「政宗様、甲斐は桜が満開でございますね」
花弁舞う中、政宗達は馬を進める。
奥州と違って、甲斐はすでに春真っ盛り。
心地よい風が肌を撫で、花の香りが気持ちを落ち着かせる。
奥州からあまり外に出たことのない愛姫。
自然、テンションも上がってきたようで、満開の桜に目移りさせていた。
勿論だが、奥州にも桜は咲く。
だが、ここほど暖かくないので、鮮やかな桃色が映えることはない。
「おいおい、愛……あんまりはしゃぐなよ」
「ですが政宗様、愛はこのように見事な桜を見たことがございません!」
「Ha!その桜の中に、場をわきまえない野郎が紛れているみたいだがな」
愛姫は首を傾げる。
そんな愛姫を一瞥した後、政宗は一本の桜の木を睨みつける。
何の変哲もないような、立派に育った桜の木。
政宗の視線は、その花の中へと向けられていた。
「そろそろ出てきたらどうだ?花を散らすのは、俺の趣味じゃねぇ」
政宗の声に反応するように、桜の枝木が揺れる。
花弁が舞い散る中、その木の中から一人の男が飛び降りてきた。
「いやぁ、流石は独眼竜の旦那。簡単に見抜いちゃうんだから、俺様ちょっと残念?」
「Ah?ふざけてんのか?人を呼びつけておいて、狙い撃ちしやがるとは……」
「呼びつける?何のこと、旦那?俺様は、あんた等が甲斐の領地に勝手に入ってきたから、一応監視してただけで……」
「……何?」
言葉が噛み合わない。
双方難しい顔をしながら、首を傾げる。
そんな雰囲気を感じ取ったか否か、不意に愛姫が政宗に声をかける。
「政宗様、こちらの方は?」
「ん?何何、その子どうしたの?」
「あ、お初にお目にかかります。政宗様の妻で、愛と申します」
「へぇー、独眼竜の旦那って奥さんいたんだ!隅に置けないねぇ♪」
どことなく羨ましそうな視線で、政宗をからかう。
たいして興味がないのか、政宗は無言のまま。
「俺様、猿飛佐助。真田忍軍の長やってるの、よろしくぅ♪」
「猿飛様、ですか。はい、よろしくお願いいたします!」
「いやぁ旦那、結構可愛いじゃん!今度ちゃんと紹介してよ」
「……話が逸れたな。会話はもっとstraightにいこうぜ?」
にっこりと微笑みかけられて、ご機嫌の佐助。
対照的に、話の腰を折られて、やや不機嫌な政宗。
若干雲行きが怪しくなりそうだったが、愛姫が変わらずにっこりとほほ笑んでいるので、何となく空気は重く感じなかった。
「……で、どういうことだ?」
「それは俺様も聞きたいね。なんで旦那たちは、態々甲斐まで来たわけ?まさか、夫婦水入らずでお花見……ってわけじゃ、ないみたいだし」
「俺の部下が、真田幸村からこんな物預かってきやがってな」
懐から取り出したのは、例の救援要請の書状。
受け取った佐助も熟読していくが、どこか不満げな表情。
そして無言で政宗に返し、腕を組んで考え始める。
「猿飛様、いかがいたしました?」
「……独眼竜、真田の旦那と会ってくれるか?」
「No problem……だが、どういうことか説明しろ」
「真田の旦那も交えたほうが、より分かりやすい。とりあえず、着いて来てくれるか」
真剣な面持ちの佐助に案内され、一行は武田の屋敷へと通された。
幸村の待つ一室には、政宗・小十郎・愛姫の三人が案内される。
襖を開けると、いつもと全く違って、覇気や闘志を感じられない幸村がそこに座っていた。
「政宗、殿……」
「よぉ、真田幸村」
いつもと違う幸村に、政宗は素っ気ない挨拶。
その傍らに立つ小十郎も、つまらないものを見たような眼差しを送っている。
政宗らを一瞥した幸村は、正座したまま俯いてしまった。
拳は固く握りしめられ、時折小さくて短い溜息を吐く。
「……旦那、詳しく話してくれるかい?」
「……分かった。政宗殿も、聞いてくださるか?」
「OK……話はsimpleに頼むぜ?」
「承知、いたした……」
幸村の重たい口が開かれる。
小さく、消えそうな声だったが、確実に耳に飛び込んできた言葉があった。
その言葉に、政宗と小十郎は耳を疑った。
「お館様が、行方知れずになられた」
それ以降は、佐助が詳細を話す。
急な出来事に、幸村もまだ心の中が困惑しているためであった。
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先日、川中島の戦いでのこと。
幸村と佐助は、奇襲部隊として上杉本陣にいた。
そこで対峙した上杉謙信本人と数合打ち合ったときに、その報せが届いた。
『武田信玄が、本陣より姿を消した』
謙信は、信玄らしい何らかの策だと始めは予想した。
しかし幸村の反応を見て、すぐにそれは間違いだと気付く。
聞かされていない策と信玄の行動に、幸村は動揺を隠せない。
すぐさま佐助を向かわせ、状況を確認させる。
だが、戻ってきた佐助の報告は、先程聞いたものと大差ない。
上空から探して見たが、全く見当たらない。
相手方の緊急事態に、謙信の対応は早かった。
すぐさま軍をまとめ、撤退の準備を始める。
「わかきとら。かいのとらを、よろしくおねがいいたしますよ?」
「は、はっ!上杉殿、この御恩は忘れませぬ!」
それだけ言葉を交わすと、謙信は馬に華麗に跨り、越後へと戻っていった。
後ろ姿を見つめる幸村は、その姿が見えなくなるや否や、本陣へと駆け戻った。
既に信玄の姿がないことは承知のはず。
なのに、動かずには、駆けださずにはいられなかった。
「お、お館様ぁ!」
返事はない。
どこかにいった形跡すらない。
辺りを見回しても、何の変哲もない。
力なく膝をつく。
胸の中に、大きな穴があいてしまったように感じる。
後ろに立っていた佐助にすら気がつかず、壊れた人形のように敬愛する人物の名を呟いていた。
「お館、様……」
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「……話は大体分かった。で、この俺に何の用だ?真田幸村」
「は、恥を承知でお願い申しあげる!お館様を、救いだすのに、お力を貸していただきたい!」
「救い出す?どういうこった?」
先程の話から、信玄の消息は不明のはず。
だが、“救出”ということは、その所在が判明しているということ。
その矛盾に、政宗は疑問を抱く。
「お館様の居場所は、つい昨日分かった。だが、俺たちだけじゃ無理だと思ったんだろうね、真田の旦那は」
「……過大評価するわけじゃねぇが真田、お前なら一人でもたいていの相手ならなんとかなるだろ?」
小十郎の言うように、真田幸村の実力から考えて、人一人救出するだけなら何も問題はないはず。
何も、真田幸村一人で行く必要もなく、武勇名高い武田騎馬隊を用いれば、かなりことは楽に済むはずである。
それを、幸村がしない理由。
聞かされて、政宗と小十郎は驚愕することとなる。
「お、織田と豊臣が、手を組み申した……」
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しばらくの沈黙ののち、一人の斥候が駆け込んできた。
ひどく息を切らせており、水を一口飲んでもなかなか言葉を発せずにいた。
「どうした、何があった!」
「た、大変にございます、幸村様!織田・豊臣の連合軍が、こちらへと進軍しております!」
「な、何っ!し、して、その数は……?」
「それぞれ、十万の軍勢を率いております。まずは先鋒として、織田方からその奥方と、森蘭丸が出向いている模様!」
報告を傍らで聞いていた政宗は、聞かされても動こうとしない幸村を一瞥した。
そして、舌打ちをすると、小十郎と愛姫を連れて外へと出て行った。
「ま、政宗殿!」
「Ah?何か用か、真田幸村……いや、このsissyが、俺に何の用だ?」
「せ、拙者が臆病者と申すか!」
いきり立って、政宗に食って掛かる。
しかし、政宗は幸村の胸ぐらを掴み、怒りのこもった瞳で睨みつける。
「What are you doing now?」
「な、何と……?」
「真田様、分かりませんの?」
怒りが込められた政宗の言葉とは違い、愛姫の言葉は変わらず丁寧。
だが、なぜか政宗以上に恐怖を感じた。
真っ直ぐに見つめられて、幸村はその目を見ることができなかった。
「真田様、愛の目を見てくださいまし」
「……………」
「見てくださいまし、真田様……」
大きく息を呑む。
その音が、やけに大きく聞こえた。
ゆっくりと愛姫に向き直ると、挨拶の時に交わしたその笑顔でこちらを見つめていた。
だが、なぜか愛姫からは政宗以上の恐怖を感じる。
傍らにいる小十郎や、今まで自分を叱ってくれていた信玄よりも……
それを知ってか知らずか、愛姫はいつも通りの口調で話し始める。
「真田様、あなた様は何がお望みですか?」
「某の、望み……?」
「はい。今、真田様の望みはたったお一つ。武田様をお救い致したいという、そのお気持ちだけの筈にございます」
「そ、それは勿論でござる!」
幸村は力強く答える。
その返答に、愛姫はにっこりと微笑みを返す。
「でしたら、するべきは一つ。そうでございましょう?」
「……し、しかし、某に一体何が……」
再び俯く幸村。
その様子を見て、愛姫は政宗に視線を移す。
にっこりと微笑みを送ると、政宗は少々不満そうな表情を見せた。
「(……さすがに、愛姫様は政宗様と心で会話なさるのがお上手だ)」
その様子を見ていた小十郎は、愛姫を見て表情を一瞬綻ばせた。
自分以上に、愛姫と政宗は以心伝心。
表情を送るだけで、言いたいことは大抵わかってしまう。
「……真田幸村」
「な、なんでござるか、政宗殿?」
不満げに口を開く政宗。
一端間を置き、愛姫を一瞥する。
変わらず微笑んだまま、愛姫は小さく頷いていた。
「そもそも、この書状はお前が送ってきたもんだ。そこの忍びにすら黙って、そうまでして虎のおっさんを助けたかったんだろ?」
「……い、如何にも。政宗殿にも、佐助にも悪いことをしたとは承知している……」
「なら、態々ここまで来た俺に、見せるべき態度があるだろ?」
幸村は顔を上げる。
いつものように、刃を交える時の不敵な笑み。
これから始まる大きな戦を、政宗は楽しみにしているようにも見える。
だがそれ以上に……
「ま、政宗殿!」
「Ah……今回だけだ、真田幸村。第一、魔王のおっさんと豊臣が手を組んだんなら、逆にchance到来ってやつだ!二人まとめて、俺がぶっ潰す!」
「……この幸村、今ようやく目が覚め申した」
拳を強く握り、政宗に向ける。
その拳に、政宗も自身の拳を突き付ける。
「魔王も、覇王も、俺らで喰らってやる!最大級のpartyだぜ、真田幸村!」
「政宗殿、此度のご協力感謝いたす!某、もう迷いませぬ!共に、魔王と覇王を打ち倒しましょうぞ!」
同盟成立──
鬨の声が響き渡り、両軍の士気が高まる。
戦の準備が済むと、政宗と幸村を先頭に、蹄の音が鳴り響く。
「さぁ、目指すは関ヶ原!partyに乗り遅れんなよ!」
「政宗様?御無理はなさらないでくださいませ?」
「Ha!愛、jokeは寝る前だけにしとけよ?」
「はい、政宗様」
決戦の時は間近──