「白石様、行軍速度はこれ以上上がりません!」
「上げる必要はないよ。無理に上げて、敵を刺激してもつまらない」
鈍重な速度は、どうしてももどかしい。
兵士たちにも不安が募るのも分かる。
でも、だからこそ焦っちゃいけないんだ。
みんな無事に生き延びるためには……
「鈴々達の方は、もう戦い始めたころかな」
「敵とは接触しているようです」
「了解。鈴々達が時間を稼いでくれてるうちに、できるだけ安全な場所まで誘導頼む」
「はっ!」
俺としては、早く鈴々達の所に戻りたいって言う気持ちもある。
非戦闘員の安全を確保するのが俺の役目とは言え、気になって仕方がない。
「え〜ん……!」
「ん、どうした?」
「おかあさん、いないの……」
「そっか。大丈夫だよ、すぐに見つけてあげるから」
無理に急ごうとすれば、こういう事態だって出てくるのは当然か。
泣いてる女の子を抱っこして、兵士の一人に目配せする。
すぐにその兵士は走ってくれたから、見つかるのも時間の問題だろう。
「白石様!」
「何?」
「陳宮様より伝達!敵の勢いはそこまで強くないものの、可能な限り早くこちらに合流してほしいとのこと!」
「分かった。君、この子頼んでいい?」
「はっ!」
抱っこしてた女の子を、伝令の兵に任せる。
ちょっと名残惜しそうな顔してたけど、一人だけに構ってられる余裕もない。
頭を撫でて謝って、その子とは分かれる。
「ほかに手を貸さなきゃいけない民は?!」
「まだ数人見受けられます!」
「仕方ない話だよな……行軍速度を上げようとするな、手を貸せる人間は動いてくれ!」
安全を確保しながらの誘導は、相当なまでに神経をすり減らす。
それも、真後ろに敵がいるとわかっているなら猶更だ。
急ぎたくなる気持ちは嫌ってほど分かる。
「(でも、こういう時こそ、俺たち戦闘員が焦っちゃいけない……)」
焦りはそのまま非戦闘員に伝わる。
伝わった結果、無理に足を速められても困るんだ。
蜀までの道中、無理をすれば必ず綻ぶ。
足が止まるだけならまだしも、心にゆとりがなくなってしまえばそれまでだ。
「白石様、ここはもう我らだけで問題ありません!張飛様や呂布様の元へ!」
「……分かった。皆を信じさせてもらうよ?」
「お任せください!」
必死に足を速めようとする民を見れば、まだここに残っていてあげたい。
でも、俺に求められていることは違う。
戦って、刃を振るうことで皆を守ること──
それが今の俺に求められていることなんだ。
「(必ず、みんなで……!)」
一人も欠けないように……
ただそれだけを願って、目的の場所へと足を速める。
鈴々達が待つ、戦いの場へと……
●
「あ、お兄ちゃん!」
「鈴々、戦況はどうなってる?!」
「こちらが陣を敷いた位置が良くて、敵も思うように攻められていないであります」
「少し押し返したところ」
迎撃としては最良の結果だな。
なら、もうちょっと頑張って、時間を稼げるだけ稼ぐか。
「お兄ちゃん」
「ん、どうした鈴々?」
「怖いの、治まったのだ?」
「どうだろうな……少なくとも、今は怖いって感じてないと思う」
「なら大丈夫なのだ。ねね、さっき言ってたこと、頼んだのだ!」
「本当は断るところなのですが、致し方なくですぞ!」
何を話してたんだ?
……ん、音々音が兵たちをまとめてる?
そのまま行軍に参加する流れみたいだけど……
でもそうなると、ここに残るのは俺・鈴々・恋の三人だけに──
「鈴々、まさかとは思うけど……」
「そのまさかなのだ。三人だけで、この場を凌ぐのだ!」
「いや……流石にそれは厳しすぎるんじゃないか?」
「でも、後退するには今しかないのだ。後は、鈴々達三人で、殿の殿をすれば問題ないのだ」
鈴々なりに考えたってところか?
その考えはわからなくもないけど、半ば賭けみたいなもんだぞ?
「大丈夫。直詭も、逃げるの2回目」
「そりゃそうかもしれないけどだな……あー分かったよ、ここまで話が進んで逃げてられるか!」
「それでこそお兄ちゃんなのだ!なら、橋をうまく利用して戦うのだ」
「……後は?」
「鈴々達が本気を出して終了なのだ♪」
……軽い、軽すぎる……
殿の殿って言うプレッシャーは、この子は感じてないのか?
「張飛様、伏兵の準備が整いました!」
「……なんだ、伏兵はちゃっかり用意してたのか」
「えへへ〜……ご苦労様なのだ。じゃあ、後は鈴々達に任せて、皆は後退するのだ」
「……お気を付けて」
後ろに人がいるとなると少し安心かな。
ま、確かに人が大勢いれば、敵も襲ってきやすいだろうしなぁ……
理に適ってるとはいえ、少々博打が過ぎる気がする。
……ただ、これ以上何言ったって無意味なんだろうなぁ……
「お前は、張飛!」
「おー!お前は……って、お姉ちゃん、誰だっけ?」
三人きりになって少しして、敵の武将らしき人間がやってきた。
俺と同じ左目に眼帯をした黒の長髪の女性。
んー、この人見たことある気がするなぁ……
確か、曹操の所に出向いた時だったかに──
「この私を知らぬと?!夏候元譲だぞ、忘れるとはふてぶてしい奴!」
「……あー、そう言えば曹操と一緒にいたお姉ちゃんに似てるのだ!」
「似てるって言うかその人そのものじゃないのか?」
「それもそうなのだ。それでお姉ちゃん、片目はどうしたのだ?」
「喰った」
「喰ったのか。そうなのか──喰ったのかぁ?!」
鈴々、驚き過ぎ。
いやまぁ、気持ちは分からなくもないけど……
……そうか、この人があの夏候惇か。
「当然だろう。父母より授かりしこの身体、一片たりとも無駄には出来ぬ!」
「ほへぇー……じゃあ、お兄ちゃんも喰ったのだ?」
「いや、俺はそこまで豪胆じゃないし……喰っとくべきだったと思う、恋?」
「…………………………(フルフル)」
あ、これは考えるの面倒だって顔だ。
「でもお姉ちゃんは喰ったのかー。すごいなー」
「それ程でもないがな!」
「……何を相手の空気に呑まれているのだ、姉者は」
あれ、こっちの人も見たことあるなぁ。
てか、夏候惇を姉と呼ぶってことは……
んー、夏侯淵だっけか、確か……
「あ、バレたのだ」
「おおっと!?そうだった、危ない危ない……危うく貴様の口車に乗るところ──」
「ちゃっかり乗ってたよなぁ?」
「乗っちゃってたのだ」
「……………(コクコク)」
「なんだとぉ!?」
「姉者……」
この夏侯淵はかなりの苦労人と見た。
「ま、仕方ないですよ春蘭様ですし」
「せやなぁ」
「あれ、霞」
「おぉっ!?ナオキに恋、久々やな〜。元気やったか?」
「今は元気だけど、虎牢関からしばらくは大変だったよ」
「せやろな、ナオキのその片目見たらわかるわ」
懐かしい顔に出会えて、俺も恋も表情が綻ぶ。
霞も元気そうで何よりだな。
これで敵同士でなければもっといいんだけど……
「えぇい、それより張飛!ここで会ったが百年目、尋常に勝負だ!」
「鈴々百歳じゃないのだ」
「そりゃそうだろう、どう見ても──」
「春蘭様、また乗せられてますよ〜」
「おっと……!?貴様、なかなかの弁舌だな、だがもう謀られんぞ!」
「このお姉ちゃん、面白いのなー」
面白がってる場合か。
てか、この夏候惇もどうかしてるよ。
頭のネジが数本足りないんじゃないのか?
……決してバカと言いたいわけじゃないぞ?
「面目ない。だが、武の腕は一流だ。尋常に戦おうではないか」
「応、戦うのだ!そっちは四人がかりで来ればいいのだ。こっちは三人で相手するのだ!」
「(本音はその数に入りたくないんだけどなぁ……)」
ただ、そんな泣き言通じるわけないってのは分かってる。
さてさて、俺の相手は誰になるのやら……
「ほな、ウチは恋とやらせてもらおか」
「……霞?」
「いつか恋と、本気でやり合いたいって思っとってん!ええ機会や、恋の本気、見せてもらうで!?」
「……来い」
あっちはもう始める気か。
なら残り2人と3人。
どう振り分けられるのやら……
「しっかし霞の奴、すっかり頭に血が上ってるな」
「そうみたいなのだ。じゃあ、あのお姉ちゃんは恋に任せるとしてー……あのチビペタハルマキはお兄ちゃんに任せるのだ」
「へ?」
「誰がチビペタハルマキだー!!」
鈴々、そりゃ相手も怒るって……
「だってチビだしおっぱいぺたんこだし、頭にハルマキ付けてるし」
「おっぱいだってちゃんとあるー!」
「ささやかなのだー」
「お前も人の事言えるかー!」
あぁうん、そこは同意してやろう、可愛そうだし。
「鈴々はまだ成長中なのだ。すぐにばいんばいんになるのだ」
「ボクだってそうなる!おまえよりばいんばいんになるーっ!」
「ハルマキには無理なのだ〜」
「むきーっ!」
止めてやるべきだろうか、この耳障りな喧噪……
いや、変に口を出して巻き添え喰らうのもつまらないような……
「落ち着け季衣。それで張飛、その男は腕は立つのか?」
「鈴々とおんなじくらい強いのだ」
「(そりゃ言い過ぎだって)」
「ふむ……ならば季衣、まずはあの男を倒してこい。張飛の鼻を明かしたいのなら、勧めてきた相手を軽く蹴散らしてやればよかろう」
「わっかりました!というわけでお前、ボクと勝負だーっ!」
「……扱いに長けてるなぁ」
「そうでもないさ」
というわけでこの子と戦うのか。
得物は、モーニングスターってやつだよな?
リーチの面でも破壊力の面でも敗けそうだし、どうしたもんか……
「いっくぞーっ!このボク、許緒がぶっ飛ばしてやるーっ!」
「……前口上ってのは好きじゃないんだけど、まぁいいか」
両方の刀を抜刀して、大きく深呼吸。
脈拍が少し穏やかになった気がする。
それをじっくりと噛み締めて、戦う相手を凝視する。
さぁ、戦の時だ──
「白石直詭、全力で相手をさせてもらうよ」
●
「てやああああ!!!」
「おっと」
ドゴォン!!
「こなくそおおおおお!!!」
「よっと……痛てて」
バゴォン!!
「こんのぉ!避けてばっかりじゃなくてちゃんと戦えー!」
「嫌だよ。まともに喰らったら痛いだろ?」
「じゃあさっきから何で痛がってるんだよ!?」
「飛んでくる石までは避け切れないんだよ」
いやまぁ予想はしてたけど、破壊力がすさまじい。
鉄球が飛んできた地面は陥没して、小石とかがすごい勢いで飛び散る。
鉄球そのものを避けるのは問題ないけど、破壊力の産物は避け切れない。
かすり傷は否応なしに増えていく。
「そんだけ避けてるくせに、息も切らせてないのが腹立つんだよー!」
「避けやすい攻撃しかけてくる方が悪いんじゃないの?」
「むきーっ!そんなに言うなら、お前だってボクに当ててみろぉ!」
思いっきり鉄球を振り回して、遠心力も使って破壊力を増やそうって魂胆だな。
でも、軌道そのものは読みやすいし、躱しつつ距離を詰めるのは問題ないだろう。
ただ問題なのは、後ろで見てるあの二人……
夏候惇と夏侯淵の二人が手を出してくる可能性があるってことだ。
夏候惇の方は大剣で、夏侯淵は弓矢。
さて、勝負を仕掛けるとして、どちらの方を気に掛けておくべきか……
「いくぞぉー!てええやあああ!!!」
「(……よし、遠距離攻撃の方に集中しておこう)」
許諸の攻撃はさっきよりも速度はすごい。
とは言っても、避けられないことはないし、軌道も読める。
軌道を読んですぐに、俺は距離を詰めるために駆け出す。
「うえっ?!」
「当ててみろって言ったのはそっちだよ!」
「なっ!?季衣!」
刀を振るう直前の事だった。
夏候惇の方は俺の動きが想定以上だったのか驚いてただけだった。
ただ、夏侯淵は違った……
「うぉっ!」
「……ちっ、外したか」
「秋蘭様!」
夏侯淵の放った矢は、俺の右頬をかすめていった。
攻撃してくると思って気を張っていたからよかったものの、避けそこなったら顔のど真ん中射抜かれてたな……
俺の攻撃の手も止まったとはいえ、死ななきゃ安い。
「やっぱり手を出してきたね」
「お兄ちゃん、大丈夫なのだ?!」
「当たってないから大丈夫だよ」
「くっそー!兄ちゃんは避けられないのに、なんでそんな簡単に避けるんだよお前!」
「……兄ちゃんってのは、一刀のことか?」
忘れてたわけじゃないけど、一刀は曹操の所にいるんだったな。
戦の最中だと、そんなこと気にしてる余裕はさすがにない。
「そっか。お前、兄ちゃんと知り合いだったっけ」
「一刀は元気にしてる?」
「兄ちゃん?元気元気!こないだなんか一緒にお風呂入ったり──」
「季衣、お前も乗せられているぞ!」
「おっとっと……」
一刀の奴、何してるんだか……
「よくもボクを騙そうとしたなぁ!もう許さないぞー!」
「……いや、何て言うかだな……」
攻撃は避けられる・当てに行こうと思えば行ける……
この許諸って子が弱いって言うわけじゃないけど、相性悪いんじゃね?
今のところは俺の有利で進んでるし……
外野からの妨害さえなければ然程問題なく勝てるかな?
「鈴々、俺が戦わなくてもよかったんじゃないの?」
「でもその分、鈴々が楽できるのだ」
「お前なぁ……」
「冗談なのだ。そのチビペタがどの程度か知りたかっただけなのだ」
ってことはさぁ、俺を当て馬にしたってことか?
そんなことは自分でやってくれ……
「まぁ何でもいいわ。許諸だっけ、勝負付けようか」
「こんのぉ!上から目線とか腹立つんだよ!」
さぁ、勝負を付けよう。
敗けてられない戦いは、早く終わらせたいと全身が疼いてる。
後書き
難産が続いて困っとりますはい……
ペースはもうちょっと上げてみたいんですが思うようにいきません。
目標は来年中に完結なんですが、これ大丈夫かな?
な、なんとか頑張っては見ます(汗
では次話で
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