第零章
人生の幕開けはいつも唐突に
とある早朝・・・一人の学生が気だるげに道を歩いていた。
「かったりぃ・・・んでこんな朝も早くから学校なんぞ行かなきゃならんのだ・・・」
彼の名は後藤敬介(ごとう けいすけ)。今年の春に無事に進級した高校二年生だ。煙草もやるし酒も飲む。そう・・・ちょっと素行の悪いどこにでもいる高
校生だ。まぁ、つるむ連中も基本的に気の合う連中という事で、似たり寄ったりの感じの奴らで・・・教師達からは一種の不良グループと見られていた。しか
し、それも彼に言わせれば・・・。
「くだらねぇ・・・勝手に人の事決めんじゃねぇよ」
で、終わりであろう。実際の所、彼らはその辺の連中よりよっぽど情に厚いし、義理というやつだって分かっている。その行動のとり方が他の人間から見て直
接的か間接的かの違いだけである。・・・話がそれたので元に戻そう。後藤敬介・・・平々凡々と、とりあえず普通の生活をくっているようだが・・・もって生
まれた変な特異体質がある。変・・・といってしまうと語弊があるかもしれない。彼のその特異体質とは・・・人ならざるものが見え、そしてそれに触れる
力・・・。つまり他人よりも霊感が強いと思ってもらって構わない。曰く、あの交差点の角には三年前交通事故で無くなった美和ちゃんが手を振ってこっちを見
てるだの、曰く、この崖からは十年前に身投げしたサラリーマンの秀世さんがさまよってるだの・・・色々とそういうのが見えてしまうらしい。今日も今日と
て、道路わきの電柱の前に一人で寂しそうに立っていた和美ちゃんに花と線香をあげて、彼女の退屈しのぎの話し相手をしてきたばかりであった。
「んっとに・・・早朝から校内清掃だなんて、うちの校長何考えてんだ・・・ふけちまおうかな・・・」
一つ、大きなあくびをして眠気に負けがちな自分の目をこすり、いつも通りぼさぼさな頭に空いた手を置くと、そう呟いた。
「まぁ、何だかんだで結局参加しちまうのが俺なんだよなぁ・・・」
彼は苦笑気味につぶやく。まぁ、実際今日は通常の登校時間よりもかなり早くに学校へと登校しなければならないのだが、それに間に合うようにしっかり学校
へと向かっているのだから・・・まじめに学校へ行っているのがわかる。
「クスクス・・・」
と、どこからかくぐもった笑い声が聞こえてきた。
「誰だぁ!人の事見て笑ってるやつぁ!?」
彼は慌てて身を正すと、恥ずかしさを隠すために若干声を荒げていった。
「っとととと・・・わぁぁぁぁっ!!」
近くの木の辺りから、何か重いものが落ちる音と同時に慌てた叫び声が聞こえてきた。彼がそこを覗き込むと、今まで見たこともないような少女がいた。艶や
かな銀の長い髪を揺らし、痛みを堪えるとび色の瞳・・・そして、何より目を引いたのはその透き通るような白い肌と見慣れぬ黒衣であった。
「いったぁ〜・・・ちょっとあんた!急に叫ぶんじゃないわよ!!びっくりして落ちちゃったじゃない!・・・って見えるはずないか」
と、少女はなぜか分けの分からない事を呟きながらスカートの埃をはたくようにして立ち上がった。
「・・・てめぇ一体何もんだ?」
彼の口から発せられた言葉に少女は驚くと、辺りを見回して誰もいないことを確認すると、自分を指差して首をかしげた。
「そうだよ、お前の事だっての!他に誰がいんだよ・・・」
彼は少々呆れながら返す。
「おっどろいたぁ!普通の人間にあたしの姿が見えるなんて・・・報告書にこいつの名前あったかしら・・・?」
「あん?・・・んな事はどうでもいいんだよ!こっちはてめぇはなにもんだって聞いてんだよ!」
彼が凄みをきかせて言うが、少女はまるで意に介さぬように、溜息を一つつくと言った。
「あなたねぇ・・・普通人の事を聞くときにはまず自分から名乗るもんじゃないの?」
「ふざけんな!人の事笑っといてそりゃねぇだろうがよ・・・」
そう言ってみたものの、自分から一切しゃべろうとしない彼女に痺れを切らした彼は、面倒くさそうに頭をかくと、言った。
「俺は後藤敬介・・・近くの望大栗高校二年だ。そら、名乗ったぞ・・・次はてめぇの番だ」
「ケ・イ・・・スケ?」
フラッシュバックする風景
雪の降る夜
背負う青年と
背負われる女性
いくつも断片的に流れる
部屋
ベッド
薬
そして
老いた男と
それを抱き泣く女
女の姿は昔と変わらなかった
悲しい
寂しい
嫉妬
羨望
至福
絶望
全ての感情が映像と入り混じりながら迫る
そして・・・たががはずれる
「ケイ・・・スケ?あっ・・・あぁ!・・・あぁぁぁぁぁぁっ!!」
少女は突然頭を抱えると、苦しそうに呻き始めた。
「お・・・おい、大丈夫か!?」
「が・・・はっ!あ・・・あぁぁぁぁぁぁ!!あ・・・ぁ・・・」
少女は小さく呻くと、気を失ってしまったようで、まったく動かなくなってしまった。
「・・・・・どうすんだよ」
数瞬迷った彼は、とりあえず近所である自分の部屋に連れて行くことにした。
「置いてく訳にもいかんしな・・・」
なんだかんだいって優しい彼は、少女を背負うと、元来た道を帰っていった。
「あぁ〜ぁ・・・こりゃ完全に遅刻だな・・・。まぁ、いいか。見捨ててって後味悪いより、よっぽどマシってもんだ」
敬介は、のん気に鼻歌を口ずさみながら帰った。これから起こるであろう波乱など、まるで分かっていないぐらい、のん気であった・・・。
「ただいまぁ〜・・・といっても、誰もいないんだが・・・」
一人そうつぶやくと、敬介はアパートの自分の部屋へ行き、彼女をベッドの上に寝かせた。
「とりあえず氷嚢と、冷たいタオルか・・・」
敬介は台所へ行くと、自分で言ったものは一通り揃え、氷嚢を彼女の頭の下にいれ、濡れタオルを額に置いた。
「ったく・・・なんなんだこいつ・・・。人の名前聞いて急に倒れやがって・・・」
敬介は、何となく少女の顔を覗き込んだ。長く絹のように滑らかな銀の髪。すらっとした体躯からは、どこか日本人離れしたようなものを感じる。そして、透
き通るような白い肌に、くっきりとした目鼻立ち。さっき見た限りでは瞳の色は、吸い込まれそうなほど澄んだとび色だった。世間一般でこのような少女に当て
はめる言葉などないのかもしれない。しかし、あえて俗世の言葉を当てはめるとするなら“美少女”・・・という、使い古され、手垢に塗れた表現が一番しっく
りと来るかもしれない。
「・・・っち。がらにもねぇ」
彼女の顔を見ていて、どこか落ち着かない気分にさせられた敬介は、慌てて視線を外す。
「人の顔に見入っといて・・・・それは無いんじゃない?」
敬介が驚いて視線を元に戻すと、その少女は目をはっきりと開け、ニヤニヤして敬介のほうを見ていた。
「・・・・いつから起きてやがった」
一拍おいて、底冷えする様な声が響いた。
「まぁ、ついさっきよ。それより・・・これ、貴方がやってくれたの?」
横になっていた身体を起こし、少女が氷嚢と、額に載せられていたタオルを指差して言った。
「あぁ・・・そうだ」
「そっか・・・・ありがとう」
何かを迷ったようにだが、少女は敬介に礼を述べた。
「それで・・・あんた、何で人の名前を聞いて急にぶっ倒れたんだ?」
敬介がベッド脇にあるキャスター付の椅子を引き寄せ、そこに腰掛けながら少女に言うと、少女は辛そうに答える。
「御免なさい・・・後藤・・・でいいかな?」
少女が申し訳なさそうに言った。
「まぁ、構わない。学校でもそう呼ぶ奴は少なくないしな。で、何で俺の名前を聞いてぶっ倒れたんだよ?」
困ったように少女は苦笑しながら言った。
「あたしにもよく分からないわ。けれど・・・凄く悲しいって事は分かる。きっと昔忘れている何かがあったのかもね」
忘れるほどの悲しい記憶・・・おそらく、忘れたのではなく・・・思い出したくないのであろう。忘れなければ生きていけない記憶・・・そんな所なのだろ
う。それが、敬介の名を介して、一瞬にせよフラッシュバックしたのだ。
「・・・そうか。ところで、俺はあんたの名前をまだ聞いてなかったな。いつまでも“あんた”じゃ、決まりが悪い」
敬介の言葉に、少女がキョトンとする。
「あれ?・・・・言ってなかったっけ?」
「・・・・・お前は俺の名前を聞いてすぐに倒れただろう?」
敬介の頬が若干痙攣している。
「だから、後藤の前に自己紹介しなかったっけ?」
「てめぇ・・・自分で俺に、“人の名前を聞くときはまず自分から”って言ってきたんだろうが!!」
「・・・・おぉ!そう言えば、そんな事も言ったわね」
「忘れてんじゃねぇ!!さっさと名前を言いやがれ!!」
「はいはい・・・全く、そんな急かさなくったって言うわよ」
この言葉を聞いて、敬介が心の中で必死に彼女へ殴りかかるのを抑えているのは秘密の話しだった。
「自分から言わせといてよくもぬけぬけと・・・・」
「なんか言った?」
案外彼女は地獄耳である。気づかれぬように本当に小さな声でぼそっと呟いただけであったのだが・・・敬介の言葉がどうも聞こえていたらしい。
「何にも・・・」
「・・・別にいいけどね。んじゃ、とりあえず自己紹介。あたしの名はユング=ローレンツ=イシカワ。独逸系三世の日系露西亜人よ。こんななりだけど一応死
神ってやつを百年ちょっとやってるわ」
「・・・・・・・お前頭大丈夫か?」
彼女の話を聞いて、敬介が一番に発した言葉だった。・・・まぁ、当然だろう。いきなり目の前の少女に、「私死神なの、よろしく!」といわれて納得できる
奴の方が見てみたい。
「・・・あんた、全然信じてないわね」
彼女はジト目で敬介の事を睨んだ。
「あったりめぇだろ!?大体、いきなり目の前のやつが“実は死神なんです”なんていって信じられると思うか!?それに、長い間人の目にみえねぇやつら見て
きたが、死神なんてやつに会ったのはこれが初めてだよ!」
「・・・あんた、霊魂が見えるの?」
彼女は再び驚いたような目で彼を見た。
「んだよ、見えてわりぃか?残念ながら生まれてこの十七年、みえねぇ奴らで困った事は無いんでね・・・煩わしいと思ったこたぁねぇ」
敬介の言葉に彼女は開いた口が塞がらない・・・と言った感じだった。
「おっどろいたぁ!だってね、霊魂見えるやつなんてよっぽど純粋じゃなきゃ見えやしないのよ?だからかぁ・・・報告書にもその名前が挙がってないのにあた
しの姿が見えたのは・・・」
「んだよ、俺が純情だとでも言いたいのか?」
「何いってんのよ。純情なのと純粋なのは、全然違う事よ。ただ言葉が似ているだけで、純情はその無知からくるもの。対して純粋ってものはその本質がなんら
曲がっていないって事・・・」
「・・・・んだかよくわかんねぇな。んで、何で俺に見える事とその純粋だって事が繋がってくるんだよ」
「はぁ・・・あたしは死神よ?それがどういうものだか知ってる?」
彼女は疲れたように溜息をつきながら言った。と、当然敬介はその態度に食い下がる。
「てめぇは人の事馬鹿にしてんのか!それぐらい知ってらぁ!あれだろ?死神ってやつはこれから死ぬやつの所に行って、んで死んだやつの魂持って冥府へい
くってい・・・う・・・」
喋りながら敬介の顔色が若干蒼く変わっていった。
「どうやら理解したようね。そう、普通は“直に死ぬやつ”にしかあたしの姿は見えないの」
「なぬぅ!?って事は、俺はもうじき死ぬのか!?そうなのか!?そうなんだな!!いつ・・・一体いつなんだ!?」
「ちょっと・・・」
「いやだぁぁぁぁ!!まだ死にたくねぇぇぇぇ!何故満足にこの世も謳歌してねぇうちに死ななきゃいかんのじゃぁぁ!!」
「取り乱すんじゃないわよ。うざいわね!」
そういうと、彼女は頭を抱え取り乱す彼の延髄へと華麗に手刀をかまし、沈黙させる。
「人の話しは最後まできちんと聞くように親に習わなかったの!?ったく・・・いい!?あたしは、“普通は”って言ったの!いい?もう一回言うけど、あたし
は、“普通は”って言ったのよ!」
「いててて・・・ん?って事は、例外もあるって事か!?」
「ま、そういう事ね。何だ・・・物分りは結構いいじゃない」
彼女は満足そうに頷くと、話を進めた。
「とりあえず、あたし達が死神の格好で見える人間には二種類いるわけよ。死を直前に控えた人間か、純粋な心を持つ人間・・・その二種類の人間にしか見えは
しないわ」
「ほう・・・って事は、普通はお前の姿は見えないって事か」
「まぁ、普通はそうなんだけど・・・死神は実体化することも冥府から許可されているから、人によっちゃぁ実体化してこの世に紛れながら職務をこなしている
やつもいるって話しだし・・・そうだ!」
彼女は何を思いついたのか、ぽん・・・と手を叩くと、うっすら笑いながら敬介の肩を叩いた。
「これからしばらく仕事もないし、面白そうだからあんたと一緒に暮らさしてもらうわ」
「・・・・・・・はぁっ!?」
しばし沈黙の後、敬介はつい大声で叫んでしまった。あまりのその理不尽さ、傍若無人さに・・・。
「あらあら!そんなに嬉しいの〜!?そうでしょう〜そうでしょう〜?死神とはいえ、この神さえ裸足で逃げ出す美貌をもつユング様があんたのような凡夫と一
緒にいようっていうのよ。身に余る光栄でしょう?」
そう言って腰に手を当てて高笑いする姿に、何か既視感のようなものを感じながらも、とりあえず抗議した。まぁ、美貌の点では・・・確かに綺麗ではあっ
た。流石に自信満々に言うだけの事はある。
「呆れてものも言えんだけだ!大体なんなんだよ、急に俺と一緒に来るだなんて・・・訳分からん」
敬介はまるで理解できないといったように、肩をすくめて見せた。
「あんたについてく理由は、ありていに言ってしまえば気まぐれと興味ってやつかしらね。ま、あたしも一応実体化できるし、掃除洗濯炊事を手伝う便利な小間
使いが増えたと思ってくれりゃそれでいいから。それじゃ、よろしく〜!」
「よ・・・よろしくじゃねぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
この日から、彼・・・後藤敬介と、彼女・・・ユング=ローレンツ=イシカワの奇妙で、妙にあったかくて、結局ドタバタな話が幕をあげたのだった。
感想
頑無さんがイラストのお返しにと送ってくださいました!
すいません…
えと、大量に来ましたので感想は最後に入れさせていただきますね。
オリジナル長編でこんなに一気に来たのは初めてですので、驚いております!
押して頂けると作者の励みになりますm(__)m
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