霊の集う場所、白玉楼。
肌に心地よい風がそよぐ縁側で、何やら楽しげな会話が聞こえてくる。
「中々においしいお茶で……心が落ち着きますよ」
「そう言っていただけると、私も喜ばしいですわ。あ、こちらのお茶菓子もいかがです?」
「折角なので、頂こうか」
白玉楼の主、西行寺幽々子。
彼女の隣には、お茶を啜る三人の人物の影。
いずれも何かしら危険な香りを醸し出しているが、幽々子当人は気にも留めていない様子。
茶菓子の羊羹を勧めたり、自身でお茶を点てたりと、その三人を歓迎している。
三人も三人で、緩やかに流れるときを満喫しているようにも見える。
ただ、その中の一人は、終始硬い表情のまま。
「信長公、いかがされましたか?」
「卿の表情は、この場では如何せん無粋ととれるが?」
「ふん!無駄口をたたくでないわ」
若干ながら、信長は機嫌が悪いようにも見える。
とは言うものの、声をかけた二人は気にしているようには見えない。
普段からの彼を知っているので、いつも通りとしか思っていない。
「光秀、茶を注げ」
「御意に……信長公」
空になった湯呑を差し出す。
そこに湯気を立てた茶が注がれる。
注がれた茶に、桜の花びらがふわりと舞い降り、なんとも雅であった。
「西行寺殿、ここの桜は何とも見事で……」
「そう言っていただけると、ここの主として誇らしい限りです、光秀さん。新しいお茶菓子を用意しましょうか?」
「いえいえ、まだこちらで十分です」
長い白髪の間から、にっこりと光秀は微笑みかける。
幽々子も笑顔で応え、茶を口に運ぶ。
「…………………………」
「あら?妖夢、あなたもこっちにいらっしゃいな?」
「……幽々子様?あなた、何やってるか分かってるんですか?」
白玉楼の庭師、魂魄妖夢の手は震えていた。
言葉に言い表せない、憤りで……
「何って……信長さん・光秀さん・久秀さんとお茶をしているだけだけれど?何かおかしい?」
「これで、“いえ、何もおかしくないです”と言えるほど、私は柔軟ではありません!」
妖夢の声は大きい。
なぜ怒っているか分からない幽々子は、ただ首を傾げるばかり。
「落ち着きたまえ。卿の分の茶もあるのだ、いい加減冷めてしまうぞ?」
「そうよ、妖夢?折角、久秀さんがお茶器を貸してくださったのよ?いつもと違った風情、あなたも味わったらどう?」
「……………ああ、もう!」
怒りが爆発した。
携えていた刀を抜き、一番近くにいる久秀へとその刃を向ける。
「あなた方、ここに来た目的を忘れたとでも言うんですか!」
「目的?」
「たった30分前のことですよ!忘れたとは言わせません!」
そう怒鳴りながら、妖夢は刀を振りかぶる。
……が、次の瞬間には、斬るはずの対象は目の前から消えていた。
「まぁ、落ち着きたまえ」
「──っ!」
背後から、静かな声が聞こえた。
その声に気づいた時、すでに刀が動かなかった。
「茶の席で慌ただしいのは無粋だと、卿は教わらなかったのかね?」
「あらあら。久秀さんも、中々腕が立つようで……」
「いやいやいや幽々子様、もっと動揺してください!この人が武器でも持ってたら──」
「持ってはいるが……抜いてもいいのかね?」
「いいわけないでしょ!」
振り回されっぱなしの妖夢。
だが、そのやり取りを見ても、幽々子はただ微笑みながらお茶を飲むだけ。
「やれやれ……ほら、卿の茶だ。結構な名器なのだから、気をつけて扱ってくれたまえ?」
「え……いや、だから……ですね?」
聞く耳持たず。
久秀は半ば強引に湯呑を持たせる。
持たせると、先ほどと同じ場所に腰をおろし、茶菓子を口に運ぶ。
「久秀……茶の席で事を荒立てるな!」
「これは失敬。だが、私ばかりの責ではないと思うが?」
「煽ったのは貴様ぞ。茶が不味くなる……」
そう言いながら、信長は懐から別の器を取り出した。
金箔の盃。
それは、人の頭蓋骨で作られた盃。
「西行寺、酒を持てぃ」
「お酒ですか?妖夢、残っていたかしら?」
「幽々子様!あなた今、来たばかりの人間に足で使われたんですよ?もっと怒ってください!」
「お客人は持て成すのが礼儀よ?桜を前にして、お酒の用意をしなかったのはこちらの不手際だわ」
信長の非を責める妖夢だが、幽々子は全く気にも留めない。
大きく溜息を吐き、胸の内に溜まっているものを吐き出すことにした。
「あのですね、幽々子様……」
「なあに、妖夢?」
「この人たち、ここに攻め入ってきたんですよ?」
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時を遡ること、約一時間前。
信長は、白玉楼階段の下で目を覚ました。
「(ここは、何処ぞ?)」
見渡す限り、見たこともない風景。
唯一見覚えがあるのは、階段に腰掛けている二人くらいだった。
「漸くお目覚めですか、信長公?」
「光秀……久秀……貴様等、どの面下げて我が前に立つか!」
「落ち着きたまえ。卿の言わんとすることも分からなくはないが、ここはどうやら死後の世界。生前の因縁など、水に流してはどうか?」
柔らかな表情で言う久秀。
その申し出を、信長が易々と受けるはずもない。
「失せよ!早々に我が前から!」
「まぁ、お待ちください信長公。あなた様がこちらに来られたということは、天下を治めることは叶わなかったということ……違いますか?」
「……何が言いたい、光秀?」
信長の問いに、光秀は口元を吊りあげた。
「生前叶わなかった望み、死後のこの世界で叶えるのは如何かと思いまして……」
「はっ!下らん、もはや天下なぞに興味はないわ!」
「確かに、“人が住まう世界”での天下に、もう興味はないでしょうね」
含んだ物言い。
そこに何か惹かれたのか、信長は訝しげな表情で尋ねた。
「はぐらかすな、光秀」
「私から説明しよう。この世界─まぁ、仮に死後の世界と呼ぶが─には、人に非ざる者が数多くいる。魔王と呼ばれた卿だ、その異形の者が住まうこの世界、治めてみるのもまた一興かと……」
「人に非ざる者、か……下らん!」
マントを翻し、二人に背を向ける。
「おや?どちらに向かわれるのですか、信長公?」
「この世界を治めるのであれば、私も力を貸そうというのに……」
「ふん!貴様等、そのような物言いで、我が説き伏されると思うてか!」
二人の声に耳を貸そうとしない。
だが、光秀も久秀も、別段困った表情は浮かべていなかった。
「この世界には、妖も多く住まう。なれば、魔の王たる卿は、この世界を治る使命というものがあるのではないか?」
「使命、と?」
「ええ。信長公、生前は確かに、日の本に住まう人々はあなたを“魔王”と恐れました。ですが、この世界においては、あなたはただの死者──いえ、霊魂と言うほうが適切でしょうか」
二人はゆっくりと言葉を続ける。
「卿よりも早くこの世界に来ていて分かったのだが、妖は特に誰かに支配されているというわけではない。ある程度の確約の元、様々な者が共存しているのだ」
「信長公……魔王であるならば、これが如何なることかお分かりかと……?」
不気味に微笑みながら、光秀が問いかける。
その問いに、信長も口元を吊り上げて答えた。
「王の住まわぬ世界、と?」
「厳密に言うと、その物言いには若干の語弊はある。だがまぁ、支配者と呼べるものがいないと言っても過言ではないだろう」
「いかがいたします、信長公?私たち二人は、あなたの意のままに動くつもりですが……?」
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「──って、あなたたち話してたじゃないですか!」
その物騒な物言いを聞いた妖夢。
危険な思想を持っていると思い斬りかかったが、まったくと言っていいほど歯が立たず。
そこに現れたのが幽々子。
これで何とかなると思った……のだが──
「なんでこうやってお茶してるんです──」
「はい。妖夢も少し落ち着きなさい」
羊羹を口に入れられ、言葉を遮られる。
「妖夢、お酒を持ってくるから、信長さんたちの相手はよろしくね?」
「ふぇ?ひょ、ひょっと、ゆゆこしゃま?」
口に羊羹が入ったままの妖夢を放って、幽々子はその場から立ち去った。
呆然と立っている妖夢だったが、漸く今の状況を理解した。
「(これって、物凄くまずい状況なんじゃ……)」
「小娘!」
「ひゃい!」
急に後ろから呼ばれ、妖夢は飛び上がった。
ゆっくりと振り向くと、信長が盃を差し出している。
「早ぅ、酒を持て」
「あ、いや……今、幽々子様が取りに──って、何でいきなり顎で使われなきゃいけないんですか!」
「喧しい羽虫ぞ……光秀、黙らせい」
「おや、宜しいんですか?」
「構わん!」
「そんな訳ないでしょ!」
そう言いながらも、妖夢は刀を抜き構える。
しかしながら、光秀は斬りかかる様子を見せない。
「何をしておる、光秀?」
「いえ……ですが、この桜を前に、血が舞うのは些か無粋かと……」
「ふん!貴様も、酔狂なことを言う」
「お褒めの言葉と受け取らせていただきます、信長公」
緊張した面持ちの妖夢に対し、二人は口元を吊りあげている。
「やれやれ……卿たちも酷だな」
「あなたがそれを仰いますか?」
「空気にでも酔うたか?」
含み笑いをかわす三人。
傍から見れば、物凄く危険かつ恐ろしい光景。
いつの間にか蚊帳の外だった妖夢も、背筋が凍るようだった。
「ん?まだ刀を納めていなかったのかね?」
「へっ?」
「早く納めて、ここに座りたまえ。すっかり茶が冷めてしまった」
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その後、酒を持って戻った幽々子も混ざり、一種の花見会は幕を閉じた。
終始弄られっぱなしの妖夢は、後半涙目だったのだが、特に誰も気に留めなかった。
「お口に合いましたか、信長さん?」
「まあまあ、と言ったところよ」
「それは何よりです」
縁側にて、幽々子と信長は静かに話していた。
幽々子は酔い潰れて眠る妖夢に膝を貸し、信長は昇った月を仰いでいた。
「それで信長さん、これからどこかに向かわれるのですか?光秀さんと久秀さんはもう発たれたようですが……?」
「答えてやる義理はない」
ただそれだけ言い、信長も白玉楼から姿を消した。
「ふふっ、困ったお人ね」
「でも、結構おもしろかったでしょ?」
突如、幽々子の後ろから声が聞こえた。
その声に何ら戸惑うことなく、幽々子は振り返る。
「でも紫、どうして私の所に寄こしたの?」
「ん〜?まぁ、どこでもよかったんだけどね?」
スキマから上半身だけ出し、紫は微笑みながら言った。
「私の所だと、橙が怯えるでしょ?他にも色々考えたんだけど、ここが適任かな、って思っただけ」
「あらそう?妖夢は結構困ってたわよ?」
「よく言うわよ……幽々子、それ見て面白がってたくせに」
そう言いながら、紫はスキマから酒瓶を取り出す。
自分の分と幽々子の分を注ぎ、夜桜を肴に一口。
「そう言えば、紫?」
「何かしら?」
「信長さんたち、本当に幻想郷を支配するつもりかしら?」
「そのつもりなんじゃない?」
空になった猪口に注ぎながら、紫は何気なしに答える。
「でも、誰も黙って無いでしょうね?」
「ええ……しかも面白いことに、あの三人は別々の場所に向かったわよ」
「あらあら……三人一緒に向かえば、万が一もあったのに」
そう幽々子が言うと、不意に紫の表情が曇る。
不思議に思った幽々子が尋ねると、紫は重々しく口を開いた。
「あの三人、かなり危険なのよね」
「……どのくらい?」
「そうね……私とあなた、それに幽香を足して二で割ったくらいかしら?」
「……全員が、その危険性を持っているの?」
「ええ。だから、向かう場所や、そこでの対応によっては、万が一が二にも三にも増えていくわ」
既に猪口は、口に運ばなくなった。
その水面をじっと眺め、何やら思慮に耽っている。
「珍しいわね」
「あら、何が?」
「紫がそんなに悩むなんて、何年ぶりに見たかしら?」
「伊達に長生きしてないわよ。でもまぁ、心配するだけ損ね」
ぐっと、一気に酒を飲み干す。
一息つき、冷たく照らす満月を仰ぐ。
「これも一興。一時の宴、楽しむとしましょうか」
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「ところで紫、信長さんたちはどこに向かったの?」
「えっとね〜……あ゛……」
「どうかしたの?」
「結構まずい場所に向かったわね、全員が全員」
「……光秀さんは?」
「紅魔館」
「……久秀さんは?」
「妖怪の森」
「……信長さんは?」
「地霊殿」
「…………………………」
「…………………………」
「どこかのお嬢様が運命弄ったの?」
「作者が何も考えてないだけよ」
「そうなの?」
「試験前日にカラオケに行くくらいだもの」
後書き
どうも、お久しぶりです。
すいません、ここ最近大学の試験などで忙しくて……
本編の方は少しお待ちください、試験終わったら早々に上げます。
いやはや、ここ最近自分で何してるか分かってません。
気がつけばPCでキーボードたたいてるし……
とある友人に触発されて絵を描いてるし……
東方作品はまりまくってるし……
誰かこんな私に、「勉強しろ、この遅筆野郎!W」とでも言ってください。
基本性格がSよりらしいんで、その人の精神を糧に頑張っていけるかも……
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