闇の王子テンカワアキトの身体を震動が襲った。
洗濯機の中に無用心に飛び込んだらそうなるのではないかと思われるほどに黒い王子は激しくユーチャリスの中を縦横無尽に振り回される。
少し、些か、結構、かなり滑稽。
ラフな黒の七分丈の薄手のシャツにジーンズという井出達だったのが少し幸いした。
例の黒マントにバイザー姿だったらもう目も当てられない。
癇癪を起した子供にグルグルと振り回される照る照る坊主みたいな光景になってしまう。
見てる分にはそれは面白いかもしれないが。
そんなアキトは、絶賛震動に弄ばれ中。
震動。
震動。
震動。
震動。
震動。
そんな感じ。
ドゴーンとかズズーンといった擬音語で紙面を埋めようというのは些か厚顔無恥に過ぎるので単語を羅列してみた。
いやぁ、ホント、フォントのサイズを15とかにして、太字にして、赤字にして擬音語を連発するとか凄いセンス。超センス。
小学校低学年くらいの時の作者のノートがそんな感じだった。
でも単語を羅列しても所詮あんまり変わらない。
だから開き直って擬音語入れよう。バンバン入れよう。今はもう古き懐かしきアカホリズム。
ホンブンヨリーン
ポンペケテーン
シュリンポプリーン
ゴングリシャー
メリージェーン
何か楽しくなってきたのではあるが、最早SSと呼べる代物ではなく、擬音大全集になってしまいそうなので自重する。
何事も程程が大切である。
荒れ狂う嵐のような一時が過ぎ、救護用バッタによって甲斐甲斐しく頭に包帯を巻かれながら、アキトは今となっては視力が殆ど回復した瞳をジッとユーチャリスのメインAIでるところの『ユーリ』に向けていた。
ユーリは、普段のゴスロリルックではなく、夏を意識した浴衣姿で、アキトの湯飲みに特別に取り寄せていた玉露を淹れていた。
ドンドンゲイ達者に、もとい、芸達者になっていくAIユーリ。
可憐な姿に、煌びやかな浴衣姿は、有象無象のモデルでは足元にも及ばない。
アップにした髪から覗くうなじ。後れ毛。微かに伏せられた瞳。大理石の階段に落ちる枝影を彷彿とさせる控えめに頬に落ちる睫毛の影。
全てがユーリを艶やかに見せていた。
やがて、微かに耳に響くこぽこぽという音が止むと、そっと湯飲みをアキトに差し出しながらユーリはそのアメジストの瞳をアキトに向ける。
『これって小悪魔系浴衣っていうんですよ。知ってましたマスター?』
「うるさいよ」
本題に全く入ることをよしとしないAIの両目にアキトの二本の指が突き刺さった。
〜アキトとラピスと時々ユーリ〜〜その二:やっぱりナデシコなら一度はやっておかなきゃ。ねぇ?
『目がぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜目がぁぁぁぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜』
両目を抑えて床を転がるユーリをアキトは荒い息を抑えながら見下ろしていた。
「コイツを使っちまったら、他の武術と差が開きすぎちまう」、なるほど、そうですね象山先生。
アキトは、突き立てた二本の指を見下ろすと、何かを噛み締めるように拳を握り締める。
「アキト。サミングは反則」
抹茶練乳ラテを啜っていた、何故か無傷なラピスはそっと呟く。
「反則?上等だ!!こんな腐れAIにそもそも反則なんて概念は無い!!コイツを血祭りに上げて三沢先生に捧げてやるさ!!!」
犬歯も露わに、獰猛に、荒々しく、アキトは吠える。
NOAH信者アキト。
黒い王子は絶賛好戦的。
もうそろそろ将来について落ち着いて考え直す時期に差し掛かっている事もうっちゃっている復讐者。
そろそろ落ち着きと思慮深さを持つべきなんだろうなぁと冷静に思いつつも、いつまでも子供らしさを失わないアキトがやっぱりいいなぁと思う、若干ダメンズウォーカーちっくな発想をするラピス。
「日本のプロレスはショーに徹し切れていないから好きじゃない」
アメリカのガチショープロレス派なラピスは、そんな内心に沸き立つアキトへのデレを隠して、そっけなく続ける。
カップの中のラテを飲み干すと、ラピスは転がっているユーリを見つめる。
「いつまでユーリはムスカってるの?そもそもユーリロボット。大して痛くない」
「ハッ!?そういえばそうだ!!ユーリ!!」
今頃気付いたアキトに、ホントにこの人は抜けてるなぁという呆れと、でも可愛いなぁという愛しげな視線を器用に混ぜて向けるラピス。
小悪魔系浴衣ルックゲイドM女装妄想美少年AIユーリ(何、この頭の悪い単語の並び)は、転がるのをピタリとやめると、ゆっくりと起き上がり、気恥ずかしげに頬を染める。頬を微かに染める機能とか、マジウリバタケさんスゲーなオイ、という感想を若干抱きつつアキトはユーリを見る。ラピスは特に何の感情も浮かべずにこの船の制御AIを見る。
『いえ、機械の身体でもマスターの鍛え上げられた指二本を受け入れるには、まだユーリの身体はほぐれていません』
「いかがわしいものの言い方をするな」
『ですから、ユーリとしても超人ムスカの姿を模すことでダメージを軽減せざるを得ませんでした』
瓶が砕ける位の勢いで殴られて死なないどころか、血すら流さないって凄い。
「まぁ、俺としては、躊躇無く背後から瓶で殴りつけるあの子の方が怖いけどな」
「あのシリーズの女の子は思い切りがいいのがデフォだよアキト」
『まぁ、あれは思い切りが良いというか、情け容赦無いというものですがね』
それぞれが、それぞれ国民的アニメ映画の話題に意識が飛びかけたところで、主人公が待ったをかける。
「いや、それよりも、現状を説明しろ」
『現状とは?』
「ユーチャリスが戦闘中に激しい震動に見舞われて、俺が気絶して、今ようやく俺は目が覚めたんだ。正直一体何がどうなっているんだ?」
『説明セリフありがとうですマスター』
「アキト、乙」
「ほんっとに感謝しろよ?お前ら話を進める気がびた一文無いんだからなぁ………」
「違うよアキト、私達が話を進めるんじゃなくて、私達が進んだ後に話が出来るんだよ?」
『感動しましたラピス』
「しねぇよ。何良い事言ったっていう感じにキリッてなってるんだよ、このお姫様は」
アキトはやりきれなさをぶつけるように、ラピスの搗き立てのお餅のような頬っぺたをムニムニと掴む。
痛くない程度にしているのか、ラピスは特に嫌がる風でもなく、それを黙って受け入れている。
ちょっとしたスキンシップである。
『ああ〜〜〜ラピスばかりズルイです!!マスター!!ユーリの尻肉も揉みしだいて下さい。熱く、ねちっこく、執拗に!!!』
「お前はとりあえず頭の体操から始めてろ。というか、いい加減現状を教えろ」
ユーリの脳天に遠慮の一切見受けられない手刀を叩き付けながらアキトが疲れたように言う。
その際、ユーリが『ありがとうございます!!』と言った事はスルーしておいた。
ユーリもいい加減主のご機嫌を直さねばと、唇に指を当てて、う〜〜〜んと唸ると、ちらりとアキトを伺う。
そのらしくないユーリの仕草に、アキトは首をかしげる。
「どうした?」
『驚きません?』
「………驚くって言ったらどうするんだ?」
『黙秘権を行使します』
「いいから言え。今更驚くような出来事になんざそうそう遭遇出来ないさ。ガイが生きてたって驚かないからな」
(リレー小説参照。ハイハイ、宣伝宣伝)
付き合ってられないとばかりに、アキトが突き放すように言うと、ようやく決心がついたのか、ユーリはぽつんと漏らす。
『逆行しちゃいました』
「………………ああ……………」
そのときのアキトは、一言で言ってしまえば、痛みを堪えるという顔であった。
『何か予想外の反応でしたね。驚かないんですか?』
「驚いたさ。何が驚いたって、今更そんな展開にした事にだけどな」
『まぁ、やっぱりナデシコといったら逆行ですから』
「なんていうか、こんな手垢が付きまくって元の色がわからない上に、いくらでも良質の作家が提供しているネタを振るって何だろうな」
「身の程知らずって言うよね、アキト」
「ホントな………今更凡百の人間が手がけた逆行モノなんて目の肥えた読者を満足させられないのにな」
『いいじゃないですか、逆行。ビバ、逆行。神の視点、メタな視点で重箱の隅を突いたり、身も蓋も無い事を言って、過去の人間を嘲笑って薄っぺらな万能感と優越感と正義感に浸りましょうよ〜〜〜♪♪♪』
「お前はホンッッッッッッッッッッッッッッッットに口に戸を立てるという言葉を知らないAIだよなぁぁぁ!!!!!」
「どうどう、アキトどうどう」
真理を吐くAIに、根が良識派、穏健派、事勿れ主義、日和見主義な闇の王子は叫ぶ。
『どうせ、次回には何事も無かったように戻ってますよ』
「言い切ったーーーーーーーーーーーー!?」
メタとヘンタイ性欲だけが友達さと歌い上げかねないユーリに頭痛を12ダースで覚えつつ、アキトはふとラピスを見つめた。
ん?とアキトを見つめ返す瑠璃色の瞳に、アキトは抱いた疑問を投げる。
「ラピスはあんまり驚いていないみたいだな」
「だってアキトが目を覚ます前にユーリから聞いて状況は把握してるもん」
「………だったらラピスの口から聞きたかったな………お兄さん………」
脳みそに億単位のバグが発生してるのではないかと思われるショッキングピンクな思考回路のAIよりも、多少毒舌だったり天然だったりおしゃまだったりしても無邪気な愛らしいパートナーである妖精から事実は知らせて欲しかったと切に思うアキト(ロリコン疑惑有り)だった。
「誰がロリコン疑惑だ!!」
「アキト、地の文に突っ込んじゃダメ」
アキトを落ち着かせるように、そっとその武骨な手に、白魚のような手を添えるラピス。
ラピスの想いが、労りが流れ込んでくるように思えて、アキトはその手を握り返す。
幾ばくか落ち着きを取り戻したアキトは、そこでユーリに視線を向ける。
「で、逆行というと今は一体いつ頃の過去なんだ?」
『ナデシコが発進した辺りだったりします』
「……………んんん?」
アキトは聞き間違いであろうかといわんばかりに、複雑な顔をする。
『いかがされましたか?マスター?』
「いや、発進した辺りって……もう佐世保から発進済み?」
『済』
「もう行っちゃった?」
『いやん、イッちゃっただなんて♪♪そうですよーーー』
「いや、だって逆行って言ったら普通はナデシコ発進直前とか、俺が子供の頃とか、そういうのがセオリーじゃないのか!!」
『ああ、それでマスターがブラサレでかっこよくナデシコを助けると』
「ブラサレ言うな。ああ、そうだよ。そういう展開だろ?それでそのまま何だかんだもっともらしい理由でナデシコに乗るって……」
『ベタですね〜〜〜〜』
「うるさいよ。ベタって言うな。てか、普通そういう始まりだろ?」
『うふふふ、もうマスターったら、嫌だな〜〜〜そんなタイミング良く。漫画じゃあるまいし〜〜〜♪♪』
「アキト、流石にそういう恥かしい発想とか期待は心の小箱にしまって置くべき………」
「お前ら言いたい放題だな!!」
『でも、そういういつまでも少年の心を失わないマスターがス・キ♪っていうか抱いて』
「ラピスも好き」
身をくねらせるユーリ。
負けじとアキトにぴっとりと抱きつくラピス。
「慰めるな!!!」
『知ってますか?闇の王子って実際はイコール魔王っていうらしいですよ』
「あ、聞いた事ある」
「そして何事も無かったかのよう!?」
『だったらマスターはルシファー?』
「じゃあ、ブラックサレナの後継機もルシファーとかにしておけば良かったね」
「お願い、やめて!!!」
「……………でもテレビ版の頃のアキトだったら喜んでつけたと思うの」
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
アキトが心の特別病棟に隔離しておきたいイタイ傷口を、無垢な妖精が、優しく、丁寧に、でも躊躇無く切り開く。
激しく身悶えし、床を転がるアキト。
そんなアキトに何を興奮したのか、もじもじと太腿をすり合わせるユーリ。
そして、転がるアキトを聖母の如く慈愛に満ちた、淫母のように狂愛に満ちた瞳で見下ろすラピス・ラズリ。
壊れた人間関係も、歪んだ愛も、案外その辺に転がっているという見本のような光景がそこにはあった。
「で、逆行して実際何か俺達に影響はあるのか?」
『影響ですか?』
アキトは頷く。
「流石に過去の時代に俺達は異物だろう?」
「アキト。安心して」
「ラピス?」
「性別が変化したりしてないから、私とアキトには無問題」
「調べたのか!?」
「でもナノマシンが何かいい感じに作用してアキトの五感を完治させてたりするような事もなかったのが残念」
『まぁ、ナノマシンって別に魔法の不思議アイテムでも何でもありませんからねぇ〜〜〜』
「都合よく大人になってバインバインになってなかったのも残念………」
「ラピス………」
しゅんとなるラピスの肩をそっと抱くアキト。
アキトを見上げると、そこにはラピスを優しく見つめる瞳。
「気にするな。ラピスはラピスのペースで大人になればいい。そんなものに頼って焦って大人になる必要はないさ」
「アキトォ〜〜〜」
蕩けたように瞳を潤ませると、ラピスはぎゅうっとアキトの腰に抱きつく。
アキトはそんな無垢な少女を愛しく思い、そっと抱き返す。
『まぁ、折角のロリっていう武器を失うのも勿体無いですしね』
「お前はホンッッッッッッッッッッッッッッッットに台無しにするよな」
つづく………のか?
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