「おばちゃん、かけ蕎麦3つ!大至急ね!」
「はいよ、吉ちゃん」
しばらくすると、ほかほかと美味しそうな湯気の上る蕎麦が運ばれてくる。
それを見るや、優唯は満面の笑みを浮かべた。
「いっただきまーす!」
「……人の金だと思って、気楽な奴だな」
「だって仁詭、急にお金持ちになったんでしょ?だったら奢ってもらわなきゃ!ね、希望」
「……………うん」
城下町のとある一角。
昼時ということで、このあたりの店は賑わっていた。
いつものように優唯は勉強をサボり、城下町へと出向いていた。
そこに、希望と一緒に城下町を散策していた仁詭に遭遇。
今日の勉強はちゃんとやるという約束で、行動を一緒にすることにした。
……とは言っても、優唯も慌てて出てきたらしい。
手ぶら状態でもお腹は空くので、何か買ってと仁詭に泣きついた。
だが、当然ながら仁詭も手持ちはない。
そのため、この世界ではあまり使わなさそうなものを売って、金を作ることにした。
「でも仁詭、良かったの?あんな不思議な筆売っちゃって……?」
「優唯に泣き喚かれることを思えば、問題ない」
ちなみに、不思議な筆というのは、現代においての鉛筆のこと。
消しゴムも一緒に売ったところ、偶然街を通ったどこかの金持ちが、興味津々でそれを買っていった。
特に、消しゴムへの興味は異常とも言えるほど。
……思わず仁詭も、若干ながら引いてしまうほどだった。
「(まぁ、消しゴムなんて、この時代にはないしな)」
「仁詭?食べないなら私が食べるわよ?」
「奢ってもらった上に、人のものまで分捕るつもりか、お前は?」
愚痴をこぼしながら、仁詭も蕎麦を口にする。
「ふーん、少し薄味なんだな」
「そう?京の方だと、これくらいが普通らしいわよ?」
「……何にしろ、おれには少々薄い」
そう言いながら、薬味に手を伸ばす。
すると、それを見ていたおばちゃんが口を挟んだ。
「お兄さん、この薬味を使ってみるかい?」
「……何それ?」
「薬研堀(やげんぼり)って言うらしくてね、薄味があんまり好かない人にはよく使ってもらってるんだよ」
「(また怪しげな名前だな……)」
訝しげにその薬味を受け取り、匂いを嗅いでみる。
「ん?」
どこかで嗅いだ事のある香り。
少量手のひらに乗せ、軽く舌で舐めてみる。
「……七味唐辛子?」
「なんだい、それ?」
「いや、これって七味唐辛子だろ?」
少し刺激のあるその薬味を指さすも、おばちゃんは首をかしげるばかり。
「よく分かんないけど、そっちの方が美味しそうでいいね」
「(まぁ確かに、薬研堀よりは幾分かマシだけど……)」
知っている味に安心し、仁詭は蕎麦に薬味をかける。
……真っ赤になるまで……
「──って仁詭?それ、かけ過ぎじゃないの?」
「そうか?俺にはこれくらいがベストだけど?」
「その“べすと”って意味分かんないけど、どう見てもかけ過ぎだって!」
優唯が大声あげるも、仁詭は気にしない。
美味しそうに、その真っ赤になった蕎麦を食べ始める。
「……あぅ、見てるだけで辛そう……」
「人の好みにとやかく言うもんじゃない」
しかし、仁詭の蕎麦は確かに辛そう。
希望も箸を止め、その赤い光景に目を奪われている。
自分の蕎麦と見比べ、ほんの少しだけ薬味を入れた。
「……!ケホッ……辛……!?」
「その程度でか?」
「希望は甘いのが好きだもんね……」
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蕎麦を食べ、空腹が満たされた三人。
しばらくその店で寛ぎ、これからどうするかを決める。
「仁詭、まだお金は残ってるの?」
「十分すぎるほど残ってる」
財布の中身を見せると、優唯は喜色満面。
希望は対照的に、申し訳なさそうな表情だった。
「どうした、希望?」
「……………ごめんなさい」
「何で謝る?」
「大事なもの、売ってもらった……」
「(謙虚な奴……)」
思わず口元が緩む。
「気にする──」
「気にしなくっていいって!仁詭が自分でいいって言ったんだから!」
嬉しそうな表情で、優唯が代わりに答えた。
緩んでいた口元は変えずに、仁詭は優唯の頭を軽く小突いた。
「痛っ!え……?」
「少しは希望を見習え、御気楽者」
小さくため息を吐きつつ、仁詭はお茶を啜る。
「じゃあ仁詭。私、行ってみたいところがあるんだけど、それならいい?」
「服を買ってくれとかはなしだからな」
「大丈夫だって!ちょっとお茶しに行くだけだから」
「……茶なら、ここで飲めばいいだろ?客も減ってきたんだし」
先ほどまで賑わっていた店内も、ピークを過ぎて今は少し静か。
このくらい落ち着いた場所のほうが、仁詭には合っていた。
「いいから、いいから!着いて来てって!」
言っても聞きそうにない。
諦めた仁詭は、優唯に付き合うことにした。
希望に目を向けると、以外と乗り気だったので、逃げ道を塞がれた感じでもあったためでもあるが……
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「──……で?」
着いた場所は、何とも小洒落た喫茶店のような店。
別に、それだけならまだいい。
出迎えてきた店員の言葉を聞くまでは、仁詭もそう思っていた。
「「「お帰りなさいませ、ご主人様!」」」
……唖然とした。
店員の格好にもそうだが、まさかそんな風に出迎えられるとは思っていなかった。
現代で言えば、その店はいわゆるメイド喫茶。
フリルやヘッドドレスを身につけた店員が、何かにつけて相手してくれる。
お品書の飲み物が、緑茶とか日本酒だけというのも相まって、何とも奇妙な空間だった。
「お帰りなさいませ、吉様!」
「ただいま、藤ちゃん」
どうやら優唯は、ここの常連らしい。
聞けば、若干料金が高いので頻繁には来られないが、一月に一回の割合で通っているとのこと。
ちなみに、先ほどから街の至る所で呼ばれている「吉」というのは、優唯の幼名・吉法師のことらしい。
「吉様、今日はお連れの方がいらっしゃるのですね」
「そうなの。こっちは前言ってた希望──竹千代ね。で、こっちは今噂の……」
「え……?ま、まさか……」
呆然とする仁詭を紹介すると、藤と呼ばれた少女は驚愕の表情を浮かべた。
ブロンドの短い髪をいそいそと整え、すぐさま仁詭に向かって深々と頭を下げる。
「は、初めまして御遣い様!藤吉郎と申します、以後お見知りおきを──」
「……え?あぁ、うん」
何とも適当な返事。
それも無理はないかもしれない。
戦国の世に来て、メイドカフェに連れてこられるなんて経験、どんな人間が予想できるだろうか。
「な、何はともあれ、御遣い様?どうぞ、こちらのお席へ」
「あぁ……」
店内の飾り付けも、どことなく現代風。
殆ど流されるままに、仁詭は椅子へと腰を下ろす。
「なぁ、優唯……ここって、何なんだ?」
「えっとね、前にも言ったと思うんだけど……──」
優唯の話によると、中国がかつて三つの国に分かれていた、俗に言う三国志の時代。
その時代に舞い降りてきた、“天の御遣い”に仕えていた侍女の衣装がモチーフとなっているらしい。
なんでも、“天の御遣い”自身がデザインしたのだから、当時でもすさまじい人気を誇ったと言う。
「それで、その“天の御遣い”の気持ちをちょっとでも堪能したいってことで、こういったお店ができたの。結構伝統的なのよ?あちこちにあるんだから」
「(俺はそんな日本の伝統を信じたくない……)」
確かに、アキバでは日本の文化とでも言うのだろうが……
仁詭には到底受け入れがたい趣味趣向である。
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「「「せーの……第55回・将棋大会ー!」」」
突如、店内にメイドの声が響き渡る。
優唯はその声を聞いた途端、テンションが一気に高くなった。
……が、初来店の仁詭と希望にはわけが分からない。
「……………何?」
「月に一度の催し事よ!ほら、仁詭も希望もこっちに来て!」
手をひかれ、人だかりの中へと分け入って行く。
先頭に出ると、十人ほどのメイドが、将棋盤の前に座っている。
「(何とも、シュールな構図だな)」
「この人たち全員と勝負して、6人以上に勝てれば、何か良い物がもらえるのよ」
「……何か、だと?貰ったことないのか?」
「ま、まだね……」
他にも、細かいルールはいくつかある。
『メイド側にハンデをつけてもらう場合は、8人以上に勝たなければいけない』
『こちら側がハンデをつける場合は、4人以上に勝てればよい』
等、少なくとも半数以上に勝つことができればいいらしい。
貰える商品が不明だが、勝てた人数に応じて変わってくるとの情報もあった。
「ちなみに、まだ誰一人として商品はもらってないから、頑張ってね?」
「……はい?」
詰まる所、ハンデが有ろうと無かろうと、誰一人勝ちぬけたことがないらしい。
それほどメイド側にレベルが高いのか……
仁詭は思わず、せめてその逆でないことを祈っていた。
「では最初のご主人様、どうぞ!」
「よっしゃ!」
随分と恰幅の良い男性が、最初の将棋盤の前へと座る。
後ろからその様子を見物していたが、すぐに目を背けた。
「(話にならない……)」
その数分後……
「ご主人様、これで王手でございます」
「あぐっ……!」
盤面を睨みつけていたが、成す術なし。
悔しそうに頭を垂れ、隣の番へと席を移した。
「では次のご主人様、どうぞ!」
「(さっきの奴、勝ち負け以前に、二歩してたじゃねぇか。それを言わないメイドもメイドだけど……)」
それから十人ほど、順々にメイドへと挑んでいくも、半分以上勝ち進めたものは一人もいなかった。
そしていよいよ、優唯の番。
「では、次のご主人様、どうぞ!」
「じゃ、仁詭!行ってくるね!」
「勝手に行ってこい」
そう突慳貪に送り出すも、多少気にはなる様子。
後ろから盤面を眺め、勝負の行く末を見守っていた。
「ご主人様、これで王手でございます」
「あぅ……もう無いわね」
見守っていたのも、僅か数分。
あっという間に負けてしまい、仁詭は呆れてものも言えなかった。
「では、次のご主人様、どうぞ!」
「……………仁詭」
「ん?何だ、希望?」
「……………勝つ?」
「分からん」
簡単に返事を済ませ、将棋盤の前へと腰を下ろす。
軽く一礼し、まずはこちらの先手。
「(まぁ、見てた限りこの人は……)」
俗に言う、短期決戦型。
棒銀と言う戦法で、早々と仕留めてしまうタイプ。
なので仁詭は……
「……ご主人様、将棋はお得意でございますか?」
「まぁ、人並み程度には出来るつもりだよ?」
仁詭のとった戦法は、ゆっくりと守りを固める、いわゆる持久戦。
こうなると、攻撃一辺倒の彼女の攻撃はその効力を失い、やがて……
「はい、これで王手」
「……ありません、負けました、ご主人様」
メイドが頭を下げる。
その光景に驚いたのは、客だけでなくメイド側もそうだった。
初戦を突破した人間は、かなり珍しい様だ。
「次は、君が相手の番だよね?」
「は、ひゃい!よろひくおねがいしみゃす、ごしゅじんしゃま!」
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結局──
「「「「「参りました、ご主人様」」」」」
そのままの勢いで、仁詭は全勝。
伊達に、新聞でプロの棋士の盤面を眺めていただけはあった。
様々な戦法が繰り広げられたが、知っている範疇だったので対応はしやすかった。
「ご主人様。僭越ながら、私どもからの気持ちでございます、受け取ってくださいませ」
そう言って手渡されたのは、一つの大きな包み。
開封は家に帰ってからと念を押されたので、素直に従うことにした。
「すっごーい!仁詭、こんなに将棋強かったんだ!」
「……頭を使う勝負事だからな、負けたくないって意地はあった」
「……………仁詭、偉い」
背伸びしながら、希望が頭を撫でた。
何ともくすぐったい気分だったが、お返しに希望の頭を軽く撫で、優唯へと向き直った。
「さて、これからどうするか……」
「決まってるでしょ?副賞で、今日の支払いは無料になったんだから、鱈腹お菓子とか食べるに決まって──」
「……決めた、帰るぞ」
物凄く低いトーンで、仁詭はそう言った。
いつもであれば、「えー、何で何で!」と言う優唯だったが、今日は違う。
言い返すと何かとてつもなく悪いことが起きる予感がした。
その予感に従い、ただただ首を上下に動かすだけだった。
「よし、素直に言うことを聞いたご褒美だ。今日は月が頭の上を通りこすまでにしておいてやる」
「(……要するに日が変わるまでってことでしょ!)」
ただ、優唯は知らなかった。
今日は新月だと言うことを……
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