ。それじゃボクが出れば良い話だしね。」

 「「どういうこと??」」 二人して首を傾げてしまう。

 「簡単じゃないか。ボクが、バリハルト神殿を使って神殺しを雇えばいい。」

 「「はぁ!?」」


 いや、それ絶対に無理でしょ!? マクルぶち壊した張本人をバリハルト神殿が雇うのは無理在り過ぎでしょうが! それが例え形だけで実際ハリティの後ろにいるオレがメルキアの金で雇うだけであったとしてもだ。ちっちっち……とハリティが指を振る。笑い出したくなる。大分オレの知識に毒されているなコイツ。


 「戦時賠償。」

 「おいおい、マクル潰した責任にメルキアの再建手伝えってか?」

 「もしかしたらいいかも。」


 カロリーネの話したことに愕然。魔導巧殻は神の御物を使いながら本来その神の意思とは別物とされている。その例外は現状『真なる御物』を中核とし封印開放状態となったアルと此処に居るハリティだけでその真実は知られていない。彼等は意志持つ神器で在って神其の物ではない。ここを逆用するんだ。
 そこでメルキアは侵略しているザフハとその北方のケレース南部の再開発のためにバリハルトの魔導巧殻たるハリティを旗頭にメルキア資本で開発公社(ギルド)を立ち上げる。その実働部隊として神殺しが『冒険者』として雇われる。
 バリハルトが許すか許さないかは微妙だが神殿としては神様に直接神託(うかがい)を立てたくないだろう? 処刑台の階段上らされるようなものだからだ。ただこれが上手くいけばバリハルト神殿に対して『何とかと鋏は使いよう』で説得しやすくなる。特に主神バリハルトが何も言わないならね。神殿にとってメルキア含めた五大国の侵攻地で体裁上では自分たちの敵を扱き使えるという事になる。政治的には元の世界で言う『調伏』になるんだ。思わずカロリーネの頭なでなで、


 「可能かどうかは兎も角、60点60点! たぶんオレの案より良いよ。」

 「むーっ、それでも60点?」


 不満そうに頬を膨らまされた。んーいつもの悲観的な癖が抜けないなぁ? つまりオレが本来の調子に戻りつつあるってことか。ハリティが茶々、


 「あーこの預言者モドキの採点は70点以上が存在しないからな。花嫁さん、それで十分だよ。むしろこいつが80点出した時の方を警戒した方がいい。」


 悪かったな。オレが思いつかない良案出て来たらそれを他に流用するのは当然じゃないか。三人であれこれ話が続く。メルキアの事、ヴァイス先輩やリセル先輩の事、アヴァタール東方域の事、魔導巧殻の事、―――魔導巧殻についてはハリティはそれほど話してくれなかった。おそらく禁忌に属するからなんだろう。ゲームに無い『五体目、そして真なる二体目』である彼(?)にも秘密にしたいことがある筈だ。少しづつ体を動かせる位に痛みと痺れが我慢できるようになってきたころ、


 「来たね。さぁどうするんだい? あのトンデモを。」


 ハリティが顎を杓って前を見る。彼とその先にある茜髪、ゲームでも絶対に会う事は無い二柱を思う。新七魔神戦争では同じ存在の分かたれた二柱が戦ったに過ぎない。でもこれは原型たる人形(オリジナル)発展形たるヒト(ヴァリアント)

 
この世界の主人公、【神殺しセリカ】の登場だ。





◆◇◆◇◆


(BGM  La eterno 戦女神MEMORIAより)





 印象でよく間違わられるのが彼だ。ディジェネールで目覚めた時にはボロボロの上衣とズボン、ありあわせの部分鎧という貧相な出で立ち。絶望の余り魔神ハイシェラに躰を投げ出してしまった時には本来の女神に近い体になった上に飛天魔族ばりの煽情的な衣装。己の意思を取り戻し、白銀公の援助を受けたときには男装の麗人と見紛うくらいの体躯に白銀の中装鎧。未来レスペレントの動乱から姫神の末裔を連れ出す時は美男子に近くなり、服装も女性形態への移行を考えた黒のインナーに濃緑の長衣。それでも変わらないのがオレの緋色とは質の違う輝かんばかりの茜色の髪、そして茫洋としながらも冷たさを感じる碧眼だ。
 彼が何故此処に居るのかも想像できたし、今回の件がどちらかと言えばオレの自爆に近いのも認める。彼の特性も解ってるしこれから彼に仕事の依頼は勿論、頼み事すらしなければならないだろう。ただゲームを知る身としては今回の件を含め過去の、そして未来の話においてきっちりさせておかねばならないことがある。
 彼の右隣にシルフィエッタが、左隣にシャンティが座った。シルフィエッタは娼婦と言うお仕事モードで慣れたものともいえるがシャンティ? ……完全に上の空だ。駄〜目だこりゃ、当分初体験を頭の中で反芻してるだけだろう。オレの両側にはカロリーネとハリティ。どうも彼はハリティの外見に思うところがある様だ。視線がそっち向いてるし、僅かに唇が動くのが見えた。念話で剣の形態をとっている【地の女魔神・ハイシェラ】と話をしているに違いない。


 「さて、神殺しセリカ殿()。貴殿とは一度ならず話をしてみたかったこともあるし、メルキア帝国の現況を踏まえて何かと依頼せねばならないことも多い。ただ一つだけ最初にやらねばならないことがある。極めて重大な事だ。」

 「?」


 向こうも『なんのこっちゃ』な顔してるが神殺しとシルフィエッタを正対させる。


 「足はちゃんと折る。こら、女性のような足の崩し方は男の恥だぞ。」

 「いや……痛いんだが?」

 「西洋人が正座を嫌がるのは解るが今回は我慢する!」

 「??」


 そして手を前につかせる。シルフィエッタも『?』だろうが容赦するつもりはない。そのまま彼の背中に尻乗っけて体重掛けぐぐーっと。

 
土下座



「「い……いったい何を??」」


 二人の戸惑った声が聞こえるけど問答無用に宣告する。そりゃ土下座なんて何を意味するか知らない文化圏だしな。


 「神殺しセリカ“君”、君の特性は解って居るしそれが望まぬ物、そして降臨した【神】の前に只人等供物であるなど十分に解って居る。ただ同じ【男】として言わせてもらうのならば、女性に無理強いして生きる力を貰う以上、謝罪と感謝はすべきだ!」

 
続けて



 「ハイ、『ごめんなさい』と『ありがとう』は?」


 いや本来、不味いのは解るのよ。相手が格上なのは百どころか千も承知だ。だからこそ言っとかないと未来本気で不味いことになりかねない。こいつ喰うか喰われるかの修羅場なら兎も角、定期的な栄養摂取ですら女襲うのよ。少なくとも150年間――彼と精気および魔力循環増殖が可能となる第一使徒(エクリア)が傍に寄り添うまで――娼婦か一時の恋人で代用せねばならない。何でもかんでも神の論理はオレの嫌う所だ。


 「ちょっと待ってください!」


 顔を背け、手を突き出して彼の行動を謝絶しようとするシルフィエッタも掣肘。むしろこの意見はオレの押しつけに過ぎないがゲームをやり込んだ身として神殺し最大の陥穽要因だからこそ言っておかねばならないんだ。


 「シルフィエッタ、エルフ諸国家群(セレ=メイラム)で神殺しが名声を成したのは解って居る。それに遠慮し、その行為を名誉と思うことにオレは侮蔑等しない。だが未来、彼がこれから成すことを考えるのであれば座視して良い性癖じゃない。一時の恋人だとしても時の残酷さが常に彼を苛む以上、唯女性を振り捨てて前へ進めばよいというものでは無いんだ。」


 その無惨な結末が姫神の末裔として彼の第一使徒となったエクリア・テシュオス・フェミリンスの心に蟠ってしまった一方的な依存心――それも奴隷根性に近い――。そして180年後、神の墓場で起こるであろう無慈悲な戦い――あの勅封の斜宮での悲劇を繰り返す彼の子を孕み、女神アストライアの精神を継承した戦神の聖女、ルナ・クリアとの死闘。オレが俯瞰視点で見ている事を割り引いてもやりようはあったはずだ。

 何故神の力、神の権威を戦略レベルで行使しない!? 

別に神の力で敵を殺せとか物を破壊しろなど言ってない! 危険を察知し、危険を回避し、危険を危険としないためにも手段を巡らす。常に危険を正面突貫で突き抜けようとするから世界中がタイトロープヒストリーなんだよ!!
 とうとう腰の力が抜けてしまいオレの方が神殺しの背中から転がり落ちる。僅かの混濁の後、自虐の言葉が出てしまった。


 「はは……演説の途中で昏倒か。その程度なんだな、オレは。」

 「シルフィエッタと言ったな、済まなかった。そして(オレ)を救い出してくれたことに感謝を。『ありがとう』」


 痛みの中でその声が聞こえる。欺瞞でもいい、オレや神殺しの自己満足であってもいい。その想いが後の世で彼を取り巻く女性達の慰めと癒しとなるのであれば。オレは楯だ、零れ落ちていく命、消えていく想いを僅かでも防ぎ止める。そういう意味でなら神殺しもまたオレが救うべき『人間』なんだ。


 「シュヴァルツ! 生きているか!!」

 「シュヴァ……何故! 何故貴方がこんなところに居るのですか!?」


 ギュノア百騎長と桁外れの存在感――エリザスレイン本体――をカロリーネに膝枕してもらってオレはヒラヒラと手を振り応える。どうやらエリザスレインは彼を確認する暇無く木っ端微塵にされたようだな。痺れは取れない、だがオレは死闘がようやく終わったのを感じていた。










―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  ひと時のやすらぎ 創刻のアテリアルより)





 ようやく完成した本体を見入る。暗紫色をしたピンポン程の宝珠、それに薄くリエン石から削り出した環が取り付けられ複雑な構成呪紋が象嵌されている。スゴイな、国宝級の工芸品といっていい。これが【魂葬の宝玉】か。こいつが現ラナイハイム国王(クライス・リル・ラナハイム)を不死者から救う代わりにラナハイム近衛隊長(ラクリール・セイクラス)背後霊(ヒモ)にしてしまうわけだが……まー二個目も作るだろうなあの王姉。
 あくまでこれはついでなんだろう。要請したのはオレだが制作者(フェルアノ)から取り上げたであろう御本人が軍率いてまで届けてくる意味は無い。その当人がベットの上で事実上縛りつけられているオレに放言する。


 「全く、とんでもないことをしてくれたものだな。甥よ。」

 「感謝してもしたりませんよ伯父上、シルフィエッタの御蔭で今があるようなものですしね。」

 「そこだ、儂はリセルを死なせるつもりならお前をあのルーンエルフごと放逐するぞ。」


 『神殺し』と『隷姫』がメルキアにいる。もう言い訳が通用しない大事だ。伯父貴ことオルファン・ザイルード南領元帥としてはこの中興戦争を内乱のみという穏便な形で終息させたかったのだろうがだがその甥が野放図に拡大させ過ぎた(ぶちこわした)
 ただ、オレを放逐しても大勢は変わらないしな。むしろ伯父貴としては祖霊の塔を【手に入れてしまった】オレは既に己のコントロール外の存在になってしまった。対ジルタニアのための切り札、それ以上もうメルキアに関わってほしくないというのが本音だろう。
 だがオレとしてはこの力で己の計画が『見果てぬ夢』から現実的な計画まで底上げできることが解ったんだ。ジルタニア打倒、ヴァイス先輩によるメルキア中興、大陸航路の整備、中原国家連合の結成、そしてアルを救うための【魔躁巧騎計画】、この遺産を用いれば全てがオレの寿命内で完結する。だからせめて中興戦争が終わるまではオレのフリーハンドを伯父貴に認めさせないと、


 「全く同感です。ですがこれはメルキアにとって外交攻勢の絶好の機会。もうオレを放逐した程度ではザフハは納得しないでしょう。さらに五大国を結束させ、神の暴虐に屈しない……いやそれを監視すらできる体制を整える。神殺しと言うカードは現神に対する切り札になります。逆に現神が祝福する人類国家連合は神殺しに対する切り札にもなりえます。」

 「ディナスティで嘯いたお前の最終的な『見果てぬ夢』、人間族は愚かこのディル=リフィーナに住まう全てのヒト、その神よりの独立か。そのための三すくみの構築、それが狙いか?」


 伯父貴も平気でオレの戦後第一段階を読める。実際は『神殺し』の代わりに『黎明の焔』を使う予定だったからな。当然神殺しの方が価値は高い。反陽子対消滅炉と核廃棄物位価値が違う。――――つまり伯父貴からすればどちらも人間族の手に余る禁忌ってことだ。


 「信仰を捧げ、力を貰い受ける。これは当然の契約であり恩寵であり対価です。しかし神が己の信仰を強制する為に宗教組織を利用するのは見過ごせません。信仰の自由はあれども布教の自由は国家によって制限されるべきです。」


 うん、これは前衛的すぎるな。このレベルの割と元の世界の先進国じゃ当たり前な事すら異端の考えなのよ。訂正して話を戻す。


 「失礼、それ以上にオレが望むのは現況をもってしても復活したジルタニアに抗えるのが不安に思ってきたことがあるのです。介入してきた飛天魔族、量産段階にあったファラ=カーラ、竜族地上代行者エア・シアルへの魔導兵器化の試み。オレは今までジルタニアとこの内乱、それを見くびっていたかもしれません。」


 中央管制室とは別の棟、中央病院の病室、そこで包帯ぐるぐる巻きでベッドに寝っ転がっているオレの目の前で伯父貴が座椅子に腰掛ける。おや?


 「ほう?」 


 伯父貴思わず感嘆、腰掛けた位置をずらしてみたり背もたれに寄りかかってみたり、少し間を置くため話を脱線させる。


 「良いでしょう? イアス=ステリナは人間族こそが主人公でした。人間が心地よく過ごせるようにする人間工学も盛んだったのですよ。」


 まぁこの病室の位置からして富裕層向けの特別病棟みたいだしな。話を戻そう。


 「オレが『五体目の魔導巧殻』発見に留めたのもそれが理由です。ジルタニアは間違いなくアルが勝手に暴走したときにそれを潰せる『安全装置』(ハリティ)の事を知っていた。本来ならオレはその事実に気付かず、ハリティを切り札として隠匿したでしょう。」

 「お前がそれを公表したことでジルタニアの反応を見るだけではなくいかなるカードを切るかで奴の手の届く範囲を見極めるという事か? それだけではないな。禁忌の中核、この場所をあの魔導巧殻の支援の下に統御したのだろう。お前の知っている全てが果たしてジルタニアの知る全てなのか? そしてその後、本当の切り札を使うのは何方なのか?? ……ヴァイスやリセルからまた言われるぞ……」


 ニヤリと笑って戒められた。


 「悪辣と。」


 そりゃ軍拡競争というものはそうやって進めるものだ。相手を恐怖して模倣を繰り返すのでは財政破綻待ったなし。相手の次なる軍備を予測し、最小の予算でそれを引っ繰り返すシステムを先に構築する。
 奴はおそらく転生者ではない。だが皇帝家と言う遺産を独り占めにしそれは先史文明技術の階へ手をかけている。ならば真の先史文明技術を手に入れたオレをどう扱うか?
 ノイアスならオレがここを出たとたんに襲い掛かってくるだろう。あの飛天魔族ならオレを孤立させ甘言を弄し取り込みに掛かる。ではジルタニアならば? 恐ろしい想像が頭をよぎる。奴ならやりかねん。


 「また機嫌が良くなったな? これだからお前はタチが悪いのだ。メルキア臣民は愚か、世界中を倒れるまで走らせるつもりか??

 「そうでもしなければジルタニアか現神かの二択になってしまいますから。最悪オレが罪を被りますよ。」

 「儂の気も知らずぬけぬけと言う奴め。」


 つまり伯父貴としてはオレが祖霊の塔という先史文明技術を個人的に使う分にはオレの責任に限りメルキア帝国は黙認する……と言う判断を下したという事か。つまりいつでも中興戦争の責任をオレにおっかぶせると言ってきた。伯父貴としてはオレの政治的な生殺与奪を握るという脅しでくれぐれも軽挙妄動はするなと釘を刺してきたということだな。とりあえず当座の問題だけでも片付けよう。今神殺しがメルキア帝国(・・・・・・)に従うのは不味い。


 「さしあたって神殺しを使うのは南領という体裁にしませんか? 東領はオレという張本人がいるから論外、西領は絶対にダメです、レウィニアに近すぎる。北領だと総軍司令閣下(マスター・キサラ)が何をやるか解りませんしね。」


 「南領に対しガルムス元帥が決闘が為だけに宣戦布告してきかねんな。」

 「あ゛――――。」


 思わず頭を抱える。閣下、武技によって神格者への道を歩んでいるからな。神に頼らぬ世界の神格者という代物だ。これは連綿と続くあの制作会社の各ゲームでもただ一人しか、しかも端役としてしか登場しない。それくらい世界観から逸脱しているのよ。本来そこに至るのは不可能、このゲームですらガルムス元帥は『そこに至るのは不可能だろうて』、人一倍それに打ち込みながらヴァイス先輩にそう達観してみせた。しかしメルキアに疑似的にそこに至っている神殺しが来ている。そりゃ挑戦したくもなるわ。助けを求めるように、


 「どうしましょう?」  このままだとジルタニアの前にメルキア崩壊になりかねん。

 「たべりゅ?」


 オレの視界一杯に苺が現れる。こっちの苺はベリーじゃないだろ!? 位でかいのよ。夏みかん大の苺を想像してみて欲しい。ありえんから。品種によってはブドウだってそうだ。一房どころか一粒ソフトボール大なんてどうやって収穫してるのか頭抱えたから!――そりゃ神殺しの付き人古妖精共(パズモやミルモ)がああなるわけだ。


 「ありがとな。」  「おじちゃんもたべりゅ?」 「頂こう。」


 差し出してきたのはテレジット、リプディール戦にて一時的にヴァレフォルになったが、戦闘が終わると元の食っちゃ寝サイズに戻ってしまった。本人も泡食ったが受難はそれから、なんと記憶や知識、判断力までどんどん抜け落ちて元の『獣人・食っちゃ寝』に戻ってしまった。
 まだ早かったと言う事なんだろう。火事場の馬鹿力に過ぎなかったんだ。御蔭で今神殺しと合わせても『好い匂い』位しかわからない筈。念には念を入れてなるたけ遠ざけておくつもりだけどね。


 「せりか様とけんかするの?」


 もう会ったんかい! いろいろ台無しだ。


 「違うな、力比べをしたい人がいるんだよ。どっちが一番かで威張りたい、男ってバカだろう?」


 微妙にオレ達の本質を揶揄してオレは憮然、当人たる伯父貴はテレジットを頭なでなで、撫でられる方はニコニコする。『皆のところいってくるねー』と手を振って部屋を出て行った。既にお見舞いの苺は半分位無くなってるな。あのままだと果たして何人が口に入れられるやら? 勿論急速減少させている犯人は運んでお見舞いしてる当人だ。
 妥協案を出す。これくらいは伯父貴の承知済みの筈、だがこのままだとメルキアが即時内乱になりかねない。せめて対アンナローツェ戦争が片付くまで待ってもらいたいんだが、


 「神殺しは先ず東領へ連れ帰りガルムス閣下と『力比べ』してもらう。そのうえでディナスティに送り出しレウィニアへ難癖をつける。些か無理がありますが伯父上の狙いにも使えるでしょう?」


 メリットは計り知れない。東領の甥が魔導巧殻と神殺しを見つけた。そこに耳目を集中させ、ヴァイス先輩を軍事以外身動きとれなくする。その上何らかの交換条件をもって神殺しを引き取り、今回彼を差し向けたレウィニア政府の真意と水の巫女の神意を問いただす。西領は間違いなくレウィニアにつく。伯父貴の狙いであるメルキアを割るには起爆点となりうる。
 ただ対外的な不利は隠せない。南領はエディカーヌ帝国以外の三か国を敵に回す。たとえ交渉で勝てても伯父貴ですら譲歩を迫られるだろう。それを突っぱねて対西領開戦への布石にするつもりか? 伯父貴は恍けてオレの皮肉交じりの妥協案を聞くと、


 「不利かどうか解らぬぞ? エディカーヌのヴァスタール大神殿に青の月女神リューシオンの大神殿が加わればどうなる?」


 ぐげ! 伯父貴神殿勢力を引き込む気かよ!? まずいまずいまずい……本気でメルキアに神が介入してきかねん事態になる。慌てた顔をするオレを見て伯父貴は片目をつぶって見せた。


 「竜一匹退治するのにリプディール山渓、リューシオンの本殿を崩壊させたそうだな? つまりエイフェリア元帥はそれを狙ってやっていた事になる。本殿を守るべき魔導巧殻(リューン)も、レウィニア第二軍もいたそうではないか?? つまりはヴァイスもシュヴァルツも謀られた……という事だ。」


 な……なんて場所から突っ込んでくるんだ伯父貴! これじゃエイダ様初めレウィニア神権国が現神の追及を受けることになってしまう。故意の神殿破壊、言い訳のしようもない。伯父貴としてはエイダ様に選択を突きつけれる訳か。『神の介入を認めるか』それとも『南領と戦争か』。
 もうヤダこの政治家共! ジルタニアにせよエイダ様にせよ伯父貴にせよオレ達の歩くレールをせっせと敷設して突っ走らせようとする。何が『世界中を倒れるまで走らせるつもりか?』だ! 諸手を挙げて全面降伏。


 「解りました解りました! 元帥閣下の指示に従います。ですが戦争するには最低半年待って下さい。歪竜最終形態【ペルソアティス】も完成していないんでしょう? せめて双方が最新兵器だけそろえて限定総力戦に収めてください。焦土になったメルキアをヴァイス先輩が継ぐなど目も当てられない国家規模破綻(バッドエンド)なんですから。」

 「それを防ぐのがお前の役目だ。確かにお前の想定を状況は斜めに走っている。だが政や戦がそうなるのはいつもの事だ。己の死までよりマシな手を打ち続けろ。それが比翼の宿命、不始末ぐらい儂が持ってやる。」


 そう言って席を立ち伯父貴も退室した――――少し経ってオレは思いついたように自分の頭をフル回転させ雑紙を次々と使い捨てにする。様々な要因からメルキアを先輩達を皆を救うべき手を探す。可能性ではなく確実な手段、その時にふと思った。

 
救う?


 下らん! オレは救世主でも預言者でもない。彼らの心を救う事なんてできはしない。人それぞれなのだから。だが命と想い、それがあれば皆前に進んでいける。それだけの絆を持っていることをオレは【知っている】。だから彼等を支えその力を得るためにオレはあえて神の禁忌たる。

 
先史文明技術に踏み込む


 外を見ると軌道間宇宙港の隅、円錐を断ち割ったような建造物が見える。データーベースからその名前は解った。恒星間移民船団中枢艦【アルビオン】。人類の魂を量子化し、太陽系外へ送り出す【科学の箱舟】。完成しながらディル=リフィーナの創生に巻き込まれた『よりマシな手段』の墓標。
 何故、魔導戦艦に戦慄・ドレッドノート、恐怖・フォーミタブル、傑出・イラストリアスといったかつての世界の形容詞ばかりが存在するのか、メルキア古語にそれが使われていたのか?
 簡単な事だった。そしてなんという皮肉。海洋支配と近代戦艦を作り出した島国が大陸の一地方に取り込まれ、そこに興った国が今度は魔導戦艦を作り陸運帝国を目指す。

 ――此処は彼の海洋帝国の夢の跡だったのだ。――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  重なるてのひら、重なるこころ 戦女神ZEROより)



 「じじ――っ、じじじ―――――っ。」

 「?」

 「じじ――っ、じじじ―――――っ!」

 「アル閣下……謎な声はいいから出てきてください。」

 この二柱、合わせるか悩んだのよ。方やメルキア中興戦争における【真なるヒロイン】――実はヴァイス先輩の嫁としてオレイチ推しのリセル先輩は史実ルートだとサブヒロインに過ぎないんだ――方やこの世界における【主人公】。この邂逅が何らかの意味になればと思って今センタクスの民間軍事斡旋所、ゲームで言えば【ペルモンの斡旋所】にいるわけだが……
 主人たるご当人は場所だけ貸して逃げた。まー逃げるよな。世界に冠たるこの世に在ってはならないモノとメルキア最凶の機密兵器どころか対神決戦兵器というこの世にあり得ないモノ。オレの護衛役のオビライナも居心地悪そう。そりゃ魔法剣士としてなら双方彼女にとって雲上人(騎)だからな。

 
『神殺しセリカ』と『魔導巧殻・アル』


 合わせた途端これなのよ。アル閣下好奇心丸出しで近づくと思いきやオレの陰に隠れて滅茶警戒中。謎の鳴き声からそれが解る。アピールしたいときは徐々に『じ』が長い発音をし、質問したいときは必ず五字節になる。こういった警戒丸出しの時だけ二字節と三字節を繰り返すんだ。
うんゲームで無いだけに不思議ちゃんの面目躍如だわ。
 ……はさておいて何故にそう警戒するのか解らない。事実初めに神殺しの事は話したし顔合わせだけで御物については一切話に乗せないことにしてるからな。双方が禁忌、しかもその今が極めて似ているんだ。変な意味で爆発されても困る。


 「……驚いたな。メルキアは人造の古妖精(メネシス)を創り出したのか?」

 「そういう感覚で見てもらえると有り難い。セリカ殿。」


 驚いたな。かつての女神・アストライアの御付きとして、神殺しとなってからは彼の御付きとして彼を見守り続けた古妖精パズモ・メネシスの事覚えているのか。確かに背格好は同じくらいだし喋る喋らない差はあれどもどちらも感情豊かだ。続いて彼が呟く。


 「ハイシェラ、それは無しだ。(オレ)も見たいと言ったから来たまで。」


 あぁ、やはり短剣の形取ってるハイシェラ閣下にはアルの正体モロバレか。どれ程彼女が危険な存在かすぐ解ったんだろう。それを制御する存在が国家と言う彼等から見れば不確かなものであることを含めてね。


 「オビライナ、この男に近づいてはいけません!」


 いきなり飛び出すアル閣下の謎暴言、さらにちっこい指でセリカさして糾弾。


 「女の敵です!!」


 面喰らう彼とテーブルに額叩き付けるオレ。アル閣下貴女何やってんですか!!


 「あの? アル閣下、どういう事でしょうか??」


 毒舌家のオビライナも困惑しちゃってるし。大威張りでアル閣下来るときに持ってきた小説抱えてきた――本人小さいから持つじゃなく抱えるになっちまう。可愛いからいいけど。


 「これがしょうこです。このほんからするならば……」


 得意気に自論解説なアル閣下、というかかっかー!? 何故に略奪愛モノなんてシャンル持ってきたんですか。閣下が恋愛小説好きなのは解りますがそんなの参考にならんじゃないですか! 興味深げに聞いているセリカが御機嫌斜めになる前に黙らせる。いくら警戒心全開とはいえ人に堂々と言う物じゃないし。

 「いや、シュヴァルツ。そこではない。それに合わせて彼女がな……」

 軽く腰の短剣を突いて憮然とする。ハイシェラ閣下、今のアル閣下の糾弾に念話で茶々入れてたな。何しろ神殺しセリカの女性遍歴全て覚えているからね。相当に揶揄いがいのあるネタだったんだろう。


 「そして少し安心したそうだ。彼女が『女』として(オレ)を見たことに。」

 「じぃ〜っ?」

 「……有難うございます。」


 警戒から小首傾げて『?』マークとこれまた隣で何がどうなっているのか解らないようなオビライナ。礼を言ったオレ。一応説明しとくか。アル閣下を摘まんでテーブルに移動させてやり……おや? ペーパーナイフ呼び出してオビライナの方に線と字を書き始めたな。なになに? 『おんなのてきしんにゅうきんし!』ずっこけながらも晦冥の雫を暈して……


 「そこの短剣の形態とっている魔神・ハイシェラ殿からすればアル閣下はこの世における危険要因です。事実上の禁忌ですからね。ただその精神が兵器のような無味乾燥したものでは無く、知的生命体として己を律ししているのであればそれは兵器ではなく神殺しのような逸脱者でしかない。その意思を尊重しようという事です。」


 「それほど魔導巧殻とは危険なモノなのですか? いったいメルキアは何を??」

 「皇帝ジルタニアとしては使える駒は何でも使う。己が神となる為ならばね。それでメルキアを救えると勘違いしているんだ。」

 「何という事を……この件、巫女様に報告させていただきますが宜しいですよね?」

 「とっくにエイダ様から話が回っているさ。それを阻止するためにオレ達がいるんだ。」


 疑わし気なオビライナ。この世界の秩序としてならばオレの方が危険人物と言えるから。ジルタニアは神々の秩序を覆すつもりなんだろうがオレのやっていることは世界をか変革する(くつがえす)ことだからだ。おそらく水の巫女が短兵急に事を運ばないのはそこから生み出せる利益を十分に絞ってからだろう。現状メルキアの総力よりそこのアル閣下言『女の敵』の方が桁違いに強い。水の巫女の神意と神殺しの神力、揃いさえすれば何時でもオレを排除できる。だからオレはセリカのヒト、そして男の部分に訴えて抑止力にするんだ。


 「さてセリカ殿、本題はこれからだ。……別に水の巫女の祖霊の塔における依頼内容を教えろという訳ではない。」


 警戒した彼に肩を竦める。フェイクで逆にそれに興味がないことをアピールし。それ以上に利害を押し出す。


 「なんとなくは想像はつくからな。それ以上に『依頼』がしたいんだ。勿論水の巫女の依頼と被るようなら拒否してくれていい……と言うより拒否してくれ。」

 「シュヴァルツはさくしです! きょひした所からかみさまのいらいをさぐるのですね?」


 こらこら、フェイクが意味なくなっちゃったでしょアル閣下? 場面最初から壊さないでくださいよ。


「依頼内容は既に終わっている。そこのレウィニアの騎士を同席させているのはそのためか??」


鋭い! セリカがレウィニアでは神殿派に属している事はアル閣下を除いて周知している。オビライナは貴族派の領袖ローレン家の嫡子。レウィニアや貴族派に不利なことをオレ達が喋ればすぐレウィニアで政治抗争になる。そこまで知ったうえで証人として同席させてオレは『シュヴァルツバルドはレウィニアの政治バランスに介入するつもりはない』とアピールしているわけだ。――たとえ今のオビライナがオレの奴隷騎士であったという事実があるにしても。


 「証人程度だな。それでもことを始めれば彼女は開放するし五大国の雄には中興戦争が終わるまでメルキアへは傍観して頂ければと思ってる。そこまでして依頼しなければならないのは……」


 声に力を込める。先ずはジルタニアと戦える戦術兵器だ。


 「聖石をあるだけ譲ってほしい。そしてオレが言う二人を鍛えて欲しい事、最後は冥府の門で探し物をしてほしい。」

 「要領を得ないとこいつが言っている。」


 彼が短剣を指す……こりゃ魔導通信機とディナスティの店で見た投影盤組み合わせた『会話機』用意した方がよさそうだ。リセル先輩に前に話したけど出来てるかな? 理由を説明、


 「先ず聖石は『莫迦にしか使えない聖剣』に必要なんだ。これはジルタニア皇帝への切り札になる。そしてオレが言う鍛える二人はヴァイスハイト元帥と共にジルタニアの前に立てる存在だ。最後の依頼は今は話せない。これこそがオレの本命だからだ……この3つが揃って初めてオレが知っている『史実を覆す帝都攻防戦』(バトル・オブ・インヴィティア)は成り立つ。そう判断した。」


 微かだが顎を杓ってきた。暈すなと。観念して名前を告げる。


 北領不敗(マスターキサラ)と飛燕の後継(シバレース)だ。」


 彼が目を細める。交渉は続き、諾の返事を聞いてもオレはその真意を測りかねていた。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――


(BGM  理想郷を希求せし紅き暴君 珊海王の円環より)





 ぽいぽいと服を脱ぎ散らかし籠に放り込んでいく。その隣でこれまた魔導巧殻が同様の事を始める。おや? ちっこくても流石男の子、ちゃんとついてるものはついている。ということは四姉妹にもあるべきものはあってデキるデキ無いは兎も角、ヤルことは可能なのかな? ……不躾な考えはさておいて、


 「じゃ、原理的には転移の城門は可能なんだな?」

 「問題は神殿の方だね。どうやっても知れる。違法行為の科でラギール御大が君の前に現れてもおかしくない。ラナハイムでも使うかい?」


 この忙しい時にミリアーナがセンタクス裏道でヴァイス先輩とフェルアノが()り合ったと伝えてくれたんだ。ゲームイベントがついに来た、これで内部擾乱を心配せずラナハイムを滅亡へ追い込める。ただ、いくらラナハイムの王姉フェルアノをヴァイス先輩が堕としたといってもこの時点では戦争はできない。
 先輩だって誇り高いラナハイムの民を従わせるには一度リングに這わせない限り無理だと考えて居る筈。リセル先輩が中心になってラナハイムの援助の傍らその勢力と影響力を削ぎ落しにかかってる。先ずはリスルナとの離間の計てとこだ。


 「無理だな。王姉フェルアノは兎も角、この段階では国主、クライス・リル・ラナハイムは諦めていない。ここでラナハイムにさらなる資本を提供してやるわけにはいかない。」

 「ヴァイスハイトが【憑魂の秘儀】と引き換えに経済援助を行っているからか。経済援助を軍事再建に転嫁している以上、ラナハイム王国に二枚目を与えるつもりはない。じゃどうするんだい?」


 本来オレの役分はこっちだったんだ。ただ『魔導巧殻5体目の発見』によって修正せざるを得なかった。オレの新たなる任務は国際会議への根回しと神殿勢力への牽制及び交渉へと代わった。え? 中世世界で国際会議?? ちゃんとできるよ。こちとらセーナル神殿直轄の転移の城門がある。西方と中原に限るならば採算度外視で全国家の首脳を集めることもできるんだ。軍事はダメでもその上たる外交は行える。オレの意志を押し通す為にも()を巻き込みたいんだ。


 「神殿の転送ネットワークをこちらで恣意的に動かすというのはどうだ?」

 「それを言うかい? 神殿との全面戦争以前に大陸公路がストップするよ。」

 何故こんな物騒な話をディナスティのセーナル租借地で世間話してるのかと言うと一種のブラフ。戯言と前置きしてハリティとオレが着替えながら喋くっているんだ。お隣で真っ青になってるセーナルの女性神官さん御愁傷様、話し始めた時点で『戯言』と言い切っているからどんなに物騒なことを言っても個人の不満ぶちまけでしかない。神官が笑って聞き流す程度の妄想だ。
 ただ此処に妄想を現実化しかねないバカコンビがいるとなれば話は違う。既に現神にはオレが『先史文明技術遺跡、それも先端軍事施設を手に入れた』その情報が駆け巡っているのだろう。オレを掣肘するどころか抹殺しかねん神が出てくる。その前にオレと言う存在をパワーゲームのテーブルに乗せるんだ。


 「とりあえずオレの大陸航路、この概念を伝えセーナル神殿を巻き込む。いきなりは無理でもメリットとデメリットを話し、投資させるんだ。先史文明工廠で自動生産される『魔導戦艦50隻分』を使った新交易路の開拓。10年と言う時間を掛ければ今のセーナルの経済版図は倍増するとね。そうなれば組織は肥大する。否応なく分裂相互競争へ舵を切るさ。セーナル神は己の権能を拡大し、ラギールの店の支配人たるラギール御大は目出度く神に成り上がれるという事だ。」

 「開拓と言う言葉でルツの狙いが読めたぜ。次は、いや同時にバリハルト神殿を陥とす。信じられないほど多数の開拓地が出来るからな。先ずはカロリーネの言う通り神殺しを取り込むために付属組織たるザフハ再開拓公社をでっちあげて一挙両得か? ははぁ! ザフハ首府・ハレンラーマのアーライナ大神殿も巻き込む気だな??」

 「当然、それくらいはないといくらセーナル神殿でも魔導戦艦大増産の資材を確保できないからな。元大地母神たるアーライナに協力して頂ければ対抗心で光の現神も参入してくる。むしろセーナル神殿にはどんどん話を大きくしてもらいたいもんだ。現神達が皆で相乗りしないとハブられた神様が大損する規模でね。」


 着替え終わるとそのまま転移の城門へ、行先は東領首府・センタクス。向こうには列強各国の大使たちそして神殿の司教レベルの方々がお待ちかねらしい。特にバリハルト神殿、総本山《スペリア》より枢機卿や神殿騎士団が来ている。間違いなくハリティを見定め、連れ帰る気満々だろう。事実を知った途端悲鳴を上げて撤収するだろうけど。――神殿としてはバリハルトとアルタヌーの大喧嘩でマクルと同じようにスペリアが崩壊するなど悪夢でしかないからだ。


 「君をプレゼンター、君の主君(ヴァイスハイト)がネゴシエイター、世界中の神も神殿勢力も投資家と見立てて世界を回す。キミの計画へのステップ。」

 「今回は自己保身だけどな。このままだとオレが神に祀り上げられてしまうし、メルキア対現神の対立軸が無意味に激化するだけだ。それでオレが殺されては世話はない。なら相互利益を教えて共存のポーズはとるさ。オレが得られるのは金、現神達にはアンナローツェの傭兵団長の如く金の亡者と言わせておけばいい。事実【魔装巧騎基本素体】建造方法を考えた時、オレは立ちくらみを覚えたぞ。」


 双方が周りを見渡す。魔力ではない何かの結界。おそらく神力結界だ。セーナル神が介入を始めている。それに安心しハリティが真実を詐称して見せる。


 「君の言うのも解るよ。確かに可能。でも最低四体分、たかが人形に正気の沙汰じゃないや。破壊によって遊離する制御者の魂魄を憑魂の秘儀を用いて捕獲、魔力を用いて制御者が冥界の門に吸い込まれるのを阻止する。そのための膨大な魔力を常時生み出す【魔焔反応炉】、制御者の魂魄を固定する器たる【魂葬の宝玉】、そこから制御者が人形を操作できるようになる【歪竜の制御盤】、そして魔力を位相変換する【対応する御物】、これらを組み込んだ魔装巧騎の駆動核、銘は【魂装魔鏡】。」


 この時点で『神を創り出す』という禁忌に触れてしまうが実はこの類は『人の禁忌』なんだ。現神の神罰の対象にはならず神殿勢力としては粗を探すことしか出来ない。メルキアが『魔物配合の一形態』と強弁するだけで議論が終わってしまう類だ。それに壮大なる国費の無駄遣いの上、やってることは不老不死の研究程度――実際その程度にしか不老不死だってこの世界では思われていない――だから目こぼしされる。問題はこれ以降の難事だ。ぼやく、


 「そこまでは予算内でできる。そこからだ、肉体を構成する張型、全て神界由来の木材を必要とする。さらに可動部に使う神繰糸、組織の疑似代謝を表現する高純度極小魔法結晶、人形の外見だけ整える資材費用だけでも空恐ろしい。さらに魔導巧殻と同じ神格級認識幻術を被せ、損傷や劣化に備えて魔物配合より生み出す超高位再生組織を充填する。天文学的な額になる。そこまでやってやっと彼女達はヒトとして生きることが出来るんだ。」


 転位の城門は既に開いていた。オレの狙いはあらかじめディナスティにすっ飛んできたバミアンに話してある。しかしどういう情報網持っているんだ彼? リガナール大戦の時も儲け話があるだけでいきなりイグナートに接触してきた。ゲーム故にしても出来過ぎている。彼がラギールの店の事実上のナンバーツー、そして彼がラギール商会に対するセーナル神の諜報員であったとしてもだ。
 向こうも商売に対して先手を取る気はある筈、ただ双方にとって最悪の展開にはしないだろう。セーナル神は只でさえ現神から疎まれている。商談の前に密約を結ぼうと違う場所に転移させるという愚挙は侵さない筈だ。他の現神を怒らせても利益は出ないしね。だからわざわざ転送ネットワークをこちらで恣意的にとか吼ざいたのよ。『くれぐれもやってくれるな。』というこちらからの牽制、そしてわざわざオレの計画をがなりたてているのも金! 金!! 兎に角金クレ!!! という印象を相手に植え付けるためだ。もう少しアピールを続けるか? 続行の合図をハリティに送る。


 「戦闘対応なんて考えたくもないね。」

 「それ以前さ、巨大な魔焔反応炉をどう小型化する? 今のままじゃ部屋の中でしか動けないガルガンドールモドキでしかないんだ。本気でタイムスリップしてルトリーチェに泣きつきたいよ。」

 「プラダ家のガキんちょの事かい? ルツの記憶だと妙な魔導人形作るそうじゃないか??」

 「彼女が未来作る外燃型魔焔機関【魔制珠】(イレーザーエンジン)でギリギリってとこだ。あれだって先史文明技術の中枢部(オスティナード)を稼働できる下限界に近いらしい。個体戦闘力止まりで今のような魔導巧殻の運用は不可能になる。」


 これをセーナル神が現神共に広めてくれると良い。オレのやってることは現神のパワーバランスを崩すのではなく、ただの自己満足。むしろディル=リフィーナの不安定要因を摘み取るチャンスと誤解させる。そして魔導巧殻・アルという制御者に罪は無い。目的はアルタヌーをハブり、現神の既得権益(はこぶね)であるラウルヴァーシュ大陸を守る行動と認識させる。ハリティの確認と共にオレが最初に考え出した目標、試案に過ぎなかった魔装巧騎計画の目的を語る。


 「それでもやるのかい?」

 「遥か遠い未来、歴史に消えていったメルキア帝国、その遺産とも呼べる魔導技巧の結晶として計画したんだ。“祇園精舎の鐘の音、諸行無常の響き在り……”たとえメルキアが滅んでも名は残す。その証拠が『歴史の語り部』(びわほうし)たる彼女達なのさ。それがオレが願う彼女達の救済、それに対する義務にして対価。」

 「勝手だよ。」


 ハリティが呆れたように首を振る。オレだって彼女達の意思を捻じ曲げる傲慢なのは解ってる。でも、


 末妹(アル)が滅び、諦観で残された姉達が再び封印される。その結末(エンディング)が余りにも悲しかった。だからオレは『絶対に理想化された未来は存在する。』そう決めているんだ。」

 「故に【預言者】と言うモノを嫌い、【時間犯罪者】を自ら任じるのか。シュヴァルツバルト・ザイルード?」

 「その時間犯罪者一代で目処が立つかもしれない。なら手段を選ばない。そういうことさ。」


 転位の城門で跳びセンタクス城地下の特別租借地に入った途端。予想通りお迎えが居た。鍔の広いとんがり帽子で目を隠し、魔術師的な風貌でにこやかな笑みを崩さない闇商人バミアン。その隣に頭にターバンを巻き褐色の肌に翠眼、細面ながら商人と言うより求道者としての雰囲気を持つ漢がいる。あのイグナートですら対等に話すほどの世界規模の闇商人連合・ラギール商会の頭取にしてセーナル神の油断ならぬ代理人。


 「お久しぶりでございますシュヴァルツ様、随分と大きな商売を始める様で。」


 会ったばかりなのにいけしゃあしゃあと、これでなければ商人、営業マンは務まらない。


 「ええ、全世界を巻き込む代物です。ですが私の取り分は四人の救済のみ。随分と謙虚でしょう?」


 先制攻撃をかましてきたバミアンをいなすと向こうも反応しようとしたがそれは隣の漢の僅かな目の動きで遮られた。敵意はない、しかしなんて眼光だ。呑まれかねん。こいつが神と対等たる神の裏側を担う使徒(エージェント)。ラギール・バリアットこと、

 神格者・ラギールか!


 「その謙虚がどれ程世界を変えるか、覚悟はできているか? 【宰相と公爵の懐刀】。」


 その言葉に込められた圧殺にも等しい意思の暴風の中、オレは腰を踏ん張り脚を地面に縫い付ける。そして言葉を紡ぐ、此処は神界にも等しい場所と化した。嘘や言い訳が通用しない、だから思いの丈をぶつける。


 「オレはこの物語を認めない! アルが滅び、残された者たちの悲痛の上に成り立つメルキア帝国など認めない!! だから『理想化された未来』を創り出す。その為なら世界を歪め、神を謀る。それに躊躇しない!!!」


 ここから変えてやる! メルキア中興戦争《しじつルート》を!!



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