「蜀と呉の同盟?」


俺の部屋に寛ぎに来てた摘里の発言に、流石に耳を疑った。
確かに現状を鑑みれば、その結論にたどり着くのは自然かもしれないが……


「ついさっき、細作から得た情報ですけど、曹魏が孫呉との決戦を始めるかもとの事なんですよ」

「それで、同盟って結論に至った経緯は?」

「簡単なことですよ。孫呉には美周郎こと周瑜って軍師がいますから」


説明になってねぇ……
まぁ、今に始まった事じゃないが……

ただ、摘里の言わんとすることは分かる。
呉としても蜀としても、魏と真正面からぶつかって勝てるかと言われればかなり厳しい。
国の総力を挙げたとしても、どちらも単独では魏に及ばないからな。
それで同盟、か……


「利害の一致ってやつか」

「んー、もっとドロドロしたものだと思いますよ?例えば、今さっき得たこの情報ですけど、急に方向を変えて魏が蜀に雪崩れ込んでくる可能性もあります」

「仮に情報通りだったとして、呉が敗ければ当然次の狙いはこの蜀……そういう風にこちらの軍師が考えるのも、周瑜はお見通しってか」

「ですね。大凡でも、魏は呉の倍以上の兵数をそろえてるとのことです。兵法の基本に沿えば、呉が敗けるのは自明の理ですね」

「その差を覆すための奇策として、蜀と同盟を結ぶ……確かにドロドロしてるな」

「まぁ、自国の兵だけで勝てないなら他国を巻き込む。外道や卑怯と言われようと、所詮は勝ったもん勝ちです」


言わば、魏は北方の巨人だ。
それに対抗するには、劣勢の者同士が手を組むしかない。
三国志に限らず、俺が知ってる歴史ではそう言うことは幾度とあった。
ただ……


「この同盟、互いが互いを利用しようとしてるだろ?」

「そうですけど?」

「……尤もらしい大義名分がほしいところだ」

「いります?」

「いる。ただ曹操を排除するだけならいいが、仮にも大きな勢力同士の同盟だ。曹操を倒す為って言う理由じゃ、互いの協力を得るためには弱すぎる」


曹操の存在が邪魔だから排除する。
そんな理由で結んだ同盟で、全力を出せる奴がどれほどいるだろうか……?
いや、いるにはいるんだろうが、二国の考えの方向が違っていれば、たとえ目的は一緒でも足並みがそろわない。
ただでさえ強大な国を相手にするんだ。
二国の足並みをそろえる何かが必要になってくるはず……


「考えすぎ……と言いたいですけど、的を得てますからねぇ」

「蜀・魏・呉……この三国の頂点はそれぞれ天下統一を望んでる。ここで同盟を組む理由が魏を倒す為だけだったとして、次の戦いはそれほど遠くない未来にやってくるのは必然だろ?」

「じゃあ何ですか?直詭さんは魏との戦いが終わったら、蜀と呉が戦わないで済めばいいとでも思ってるんですか?」

「厳密には俺じゃない」

「はい?」

「桃香の立場に立ってみれば簡単に予想がつく。きっとあいつは、頂点の三人が一緒に立つっ事が出来ないかって考えると思う」

「……言われてみれば確かに。でも意外ですよ、直詭さんまでそんな甘言言うだなんて」

「桃香に感化された部分が強いからな」


三人一緒に立つ、か……
普通に考えれば、そんなことは出来ないと思う。
三人それぞれの理想があって、その理想を叶えるために今まで戦ってきた。
それを今更曲げられるなら、そもそもこんな戦乱の世なんて来ていない。

俺が知ってる歴史でも、朱里こと諸葛亮が天下三分の計を唱えてた。
でもあれは、後々他の二国を飲み込むって野望があった筈だ。
三国がそれぞれ立つ未来を想像していたとは思えない。
ま、あくまで俺個人の主観だが……


「取り敢えず、他の皆さんより先に伝えたかったので、こうやって部屋まで押しかけてきたってわけです」

「何で俺だけ特別扱いなんだ?」

「いやー、直詭さんなら何か妙案思いついてくれるかなって……」

「どんな期待してんだ……」

「まぁまぁ……で、多分このことで明日、軍議が開かれると思うんで、妙案よろしくです」

「あのなぁ……」











「天下三分……マジで?」

「それが、庶人の人々の幸せに一番近づくものだと思われます」


翌日の軍議の中、朱里の口から飛び出した言葉に思わず呆然となった。
細作からの情報で、魏は確実に呉を攻めることが分かったらしい。
そうなると、昨日摘里と話してたように、呉がこちら側に同盟の話をしてくることも予想がつく。
逆もまた然りで、俺らとしても同盟は組んでおきたくなるのも自明の理。

んで、これもまた予想通りなんだが、桃香が三国共立を口にした。
ただその言葉に、賛成の意を唱える奴はいない。
そう思ってたんだが……


「そもそも孫策さんが南に勢力を拡大したのは、自国の発展を考えての事で、覇道を貫こうとしていたわけじゃないんです」

「曹操とは違って、ってこと?」

「ですね。北に曹操さんがいたから、必要に駆られて南の地に目を付けた。だから、桃香様の言う理想に近い形のモノには共感してくれると思うんです」


朱里の言うには、孫策はそもそも天下統一の志を諦めているのではないか、ってことらしい。
仮に目指していたのなら、魏が攻めて来るよりも前に蜀に目を付けて戦を仕掛けてきた可能性が高いってことだ。
ただ、それすらせず、ただただ時を過ごしていただけの孫策には、今はもう天下統一の野心はないのではないかというのが朱里の意見。
そういう野心がないのであれば、天下の平穏を願う桃香の理想には同調してくれる、か。


「で、天下三分ってことは、各々の国の中の天下で満足しろってことだよな?」

「直詭さんの言う通りです。現状、天下統一の野心があるのは曹操さんだけです。その曹操さんに、今の魏と言う天下で満足してもらう。桃香様も孫策さんも、自国の天下がある。これが私の唱える天下三分の計です」

「ふむ……漢王朝時代や黄巾の時のように、好んで悪政を敷くような国家は現状存在しない。この勢力同士での争いがなくなれば、天下は平穏になる、か」

「けど、そのためには曹操のお姉ちゃんを何とかしなきゃダメなのだ」

「そうです。まずは曹操さんの勢力を削ぐ必要があります。三国の均衡を保つために……」

「そのための同盟、ってことだね、朱里ちゃん」


もしも、孫呉が危機に瀕していなければ、どこ吹く風って感じで流されるかもしれない話だ。
この策を用いるには、孫呉が曹魏に攻め込まれている今を置いて他にない。


「……なぁ朱里?」

「何ですか直詭さん?」

「ふと思ったんだけど、この同盟の話、結局誰がしに行くんだ?」

「……………」


国の代表として誰が行くべきか……
ま、桃香はダメだろ?
いくら何でも危険すぎるし、国の頂点がそんなにウロウロされても困る。


「私は行こうと思ってるんですけど……他にご一緒してくださる方を今考えている最中で……」

「私はダメなの?」

「桃香様、いくら何でも危険すぎます!」

「で、でも……」

「なぁ朱里、私はダメか?」

「愛紗さんに来ていただけるなら嬉しいんですけど……出来れば少数で行こうと思っていますし、同盟の話が済みましたら出撃準備をお願いしたいんです」


愛紗は武官筆頭だしな。
んー、他に適材っているか?


「ふむ……ならば朱里、ワシが決めてもいいかの?」

「桔梗さんがですか?別に構いませんが……」

「なら決まりじゃな。直詭に恋、それと摘里とワシ。これだけおれば安心じゃろうて」

「その人選の詳細は?」

「朱里だけに話をさせるわけにもいかんしの。他に頭の切れる奴と言えば直詭くらいじゃし、後は護衛と言うことで選ばせてもらった」

「あ、あのー、わちきは?」

「少しは軍師らしい仕事させてやろうというワシの考えじゃが?」

「うゆゆ……」


ま、当てにしてないから頑張れ。


「事は急いだほうがいいな。朱里、早速出立の準備してくるわ」

「お願いします。他の皆さんは、何時でも出撃できるようご準備を」

「承知した。留守は預かろう」


さて……
方針は決まった。
これから今まで経験したことのない大きな戦に身を投じることになる。
……ハッ、生き延びられるか?


「ちょっと待って!」


突然、桃香が金切り声をあげた。
広間から出ようとしていた俺たちは立ち止まって振り返る。


「桃香様?どうかなさいましたか?」

「あ、うん、ゴメンね?ちょっとだけ我が儘言ってもいい?」

「我が儘?桃香様、このような時にどのような──」

「すぐ!大丈夫、すぐ終わるから、お願い!」


……桃香の表情は深刻そのもの。
蒼白になってると言っても過言じゃない。
その青ざめた顔のまま、俺たちに飛びついてきた。
そしてそのまま、朱里をぎゅっと抱きしめて──
……………え?


「と、桃香様?!」

「順番にこうさせて?」

「桃香、どうした?」

「……孫策さんって、孫呉の小覇王って呼ばれてるでしょ?だから、みんなが帰って来られるかが怖くて……」

「……大丈夫、みんな、帰ってくる」


恋が桃香の頭を撫でつける。
それでも桃香は朱里に抱き付いたまま離れない。


「……ホレ直詭」

「あん?」

「ここは男として何か言ってやれ」

「……そう言う役目はくれなくていいんだが……」


桔梗に背中を押され、そのまま桃香の肩に手を置く。


「大丈夫だ。さっき恋も言っただろ?みんなちゃんと帰ってくる」

「約束だよ?!」

「……この約束は、“今度こそ”守ってみせるさ」

「……“今度こそ”?」

「以前、月さんと約束したときには守れなかったから……だから今度は、破ったりなんかしない。安心して待ってろ」

「……うん」


朱里から離れて、次は俺に抱き付いてきた。
やや恥ずかしいとも思ったが、為すがままにさせる。
女の子のそれらしい柔らかさと温かさが全身に伝わる。


「私の時は、何か失ってるとか、嫌だよ?」

「もう失ったりしない。約束する」











それから──
孫策たちが陣を布いてる柴桑へ馬を走らせた。
時間にして3時間ぐらいか。
俺たち5人が到着して、呉の兵士たちがざわついたのが目に見て分かる。


「さて……朱里、どうする?」

「そうですね……いま私たちの中で一番名が知れてるのは恐らく直詭さんだと思うので……」

「分かった。じゃあ、最初に使者として行ってくる」


呉の兵士の一人を捕まえて、蜀から来た者だと伝える。
流石に動揺は隠せてなかったが、一応孫策には伝えてくれるとのこと。
……少し待つか。


「直詭さん、大丈夫じゃないですね?」

「当たり前だ」

「心配せんでもワシらが後ろにおる。首が飛ばされるようなことはされんとは思うが、何かあれば大声あげればよい」

「そうならないことを祈る」


実際に孫策をこの目で見るのは初めてになるな。
話の中で走った風なつもりでいたけど、この世界での孫策を直接は知らない。
どういった会話になるかが想像つかない。
ただ、それだけの理由でなら、今俺の手が震えてることの説明がつかない。


「直詭」

「どうした恋?」

「恋も一緒に行く」

「……大丈夫、今は横じゃなくて後ろにいてくれる方が安心する」

「でも……」

「ありがと」


頭を撫でつけてやる。
震えてるのが伝わったのか、恋は不安そうな顔をしてる。
他の皆も同じような表情だ。
だから精一杯の笑顔で、大きく頷いて見せる。


「行ってくる」

「お気を付けて」


そのまま呉の兵士に連れられる形で、俺は歩を進める。
一歩一歩踏み出すごとに、自分の鼓動の大きさが嫌になる。
ただ、頭だけは酷く落ち着いていて、これからどんな話をすることになっても大丈夫だという自信はあった。


「孫策様、蜀の使者をお連れいたしました」


……………
そこには三人いた。
呉は比較的南方に位置しているからか、三人とも色黒の女性だ。
ただ、真ん中にいる女性は、長い桃色の髪を揺らしながら、吊り上がった目でこちらを凝視している。


「あなたが使者?」

「あぁ。白石直詭、一応、天の御遣いって言う肩書だ」

「お前が?」


俺から見て左にいた女性が声を上げる。
同じように桃色の髪を揺らして、あからさまに警戒してるのが見て取れる。


「えっと……俺の肩書とかはどうでもいい。孫策って言うのは──」

「私よ。こっちは妹の孫権、反対にいるのが周瑜よ」

「そうか。生憎と俺は董卓軍に所属してたから、例の連合の時に顔見てないんだ」

「成程ね。それで?」

「あん?」

「我らの陣に来た理由だ。そのくらい話せるだろう?」


……チッ、腹探ってきやがる。
別に隠したって何にもならないが、安く見られるのだけは御免被る。
俺が安く見られたら、同じように蜀や桃香まで安く見られるからな。


「……どうやらそっちの軍師は役立たずらしいな」

「何だと?!」

「やめなさい蓮華」


俺の言いたいことは分かっているらしい、孫策も周瑜も余裕と言った表情だ。
で、孫権は俺の言葉を真に受けて声を荒げてきた。


「俺がここに来た理由が分かってないとか言うなら、無駄足だったと諦めて帰るだけだが?」

「あら、随分と食えない真似するわね」

「フッ……」

「ま、お互いに腹の探り合いしたって時間を無駄に浪費するだけ……出来れば腹を割って欲しいんだが?」

「……確かに時間の無駄ね。ね、冥琳」

「そうだな……察するに、同盟の申し込みに来たというところか」

「……ハァ、これ以上俺の帰りたい気持ちを煽るな」

「「……………」」

「さっきから聞いていれば……お前、いくら使者とは言え姉様に口が過ぎるぞ!」

「なら相応の態度をそちらも取って欲しい。こっちは遊びに来たつもりはないし、無駄な時間を過ごすつもりもない」

「お前……!」

「蓮華」


孫策が孫権を宥める。
んー、ちょっと言い過ぎたか?


「喰えない男だな」

「それだけこっちも必死なんでな」

「なら言い直そう。同盟の提案をするために、我らの所に来たというわけだな?」

「あぁ」


漸く話が進みそうだ。
さて、孫策はこの話に乗ってくれるかどうか……
後は朱里に大部分を任せることになりそうだな。





















後書き

さて、と……
ここからは最終話に向けてひたすら走ってみます。
ペースが安定しないのはいつもの事ですけど、もうイベントはさむことは無いかな?
最後の戦い、どういう結末が待っているか。
お付き合いいただけると幸いです。


では次話で



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