気がつくと俺は、どこかの部屋の中で横になっていた。
体を起こすと、太公望たちが心配そうな表情でこちらを向いている。
「起きたか」
「……ここは?」
「私たちの知り合いの屋敷よ。儀式が終わった後、私たちが連れてきたの」
「……終わったってことは、つまり……」
「そうじゃ。儀式は成功……直詭も北郷一刀も誰も消滅せずに済んだ」
その一言にホッと胸を撫で下ろす。
無駄にならなくて本当に良かった。
それもこいつらが頑張ってくれたのが大きいんだろう。
「ありが──」
「礼は言わんでくれ……」
「え?だって、こうやって俺が消えなくて済んだのはお前たちのお蔭で……」
「「「……………」」」
……何故か三人の表情は暗い。
その真意を測ることができなくて呆然とするしかなかった。
「あら、起きたのね♪」
……この声……?
どこかで聞いたことがあるような……?
「うむ、急ですまなかったの」
「いいのいいの♪華佗ちゃんの友達だって言うなら、私の友達でもあるわ♪だからもっとのんびりしていって♪」
「ありがとうね、王允ちゃん」
……星羅さん?!
ってことはここは、星羅さんの屋敷?!
思わずその辺を見渡してみれば、確かにここは俺が以前使ってた部屋だ。
「そっちの子も大丈夫そうね♪」
「あぁ、王允のお蔭じゃ」
「私は何もしてないわよ。でも、心配したのよ?全然起きる気配がなかったから」
「詳しいわけも話さんで悪かったの」
「気にしないの♪じゃあ私は、ちょっと仕事が残ってるから行くわね。あ、ご飯食べたくなったら言ってね♪」
ただただ会話を聞いていた。
その中で、違和感を感じざるを得なかった。
星羅さんが部屋を出たのを確認して、太公望の方へと向き直る。
「なぁ……」
「……説明はする。じゃが、どこからしたものか……」
「なら、俺の質問に答えてくれればいい。いいか?」
「承知した」
表情の暗いまま、太公望は俺から視線を逸らそうとしない。
だから俺も逸らさない。
一言一句聞き逃さないよう、自分の鼓動を抑えつける。
「ならまず……あの儀式からどれくらい経ったんだ?感覚としては一時間と経ってないように思ってるんだが……?」
「三ヵ月じゃ」
「そうか……え?三ヵ月だと?!」
たったあれだけの事で三か月も経ったってのか?!
流石にゾッとする。
俺の感覚が狂ってたのか?
「……ってことは、赤壁はどうなった?桃香は?!恋は?!一刀は?!」
「赤壁の大戦は、北郷一刀が助力したこともあって魏が勝利した。その後、三国のトップたちが話し合いを設け、以前に諸葛亮が言っていたような三国共立が成り立った」
「……天下三分が成立したってか?」
「そうじゃ。天の御遣いたる北郷一刀を平和の象徴とし、三国が互いに干渉し合う平和的なものが成り立ったわけじゃ」
「少し妥協した形になるかもしれないけど、桃香ちゃんの理想に近いものが出来たってことよ」
完全に俺の知る歴史の流れとは違うものになったか。
でも、コレはコレで良かったのかもしれない。
少なくとも、これ以上この世界で大きな戦は起きないだろう。
なら、そんな世界で生きていくのもアリなのかもしれない。
「……で、次なんだが──」
「分かっておる。先の王允の事じゃろ?」
「あぁ……俺の事、星羅さんは“そっちの子”って言ったよな?アレはどういう意味だ?本当に俺の事を知らないような素振りに見えたけど……?」
そこで太公望が間を取った。
言い難い事でもあるらしい。
ただ、俺にはその言葉を待つしか術がない。
「……すまない」
「質問の答えになってねぇよ。どういう事かを説明してくれ」
「説明はするけど、あまり太公望を責めないであげてね?これは私たち全員の力不足が招いた結果だから……」
「力不足……?」
次の言葉を待つ。
その街時間はせいぜい十数秒ってところだろう。
でも、今の俺にはそれが何時間にも感じられた。
「ワシらの力不足……それ故、直詭にはまた辛い思いをさせることとなる……」
「……言ってくれ。聞いてから判断する」
「分かった……」
三人が目で会話して、小さく頷き、そしてようやく太公望が口を開いた。
「儀式における代償……それは、直詭の左目だけで何とかするはずじゃった」
「でも、さっきも言ったように、私たちの力不足でそれは叶わなかった」
「結果、他のモノも代償として支払われることとなった」
「……何が支払われた?」
「……記憶じゃ」
「記憶?」
ただ言葉を繰り返しただけ……
意味を理解できるような状態じゃなかったらしい。
頭がまるで働こうとしていない。
俺はそのまま、三人が口を開くのを待つしかできなかった。
「直詭をこの外史から消滅させないため……その為に、この外史に住まう人々から代償を貰うこととなった」
「それが記憶……これまで一緒に戦ってきた恋ちゃん達をはじめ、街で一度だけすれ違ってような人まで……あなたが今まで関わってきた人々の記憶の中から、あなたと言う存在が抹消されたの」
「……………」
まだ……まだ理解できていない……
かなり丁寧に説明してくれたはずだ。
なのに、頭が理解することを拒絶している。
「ワシらが、これ以上直詭に傷ついてほしくないと願ったばっかりに……他の者が代償を支払うことになったのじゃ……」
「もしも、この儀式に協力的な面子がもっと多ければ、そうなることもなかったでしょうけどね……」
「つまりは、お主は今、誰からも忘れ去られた存在と言うことになる……酷な話じゃがな」
言葉が出てこない。
頭が働かない。
何も、何も考えることができない。
忘れられた存在?
誰からも……?
桃香や愛紗や鈴々や月さんや恋や──
みんなから、忘れられた……?
「じゃが──」
いやな空気を払拭するように、太公望が口を開いた。
「この代償は取り戻すことができる」
「……え?」
「こちらも酷な話になるが……それでも、多少なり望みがあると言うことは知っておいてほしい」
まだ、現状を飲み込めていない。
さっき星羅さんに会っただけだから、まだ何とも言えない。
そんな中で、太公望は言葉を続けていく。
「誰か……誰か一人でも良い。直詭の名を呼んでくれれば、それで全ての代償が元に戻る」
「……えと、つまり……俺の名を呼んでもらえばいいってことか?」
「そうじゃ。ただし、直詭から名乗ることはタブー……仮に名乗れば、今度こそ本当に消滅してしまうじゃろう」
「……ちなみに、呼んでもらえる確率はどのくらいだ?」
「……分からん……呼んでもらえない可能性の方が高いと言うことしか……」
「なら……今はそれでいい」
ベッドから立ち上がって、服装を整える。
脇に置いてあった得物を腰に携え、部屋を出ようと進む。
「直詭?どこに行くつもりじゃ?」
「……みんなの所に」
「っ?!分かっておるのか、直詭は今──」
「それでも……俺はみんなの笑顔が見たい……たとえ思い出してもらえなかったとしても、俺の中にあるみんなと過ごした記憶だけは本物だから……」
ただ……
思い出してもらわないとできないこともある。
それだけが気がかりだ……
「何故じゃ?」
「ん?」
「何故ワシらを責めない?ワシらに力が足りていれば、直詭にこのような思いをさせずに済んだというのに!」
「……でも、太公望たちが頑張ってくれたから、俺は今ここにいるんだろ?」
「っ!そ、それは……そうじゃが……」
「なら、それだけで充分。またみんなと会えるってだけで、俺は満足だ」
部屋の扉を開ける。
すると、そこには星羅さんが立っていた。
ちょうど来たところって感じかな。
今まさに扉を開けようとしてたみたいだ。
「あら、起きて大丈夫なの?」
「はい。お世話になりました」
「いいのよ♪あ、それより一つ聞いてもいいかしら?」
「何です?」
「あなた……前に一度、私と会ったことってあるかしら?どうもそんな気がしてならないのよ」
「……………」
自然と、太公望たちに視線を向けた。
三人は俯いたまま、俺と視線を合わせようとしない。
その態度だけで充分だった。
「……いえ、多分気のせいだと思いますよ?」
「そう……?あ、そうだ♪ずっと寝てたみたいだから、お腹とか空いてないかしら?」
「……そうですね、少し空いてます」
「ならご飯にしましょ♪皆も一緒にいらっしゃいな♪」
準備をしてくれるのか、パタパタと星羅さんは先に食堂へと走っていく。
「……記憶と言うのは様々な形で人に刻まれる。その中で大きく分けるとすれば、脳・心・躰じゃ」
「今回の儀式の代償として、この外史に住まう人々が払うことになった記憶は、いわゆる“脳の記憶”だけ……だから、お主の事を何となく覚えている気がするとか、触れ合ってみれば以前にそんな経験をした気がするとか、そういう事態がこれから先いくつもあるじゃろう」
「……それでも、私たちの事を責めないの?」
「責めない。三つのうち二つも残ってるんだろ?なら、名前を思い出してもらえる可能性だってそれなりにあるはずだ」
「……直詭、もしも……もしも本当に辛くなったのなら──」
「言うな」
太公望が何を言おうとしたかはすぐに分かった。
だから、その言葉を制止する。
「あの時、恋に振り返らなかった時点で、俺もある程度覚悟は決めた。だからもう、太公望たちが気にすることは無い」
「じゃが……」
「いつ思い出してもらえるか……はたまた思い出してもらえないか……そんなことはどうだっていいんだ。大事なのは、また、みんなの輪の中に入れるか……みんなの、あの本気の笑顔を、もう一度見ることができるか……俺にとって重要なのはそこなんだ。だから──」
少しだけ太公望に近づいて、すっと手を差し出す。
「──ありがとう」
「っ!?」
「俺のために頑張ってくれて、本当にありがとう」
「……すまん」
「もう謝るな。さ、まずは飯だ。後の事は俺個人の問題のようなもの……もう大きな戦は起きないんだ、時間は……たっぷりある……」
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