全員の視線が俺に注がれる。
口を開こうにも、何を喋ればいいのか分からない。
ただただ、時間だけが過ぎていく……
「……何も言えないの?」
「…………………………」
「じゃあ、私から訊かせてもらうわ。それに答えて」
淡々と孫策は話を進める。
それに抗う術がまるで見当たらない。
「そうねぇ……私たちが得た情報で、気になってることがあるの」
「気になってること、ですか?」
「そう。あなたたち、以前曹魏と定軍山で一戦やらかしたでしょ?」
「はい。あまりいい戦果は得られませんでしたが……」
「その戦果に関して、孔明ちゃんは何か違和感を感じなかった?」
「……はい、感じました」
朱里の口調は重々しい。
あの時の戦いは、確か紫苑が出張ってた。
「あの時、紫苑さんの部隊が背後から魏の一団を攻めることに成功し、将の首が一つ上がるはずだったんです」
「でも、できなかった……それはなぜ?」
「突如として、魏の本隊が援軍として駆けつけたからです。曹操さんの性格や、他の軍師の皆さんの考えなどから考慮しても、有り得ない援軍でした」
「結果、蜀の部隊は撤退せざるを得なかった……そうよね」
「仰る通りです」
一体何を思って孫策はこの話をしてるんだ?
さっきからずっと俺から視線を逸らそうとしない。
それが何か、俺の心の内を見透かしてるようで、怖いとさえ思う。
「つまり孔明ちゃんの感じた違和感って言うのは……」
「なぜ、あの時曹操さんは援軍を出せたのか……まるで、これから起きることを知っていたかのような、そんな一手のように見えました」
「成程ね……その報告を受けた私や冥琳も同じ考えよ。じゃあ、ここからが本題ね」
朱里も俺の顔を見て来る。
恐らくは、これからの話題の中心になるからだろう。
「あなたは……一人の将として、違和感は感じなかった?」
「……感じた」
「なら、“天の御遣い”として、その違和感は孔明ちゃんや私たちと同じものだった?」
「…………………………」
「答えて」
……限界、だな……
「……違うものだった」
「「「「「っ?!」」」」」
桃香をはじめとした蜀の面々の表情が驚愕のそれに変わった。
中には話の内容を理解できてない奴もいたが、周囲の雰囲気から察したんだろう。
明らかにみんなの俺を見る目が変わった。
言うなれば、今まで一緒に過ごしてきたにもかかわらず、俺の事が急に分からなくなった様な感覚にでも襲われたんじゃないだろうか?
「違うって、どういうことか……説明してほしいんだけど」
「……直詭さん」
「……分かった。これ以上黙ってて、皆に不信感を与えたくもないしな」
半ば諦めだ。
本当は誰にも言いたくなかった。
俺の出生とかそんなのじゃなくて、俺がみんなよりも知ってると言うことを……
「……先に、“天の御遣い”って呼ばれてる、俺ともう一人について説明しておくほうがいいか」
「えぇ、お願い」
「じゃあ話すが……いきなり突拍子もない事言うぞ?」
「そ、それでもいいです!」
「……俺は、いや俺たちは、時間と世界を飛び越えてきた存在……こう言って分かるかな?」
ははっ、やっぱり誰も分からないか。
ま、突拍子がないにもほどがあるしな。
「そうだな……なぁ桃香、項羽と劉邦って知ってるか?」
「え、うん、知ってるよ。かなり昔の人だし、とっても有名だから……」
「じゃあさ……朝目が覚めたら、何故か見知らぬ場所にいて、そこで出会った人物が劉邦だったら、どうする?」
「へ?へ?言ってることがよく分かんないよ直詭さん……」
「朱里や周瑜は、俺の言いたいこと分かるか?」
「「……………」」
分かるが、信じられないって表情だな。
ま、普通はこんな話、夢物語とか空想話とかその類だ。
それを真面目にする奴って、頭のネジが足りないとか思われても仕方ない。
「敢えて言うなら、それは小説だのの中での話なら受け入れる。だが、実際にそんなことがあるとは到底思えない」
「だよな……ただ、俺にとって、劉備も孫策も曹操も、いや、ここにいるみんなの名前を持つ人物は過去の人物の名前だ」
「俄かには信じがたい話ですね」
「そりゃ当然だ。俺だって、最初に恋と出会った時、何の冗談だって耳を疑った」
今でも時折信じられないことだってある。
胡蝶の夢なんて話もあるけど、これが夢だったならいつ終わるんだろうか……
「そしてもっと言うと、俺が知ってる劉備たちの名を持つ人物は、須らく男だった」
「えぇーっ?!私、ちゃんとした女だよ?!」
「そりゃ知ってる……だから言っただろ?俺は時間と世界を飛び越えてきたって」
「……つまりは直詭さんの元いた場所では、私たちの名を関する人たちは過去の偉人で、且つ男だったと?」
「そう言うことになる」
みんなの表情が一層不穏なものになる。
そう、この表情が見たくなかったというのも大きい。
今までの関係をぶち壊す爆弾を抱えてた自覚があったから、言い出せなかった部分もある。
「……まぁ、信じられないと言いたいが……それは、魏にいる天の御遣いも同じなのか?」
「あぁ、少なくともアイツと俺とは同じ世界から来た」
「ふむ……だとすると、その妄言も信じざるを得ないと言うことか」
「あら、冥琳はやけにすんなり受け入れるのね?」
「天の御遣いにとって我らが過去の人物と言うならば、当然、我らが生き抜いてきた大戦も過去の事実と言うことになる。どこまで知っているかは知らんが、魏の天の御遣いが曹操に口出しして、実際の歴史の流れを変えたと考えれば、謎の援軍にも説明がつく」
……正直意外だった。
こんな荒唐無稽な話を受け入れる奴がいるなんて……
しかも、こんな短時間で……
「私も周瑜さんに同意です」
「朱里?」
「正直、本の中でのお話ならすぐ受け入れるんですけど、直詭さんのお話は荒唐無稽ですし……でも、直詭さんはこんな大事な場面で嘘を吐く方でもないですし……」
「……ありがと」
素直に朱里にお礼を言う。
笑い話にもならない俺の話を受け入れて信じてくれた。
それだけですごく嬉しい。
「……ってことはさぁ、あなた、これから起こる戦いの顛末も知ってるわけ?」
「半分、知ってる」
「半分?どういうことだ?」
「……これは実際に経験して思い知らされたことなんだが……どうも、俺の知ってる歴史とこの世界での流れは微妙に違う部分がある」
いやってほど味わってきた感覚。
これを誰かにするのはこれが初めてだ。
「例えば?」
「さっきも言ったように、俺が知ってる歴史では、みんなの名を関する人物は男だった。他にも、劉備の傘下に呂布・袁紹・公孫賛なんて加わってなかった」
「直詭さんの知ってる歴史だと、例えば恋ちゃんはどうなってたの?」
「……劉備と曹操が手を組み、呂布軍と戦をして、最後には処刑って形だった」
「成程?確かに歴史の流れが違うわね」
桃香の表情が暗くなる。
だから、肩に手を置いて、小さく頷いてやる。
「いいんだよ、別に俺の知ってる通りの歴史に沿わなくても……桃香は桃香、俺の世界の劉備と違ったっていい」
「う、うん……」
「……で、話を戻すけど、半分知ってるって言うのは、歴史の流れが違ってることが何度となくあったからだ。だから今回の大戦も、俺の知ってる通りの流れになるかは知らないし、ひょっとすると勝ち負けが変わってくることだって考えられる」
「ちなみに直詭さん、そちらの世界で、蜀と呉が同盟を組んで曹魏に対した大戦……勝利したのは?」
「……蜀呉同盟だ」
……あからさまに表情が明るくなった奴らが何人かいた。
ただ、孫策は真剣なまま。
俺としてはその方が嬉しいかな。
「不安ね」
「孫策もそう思う?」
「えぇ」
「へ?だって直詭さんの知ってる歴史だと、私たちが勝てるんですよね?だったら少しは安心できるんじゃないですか?」
「甘すぎるわよ劉備。こちらに白石直詭がいるように、魏にも天の御遣いがいるのよ?」
「定軍山での戦い然り……曹操さんに重宝されてるのなら、歴史を変えるような発言があってもおかしくないです」
「あ、そっか!」
きっと一刀はそういう発言をするんじゃないかな?
アイツは人一倍優しい。
今まで一緒に戦ってきた仲間を守るためなら、きっと歴史を変えようとして来る。
「じゃ、じゃあ!直詭さんも同じように私たちに教えてくれれば──」
「……悪いんだが……」
「断るのね。そうしてくれたほうがいいわ」
「ありがと、孫策」
「何でですか?!直詭さんだって、同じ天の御遣いですし!」
「よく考えてみな桃香。たとえ俺が歴史通りになるような口出ししたとしても、向うの天の御遣いが歴史を変えようとして来れば、どうなる?」
少し考えれば分かるだろう。
本来、赤壁の戦いで魏は敗北する。
その歴史を変えようとするなら、こちらの策はあらかた読まれると言うことにもなる。
曹操軍には曹操自身をはじめとした頭の切れる面子が揃ってる。
そこに一刀の助言があれば、本当に勝敗が逆転することだって十分あり得る話になってくる。
「でも……!」
「悪いけど、俺は今まで通りを貫かせてもらう。たとえどんな歴史を知ってたとしても、それを口に出すことはしない」
「分かりました。ですけど直詭さん」
「ん?」
「仮に、向うの天の御遣いが歴史を変える策を用いてきた時は、私たちに教えていただきたいです。少しでも勝ちにつなげるためにも」
「あぁ、それには協力させてもらう」
「……ふふっ、天の御遣いの正体がある程度知れてよかったわ。なら、ここからは本格的に戦の事について話しましょうか」
孫策が納得してくれたらしく、そこで俺に関する話は終わった。
俺は、皆が好きだ。
ただ好きなんじゃない。
皆は、全力で生きてるから好きなんだ。
命を削る戦場に身を置いて、熱い血潮を引っ被って……
でも、その戦いが終われば、日常の中で本気で笑ってくれる。
その笑顔が何より好きだ。
もしも歴史を喋っていたら、ひょっとしたらみんなが本気で生きなくなるかもしれない。
勝ち負けが分かってる戦に、本気になれる人っているんだろうか?
そう考えてしまうと、嫌でも話したくなくなる。
だからこれまで喋るという選択肢は取らなかった。
でも今、こうやって話した。
それでもみんな、忌み嫌うこともなく、いつもみたいに仲間として受け入れてくれてる。
そんな言葉はなくても、みんなが向けてくれる目や表情が雄弁に語ってくれる。
だから、俺も応えないといけない。
本気で生きるみんなに、本気で……!
後書き
今回も後書き書くことないですw
では次話で
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