虎の章/第39’話『新しい空の下で〜私の愛しのお猫様〜』
「……………」
……視線を感じる。
どこからかは大体分かる。
少し離れた場所にある木の影からだ。
「……何してんだ?」
誰が見てるのかもさっき気付いた。
あの黒の長髪は……明命、だよな?
「明命?」
「っ!」
ってな感じに、俺が呼びかけると木陰に隠れてしまう。
別に何もやましいことなんかしてないし、した覚えもない。
それに、昨日までは普通に接してたはずだ。
今日になっていきなり様子がおかしくなるって言うのもどうなんだ?
「ニャァ」
「……何だよ?」
頭の上で寛いでるのは、いつものようにスミレだ。
気だるげな声で鳴かれるとこっちまで怠くなる。
「ニャァニャ、ニャ!」
「腹が減ったってか?さっき食ったところだろうが……」
「ニャニャニャ!」
「まだ喰いたいと?どんだけ強欲なんだよお前……」
こいつのせいで、最近首とか肩が重い。
その辺分かって……無いだろうなぁ……
猫って気儘なのが多いって聞くし……
「ニャァォ」
「ウニャァ」
「ゴロゴロ」
「寄って集って催促するな」
俺の傍にいるのはスミレだけじゃない。
そのスミレが連れてきた猫が数匹、俺の膝の上とか足元にいる状態だ。
……ひょっとして、このせいで明命は話し掛けづらいとか?
でも、言っちゃなんだけど、高が猫だぞ?
「おや?ずいぶんと賑やかじゃな」
「祭か。どうかした?」
「ただ通りがかっただけじゃ」
「ふーん……」
「ん?あそこにおるのは……」
「明命だと思う。なんか、こっちを覗き見してるみたいなんだけど……」
「ふむ……それはそうじゃろうて」
「何で?」
「この状況じゃからじゃ」
言ってることがさっぱりだ。
「まぁ少し待っておれ」
「え?祭?」
何を思ったか知らないけど、祭が明命の方に歩いていく。
んで、何か話したのか?
まるで猫でも連れて来るように襟をひっつかんで連れてきた。
……あの、猫はもう結構です。
「ほれ」
「……“ほれ”じゃねぇよ。祭、何がしたいんだ?」
「それは明命に言ってやれ」
「……明命に?」
あれ?
なんか顔が赤くなってる?
心なしか息も荒いような……?
「うぅ〜……!」
「どうした?」
「あ、あの!直詭さん!」
「……ど、どした?」
「その、その!お猫様をモフモフさせていただいてもいいでしょうか?!」
「……はぁ?」
お猫様?
あの、明命?
一体全体どうしたってんだ?
「明命は無類の猫好きでな。大方、猫に囲まれておる直詭が羨ましかったんじゃろう」
「そうなの?」
「はい!」
元気のいい返事だこと……
「ま、いいんじゃね?」
「よろしいんですか?!」
「俺の飼い猫じゃねぇし」
「で、では……!そーっ……」
なんか恐る恐るだな……
で、明命が手を伸ばした先には、俺の膝の上で寛いでる黒猫がいるわけで。
「ウニャ?ニャッ!」
「ひゃぅっ?!」
寛いでるのを邪魔されると察したのかな?
黒猫は明命の手をひっかくように前足を振るう。
すんでのところで躱したけど、拒絶されたこと自体がショックだったらしい。
目に見えて明命が落ち込んでる。
「うぅ〜……お猫様は今日もツンデレです……」
「いやまぁ、そんなもんだって……ん?ツンデレ?明命、どこでそんな言葉覚えた?」
「以前に魏の兵士さんが喋ってました。普段はつんつんしてる女性の事をそう言うんだとか……」
厳密には違うけどな?
てか魏の兵士?
……ってことは……元凶は一刀か?!
何してんだあいつは……
「何で直詭さんにはデレデレなんですか?」
「さぁな?こいつのせいじゃないかな?」
頭の上にいるスミレを指さしてみる。
なんとなくスミレは、この界隈のボス的な立ち位置だと思う。
そのボスが懐いてるから、他の猫も懐いてくれるんじゃないかな?
「うぅぅぅぅ〜〜〜……!ものすごく羨ましいです!」
「でもなぁ……実際コレは疲れるぞ?」
「お猫様に乗っていただけるなら大歓迎です!」
「……相当だな」
「じゃろ?」
ここまでの猫好きなんて初めて見た。
まぁ、様付けする辺り、よっぽどなんだろうな。
「じゃあ、儂はこれで」
「何か用事でもあるの?」
「冥琳に呼ばれておってな。ま、後は好きにやってくれ」
「そうします!」
「しなくていいんだけど?」
言うなり祭はさっさと行ってしまった。
聞いた話、冥琳は怒ると怖いんだとか。
分かってるなら怒らせないようにすりゃいいのに……
「あ、あの、直詭さん」
「ん?」
「お隣、座ってもいいですか?」
「別にいいよ?」
「失礼します」
ちょこんと座ってくる明命。
ま、ぶっちゃけ、この子はなんとなく小動物系のイメージがしっくりくる。
……忠犬、かな?
「ニャァァァ」
「だから飯はさっき食っただろうが」
「直詭さん、お猫様の言葉が分かるんですか?!」
「何となくだけどな」
「はぅあ〜……!す、素晴らしいです!是非ご鞭撻を!」
「いや……これはあくまで感覚的なもんだし、教えられるようなことじゃ……」
「では、その感覚はどこで養われたんですか?!」
「んー、そうだな……董卓軍にいた時に、一緒にいた友達が動物から好かれてて、俺もよくその友達と一緒にいたから、かな?」
「へぇー……」
……明命から羨望のまなざしを感じる。
ホントに猫が好きなんだな……
「抱いてみるか?」
「え?」
「こいつならそんなに暴れないだろうし」
「い、いいんですか?!」
「いいよ。おいスミレ」
「ニャ?」
そう言いながらスミレを頭の上から降ろす。
そのまま明命の膝の上にポンと置く。
「お、お猫様が、私の膝に……!」
「落ち着けって……」
「は、はい!すーっ……はーっ……」
そうそう、そうやって深呼吸して。
猫って敏感だから、感情高ぶってるとまた引っかかれるぞ?
「お猫様お猫様、モフモフさせていただいてもよろしいですか?」
「ニャ」
「よ、よろしいんですか?!」
「いや……今のは違うと思うぞ?」
あからさまにスミレの声が嫌がってる。
それくらいはすぐ分かると思うんだけど……
「うぅ〜……直詭さん、どうすればいいですか?」
「んー……スミレ、少しくらい撫でてもいいだろ?」
「ニャ」
「嫌、か……じゃあ、明命に他の猫紹介してやれよ」
「……ニャ」
これも嫌か……
そんなにつっけんどんにしなくてもいいだろうに……
「……今日は特にツンデレです」
「まぁそう落ち込むなって」
「どうすればお猫様の心を開けるのでしょうか?」
「こればっかりはなぁ……」
ぶっちゃけ、そんなこと聞かれても分かんねぇ。
まぁ、あんまり好き好き言うと、逆に引かれるってことは人間同士でもあることだし……
それが猫にも当てはまるかは知らないけど……
「ニャ?……ウニャッ!」
「あ、お猫様!」
「スミレ?」
不意に、スミレが明命の膝の上から飛び降りた。
そのまま走っていくけど、途中で止まってこっちを見て鳴いた。
これって……?
「え、えっと……どういうことでしょう?」
「何かあるってことだ。行ってみるぞ」
「は、はい!」
少し駆け足でスミレの後を追う。
前と同じ感じに、一定の場所まで走って、そこで止まって一鳴きする。
それを二度三度繰り返す。
で、スミレが止まった場所は、中庭の中でも一番大きな木の前だった。
「スミレ、この木がどうした?」
「ニャァ」
「上?上って言うと……」
「あ!直詭さん、あそこに!」
「え?」
明命が指差した場所に、子猫が一匹いた。
随分と細い枝先で震えて縮こまってる。
あれだな、登ってみたはいいけど降りられなくなったって感じだな。
「あの高さに加えて枝の細さ……これは登って助けに行くのは難しいな」
「ですけど!お猫様を放っておくわけにはいきません!」
「……じゃあどうする?」
「えっと……」
一つの手段として、スミレを登らせて助けさせるって言う方法もある。
でも、態々スミレが俺たちを呼んだってことは、それができないってことだろう。
だとすれば、俺か明命が登らなきゃいけない。
でも、あの枝が人間の重みに耐えられる可能性は低いし……
「私が行きます!」
「でも明命……」
「直詭さん、私があのお猫様をお助けするので、受け止めていただけますか?」
「受け止める?」
「はい。お猫様をお助けすると同時に枝も折れると思うんです。なので、その際に私も飛びますので、私を受け止めてほしいんです」
……言いたいことは分かった。
ただ、一回勝負だ。
失敗は許されない。
「ま、それしか今は思い付かないな」
「では行ってきます!」
「飛び降りるときに声かけろよ?」
「はい!」
言うが早いか、明命はスルスルと気を登っていく。
あっという間に子猫のいる高さまで到着した。
この辺はさすがだと思わざるを得ない。
「では直詭さん、いきます!」
「よし、来い!」
明命の挙動に神経を集中させる。
明命も、大きく深呼吸して、一気に飛び出した。
一歩踏み出した時点で枝が大きく軋み、二歩目の時点で鈍い音を立てて枝が折れる。
「お猫様!」
子猫の方に飛びつきながら、しっかりとキャッチ。
胸にしっかりと抱きしめて、そのまま落下してくる。
それを……少しギリギリだったけど、受け止めることに成功した。
「……っと!」
ピキッて音がしたけど、まぁ大丈夫だろう。
俺の腕の中で、明命は安堵の表情を浮かべてる。
「お猫様、ご無事でしたか?」
「ニャァォ」
助けてくれたお礼のつもりだろうな。
子猫は明命の頬をペロペロと舐めてる。
それがくすぐったいのか、明命は嬉しそうだ。
「降ろすぞ?」
「え?あ、はい」
ゆっくりと明命を降ろす。
明命の腕の中で、子猫は満足げに甘えてる。
その子猫の顔に、明命も自分の顔を摺り寄せる。
「お猫様がご無事で何よりです」
「……無茶しやがって」
「直詭さんなら受け止めてくれると信じてました」
「信頼されて何よりだ」
ん?
何か他の猫たちが明命の下に集まってきた。
「お猫様?」
「ニャァ」
「ゴロゴロ」
猫にとっては英雄なんだろう。
明命の足元に擦り寄ったりして、さっきまでのツンツンしてたのが嘘みたいだ。
「お猫様が……心を開いてくださいました!」
「よかったな」
「はい!」
自分の危険も顧みないで……
本気で猫の事を想ってる明命だからこそできる行動だな。
何となく明命の頭も撫でてみる。
「これからは、きっと今まで以上に懐いてくれるようになるだろうな」
「そうですか?」
「多分だけどな」
「……っ!嬉しいです!」
その笑顔は何よりも清々しい。
まっすぐで、本気で、それが明命なんだろう。
「さて……飯にするか」
「私もお手伝いします」
「そうか?じゃ、よろしく」
……何となく、猫たちが羨ましい気分になった。
俺もそう想ってもらえたなら……
……いや、これは俺の努力次第だ。
これからも、明命だけに限った話じゃないけど、深く関わっていこう。
そう思えた一日になったな。
後書き
英雄譚の梨晏がツボでした。
?蓮様もかっこよすぎw
他にもチラチラ気になる武将がいますねぇ。
なので、私の作品にも出てもらおうかなって……(汗
どんな感じのキャラにしていくかは、いろいろ試行錯誤してみます。
では次話で
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