どれほど歩いただろうか……
朝か夜か、然程興味が湧くわけでもない
そもそも、ここはどの辺りなのか、それすら知れぬというのに……
歩みが定まらないのか、視界が大きく揺らめいている
ゆらゆら、右に左に、時に世界が斜めになり……
ただ、何にぶつかろうと、痛みを感じることはない
幾許の距離を歩こうと、疲れを感じることはない
空腹も喉の渇きも、まるで感じない
歩いて歩いて歩いて歩いて……─────
…………………………私は、どこへ向かっている?
分からない……
分からない……
ワカラナイ……
そも、何故私は歩き続けている?
何か、何か、忘却の彼方へ、置いて来てしまったような……
……誰でもいい、教えてくれ
「……私に、意味を、教えてくれ……」
「……あぁ?なんだ、てめぇ?」
「ここがどういう場所か分かってんのか、落ち武者さんよぉ?」
……天は、私を見放したと見える
……意味を、私に、与えてくれないのだから……
「……なんでもいい……」
「なんだと?」
「もう、何もかもが、どうでもいい……」
一人、二人……それ以上、数える気にもならない
いや、例えどれほどいようと、私にはもはや関係の無いこと
無気力と無関心──
私の中には、それしか残ってはいない
何が起ころうとも、もう……─────
「……………」
「やっちまえ!!」
「「「うぉぉぉおお!!!」」」
……血の味がする
久しく味わうことのなかった、私自身の血の味……
……土の感触がする
私の肌に、顔に、湿った土が冷ややかに触れている
……光が感じられない
目が、開かない……
……これが、“死”か?
私は、死んだのか?
……なぜ、これほど“死”が喜ばしく感じられる?
何故……?
「……………生きて、いるか……」
“死”にも、拒絶されたか……
今の私には、この“生”が、どうしようもなく疎ましい
時間の流れは、もはやどうでもいい
目を開けば、世界が横たわっていた
……いや、私が地に伏しているだけか……
「……………」
起き上がれる気力は、無し
ならば、もう少しこのまま……
今の私には、この冷ややかな土の感触が、どういうわけか心地好い……
眠れるならば、永久に醒めることが無い、眠りを所望する
私には分かり得ないが、何故だか、眠りを身体が欲している
「……私は──」
全て、忘却の彼方に置いてきたようだ
何も思い出せない
私の欲していたものも……
私自身のことすらも……
だが、今はそれが心地好い
頭の中も心の中も、何一つ無い、空虚そのもの
後はこの存在が、空虚に染まれば、それでいい……
……夢でも、見ているのか、私は……?
目は開かない……
闇に包まれて、冷たい大地を感じて……
このまま、死ねるのだろうか……
『……■■……』
……ん?
声が、聞こえる
何故だろうか、とても懐かしいような……
とても、心苦しいような……
『■■!』
もう一つ、声が聞こえる
何故だろうか、とても憎らしいような……
とても、心が締め付けられるような……
「……誰、だ?」
『我のことを忘れたか、■■よ』
『■■、ワシが分からないのか?』
知っている──
前の声は、あの御方の御声
後の声は、あの男の声
ただ、分からない……
私のことを呼ぶ、その名前が……
この声の主は……──
『■■、何故地に伏しておる?』
「……それは……」
問われても、答える術は私には無い
何も、もう、私は何一つ持ってはいない
今、この場にいる理由さえ、私は持ち合わせていない
『……生前であれば、我はお前に失望していたであろうな、■■よ』
「……………」
『だが、敢えて言うが、我は今のお前に対し、哀れみも失望の念も抱いてはおらぬ』
「……………」
嘘偽の言は止していただきたい……
その懐かしい御声が、誰のものであったか、それすら思い出せない私だ
いっそ、罵っていただけた方が、どれほど幸せであろうか……
『■■よ……もしも、お前が“死”を望むというのであれば、それも良しとしよう』
「……………」
『しかし、お前が“生”に拘ろうとするのであれば、我が力を貸そう』
な、何を……?
この私に、生きろと仰るのか?
空虚に塗れた、この“生”を……?
「……私は……私、は……─────」
『■■、ワシの話も聞いてほしい』
先程の御方とは別な声……
この声を聞くと、憎悪と哀惜の念が込み上げてくる
相反する二つの感情が、どうして同時に……?
『ワシは、確かに絆を第一としていた』
──絆?
その言葉、どこか懐かしくも、憎らしくも、羨ましくも……
たった一言のその言葉に、どうしてこれほど様々な感情が呼び起こされる?
『……だが、もしかするとそれは、ワシの逃げ口上だったのかもしれんな』
「逃げ、口上……」
『確かに、ワシは■■殿の天下を良しとしなかった……だから、“絆”の力を以て天下を統べようとした』
……それの、どこが逃げ口上だろうか?
寧ろ、正論といっても問題ない
そう思っている私自身が、なぜこうも、憤りを感じているのだろうか?
……私の感情そのものも、分からなくなってきた、か……
『だが、特にお前に対して、倒した相手の“絆”には、目を向けていなかったのかもしれん……』
「……………」
『■■、お前がワシに対して憤るのは尤もなことだ……あの時は、ワシにも譲れないものがあったが、今は違う』
口調が、変わった……?
今までは、どちらかと言えば後悔の念が感じられるような……
だが、最後の一言は、どこか──
『戦乱の世でなければ、こう、ハッキリと言えたのだろうな……■■、ワシはお前の力になりたい』
「何、を……?」
『死んだ人間が言っても説得力はないが、お前が生きることを諦めたり投げ出したりしなければ、ワシはいつでもお前の力になる』
何故、だ……?
私は、この男のことすら覚えていない
そんな、罪深い人間の力になりたいなど……─────
…………………………
…………………………
…………………………“罪”?
『■■!ワシの、切なる願いだ!……生きろ、生きてくれ……』
「……………」
『……………■成』
『……………三■』
声が、遠ざかっていく……
私を包んでいた闇も、徐々に晴れて─────
陽光が、私の目をこじ開ける
体を起して、辺りを見回す
人がいた形跡はあるものの、誰もいない
どこかの洞窟の中だろうか……?
……陽光が差し込むということは、ただの穴倉なのかもしれない
「……朝日、か?」
何故だろうか、ただの朝日が非常に懐かしく感じる
私にこびり付いている、ありとあらゆる穢れを削ぎ落しているようにも感じる
……小さく、深呼吸もしてみる
吐き出した息は、まるで吐瀉物のように気持ちが悪く、入れ替わった肺の中はとても清々しい
「……フッ」
何か、夢でも見ていたのだろうか……?
ただ、今の私には、実感できる
私は今まで、悪夢の中を彷徨っていたのだと
「……感謝致します──秀吉様」
私を後押ししてくれる、あの御方に深く感謝を
あの御方が、私の中で生き続けてくれるのであれば、それは何よりも私の支えとなる
即ちは、私の生きる理由ともなり得る
「……礼は、言っておく──家康」
頭の中で反芻する、あの男の言葉
“生”を投げ出してまで殺そうとしていた男に、私は「生きろ」と言われた
ならば生き抜こう、この命が果てるまで
漸く、漸くだ……
私は漸く理解できた
私の“罪”──
ずっと、背徳に対しての罪だと、そう考えてきた
だが、正確には違う
私の本当の“罪”は……
私自身の“生”を、私自身で蔑にしていたこと
ならばその罪、生涯掛けて償おう
私が、私として──石田三成として、あるためにも
後書き
大っっっっっっっっっ変、遅くなりました!
そして並びに、大変ご心配おかけいたしました。
ある程度落ち着いて、復帰する前の練習(?)のつもりで、短編を投稿させていただいた次第です。
もう、あと3〜4作程度、短編の方を作成して(リハビリを終わらせて)、本作の方も再開しようと思ってます。
読んでくださってる皆々様や、シルフェニアの作家の皆々様には、大変ご心配とご迷惑をおかけいたしました。
恐らくは、もう大丈夫だと思うので、投稿の方再開させていただきます。
予定としましては、一週間後位にまた投稿しようと考えています。
そして、(別に自分を追い込むわけではないですが)予定が早まることはあれど、遅くなることはないと思ってます。
最後になりましたが、今後とも、駄文にお付き合いいただけますと幸いです。
これからもよろしくお願い申し上げます。
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