――魔導巧殻SS――
緋ノ転生者ハ晦冥ニ吼エル
(BGM 全てを見据える覇王の瞳 冥色の隷姫より)
キサラで行われた四元帥会議は罵りと非難と対立で終わった。そりゃそうだ。
西領と南領が戦争状態、東領は惣領と懐刀が大喧嘩、北領ガルムス元帥は素知らぬ顔。今まで調停役だったエイダ様は『国外逃亡』中ときた。これで何か決まるなら奇跡でしかない。
実はここでエイダ様の不参加とオレの西領代役でナンバーツー同士の実務者協議も不可能になるよう手を打ったんだ。東領一つとっても残ったミアさんじゃ役不足、ザフハのネネカやアルフェミア、ラナハイムのフェルアノ王姉は部外者だ。メルキアの話に加わる事が出来ない。今迄実務者協議を取り仕切るオレが消えることでそちら側も軸がなくなってしまったんだ。
この大混乱を尻目にユン=ガソルが宣戦布告と攻勢をかけてくる。そこでオレはメルキア諸問題の一時棚上げとヴァイス先輩と軸とした対ユン=ガソル戦線構築を行う……が中興戦争当初の予定だったのよ。こっちの対立が酷くなったのは仕方がない、まさかラスボスがゲーム開始より前から蠢動してたなんて知る訳ないし。だけどさ?
この期に及んでもユン=ガソルが動いていないのよ? 莫迦王約束はどうなった??
確かに西アンナローツェは彼らが占拠した。【旧王都・トトサーヌ】も占拠している。だが其処でユン=ガソルは軍事行動を停止させてしまったんだ。しかもオレが国を出る前に『王妃』ルイーネ・サーキュリーがバリアレスのマーズテリア要塞神殿に入ってる。訳が分からん。向こうだって宗教戦争にすればメルキアの流儀が成り立たないのは解っているというより莫迦王の美学が許さない。
「いょう! 比翼“殿”。派手にやらかしたなァ!! あのヴァイスハイトが膨れっ面してるのは笑えたゼェ!!!」
ドスドスという大雑把な足音とニャーニャーミーミー猫砦のフィンラクーンを何匹も張り付かせたままその元凶がやってきた。
「……
ランドルフ卿、お前なぁ…………覗き見も大概にしろよ? エイダ様は兎も角、伯父貴は容赦せんぞ。」
ついでに北領不敗もな。全く、メルキアの防諜はどうなっているのやら……北領のアデラちゃん南領の先生としては泳がせているんだろうけどこいつ泳ぐどころか明後日の方向へトリプルアクセルかますからな?
「お前さん、コッチ来た時から疑問の匂いがプンプンさせてたからなァ。ひとつオレサマがそれを消してやろうと出張ってきたわけだ。」
軽く手を振って一言で決めてきた。
「それが終わったら御役目御免てことサ。」
へぇ……やるつもりか。こいつは史実ルートにおいてユン=ガソル開戦の前に東領を離れる。こいつが開戦直後に東領を離れる、または開戦にもならない段階で東領を離れるのは『史実ルート』からプレイヤーの行動が外れていることを意味しているのだ。結論としてはオレの【メルキア中興“偽”史】は未だ『史実ルート』を欺いていることになる。ただこの莫迦王そのタイミングを計っていただけとは思えない。何かある。それを察して莫迦王が喋る。
「ルイーネが何してるかはお前さんが良く【知ってる】だろ? あるいは知らないふりをしているのカァ?? ルイーネの目的は今も昔もかわりゃしない。
莫迦王を護るためなら悪魔とでも手を結ぶ。伊達に宵闇の騎士の血筋じゃないってことよ。」
「……随分と大盤振る舞いだな。知らなかったが読めたぞ。」
なるほど、魔族ないしその血を受け継ぐものか。それなら謀将として剣士として側近としてあのチートっぷりも解る。頷き考え込むオレの前で莫迦王が嗤った。
「違うんだよナァ、比翼。ルイーネは在り方が違う。」
「は?」
いやオレが『お前は何を言っている!?』な顔をしているんだろうがまさかあれで不死者とか神格位持ちとかはないだろ? そもそもそれじゃオレと同じ規格外だ。レクシュミ閣下と同格と言う事になってしまう。ゲームを鑑みれば人間同士の戦いでなくなってしまうんだ。製作者サイド『神の影響を極力排除する』が成り立たなくなる。
「昔……な。メルキアに狂った魔術師一族がいた。」
壁篭に腰かけて喋り始めた莫迦王。猫娘達も気配を読んだのか不安そうな顔で一言も発しなくなった。
「そいつ等は
死を魂の回帰で覆そうとした。腐海のなんとかっていう奴の入れ知恵と手土産の剣で挑んだらしい。」
「おい、待て!」
絶句する。お前知っているだろう?
狂気の系譜【腐海の大魔術師】がユン=ガソルに関係しているのか!? オレの割り込みを『聞けや』の一言で潰して莫迦王が喋り続ける。
「……仮初の肉人形に魂を移し続けることで不死を願い実験に狂奔したという。当然禁忌だ。すぐバレてインヴィティアより追放された。そもそも国家の力を盗んで挑んだ実験だから続けられる訳がネェ。だがその
直前に成功してたんだなコレが。」
魔術師達は当主の娘を実験台にして秘術を成功させていた。ちらりと莫迦王オレの腰に下げている剣を一瞥する。
「そいつが、その剣が触媒なんだ。ならば不可能じゃねぇな。ザイルード家の家宝【暗黒剣・ザウルーラ】、元の名をこういうそうだぜ【ネルガフブ】。
「な……に?」
聞き覚えがある。異界守の物語、その最終戦の直前にて歪魔の賢者と相対し勝利の証として与えられる武器だ。フレーバーテキストでは上級悪魔を封じ込めた魔剣だったか?
「らしいなぁ? だがルイーネの話だとその中に入っていたモノは上級悪魔程度まで落ちぶれた
死にかけの御物だったらしいぜ。」
そこまで来れば話の流れが見えてくる。
「つまりこの剣に封じられていたのはアルタヌーの精神か?」
なんてことだ。神々が世の秩序が国家神殿が必至になって封じていたアルタヌー封印の一角をザイルードが崩した!? それも
腐海の大魔術師の入れ知恵?
奴こそ神殺しの思わぬ被害者にして200年後野望が為に天魔の落し仔を覚醒させる中原最悪の災怨。彼が何故不死に拘ったかはあのゲーム制作会社における
主軸の物語で明言されている。ただ彼は永遠に連れ添いたかっただけだ。【神殺しセリカ】という女神の躰を持った天賦もつ男に。言うならば聖なる父に魅せられた狂人。そいつがメルキアに関わっていた!?
莫迦王一転してはぐらかす。……証拠は無い未確定な己の推論てことか。
「そこらへんは解らん。だが実験体となった娘は魂の回帰が止まり中の御物は一時であっても生き永らえることができたらしい。それを認める認めないである魔術匠合が内乱の挙句分裂した。【知ってる】だろ? それがリプディールとラナハイム、そして南領の真実」
知るわけあるか! とんでもねぇ……メルキア帝国の東進と南領設立。裏側に腐海の魔術師とアルタヌーがいた。オレは彼等から見れば時間犯罪者ではない。介入者に過ぎず未来を知らずとも100年前から改変している側からすれば邪魔な存在だ。オレの存在は未だ奴等の眼中に無いのかオレの行動そのものが奴等の計画の内なのか?? 莫迦王が最後を締める、
「勿論その魔術師一族も無事じゃない。互いに争い殺し合いバラバラに散じて滅んだとサ。ルイーネの話だとそこから始まったんだとよ。」
莫迦王がらしくない溜息と共にぞっとする単語を吐き出す。
「呪われた一族がな。」
「…………」
「もうルイーネが何なのか本人すら解っちゃいねぇ。ただ彼女は望むことなく転生を繰り返す呪いの中にいる。再びメルキアに戻ってきたとき彼女は呆れたらしいゼェ。
追放された魔術師の末裔が何故かメルキアで元帥様になっているとは思わなかったとサ。」
余りの重さに呆気に取られているのであろうオレ。人間族の罪は過ちを繰り返すのではない。『過ちを忘れてしまう』。レイシアメイル族長の言葉がのしかかる。
「ザイルード、継承者、『月女神の呪い』……彼女は。」
「まぁ戯言と思ってくれャ。過去のことなんざ関係ネェ。アイツはオレサマの幼馴染であり部下でもあり憧れだ。今じゃ三銃士筆頭、それでいい。」
……満ちては欠ける魂の回帰と人為的な転生を月女神の権能から逆手に見ると
イアス=ステリナの月女神になっちまう。当然それはアルタヌー、いやアルクレツィアに継承されているはずだ。ルイーネ・サーキュリー、いやユン=ガソル連合国すらメルキアの流儀どころかアルタヌーの因果、いや……
ザイルードの因果に縛られているのか。
「だから今までの借りを返してくれ。纏めてな。」
飛びすさり身構える。ここまで直截的に言ってきたのならば!? オレの暗殺を軸に宣戦布告かと思い合図を送ろうとするが莫迦王いきなり胡坐をかいて頭を下げる。
「ルイーネを、ルイーネ・サーキュリーを救ってやってくれ! 頼む!!」
「お前は何を言っているんだ?」
いや、言うに事欠いてオレがそれ言ってどうするなセリフだけどそれしか言いようがない。お前はそれでいいと言ったじゃないか? それにそんな狂気の産物。オレだって対処不能だ!
「ルイーネはバリアレスに向かったのは知ってるだろ? そこが彼女の目的地じゃない。彼女は呪いをどうにかしたいと常に願っていた。人形である彼女の躰に魔力を集積し呪いごと己を破壊させる。その魔力供給源と集約機構を探しに……
ディジェネールに向かったんだ!」
「【ディジェネール地方】?…………真逆!?」
確かに己を考えなければ神の呪いと言うべき魔法術式を力任せに破壊する手段はディジェネールにある。――オレが知っている! 【破熱の熱河】その中枢たる魔力集約展開機構【遥かなる繭宮郷】!!
「莫迦王……ルイーネが向かった先はそこなんだな? 正直に答えてくれ。彼女は
勝つ手段を探すと言ったのではないか??」
「あぁ」
フン、『王妃』らしくもない虻蜂取らずだな。
最強の魔術要塞を以ってヴァイス先輩を屠り、インヴィティアを巻き添えに自爆してメルキアの中枢を滅ぼす。首都と継承者を失い要が崩れてしまえばメルキアの流儀からしてユン=ガソルを中心に4領は纏まるしかなくなる。先輩の後はオレが引き継がざるを得ないしそうなれば【貪欲なる巨竜】を護るためにオレは目の前の莫迦王を先輩の代役に建てざるを得なくなる。
復讐戦争の大枠を変え己の命を対価に
【メルキア連合】を文句の出ない形で創り出す。確かに国家戦略として良手だが超常の論理を甘く見てないか? 神が強大なのは解っていてもその桁を間違えている。その程度で己の呪いとメルキアの因果、即ち闇の月女神その呪縛を破れるものか!
想定を早めよう。確実を期すためにリガナール以降をすっ飛ばす。正直テルフィオン連邦は介入させず抑えておくべき要点だが時間がない。一気呵成に事を為し付け入る隙を与えない。ゴーティア三王国もサマラ魔族国残党の再度の蠢動により神聖領域門前面で大決戦中でここ数か月は動かないだろう。ならば脅威となるべきものは内乱中のフィアスピア地方その神権会議たる【精域葉】だけだ。
「解った。手順を繰り上げるとしよう。オレはリガナールで一仕事したのち、テルフィオン辺境に向かうつもりだったがその暇はないらしい。ならば不完全だろうともアレを起動させる。莫迦王? ルイーネが返ってくる予定は何時だ?」
微妙に情報をずらすのはお手の物。だが王妃は愚か軍師ですらこれを見抜くだろう。ならば前提を覆す。アレを切り札を誤認させる。実際切り札だが軍事においてハードは一定の差内なら数や指揮官の優劣で拮抗ないし凌駕できる。
国家戦略において肝となるのはソフトだ。人が組織がその優劣を決定づける。そここそが900年もの人的資源を積み上げたメルキア帝国とその母体の一部を受け継いだとはいえ建国80年程度のユン=ガソル連合国の差だ。
「あと二月無いと言ったところだが比翼よ? 何をする気だ??」
「その程度でメルキアも己も壊せるならば月女神はお人好しさ。月女神の権能そのものを潰さなけりゃ呪いは解けない。『満ちて欠け』さえ“止めて”しまえば転生を阻止できるはずだ。」
史実のアル閣下と同じ展開にしてしまえばいい。こっちにその肝たる【停時結界】も【豊穣の神の御物】も【破壊手段】もあるからな。風情が無いなら時限式にして彼女が望む時望む場所で起動すればいい。酷い話だが生きることを放棄した時点でヒトは終わりなんだ。それにしても……
ルイーネさんがまさか魂が憑依した
魔導人形だとは思わなかったわ。これヴァイス先輩との濡れ場、というか三銃士全員との4Pどうなるんだ? ……一抹の寂しさと共にいろいろ下世話な想定を膨らまさざるを得なかった。
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(BGM 流離う者たち〜Brightly horizon 戦女神VERITA〜封緘のグラセスタより)
莫迦王と別れてなおいくつか欺瞞行動をとりキサラ城内の酒場に入る。そのまま厨房倉庫から地下室へ。表向きは宴会などの雇用連れ添い役待機区画――向こうで言うホステスさん達化粧部屋ね――ははぁ、成程。こんなところにも【リリエッタの娼館】があるのか。だって出迎えが御本人だしね。そのまま案内され貴賓室へ。そこのソファーにディナスティでお留守番な筈の先生と先程四元帥会議でオレと狂言ツンケンやった伯父貴がいた。
「ご苦労様です伯父上。女連れというブラフまで立てて秘密会談とは恐縮です。」
「いや、もう一人……二人だな。来るぞ。」
続いて別の扉から入ってきたのはヴァイス先輩とリセル先輩。彼女達をエスコートしてた侍女役のフランチェスカが一礼して下がる。
「…………」
「「…………」」
そりゃーこうなりますわ、気まずいなんてもんじゃない。四元帥会議中始終睨みつけてくるだけで一言も発してない。先輩怒り出すと無言からいきなり手が出るタイプなのよ。ゲームでもダメ王女にブチ切れて形式質問の後にいきなり平手打ち――今回は半殺し――まで突き進んだし。
リセル先輩に関しては怒りよりも絶望感の方が強いだろう。レウィニアでエイダ様から聞いたけど決別の後、詳しく説明を受けたらしい。真逆己の一族がメルキアの敵であり先輩も可愛がっていた従妹のルクレツィアが諸悪の根源だったなんてどうしていいのか解らない。
「久しぶりに一家が集まったというのにこの様か。」
「どうにもここまで拗れるとは思いませんでした。時に伯父上? この剣、どこまで知っていたのです??」
苦々しい顔をして話の口火を切る伯父貴に腰に封じをかけて吊り下げられてるザウルーラを叩いて答える。
「ギュランドロスか?」 よくご存じで、いやルイーネを動かしたのはもしかして伯父貴か?
「王妃の正体まで話してもらえました。酷い話だ、これではメルキアは何が何でもユン=ガソルを併合しなければならなくなる。彼の国のやらかしたこと全てメルキアが背負わねばならないという事です。」
月女神の物語宜しく難易度ルナティックだ。ユン=ガソルを潰し、ジルタニアを倒し、アルを救済し、アルクレツィアを滅却する。それですら前提条件でここまで神代と現世を混乱させたメルキアを現神は許しはしないだろう。手を出すことはないが地方全体を西方大封鎖地の様に力づくで隔離しかねない。そんな現神にとっても採算度外視なことをやらかされれば双方に修復不能な亀裂と原理主義を生み出しかねない。それこそ精域神戦争を数百倍の規模でやらかし共倒れになるのが関の山だ。
「もうたくさん! お父様もシュヴァルツ君も勝手なことばかり!! それでどれだけヴァイス様が苦しんでいるか解る!?」
卓を叩いて怒鳴ったリセル先輩が涙声になる。
「メルキアって何なのよ。こんな国要らない。こんな国守るためにヴァイス様が苦しむことなんてない。」
「ならば出てい」 「オルファン元帥」 静かに冷厳な親心を嗜める。
「伯父上、冷たく突き放し国外退去させれば二人が幸せになると思ってませんか? それで一時は救われるでしょうが大勢は変わらない。メルキアを私が今“居る”【リガナール地方】にはさせてはなりません。我等は十字架を背負いながら磔刑場へ引き立てられる咎人だからです。」
溜息を吐いて一言、本来はオレだけが背負うべき咎なんだけどね【預言者】だけに。まずは先輩達を宥めないとね。表立って話せなかったことを白状しよう。
「ヴァイス先輩にもとりあえず先程得た情報を話しましょう。莫迦王の情報から闇の月女神を解放したのは我等ザイルードの先祖だったのは間違いなさそうです。オレの見立てでは
闇の月女神の巫女の目的はヴァイス先輩の全てを憎悪で満たしオレがその車輪を回す
【憎悪の女神の国】を作り出す事。」
「ならばお前の茶番は何のためか? 何のためにあそこまでメルキアを傷つけた!?」
怒りを絞り出すように先輩が問うてくる。
「簡単なことです。オレの妹だったモノは予定外事態の対応に過ぎません。オレの願うのは今も昔もただ一つ、
アル閣下を救う。それだけです。」
「……本当なんだな?」
「先輩、散々欺いた人間の言う事ではありませんが嘘を言ってどうします?
先輩を皇帝につけるのだってメルキアが中興されるのだって叙事詩から見れば結果そうならざるを得ないんです。オレが提示した体制も版図もベクトルでしかない。ただ外してはならない必須条件がアル閣下の救済。ただこの救済が叙事詩では
生死を問わずというのがオレの美学と大いに衝突した。」
だからいない間総員でヒキコモリ続行のアル閣下を護る態勢になってる。オレの読みでは魔焔融合炉を見逃したアルクレツィアの次なる手はメルキアを離れたアル閣下の捕縛と見ているんだ。今回はルノーシュの時の罠は使えそうもない。神殺しもタイミング的にケレースからの直接転移は難しいであろうからだ。
「少なくとも叙事詩が始まるまではオレはアル閣下を除外して先輩と話していた。【知っている】からなんとかすると……なんとなかると。」
ヴァイス先輩が頷く。
「ですがこの中興戦争がオレのつまらないミスで――ルクレツィアに史実を話してしまいそれを利用されたこと――14年前に繰り上がっていた事で計画は破綻しました。本来アルタヌーは叙事詩で言えば
最後を飾る修飾的設定でしかないんです。それが現実の脅威として顕現している。」
苦々しく言葉を締める。
「我等ザイルードの因果としてね。」
「ならば態々決別する必要はない。オレの名代としてシュヴァルツが諸国を巡ればいいだけだ。」
先輩あっさりとオレの行動規範を否定。うんそのつもりだった。
「それがダメなんですよ先輩。アルタヌーと言う神の跳梁は
メルキアの問題ではなく現神の問題なんです。アルタヌーを擁するオレの妹だったモノは神の問題【神治】をメルキアに持ち込んできた。だからこそオレは奴を叩き潰すまで神代の問題に専念せざるを得なくなった。結果先輩と言う現世【法治】と決別したのです。」
そうメルキアに神治を持ち込んではならない。各々の神殿を最大限利用し使い潰しながら彼等の求める新たな信者の源【メルキア帝国】に指一本触れさせない。それどころかオレ達が『オレ等の地でお前たちは何を企てているのか!?』とイチャモンつけれるよう現神の問題は現神に対処してもらう。オレは
現神達への審問官たるべく動く。だからヴァイス先輩と本気で大喧嘩して国を出たんだ。
「戻れるのか?」 伯父貴の言葉。
「戻りはしますよヒトとしてはね。ただ単なる人としては引き返せないことは覚悟しています。」
伯父貴に目を向ける。さてここらでメルキアの対立に止めを刺しておこう。【魔法か兵器か?】 こんな上辺だけの些末な問題でオレ達が振り回される必要はない。重要なのは【神に抗うか神に阿るか?】だ。
「だからこそオレは伯父貴に協力できない。そしてエイフェリア元帥をも道具扱いする。」
「ん?……魔導戦艦と大陸航路、それをあえてシュヴァルツが選んだのはそれが理由か?」
「あえてとは?」 ヴァイス先輩の言、意味解らんけどそれとなく筋を合わせてみる。
「言わせる気か? お前が【宰相と公爵の懐刀】だったとしてもエイフェリア元帥の意に沿い、しかも彼女の構想を彼女自身が想像すらできない領域までぶち上げたのは何故か? オルファン元帥に協力してプラダ家を乗っ取り全てを手に入れた後、推進しても良かったのだ。」
「オルファン元帥が許すとお思いで?」
皮肉気に笑みを浮かべてみる。その言葉を待っていたように彼が言う。そうだよなぁ……ゲームで魔導が魔術か、その選択が可能になるターン辺りでヴァイス先輩伯父貴に何らかの疑い抱いていたしなぁ。あ……それ以前に先輩にはバーニエ怪獣大決戦で話しちまった。
「リセル……心して聞け。オルファン元帥は長くない。」
「う……そ…………!」
冷たく真実を告げるヴァイス先輩に絶句するリセル先輩。
「そう簡単にくたばる気はない。」 鼻を鳴らす伯父貴、
「伯父上も強情ですねぇ。家族しかいないこの時くらいは認めてあげてもいいでしょう? して先輩、雰囲気から察したのは大したものですが話の続きはどうなるのです??」
怪獣大決戦時点でヴァイス先輩と情報共有していたと伯父貴に知られるとオレがメルキアとグラザを両天秤にかけていたと邪推されかねないからね。あえてここはゲーム通りに、
「オルファン元帥、安直に考えるのであればシュヴァルツは貴方が死んだ後にいくらでも魔導技巧を復活させることができる。しかしあえてそれをしなかった。双方に知識を与え、競争させ、世界を震撼させる【魔導戦艦】を【歪竜】を見せつけた。現神すら
【恐れそして排せざる帝国】を作り上げようとしている。」
魔導と魔術の両輪国家メルキア、これはオレの始まりからあるメルキアの国家像だ。どちらかなど片腹痛い。それを中興戦争から共有していた先輩が目を細めて次を話す。
「そしてオルファン元帥の懸念に過ぎなかった魔導技巧が禁忌に通じかねない危険性を西領への政治策動ではなく【魔焔融合炉】で証明し、逆に南領が隠匿していた【魔物配合】がリガナールの破戒の魔人が開発した限りなく禁忌に近い物だという事を暴いた。」
対面の先生のさりげない仕草に待ったを掛ける。伯父貴に出させるわけにはいかないからね。それが事実を証明してしまうしここで修羅場になる訳にはいかない。
「そのうえで世界に、ヒトに問いかける気なのです。
この力、この産物、この未来を禁忌と断ずるべきなのか? とね。それが大陸航路開削の本質、ラウルヴァーシュにおける
神に阿る神殿と対極をなす神に抗うヒトが歩むべき階。それは南領と西領の一体化、つまり俺を主軸としジルタニアを排した新帝国でしかあり得ない。」
そういう事だ。大陸航路、この構想がジルタニアの神権帝国とは相容れない。魔法術式も魔導技巧もあくまで国家の道具として扱うオレ達に比べジルタニアの構想は究極的には技術も使用被使用すらも飛び越え国家国民思想意思すらも統一してしまう集合意思体にしてこの世界を作り出した禁忌、その再来を意味するのだ。――未来の迎撃都市において同じ策謀を進めていった元アークパリス教皇の前提段階から最終段階までをジルタニアは一気呵成に進めているともいえる――その神も、世界をも懸絶してしまう禁忌こそ先史文明の秘奥、
【機工融合】
先輩が話し終える。遂にヴァイス先輩は何故ジルタニアを倒さねばならないかに辿り着いた。ヒントこそ与え続けたが己の力で辿り着いたのだ! ちゃんと今回の四元帥会議で話した断片的な報告から真実を組み上げちまうからなぁ。先輩こういう構想力が凄いのよ。オレすらそこまで纏められん。
「ヴァイス様もお父様もシュヴァルツ君もどういうこと? これじゃまるでヴァイス先輩とシュヴァルツ君の決別だけじゃなくて南領と西領の争いすらお芝居に過ぎないの……」
片頭痛のようにこめかみに手を当てリセル先輩の呆れる声に反射的に、
「「こいつが全部芝居に仕立て上げただけだ!!」」
伯父貴と先輩が忌々しげに毒づくのにオレは降参のポーズをする。
「そうでもしないとエイダ様も伯父上もどこまでやるか解りませんし! だから何度も言ったんですよ。南領も西領も最新鋭“だけ”並べて限定総力戦の筈が最新鋭“だけ”放り出し殴り合い始めてどうするんです!?」
「「お前がロクに話さず暴走するからだ!!」」 再び声をハモらせて糾弾される。
ハイハイどーも済みませんね! オレだってアルクレツィアのことはそれ程の想定外だったんだよ!! 今だって話すべきか悩んでいる件がいくつもあるし!!! それはそれとして真顔になって話を進める。
「どうです伯父上、
この期に及んでも魔導技巧だけを禁忌と強弁し続ける気ですか? 所詮禁忌なんてものは三神戦争の勝者が勝手に定めた【法治】でしかない。彼等がそれを武力で押し付けるのではなく法をもって我等を指導する気であるならば我等ヒトも参加させて頂きましょう?」
「何を以って、そして何を成して禁忌とすべきなのか。」
伯父貴が呆れたように首を振る。そこまで話が昇ってしまうと『どちらが悪い?』は通用しない。
ルールそのものが初めから組み直されるのだ。それも伯父貴の死後にね。今のルールが用をなさないなら次のルールに己の意思をねじ込む。伯父貴はそういった人だ。
嗤う、エリザスレインの揶揄ではないがこれこそが現神共と対等に渡り合う真なる武器なのかもしれない。
「(節度と言う名の詭弁、それを国、いや組織単位で行う事を何というのか、
【対外交渉】」
ヴァイス先輩が天井を仰ぎ見る。大陸航路が何を意味していたのかを再認識しているのだろう。単なるメルキアの繁栄でも、アル閣下の救済でもなくその遥か先、禁忌すら乗り越え神とヒトが共に歩める世界に。
「遠い、遠い話だなシュヴァルツ。オレが、オレの子孫が尽きたとしても叶うか解らない地平だ。」
同じように天井を見上げる。たぶんオレ達の見ているものは違うのだろう。先輩は遥かなる希望『星』を、オレはこの叙事詩における最大の障害となったその星を呑み込む
晦冥『アルタヌー』を、
「叶いましたよイアス=ステリナではね。古神を満足させ信仰による支配を切り離し繁栄した。でもそれで向こうの人類は驕ってしまった。
成し得ぬことなど無いと勘違いした。人類は忘れることでその意味を見失い自己破滅への道を突き進んだ挙句、安易にもう一つの世界を繋げてしまった。」
エリザスレインの後悔、コリドーラ先生の侮蔑、レイシアメイル族長の諦観が繋がる。
「シュヴァルツ君、貴男はそこに居るの?」
リセル先輩に尋ねられた。余りにも遠い話故に足元が見えていないと言いたいんだろう。
「ようやくたどり着いたんですよ。オレの願うメルキアはこうです。
ヒトに新たなる可能性を! かつての人類の罪を伝え同じ路を歩ませない!! そして神に阿る事でヒトとしての責任を放棄しない!!! それが……」
あぁ連合帝国、連邦帝国。どちらも言葉に使いながら分けられなかった理由が分かった。迷っていたんだ。集約した意思を重視すべきなのか分散した意思を重視すべきなのか――初めは連合した方がいいだろう統一意思も無く乱立してはメルキアが成り立たない。しかし、豊かになり制度が発達し臣民ではなく国民意識が発達したのならば、
「オレの目指す【メルキア連邦帝国】です。」
「「我等はその階、その一番下という訳だな。」」 先輩と伯父貴二人の言葉に反論、
「いいえ、想像にしかすぎませんが一番下はたぶん敵手たる帝国皇帝ジルタニア・フィズ・メルキアーナです。【ヒトよ
可能性を信じ立ち上がれ!】ジルタニアが思うこれがオレの思索の根底かもしれません。しかし彼は拙速を求め安易に力をもって変えようとしている。魔導巧殻もアルタヌーも彼の捨て駒として使い潰すモノでしかない!」
両手をテーブルに乗せ宣言する。
「我等は魔導にせよ魔術にせよ禁忌で在ろうともヒトとして結論を安易に求めない。それは過去現在未来全てで絡まり合った因果を解きほぐす為です。故に一気呵成にこれを絶ち切り解決を指向するジルタニアの策謀を葬らねばならない。それがメルキア中興戦争の決着点です。」
「そしてお前はその陰で実妹を滅する気か?」 伯父貴の言葉に以外を感じた。
「伯父上何か問題でも?」
いまさら何をな感じだ。それをオレがやらねば伯父貴がやらねばならいでしょう? それが無理なことくらい解っている筈なんだが??
「…………お前達をあの夜逢わせるべきでは無かった。睦ませるべきでは無かった。力任せに引き剥がすべきだった。儂の痛恨の不徳だ。」
「シュヴァルツ君……貴男!?」 リセル先輩が口を押えて慄き、
「シュヴァルツ、お前……なんてことを!」 ヴァイス先輩が絶句する。
ヤレヤレ旧悪を暴かなくても良いでしょうに……といいますかちゃんと監視されていたわけね。もうそんな情では済まないという事に。
「所詮一時の過ちでしかありませんよ。妹だったモノとメルキア、其処に暮らす全て、そして
カロリーネ……オレにとってどちらが大切なのか自明です。ジルタニアを討ちアル閣下の真なる御物を破壊し、アルクレツィアを滅する。これは規定事項です。その上に……」
一気呵成にオレの意思を押し付ける。こんなことはしたくなかった。オレは皆と一緒に歩いて行きたかった。でもそれは時間犯罪者としてやってはいけないことだ。皆の未来を踏みにじる事だ。だから、
「その上にオレの指向するメルキアがあります。伯父上も、ヴァイス先輩も、リセル先輩も、国全部どころか家族全てもオレは駒として扱わなければならない。そうしなければオレは何のためにこの世界に生まれ出でたのかまで引き戻されてしまう。そのことを本当に申し訳なく思います。」
頭を下げる。静かに笑う声、伯父貴が笑っている、いや泣いているのか?
「ジルタニアにだけ目を向けすぎたな。儂も老いたか、此処にこの時代にザイルードの因果を断ち切らんとする大莫迦者がいたとはな。」
「シュヴァルツ君、必ず帰ってくるのよ? 貴方は現神の使いでもなく古神の操り人形でもない。必ず……必ず! 私達の元に帰ってきなさい!!」
リセル先輩が涙ぐみながら怒る……いや諭してくる。そしてヴァイス先輩、
「忘れるな、俺はお前の為に皇帝になるのだと。お前の悪を俺も背負うのだと。あの日、あの時にお前がオレを引き上げたことでお前も救われるのだと! お前は孤独ではないし孤高でもない。隣に俺が居ることを忘れるな!!]
幸せなんだろう。数々の超常、英雄たちに押されてオレは事を為す。神殺しや魔人帝に匹敵する叙事詩の主人公としてオレはこの中興戦争を戦い抜く。目を開き碧の瞳がヴァイス先輩の蒼眼に写り為すべきことを紡ぎ出す。
「さてヴァイス先輩、お聞きしましょう。莫迦王相手に1月持たせられますか?」
「難しいだろうな。だが可能な限り
悪戦するつもりだ。」
「ヴァイスハイト、そしてシュヴァルツバルト。南と西は気にするな。むしろ北に気を配れ。」
「伯父上、北は大丈夫かと思い……」 「その北だ。」 伯父貴の畳み掛ける宣告、
ぞっとする。まさかケレースの魔、深凌の楔魔が四位、グラザが動き出すのか? 不味い、これでは北領不敗は兎も角メルキア最強北領軍が動けなくなる。さっきの四元帥会議でも現状の東領動員兵力はルモルーネ、ラナハイム北部、ザフハの残存、全てかき集めても二個軍団4000しかないとリセル先輩が言っていた。
ユン=ガソルとの戦力差は質量総合して5倍近く差が出来てしまう。いくら将の力が種族の力が大きく軍に作用するディル=リフィーナでも兵の差がここまで大きくなると一年前のオレが戦ったルモルーネ戦と同じ結果になってしまう。そしてその軍を率いるのがヒトとしての戦術上位の『将軍』、戦略上位の『軍師』、そして国家戦略を語れるヒトから逸脱しかけている『王妃』―――三銃士だ。
「先手を取りましょう。」
「「「何?」」」
先程の想定はヒトの論理だ。最大でも国家間での戦略『国家戦略』の問題でしかない。……そう、別格ともいえる『神域戦略』ともいえる超常の行動を元にした戦略、その札を一枚だけオレは動かせる。
「神殺しが今ケレースに向かっています。本来のオレの指針ではグラザに対する牽制の意味合いが大きかったのですが切り札に変えてしまいましょう。まだキサラにはレウィニア第8軍、エディカーヌ魔法兵団、リスルナとスティンルーラの残存もいますよね?」
「
ケレースへの北進……それを本物に変えるという事か!?」
ヴァイス先輩の驚愕はオレがザフハ潰しの欺瞞として使った各国軍集結の理由、それを本物にすり替えることだろう。
「でも各国の軍は……」
「リセルよ攻め入るという過程だけで良いのだ。奴らの対価にケレースの地をくれる必要などない。」
「……」
リセル先輩の絶句――そりゃそうだろう各国の精鋭を使い倒した挙句、各国はその応分の払いを求める為にメルキアと友好関係を続けねばならない。メルキアの強大化と経済発展を黙認せねば元は愚かオレが提唱する大陸航路の旨みを失いかねない。……こっちは脅しの面だけどね。先ずは懐柔策、それも経済的ではなく軍事的な意味でだ。
「オルファン元帥、今は敵地迎撃で留めましょう。ケレースの力を削いだ後に北領軍は引き上げます。むしろこれが囮となって神殺しの西側からの敵本拠【天獣の冠】突入を助ける。」
「ならば【ラルズ要塞】か。」
ですねぇ。より北部の【ラッシルト大森林】を迎撃地にしたいところだけどゲームで何度も大軍集結させてはハイシェラ閣下に蹂躙された覚えがある。確かにグラザは格下だけどバーニエ半壊させたその力を考えればゲームとしての力なら同じ事が出来ても不思議じゃない。
「(西領、南領が抜けた状態でケレースとユン=ガソルとの二正面戦争……正気の沙汰じゃないな。いや、これでエレン=ダ=メイル、ドゥム=ニールがこちらに加わる。よし!)」
「ヴァイス先輩、この際
ザフハもアンナローツェも捨てましょう。全兵力を東領に集中させればまだ戦力を増やせる。」
「それで莫迦王が領土拡張で終わらせない保証は……! 成程な。」
「ええ、狙いはユン=ガソル首府・ロンテグリフです。ただし動くのはフォアミルから。レイムレス要塞に一個軍団を配し開戦と同時に北領軍1個軍団を合流、接弦の森から迂回した“3個”軍団を以って城塞都市コガレンを迂回、ロンテグリフ前面【工業都市・ハルシュハイネ】を窺います。」
「ちょっとシュヴァルツ君! 幾らなんでも無茶すぎ。兵站がそれに兵力も……」
「タイミングを合わせて1戦出来るだけで十分です。むしろ莫迦王もそれを望んでいる。だからこそ先輩方も調略した『親衛軍二個軍団』を伏せているんでしょう?」
「もうっ!」
ここで莫迦王の望む決戦を御膳立てしそれを正面から覆す。破熱の熱河、アレは一種の魔力集積・自律魔術展開を極めた魔法要塞といっていい。ならば自ら媒体となった王妃がディジェネールからユン=ガソル国内に持ち込んだタイミングで決戦を強要する。彼女は勝利を確信、する訳ないか……ただ己の予想など指数倍で超えたトンデモを投入するとは思わない筈だ。誰が……
現神と古神のなれの果てが制御し、
禁忌を超えた動力源と世界を滅ぼせる外殻を備え、
先史文明でリスペクトしたメルキア魔導技巧と、
新規に加わるメルキア魔法術式で合成された、
『幻 想 種』
……なぞ想像できる?
ゲームの展開ならば十分な兵力をユン=ガソル国境沿いに配して開戦、
1週間で外郭領地を奪取、フォアミルからの機動兵力でハルシュハイネを強襲して強制イベント突入……なんだかんだで
3週間でユン=ガソルを陥落させることができる。
本来ならばこれが最良手、三銃士にその真価を発揮させない【大兵に戦術無し】――相手の対応能力をオーバーフローさせることが質を量で覆すセオリーだ。今回はそれが使えない以上、本当に莫迦王の望む頂上決戦をやるしかない。問題はアル閣下を戦闘は兎も角、戦術的に使わねばならなくなり約束を破っちまうことだがバレなきゃいいだろう。
「乾坤一擲……だな。俺如きが覆せるのか?」 先輩も流石に不安になるようだ。
「その確率を僅かづつでも高めていくのがオレの役割でありその穴をこじ開けるのが先輩です。だからオレはメルキア中興戦争においては未だ【ヴァイスハイトの比翼】なんですよ。」
「知った口を利く。」
先輩の苦笑にオレは肩をすくめて同意を現しリセル先輩が微笑み伯父貴が優しい目をする。いつまで続くか解らない家族。その一つ一つを噛み締めながらオレは、いいやオレ達は未来のメルキアに手を伸ばす。もう一つの確認を終えた後、オレは再びリガナールに居ることになるだろう。
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(BGM 覚醒する伝説 珊海王の円環より)
ヴァスタール恩寵の森、ルーファベルテ首長国に戻りスティール・リトと共にリガナール半島を半周して北海岸に出る。そこにリガナールでは数少ない森が未だ残っている。
リガナール大戦においてゲームでこの森を根拠地としたヴァリ=エルフ率いるラプミーズもお隣のタロス諸島【レノアベルテ】を首府としたリュリ=エルフ率いるレネオルシアも破戒の魔人そっちのけで互いに争っていた土地だがその原因がこれなんだ。
川をスティーレ・リトの魔法船で遡上し、ある部分でルーンエルフ達が祝詞を詠う。ゆっくりと空間が揺らぎ川から裂け目を通じて地面が道が現れる。
「解りました。私でも出来るでしょう。」
術式を見切ったシルフィエッタが言う。流石は神の子だ。本来はオレ達人間族どころか同族ですら理解不能な術式を見切ってしまう。そりゃ破戒の魔人が実験材料以上に欲しがる訳だよ。それによってオレの【魔装巧騎計画】が階段を数歩飛ばして完成する。感謝するしかない。
後方で魔法船に砲列向けてる――スティーレの中のイグナートの術式が何するか解らんからね。用心の為だ。――戦狂いを背にオレとシルフィエッタ、二人だけで結界の中に向かう。
鳥の囀りも虫の音色も獣の足音さえない
杜、時折水精や光精が顔を覗かせてはすぐに引っ込めて隠れてしまう。白い霧が漂い始めるが物ともしないで歩く。所詮迷い森という精霊魔法に過ぎない。神の子や反精霊とも言うべき時間犯罪者に効く筈も無いんだ。
「これが……そうなのか?」
唖然とする。確かに強大な魔力だ。普通の魔術師ならどんなに願っても手に入れたいものなんだろう。しかしこんな……こんなものを
闇の巫女と
ルリエンの大祭司は奪い合っていたのか?
破戒の魔神が欲していたものなのか?? くすりと笑われた。
「シュヴァルツ様でもそう思うのですね。結局イグナート様はこれを必要としませんでした。『
ラエドアがあるのに二本目を何故必要としよう? 悪戯に神を引き付けるだけだ。』あの方はそういう方です。
如何に変わろうとも己の命一つで事を為そうとしていた。」
「オレの叙事詩では違ったな。どこまでも貪欲に傲慢に苛烈に力を求め続けていた。
己がどうなろうとも力であり続けようとした。彼が力を諦め神の介入を避けた……不思議なものだ。」
一見二つの要因は繋がりそうなんだが政治というスタンスでみると相容れないんだ。己を軸として力を汲み上げるか、力を己の本質としそれを振るいぬくか……彼が狂った魔人に過ぎなかったのならば前者の行動はとらない。己を軸とするのは即ち『自制』でありそれは彼を主人公とした
リガナール大戦にそぐわない。それでも彼は魔人として魔神として決起しリガナールを統一一歩手前に導き、そして神殺しに弑された。――だからこそ彼も外殻より存在をサルベージされたオレの同類ではないか? と疑うんだ。――さて……
ゲームではどのルートを取ろうとあの二人が奪い合っていたこれは解らなかった。ゲームの国家間背景として描かれたものに過ぎなかった。エルフの神宝と両者が称した目の前にある物……野外劇場? いや違う、直径1ゼレス(1.5キロメートル)全高6ゼケレー(18メートル)もの苔生した
切り株
その縁に12体もの人影、いや12柱もの超高位精霊がいる。六皇精という神格へ近づきつつある複合属性精霊だが属する神の影響を受けてややその方向は偏る。この場合大地と森の恵み、エルフの祖、緑の杜七柱ルリエンが直属精霊、
六皇精【ラクス・トリエスタル】
あのカロリーネと引きずり込まれた羽娘の巣、その引きずり込んだ
根菜精霊の最終形態がこいつだ。魔物配合で作るモドキではない。純然たる力を持った大地の恵みと災厄の化身。シルフィエッタが己の魔力を解放し上位嵐精【ルファニー】を招請する。シルフィエッタもオレも彼女達と直接会話できない。超高位精霊と会話が許されるなぞ神殺しとか白銀公とかトンデモ級超常だけだ。あ、
数多絆結びし救国の工匠は別か。
オレの方見て顔顰められた。どーせ性魔術でシルフィと3Pやらかして支配下に置いたこともバレただろう。まーその程度でへそ曲げられるようじゃ自然界の主精霊は務まらん。それに状況はシルフィを通じて流れた筈だ。何故オレが神木の枝を必要とするのか。何故拙速に力を集め魔装巧騎を作り出そうとするのか、今アヴァタールで何が起こっているのかだ。
うん一つ忘れてた。懐から碧い塊を取り出し掲げる。
「この“杜”を裂くつもりはない。僅かな枝葉さえ頂けるのならばこれを以って預言書を使い必要な分を生み出す。」
12柱のトリエスタル達がそれを凝視し口を半開きにしている。そりゃそうだ森の守護者たるルリエンの係累なら豊穣の神の恐るべき力など想像できる。植物の無限増殖。彼女等が手折った一枝がたちまちのうちにいかなる作物も無限に生み出し続ける巨樹に変わりかねない。無限の豊穣など
あの神格者候補が言う通り常命を太った奴隷に堕としてしまう【世界の敵】でしかないんだ。うん絶句しているのはいいけど皆様こっち向いてやらないで。褐色肌にトップレスな純白ベビードール姿の女性精霊なんて男にとって目のやり場に困り過ぎる。
トリエスタル達が踵を返しオレとシルフィエッタについて来いと促す。切り株を上がりその中央へ琥珀色した樹木の残骸を潜り、いやこれは遺骸なのか?
翠樹妖精族達多分
高位や
神格位持ちのユイチリの木化した遺骸だ。本来の木化なら妖精としての死であっても生命としての死ではない。だがこれは明らかに死んでいる。緑の杜七柱の神宝に死体を散乱させておくなど……思わずかがみこみ注意された。
「それは木であったモノではあり……」 「翠樹妖精族だろう? だが不憫すぎる」
シルフィエッタが悲しそうに首を振る。
「それでよいのです。シュヴァルツ様、貴男が触れる必要も権利もありません。」
「どういうことだ?」
とりあえず立ち上がりそれらから離れる。権利も無いという事は人間族としてのオレに権利がない。つまりネイ=ステリナ側の禁忌だと予測する。
「ここは墓所です。メルキアの
神懸るモノ達と同じく人柱となっていった彼等彼女達の。」
「すまん【知らない】どういうことだ?」
うん全然解らんわ。そもそもゲーム設定でも明かされてないサイドフレーバーをどう解釈しろと?
「ラプミーズ・ヴァリ様が何故ヴァリの姓を冠せられるのか? そしてかつては尊称として
晦冥の月巫女がヴァリの姓の代わりに冠せられていた事。そしてこの地がラエドアと同じ神々の世界への門として機能していた事。」
淡々と語るシルフィエッタの言葉と共にオレは推論を組み立てる。……晦冥の月巫女――闇の巫女、ヴァスタール、神々の世界……
「まさかイグナートがこの神宝を要らないと吼ざいたのはこれが手に負えるものではないと看破したからか? かつてのアヴァタール、都市国家メルキアへの魔物大侵攻、その実態はアルタヌーの復活。神の直接介入を招く。」
そらいくら何でもイグナートも使わんわ。ありとあらゆる己の知識と力、それに女性に対しての特攻魔術【性魔術】をもってしても世界規模の実体のない災怨というべき女神であったモノなんぞどう扱うべきか解らない。こくりとシルフィエッタが頷いた。だが疑問が残る。
「しかし疑問は残る。エリザスレインによれば晦冥の雫はアル閣下に搭載された一つだけ。このラウルヴァーシュ大陸はそれきりの筈だ。」
「ここに封じられているモノは
闇の月への転移の城門です。」 「うげ!」
そんなもん知るわけないわ! 思わす飛びすさる。当然、オレと言う存在を世界から隔てている結界、その片方はアルタヌーの神核から出来ているんだぞ!!
「大丈夫ですよ。少なくともアルタヌーは還る事を望みませんでした。望めば白銀公と世界の為に最良の結果になっていたのですが。」
「謀られた、と言う訳ですか。アルタヌーも馬鹿ではないですね。」
呆れた、ここにオレが来る。それを渋りながらも援助を与え誘導した。保険はシルフィエッタ。
オレからもし神核が分離され月に還るならば即座に現神が全力を以ってこの場を封印しアルタヌーをラウルヴァーシュに顕現できなくしてしまう。残るはアルクレツィアに晦冥の雫だけだ。
アルクレツィアをオレと相打ちにさせ、
晦冥の雫はヴァイス先輩が黎明の焔で滅却する。最悪の時代を回避する手段として陥れられる寸前だった。
「で……封印をはぎ取られたオレはどうなっていた?」
「単なるメルキアの預言者になると。世界を揺るがせること無くメルキアはヴァイスハイト様と貴男のモノとなる。そして私は闇の月女神の封印者シルフィエッタ・ヴァリとなると言われました。」
「不戯けるな!!!」 怒りの余り彼女の襟をつかみ捩じり上げる。
「お前は被害者だ! 何も知らず国家に破戒の魔神に翻弄され神殺しの怒りで咎人とされた犠牲者に過ぎん!! 誰が囁いた、現神共か? ソロモン魔神か?? それともメイルの女王か白銀公か!?」
彼女が彼女自身の支挫じりによって被害者から加害者に変わり結果リガナールが滅んだことなど頭から吹き飛んだ。そこまでして全てを奪われ捨てられ自暴自棄の後半生を過ごすはずだった彼女が立ち直りつつある。それを斟酌せず今世は彼女の意思までも贄として扱おうとしている。許せるものか!
バンという音と共に吹き飛ばされ切り株の床に叩き付けられる。顔を顰めて睨みつけるトリエスタルの一体、タックルを掛けオレの身体に当たった半身が無惨なまでに崩れている。直接攻撃とはいえオレが本気を出していないとはいえ六皇精ですらこれ程の破壊力になるのか。そりゃ精霊達がオレに近づけないわけだ。近づいただけで消滅しかねない。それでも流石は超高位精霊、それも回復力・再生力に優れる地に属する精霊だ。見る見るうちにその体が再生していく。機先を制して話す。
「エルフ族の神姫にたいし無礼を謝罪する。だが彼女の発言はオレの意思、メルキアの流儀に真っ向から反していた。それを咎めただけの事。害意はない。」
疑問点がある。これだけの情報。シルフィエッタですら簡単に知れるものではない。時期からしてこれ程の秘事を探れるわけはない。彼女がメルキアに居た時からオレの傍にいる。例外は二回、それも同一の場所に出向したときだけだ。更に先回りされた! 其の居場所でなく彼女がオレをここに導いた真の理由に、
「私にも【冥色の隷姫】として意地があります。シュヴァルツ様、貴男が貴男の全てを犠牲にしてこの厄災を止めることはあってはなりません。メルキアはヒトの国なのでしょう? 神の国にはさせないのでしょう?? 貴方に全て任せてしまったらヴァイスハイト様が国を立て直しても【預言者の幻葬帝国】――リアライズ・インペアリアル・オブメルキア――貴男という現人神の国と化してしまいます!」
答えに詰まる。いや愕然として声が出ない! 確かにオレはヒトとして戻ると先輩達に約束した。だが全てが終わり……長い年月の末先輩達の命が尽きてもまだオレは生きているだろう。無限ではないし低位のエルフ族に比べても短命だろうが全てを覆しメルキアを繁栄に導き伝説を作り出したオレをメルキア臣民達は無視などしない。意識? いや無意識でいいんだ。オレにはその器がある。それに注ぎ込まれる水、某駄女神が冗談交じりの真実として己の神格者にぶちまけた冗句。
女神力
そう
オレの神化が始まるんだ。冗談だろ……本来数多の英雄や魔人帝や破戒の魔人が神にならないなれないのはその器が無いから、神殺しが器たる神の肉体を持ちながらも神となれないのはその器に注げる水が無いから。そして双方を持つあの駄女神がいくら史実から抹消された力ない存在に過ぎなくとも人々の無意識の信仰によって強大化し、それに引きずられるように彼女の躰が『兵器と化した父神』を止める奇跡をなしとげ“る”のか……考えてみればオレにはその双方が歪んでいるとはいえ揃う、いやメルキアの中興で揃ってしまう。
だから超常共が悉くオレを注視し警戒するのか。メルキアと言う人類国家に
【国家という権能】を持つ現人神が誕生する。
イアス=ステリナの概念に過ぎなかったモノがディル=リフィーナで神として顕現してしまう。現神共からすれば狼を追い虎……どころか竜を出すようなものだ。
「とんだ落とし穴だったな。シルフィエッタ、それを自分で調べオレの行動計画を誘導し此処に導いたのか。
湖の森の国、その書庫で? 大した策だ。」
だからこれを見せアルタヌーの神核を分離できなかった今こそ彼女の策は発動した。これをオレは聞いたが最後、後戻りはできなくなると彼女も確信しているだろう。オレ自身が己が考える最も最悪な事態を呼び込むことになるんだ。防ぐ手段は実質オレの自滅以外にない――残念だけどそう現神や超常共の思う通りになってやる気は無いけどな――内心を他所に彼女は胡乱な行動に出た。
「失敗したのは事実ですから。アルタヌーはそれほど甘い相手では無いと思い知らされました。ですからここからはシュヴァルツ様の出番ですわ。」
彼女が腰紐、肩紐を解き衣擦れの音がして妖精皇の衣が落ちる――某精霊王女はゲーム故の専用装備に過ぎないのね――
「何のつもりだ?」
「この座はあくまで転移の城門を封じる為にあります。枝を手折る事は愚か一滴一粒たりとも魔力を消費してはなりません。だからこの座を触媒に私が“産み出します”。その為に私はシュヴァルツ様と共にここに来ることを許されたのですから。」
「お前は被害者……だというのに、犠牲ッ者に過ぎないのに‥………」
オレの反論が弱弱しく消えてしまう。こんな筈じゃなかった。彼女に犠牲を強いるつもりなんてなかった。だが心でオレが叫んでいる。ユガミノオモネで氷結の女神の監視に晒されながら神木の枝を探し回るより遥かに効率が良いと。世界中回りまわって略奪同然で探し回るより攻略の益になると。そんな下らない考えがオレの想いを押し潰してしまう。
封印されているはずの尖水晶が淡く輝き中の死んでいるはずの風切り羽が柔らかくこの杜を照らしていく。まるで道を指し示すかのように。存在を魂を削り神と共に歩め、それがお前の【メルキアの流儀】だと。ヒトに戻る贅沢なぞ許されぬと、
「ごめん……本当にごめんッ!」
シルフィエッタを掻き抱く。これで全てが揃う。メルキア中興戦争の決着、アルクレツィアとの決着、魔装巧騎計画の完成。いや莫迦王との約束を果たす。フィアスピアへ……
最強の兵器を求めて。
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