疲れた……
書庫の整理に俺って何時間かけてるんだ?
大体、原因は摘里のいい加減さだろ……
元あった場所に戻すって常識を知らないのかアイツは……
「あ、ナオキさん」
「月さん?掃除ですか?」
「いえ、こちらにいらっしゃると聞いたので」
「……って言うと、俺に何か用事でも?」
「そういう訳ではないんですけど」
じゃあ何だろう?
頼み事とかはしてないし……
……って、月さんに滅多なことじゃ頼み事とかしないよな。
詠が怖いし……
「書庫の整理と聞いたので、お手伝いをと思って」
「あ、それなら今ちょうど終わったところですよ」
「へぅ……少し遅かったですね……」
「気持ちだけで十分ですよ」
立場が変わってもいまだに頭が上がらない。
いや、何と言うか、強くものが言えないんだよなぁ。
この人自身の雰囲気のせいか、はたまた俺が単純にこの人に弱いからか……
どっちにしろ、俺はこの人にだけはいまだに低姿勢のまま。
それが身の丈に合ってるし、月さんも別に何も言ってこないし、このままでいいのかもな。
「それでナオキさん、この後のご予定は?」
「何もないですよ?少し休憩しようかと思ってるぐらいで」
「なら、お茶淹れますね。お部屋に持っていけばいいですか?」
「そこまでしてくれなくていいですよ」
何か申し訳なくなる。
ただただ掃除してただけなのに。
「お茶淹れるのに厨房に行くんでしょ?俺もついていきますよ」
「ならそうしましょうか」
「はい──ん?」
あれ?
日の当たり加減の問題か?
月さんの顔、少し赤くなってるような……?
「あの、月さん?」
「はい?」
「ちょっと、いいですか?」
そう言いながら、月さんのおでこに手を当てる。
……熱い。
やっぱ見間違えじゃない。
「ちょっと、熱がありますよ?」
「大丈夫ですよこのくらい」
「……俺のいたところでは、風邪は万病のもとって言うんです。こういう時はちゃんと休んでもらわないと」
「でも、本当に大丈夫ですよ?それに、詠ちゃんやナオキさんにまた迷惑かけることになりますし……」
「病人の特権ですよ、それは。体調が悪い時は好きなだけ我が儘言ってください。ただし、しっかりと休んでくれることが前提ですけど」
病気の時くらい甘えてもらわないと……
何て言うか、ただでさえ月さんも詠も働き過ぎな気がする。
桃香も時々心配してたし……
いい機会だしちゃんと休んでもらおう。
と言うか、倒れたなんて報告は聞きたくない。
……あの時を思い出すからな、嫌でも……
「休んで、大丈夫でしょうか?」
「何なら俺から伝えておきますよ。詠も看病してくれるでしょうし、何も気にせず休んでください」
「あ、そうじゃなくて……」
「はい?」
「……その、病人は我が儘言っていいんですよね?」
「え?まぁ、ある程度までは聞きますよ?」
ぶっちゃけ、月さんの言う我が儘程度ならほとんど聞ける気がする。
そんなに無茶なこと言う人じゃないし。
……いや、時々無茶なこと言ってた気も……
「看病はナオキさんがしてください」
「へ?そんなんでいいんですか?」
「はい。ただし、一つ条件付きですけど」
「条件?」
看病に条件付けるとか聞いた事ねぇ。
時々この人が何考えてるか分からん。
でもまぁ、我が儘聞くといった手前その条件も飲まないとな。
よっぽどの事じゃないとは思うんだけど……
「少なくとも今日一日、私のそばを離れないでほしいんです」
「……は?」
……はい?
「厠に行かれる以外は、ずっと私の隣にいてくださること。それが私の我が儘です」
「……えっと、その役目、俺じゃないとダメなんですか?」
「ダメです」
にっこりしながら否定された……
って言うか、詠が基本そばにいるだろ?
そのうえ俺まで横に居ろと?
……別にいいんだけど、なんでまたそんな我が儘にしたんだか……
「ま、聞くといった手前従いますよ」
「ありがとうございます」
「それじゃ、部屋に向かいましょうか」
「あ、もう一つ我が儘いいですか?」
「……今度は何です?もうこの際何でも聞きますよ?」
「じゃあ……抱っこして連れてってください」
はぁ?!
おいおいおいおいおい……
「抱っこって……何考えてるんです?」
「大したことは考えてないですよ?」
……聞くといってしまった以上実行しないわけにもいかない……
でも、抱っこにも色々あるよな……
まぁ、この場合一番マシなのはお姫様抱っことか言うやつだろう。
「それじゃ、ちゃんとつかまってくださいよ?」
「はい」
よっと……
ほんとにこの人軽いよなぁ。
前におんぶしたことあったっけ?
ちょっと心配したくなるくらい軽いって思うのは俺が過保護なだけか?
「それじゃあ、お部屋までお願いしますね、ナオキさん」
「……はいはい、承知いたしましたよ、お姫様」
●
「……まったく!少しは白石も止めなさいよ!」
「俺もマズイかなぁとは思ったんだがな?」
「ならその時点でやめればいいのよ!ボクに断りもなしに月を抱っこして連れてくるなんて!」
「詠の承諾があればいいのかよ……」
只今、月さんの部屋で説教喰らってます。
何でこうなったかは言うまでもないだろ?
部屋に着く直前に、抱っこしてる状態を詠に見つかったんだよ。
まぁ、こうなるんじゃないかなぁとは思ってた。
「それで?月の熱はどのくらいなの?」
「手で測っただけだから何とも……大事を見て休んでもらおうって提案したんだけど」
「その提案は高く評価するわ。取り敢えず白石、医者の手配を──」
「あ、詠ちゃん。ナオキさんは今日一日、ここにいてもらうって約束なの」
「へ?」
うん、詠の反応はよくわかるぞ?
「いやでも、医者の手配くらいしてもらわないと……」
「ちょっと寝てればすぐ直るよ。でも、ナオキさんにはここを離れてほしくないの」
「……まったく!白石、妙なことしたらただじゃ済まさないわよ?!」
「誰がするか」
病人に手を出そうなんて考えの奴、いたら見てみたいもんだ。
鉄拳制裁食らわせるけどな?
普通に考えて、病人は安静にさせておくのが一番だろ?
それを俺が分かってないとでも言いたいのか詠は……
「まぁ、医者は後でボクが手配しておくとして……白石、あんたの知識で風邪に効くものって知らない?」
「知識の面だと詠には劣ると思うんだが?」
「医学書なんてめったに開かないのよ。こっち方面は、あんたの方が知ってるんじゃないかと思っただけ」
んー、風邪に効くものか……
風邪薬が何からできてるかとかまでは知らないしなぁ……
となると、看病の範囲で効くものってところか。
「俺が風邪をひいたときには、水分を多くとるようにしてたな」
「水分?白湯やお茶でいいの?」
「んー……最悪それでもいいと思う」
ポカリスエットみたいなもの、この時代にあるわけないよな。
「まぁ、果物とかの方がいいと思う」
「言いたいことはなんとなくわかるわ。じゃあ、厨房から何か持ってくるから、その間月のことよろしく」
「了解」
任せてくれるってことは信用されてるってことだよな。
と言うかだな、相手がたとえ月さんじゃなくても病人に手なんか出すか。
「ナオキさん、天界ではどのように看病するんです?」
「至って普通と言うか……こことそんなに変わんないですよ?月さんは普通に喋れてるしだるそうでもないし、食事の手伝いとかいらないでしょ?」
「だるそうにしてたら食べさせてくれるんですか?」
「それは詠の役目でしょ……俺がやったら怒られそうですし」
「私からのお願いってことにすればいいんですね」
……本当にこの人、時々豪胆だよなぁ。
「それより、熱が上がったか見てもらえます?」
「あー、はい」
書庫でやったように手をおでこに当てて熱を測る。
んー……さっきよりも上がってないか?
この時代にも体温計とかあればすぐにわかるのに……
……無い物ねだりしたところで仕方ないか。
「その測り方で分かるんですか?」
「他にどう測れと?」
「ですから……こうやって──」
自分で前髪上げて、おでこをちょっと突き出してきた。
……頼む、頼むから詠、もうちょっと帰ってくるな?
「こうすれば満足ですか?」
「はい」
「……いい返事ですね、ほんと」
おでことおでこをくっつける。
目とか口の位置がめちゃくちゃ近いから俺の方が赤くなってるんじゃないだろうか?
こんな場面、傍から見たらどう見え──
「月ー、風邪ひいたって聞いたからお見舞いに来たのだー!」
「こら鈴々!病人の部屋にはもっと静かに入──」
「愛紗さんに鈴々ちゃん。お見舞いに来てくれたんですか?」
「……じゃ、じゃじゃじゃ、邪魔したか!?」
「落ち着け愛紗。何もやましいことはしてないから、挙動不審になるな」
何で赤面して吃ってるんだよ……
いや、でも、愛紗たちの方から見たら、こんだけ顔近づけてるって──
「お兄ちゃん、月とチューしてたのだ?」
「してない」
「今はしてませんよ」
「い、い、今は?!」
「月さん……わざとでしょ?」
ちょっぴり舌を出しながら笑うなって……
そんな顔されたら怒るに怒れんでしょうが。
……いや、いつも怒れてないよな、俺……
取り敢えず、詠に見つかってなくて良かったと思っておこう。
「それで直詭殿、月の容態は?」
「ちょっとさっきよりも熱が上がってるけど、たぶん大丈夫じゃないかな?ま、素人目に診断するのは危険だし、早めに医者でも呼んだほうがいい」
「ふむ。なら、医者は私が手配しておこう」
「あ、それは詠がしてくれるってさ」
「そうか」
「月ー、食欲はあるのだ?」
「今、詠ちゃんが果物取りに行ってくれてるので、それを食べようと思ってますよ」
いつもと同じような会話。
月さんの表情も明るい。
思ってる以上に心配しなくてもいいかもしれない。
ただまぁ、油断は禁物と言うし、常時気は張っておこう。
「それでお兄ちゃんは何してるのだ?」
「病人のいる場所ですることは看病以外に何かあるのか?」
「何だ。直詭殿も見舞いに来ただけかと思ったが……」
「私がお願いしたんです。ナオキさんに看病してほしいって」
「そういうこと。あ、書庫の整理は終わってるから安心して」
仕事ほったらかして何してるんだ、なんて言われたくない。
そもそも途中だったら、流石に終わるまでは詠一人に任せてただろうし。
「ほら月、色々持ってきたわよ──って、にぎやかねぇ随分」
「お見舞いに来たのだ!」
「鈴々。今のは嫌味で言ったんだよ」
「嫌味?」
病人のいる部屋で騒ぐなってことだよ。
ほら、ジト目で俺の方見てるし。
だからな詠、俺が諸悪の根源みたいな目で見るな。
「んじゃ貸して」
「白石が皮剥いてくれるの?」
「洛陽の調理場で雑用やってただけはあるからな」
リンゴを一つもらって、と。
よしよし、ナイフもちゃんと持ってきてるな。
まぁこのくらいなら問題なく剥けるし……
「おぉ〜。お兄ちゃん、すごく手際いいのだ」
「このくらいは問題ない」
「さすがにナオキさんはお上手ですね」
「上手なのはいいけど、白石。あんた手は綺麗でしょうね?」
「そんな常識持ち合わせてないように見えるんだな?」
リンゴ受け取る前に手は拭いてあるって。
さて、こんな感じでいいかな。
「詠、皿は?」
「ここにあるわ」
詠から皿を受け取って乗せる。
フォーク……とかはないから手づかみだな。
一応月さんにも手拭いは渡しておこう。
「どうぞ」
「はい、いただきます」
普段から食は細い方だっけ?
食べ方も上品だけど、一口が小さいから本当に食欲があるのか正直不安だ。
まぁ、時間かけてでも全部食べてくれればそれでいいんだけど。
「……………」
「ん?月さん、どうかしました?」
「やっぱりこういうのって、食べさせてもらった方が美味しいですよね?」
「それは人によると思うんですけど……詠はどう思う?」
「何でボクに訊く?」
ただ単に何となくだ。
「まぁ?食べさせてほしいって思ってるなら、その方が美味しいんじゃないの?」
「そうだよね詠ちゃん。じゃあナオキさん」
「……何でしょう?」
いや、何を言われるかは分かってる。
でも人前でそれをする度胸はないぞ?
……あったとしてもするかどうかは別だ。
「ダメ、ですか?」
「……詠、いい?」
「だから何でボクに訊くの?」
「いや、理由はないが……」
「ハァ……月がしてほしいって言ってるんだからしてあげたら?」
今回は助け舟出してほしくて聞いたんだけどなぁ……
詠がダメだって言ったらそれで済んだのに。
……ったく……
「じゃあ……はい、どうぞ」
「え〜?ナオキさん、こういう時は違う言い回しがあると思うんですけど?」
「随分嬉しそうに言いますね?そう言えと?」
「はい、お願いします」
興味津々って言う顔をするな鈴々……
分かったよ、分かりました。
「……はい、あーん」
「あーん」
「ちょっ?!直詭殿!月?!」
「愛紗、ちょっとうるさい」
「あ、いや、すまない……って、そうではない!」
あ、うん、言いたいこと分かるからもういいよ?
普通人前でするようなことじゃないよな?
と言うかだな詠、自分がやりたいならそう言え。
そんな羨ましそうな顔されても困る。
「愛紗。鈴々達はお邪魔みたいだから、さっさと行くのだ」
「ちょ、鈴々!?」
「そうね……愛紗はさっきから声が大きいし、出てったほうがいいわよ?」
「うぐ……分かった。で、では月、大事にな」
「お大事に〜なのだ」
ハァ、なんとか出てったな。
詠はともかく、他の連中に今のは見られたくない。
もう手遅れな気がするが……
「月、それ食べ終わったら着替えましょ」
「うん。あ、ナオキさんも手伝ってくれ──」
「さすがに白石は出てなさいよ?」
「言われずとも……」
「でも詠ちゃん?私、今日はお風呂に入れないから、ナオキさんに体拭いてもらおうと思ってたんだけど?」
「「!!??」」
おいおいおいおい……
この人豪胆とか言うレベルじゃねぇ……
この際外見が女に見えるといわれてもまぁいいだろう。
でもだな、俺はれっきとした“男”であって──
「月!流石にそれはダメ!」
「大丈夫だよ。ナオキさんは変なことしないから」
「そういう問題じゃなくて……!」
……この人、病気になると問題発言が増えるのか?
「と、とにかく!白石、一度部屋の外で待ってなさい!」
「そうさせてもらう」
ちょっとこの空間から逃げたい。
まともに月さんの顔見れないし……
詠の悲鳴を背中に受けながら、足早に部屋を出る。
月さんは何でか、まだどこか嬉しそうに微笑んでるな……
……ハァ、一刻も早く月さんの風邪が治りますように……
後書き
皆様、あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。
あと、月じゃないですけど、風邪にはお気を付けて。
では次話で
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