――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 訪れた辺境の大地で 戦女神MEMORIAより)
バ・ロン要塞
荒涼地帯である西アンナローツェと穀倉地帯である東アンナローツェの境界線に位置する要地であると同時に、【首府・フォートガード神聖宮】の西城門とも言える要衝でもある。ゲームじゃ街道は一本線で決められ進撃ルートも限定されたものだったが、ここはそのゲームすら凌ぐアヴァタール最大級の戦略的要地の一つでもあった。
まずこの土地はフォートガード神聖宮だけでなく【旧王都・トトサーヌ】の北城門ともいえる位置にある。歴史的に見てバ・ロン要塞はフォートガード神聖宮より建設が先だったのはこれが理由だ。更にこの北がザフハに陥とされたガウ長城要塞。ここへの直通街道こそないが長城要塞の西、イウス街道や東の交易都市アニヴァへと直接コミットできる大規模街道が存在している。
改めて作ったからだって? 違う違う! もともと
大陸公路はイウス街道-バ・ロン要塞-フォートガード神聖宮-交易都市アニヴァというルートを通っていたのよ。それを100年ほど前のアンナローツェ国王が国境を北へ押し上げ国家を拡大した。まだメルキアが帝政化で絶賛混乱中だった時代だ。実は
アンナローツェはアヴァタールの大国としての歴史ならメルキアより古株なんだよ。アヴァタールの雄レウィニアの最大同盟国はノスクバンラを抑えるアンナローツェ。そういった時代があった。
それが帝政化を完成させたメルキアの手で徐々に覆る。皇帝家による
東方進出政策、筆頭公爵プラダ家の魔導技巧の推進。なにより国民が【貪欲なる巨竜】を目指した。
人跡未踏の地を領土化するメルキアを初めアンナローツェは鼻で笑っていたという。かつての世界での領土の囲い込みは対象となる脅威がいなくて初めてできる施策だ。ここディル=リフィーナでは人間族が直面する脅威等ごまんとある。見境ない拡大は国家の自滅、まだこの世界の辺境域危険度は古代ローマすら凌いでいる。
それが帝国南領、北領の創設に加え己の勢力圏と考えてきたチルス連峰西部――天気の良い日にはそこから見えかねない後の帝国東領レイムレス要塞を含むセンタクス盆地――にまで及んできた時、流石にアンナローツェ首脳陣も慌てた。そのころからアンナローツェとザフハ各部族との抗争は激化している。
ザフハの背後にアンナローツェ弱体化を狙うメルキアの影があると邪推したのではないだろうか?
これが邪推に過ぎなかったのは後の歴史……レウィニアに捨てられると感じアンナローツェのユン=ガソル援助とそれを反故にされたユン=ガソルとザフハの同盟、改めてレウィニア主導で進められた三国の協商関係から見れば明らかだろう。アンナローツェ国政の傾きは腐敗や情実と言った個々の問題だけではなく国政其の物の迷走が創り出したと言っても良いんだ。つまりは
国と言う統治システムの老化が主原因な訳。
「あうあうあうあ〜〜〜〜。」
仕方がない、国家論義終了。シャンティが泡吹きながら目を回してる。カロリーネと違いこの脳筋ミーハー娘には無理だったか。ま、飛燕剣が最低ランク技とはいえ到達してる。これだけで恐ろしい成長だ。そもそも神殺しの剣技【飛燕剣】が常人に習得できる訳が無い。
「準備はできましたわ。でもコレ、大丈夫なんでしょうか?」
何なら私が出ますけど? な隣で彼女を覗き込んでるキルヒライア北領筆頭百騎長閣下――確かにオレは千騎長だし敬称は逆なんだが彼女一度メルキアで千騎長まで出世しているんだよな。で軍籍勇退して神格の道を歩むルーンエルフになろうとしたが上手く折り合えず。出戻ってきたという曰くつきの人物だ。40年前のアークパリスの教化騒動。彼女が出張ればルリエンと言うイレギュラーでもっと穏便な手もメルキアは使えただろう。逆に居なかったが為に今のメルキアがあるともいえる。そんなこんなでメルキアの千騎長の大半は彼女を『先輩』と立てるんだ。
「キルヒライア先輩に頼むわけにはいきません。相手はあのマーズテリアの聖戦士です。勝ち負けはこの際誤差でしかないんですがマーズテリアの介入は絶対に避けなければなりません。」
今回はあくまで私闘に国家がチップを掛ける騎士の誇り『決闘』の体裁にしなけりゃならんのよ。だからメルキアの名はあくまでスポンサーに留める。ラウルヴァーシュ大陸最大の武力集団と全面戦争なんて誰がやるか!
「過保護な親を同伴させず依怙地な彼女を
逢瀬に連れ出す。ならば仲の良くなった妹に挑発させて……という訳ですね。」
「勘弁してください。あの石頭を口説くのは彼だけで沢山です。」
「あらあら。」
こーゆー人なのよ。クールなお姉さんキャラだと思いきや恋愛脳な方だとは思わなかった。あ……そのキルヒライア閣下、今勘違いしたな? オレの言った彼をヴァイス先輩と踏んだみたいだ。残念ながらそれはない。オレが思った相手はあの魔人帝だ。
「でも有り難い話です。先輩がいる御蔭で向こうは勝負に乗ってきたともいえるんですからね。要塞に籠城されたら不味いことになっていたでしょう。」
彼女は出戻ったとはいえルリエンの使徒としての箔だけは持ってる。この勝負はルリエンことエルフの神座【緑の杜七柱】が取り持つ……ともいえるんだ。
神前決闘、いくら魂胆が見え見えでも相手は受けるしかない。この政治的状況でバ・ロン要塞側が最も低コストで逆転を狙えるんだ。そしてこの決闘そのものにはメルキアは介入出来ない。これをゲームで例えるなら介入した時点で取り込まねばならない国【エレン=ダ=メイル】を完全に敵に回してしまう。だからオレは決闘の外側にこそ罠を張り巡らせた。
そうそう、ゲームでは語られていなかったがキルヒライア閣下は神の眷属たる神格者を目指していなかったりする。己の魔術と槍技をもって超常への位に手を伸ばそうというガルムス元帥と同質のタイプなんだ。
ただこのタイプの神格者候補は周囲から猜疑の目で見られかねない。実力は十分、神に願えば簡単に手に入る座をあえて己の手で掴み取ろうとする。
神をも恐れぬ傲慢とされてしまうんだ。特にエルフたちの里、メイルでは顕著だろう。それを躊躇なく受け入れ、または金に飽かせてでも招聘するのは
【貪欲なる巨竜】だけだ。
ギュノアさんやアルフォニア百騎長と言った英雄もその類。だからこそ各国も神殿もメルキアを警戒するのよ。メルキアに絶対に無い物はそういった超常のカテゴリーに属する人の形をした人智超越の具現者だ。これがあればメルキアは全世界に人類革命と言う神にとって致命的なものをばら撒く『神敵』となりかねない。逆に無いからこそ神々は今現在メルキアを警戒以上では見て居ない……筈だったんだけどね。
「しかし勝てなければバ・ロン要塞をマーズテリアに引き渡すことになりますわ。それはメルキアの東アンナローツェ放棄に繋がります。」
「その時は『莫迦王』と『王妃』の出番になりますな。」
そう、今回は勝てなくても良いんだ。相手を引っ張り出し『メルキアはマーズテリアの国家間戦争介入を認めない』を宣言できればいい。今からの行動――神前決闘――が言質になる。その行動がたとえ失敗しても、どっちが一番か? の頂上決戦で莫迦王はメルキアが取りこぼしたバ・ロン要塞を己の親衛隊をもって強襲するだろう。これは南の旧王都トトサーヌ奪取とならんでユン=ガソルの『最後の復讐戦争』に勢いを与える事になる。アヴァタール連合軍となっている四大国もどちらにつくか天秤を掛けだすという実利効果も見込める。
ここまで見返りがあるからこそ戦略的に遊兵を作り出しかねないユン=ガソルの一個軍団の投入が意味を持つ。そしてその間隙を埋める手筈位、莫迦王も王妃も持っているだろう? オレでも考えつく手妻があるからな。
え? 何故敵手たる莫迦王の手助けをするのかって??
現状メルキアは逆Uの字にユン=ガソル連合国を囲い込んでいるんだ。相手に内線防御の利を与える状況になってしまっている。戦線を纏めないと戦力分散からくる各個撃破だ。
「ユン=ガソルに華を持たせつつ旧ザフハ領に四大国、そして東領と旧ルモルーネに主力を集める。……ラナハイムが厄介ですわね?」
あーバレたか。どんな三流戦略家でも属国と化したラナハイムが最後の牙を剥くのはこの時と看破できるからな。ただ看破すると対応するは別次元の問題。
「竜騎士」
「成程」
そう現状ラナハイムを相手している余裕はメルキアにはない。オレが要れば一個軍団分もの戦力が『生きる』が今からヴァイス先輩と袂を別てばそれが遊兵になってしまう。だからこそリスルナを動かす。
結果は上々、このままだとザフハの利権はメルキアとエディカーヌが分け合うことになりかねない。リスルナが得られるのは貸し程度の口約束。これでは不味いと向こうも考える。オレの提案したのはラナハイム首府、【楼閣・アルトリザス】だ。正直魔法街フリム以南のラナハイム領はメルキアに重荷。リスルナに背後を突かせ、ラナハイムを戦意面で瓦解に追い込む。向こうは空になったアルトリザスという要害を手に入れ今後のメルキアとの間に壁を作れるという寸法だ。
「では提言を。竜族との同盟は解消すべきですわ。」
ゾクリと背筋に震えが走りそれを何とか押しとどめる。これなのよ! 乗ってしまったオレも悪いが彼女政治センスも一流だ。竜族との同盟は五大国のパワーバランスに致命的な悪影響を与える。それも今でなければ取り返しがつかず、しかもメルキア中興戦争の後に影響が出るという代物だ。
「???」
ようやく復帰したらしいシャンティがオレ達を交互に見比べている。
「シャンティ、竜族との同盟がメルキアにとって害となる場合はなんだ?」
簡単すぎたかな?
「竜が強すぎるから国同士に差が出来てしまう……でいいですか?」
「その通りだ。だが問題はそれを同盟を結んだメルキアでなく
諸国が勝手に判断してしまう事だ。」
リガナール大戦の初動を反芻する。イグナート率いるザルフ=グレイスはルア=グレイスメイルを属国化した後、なんとリガナールの管理者である竜族の巫女ディクシーと結んだのだ。このディクシー、実はこのアヴァタール東方域でも知られている。ゲームでもそっくりさんが神殺し誕生の時代にいるからな。そう魔神ハイシェラと激闘を演じた【空の勇者】だ。その超常を同じ超常のイグナートは。
己を断罪の執行者に任ずることで竜の権威を利用したんだ。
まだイグナートが北部の盗賊共を討滅している間は良かった。それが終わると何故か周囲の諸王国が疑心暗鬼になり始めたのだ。竜と魔の一大帝国が誕生するのではないかと言う怖れ、特にイグナートが竜の死体を譲り受け生体兵器を研究しているという噂が拍車をかけた。
勿論ディクシーに働きかける国も多かったが、竜族故人の争いには関わらない。生体兵器研究も己のような知性ある竜でなく家畜同然の飛竜を使ったもの。飛竜の繁殖をイグナートが猿真似しているだけと嘯いたらしい。しかし
諸国はそれゆえにディクシーがイグナートと言う駒を欲したと邪推するようになった。いや諜報と言う手段によって『きれいで紳士的なイグナート』に誘導された。地方全体でザルフ=グレイスを包囲している筈の諸国が何をトチ狂ったか次々と宣戦布告、彼はそれを待っていたのだ。
結果は呵責無き神業とまで言われる戦略眼と戦術運用、そしてラギールとヴァスタール総本山、さらには近傍最大の闇勢力【ベルガラード王国】の支援。諸国軍は壊滅、首脳は全員捕縛、頭目とみなされたシルフィエッタの故国に至っては完全に蹂躙された。介入したバリハルトの勇者達も返り討ち。イグナートのリガナール支配は成ったかに見えた。
『神殺し』の逆鱗に触れさえしなければ……
「私としては戦後に個人的関係を除けば中立に戻しても構いません。ですが今はできない。中興戦争において彼らは切り札です。オレの掌から零すことは認めない。」
厄介な。【黎明の焔】はアルクレツィアには悟られてはならない。悟ったとしてもそれは最終段階にして最悪の状況、ジルタニアの復活かアルの裏切りが起こった後、彼らが後戻りできない道を選んだ時まで秘して置く情報だ。彼女にこれこそがオレの切り札と最後まで誤解させねばならない。だがキルヒライア先輩においてはまだ見ている物が違う。国内の問題しか見ていないからな。情報共有は必要とはいえガルムス閣下の意も受けているはずだ。
「なし崩しに竜族をも国に組み込むつもりですか? 頂けませんね。」
「それはあり得ませんしオレにとっても竜族は厄介者です。オレの計画に竜族の秘跡が必要だから今だけ利用する。それだけですよ。」
一端こそ明かしたが不満そうだ。だが公言してアルクレツィアに情報を与える気はない。彼女に中興戦争の本筋を話してしまったが切り札ともいえる代物【黎明の焔】は話していない。だからこそ決別の時に情に訴えてきたともいえる。彼女はオレを利用する手段を上っ面でしか見えていないしそれを自覚してもいる。オレの真意を悟られてはならない。彼女を倒す手段だけなら
『もうある』。
「終わりといたしましょう、来たようです。」
シャンティが再び混乱しかけた頭を振って前を見る。その瞳は鋭く陽炎のように憤怒が立ち上っているようだ。数人の従者と共に歩いてくる彼女とそっくりの姿、しかしそれはシャンティに比べて数年は年上を醸しだし、マーズテリアの白亜の鎧は剣で語る事を当然とする教義そのもの。
「(若いな)」
メンフィル内乱と幻燐戦争、そして戦後。その時の彼女の峻厳さの中の柔らかい面差しを反芻させそう思う。今はそれが無い……魔人帝と逢うまでの彼女其の物、
シルフィア・テルカ・ルーハンス
これから時代を駆け抜けるであろう
少女を想い、為しては成らなかった救われぬ
少女を想う。彼女達に安寧は訪れるのだろうか?
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(BGM まどろみの朝へ 幻燐の妃将軍2より)
「どういうことだ!? お前等の知識をオレは信用していた。本来種が無ければ不可能、しかもたった1週間で受精から出産、何をやっていた!!」
オレの怒声で何人もの娼婦と言う名の諜報員達が首を縮こまらせる。彼女たちの瞳はとんでもない不始末をしでかした恐怖で歪んでいる。リリエッタの娼館、ゲームでもあるように只のエッチシーン埋めのイベント建築物じゃない。ゲーム途中までは伯父貴の諜報組織、そして後半からはヴァイス先輩のお抱え諜報組織となる拠点だ。
伯父貴がこの諜報組織をオレに推薦し使わせたのはその権力移譲を円滑に進める為だったともいえるんだ。だからこそ信頼していたし女同士ということでヴァイス先輩の御蔭で動けなくなった表側たるメルキア政府や軍でなく諜報組織側を使ってダメ王女を護らせていたんだけど。
それが失敗した。
少なくとも要員で手抜きをした覚えはない。エミリィ、フランチェスカ、モクラン、ミスティと対外諜報のミリアーナを除く娼館系キャラ総動員。実は下男としてユン=ガソルのスリーパーたるグスタフ君も入ってもらってた。そして支援兵力として目立たぬようにオビライナも。――初め真っ青になって震え上ったが事情は説明した。そりゃ壊す脅しかけてたからな。――
「申し訳ございません。私達も警戒はしていたのですが皆目見当が。」
「失礼ながら申し上げたき誼がありますわ。」
リリエッタさんの弁解に娼婦の一人が直訴を願い出る。あぁぁ……リリエッタさん顔色変わった。厄介な、娼館は女の世界。客の奪い合い地位の蹴落とし合い等ザラだ。女性軍人ほど
直截なことは起きないがその分陰に入った物になる。特にこっちに来てリリエッタさんに比肩しうる彼女、リリエッタの娼館第4戦目キャラ、魔術師モクランならではだ。
さてこういう時は?
「リリエッタ、ヴァイス先輩の事もあるしオレも迂闊に客に成れなくなったが……らしくないぞ?」
「申し訳ありません。」
此処で縮こまるようなら娼館の主失格。ふてぶてしく謝罪の態度だけ並べる彼女の態度に安堵する。
「良い、軍でも独断専行は個人の責任において許されている。主を差し置いて独断出来るだけのモノであることを期待しているぞ。モクラン?」
何を娼婦相手にこんな威張り腐った態度をとっているかは簡単。オレが橋渡し役として、そして今回の依頼者として動かねばならないからだ。オレの初期計画ではこの時点で潮時とリリエッタさんを先輩に特攻させるつもりだったからな。これが成功すればめでたくオレは諜報の世界から卒業できる。個人的な関係でミリアーナがいるがそこのみ残してパイプを切るつもりだった。――想定外事態の連続でそれどころじゃなくなっているけどな!
オレがリリエッタさんに目を向け。リリエッタさんが顎をしゃくる。そう、あくまでオレは同席にいる聞き手、モクランには直訴の機会は与えるがそれはリリエッタさんの許しがあったからという体裁にする。女って面倒だ!! 彼女の話を聞く。
流石、誘惑の女神ティフティータの魔術師だ。説明のところどころに色を差し込んでくる。だがこちとら性魔術持ちだ。その程度で意思はぐらつかない。しょーじきゲームのプレイ趣味じゃなかったし。
「直接、精を打ち込まれた?」
「性魔術の一儀法ですけどすでに廃れた術ですわ。そもそも快楽を高め合うのではなくただ闇雲に仔を作り出す外法。それも対価が半端ではありません。しかも遣い手も魔族ほどの力は要りましょう。」
「愉快犯的に女王に種付けしたわけでは無さそうだな。だが政治目的にしては拙速すぎる。魔族の精を受けた胎は母体を壊すほどの勢いで仔を育むのならば
女王を合法的に抹殺することが目的か?」
読めん。誰が、何のために? モクランが紙を差し出す。妙な紋章だがこれが膨らんだ女王の胎に浮き上がったらしい。魔族の手付けの証、顕示欲の強い魔族ならではの所業だ。
「この外法を使い多数の半魔族を生産し勢力を築いた国があります。遥かなる古、解放を以って神に復讐しようとした地。この紋章が証、
グルーノと呼ばれております。その一党か失われた術を何者かが利用したと考えられます。」
引っかかる……グルーノ、聞いた覚え…………あった!!
グルーノ魔族国
レスペレント地方北端に位置する魔族の集団の事だ。ゲームでは後世神殺しに手籠めにされちまった
幼女化魔神が幻燐戦争時に治めていた地方だが問題はそこではない。彼女達の召喚者こそ野心の解放者、プレアード・カッサレ。そして呼び出された彼女達10柱の魔神こそが
深凌の楔魔
「ここでグラザに飛天魔族か!」 思わず盛大に毒吐く。
そう、アヴァタール地方やその周辺で活動している深凌の楔魔はゲームではいない。知らないうちに居たなんて例外もあるがゲームに居ない筈なのに隣のケレース地方に一柱いる。オレ流で言うなら『ハイシェラ閣下の代理キャラ』という立場でだ。即ち、
深凌の楔魔序列四位にして後の世勇者ガーランドによって無念の最期を遂げ、まだ多感な少年であったリウィ君を叛世者として決起させた超本人。彼が種を提供し女王の暗殺を謀った。ただゲーム通り常人に過ぎないとはいえ女王も神の眷属の欠片【神聖属性】を持っている。伊達にゲームでも数少ない部隊級回復魔術を行使できるわけではない。だからこそ救われぬ子が受胎した。よりにもよってゲームよりも格上の存在として!
「全く何てことしてくれんだアノ化物共!! 特にグラザ! 種はお前だろー!! リウィ君に本物の姉貴こさえたらカーリアン立場ないだろーが。いったいどーしてくれるんだよ!!!」
絶叫の後、事態に気付く。大きく咳払いして。
「……今の戯言は聞かなかったことで。」
「「「はい♪」」」
一斉に全員から生温い返事が返ってきた。ヤレヤレ内心ボロボロは何とかしなきゃな。
「さて、此処ではっきりした訳だ。グラザとなれば上位魔族どころではない。深凌の楔魔における魔神級高位魔族、その種が開花したとき母体はどうなる?」
「そこで暗殺という仮定が成立すると? でも迂遠ですわね。」
リリエッタさんの疑問に頷く。此処が繋がらないんだ。政治的にはヴァイス先輩とダメ王女が関係持った矢先にこれが起これば不貞が成立する。ヴァイス先輩は何らかの理由をつけてマルギエッタ女王を処分せねばならなくなるんだ。政治的にアンナローツェが不安定化する要因になりえる。ただ現在その必要もない。逆に女王が政治的に致命傷を負っただけだ。王族は他にもいるとはいえ直系断絶扱い。ん?
「すまん、リリエッタ。アンナローツェ直系王族が継承者不在で断絶扱いになった時、国外に継承権が移る可能性はあるか?」
リリエッタさんも驚いて我に返った。
「マルギエッタ女王の伯母が政略婚を結んでおります。相手はインラクス王国の王子、征炎衆の騎士だとか?」
インラクス王国? あ!
フィアスピア【インフルース王国】の前身か!! 悪態が迸る。よりにもよってそっち側かよ! アークパリスだけ警戒していたことで油断した。神殺し嗾けて泣かすぞ!!
「読めた、この事態の大本は軍神・マーズテリアだ。」
「「「ゑ?」」」
皆、
炎爪幻鳥が水鉄砲喰らったような顔をするがオレには事態が読める。光の現神にして軍神マーズテリア。実は彼の神は対立する闇の現神にせよ敵たる古神にせよその根まで潰すことを良しとしない。これは同軸たるいくつものゲームでもはっきりしている。彼の神が滅ぼすまで怒るのは己へ真の意味で反逆した者だけだ。神殿と新教皇の意向とは言えシルフィア・ルーハンスが神格位剥奪、処刑まで逝ってしまったのは反逆への罰というマーズテリアの消極的賛意があったともとれる。
話を戻そう、彼の神は『戦争を嗜む』のだ。そのためならば対立する存在だろうと敵対する存在だろうと利用する。そのためには敵ですら生かす場合がある。今回のメルキア中興戦争、現神側で動いているのはオレとメルキアに危機感を持つエリザスレインのミサンシェルではなく過去の因縁たるアークパリスでもない。そうすれば彼の神と神殿の権益確保に過ぎない行動が別の意味を持ってくる。そして派遣元から派遣先は思ったより近い。
バリアレス都市国家連合から派遣されたマーズテリア分遣隊、その任地【バ・ロン要塞】
「やってくれるな。態とアンナローツェをガタガタになるまで放置し、メルキアという覇権国家に併合させる。それを阻むザフハもアークパリス神殿も囮、狙いはアンナローツェ内で培った権威を用いて
聖ヨハネ騎士団という獅子身中の虫をメルキアに呑ませる気だ。
今度のメルキア教化の策謀はアークパリスじゃない。マーズテリアだ。」
実はゲームでは宗教施設を街に建築するといろいろ特典が貰える。ただ解らないんだ。この世界、神様はそれこそメジャーからマイナーまで八百万状態。ゲームと言う制限を差し引いてもあの六柱だけとは解せない。本来なら特定の神の教会ではなく単に宗教施設だけで良いんだ。
ガーベル教会 これは魔導技巧の神故メルキアには必須だ。
アーライナ教会 これも魔導と相反する魔術の女神と考えれば理に適う。
イーリュン教会 ゲームでは疑問が残るがこれが無いと回復関連無しというムリゲー故入れざるを得ない。ついでにアーライナが出てくれば必ずこの教会も出てくる。逆も然り。
バリハルト教会 一見関係なさそうだがゲームは国獲り物語。富国強兵はこの神無しではあり得ん。
セーナル教会 言わずと知れた大陸公路だ。
此処で最後の教会に疑問が出る。
マーズテリア教会
軍神、戦争の神だから入れて当然? そこが違う。国獲り物語たるメルキア中興戦争は
主人公たるヴァイスハイトの手によって戦争が起こされる。魔法が兵器か? で世界観の二者択一を醸し出すガーベルとアーライナと違い出る必要がない神なんだ。
そもそもマーズテリアが出たら聖戦になり収拾がつかない。それ以上にゲームにする必要がないほど面白くもない歴史になってしまうんだ。なにしろ俗世において最大の軍事力を保有するのは国家ではない。
正規兵力20万を超え数十人もの神格者を揃えるディル=リフィーナ最大の軍閥【マーズテリア教会】。こんなものが出て来たら戦にすらならん。
それが出ている理由は何か? フォートガード神聖宮に建築物としてマーズテリア教会があり。アンナローツェで最も奉じられているのが軍神・マーズテリアだったとしてもだ。
メルキアの国獲り物語の側面としてマーズテリアがその覇権拡大を狙うのなら?? そこまで話すと皆唖然。そりゃ殆ど【知っている】から推測しただけの荒唐無稽な暴論に過ぎないからな。
「ありえるんですか? そんな事??」
ヴァイス先輩の自称妹――ただしベッドの中のみ――のフランチェスカが首を傾げる。あぁ、こいつツンデレロリの癖して政治力高かったな。
「証拠など無い。ある訳が無い。全ては神の御心の内でオレ達がそれを掴む可能性はゼロだ。ただこれが正しいとなると彼の神の到達点は先ずヴァイスハイト元帥率いるメルキアにアンナローツェを直接支配させ結果として未来の『軍神の国』を作り出す。そしてオレ達メルキアの
旧臣を含め旧来の権力構造は根こそぎ消えてもらう。己の策謀を闇に葬るためにね。」
オレがザフハでやった手と同じだ。
「そうなると矛盾しますわ。先日のヴァイスハイト元帥閣下の御乱行は余りにも致命的です。シュヴァルツ様は何らかの手を講じていると見ましたが、これでは軍神は元帥閣下をも排除せねばならなくなります。」
「心配しなくてもいわモクラン。むしろ頭を抱えているのはこれを仕組んだ当人だけでしょう。」
リリエッタさんの言う通りその可能性は高いが他の神々の策動が関与している可能性もある。
「出先を潰して警告するか?」
「【バ・ロン要塞】ですわね。」
その時入室した
娼館の禿が並んでいる部下達の一人、ミスティに耳打ちする。彼女も頷きこちらへ退室の略礼をして退いた。第五戦目キャラだけあって滅茶苦茶金がかかる割に身請けても使い物にならない“どこが【覚醒した天使】なんだ?”なキャラだったが本業はこっちらしい。娼婦と言う諜報員は表向き、誘惑の神・ティフティータと癒しの神・イーリュンの両立神官でしかも天使族なんて武将として使うわけないじゃんか。セーナルのシーラ店長と同じ購買系NPCの立ち位置なんだ。
「我々も落ち着いたら行くとしよう。来たかな?」
「すぐ参りましょう? でも宜しんですか??」
リリエッタさんの疑問に一つ溜息を吐く。半魔の成長は早い、肉体は愚か精神ですらね。シルフィエッタを母親とした【魔人の愛嬢・セオビット】だってゲームプレイヤー次第で年単位どころか数か月で成人してしまうんだ。
「友達は必要さ。」
オレが嘯く。相手は
【光闇の聖皇女】と同質の
【聖魔の魔人姫】だ。しかも今回は種が魔神級高位魔族のグラザ。比肩しうるに近い。同格の友達として選んだのは【劣化ソロモン魔神】と後の【極めし者】。そして、
「(痛ッ)」
これは違う。オレの存在の痛みではなく心の痛み。母上の死でルクの存在は宙に浮いた。父上も鬼ではないが政治的に不味いと予測すれば里子に出してしまうだろう。母親だったモノに取りすがって泣いていた彼女、それを構う事すら出来ず挙句家に押し付けるだけだったオレ。堪りかねレクシュミ閣下――この場合は伯父貴の意を受けてか?――が亡命先を用意してくれた。ニール達が寄り添って暮らす僻地。それが大陸北辺にあるという。
「(女王共々亡命させる。もう彼女達にメルキアで生きる余地はないのだから)」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
(BGM 己の昂ぶりを身に宿し 戦女神MEMORIAより)
キルヒライア百騎長の立会いの下始まって鈴2つ(10分)経たないか。一方的に高速剣技を浴びせ続けるシャンティと防御に徹して隙を窺う聖戦士シルフィア・テルカ・ルーハンス。
似た名前なのは姉妹と言うだけじゃないのよ。SYから始まる名前は現代魔法語【ファスティナ神聖語】、その元となったエルフ言語体系からすれば『(神や命の)祝福』という意だ。シルフィア、シャンティ、シェリル、シルフィエッタ、シルフィル……ゲームのメインキャラに使われる名前の殆どがディル=リフィーナではメジャーなネーミングに過ぎない。ゲームやった身としてはキャラの殆どが太郎君花子さんと同じレベルだったと愕然したけど。
「ここまでやれるとはな。」
「閣下、それは違いますぞ。むしろ余裕をもって捌いているのは聖戦士の方ですな。」
感心する横でガイゼンタック百騎長に返されてしまった。シルバーグレイのいい歳したおっさんでゲームでもこっちでも防御を除けば一流の武将だ。親衛軍所属でオレ主導ドントロス百騎長実行の親衛軍調略の一翼……いやドントロス百騎長の長年の友人というから共犯に近い。
「剣技は疎いんだ。シャンティはどう不味い?」
「私と同じ愚を犯しておりますな。私は飛燕剣を話でしか聞いたことがありませんが、どうにも攻撃に偏り過ぎ相手を手数で圧倒しようとする。要するに無駄な攻撃を連発し疲れを溜めているにすぎません。」
あー経験値の差か。シャンティはようやく14になったばかり。相対するマーズデリアの聖戦士にして彼女の姉、シルフィア・テルカ・ルーハンスは20には至っていないのだろうがその差が出ている。本来こっちの武道じゃ若さと体力、そして素質が経験を圧倒する場合も多い。しかし彼女は家と家族を捨て軍神の僕になることで年がら年中、敵と戦う事しか考えなくてよくなった。
己より格下多数との闘い、己より格上相手の闘い。人間の想定や戦術、そもそも論理が通用しない相手との闘い。それを訓練でも実戦でも繰り返して来れば技に戸惑う事も情に迷う事も無い。時折放たれる家族を捨てたというシャンティの怨嗟すら涼しい顔で受け流す。
あれはダメかもしれない。既に神の僕【神格者】になることを選んだ精神。ヒト側に引き戻すのは無理だったか。
「仕方がないな……ランラメイラに連絡を。潜入してるエルファティシア陛下に動いて頂こう。」
シルフィエッタが精霊間秘匿魔術を隠密展開する中、百騎長が疑問を呈する。
「うまくいきますかな?」
「上手くいかなければ莫迦王の出番だ、『切り札は二枚以上用意して置く性』でね。
実は隣【蛇鱗の荒野】にユン=ガソル第二集団(軍団)がいる。率いるは『軍師』エルミナ・エクス。シルフィアがいくら強かろうと彼女はオレと、いいやメルキアと同じ手を使い要塞を落とす。
メルキアの流儀、故国を追われ国を割ってまでも祖国に敵するが故、その意志は強い。だからこそ
エルファティシア陛下の方が焦っているのかもな?
実はと言うとアンナローツェとエレン=ダ=メイルの仲は歴史的に宜しくない。元々双方の間に存在するユン=ガソル連合国領土はエルフの管理地でもあったのだ。御物再稼働事件から遥かに時は過ぎ、エレン=ダ=メイルがその管理を放棄したと言ってもアンナローツェが安易にユン=ガソルとなる肥沃な大地に進出するたびに警告を発してきた。そしてその警告を無視できるほどアンナローツェは馬鹿になれなかったんだ。
結果は帝政化でハブられたメルキア産莫迦の先祖達に両国とも散々な目に逢わされる事になったのだが。
「根の深い問題だからな。ヴァイス先輩がこの周辺を掌握できれば魔導による本格的な浄化を始めるだろう。そこにエルフ族が国家規模で再植林を行い管理された森林地帯にて両国家が共存できる態勢を構築する。【バ・ロン要塞】はその東端にするつもりだ。」
そう本来
メルキアとエレン=ダ=メイルの関係は最悪に等しいのだ。それがドゥム=ニールの仲立ちとはいえ魔導巧殻譲渡に至ったのは訳がある。おっと話が逸れた。
「そこで四元帥会議でぶち上げた噂に真実味をつけるわけですか。あえて併合せず一地方として取り込む。ユン=ガソル臣民を『同胞』という檻に繋ぐ為に。」
結構広まってるな。帝国二分化による国家と人間による国際組織の設立。未だバラバラの中原にヒトの生存圏を確立する。別に人間族だけの為の狭窄したものではない。エルフもドワーフも様々な亜種族も国家という枠組みを創設しその文化や慣習の差異をすり合わせていく。未来クヴァルナで“主人公”エルバラード・ハイオンが取る手だ。そのためには共通項は必要。それが『神を妄信せず人を護り世界を護る』という理念になってくれればありがたい。
遂に聖戦士が反撃に出る。シャンティの剣を根本で抑え瞬時の鍔迫り合いから弾き牽制の横薙ぎを浴びせる。バランスを崩しかけ大きく飛び退くシャンティ。剣技を見切られたと踏んだのは正しい。そしてシャンティのスタミナも限界に近い。だから大きく距離を取らざるを得なかった。本人の言『飛燕の妙薬は本当はちょっとの時間しか持たないんです。どこまで体を誤魔化せるのかが勝負ですから』
飛び退いたシャンティと距離をじりじりと詰めていく聖戦士。遂に彼女が腰を落としイウリスソードを平に当て切っ先を地面すれすれまで下げる。
「始まるぞ、飛燕剣が。」
「今までは小手試しとはやりますな。」 感心するガイゼンタック百騎長とは裏腹に、
「彼女の飛燕剣は
最初で最後の特攻みたいなものだ。シルフィエッタ、やれ。」
要塞内掌握の合図を送った矢先、オレの前に佇む背中。
茜色の髪、白銀の鎧、…………何故? その時確かに見た。彼を目の当たりにしたであろうシャンティが微笑むのを。未だ師とは比較にならない彼女の剣士としての冴えが煌くのを。
腓腹筋多重加減速…大腿筋強制振動……三重残像形成開始
上肢全筋蠕動開始…前腕筋連動伸長……仁王・真空複合剣技発動
剣尖超音速突破…衝撃波前方展開……同時突撃開始
飛燕剣三重残像衝撃波連動突撃剣技【円舞身妖剣】!!!
カロリーネとの試合を重ねてしまう。飛燕剣をハッタリと嘯くカロリーネ、己の剣技を馬鹿にされたと剥れるシャンティ。戦禍も生々しいセンタクスで試合モドキになり盛大にシャンティの自爆で終わった懐かしい思い出。それが今、完成形となる!
「ウヲ゛オ゛オオォォッ!!!」
獣じみた咆哮と共にシルフィアの大楯が衝撃波に押し込まれバラバラに粉砕される。楯と片腕捨てて衝撃波を相殺しやがった! バケモノだコイツ!! まだ片腕には獲物が握られている。シャンティの斬り降ろしの前に
荷収束魔力光撃剣技を打ち込むつもりか!?
が
シャンテイの突撃が目に見えて遅い。いや、全身を捻りながら魔力と剣圧を再集約、巨大な衝撃波の渦を形成、
「Rock‘n’Rol!!!」
「お前は何処のマシンチャイルドだ!!!」
絶叫するオレのツッコミ。そこまで行くとは聞いてないぞ!! あ……コケた。発動余波の衝撃波を浴びせたはいいけど本撃の前にコケた。あんのミーハー娘め。セリカに話したあの作品の剣技、また聞きで猿真似しやがったな。出来るわけないだろ。電気騎士すら粉砕する超弩級剣技だぞ。
ただ結果は出てる。壮絶な相打ちと言う形で。双方両腕千切れ飛んでもう勝負も何もあったもんじゃない。――心配はしてない。サジャさんはじめイーリュンの高位神官が控えていてくれるから即死以外は何とかなる。
駆けだす。獲物ごと残る腕消滅させられ、吹っ飛ばされたシルフィアはマーズテリアの神官が何とかするだろう。出来なけりゃこっちが恩を売れるが本来そっちに行って掣肘の言葉を浴びせるつもりだった。だが、そんなことよりも!
己の両腕を己の渦状衝撃波で失いヨタヨタと歩いて倒れ込むシャンティを抱きかかえる。ミーハーでバカで考えなしでムチャクチャだけど!
「よくやった! よくやったシャンティ!! お前の剣は届いたぞ、あのシルフィア・ルーハンスに!!!」
「? なーんだ、シュヴァルツ隊長……か。おなーじ赤毛でまちがえちゃった。」
神殺しの残影は消えている。術かオレ達の錯覚かは知らん。そんなことよりも愛しさが心を満たす。あの世界オレに子供が、娘ができることは無かった。結婚すらしてないんだから――でもこれが父性か。目がねに掛かる男に
教え子が嫁ぐ。大いなる歓びと一抹の寂しさ。
第一使徒? 関係ない。この子が自ら『神殺し』という高峰の頂を掴んだ。それに比べればいくらでも変えてやる。
「ちゃんと自分で報告しろ。そして一杯可愛がってもらえ。」
抱きかかえたまま緑の髪ををわしわしして労う。サジャさん少し不機嫌だ。ケガ人に何するんですかっ! だろう。ちゃんと言う事は聞き、彼女に処置を任せる。後回しにした方へ歩を進めた。
◆◇◆◇◆
(BGM 宿業 戦女神VERITAより)
治癒魔術は掛けられているがその時の体力、事に精気の消耗は凄まじい。この世界で使われる治癒魔術はある意味未来の自然治癒力を前借りするようなものだからだ。それを増幅するのが神への信仰。だからシルフィアは両腕もぎ取られても再生が終わりもう体の調整に入ってる。一流の剣士にして聖戦士――神格者候補となればこれほどのチートになるのよ。
心配はしてない。もう【バ・ロン要塞の旗】はエレン=ダ=メイルのものに代わっている。云うなれば
メルキアとアンナローツェの戦争混乱の隙にマーズテリア教会とエルフ諸国家が要塞の支配権を争ったという体裁にしたんだ。オレ等奪回部隊は囮兼外交上の出汁という訳。
これでメルキアはエレン=ダ=メイルへ長年の借りの幾分かを返したことになる。『メルキアは王政時以前のメイルの版図を尊重する。』と言う意だ。もう上手くいってもその版図――ユン=ガソル――は人との混在地にしなければならないがエルフ諸王国でのエルファティシア陛下の評価は大きく上がるだろう。結果としてはその意に沿わぬバリアレス都市連合マーズテリア分遣隊は故国にお帰り願おうという事だ。慰撫の言葉の端から舌鋒を浴びせられた。
「終わりましたな……分遣隊の帰還手形は
こちらで用意致します。御心配には及びません。」
「あくまでメルキアは中立と言い張るつもりですか? 一個軍団で同盟国の要塞を包囲し、シャンティを篭絡して私を誘い出し、挙句にメイルを動かして要塞を乗っ取る。下種め……」
「戦は始めるまでに終わっているものです。そもそも貴方達は『負けるために』送り込まれた。我等にマーズテリアを呑ませる為、後にメルキアを『軍神の国』に造り替える『勝利』の為にね。面白くない故に潰したまでです。」
彼女が唇を噛み締める。【バ・ロン要塞】の惨状、彼女も薄々は気づいていただろう。総司令たるリ=アネスがあろうことか条約破り禁忌破りでメルキアを襲い、逆上した周辺国によってザフハ部族国に続いて国を滅ぼされた。要塞内の士気の低下は甚だしく『一戦してアンナローツェの意地を見せる』以外に手がなくなっていた。
それを横からメイルに襲われれば逆上して手近な敵に向かいそうだが皆解って居る『メイルの背後にはメルキアがいる。』それもメルキアは最精鋭最強戦力の魔導巧殻を三騎も投入してきた。瞬時の怒りも根こそぎ折られて絶望に変えられたのだ。
「実は此処の件は予定外です。オレの本当の目的はここに前東領元帥が
いたからと言うだけに過ぎません。」
少し話をずらす。ナフカ閣下が皆連れて転移してくれたのがこう生きるとはね。結局ノイアスは発見できずじまい。でも奴が此処でシルフィアを襲い今度はシルフィアを兵器として使おうと画策したしたのは間違いない。閣下たちが付く前にマーズテリアの高位神官や此処のシルフィア嬢に返り討ちにされてしまったようだがそれを今度はオレが内伏した閣下達を使って連れているエルファティシア陛下に場面を引っ繰り返してもらうよう進言した。これがオレの【バ・ロン要塞】攻略作戦の実態。それを可能としたのが魔導双方向通信機という手品のタネだ。通信傍受という概念が無いから楽でいい。
「そもそもメルキアの混乱とこの大戦は前東領元帥ノイアス・エンシュミオスと皇帝ジルタニアが画策しました。我々はその尻拭いをしている最中です。
アヴァタール外の存在は害でしかない。だからお引き取り願いたい。」
向こうが唖然としている。国家規模の策謀どころか神の策謀すら予測し次々とメルキアが優位になるよう手を打ってくる。そしてオレを戦場で討ち取る事が出来ない。政治的にも戦略的にもオレを討ち取れないよう道を塞いでから初めて前に出てくる。武人たるシルフィアには嫌悪する臆病者以上の何か、
神の目線から世界を俯瞰する者に見えるのだろう。
「【メルキアの比翼】シュヴァルツバルト千騎長。貴男の噂よく耳にします。貴男の目指すメルキアがどれ程世界を震撼させているか……マーズテリアではあなたはこういわれています。
思想の神殺しと。」
あらら、魔界80個軍団を束ねる元
第5位天使にしてソロモン魔神序列68位……こっちでも有名人なんてものじゃないけどなんでこの世界になってから皆女体化したのかねぇ? エロゲ故という強引展開だけじゃないと思うんだけど。
「天魔なんてオレの柄じゃない。本人は【鼓炎嘯】でぶーたれているさ。動き出すのは200年くらい後かな?」
驚愕の顔をする。そりゃ聖戦士どころか高位神官ですら知らない禁忌の類だしな。過大評価してくれるだけでも有り難い。その落差の分だけ対応が遅く成り、メルキア中興戦争への邪魔を抑制できる。
「それも【知っている】という事ですか? 何という事。これでは世界は貴男の手の内にあるも同然ではないですか!!」
誤解した誤解した♪ 怖れは抑止力に繋がるから時間と言うリソースをオレが手に入れる事が出来る。少しばかり煽る。謙虚は時として怒りと畏れを呼ぶ。
「オレが万能無敵だと? 笑えるな。オレは所詮人間でしかない。貴女のように信仰に生きる事など理解出来ないバカに過ぎないさ。だからこそ超常の域に達した者を動かせる。それが人間の可能性だ。そんな人間達が自らを束ね組織となり強大な導きとなる。それが国家だ。」
彼女の瞳に怒りの炎が灯る。そこまで識りながら力を世界の為に使わず、一国の栄華だけにのめり込むオレを糾弾するように言葉を放つ。だけど、
「貴男は強い、だが人間がそんなに強いものであるものか! 今がそれを証明している。ヒトを導くはずの国と国が潰し合い、幸福になるべきヒトがヒトを喰らい合う。この戦こそ証拠だ!!」
そうだ、それが人間の限界だ。だがオレはそこで良しとする。
神が実在する世界、そんな場所で神に縋り思考停止するなど人であることを捨てるも同然だ。だから相容れない。だけど彼女の救いだけは楯として護らねば、ええと……こんな感じで行くか?
「貴官とは話が合う事は無いだろうな。だが覚えておくといい。いつか君、神格者ではなく素の君が選択を迫られる時が来る。それほどの人物と悲劇を君は目の当たりにするんだ。神ではなく己が選択しろ、【シルフィア・ルーハンス】。神の僕と成り果ててもそれだけは譲ってはならない。」
それがオレの願いだと言いかけてやめる。オレの言葉に左右されてはならない。あくまで選択するのは彼女自身なのだから。
「終わったわよ。」
オレの攻撃範囲外に転移しこっちへやってくるナフカ閣下。直ぐ頭を切り替えなければならない。ここからなのだ。オレがヴァイス先輩を『見捨てる』大芝居は……
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(BGM やすらぎの中で…… 戦女神ZEROより)
その部屋にいるのは母親と娘。本来、出産から程経っていないから真面に起き上がれる筈もないが、しっかり立ち己の大切なものを後ろに隠している。
ストックホルム症候群と言う物がある。たとえ望まぬ胎の子であっても『産む』という行為が望まぬ相手との愛情を成立させてしまう。これはこっちの世界でも健在みたいだ。ただ問題はその望まぬ相手がその意思も無く手段として彼女の胎を利用したこと。つまり認知どころか意識すらしていない。下手人が飛天魔族であっても怒りを覚える。故に彼女は望まなかった胎の子に愛情を注ぐしか依る術がなくなってしまったのだから。それがアンナローツェ王国元女王、マルギレッタ・シリオスの現状。
困ったことに過去メルキアは彼女を先の第一王女として認めていてもアンナローツェの王位継承者とは認めていなかったんだ。何故かと言うと簡単。彼女はメルキアで言う正規な結婚でない婚姻で産れているんだ――
即ち庶子。
彼女の母親は天使族の血を引いていた。そしてアークパリス信者でもあった。人類国家メルキアとしてはあの40年前の騒動以来、色眼鏡で見ていてそれがアンナローツェの
彼女を王家の嫡子ではなく庶子という事で外交カードに用いていたんだ。
その呪いが今回の中興戦争でも出ている。今回の発端となったアンナローツェの救援要請。帝都とジルタニアならば救援要請を黙殺しただろう。そう彼女が妾同然でメルキアに全てを差し出すという言質を得るまでね。
だが元老院が皇家ごと帝都結晶化で機能停止し、四元帥の寡頭政治がその方向を変えた――当然ヴァイス先輩を皇帝にするためにオレ達がどんどん慣例を
特例解除させているのが原因――その止めとして
ダメ王女という駒を覚醒させてを后妃に迎えることで嫡子・庶子問題の息の根を止めるつもりだったんだ。しかしそれは丸ごと潰れた。こんな醜聞になってしまうともうメルキアは彼女を抱えられない。国内問題を増やすだけの厄介者になってしまう。
だから絶対に避けなければならなかったのよ! メサイアの誕生は!!
……もう遅いけど、
「マルギレッタ・シリオス前女王、四元帥会議の決定を伝える。」
国権尊称“アンナローツィア”を容赦なく省く。
「はい」
こうなった場合の対策は前の四元帥会議で決まっている。何も魔導か魔術かでいがみ合うだけが会議じゃない。彼女の前に立ったオレとシルフィエッタ、護衛のシャンティの前で布告する。敗戦のショックで受け答えも出来ず、ヴァイス先輩に半殺しにされた時と違って真面に話せてる。ヴァイス先輩の拳で目も当てられない程血塗れ変形させられた顔も治癒魔法によって元に戻ってる。――彼女自身もゲームでも数少ない部隊級回復魔法の使い手でもあるしな――予め『君の選択が君は兎も角、娘の命と未来を決定することになる。』そう脅しておいた。効果覿面、やはり
母は強しだ。
「同盟国に対する違法戦闘行動、メルキア帝国通称『アンナローツェの裏切り』に対し前女王にはアンナローツェ第三軍に対し管理責任が存在した。これの不備と怠慢を認めるか?」
「認めます。」
やはり馬鹿じゃない。リ=アネスの暴走やヴァイス先輩の半殺しをカードにして来ればオレは容赦なく切り捨て、断頭台に送るつもりだった。法治においてはそれとこれとは別問題なんだ。それをせず己の責任に帰させようとする。
才能の片鱗はあった。だけど開花が遅すぎた。遅すぎて国際政治と言う暴風と氷雨の前に萎れてしまった『大輪になる筈だった花』。
「貴女に対しメルキアは王族としての処遇を取らない。一般捕虜としての扱いに留める。」
つまりオレの言ったこの言葉こそが300年続いたアンナローツェ王国への止めとなる。降伏交渉すらない一方的な併合、民こそメルキアの施政に組み込まれるがそれは占領国住民と言う二級市民としての扱いになる。王族、貴族? 押し並べて一切合財失ってもらう。オレだけでなくメルキア軍内、そしてメルキア臣民から見てもその怒りは大きく、そして未来に至るほど根深くなるんだ。
これが通常の政治や軍事、経済同盟なら方便で『やられた方が悪い』で済むのよ。でもメルキア-レウィニア-アンナローツェの三国協商はセーナル神殿と水の巫女の介在による『神聖同盟』という側面もあるんだ。この場合、条約違反と言う神に対して泥を塗った国は相応の報いを受けることになる。困ったことに【水の巫女】ご当地のレウィニアは対象外にせざるを得ない。そしてアンナローツェは滅亡。故にその責はその惨禍を真面に喰らった【メルキア帝国】が受けねばならないという臣民からすれば何をかをいわんやという有様になる。これによる外交ダメージは計り知れない。
アンナローツェはその怒りを鎮める生贄になってもらう。王家も貴族も国民も国土すらもね。それくらいやらないとオレ達がメルキア全体から突き上げを喰らってしまう事になるんだ。当然その強権統治は周辺各国を不安にさせる。『次は誰が?』を意識させてしまう。これを宥める為、中興戦争が終わったらメルキア帝国は諸国との外交関係の再構築を迫られるだろう。たぶん先輩はメルキア必殺『部下に丸投げ』でオレに振る筈なので今から考えねばならないけど。今回の決別劇はそれに対する証拠と材料集めの意味もある。
彼女に課せられる咎は、ヴァイスハイト
殿下に対する大逆未遂、メルキアに対する国家反逆準備罪、エトセトラ……ここは既にメルキアだ。法治における忌むべき反則、遡及罪を用いてでも彼女を断罪せねば【貪欲なる巨竜】は納得しない。その一端がヴァイス先輩の『半殺し』と周囲に納得させる。――ま、
破戒の魔人みたく
個人を責めてもどうにもならないから国家主義者らしい断罪方法になるけどね。長々とアンナローツェと言う国の終焉を宣告し、
「……以上だが。ここからは個人的な話になる。レクシュミ閣下が貴女の亡命先を用意してくださった。神聖同盟の責を全て被らねばならない我等へのせめてもの償いと言う所だな。」
彼女自身の刑罰は国外
追放と言う処遇。国外
退去の方がまだましだ。相手国で面倒見てもらえるし元というカテゴリーで身分も保証される。これはかつてのオレの故郷で言う『島流し』。身分どころか生活すら保障しないある意味死刑より辛い刑罰だ。―――あんまりなんでレウィニアが非公式で面倒見てくれるようにしてくれたけど厳しい生活になるのは間違いないだろう。流刑地を言う。あの制作会社の最北の舞台【ヴァシナル地方】よりさらに北、北方諸国だ。
「【霜籠の里】というそうだ。ただ貴女の娘は連れていけない。彼女自体はメルキアにとって害だが、外に出せばより明確な害になる。故に東領元帥の庶子、
メサイア・ツェリンダーとして扱うことに決定した。」
内心苦りきる。
メルキアの悪弊にオレ達が助けを求めることになったのだから。
「娘の、メサイアの安全は保証して頂けるのでしょうか?」
ゲームの通り母親想いの良い子ならいいけどそこらへんは解らん。オレにできることは彼女の未来を閉ざしつつも娘の未来、その可能性を広げてやる位だ。
「確約はできない。闇夜の眷属の血を継承する外戚のエイフェリア筆頭公爵がいるとはいえ戦敗国の忌み子を戦勝国指導者が引き取る、メルキアの歴史上例のない事態だ。彼女にも苦労してもらう事になる。そして君にはオレの個人的な賠償責任を負ってもらおうと考えている。」
「何のことでしょう?」
知らないか。蟠る感情を抑えて言う。
「オレの婚約者はリ=アネスに殺されたんだ。」
「! も……申し訳、」 「良い、軍人であれば覚悟はしている。彼女とてそうだ。」
震え上がるのは当然。アンナローツェの処刑人たるオレが私的に彼女をどう扱っても彼女は文句が言えない立場だ。先程王族としての全てをオレによって剥奪された。
「だからこそ命令する。『オレの妹』を預かってくれ。」
「……どういった意味でしょうか?」
そりゃ解らんわな。『お前は何を言っているんだ?』の典型だし。
「このままでは妹は……ルクはオレ達ザイルードの者に潰される。元々オレの母の精神を保つための道具だった。その母が『真なる妹』によってバケモノに変えられオレがそれを討った。あの子はこの家にいてはいけない。居続ければオレと父上によって道具として使い捨てられる。」
それが政治家一族としての宿命だ。今のルクに素質が開花する。そういった一縷の望みに賭けることも出来るが伯父貴が予定通り逝き、リセル先輩が嫁ぎ、オレが切り札を切った時、彼女にそれまで庇うという時間を与えられなくなる。父上もそれを解って居るからこそ賛成した。マルギエッタが珍しく疑念を持ったようだ。
「そこまで貴方様は己を苦しめて何をなさろうとするのです。私にザイルード家の事は解りません。でも私は貴方様の行動がどうしても間違っているようにしか思えないのです。何故そこまで自分を追い詰めるのですか?」
彼女に話すわけにはいかない。このゲームとその陰に隠れた神話はもはや世界存亡の規模に膨れ上がってしまった。だから彼女はこの
御伽噺から離れるのだ! 引き離す。オレの良心と共に。たとえそれが全てが解決し、彼女達を迎えに行けるようになったとしても!!
「自覚はしている。だがオレはメルキアの臣として何よりヴァイスハイトの為に修羅道を歩むことを決めているんだ。だから妹を……頼む。」
政治的には納得できないだろう。何故オレが亡国の女王を追放しながら同時に自らの肉親を人質として差し出してしまうのか。困惑を恐怖と勘違いしたのかスカートに張り付いて顔を埋めていたメサイアがぐずりだす。もう5歳児ほどなんだけど精神はまだそこまで至ってない。母親の感情を機敏に察し、己の行動に変えてしまう。
「あ―――っ! シュヴァルツ様 やっぱり泣かせてるー!!!」
こら、外で待たせていたのに勝手に入るな。どやどや入ってくるセラヴィにテレジットに……こらこらネネカもコロナもいるんかい! 最後に引き合わせるつもりだったルクもセラヴィに引っ張られて……
幼女キャラ大集合。
「わー! かわいい子がいる。お名前教えて?」
「羨ましいぞ、ストロベリーブロンドってこんな綺麗なのか!」
「あたしのぼーし被せたら似合うかな?」
「兄いちゃまが入っちゃダメって……」
「どーせシュヴァルツ様、女の子泣かせるだけだもん! 入っちゃえ!!」
5人でたちまちマルギレッタの周り――張り付いているメサイア――を取り囲む。びっくりして思わず母親のガウンから顔を出してキョロキョロする彼女、仕方がない。子供は子供で分けて彼女と細部の調整を行おう。引き離す餌は既に準備済みだしな。
「メサイアちゃんだったかな? これあげるから向こうでみんなとお喋りしておいで。」
自信はある。ようやく固形化に成功しかからな。それをふんだんに使ったチョコチップクッキーだ。これで堕ちない女(ただし子供に限る)はいない。……筈なんだが何故に嫌がる? 幼女共にびっくりしてキョロキョロしてたメサイアちゃんだけどオレが近づくと怯えに怯えて顔を隠しマルギエッタのスカート沿いに対角線に隠れようとする。そのままスカートの中に入りかねん勢いだ。
いきなり膝に衝撃。下見るとジト目のセラヴィが肘鉄喰らわせていた――身長上、脇腹でなく膝になったわけね。
「シュヴァルツ様、デリカシーなさすぎ!」
「「「「でりかしーなさすぎぃ!!!」」」
ひ、酷ェ!! 【スキル・致死
口撃】なんてあんまりだ! 解ってないでハモッた連中もだ。何かに気付いたのかテレジットがクンクン鼻を動かし。
「シュヴァルツさまもっとおかしもってるー! ちょーだい!!」
その言葉に即座に反応し飛び掛かってくる幼女共! コラ勝手に上着弄るなポケットに手突っ込むな……誰だ今ズボン越しに股間弄った奴!?
チョコチップクッキーは元より鞄に詰めてあった茶菓子や別腹用、挙句に戦闘用携行口糧――勿論カロリー重視の甘味――全部奪われる。万歳三唱してメサイアちゃん誘って勝手にお茶会始める幼女共とその隣でOZLしてるオレ。
「だ、大丈夫ですか?」
流石の元女王陛下も心配そうに声をかけてきた。笑って手を振る。
「毎日がこんな感じですよ。オレや先輩の周りはこんなに賑やかなんです。それを少しでも長く続けたい。そんな身勝手な理由で世界中にメルキアの負債と論理を押し付けようとしているのがオレという侵略者です。」
まっすぐ彼女の目を見る。彼女に責任は無い、でもオレは……
「だからこそヴァイス先輩はオレという人間の屑を大切にしてくれるんです。彼の周りは初め誰もいなかった……
彼自身ですらね。オレは彼を知っていた……
オレや先輩が生まれる前から。だからこそ不味いと思い手を貸したんです。でも彼にはそれを返す術がない。彼の力の原資と言うべきもの全てはオレが与えたんです。だから彼はオレに返そうとした。オレの力を元としない『当たり前の幸せを』。」
彼女が息を呑む。止められない。オレの言葉が言い訳から言の刃に代わってしまう。
「公衆の面前で貴女が半殺しにされた理由はつまるところそれだけなんです。」
何を言っているんだオレは……もう亡国となった王族にこんなことを言ってもただ闇雲に傷つけるだけ。目を伏せて話を聞いていた彼女が答えた。
「そこに貴男は居るのでしょうか? 貴男様の闇が見えてきたように思います。貴男様はこの世を名画の情景としか見ていない。よりよくその絵を描き直すことしか見ていない。自分が楽しむことを求道者のように拒否し……すいません。」
彼女の言葉、それを同じ言葉を何度も言われた。リセル先輩に、アル閣下に、シルフィエッタにそしてカロリーネに。謝罪したはずのマルギレッタが意を決して話してきた。
「ザイルード卿、貴男様も国を出るべきです。貴男が良かれとする行動の全てがメルキアを頼り切らせ、事態を悪化させていると思います。それは救国ではなく傾国ではないのでしょうか?
貴男様に頼らないメルキア。それが貴男様の本当の願いなのではないのですか?? ヴァイスハイト殿下にとっても。」
たった1回の出逢い、それだけでここまで踏み込んだ洞察を示す。だからこそ厄介だ。この世界には支配者、指導者と言うべきチートが存在している。神殺しや神格者共は言うに及ばずヴァイス先輩達や前に居る彼女。そして頑なにその本質や能力を拒否し只人であろうとするオレですらその中に入る。何故そんな世界で
実在する神の筆頭の意思を跳ね返し続けられるメルキアと言う国があるのか? おっと!
「それならば時を置かずの方が良いでしょうね。しかしそう簡単には行きません。全ての準備が整い状況が揃ったときにこそ初めてオレは動くことにしていますので。その時が貴女の出国時期ですね。」
納得したように相手が頷くと誤導が成功したことを確信する。準備はできている。状況はそろった。2日以内で事は動く。明後日の夕方にはオレはメルキアからおさらばだ。
潜んでいるアデラ百騎長にハンドサインで『予定通り』を通達、神間因子通信でハリティにも伝える。丸テーブル囲んで姦しいお喋りに夢中の幼女共を眺め。その笑顔を護ることがヴァイス先輩をメルキアを世界を護る事と信じて覚悟を決めた。
「(オレは世界を回す。)」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
あとがきと言う名の作品ツッコミ対談
「どもっ! とーこですっ!! 死んでる作者に代わり……」
生きとるわい! ま死にかけたのは事実だけどな。
「一月更新ストップして泣きながら雑談板に連絡してたくせに。」
事実だからしゃーない。作者的にはいくら遅くとも予定通りに連載するつもりだったのよ。駄文であることは事実だからせめて納期だけはと思ったんだけどね。
「で? どんな感じなのよ。続けられそう??」
下書きはそれなりにあるからね。だけど大分苦しくなってきた。現状下書きが36話まで進んでいて次章クライマックスまで来てるけど此処から話が収束していくからな。しかも5章は一桁以内の輪数で終わらせるつもりだから相当考えて執筆せねばならん。
「死ぬ気で書け(にたぁり)」
うん、頑張る。
「おや? 以外に素直??」
作者的にはエタりたくないのよ。一度折れると総崩れかもしれないからな。だから各ゲームも中古含めて買い直し再インストしてでも揃えクリアした。情報とBGMも全埋めでね。
「あーOS切り替えたせいで旧ゲームデータが吹き飛んだ件か(笑)」
言うな黒歴史なんだから。さっさとツッコミ行くぞ。
「じゃその一、またもぶつ切りで終わらせたわね? 言い訳考えてる??」
ま予想外に3章も増えた点もあるけどここで切るのが良いと思ったのよ。もし章末でこれやるんだったのなら問題なかったんだけどね。
「どゆこと?」
アルペジオSS最終話でもやったんじゃないの。オレ達の旅はここからだ! シーン(笑)次話冒頭は220年後での発進シーン。そして末尾は『戦狂い』発進シーンだ。解らないというならもっとヒントだな。冒頭の予定BGMは「infinite knots」末尾シーンは「desire hexagram」だ。
「げ! 重要シーンでしか使わない主題歌熱唱を1話で二つ?」
ま、冒頭は変更したけどね。これ以上に合う重要シーン存在するし。そのために原作ゲームがこっちではとんでもない規模に膨れ上がった。
「? 確か三章冒頭でもメサイアちゃんが幻燐戦争に殴り込みかけるという展開になったわね。今度は何?? 「infinite knots」てことは天結い関連だろうけど。
うん旅の舞台がフィアスピアじゃなくなった。地方を跨ぎラウルヴァーシュ上空が最終決戦場というVERITA級シナリオ。
「妄想もいい加減に……(ツッコミ砲チャージ中)」
そうしないと魔法か兵器かというテーマが纏まらない(真面目)。なにせ最強の兵器を持ち込むからな。魔導巧殻無しでユン=ガソルに勝てないしユン=ガソルもメルキアと主人公の強さに対抗してベルゼビュート宮殿に匹敵する魔法要塞を持ち出す。下手すりゃこの二つの激突だけでアヴァタールが焦土と化すな。
「ひぃ……」
それくらい話を大きくしないと対抗者たるアルクレツィアに釣り合わないのよ。いわば今作は魔術、魔導、神力三つ巴の相克戦という世界滅亡級の事件になる。最後どうまとめるかはプロット構築でも至難の業だったよ。
「ホント原作を拡大解釈しまくっているわねこの作者。」
そりゃこの作品を第一次エウシェリー大戦目指して驀進させたからな。それくらいの危機や相克目指さないとだめでしょ?」
「大丈夫かなぁ……さてツッコミその2 前回のあの方て神殺しだった訳ねー。なぜわざわざ参戦させた訳?」
バランスブレイカーだからな。彼が表に出てくると大概の事は片付いてしまうしヒトも物語である魔導巧殻からすればそぐわないキャラだけど状況から出さざるを得なかった。
「??」
まず第一に神殺しの逗留地たるレウィニア神権国がお隣さんだという事。第二にリガナール大戦から80年超だからその間に何もなければ再び神殺しの力が最盛期に入ってきてるという事。だからガス抜きが必要だった点かな?
「ガス抜き?」
うん、戦女神ZEROとVERITAの間のお休み時代の割に神殺しの物忘れ(笑)が酷いのよ。ハイシェラのツッコミ用ボケを増やすというプレイヤー解説の為だと思うけどその原因は何回か神力暴走&神力開放をやらかしたんではないかと?」
「それでリガナールでイグナートをぶち殺し今作で主人公勢蹂躙させたわけかい。割と主人公戦闘力的に強くないね。」
存在そのものはチートだけど実力的には大したこと無いよ。この時点でもゲームでならLV20台後半しかない。だからあくまで主人公はヒトと国家に拘り続ける事が出来るの。
「超常すら組織という箍に嵌めて役割分担させているしね。だから彼等超常のパートは結果論でしか書かないのか。」
そういうこと。あくまで魔導巧殻はヒトの物語だから作者もそれに拘ってるのよ。超常やその能力はあってもあくまでそれは道具に過ぎない。次のヒトを束ねられる存在は何か? が今作のテーマだよ。
「さてこのままだと際限ないから締めてこ!」
うん……大変申し訳ありませんが最終プロット構築及び話数溜め込みの為、第四章・大陸西方彷徨編は8月10日より始めようと思います。
「三か月もお休み?」
「うん、リアルマジヤバイ」
「ならとっとと下書き書かんかいー!(轟音と悲鳴が交錯)」
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