あれは、輜重隊か。
それを警護するように魏の将兵の姿が見える。


「捉えた!前方に敵影あり!谷に展開している!」

「輜重隊の姿も捉えた。どうする、殲滅させるか?」

「無論だ!直詭殿、一気に突貫するぞ!」

「分かった」


向うもこちらの姿は捉えているだろう。
ただ、遠目でも動揺は見て取れる。
そりゃ、いきなり蜀の軍勢が後方から現れれば焦るか。


「関羽隊、敵を一気に押し潰す!我に続けー!!!」

「「「「応っ!!!」」」」

「白石隊、牙門旗を高く掲げろ!もっと高く!突っ込むぞ!!!」

「「「「「応っ!!!」」」」」


今は相手に突っ込むことだけ考える。
愛紗と並んで走り、同時に抜刀。
迎撃態勢をとっている敵が視線に入り、同時に相手にも俺たちが映り、目に見えない火花が一瞬散る。
ここで俺と愛紗がすることはただ一つだ。


「直詭殿!」

「行くぞ愛紗!」


後ろに続く兵士たちよりも先駆けて、敵の間をすり抜ける。
動揺が走ったのを肌で感じるよりも前に、二人で後ろから数人まとめて斬り伏せる。


「ひ、怯むな!楽進隊、将を仕留めるんだ!」

「そう易々とくれてやれるほど、私の命は軽くないぞ!」


敵の将が叫んでも、一度広まった動揺はすぐには収まらない。
追い打ちをかけるように、そこに俺たちの部隊が突っ込んでくる。


「白石隊、左右に展開!真正面から迎撃を受けるな!」

「関羽隊は白石隊の補佐!両翼から敵を粉砕しろ!」


俺たちの号令で部隊が二つに分かれ、左右から敵を飲み込んでいく。
ざっと見ただけでも、こちらの方が数が多い。
多少なり迎撃されても問題はないだろう。


「こんのぉ〜!ウチの部隊を舐めとったらあかんで!」

「……なら、躱し見ろ!」

「へ?ちょちょちょっ!!?」


恐らくは将の一人だ。
なんか、ドリルみたいなのが付いた槍を掲げてる。
ただ、いきなりの進軍に体制が整いきってなかったらしい。
間合いを詰めるのは容易だった。


「ふっ!」

「わぷっ?!」


首筋を狙って一閃。
ギリギリ防がれたけど、さらに体勢を崩すことには成功した。


「真桜ちゃん!」

「ホラ、手元がお留守だ!」

「きゃうっ?!」


俺が転ばせた奴を心配してか、もう一人の将が駆け寄ってきた。
俺と同じ二刀流だけど、意識が他所に行ってれば差ができる。
振り向きざまに一撃、出来るだけ体重を乗せて振りぬく。
そっちの方も勢いよく尻餅をついた。


「李典様!」

「于禁様!」


急だったとはいえ、たったこれだけの間に二人も将が転べば動揺は大きい。
その隙を逃す愛紗じゃない。


「関羽隊、突撃ぃいい!!!」


動揺がさらに広がり、そこに愛紗の部隊が拍車をかける。
もう相手の陣形はむちゃくちゃだ。
ただ、ここで手加減するほど俺たちも甘くない。
まだ引き際には程遠い……


「呉への手土産として……どっちかの首でも貰うか」

「「っ?!」」


自分でもゾッとする様な声と言葉を吐く。
それぞれの刀を二人の将へと突きつけ、小さく息を吐く。


「こ、こんくらいで……ウチを負かしたと思うなああ!!」

「真桜ちゃん?!」


槍で俺の刀を弾き、一気に間合いを侵してくる。
ただ、我武者羅が通用するほど俺も怠けてたわけじゃない。
その程度は、さほど問題じゃない。


「甘い」

「へ?」


体を反転させながら槍を受け流し、そのまま相手の背後へと移る。
同時に右手の刀を高々と振り上げる。
──チェックメイトだ。


「もらい──」

「李典様ー!」


突如、俺とソイツとの間に一人の兵士が飛び込んできた。
振り下ろした刀は止まる術を知らず、飛び込んできた兵士を真二つに斬り裂く。


「っ!」

「……外したか」

「よくも……よくもウチの兵を!」

「戯言言ってる余裕があるのか?これは戦だ。死を悼むのは、全部終わってからにしろ」

「くっ……!」


仮に今、ここに理性を持ち込んでいたなら、こんな発言していない。
戦の中で一番映えるのは狂気だ。
これまで一体どれだけそれを感じてきただろうか……
そして、その中で、どれだけ俺は変わっていったんだろうか……


「直詭殿!後詰の部隊も投入する!部隊に指示を!」

「分かった!」


その前に、まずはこいつらを何とかしておくか。


「ふっ!はっ!」

「く、くぅ……っ!」

「沙和、こいつ強すぎやわ!ちょい下がった方がええ!」

「う、うん、そうするの」


よし、それなら投入しても大丈夫だな。
近くにいた兵士に伝令を頼む。
その姿が見えなくなったところで、再び敵の兵士に動揺を与えるために斬りかかる。

断末魔が響き渡る。
血飛沫が熱く降りかかる。
一体どれだけこの地獄絵図を経験しただろうか……
……でも、もうすぐそれを終わりにできる。
それだけを信じて、ひたすら刀を振るう。


「桃香の、理想の為に……!」











敵の部隊が崩れるのに、そう時間はかからなかった。
何せ、自分たちの敵は呉だけだと思ってるところに、蜀の部隊が突っ込んできたんだ。
それも、背後をつくという最悪の形で。
双方ともに少数部隊だったとはいえ、虚を突かれた相手に立て直す時間を与えなかったこちらの勝利だ。
……そう、誰もが確信に至る直前だった。


「はわわっ!敵部隊が二つに分かれちゃいました!」

「ふむ……部隊の動かし方から見て、誰かが残存した友軍を後退させるための捨石を買って出たんじゃな」

「素直に逃げればいいものを……邪魔な……」


焔耶の言うところも尤もだ。
ただ、この場にいる全員、違う思いが頭に渦巻いてる。


「……怖い」

「確かに……覚悟と共に踏みとどまれる人間はそうはいない。恋の言う通り、怖い敵だ」

「どうする朱里?このまま包囲して殲滅するか?」

「……後退する敵を追撃する必要はありませんが、戦場を迂回して南方に向かった輜重隊が気になります。前線に到着する前に撃破しておいたほうがいいかと……」

「ならば、その役目はワタシがやってやろう」


意気揚々と焔耶が名乗りを上げる。
別に誰も反対する奴はいない。
……と思ったら──


「焔耶一人では心許ない……恋、同行してやってくれるか?」

「ちょ、桔梗様?!」

「……(コクッ)」

「むぅ……ワタシ一人で充分ですのに……」

「一人より二人の方が間違い話少ないわい」


ま、桔梗の言う通りだな。


「で、朱里?あそこで殿を務めてる部隊はどう処理する?」

「旗勢を見るに気焔万丈……ああいう部隊と正面切ってぶつかるのは得策ではないかと」

「だが、放っておくわけにもいくまい?」

「放置でいいです。どうせ全滅させることは出来ませんし、今は江陵より後方の攪乱と、物資輸送の安全性を脅かすことが大切です」


ここから先は呉との同盟を果たす方が先決か。
なら、焔耶と恋に頑張ってもらうか。
さてさて、俺はどう動くか……


「……朱里、一度挨拶だけはしておきたいのだが」

「愛紗さん?」

「おい愛紗、挨拶ってどういう意味だ?」

「蜀呉同盟を示す為にも、ハッキリとした声明や態度は必要だと思う」

「……分かりました。ですが、危ないと思ったらすぐに対処しますので」

「一応俺もついて行く。それでいいか?」

「承知。では朱里、私が帰還したらすぐに軍を動かせるよう手配を頼む」

「分かりました」


さっきと同じように、愛紗と並んで向かう。
ただ、今回は後ろから誰もついて来ない。
つまりはたった二人だけでの進軍……
いや、挨拶回りってやつか?

向うもこちらに気づいたらしい。
同じようにたった一人だけ出向いてくる。
……愛紗……


「直詭殿、ここまででいい」

「いや、もう少し近くまで付き合う」

「……………」

「そんな顔すんな。俺だって、相手の顔や声くらいちゃんと拝みたいだけだ。手出しは一切しない」

「……心配性だな」

「誰かに感化されたんだろうよ」


今から一騎打ちが待っているんだろうに、俺も愛紗もこの場に合わない笑顔。
それだけ互いを信頼してるってことだろうか。
少なくとも俺はそのつもりなんだけど、愛紗はどうだろう?
まぁ、そうであってくれれば嬉しいかな。


「……じゃあ、ここで」

「行ってくる」


ほんの一歩、飛び出しても間に合わない場所に立つ。
そこから先は愛紗一人で歩む。
そして、敵の将と対峙した。


「……貴公が魏の将軍か。我が名は関羽、蜀を守る正義の青竜刀……貴公の名を伺いたい」

「我が名は楽進……関雲長、蜀の武神がどうしてこんなところに……?それに──」

「……………ん?あれ、確か君は……」

「隊長のご友人でしたよね、お久し振りです。ですが今はこちらに集中させていただきます」

「……あぁ」


律儀に俺にまで礼をしてくれる楽進。
少し一刀が羨ましいとも思った。


「さて……先程の問いに答えよう。我らは魏の覇道、それを認めるわけにはいかない……いざ、尋常に勝負してもらおうか、楽進!」

「……曹孟徳様こそ、覇王たる資格を持つ者。私はその覇道に命を懸ける。我が命の全てを賭して、お前たちの進軍、ここで食い止める!」


互いに吠える。
殺気や闘気がぶつかり合って、目の前の空間だけ時が止まったようだ。
その空間の僅か一歩外にいるだけで、背筋に冷たいものを感じた。
同時に、二人の強さを嫌と言うほど感じた。
自分の頬を流れる冷汗は感じないくせに……


「……来い、関羽!」

「参る!」


雄叫びが轟き、愛紗が楽進に突貫する。
あまりに早過ぎて目で追うことすら困難な青竜刀が、確実に楽進の首を捉えた。
……が──


「ふんっ!」

「両腕で止めた、だと……っ?!」

「くっ……流石関羽の一撃。完璧に防いだと思ったけどここまで押されるなんて……」

「……貴公、武闘家か!?」

「我が武器は拳。我が鎧はこの肉体……この拳と四肢に魂を宿し、炎となって、鋼となって、全てを砕く!」


ただの武闘家と言ったって、愛紗の一撃を防げる奴なんてそうはいない。
何かの本で読んだことのある“氣”ってのを使ってるんだろう。
それは楽進が今言った言葉からも察することができる。


「関羽……覚悟はいいか?」

「ふっ……覚悟などとうにできている。だが、簡単に頸をとれると思うな!」

「やってみなければ分からない……行くぞ!」


素早い動きで、楽進が愛紗に蹴りを放つ。
ただその蹴りは、俺が今まで見たことのない速度と威力を持っていた。
だからか、その蹴りを放った脚には炎のようなものが見えた気がした。


「うぐっ……!」


辛うじて槍で受け止めた愛紗。
ただ、その威力は表情を見れば一目瞭然……


「まだだ!」


連撃……
二発三発と、楽進は勢いを増しながら蹴りを繰り出す。
蹴りだけじゃない、拳も突き出しながら、徐々に愛紗を追い詰めていく。
ここまで防戦一方な愛紗を見るのも珍しい。


「くっ……!防ぐだけで精一杯か……!」

「どうした関羽!得物を持たない私を舐めているとでも言うのか!?それとも貴様の力はそんなものなのか!?」

「拳を槍に当てたくらいで大言壮語だな、楽進!」


……いや、愛紗だって負けてない。
喰らえば一撃必殺とも思える拳をすべて防いでいたんだ。
まだまだ、こんなもんじゃない……!


「せぇぇぇぇぇぃ!!!」


今度は愛紗の連撃……
右から左から上から……容赦なく楽進の急所を襲う。
一撃の重さは、受ける度にたじろぐ楽進を見ればすぐ分かる。


「くっ……!」

「貴様の身体が鋼と言うのなら、その鋼ごと粉砕して見せよう」

「やれるもんならやってみろ!」

「やってやろう!我が一撃、甘く見るな!!」


少し間合いを取り、愛紗が大きく息を吐く。


「我が一撃は無双……我が一撃は無敵……」

「……………っ!」

「我が一撃を天命と心得よ!!!せぇぇぇぇぇぇぇぇぇい!!!」


渾身の一撃が楽進の身体を捉える。
防御なんてお構いなしにその体を吹き飛ばし、大地に転がす。


「……ごふっ!」

「……どうだ楽進!」

「……まだ、だ」

「……………」

「まだ、私は立てる!命ある限り、私はお前に抗う……それが、誇り高き曹魏の将としても務め!」


膝が震えてる。
今の一撃は、相当に効いたんだろう。
立つだけで精一杯なのが目に見える。
でも、退くことを知らない楽進はきっと、まだ抗うつもりなんだろうな。


「……ならば、その頸を刎ねて、この戦いを終わらせてやろう」

「来い関羽。たとえ頸を討たれようと、貴様の喉笛、歯牙で噛み千切ってやる!」

「いい見得だ……では、最後の一撃、見舞ってくれよう!」





















後書き

何だこのペース?
バカじゃねぇの?
コレ続けられるの?
俺もう知らね(オイ


では次話で



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