第弐章 帰る時は手をつなごう
授業は昼休みの騒ぎが嘘のように、滞りなく終わり、生徒全員が帰り支度を始めていた。かく言うあたし・・・死神界始まって史上空前の美少女、ユング=
ローレンツ=イシカワも、鞄にノートの類を入れて、帰り支度をしていた。
「おぉい、ユング・・・帰りかい?」
そういってあたしに声をかけてきたのは小野崎昴・・・昼休みに後藤に関するひと悶着を治めた女傑だ。
この人は誰に対してもざっくばらんなのか、話しやす
くて、すぐに友達になれた。
元々あたしのした記憶改竄により、あたしの存在自体は入学当初からいる事になっているが、“友人”というファクターを考えてい
なかったため、あたしは友人関係を一から自分で作っていくことになった。
その、最初の一人が彼女である。
「あ、昴ちゃん・・・。そう、今支度が終わるから」
若干猫をかぶって昴に答えるあたし。何事も第一印象は大事というが・・・深窓の令嬢なんて設定、止めとけばよかったと、いまさら後悔している。
「それより・・・後藤はいいの?一緒に帰らなくて・・・」
「知りません!あんなトウヘンボクなんて・・・」
あたしがその時どんな表情をしていたかわからない。でも、昴はニヤニヤとした笑いを浮かべると、あたしの肩をたたいていった。
「あいつが何したか知らないけれど、そろそろ許してやんなよ。あいつ授業終わってからずっとお前のこと気にしてたよ?」
「え?」
「休み時間にずっとお前のことチラッチラ見てたからねぇ・・・本人は隠してるつもりだろうけど、もうバレバレってやつだ。あいつ頭いいくせに、こういった
事には本当に疎いからな。知らぬは当人達のみ・・・ってね」
あいつが頭いいだなんて予想外・・・まぁ、そんな事は追々聞いてけばいいか。それにしても・・・気にするぐらいなら直接来ればいいのに・・・。
「まぁ、男ってやつは単純に見えて難しいからね・・・譲れないものってやつがあるんだろう?」
・・・昴、なぜあたしの考えてる事がわかったの?
「何で・・・って顔してるな。まぁ、恋する乙女の考えることなんてみんな同じでしょ?」
彼女も顔を少し赤らめると、近松君のほうを向いて言った。
「でも・・・あたしの方から折れる気は全然ないわ」
微笑みながら言うと、昴は一瞬驚いたような表情を見せるが、再びニヤニヤした笑いを貼り付けると、こうのたまった。
「ユングの素顔、初めて見た気がしたよ・・・。がんばんな。何があっても・・・あたしはあんたの味方だよ。例え―――――――」
昴の表情を見て、あたしはひとつの事を思い出した。死神の力で記憶を操作するとき、意志の強い人間に時たま操作できない人物がいるという。
もしかし
て・・・昴はそうなんじゃないかな・・・と思った。
「ま、そんな話は置いとくとして・・・ほら、王子様の登場だよ」
「うるせぇ小野崎・・・誰が王子様だよ」
気だるげに昴の言葉に応える後藤。・・・あたしの方を向いて、何かを迷っているように、その視線がさ迷う。
・・・しょうがない、後押ししてやるか。ほ
んっとうに情けないんだから、あたしの婚約者様は。
「どうしたの?」
あたしに言われて、後藤の奴・・・顔を赤らめて、“うっ・・・”なんて言葉に詰まってる。本当に、見てて飽きないわ。
「ユングも性格悪いな・・・笑いながら後藤をからかうなんてな」
昴も助け舟を出すように言うが・・・目の端に涙がたまってる。必死に笑うのをこらえてるんだろうな。なんてったって、このあたしも必死にこらえてるんだ
から・・・。
「て・・・てめぇら、人が真剣に悩んでいるときに――――――」
後藤が苦々と呟くが、顔が真っ赤なので、何を言われても凄みも何もあったものじゃなかった。
「フフ・・・じゃぁ、帰ろうか後藤君」
あんたが言いにくそうだったからあたしが代わりに言ったんだ・・・これで、貸し二つだな。・・・っと、そうだ、いいこと思いついた。
「お・・・おぅ・・・帰るか」
そう言って、先に歩き出した後藤の手を掴みながらあたしは駆け出した。
「お・・・おい、お前・・・・」
フフ・・・相当困ってるわね後藤の奴。でも、いいじゃない?これぐらいの事であたしからの貸しをチャラにするんだから。
「おい・・・これじゃ晒し者じゃないか」
あたしに手を引かれながら校舎を駆け抜ける最中、後藤が困った顔をしながら言ってきた。
「いいんじゃない?あたしが困る事じゃないし〜」
「て・・・てめぇ!明日俺がどんな責め苦をおうと―――――」
「そぉんなのいいじゃな〜い!そうなったらそうなったで、そん時はまたあたしが何とかしてあげるよ!」
「お前、やっぱり――――――」
「さ、そんな事より・・・早く靴履き替えて帰りましょ。もうお腹ペコペコ!今日の夕飯な〜に〜?」
「て・・・てめぇ!夕飯俺に作らせるきかよ!?大体お前は居候としての心構えがだなぁ・・・」
「はいはい、じゃぁいくよ!」
後藤のお小言を遮ると、彼の手をとって再び駆け出した。
「お・・・おまえちょっと待てって・・・まだ靴はいてな―――――!」
「ハハハハハ!気にしない気にしない!」
校門を出るまであたし達二人は生徒達の注目を浴びていたが・・・
今度学校に来るとき、責め苦を受けるのはあたしではなく、後で履ききれてない靴のせいで
足がもつれそうになりながらも、必死にスピードを合わせてきている後藤なのだ。
まぁ、困ったときは御互い様。次もぎりぎりの所で助けに入ろう。それまで
は・・・黙って見守ってる。だって・・・見てて楽しいじゃない。そっちの方が。
「おい・・・お前、今限りなく不穏な事考えてなかったか?」
ギクッ!・・・なかなか鋭いじゃない。
「そ・・・そぉんなことないよぉ?」
「・・・はぁ。まぁ、いい。今日は・・・・・・ありがとうな」
「なに?何か言った!?」
走りながらだったので、後藤が呟いたのであろう言葉はよく聞き取れなかった。
「・・・・・何でもない。おい、行くぞ!しっかりついて来いよ!!」
器用にも走りながらしっかりと靴をはいた後藤が、あたしを追い抜き、あたしの手を引っ張った。・・・中々足速いじゃないの。
「言われなくても・・・!」
その日、あたし達は後藤の住むアパートの部屋まで全力疾走で帰っていった。余談だが・・・あたし達二人がしばらく激しい筋肉痛に悩まされたのは、言うま
でもない。
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