虎の章/第34’話『ヒトの価値』
「姉様!」
孫策の領地に戻って数日。
その執務室に一人の女性が飛び込んできた。
孫策と同じ桃色の長髪を揺らして、どこか落ち着かない様子だった。
「あら蓮華、お疲れ様」
「お疲れ様、じゃないです!お怪我は?!」
「私がそんな失態すると思う?」
「それは……ですが!」
「あー、孫策?彼女は?」
怪我の治療も済んでないし、俺は孫策の手伝いをしてる。
んで、このままだと放置されかねないし、尋ねることにした。
「……姉様、この者は?」
「あ、俺は白石直詭。元董卓軍で、この間の虎牢関での戦で孫策に降ったんだ」
「そ、そう……私は孫権……」
「もっと親睦深めてよ二人とも?いずれは夫婦になるかもしれないんだから」
「「は?!」」
突拍子もない孫策の言葉に驚愕した。
「ちょっと待て孫策!そんな話初耳だぞ?!」
「だってまだ言ってないもん♪」
「なっ……?!」
「ちょうど蓮華も帰ってきたことだし、直詭の事ちゃんと紹介しましょうか。私の考えも一緒に、ね♪」
呆然とする俺たちを放置して、孫策は部屋を出て行った。
ハッと我に返った俺と孫権はそれを追いかける。
追いかけてる間、孫権からの視線が痛かったんだが……
……ま、まぁ、あんなこと言われたら無理もないか……
「ちょっと待てって!」
随分と早足だったからなかなか追いつけなかった。
ようやく追いついて、孫策の肩に手をかける。
「どうしたの?」
「どうしたじゃねぇよ……一体何を考えて──」
「それをこれからみんなに言うのよ。良いからついてらっしゃいな」
一度、孫権に目を向ける。
どうも実姉の考えは分からないらしい。
止む無くそのまま孫策の後に続くことにした。
んで、到着したのは城の中庭。
前もって孫策から伝えてあったのか、他の面々はすでにそこに集まっていた。
「雪蓮?どういう理由で皆を集めたのか説明してくれる?」
「ちゃんと説明するわよ冥琳」
周瑜にそう告げて、孫策は俺に向き直ってきた。
「じゃあ直詭、自己紹介して」
「は?いや、一応前にしただろ?」
「でも、私たちに言ってないこともあるでしょ?例えば……“天の御遣い”とはどういう存在なのか、とか」
「……成程な。雪蓮の考えが少しわかった」
「流石冥琳ね♪」
俺も何となくだが分かった気がする。
つまりは、ちゃんとした素性を皆に言えってことだろう。
……ま、本音を言えば嫌なんだが、命を拾われた以上は言うしかないか……
「じゃあ一応名前から……白石直詭だ。元董卓軍で、天の御遣いって肩書を持ってる」
「武の腕前は……思春たちが目の当たりにしてるからいいわね」
「はっ!確かなものかと」
「じゃあ次は天の御遣いと言う肩書について教えてちょうだい」
「分かった」
……とは言え、何て説明したらいいんだろうか?
タイムスリップとかパラレルワールドとか……
大凡こっちの時代の人に理解させるのは難しいぞ?
「んー……正直に言うと俺自身も分かってない部分が多いんだ」
「例えば?」
「そもそも肩書きはこっちの世界に来て付けられたモノで、俺自身が名乗ったわけじゃない。どうも、随分と神秘的なモノらしいけど、俺にはそんな大それた経歴があるわけでもないし……」
「じゃあ……所詮はただの噂に過ぎないってこと?」
「そうだと言いたいんだけど……俺の置かれてる境遇から考えると、そうとも言い切れなくて……」
……上手く言葉が出てこないな。
こういう時、説明上手な奴が羨ましい。
「ふむ……その境遇と言うのは、魏の天の御遣いも同じものなのか?」
「恐らくは……」
「なら、感じたままに話してくれればいい。それをどう理解するかはこちらの問題だ」
「……じゃあ、突拍子もない話するぞ?」
少しみんなが身構えたように見える。
そんな大層な話をするわけじゃないんだけどな……
ま、しっかり聞いててくれるんならそれでいいか。
「えっと……例えばさ、朝目が覚めたら全く見知らぬ場所にいたとしたら……どう思う?」
「どうって……」
「まぁ、混乱するか慌てふためくかだろうな」
「周瑜の言う通りだよ。俺も実際混乱した」
「でも、それだけなら気付かないうちに拉致されたとかそんな可能性だってあるでしょ?」
「……嫌な可能性だけどな。で、ここからが突拍子もない話になるんだけど……その見知らぬ場所で出会った人物が、自分にとって過去の人物だったとしたら……それこそどう思う?」
「……はい?」
孫策が首を傾げる。
他の面々も同じように訳が分からないと言った様子。
周瑜と陸遜はなんとなく言葉の意味は察してくれたらしい。
ただ、理解しがたいって顔してる。
「そうだな……雪蓮、つまりは目が覚めたら見知らぬ場所にいて、そこで出会った人物が項羽や劉邦だったというところだ」
「へっ?!項羽も劉邦もずっと昔の人物よ?!」
「だが、それが白石の境遇だと言うらしい」
「そうなの?」
「ま、そんな感じ。俺にとって孫策も周瑜も……劉備や曹操、董卓だって過去の人物に当たる」
「……俄かには信じられんな」
だろうな。
「何かそれを証明できるものはあるか?」
「ぶっちゃけ無い。……あ、でも逆に、俺がみんなの知らない場所から来たって言う証明はできるかな?」
そう言いながら、ズボンのポケットから携帯を取り出す。
よくもまぁ、電池がもってると感心させられる。
ま、残り数%だろうけどな。
「何その箱?」
「あー、ちょっと待ってくれ?」
そう言ってカメラをセットして、と……
カシャッ
「っ?!な、何?今の音何?!」
「落ち着けって……ホラ、コレ見てみな」
そう言って、今し方撮った自分の写真が表示されてる携帯を見せる。
全員が食い入るように覗き込んでくる。
……ちょっと恥ずかしい……
「何これ?!すごーい、直詭そっくりの絵ね!」
「細部まで完璧に再現されているな……これは何だ?」
「カメラって言ってね、人や動物や風景をそのまま切り取ったように絵にできる機械、かな」
「こんなの見たことないわ……ねぇねぇ、私もやってよ!」
「いいぞ」
……………あ、やべ……
「ゴメン、無理になった」
「何で?」
「電池が切れた」
「でんち?」
「この機会を動かす動力源ってとこかな。ホラ、もう真っ暗になって、何を押しても反応しないだろ?触ってみな」
そう言って孫策に携帯を渡す。
興味津々にボタンを押してるけど、電池切れの携帯で何かできるわけがない。
すぐに飽きたらしく、俺にそれを返してきた。
「つまんなーい」
「まぁ、これで一応は白石が私たちの知らない場所から来たという証明にはなったな」
「こんなんでいいか?」
「私は最初から信じてたわよ?」
そりゃどうも。
「ま、これで天の御遣いの事が少しわかったから良しとしましょうか」
「……じゃあ、次は俺が聞きたいことがあるんだけど、いいか?」
「なぁに?」
「さっき部屋で言ってた話だ。夫婦がどうのとか言ってただろ?」
「あぁ、それのこと?なら今から説明するわ」
……何でそんなに嬉しそうなんだ?
他の皆も気になってるみたいで、孫策の言葉を待つ。
「簡単に言うとね、孫呉に天の血を入れようと思ったのよ」
「血?」
「要はみんなと子作りしなさいってこと」
「「「「「はぁっ?!」」」」」
全員が一つになった。
……いや、周瑜だけ呆れて溜息を吐いてる。
「孫呉千年の大計に、神性の血は大きな役割を果たしてくれるわ。だから直詭には、皆を孕ませて、子供をたくさん作って欲しいの」
「ま、ままま、ま待ってください姉様!そんないきなり──」
「いきなりじゃないわよ?冥琳には一応言ってあったもの」
「止めておけと忠告はしたがな?」
「でもいい計画でしょ?天の血が入れば、孫呉は逞しく長く続いていく。だから、みんなの意思は無視する形になるけど、これも王命だと思って励んでね♪」
……えっと、つまり……?
俺は種馬にでもなれと?
これ、誰か何とかしてくれないかな……?
「あ、言っておくけど無理矢理はダメよ?あくまで合意の上で、よ。互いの合意があれば私公認で好き勝手やってくれていいから♪」
「また姉様はそのような戯言を……」
「あら?私は至極真剣だけど?」
「余計に性質が悪いです!」
孫権に凄まじく同意だ。
「ま、蓮華は置いておいて……直詭はこれ、受けてくれるわよね?」
「……まるで断らないとでも思ってるような言い口だな?」
「あら、公認で女の子とやりたい放題なのよ?男なら喉から手が出るほどの好条件じゃない?」
「……ま、一応は健全な男子だし?俺もそう言うことに興味がないわけじゃない。ただ──」
「ただ?」
「二の次に考えていいか?」
「何で?」
「……俺が孫策に降ったのは、あの場ではそれ以外の選択肢がなかったから。そして降った以上は、自分の体と心は捧げるつもりではある。でも俺は、大して価値のない人間だし、皆と関係がもてるような贅沢は相応しくない……あくまでも、二の次に考えていいなら──」
「直詭」
ピシャリと、孫策が俺の言葉を遮った。
「私たちはあなたと言う人間をまだよく知らない。そもそも人間の価値は自分で決めるモノじゃなくて、他人が評価して決めるモノ。自分を卑下して価値を貶めて……それは巡り巡って、評価しようとする私たちを侮辱することになるわ」
「……………」
「いい?私はあなたの武を見て、戦の中であなたの心を垣間見て、心からあなたを私の仲間にしたいと思ったの。その私の判断が間違いだったって、あなたは今言ってるのよ?」
「……孫策」
「雪蓮よ」
「……………」
「あなたの価値はこれからの生き様から判断する。あなたは精一杯生きてくれればいい。私が認めた相手だもの、みんなあなたの事を好きになるわ」
「……それこそ自信ないな」
「それくらいならまだ可愛げがあるわね」
厳しい表情から一変してにこやかになる孫策。
……やっぱり、この人は大きい……
「……頑張ってみるよ」
「えぇ」
「それと──」
「……ちゃんと呼んで?」
「……分かったよ、雪蓮」
漸く、仲間の一端に加われたんだろう。
だったら、雪蓮に言われたように精一杯生き抜いて見せる。
俺の為に、雪蓮の為に、そして──
後書き
一度話を完結させてるのに改めて書くって言うのも難しいものですね(汗
ま、まぁ、この稚拙な作品にお付き合いいただけるなら幸いですが……
では次話で
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