プロローグ
──「今が最悪の状態」と言える間は、まだ最悪の状態ではない(ウィリアム・シェイクスピア)──
陽が西から昇るようなこともなく、目が覚めたら知らない世界にいたわけでもなく、“その日”はごく普通に始まった。
「ん、ん〜っ……!」
思い切り伸びをして、自分の頭を覚醒させる。
寝ぼけたままの身体を叩き起こし、今日一日を迎える準備を整える。
「おはようございます、ご主人様」
「おはよう月」
「珍しく早く起きてたわね」
「昨日寝たのが早かったからね」
とある世界のとある場所……
ここは一人の青年の部屋。
その青年を起こすために来たメイド姿の二人は、自分たちの仕事が減っても拍子抜けするようなことは無かった。
月と呼ばれた少女は、テキパキと青年の着替えを手伝う。
「こちらが上着です」
「ありがと」
この世界では珍しいデザインの上着を羽織り、青年はもう一度伸びをする。
「さて、と。じゃあ、今日も一日頑張りますか!」
「そうしてくれないと困るわよ」
「ははっ、相変わらず詠は厳しいな」
「あんたが腑抜けてるだけよ」
「えぇ〜……そこまで言わなくっても……」
「だ、大丈夫ですよご主人様。私は、そんなこと思ってないですから」
「ちょっと月?別に甘やかさなくていいのよ?」
「ほんと、月は心の清涼剤だよ」
いつもと何ら変わりのない一日の始まり。
少しだけ笑顔が多いくらいか。
この空間には、平穏と言う言葉がよく似合う。
「えっと、今日の予定は……」
「今日は雪蓮と蓮華と会食じゃなかったの?」
「あ、そうだった!でも昼からだし、少しはゆっくりできるかな」
一日の予定を確認し、青年は部屋の外へと向かう。
「どこ行くのよ?」
「朝ごはん」
「お持ちしましょうか?」
「いいよ。最近、皆とあんまり一緒に食べてなかったし、昼まで予定が空いてるなら皆と食べたいから」
「でも、まだ寝てるのもいるわよ?」
「それはそれで仕方ないよ。あ、月と詠も一緒にどう?」
「いいんですか?」
「もちろん!」
青年は笑顔で返事する。
その笑顔に、月も詠も少し顔を赤らめる。
月の方は露骨に嬉しそうだった。
「じゃあ、ご一緒しよっか、詠ちゃん」
「ゆ、月がそうしたいって言うなら、ボクだって付き合うわよ……」
「じゃあ決まりだな。早速行こう」
青年が先導して部屋を後にしようとする。
その直前に、月が何か思い出したかのように立ち止まった。
「あ、ご主人様の寝台を直しておかないと……」
「そんなの後でいいよ。それより月と一緒に食べたいな」
「そ、そうですか……?」
「うん」
一層顔を赤くした月は無言で頷き、青年の横にピッタリとつく。
詠は複雑そうな表情のままその後ろを歩く。
「それにしても……まだ皆起きてないのかな?」
「愛紗とか朱里とかは起きてるわよ」
「それにしたって、随分と静かじゃない?」
「そう言われればそうですね」
青年の言うように、辺りはとても静かだ。
誰かの話声どころか、鳥の囀りさえも聞こえない。
耳が痛くなるほどに辺りは静寂に包まれている。
「……こういうのって、何か悪いことが起きる前兆とかだったりしないかな?」
「何バカなこと言ってるのよ……」
「……ひょっとして詠、今日は──」
「違うわよ!」
言いかけていた言葉を制止させられ、青年の表情が引きつる。
「ご、ゴメン……」
「まったく……」
「ふふふ」
気まずいように思える会話も、月にとってはいつもの事。
微笑ましいとさえ思えるやり取りに、勝手に笑みがこぼれる。
「でも、確かに随分と静かよね……別に昨日は遅くまで起きてたのもいないはずよ?」
「兵の皆も?」
「はい。私たちもそれほど遅くまでは起きてなかったんですけど、兵士の皆さんが夜更かししてるような様子はなかったです」
「案外、あんたの言うことが当たってるのかもね」
「いや、それはちょっと遠慮したいな……」
嫌な予感は得てして外れてほしい物。
青年だって例外ではない。
自分が口にしたとは言え、一日が平穏であれば言うことは無い。
「と、取り敢えず食事してから考え──……あれ?」
「どうかなさいましたかご主人様?」
「え、いや、うん……アレ何だろう?」
「アレってどれよ?」
「だから、アレ──」
青年の指さす先には、青々とした空が広がっている。
雲一つない真っ青な空。
雨の降る気配を微塵も感じさせない空。
そしてその空に……──
──……絶望が顔を覗かせていた。
世界も時間もまるで違う場所。
そこに一人の青年がいた。
「……………」
道場の中央で禅を組み、目を瞑って心を無にする。
そこに邪心の一つもなく、精神を集中させる。
「旦那〜」
「……………」
「あれ?旦那?」
道場に入ってきた迷彩服を着た青年が話しかける。
が、集中している青年の耳には届かない。
「……ハァ……旦那、お館様から伝言だよ」
「なんと!お館様から?!」
“お館様”と言うワードを聞いた瞬間、青年は飛び上がって驚いた。
今まで集中しきっていたのがまるで嘘のよう。
そんな青年を見て、入ってきた迷彩服を着た青年はまた一つ溜息を吐く。
「佐助!お館様は何と仰られていた?!」
「落ち着けって旦那。さっきまで精神統一してたのは何だったのさ?」
「そんなことはどうでもいい!お館様はこの幸村に何を──」
「だーっ!!分かったからちょっと本気で落ち着けって……」
喰いつかれていた手を何とか解き、佐助は一度服装を整ええる。
「お館様が言うには、なんか妙な空気だから周囲を見回って来いってさ」
「それを、俺に?」
「そうなんだよねぇ……普通そう言うのは俺様が請け負うんだけど、何故か旦那も一緒に見て来いって」
「……だが、確かにお館様はそう言われたのだな?」
「それは間違いないよ。んで、行く?」
「無論。お館様の命とあれば、動かぬ理由がない」
「だと思った。じゃ、俺様は門で待ってるから」
それだけ言うと、佐助はまるで影に潜るように姿を消した。
幸村はその光景に別に驚くそぶりを見せることもなく、やや駆け足で自室へと向かう。
自室に着くや否や、頭に鉢巻を巻き、いつも身に纏っている紅い衣に着替える。
「よしっ!」
服装が整い、身も心も引き締まったのだろう。
声を一つ放ち、佐助が待つ門へと掛けていく。
「佐助、いざ参るぞ!」
「はいはい〜っと」
幸村は馬に跨って駆け、佐助は自身の足で駆ける。
青々とした木々の間を抜け、見晴らしの良い丘まで到着するのに時間はかからなかった。
「さて、っと。旦那、どの辺から見て回る?」
「まずは甲斐の中心部から見て回ろうと思う」
「了解!んじゃ、俺様は国境の方から見て来るよ」
「任せる!」
「あ、ちょっと旦那!」
佐助が声をかけるよりも早く幸村は駆け出していた。
頬を掻き、小さく溜息をこぼす。
「合流地点の確認くらいさせてくれっての……」
とは言え、これもいつもの事。
そう割り切り、佐助は陰に潜るように姿を消す。
数分後に再び姿を現すと、先程とはまるで違った場所になっていた。
「さーってと、鬼が出るか蛇が出るか……」
背の高い木に登り、辺りを見回す。
だが、国境の内外に変わったモノは見られない。
人通りもない、ごくごく静かな風景がそこにはあった。
「異常なしっと!……にしても、お館様は一体何を思ったんだか……」
妙な空気とは言われたが、別にこれと言って異変は無い。
敵国が攻めてくるような動きもなければ、内乱が起こるような気配もない。
戦乱の世ではあるが、確かにこの時点では平穏だ。
「嵐とかきそうにないし……ま、来たとしてもお館様に取っちゃ問題でもないか」
空は快晴。
夏空らしい雲が漂う青空。
しばらく雨が降る気配もないだろう。
「さてさて……他の関所も見ながら旦那と合流──ん?」
不意に、音が止んだ。
風のそよぐ音も、鳥の鳴く声も、一切の音が消えた。
「……マジで何か来たのか?」
ただ、周囲に変化はない。
あるとすれば、顔に触れる空気が生ぬるくなった程度。
他にも何もないはず……だった……
「──っ?!」
空を仰いだ。
風邪が止んだせいか、雲の流れも止まっている。
その雲の一つに、否が応でも目が向いた。
そこには──
──……混沌が静かに漂っていた。
後書き
随分とご無沙汰な気がします、ガチャピンαです。
ちょっと九曜の紋が手詰まり感があるので、新作に手を出すという無謀をやらかします。
あっちもちゃんと完結(呉と魏のルートが残ってるので)させる予定はありますので頑張ります。
さて、今作ですけども、以前に9周年作品で出したものを本格的に書こうかと思っています。
で、一応注意点を最初に書いておこうかなと。
以下注意点
・全キャラは出せません(明かなキャパオーバーです)
・大きな勢力が5つくらいになる予定なので、話が前後する可能性があります(各勢力ごとのタイトルの振り方は検討中)
・基本的に戦場はBASARAとOROCHIから(恋姫に特筆できるような戦場が無いので)
・BASARAは4皇の設定を使います
・恋姫は真+オリジナルで、英雄譚は使いません(作者がそこまでキャラ把握できてないので)
・OROCHIの設定に基づくオリキャラが出ます(予定)
・OROCHIの仙界キャラは出さない(あくまで予定)
・九曜の紋を優先的に書きます(更新ペースは基本的に遅くなります)
こんな感じですかね。
このキャラの組み合わせが見たいとかあればお気軽に拍手の米欄にでもどうぞ。
検討はします。
このほかにも注意点があるかもしれませんが、その都度かくことにします。
では、冗長なあとがきでしたが、またしばらくお世話になります。
宜しければお付き合いくださいませ。
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