「ごめんなさい……ごめんなさい……」

ああ、また市のせいで、みんな不幸になっていく。
長政様も、兄様も、誰もかも……

長政様は、とてもお苦しいはず。
市が騙していたせいで、何もかもを失ってしまわれた。
信じていた、“正義”さえ、もう……

兄様は、市のこと怒っているわ。
だって、市がもっとしっかりしていれば、兵を動かすこともなかったもの。
けれど兄様は、市を牢にも入れようとしない。
ああ、お優しい兄様……

でも、何もかも市が悪いの。
最近兄様は、以前よりもずっと恐ろしい。
明智様が斬られたことで、きっと怒っていらっしゃるわ。
明智様がお亡くなりになったのも、市のせい……

「市、何をしている?」
「兄様……」
「貴様は、何もしない。己が立場を、弁えておるのか?」
「……ごめんなさい、市……」
「ハッ!貴様の“それ”は、聞き飽きたわ!」

兄様はそれ以上何も言わない。
けれど、怒っていることは分かるわ。
だって市が、何もしないのだから……

でも、市は何をすればいいの?
どうして市を、放っておいてくれないの?
みんなして市に、何を求めているの?
市には、分からない……

みんな、分からないことで市を怒るわ。
市にはどうでもいいことでも、みんな市を怒るの。

どうして?
長政様が言っていたのに……
「余計なことはするな」って……

何が正しいの?
長政様?
兄様?
それとも、別の誰か?

ああ、市には分からないことばかり。
この苦しみも、きっと市のせい……

 

 

─────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

「御注進!浅井長政殿が、ここ安土城へと向かっている模様!」
「ハッ!是非もなし……長政ごときが、何するものぞ!」

長政様が、ここに向かっている?
──何故?どうして?
市には何の用もないはずなのに……

市は、長政様のことを騙していた。
なら、ここに来る必要なんて──
……そうね、きっと市を殺しに来たのね。
だって、長政様を苦しめたもの……
当然の報いなのよね……

長政様、いいのよ?
市は気にしないから。
だって全部、市のせいだから……

「上総介様、いかがいたしましょうか?」
「長政の首を、これに持てぃ……その頭、杯にしてくれるわ」

ああ、やはり兄様はお怒りだわ。
長政様が、殺されてしまう。
市が、市がもっとしっかりしていれば、こんなことには……

濃姫様も蘭丸も、もう行ってしまったわ。
長政様を殺すために……
市には何もできない。
だって、兄様が言ったんだもの。

「市……貴様はどうするつもりぞ?」
「市、は……」
「何もしなくば、長政の骸が転がるだけ……貴様は余に、何を望む?」
「……………兄、様」

市には、分からない。
何も、何も分からない。

兄様は何が言いたいの?
市はどうすればいいの?
どうして長政様は……?

もう、何も分からない。
でも結局は、全てが市のせいになるの。
たとえ何を言ったとしても、どうせ無駄になるだけだもの……

「何も言わぬ、か……ならばこの場所にて、長政の最期を見るがよい!」
「……はい、兄様」

……仕方ないよね?
だって、市が悪いんだもの。
長政様に殺されても……
長政様が殺されても……

 

全部全部、市のせい……

 

 

─────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

「人の心に敗れよ!第六天魔王!」
「我が息吹きに焼かれよ、浅井備前守長政ァアア!」

ついに巡り会ってしまったわ。
長政様と、兄様と……
市にはどうすることもできない。
濃姫様や蘭丸にだって、どうすることもできなかったんだもの。

怖い……
怖いよ……
長政様が死ぬのも、兄様が死ぬのも、何もかもが恐ろしい……
ねぇ……長政様、兄様。
市のこと、分かってほしいの……

でも、刃は交わる。
命を刈り取る、慟哭の音が響く……
やがては市を連れていく、死者の国への道標……

目を向けていられない。
長政様が傷つくのも、兄様が血を流すのも……
市には、見ていられない。
市はただ……咽び泣くだけ……

長政様、ごめんなさい。
市が、市が悪かったの。
市が、長政様を欺いたから、こんなことに……
長政様が怒るのも、無理ないよね?

兄様、ごめんなさい。
市が、市がいけなかったの。
市が、市が何もできなかったから、こんなことに……
長政様を殺そうとするのも、全部市のせい……

ああ、誰もかれもが、市のせいで不幸になっていく。
苦しい、苦しいよ……
誰か助けて……

 

 

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「笑止……!」

兄、様……?
今のは、兄様の声?
銃声でよく聞こえなかったけれど、今のは──

ゆっくり振り返ってみれば、兄様はいない。
どこ?
どこにいったの、兄様?

「ハァ……ハァ……」

長政様、とっても疲れてる。
もしかして、長政様が勝ったの?
あの兄様に、真っ向からぶつかって……?

……じゃあ、次は市を殺す番ね。
いいの、長政様。
市、覚悟はできてる。
殺されても、仕方ないものね……

ゆっくりこっちに向かってくる長政様。
足取りが重そうね、疲れているんでしょ?
でも、もう大丈夫だよ?
市は何もしないから。

市の横に立つ長政様。
いつもの長政様より、どこか大きく見えるわ。

 

 

─────────────────────────────────────────────────────────────────────

 

 

「……帰るぞ」

え……?
長政、様?
まさか、市を許してくれるの?

あんなに酷いことした、市を……?
長政様の一番嫌いな、悪を……?
兄様の言いなりの、市を……?

「どうした、市?めそめそと泣くな」

市、泣いているの?
うん、分かるわ。
だって、頬がとっても熱いもの。

でも、こんな感じは初めて……
こんな気持ち、感じたことなかった。
……ううん、長政様と一緒にいる時は、市……感じていた。

冷たい魔の手で鷲掴みする、兄様。
でも、長政様の手は、とっても暖かい。
気持ちが涙になったのは初めてだけど、市……嫌いじゃない。

「どこか痛むのか、市?」
「……長政様、平気だよ?」

市が首を横に振ると、長政様は笑った。
兄様とは違う、お優しい笑顔。

「長政様?」
「ん?何だ、市?」
「市、ずっと長政様のこと、好きでいてもいい?」
「なっ!ば、馬鹿なことを言うな、市!あ、ああ、あ、当り前では、ないか!」

嬉しい、長政様。
市、これからずっと、長政様のお傍にいる。
これからずっと、長政様のこと好きでいる。
これからずっと──

 

 

ずっと、長政様と

 

 

 

 

 

 

 


後書き

ちょっとした短編をお送りしました。
英雄外伝の長政ストーリー・最終章を、市の視点から描いたものです。
実はこれ、随分昔に書いたものですが、奇跡的にデータが残っていたので再編集してみました。

それと、本編の方でもご報告した通り、「戦国BASARA3」(あくまで私の作品の方です)は、“佐々木小次郎編”が終了しましたら、一時終了とさせていただきます。
これから公式発表も始まりますので、登場するキャラが全部分かって以降、今後は登場してほしかった武将を書くつもりしています。
その間、(もしかしたら、こっちがメインになるかもしれませんが)現在同時進行で進めている新作の方を、掲載しようと考えています。
これも、ニュアンスとしては「戦国BASARA3」と似ていて、とあるゲームの次回作を予想して書いていくつもりです(○番煎じになるのは承知の上です)。
一応、長編作品になる予定ですが、少々お待ちください。

あと、リアルの方が忙しくてなかなか更新できなくて、申しわけないです。
多分ですが、今月の13日には予定が殆ど片付きますので、九月のゴールデンウィークに入るまでに、一気に書き上げて掲載していくつもりです。
そして、恐らく来月に入る直前くらいに、新作のプロローグが掲載できればいいなぁ……と考えています。

拍手もいただき、作者冥利に尽きております。
これからも応援していただけますと、誠にありがたく思います。
駄文にお付き合いいただき、重ね重ね御礼申し上げます。

 

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