第参章 始まりのきっかけ
彼女、ユング=ローレンツ=イシカワが彼、後藤敬介の部屋に厄介になり始めてから数日が経った。
食事当番は、敬介が交代制を要求したが、ためしにユング
に作らせて見たところ、
あまりに酷い・・・化学兵器とも見紛うものが出来上がってしまったため、生命維持のために却下され、仕方なく作るのは敬介、片付け
るのはユングと、分担された。
掃除・洗濯の類は簡潔だった。“自分のもの(&とこ)は自分でやれ”・・・つまり、洗濯は各自で行い、掃除は、自分たちが主
張する領土のみを掃除すればいい事になった。
「ん〜・・・このスパゲッティ美味しいわね・・・」
「そうかい?そりゃどうも」
今二人は、食卓について夕飯を食べていた。メニューとしては、サラダとパスタといった簡単なレシピだ。
「それにしても、ここの所物騒な事件ばっかりねぇ・・・」
ユングがテレビを見ながら呟く。最初の頃は、テレビを“は・・・箱の中に小さな人間が入ってる!物の怪の類かぁぁぁ!!”などと叫びながら、壊そうとし
たりするなどしていたが、
敬介の熱心な説得(教育的指導?)により、何とか慣れ始めていた。
「俺はお前のその一般常識のなさに驚きっぱなしで、それ所じゃなかったがな・・・」
と、敬介は疲れたように呟いた。ここ数日は、ユングにこの日本での今の常識一般を叩き込むのに手一杯だった。
掃除機や洗濯機など、生活必需品に関しての
説明は容易だったが、
知的好奇心旺盛なのか、現在の政治体系や各国の軍事力がどの程度か、経済状況を説明させられた時は、辟易させられた。
「お前が何でこういった事を知らない?それだけ知的好奇心が旺盛なら、当然把握しててもいいはずだが・・・」
つい先日、敬介が疑問に思った事を口にした。
「それがね・・・死神になって、半年足らずで冥界勤務にさせられちゃって・・・地上界の世情にはとんと疎いのよねぇ。こっちに復帰したのだって、後藤に会
うほんのちょっと前・・・で、復帰後初めて見た人間が、あんただったって分け」
などと言っていた。因みに、彼女が言う冥界勤務とは、死神の仕事の中でもデスクワークを主にする場所で、他の死神たちに、指令を送る場所でもある。
「なぁ・・・こっちの世界での死神の仕事はまぁ、分かるよ。死者の魂をその冥界って所に送るんだろ?」
「まぁ、概ねそんなところね」
概ね・・・その言葉に込められた意味を、敬介はまだはかりかねていた。
「・・・それじゃぁ、冥界勤務ってのは何をするところなんだ?」
「ん〜・・・あたしたち死神ってね、一冊の手帳を支給されるの」
本当は部外秘なんだけどねぇ〜・・・そう言いながらユングは一冊の手帳を懐から取り出した。
「この手帳ね・・・中には手帳の所有者である死神が、どの国の・・・誰を、いつ迎えに行けばいいか記されてるの。んで、冥界は死神に、その通知をしてるの
よ。通知は手帳に自動通信され、よっぽどの事がない限り死者の魂は冥界に送られる事になるわ」
と、ここで敬介は違和感を覚えた。
「じゃぁ、何で街角とかに、今だ冥界に送られず、この世に残ってる連中がいるんだ?」
そう、もし直ぐに冥界に送られるなら、一年も二年も同じ場所に魂が残っているような事は無いはずである。敬介は、実際彼らの事を見ている・・・間違えよ
うもない。
「そりゃね・・・こっちでも管理できない事があるのよ。事故死とか、殺人とか、自殺とか・・・自然死でない場合冥界に報告が上がってくるまでに時間が掛か
るのよ・・・。それでなくても、最近物騒な事件や紛争が多いでしょ?人間だけの魂を扱ってるわけじゃないから、中々手が回らないのよね・・・。それに、死
神に手帳に記載されている霊魂以外の冥界送りは禁止されてるから、中々うまくいくものでもないのよ」
ユングは溜息と共に言った。
「そうなのか・・・だから、お前もこうやって遊んでられるんだな」
敬介は冗談交じりにユングにそういった。
「ば・・・馬鹿言ってんじゃないわよ!あたしだってねぇ――――――!」
と、そこでユングの言葉が突然止まる。不審に思った敬介は、ユングの視線の先を追うと・・・先ほど見ていたニュースで昨夜小火が出たという、映像が映し
出されたテレビがあった。
「おいおい、小火ってこの近所じゃないか・・・。この辺も物騒になったなぁ・・・」
「あたし・・・・あそこ知ってる」
「はぁ?」
ユングの言葉に敬介は意味が分からないといったふうに驚いた。
「お前、あそこって近所でも有名な幽霊屋敷のある場所だぞ?それを何でお前が知ってるんだよ」
半ば呆れた口調で敬介はユングに言った。
「多分・・・あたしが生きてる頃にあそこに言ったんだ・・・」
「生きてる頃ぉ!?」
「うん・・・百五十年くらい前まで・・・あたしはれっきとした人間だったの。父は露西亜で貿易船の船長をしていたらしいわ・・・でも、船が難破してこの日
本にたどり着いたの。母はその時父を看病してくれた人だった。その後・・・成り行きでこのあたしが生まれたらしいの。で、家族は周囲の偏見と戦いながら
も、何とか暮らせていけたの。当時その地方を治めていた武家の方にえらく気に入られてね・・・家族ぐるみでお世話になってたわ」
「で・・・お前は?」
「・・・生まれつき、難病を患ってたわ。普通に生活できるけど・・・いつ爆発するか分からない爆弾を抱えてた。死の間際・・・死神がやってきて、あたしは
死神にしてもらった。死神として必要な教育や訓練もつんで・・・この世に帰ってきたときには五十年近くの歳月が流れてた・・・でも、そこから先の記憶が
まったくないわ。何であたしは死神にならなくちゃならなかったとか、何で直ぐに冥界勤務になったのかとか・・・全然思い出せないのよ」
ユングが始めてみせる、悔しそうな表情だった。敬介は、溜息を一つついてユングの頭を優しく、子供をあやすように叩くと言った。
「明日、あそこに行ってみるか」
ユングはうつむいていた顔を上げて、敬介の顔を見た。
「本当?」
若干照れくさいのか、頬を赤く染めてユングから視線をそらすと、ぶっきらぼうに言った。
「ま、行った所でどうなるか分からんが・・・なんかの足しにはなるだろう?それに、明日は都合のいい事に休みで、俺も近所で噂の幽霊屋敷とやらを見たかっ
たんだ。お前の用事はついでだ、ついで」
敬介の不器用なのかわざとなのか・・・だが、しっかりと伝わってきた優しさに、ユングは微笑んだ。ありがとう・・・と。
「あ〜!てめぇ何笑ってんだよ!」
よほど恥ずかしかったのか照れくさかったのか・・・敬介の頬はまだ赤い。
「笑ってません〜!ただ、あんたみたいな女っけの無い野郎がこぉ〜んな美少女連れて休日に出歩けるなんて、なんて幸せ物なんだろうって思っただけよ〜!」
「てめぇ、誰が女っけがねぇだ!」
「あんたの事よ、あ・ん・た・の・こ・と!あら、図星だった?」
「こ・・・こんのぉ!!」
「アハハハ!捕まえて御覧なさ〜い!まぁ、無理でしょうけどねぇ!」
「言ったなこのやろう!・・・・ったく、心配かけさせんなよ」
「何か言ったぁ?」
ユングには敬介が言った最後の言葉は聞こえなかったらしい。
「何でもねぇよ!っとに、待ちやがれ!!」
「やぁよ〜!悔しかったら捕まえて御覧なさい!!」
そして、いつも通りのドタバタが始まったのだった。三十分後・・・いつもの通り、お隣さんから苦情が来るまでその鬼ごっこは続けられるのだった。
「ったく・・・またお前のせいで怒られたじゃねぇか」
「何よ、あたしが悪いっての!?」
「なんだよ、それじゃぁ俺が悪いってのか!?」
二人は未だに平和であった。
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