虎の章/第59’話『未来へ向けての安らぎ〜夜空に曝け出して〜』


「んん〜っ……」


ハァ、寝苦しい……
いい加減に呉の暑さにもなれたと思ってたんだけどな……
こういう時ってどうにも、洛陽にいたころを思い出してしまう。


「仕方ねぇか」


同じ寝不足になるとしても、ただゴロゴロしてるだけよりは体を少し動かしたい。
ま、休息にならないって叱られないように、多少なり他人の目は気にして──


ガチャ


「あ、獅鬼様」

「へ?苺、何してんだ?」


扉を開けたところに苺が立ってた。
……てか、ちょっとは服装考えろ。
城中だからって、晒と褌だけとか……


「獅鬼様こそ、こんな夜中にどちらへ?」

「暑くて寝苦しいし、城壁の上で少し涼もうかなって。苺は?」

「別にこれと言って……つい最近まで警護が主な仕事だったので、その感覚が抜けなくて……」

「別に俺の部屋の前に立ってなくても良かったんじゃねぇか?」

「でも獅鬼様も、充分に重役ですし」

「だからってなぁ……そんな下着姿で警護されてもなぁ……」


いい加減に目のやり場に困る。
知ってる顔で言えば、どことなく霞と似たような服装だし、どうしても胸に目が行く。
んで、その大きさの違いとかも、嫌でも意識してしまう訳で……


「……獅鬼様?アタシの胸に何かついてますか?」

「あ……悪い、何でもない」

「……………?」


逆にこういう反応されると恥ずかしくなる。
羞恥心とか知らねぇのか?


「獅鬼様。もしよかったら、アタシも一緒に行っていいですか?」

「……ならせめて、上は着てくれ」

「は〜い」


そう言ってパタパタと自分の部屋に走って行く。
初対面の時も思ったけど、苺ってホントに自由だよな……

ま、ただ涼むのもいいけど……
今夜は相手してくれるやつがいる。
酒はやめとくか、火照ると本末転倒だし……
とすれば──


「ちょっと俺も厨房に寄ってからだな」


そんな訳で足を向ける。
暑いこともあって、上着は置いてきた。
ポケットの数が減ったわけだし、小さくてもいいからカゴでもあればいいんだけど……


「……ま、そうそう都合よくはいかねぇよな」


厨房に到着して、取り敢えず目当ての品はあった。
けど、それを持ち運ぶためのカゴは見当たらない。
んー……そんなに量はいらねぇか。
どうせ俺と苺の二人だけだし……


「じゃ、手で持てるだけにしとくか。果物ナイフは……あぁ、あった」


夜食がてらに喰うんだ、これだけで充分か。
ナイフもズボンのポケットに入れたら問題ねぇし。


「……てか、苺の奴……酒とか持ってこねぇよな……?」


酒蔵にはしっかり鍵はしてある。
その管理は穏がしてるし、夜に持ち出すのはなかなか難しい話。
……ま、雪蓮とかは前もってこっそり拝借してるらしいけど……


「やべ……ここ、地味に蒸し暑いな……」


ジンワリと汗がにじんできた。
こっちの気候にもさっさと慣れたいもんだ。
……取り敢えず、早く目的の場所へ行くか。











「獅鬼様が剥いてくださるんですか?」

「皮のまま喰いたかったら好きにしていいぞ」

「いえいえ、折角ですし〜」

「都合のいい奴……」


城壁に登ってみれば、早々と苺が場所取りしててくれた。
いくつか果物持ってきたのを見て、目がキラキラしてたな。


「おぉ〜、お上手」

「こんなもん褒められてもなぁ……」

「アタシには出来ないんで」

「料理とかしねぇの?」

「あんまりしないですかね。大体のものって焼いたら食べられますし」

「……ざっくりしてんのな」


ん〜、夜風が気持ちいい。
夜空には雲もなくて、月も星も煌めいてる。
元いた世界の数倍は明るい月明かりは、何て言うか少し青くて幻想的で……


「ほら」

「はい、いただきます」


持ってきたリンゴを二人して口にする。
ま、冷蔵庫なんてものは無いんだ。
キンキンに冷えてたわけじゃないけど、夜風に当たりながら食べると瑞々しくて美味しい。


「あ、そう言えば獅鬼様」

「ん?」

「獅鬼様って、いつから呉に仕えてるんですか?」

「……随分と今更な話だな。蓮華とかに聞いてねぇのか?」

「聞いてないです」

「その割に、俺の二つ名知ってたろ?今もそう呼んでるし……」

「だって、あれだけの武名なら誰だって知ってますよ。雪蓮様の下にいるって知ったのは結構最近ですけど」

「けど……李緒も言ってたけど、俺に興味があるみたいじゃねぇか?」

「興味があるというよりは心酔してるっていう方が的確ですよ」


……随分な熱の入れようだな。


「俺も聞きたかったけど、何でそんなに?」

「武勇もそうですけど、蓮華ちゃんの手紙を読んで余計に……」

「……何て書いてあった?」

「えっとですねぇ〜……“時に優しく時に厳しく、それでも相手の事を本気で考えてくれる信頼できる人”って」

「……そ、そっか」


……コレ、面と向かって言われると恥ずかしい奴だな。


「……………あ」

「どした?」

「あ、あのぉ、獅鬼様?今の蓮華ちゃんの手紙の中身、聞かなかったことにしてくれません?」

「は?」

「実はその……口止めされてたのすっかり忘れてて……」


別に黙ってなくてもいいのに……
そりゃ、小恥ずかしいけど……
……それ以上に、蓮華がちゃんと俺を見ててくれて嬉しいって、そう思えてるくらいなのに……


「……ま、別にいいけどよ」

「ありがとです」

「……じゃあ、俺からも聞いていいか?」

「何をです?」

「ほら、蓮華の事を“ちゃん”って呼んでるだろ?そんなに付き合い長いのか?」

「ん〜、まぁそうですね。雪蓮様と冥琳様、あのお二方くらいの付き合いはありますよ」

「へぇ」

「ちっちゃい頃は一緒に勉強とかもしてたんです。アタシ、物覚え悪いからいっつも蓮華ちゃんに頼ってて……」

「そんな前からか」


それなら呼び方にも納得だな。
唯夢や音夢の護衛って言う、大役任される位信頼されてることも。


「……ホントはもっと早く、本国に合流したかったんです」

「急にどうした?」

「獅鬼様に早く会いたかったって言うのもあるんですけど……曹操との戦に、アタシも参戦したかったです」

「……………」

「話を聞いてるだけでもこんなに気になってる方が穢されたって知って……その場にいられなかったことが歯痒くて……」

「苺……」

「初めてお会いした時、とてもお元気そうで嬉しかったです。出来ればアタシにも、胤を注いでほしいですし」

「っ?!ぐっ……ゲホッゲホッ!?」

「へ?!し、獅鬼様?!」

「だ、大丈夫……!変なとこに入っただけだ……!」


雪蓮とか小蓮とか、臆面もなくそう言うこと言ってくる奴はいる。
けど、苺と知り合ってまだ間もない。
なのにそう言う話題振られるとさすがに焦る。
食べてた果物が気道の方に入りかけて思わず咽た。


「……ふぅ」

「落ち着かれましたか?」

「あ、あぁ。って言うか、その話──」

「本国に入ってすぐに雪蓮様から。アタシは普通に良いお話だと思ったんですけど……獅鬼様は違うんですか?」

「……いや、その……」

「何なら今ここで──」

「熱冷ましに来てんだぞ俺は……そんなことしたら、体が熱くなるだろうが……」

「……?アタシは構わないんですけど……?」

「……ったく」


……敢えて酒持ってきたほうが良かったか?
そうすりゃ、苺を酔い潰させて部屋に放り込めたかも……


「ん〜、お酒持ってくれば良かったかもしれませんね」

「……何でだよ?」

「お酒の勢いと言うことにしちゃえば、獅鬼様も問題ないでしょ?」

「……ひょっとして、苺は酒強いのか?」

「どうでしょう……?祭殿と一晩飲み明かすくらいは問題ないですけど……」


あー……そりゃ充分強い……
……よかった、酒持ってこなくて……


「……でも苺?何で俺のことそんなに気になってんだ?」

「へ?大した理由じゃないですよ?」

「……聞かせてもらうことは出来るか?」

「それはひょっとして……獅鬼様も、アタシに興味を持っていただけたと……?」

「ま、そう言うことにしといてくれ」


元いた世界のアイドルじゃねぇんだ。
話聞いただけで、ファンになるってよっぽどだろう。
当事者としては気になるところだ。


「まぁ、それこそ大した理由じゃないんですけど……」

「あぁ」

「一番はやっぱり、蓮華ちゃんが好きになった人、だからですね」

「……そこまで手紙に書いてあったのか?」

「いいえ?でも、長い付き合いですし、手紙を読むだけでも蓮華ちゃんが獅鬼様を好きなのはわかります」

「……そっか」

「旧友が好きになった人って言うと、やっぱり意識しちゃうものです。気がついたら、何かにつけて獅鬼様の活躍を楽しみにしてるアタシがいて……」

「そりゃ光栄な話だ」

「……あの、獅鬼様」

「ん?」


ここに来て、ほんのりと苺の顔が赤くなったように見えた。
さっきまで普通に喋ってたくせに……
いざ何かを言葉をしようとした時に、流石に恥ずかしくなったってとこか?


「変なこと聞くんですけど……アタシ、このまま……獅鬼様の事、好きでいても良いですか?」

「……態々確認することか?」

「だってその、獅鬼様は……孫呉の皆に胤を注ぐお役目もありますし……その中で誰か一人を特別視することだってあるでしょうし……」

「……あるかも知れねぇな」

「でも……アタシも、好きでいたいんです。ダメですか?」

「……ハァ」


少しだけ辺りを見渡す。
ん、誰もいねぇな。


「きゃうっ?!」

「莫迦なこと訊いてんじゃねぇよ」

「し、獅鬼様?!」


いきなり抱き寄せたらびっくりもされるか。
まぁでも、俺はなんとなくそうしたくなった。


「出来るだけ、皆公平に……俺は好きになろうと思ってる。その中に、一人くらい増えたって構わねぇよ」

「それはつまり……アタシの事も好きでいてくれると……?」

「そこまで言わせんな」

「え、えへへ♪男の人を好きになったのは初めてですけど、その相手が獅鬼様で良かったです」

「そっか」

「はい♪」


苺の体から鼓動が伝わってくる。
嬉しさからかは分からねぇけど、少し動悸が早いように思える。


「敢えて言っとくけど、いつでも興味が失せても、俺は気にしねぇからな」

「アタシに限ってそれは無いですね」

「……俺もきっとそうなんだろうな」

「──あの、獅鬼様」

「ん?」

「しばらく、こうしててもらっていいですか?」

「あぁ」


随分と贅沢な話だ。
こんなに俺の事を想ってくれる人にたくさん出会えた。
苺みたいに、はっきりと口に出してもらえて、心は穏やかだ。


「苺」

「……はい」

「ありがと」

「えへへ♪お互い様です」

「さよけ」












後書き

久しぶりにしんみりしたお話書いてみました。
・・・もう一話くらい日常編書きたいんですけどねぇ・・・
取り敢えずどこかでネタ調達してきます。



ではまた次話で



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