「(……重い……)」
響き渡る怒号のせいで、周囲の空気が重く感じる。
目の前の門は、敵の破城槌が当たるたびに凄まじく震え、悲鳴を上げる。
「すぅーっ……ふぅーっ……」
思いっきり深呼吸。
自分の鼓動が高鳴ってることくらい百も承知だ。
それを抑えようとしたって意味がないことも……
だから、今から向かう場所の空気を、少しでも多く体の中へと取り込む。
「直詭、どう出る?」
「そうだな……まぁ、突っ込んで勝てる相手でも数でもないし、あまり門から離れないように」
「分かった」
今、恋の斜め後ろに立ってるけど、なんとなく不思議な感じだった。
そりゃ戦場とかだと、いつも恋が前にいてくれる。
でも今回は違うんだよな……
斜め後ろのこの位置は、“いつでも肩を並べられる”位置になる。
「(三国志において、無双豪傑の名をほしいままにした呂布と肩を並べるなんて……)」
しかもこの虎牢関で……
空気が重いのは感じてるのに、戦場にいるって実感がはっきりとしてくれない。
でも、そのおかげもあってか、死ぬかもしれないって怖さは無い。
……誰かを殺すことへの怖さも同時に──
「……ふぅ」
「……………?」
「何度か戦に出て学んだこともあるから、そのうちの一つを実践してみようかな」
「直詭?」
恋が問いかけてるのも尻目に、もう一回だけ深呼吸。
吐き出す息に、一つの感性を集中させて一緒に体の外へと出す。
「……そう、簡単には出来ないよなぁ」
「大丈夫?」
「あ、うん。戦の規模が今までで一番大きいから、もう一回だけ気持ちを整理したいだけだよ」
「……逃げても、大丈夫」
「そうだな。でも、自分からは逃げないから」
「……直詭、やっぱり強くなった」
「そう言ってくれると嬉しいよ」
恋は普段みたいに、やんわりした笑みを向けてくれた。
今は何より、その気持ちが嬉しかった。
前に、霞に教わったことがあったんだ……
“戦場に理性を持ち込むな”って。
今でもその真意は理解出来てないけど、俺には大切な言葉なんだ。
だからもう一度だけ深呼吸して、理性も一緒に吐き出す。
「呂布様!御遣い様!」
「……来るぞ、全員構えろ」
「……………」
門が限界を迎えそうなのは見て分かる。
それはつまり、世界が変わる瞬間が近付いてるんだ。
水関では見下ろしてただけの世界に、俺は引きずり込まれる。
「(……鼓動の音がうるさくて、やけに静かだな……)」
痛いくらいに刀を握り締めてることも、今は気にならない。
高鳴って早くなる鼓動の音だけしか聞こえない。
瞬きすることさえ、忘れてしまってる……
「直詭」
「……どうした?」
「……帰ろうね」
「……みんなでな」
そして世界は……
……一瞬の間をおいて色を変えた──
●
五感のどれもこれもがおかしくなったのかもしれない……
「─────っ!」
「─────っ!」
頭が目に見えてる事柄を認識しようとしない。
あまりに周りがうるさいせいで、自分の声も相手の声も分からない。
相手の命を絶ち切る感触も、血飛沫を浴びた感触も、まるで伝わって来ない。
「ハァ……!ハァ……!」
なのに、自分の荒い息だけは馬鹿みたいにうるさい。
その荒い息が疲れからのモノじゃないってのは分かってるくせに……
「─────っ!」
右側から槍が突き出されてくる。
その動作が行われるよりも前に、殺気を嫌ってほど感じた。
ほとんどの武器ってのは、基本的に直線的な軌道しか描かない。
その軌道さえしっかり見極めれば、避けたり防いだりすることは出来る。
今までの調練の相手のレベルが高かったこと、ほんとに感謝してる……
「─────っ!」
軌道を読み取るための頭の回転は速いみたいだ。
その回転に体もちゃんと付いてくる。
突き出されてきた槍の右側に体を流して、そのまま右手の刀を突き返す。
「(……っ!次は──)」
相手の絶命なんて確認してられない……
手に感触が伝わって来ないくせに、その刀の先から殺気が消える。
それだけで、俺の頭と体は次の殺気に反応しようとする。
……ん、周りからの殺気に動揺?
特に動揺がひどいのは……あっちか。
「(恋のいる方だな)」
殺気が混濁している世界で、数人分の気が一度に消えれば嫌でも分かる。
それだけ俺も戦場の空気を知ったってことだな……
「「─────っ!」」
「(左後ろっ!)」
剣を振りかぶりながら突っ込んでくる気配が二つ!
後方に振りかえってる余裕は……ない!
「(……左の、前!)」
俺に殺気が向けられない方角を瞬時に見つけ走り出す。
当然だけど、その方向にも敵はいる。
でもこっちに気付くか否かの内に刀を振るう。
ほんの数メートル走っただけで、3人も斬ったか……
「ハァ……!……ん?」
味方の兵を見失った?
マズイな……
俺自身よりも兵士のみんなのことが──
「──い様……!御遣い様っ!」
「っ!みんな無事か?!」
門が破られる直前に、兵士たちには二つ指示をしておいた。
一つは、俺と恋に半分ずつ付いて来いってこと。
もう一つは、命の危機を感じたらかまわず逃げろってこと。
……とは言え、最初に付いてきた3分の1もいないか……
「御遣い様こそご無事で?」
「なんともない……置いて行って悪かった」
「構いません!……っ!御遣い様、周りを!」
「……チッ」
ほんの僅か気を取られただけでこれか……!
敵の槍兵と剣兵が四方を囲んでる。
……マズイな……
「──って、みんな何を?!」
俺を護るように取り囲んで……
そんな指示は出してないだろ!
「我々、呂布様に懇願されたんです」
「御遣い様に怖い思いをさせてほしくないと」
「だから、俺たちがお守りします!」
「女性からの頼みごとの1つや2つ……男として全うさせてください!」
……馬鹿、ばっかりか……
「とは言え御遣い様、活路を開けるのはほんの僅かです」
「ですが、御遣い様の腕前なら脱することは可能です」
「生き抜いてください!俺たちのため……呂布様のために!」
「……分かった」
自分の無力感が、不甲斐なさが腹立たしい。
謝ることも怒ることも出来ない……だから余計に……
「行くぞォ!」
「「「「応!!!」」」」
兵の一人の合図で、それぞれ散開して突進していく。
俺はワンテンポ遅らせて、一番動揺の大きい方向を探し出す。
見つけるのはすぐだった。
だからその方向に向けて突っ走る。
「─────っ!」
俺の存在に気付いた剣兵が二人、得物を振りぬいてくる。
その得物が描く軌道にだけ意識を集中させる。
「(右薙ぎと、突き!)」
軌道を読みながら、自身の得物を両方とも逆手に持ち替える。
そして相手の得物が描く軌道に前もって自身の得物をおく……
……刃と刃が交錯して、一瞬火花が散ったように見えた。
「(次は──)」
受け止めながら無理やり距離を詰めたから、相手も一瞬ひるんだ。
そのひるんだすきに真横まで一気に詰めて、それぞれの首に刃をあてて、振りぬく──
……熱い。
降りかかる血潮が熱くてたまらない。
火傷でもしてしまいそうなほど……
でも、足を止めていられる余裕なんてない。
斬り付けながら、次に走る方向は決めてた。
その方向一直線に足を速める。
……後ろで聞こえる、味方の断末魔が胸を締め付けても、ただひたすらに……
「……………」
ここだと何とか一息つけそうだけど……
相手の勢いが落ちる様子はなし、か。
そりゃそうか、こっちの数倍の軍勢だもんな……
「うりゃりゃりゃりゃりゃぁ!!」
「うぉっ!?」
状況を一度確認しようとした時だった。
ものすごい勢いで得物を振りおろしてくる影が目端に入った。
避けるのは……無理だ!
「重っ……!」
「うにゃ、受け止められたのだ」
おいマジか?
目の前に立ってるのは、赤い髪の女の子だけど……
音々音とそんなに背丈変わらないくせに、あんな馬鹿力出したってのか?
「痛たたた……手が痺れる……」
「鈴々の攻撃簡単に受け止めといて、それは無いのだ……」
「いやいやいや……んで、今のって真名?名前は?」
「鈴々は張飛・字は翼徳。お前は何て名前なのだ?」
「俺は白石直詭……って張飛?」
あー、よく見りゃ持ってる武器、ゲームとかでよくある奴だわ。
でもインパクトはそんなに強くないな……
そんだけ俺がこの世界に馴染んだってことか?
「うにゃ?鈴々のこと知ってるのか?」
「いや、別に」
「鈴々!」
張飛の真名呼びながら、横から黒の長髪の女の子が走ってきた。
霞と同じような武器だけど、張飛の知り合いであの感じの武器ってことは──
「愛紗!」
「む?こ奴は何者だ?」
「白石直詭。董卓軍の一武将だけど」
「悪逆董卓の家臣か!」
そっちの黒髪の子も得物を向けてくる。
ってか、俺の予想があってるならこの状況って最悪なんじゃね?
「とりあえず、君の名は?こっちは名乗ったんだから、そっちも名乗るのが筋だよね?」
「……関羽、字は雲長だ」
「(やっぱそうきたか……)」
三国志の代名詞って言ってもいい二人……
そんな二人と対峙するって、最悪以外の何物でもないぞ?
「(どうしたもんかな……)」
「悪逆董卓の忠臣となれば、その首頂戴させてもらう!」
「……あ、一つ訂正良い?」
「何だ?」
「訂正の前に、関羽も張飛も、月さんを──董卓さんを直に見たことある?」
「「……………?」」
二人とも首を傾げてる。
でも、生憎と俺は心中穏やかじゃないんだ……
「実際に見たことも無く、ただただ世間の噂どうこうで、あの人を悪く言うんだ」
「な、何を──」
「訂正してくれる?あの人を悪く言ったこと……それだけは──」
「「っ!?」」
「絶対に許さない」
怒りが勝手に滲み出た。
刀を持つ手も震えてる。
それだけ俺にとって、許せないことだったんだ……
「直詭!」
「あ、恋」
俺を見つけて駆け寄ってくれたみたいだ。
さすがに息は乱れてないけど、持ってる得物や服は返り血で染まってる。
「愛紗、鈴々はこっちのお兄ちゃんの相手するのだ!」
「しかしだな……今来た方もかなりの腕だと思うが」
自分ひとりで相手しきれるか不安って感じだな。
まぁ、その気持ちはよく分かる。
三国志読んでたのがあって尚のことにな。
「ならば愛紗、そちらのご仁は私が引き受けよう」
「は?……って、子龍」
「久しいな直詭殿」
……何て言うか、言っちゃ悪いんだろうけど……
俺もそうだろうけど、ここにいる面子って戦場に不釣り合いじゃね?
外見的な問題だけども……
「いやいや子龍?俺が一方的に不利じゃね?」
「そんなことはあるまい。先程からの立ち振舞いは拝見していたが、私が惚れ惚れするほどの武勇……相手をするなという方が無理な話ですぞ?」
「何で煽ててんだよ」
何も出ないぞ、マジな話……
「……何言ったって聞かないんだろうな」
「察しが速くて助かる」
「んじゃ恋?こっちの二人を任せていい?」
「……………(コクッ)」
問題ない、とは思いたい。
恋のことだし、後れをとるとかは無いだろ……
俺の邪魔をしないようにってことか、関羽と張飛に狙いを定めて突っ込んで行った。
「では直詭殿」
「ふぅーっ……」
まさか、かの趙雲と一騎打ちとは……
鼓動の高鳴りが、今までで一番うるさく聞こえる。
「いざ……趙子龍、参る!」
「っ!?」
心の準備もまだだってのに、いきなりかよ?!
「(速っ!)」
……っく、軽く二の腕かすったな。
反撃する暇も無くさっさと間合い取るし……
「ほぉ?私の初撃をかわすとは……さすが、私が見込んだだけのことはある」
「お褒めに預かり光栄だよ!」
相手は槍、こっちは刀。
リーチは向こうの方が長いのは当然だ。
なら、多少強引にでも間合いは詰めないと話にならない!
「次は直詭殿の番、ですな!」
「何を嬉しそうに……!」
俺が間合いを詰めるために突っ込んでも微動だにしない。
その余裕が怖いと、一瞬思ったけどすぐに変わった。
子龍は余裕ぶってるんじゃない、悦に浸ってるんだ……
「よっ!」
「甘いですぞ!」
右手の逆手でふるった刀を、軽々受け止められる。
でも、弾かれなかったのは幸いだ!
「……お?」
「次はこっち!」
「甘い!」
右の刀で子龍の槍を抑えつけながら、左の刀で突く。
ただ、そう簡単にはいかないことくらいは分かってた。
防いでいた槍の向きを変えて、俺の体勢を崩してきた。
右手に力入れてるんだから、その力の向きを変えられたらたまったもんじゃない。
「っとっと……!」
「もらいましたぞ!」
「それこそ甘いよ!」
体勢が崩れて、今にも転びそうになってるところに反撃。
槍を薙ぐ形で子龍はふるってきたけど、左の刀を逆手に持ち替えて、改めて子龍にふるう。
当然、子龍は防いで──
「っ?!」
「お覚悟、直詭殿!」
「チッ!」
右手の刀を引きもどす。
俺の心臓に向かってた子龍の槍先は、何とかその刀で防ぐことが出来た。
ただ、間にあったとはいえ、峰の部分は俺の肩に直撃……
激痛で視界が一瞬ぶれた。
「痛ぅ……こっちの攻撃無視するか、普通?」
「私の攻撃の方が早く当たると思ったもので。しかし、それすら防がれるとは」
ズボンの砂埃を払いながら立ち上がる。
こんな攻撃何度も防いでたら身が持たねぇぞ……
「……これは、私も渾身の一撃を振るわざるを得るまい」
「マジ?ってか、たった一回や二回のやりとりで、そんな評価くれるの?」
「雑兵であれば、今ので3回は死んでますぞ」
「そう、なの?」
痛みが引かない方をぐるぐるっと回す。
……渾身ってことは、次のをどうにか出来ないと死ぬってことか……
さすがに鳥肌も立つか。
「……………」
「ほぅ……今までで一番良い目つきですな」
「なんとか、準備は出来たよ」
「覚悟が出来たと、取ってよろしいか?」
「……あぁ」
両方の刀を逆手に持ち直す。
相手を倒すことじゃなくて、生き延びることに全神経を集中させる。
「では、参りますぞ!!」
「(……………っ!!)」
さっきよりも速い?!
いや、そんな言葉が頭を過ったのは、コトが終わってからで……
「っぐ、ぉ……」
よくもまぁ、完全に貫かれる前に体が反応したもんだ。
子龍の槍先の真っ赤な色が視界に入って、その色と同じに世界が染まって……
……何もかもが、黒一色になった。
「かわした?!」
「……………っ!」
左目の視界が真っ暗だ……
吐き気とか激痛とかで膝を付きそうだ……
──膝をつくな──
……え?
今、誰の……?
──退くな、退くな──
頭の中に、訳の分からない声が響いて……
その瞬間に痛みとかが消え去って……
「なっ?!」
その瞬間の行為に、自分の意思が追い付いてなかったのは事実だ。
だから、全てを理解するには時間がかかった。
左目に突き刺さった槍を引き抜きながら、槍ごと子龍を引きよせたことも──
子龍の首筋目がけて、右の刀をふるったことも──
その刀から、何の感触も伝わって来なかったことも──
●
「ハァ……ハァ……」
「ハァ……ハァ……!」
置いてけぼりだった意思や感覚がやっと置いていてきた。
左手の小指に刀を引っ掛けて、子龍の槍を掴んでた。
今にも血が滲むかってくらいに強く……
子龍はというと、左の首筋を抑えながら地面にへたり込んでる。
……何してんだ?
「し、子龍?」
「……っく、ふははははは!」
「あ、あぁ?」
何で爆笑しだすんだ?
「いやいや、直詭殿がまさかここまでの方とは……危うく頭と胴とが分かたれるところ……」
そう言って、自分の首筋を見せてくる。
でも、ほんとにかすり傷程度だぞ?
ま、出血はちょっと多めだけど……
「この勝負は、直詭殿の勝ち。それでよろしいか?」
「俺の?明らかに重症なの俺じゃね?」
「武人が戦場で己の得物を手放したのだ。敗けと言われても文句など言えまい」
そんなもんなのかな……?
とりあえず、槍は返しておくか。
投げて渡すと軽くその槍を受け取った。
「直詭!」
「あ、恋」
「直詭……目が……!」
「……“生きて”るから許して、な?」
あ、関羽とかもこっちに来たな。
さてさて……この状態だと相手するのは無理だぞ?
恋もさっきに比べて疲弊してるのは見て取れる……
「星?!首怪我してるのだ!」
「あぁ、直詭殿にしてやられた。私の敗けだな」
「そ、それでも!相手の目は奪ったのでは?!」
「いやいや……本来であれば、この首がつながっていること自体おかしい」
潔いな、随分と……
「れ、恋殿ー!白石殿ー!」
「ねね?」
声のする方を見ると、音々音が必死になって走ってくる。
何かあったのか?
「し、白石殿?!その目は──」
「命あるだけいいと思って。それで?」
「は、はいなのであります。こちら側が総崩れで、撤退しても洛陽までもたないかと……」
「ならば、こちらに投降されてはいかがか?」
「せ、星?!何を言っている?!」
「劉備殿であれば、悪い待遇はされないと思うが?」
「……それもアリなんだろうけど、今は逃げさせてもらうよ」
「白石殿?」
「勝手に月さんとかを裏切るのはどうしても、な……」
生きて帰るといった以上、あの人の元にちゃんと帰りたい。
ただ、今は帰れないらしいから、逃げるって選択肢ぐらいしか見当たらない。
「音々音、鞘くれる?」
「はい、なのであります」
「んじゃ恋、悪いけど肩貸して」
「……………(コクッ)」
「あ、それと子龍?」
「何か?」
「……流言に惑わされないで、あの人をちゃんと見てほしい……」
「……承知した」
快諾してくれたことで、なんかものすごく安心した。
途端に、左目の激痛が今さらになって襲ってきた。
「とりあえず……音々音、先導して……」
「しょ、承知したであります!」
遠のきそうになる意識に鞭をうって、必死に足を突き動かす。
足に伝わる地面の感触を、何度も何度も噛み締める。
俺は……俺は……今、生きてるんだ……
後書き
戦闘ってホントに難しいですね(汗
ある程度形になっていればいいんですが……
拙い文章で本当に申し訳ないです。
……後書きで書くこと無いな(オイ
ま、次話では多分言い訳等々色々書くと思いますので(マテコラ
では次話で
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