虎の章/第32’話『黄泉は暗くて寒いから』


孫策に向けて精一杯睨みつける。
殺気や覇気なんてぶつけられる自信はないのに、それらをぶつけようと睨む。


「……ふふっ、心地いい殺気ね」


対して孫策は余裕と言った表情。
構えは隙だらけ。
踏み込む余地があればその頸を飛ばせるのかと思えてしまう。

……でも、実際には踏み込めない。
孫策から殺気は感じない。
それでも、覇気や闘気は後ろの三人の桁違い。
ただその場で睨みつけることしかできなかった。


「あなた、名は?」

「……白石直詭」

「そう。ねぇ、私たちの下に来ない?」

雪蓮(しぇれん)様?!」


凌統が驚きの声を上げる。
それもあって、俺は唖然とした。


「……何言ってんだ?」

「そのままの意味よ?あなたを仲間に引き入れたい。だからここで降って欲しい。ただそれだけよ」

「……………」


他意は感じない。
無邪気ささえ感じるほどだ。
言葉も、その笑みさえも……


「……………」

「そんな怖い顔しないでよ。見た感じ、あなたはバカじゃなさそうだし、この状況下での選択肢が分からない訳ないでしょ?」

「……チッ」

「ね?」


確かに、孫策の言う通りだ。
現状、俺には3つの選択肢がある。
一矢報いて死ぬか、逃亡するか、降るか、だ。

1つ目は選ぶ気はない。
選ぶとしたら2つ目か3つ目だろうな。
ただ、すんなりと逃がしてくれそうにないのも分かる。
つまりは──


「甘言吐いてるようでその実残酷だな」

「そんなつもりはないわよ?」

「ホントか?」

「嘘吐いたってしょうがないじゃない」

「……仮に、他にも選択肢が俺にあったとしても、降れって言ったか?」

「言うわ」


まっすぐな目と言葉。
微塵も揺らぎを見せない自信に、妙な魅力を感じた。


「……理由が聞きたい」

「理由?」

「あぁ。俺を引き入れたいと思った理由、当然あるんだろ?」

「まぁね」

「なら当事者として、俺はそれを知ってもいいはずだ」

「教えてあげてもいいけど、あなたが私たちの仲間になるかどうかをまだ聞いてないわ」

「それ以外に選択肢がないって事実を突きつけておいてよく言う……」


刀を鞘に納める。
……少し血を流し過ぎたのか、はたまた重症のくせに動き過ぎたからか……
一瞬フラッとなったけど、何とか持ち堪える。


「俺の言い分を聞く気は?」

「何でも言いなさいな」

「じゃあ遠慮なく……孫策、あんたの目指すのは何だ?」

「“天下”って言えば満足かしら?」

「不満だと言えば?」


意地悪そうに孫策がニヤついた。


「意外と面白い子ね、あなた」

「褒め言葉として受け取っておく。んで?」

「そうねぇ……強いて言えば、“平穏”かしら」

「それは天下のか?それとも別のモノのか?」

「母様から受け継いだ孫呉の平穏……それが私の目指すもの。どう?これなら満足できる?」

「あぁ」

「他に何か言いたいことは?」

「投降するにあたって、条件を出したい」

「貴様っ!」


真っ先に突っかかってきたのは甘寧だった。
でも、孫策はそれを無言で制する。


「続けて?」

「……2つ、条件を飲んでほしい」

「聞くわ」

「ならまず1つ目だけど、情報がほしい」

「それは私たちの?それとも連合の?」

「それもあるけど……この戦いが終結した後の董卓軍の動きとか……出来る限り事細かに知りたい」

「そのくらいならお安い御用よ。で、2つ目は?」

「……こいつ」


俺の足下で横たわっている羅々を指さす。


「あなたの部下?」

「あぁ」

「この子をどうしたいの?」

「埋葬してやりたい。ただ、あんたの部下のお蔭でうまく力が入らないから、それを手伝ってほしい」

「可愛い事言うのね」

「そのくらいしかしてやれないからな……」


ふふっ、と孫策がはにかむ。
後ろの三人からもいつの間にか殺気が消えていた。


思春(ししゅん)明命(みんめい)李緒(りお)。手伝ってあげなさい」

「しぇ、雪蓮様……?」

「部下思いの上官の意を汲んであげなさい。それだけで、彼が私たちに降ってくれるなら十分すぎる条件よ」


今度は三人の方へ体を向ける。
……少し考えているように見える。
でも、それはほんの僅かの事で、すぐに甘寧が口を開いた。


「承知いたしました」

「……いいのか?」

「王命に従うまでだ」

「……ありがと」

「礼は我らではなく、雪蓮様に言え」

「そうだな……ありがと、孫策」

「どういたしまして♪」


孫策の言葉の後、甘寧が羅々の身体を抱き上げる。
城壁の上で埋葬は出来るわけないし、先んじて階段へと向かう。


「足がふらついてますよ?」

「……ちょっと出血が多かったかな」

「私が肩をお貸しします」

「ありがと」


周泰の肩を借りて歩く。
周泰は俺よりも背が低いし、出来るだけ負荷をかけないようにする。
そうしようと思ったんだが……


「オレも肩貸すぜ」

「え?」

「だってこれからオレたち仲間になるんだろ?なら頼ってくれよ」

「……じゃあ、お言葉に甘えて……」


凌統の肩も借りることにした。
お蔭で歩くのが随分楽だ。
特に、階段を降りるときは本当に助かった。


「それで、どこに埋葬する?」

「場所選んでる時間はなさそうだし、ここでいいよ」


階段を降り切ったところを指さす。
承知したと一言言って、甘寧が羅々を下ろした。


「そうか。なら、埋葬用の穴を掘る間休んでいろ」

「いや、俺も少しくらい──」

「大怪我してるのは直詭さんの方ですから、休んでてください」

「そうそう。オレたちにかかればすぐだからよ」

「……分かった」


階段に腰を下ろして、体を休める。
三人がかりだから穴を掘るのもあっという間だろう。
その間、羅々の顔を見つめる。


「……ゴメンな」


言葉が口をついて出た。


「守ってやるとか言っておきながら、結局、何もしてやれなかったな……」


徐々に熱が引いていく羅々の頭を撫でる。
ひょっとしたら寝てるだけじゃないんだろうか……
そう思えてしまうほど、羅々の表情は安らかだった。


「出来たぞ」

「……あぁ」


さっきと同じように甘寧に羅々を任せる。
俺は何とか自力で立ち上がって、掘ってくれた穴の傍まで進む。
甘寧が羅々を穴の中に横たえて、そっと俺に目配せしてきた。


「何か言ってやるか?」

「……今は上手く頭が回らなくて……だから──」


血塗れになった上着を脱いで、穴の中に横たわる羅々にかぶせる。


「聞いた話、死後の世界って暗くて寒いらしい……だから、少しでも温かく……」

「……優しいんですね」

「それしかできないだけだよ」

「でもよぉ、何かしら言ってやったらどうだ?」

「……ま、そうだよな」


凌統に促されて言葉を探す。
こういう場面が初めてなこともあって、どういう言葉が適切かは分からない。
だから、思ったことをそのまま口にすることにした。


「……俺は、お前が好きだと言ってくれた男だ。そのくせ、約束を守れないような男でもある。いつか、いつかこの償いはする。そして、いつの日にか、好きと言われるのに相応しい人間になって見せる」


自分の為にも、羅々の為にも……
この約束だけは違えるわけにはいかない。
何としても守り抜いて、果たして見せる。


「上官として情けないかもしれないけど、それを見守ってくれると嬉しいかな」


涙は見せない。
出来る限りの笑顔を作って送る。


「じゃあ、埋めるぞ?」

「あぁ……」


甘寧が土をかけていく。
徐々に羅々の顔が見えなくなっていく。
寂しさが込み上げて来る。
でも、この寂しさは乗り越えるモノじゃない。
今まで過ごしてきた大切な日々と共に一生背負っていく。
それが俺のすべきことだ。


「じゃあ次は白石さんの番ですね」

「俺の?」

「その目は治療しないとマズいだろ?本格的な治療は本国に戻ってからになると思うけど、止血くらいはしとこうぜ?」

「それもそうだな」

「別れは済んだかしら?」


孫策が階段を降りてきた。
何かこう、包んでくれるような笑顔だ。
江東の麒麟児って異名は、今の彼女には似合いそうにない。


「ありがとな」

「いいのよ♪じゃあ、まずは私たちの陣幕へ行きましょ。その目の応急処置もしないといけないし」

「あぁ」

「明命、李緒、また肩貸してあげてね」

「はいっ!」

「御意!」












後書き


遅くなってすいません。
……以上w

では次話で



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