C.E.83.12.21…この日、確かに歴史は動いていた。
「大将!」
キラがアークエンジェルUにある自室で物思いにふけっていると、下士官が転がり込むように入ってきた。
「ちょっとちょっと、もう少し落ち着かない?」
苦笑しながらも下士官に手を貸し、起こす。
「そ、そんなゆっくりしてる場合じゃないですよ!出たんです…!!」
下士官の言葉に、キラは“誰が”とは聞かない。
「とりあえずこれを見てください!」
下士官はキラの自室に備え付けられているモニターに電源を入れると、ある番組を映す。
「これは…」
キラも、その映像に言葉をなくす。
「事実上の宣戦布告です。ついに…彼が表舞台に立ったんです!」
モニターに映っているのは、壇上に悠然と立つアスランだった。
「アスラン…っ!」
キラは、言い知れぬ怒りを感じ拳を握り締めていた。
「人類が生活圏を宇宙へと移し、既に80年が過ぎた。しかし、この80年は憎しみの連鎖に覆われていた」
壇上の上でスポットライトに当てられた男は、悠然と語り始めた。
「人類史上初めて遺伝子操作を受けて生まれたコーディネイター、ジョージ・グレンがそれを明かすことにより、発端を開いた長く苦しいナチュラルとコーディ
ネイターの闘争の歴史は、10年前の戦争で終止符を打ったかに見えた。かつて私は、現世界統一政府代表首長ラクス・クラインと共に我が父を討ち、そして旧
プラント最高評議会議長であるギルバート・デュランダルを討った!議長の掲げるディスティニープランを良しとせず、予め決められた世界ではなく、人が努力
する事によって得られる世界、平和を・・・そして人々が安心して夜を迎える事が出来ればと願っての事!しかしどうだ!?世界は何も変わらなかった!世界は
今だ欺瞞に満ち、信じた友すら疑わねばいけない時代だ!宇宙という世界に生きる術を持ちながらも、我等が母なる大地地球に巣食い、戦争に善悪を持ち込み、
悟ったように語るその口で、何が間違いで、何が正しいなど、そんな愚かな掛け合いすら持ち出すもの達に、私は鉄槌を下す!そして、私が愛したカガリ・ユ
ラ・アスハの意志を継ぎ、地球保存政策を断行
する!これが、我等が宣戦布告する理由である!諸君、計画の成功まではあと僅か…今までの犠牲が無駄でなかったことの証を立てるため、我ら人類が真なる世
界を手に入れるため!諸君らの力を貸して欲しい!」
一通りいい終えると、アスランは壇上から降りた。彼の背には、そのばにいた幾万もの兵から惜しみない拍手が送られていた。
「全く…茶番だな」
制服に襟章と共についているマントをはずしながら、アスランは告げる。
「その茶番すら政治家には必要なものさ」
アスランの横を歩くカガリは、微笑みながら彼のはずしたマントを受け取る。
「これでは道化だよ?」
苦笑しながらアスランはカガリの空いた手をとる。
「アスランは政治屋じゃない。政治屋は自らの欲にまみれて道を見失った者。政治家はその高潔な理想を見失わず目的を完遂しようとする者だ。アスランは…政
治屋になって欲しくない」
懇願するようなカガリを、安心させるかのように手の甲へとキスを贈る。
「俺は決してそんな者にはならない。約束する…」
微笑むアスランにカガリは安心したのか、微笑み返す。
「さて、カガリ…この後の予定は?」
「4時間後に観光用コロニーである“タカマガ”で会談だ」
極秘…とはつけない。勿論極秘会談である。何せ相手は世界統一政府の官僚たちなのだ。
「やはり、奴等は一枚岩ではなかったか」
アスランも、それを聞いて確信した。官僚と表舞台に立つ政治家…いや、政治屋達の間で大きな溝があるという事を。
「分かった。俺は顔見世程度でいいんだろう?」
「あぁ。官僚レベルの会談で総帥であるお前が顔を出すことは本来無いんだが…やはり組織のトップが顔を出すのと出さないのでは信用が違うからな」
カガリの経験談なのだろうか。それにアスランも頷くと、歩調を速める。
「ここからタカマガまでは少し距離があるな。高速艇を用意させといてくれ。まさか戦艦で行くわけにもいかないからな」
そして2人は高速艇に乗るための準備を始めたのだった。
「わぁ、凄いや」
キラは今観光用コロニータカマガに来ていた。突然訪問してきた高級官僚の主たる者達が自分に護衛を申し出てきたのである。コロニータカマガまで送り届け
て欲しい。それも極秘に…と。キラはその要請に応え、彼らをこのコロニーに送り届けた。理由を問いただしても“全員でまとまってバカンスを取った。おおっ
ぴらにやると税金泥棒などと世論がうるさいから”の一点張りで、ならばと自らその真相を確かめにきたのである。勿論本来自分がこなさなければならない仕事
はオブサーバーであるバルドフェルドとかつて彼の副官であったダコスタに押し付けてきた。
「流石は観光目的で作られたコロニー…海水浴に森林浴、何でもありだね」
半分その目的を忘れ、コロニーの風景に感慨深くキラは言った。
「こんな所で…いったい何をするつもりだ?」
エレカを走らせながら、キラは街道をひた走ったのだった。
「では、協力していただけるのですか?」
老齢の男が、壮年の男に確認を取るように聞き返した。
「勿論です。我々とて好んで現状を受け入れているわけではないのです。確かに戦後復興には巨大なカリスマを持った指導者が必要でした。しかし、最早傷は癒
え、人々の生活様式は戦争以前へと戻っている。ラクス・クラインは表舞台から退場すべきなのです」
壮年の男は苦しげにつぶやく。
「ラクス・クラインは既に政治家ではなく権力に固執するあまり政治屋となり、果ては独裁者となりました。政治は大勢の民衆によって動かされるもの…。決し
て1人の人間による私物化は許されない」
どれほどの苦汁を飲まされてきたのだろう。政府の高級官僚という要職につきながらも、政治に一切かかわることを許されず、ただ飼い殺されていく日々。そ
して現政権に異を唱えようものなら消されてしまう。そんな恐怖と戦いながらも、その心を決して屈服させずにここまで来たのだ。
「我々の目的は、もう一つ…かつてオーブ前代表カガリ・ユラ・アスハ氏の唱えた地球保存政策の完遂です」
「勿論心得ています。我々人類は宇宙という新たな生活圏を得、地球という母から巣立つ時を迎えたのでしょう」
「…よろしいのですか?ご家族のこと…。それに後世の歴史家達に大量虐殺者の汚名を着せられてしまうかもしれませんが?」
まるで試すように年若い男が告げる。
「構いません。それに、自分達は間違った事はしていないつもりです。アスハ氏が計画を発表してから5年も経つのです。今地球に残っている人間はそれ相応の
覚悟があるのでしょう。そして、ザラ氏は警告も出した。十分でしょう」
「そうですか…ご理解頂けているなら嬉しい」
満足したように老年の男は口元を緩める。
「では、決行は…?」
「…C.E.83.12.31にしようと思っています。新年は新たな政府樹立と共に」
「…分かりました」
「共に目指しましょう。新たなる世界を…」
席について一言も発言していなかったアスランがここに来て席を立ち、世界政府の高級官僚達一人一人と握手を交わす。
「ザラ氏…一つ質問があります」
先ほどから政府側の意見を取りまとめていたであろう壮年の男が口を開く。
「貴方は、この作戦が成功した後…どうなされるおつもりですか?」
男の台詞に、アスランは微笑むといった。
「再び地に潜りましょう…。祭りが終われば御輿は不要なものだ。誰にも見つからぬ地で静かに過ごそうと思います」
「貴方は功労者だ…。望めば地位も名誉も望むままでしょう?」
試すような口ぶりにアスランは驚くそぶりを見せ、言った。
「必要ないでしょう?担ぎ手のいない御輿など」
アスランの見せた笑みはどこか儚かった。そう、担ぎ手のいない御輿に用はない。またいつ誰が担ぎ出すかもしれない御輿は、平和な世にあっては邪魔でしか
ないのだ。
獅子の名を継ぐもの
What comes after war
頑無
第4話
Break with friends
―訣別―
「戦う準備はこれで全てそろったな…」
アスランは歩みながら護衛としてついてきたシンにいった。
「はい。全て順調に進んでおります。廃棄されたコロニーの改修ももうまもなく終了いたします」
「…負の遺産だな」
アスランは自嘲気味に呟く。
「技術者達の計算では、一度使えば使い物にならなくといっていますが…」
「あんなもの、一度使えば十分だ。破壊する手間が省けていい。平和な世に…あんなものはいらないからな」
「確かに、再利用なんてされたらそれこそお仕舞いですからね」
「そういう事だ。原型さえ保っていればいい。こちらはいつでも使えるんだと言うブラフのためにな」
「総帥!」
一人の青年将校が慌てた様子でアスランの下に駆けつける。
「急がせていた身辺調査書がたった今上がってきたのですが…」
「なんだ、まずい事でもあったか?」
「大有りです!みてください、奴らの中に一人だけ口座に不明瞭な金の流れがあるんです。それもここ最近頻繁に…」
「出所は?」
シンの言葉に、青年将校は調査書をめくり、読み上げた。
「振り込み主はいつもバラバラなのですが、その全てがクライン派のダミー企業ばかりです」
「まずい…ですね」
シンが奥歯をかみ締めるように表情を変える。
「…かまわんさ」
アスランがそれを聞いて苦笑しながらいった。
「え?」
シンはアスランの真意が分からない、と言ったように疑問の声を上げる。
「奴らに渡したのは偽の計画書だ。決行日時に差異がある上に、重要な項目は削除されている」
2人はアスランの言葉に驚いた。作戦を完璧にするために、協力した彼らにすらその全容を話していないと言う。
「パイロットだけをしているわけにはいかなかったんでね…」
アスランは2人の表情を見ながら苦笑すると、その場を後にした。
「そ、総帥どちらへ!?」
その場を去ろうとするアスランの背に向かって、青年将校が声をかける。
「何、ここにきたらいつも行く店があるんだ。気分転換に少し顔でもだそうかと…ね」
「あ、お供します…」
シンが慌てていうと、それをアスランがやんわりと制した。
「一人で行けるから心配するな」
「しかし、貴方を一人で行かせる訳には…!」
「このコロニーの警備は既にお前達が厳重にやっているんだろ?ならお前達を信じているよ」
「そ、それは…」
「無理に来てもらっても悪い。それに、俺にだって秘密の店ぐらいあってもいいだろ?それと、今日あった官僚達全員の警備を増強しろ。監視の意味も含めて
な」
それだけ言うと、アスランはその場を去っていった。
「これだけ探してもいないなんて…」
エレカから降り、キラはため息をつく。官僚達を艦から降ろしてからの数時間、確証がないだけに自分ひとりでコロニー内を回っては見たが、それらしい噂
や、姿を見つけることは出来なかった。
「本当に、彼らが団体で来ただけなのか…それとも、それだけ情報管理が徹底してるのかな?」
それだけ言うと、彼はある場所へ向かった。そこは、市街地のほぼ真ん中と言ってもいいような場所にあり、このコロニーにある数少ない雑居ビルの地下に
あった。「Justice」それが、キラの目指した場所…バーの名前だった。
「少し、飲もうかな」
キラが木製のドアを開けると、カラン…と、客の来店を告げるベルが静かになった。かすかに香る煙草と甘い匂い、客の耳を煩わせない程度に静かに流れる
ゆっくりとしたピアノの旋律に、この店の雰囲気を感じ取れた。そして、この時間に店にいるのは、カウンターに座るスーツを着た若い男と、静かにグラスを磨
く年嵩のバーテンだけだった。キラは、若い男から席を一つ置き、座ると、バーテンに告げた。
「ウィスキーをダブル…ロックで」
「職務中じゃないのか?」
隣にいる男が、煙草を吸いながら言ってきた。彼の目線はサングラスをしているので分からないが、手元にある琥珀色の液体の入ったグラスを見つめているの
だろう。
「探し物が中々見つからなかったから…ちょっと休憩しようと思ってね」
そう告げるキラの手元に、バーテンが注文どおりのものを置く。
「いつからはじめたの?」
キラの言葉に男は首をかしげると、手元にあるものの事を指していると分かり、苦笑しながら言った。
「ここ2,3年前から…かな。一人でいると…吸いたくなる」
そう言って男は、灰皿で煙草の火をもみ消すと、胸元から新しい煙草を取り出す。箱には、王冠の乗った鏡のようなものを、番いの獅子が支えている絵が描か
れていた。
「体に毒だよ…。そんなもの」
グラスに入った酒を軽くあおりながら、キラは言った。男はキラの言葉に薄く笑うと言った。
「違いない…。だが、無害であったはずのものが急に害を与える時だってある。それも、死に至るかもしれない毒を…だ」
男は紫煙を吐きながら、ゆっくりと酒をあおる。キラは少し舌打ちすると、自身も酒をあおった。
「3年前のクリスマス…お前から届いたクリスマスプレゼント…正直正気を疑ったよ」
男の言葉に、キラの肩が揺れる。
「でもな、それで目が覚めたよ。世界はあの頃となんら変わっちゃいない」
男は、キラが何も言わないことを確認すると、話を続けた。
「敵ならば親、兄弟、はては友すら撃たねばならない」
男の言葉に、キラは俯く。
「仕方が―――――」
「仕方がないから…撃たなければならないのか?」
男は、キラの言葉にかぶせるように言った。それでは許されない…言外にそう告げていた。
「敵だから…撃つ。そんな世界を作りたくないから、俺たちは戦ったんじゃなかったのか?」
男の言葉に、キラは返す言葉がなかった。
「彼女の作り出そうとしている世界は、ひどく傲慢で、虚構に満ち溢れている。人々を自由と言う名の柵で囲い、妄執と言う名の首輪をつけ、権力と言う名の鎖
で繋ぎ、未来と言う名の杭で留める。本当の自由も、世界も知らせぬまま…自分達は“生きている”と思わせる。だが…そんなもの全てがまやかしだ。それでは
“生きている”のではなく、“生かされている”だけだ。何も知らぬ…ただ喰われるだけの家畜となんら変わらない」
「そんな事は――――っ!」
「本当に、そう思っているのか?」
男は、サングラス越しではあるが初めてキラのほうを向いた。その眼光は、サングラス越しからでも伝わってきた。
「ラクスは、本当に世の中のことを考えて…一生懸命にやってるんだ!」
キラは、力いっぱい机をたたきつけて言った。男は、それに興味をなくしたのか、また手元にあるグラスのほうへ視線を向ける。
「なら、いいがな」
男はグラスに残っていた酒をすべて飲み干すと、腕の時計を確かめて席を立った。
「俺は止まるつもりはない。人類の業は…俺が墓の中へと持っていく」
「待つんだアスラン!」
キラは初めて男の名を呼んだ。アスラン…遠い昔、友と呼んでいた男の名を。
「君を、行かせるわけにはいかない!大人しく投降するんだ…そうすれば、決して悪いようにはしないから!」
腰にあるホルスターから抜いた銃がきっちりアスランへと向いている。
「…撃ちたければ撃つがいい。それだけの覚悟があるならな」
それだけ言うと、アスランはドアノブに手をかける。
「アスラン!」
「止めたければ俺を殺すしかないぞ、キラ。その覚悟がないならば…黙ってみている事だ。…そうそう、言い忘れていたがクリスマスは時間を空けておけ。でな
いとパーティーに遅刻してしまうからな」
アスランはそれだけ言うと、バーを後にした。
「…っく!」
キラは、構えていた銃を床に落とし、膝から崩れ落ちた。
「…安全装置を外していなかったんですな」
バーテンがキラの銃を拾い上げて、渡した。
「…初めから見抜かれていたんですね。僕がアスランを撃てないことに…」
キラが銃を受け取ると、バーテンは微笑んだ。
「もう、何年もこういう商売をやっていると…こういった場面に何度か出会ってしまうんです」
再びカウンターの奥に移動したバーテンは、グラスを取ると再び磨き始めた。
「撃つ者、撃たない者、撃たれる者、撃たれない者、そして撃てない者…情勢が不安定だからかもしれませんが、それなりにいるんですよ」
「そんな…ここ最近はテロも減って情勢は安定し、戦前と変わらない生活がおくれているはずです…」
幾ら世界統一政府が嫌われていようと、コロニーの生活に対してなんら不足はないはずであった。対策が遅れているとはいえ、それ相応の保障があったはずあ
る。
「確かに…地球はそうかもしれませんが、コロニー…宇宙に住むものはそう感じていません」
「え?」
「コロニーに対しての経済支援は後手に回り、空気、水にまで税金がかけられているんです。地球では十分でも、宇宙での生活には足りないものがたくさんあ
る。それに前大戦までに撒き散らされたスペースデブリは依然放置されたままです。民間企業による清掃作業が行われてはいますが…量が多すぎてとてもとて
も…。このままのペースでいけば、全て片付け終わるのに300年はかかってしまいます。そんなところ、誰も来たがらないでしょう?」
バーテンの言うことに、キラはぐぅの音も出なかった。戦艦クラスの装甲ともなれば、小さなデブリは気にしなくていいし、大きなものはビームを使って焼き
きってしまえばいいが、民間のものはそうは行かない。小さなもの…ネジ一つとってもデブリは天敵なのだ。
「まぁ、今の政府には何を言っても仕方ありませんが…」
「そんな事は…」
「政府の中枢、重要なポストは全てクライン派…軍部ですらそうです。世界統一政府は…もはやラクス・クライン代表の所有物ですから」
キラは、その言葉を聴いていたたまれなくなり、料金を置くと振り返らず店を出た。ラクスはきっと頑張っている。あまりに頑張りすぎているから、その頑張
りが空回りしていたりするんだ。キラはそう自分に言い聞かせてエレカに飛び乗るとアークエンジェルUへと急いだ。アスランがここにいたと言うことは会談が
終わったということ。そして会談が終わったなら、官僚達は既に帰ってきていると思っていいだろう。彼らの小言を聞くのは真っ平だ。キラはさっきまで考えて
いたことを頭の中から追い出すと、先を急ぐのだった。
真夜中の地球…世界統一政府首長官邸のあるアメリカ北西部では、まもなく雪が降るのではないかと言うぐらい、冷え込んでいた。
「こう寒い日が続いては、やる気もそがれますわね」
暖かい紅茶を片手に、ガウンを来た彼女…ラクス・クラインは眠れぬ夜をすごしていた。彼女の空いている手には先ほどあがってきたばかりの報告書があっ
た。そこには、アスランが今後どのように動くかが記されていた。シンや、青年将校の危惧通り、ラクス側に情報が漏れていたのである。ただし、その情報が
“ダミー”であるということ以外だが…。
「はぁ…このハーブティーは絶品ですわね。今度取り寄せておきましょう」
香りを楽しみ、再び紅茶を口にしようとしたとき、通信が来ていることを知らせる音が鳴っているのに気づいた。
「こんな夜遅くに誰でしょう?」
ゆったりと、通信を開くとそこには最早故人となっているはずの顔があった。
「あら、最近の悪戯は手が込んでますこと。亡くなった方の顔を出すなんて…失礼極まりないですわ」
『ラクス…まかり間違っても本人に対して言う言葉じゃないな』
「あら、分かってますわよカガリさん。冗談です」
そう、通信先にいたのはカガリであった。3年前、“不慮の事故で亡くなった”はずの彼女だった。
「まぁ、アスランが生きていたんですから…貴女が生きていても不思議はありませんわよね」
『そういうと思ったよ。…久しぶり、だな』
「えぇ…。本当にお久しぶりですね。大人しく棺おけの中でじっとしていられなかったのですか?」
ラクスの言葉に、微笑むとカガリは嘲笑したように言った。
『本当はそうしていたかったんだがな…亡者達がそっとして置いてくれなかったのさ』
カガリの言葉にラクスは小さく反応すると、机の脇にあるボタンを押そうとする。
『あ、因みに逆探知しようとしても無駄だぞ。幾十幾百のサーバー、フィルターを通しての秘匿回線でお前にこうやって連絡しているんだ。早々見つける事はで
きんさ』
「用意が…いいんですのね」
自分がしようとしていたことに先手を打たれ、不快な気分を覚えるが、表面上にあらわすことはなかった。
「何が目的ですの?」
彼女との会話が全て煩わしいといわんばかりに、本題に入ろうとする。
『なんだ、久しぶりに会ったんだ。もう少し会話を楽しもうとは思わないのか?』
「貴女と世間話をする気はないんですの。死んだ人間と話をしても気味が悪いだけですもの」
『…よく言う。自分で殺させといて』
カガリの言葉に、ラクスは反応した。
「あら、ばれてましたの?」
ラクスは心底意外そうに、だが嬉しそうに笑った。
『誰でもわかる。私の乗ったシャトルが撃破された瞬間、窓の外からスーパードラグーンが見えた。あれはストライクフリーダム特有の武装だし…あの機体を扱
えるのはキラ一人だ。それに、あの機体は封印されているはずだった。あの封印を解くことが出来る人物…もう一人しかいないだろ?』
「正解ですわ。どうやらカガリさんも、政治というものがお分かりになってきたようですわね」
あまりにも清々しく笑うものだから、カガリすらあっけに取られてしまう。
『全く…殺すよう命じた張本人がこうもあっさりと認めるとはな。もう少し時間が掛かるかと思ったよ』
「あら、そんなことが知りたくてわざわざ通信を?」
『まぁ、そうでもないんだが…』
カガリは、ラクスがあっさりとその事実を認めたことにまだ引っかかりを感じる。
「勝てば官軍…という言葉をご存知で?既に公の場から抹消された貴女の言葉と、この席にい続ける私の言葉…大衆はどちらを信じるでしょうね?」
だからか…カガリは妙に納得した。この強引とも取れるような論理、いや言葉こそがラクスをラクスたらしめるものなのかもしれない。
「それで…目的は何ですの?」
ラクスの言葉に、カガリは一旦間をおくと告げた。
『…お前が3年前、凍結させた“地球保存政策”を完遂する』
カガリの言葉に、ラクスは彼女が気でもふれたのかと思った。
「先程も申したとおり…貴女は表舞台から3年も姿を消しています。アイドルのカムバックとは訳が違うのですよ?」
ラクスの言葉にカガリは告げる。
『ならば、そう思っていればいい…』
カガリの余裕のある態度からラクスは何かを感じとった。確かにラクスは失念していたかもしれない。彼女は“やる”と決めれば、時間はかけるにしろ必ずそ
れを遣り通してきたのだ。
「カガリさん、もう一度考え直してはいただけないのですか?今なら私の権限で全て無かった事に出来ますし、オーブ代表としても返り咲けますが…」
言外に“そんな馬鹿げた事はやめろ”と告げている。が、カガリはそんなラクスを見下したような目で見た。
『是非もない事を…私が今更、世界統一政府の下僕の様な椅子に未練があるとでも?少々平和ボケが過ぎるんじゃないか?』
カガリの辛辣な言葉に、ラクスは驚いたような表情を一瞬見せるが、またもとの能面のような表情に戻し、言った。
「仕方…ありませんのね。武器を取り、戦うことしか選択肢はありませんのね」
『当然だ。それが、報いと呼ばれるものだからな』
「報い…ですか」
今度はラクスがカガリを小ばかにしたような目で見る。
「それこそが人の愚かな部分であるとお気づきになりませんか?それに囚われては、既に人ではなく…獣ですわ」
ラクスの言葉に、我が意を得たりといわんばかりにカガリが告げた。
『醜い部分すら人は内包して生きていかなければならない。それを斬り捨ててしまっては最早我々は人ですらない・・・。我々こそが最も人らしいといえると思
うがな』
ラクスはその言葉を理解できない、といわんばかりに首を振る。
「貴女とは生涯友でありたかったですわ…」
ラクスの言葉に、カガリは微笑んで言った。
『心にもない事を…。さらばだ、聖人君子の仮面をつけた偽善者よ。己の行いを悔いて生涯生きるといい』
それだけ言うと、カガリは通信を切った。ラクスの見つめるモニターには“逆探知不能”を表す文字が出ていた。
「…カガリさん、最後の言葉だけは本当でしたのよ?」
ラクスはため息を一つつくと、ソファーに体を深くうずめて残っていた紅茶をあおった。冷め切って渋みだけ妙に強くなってしまった紅茶を見つめながらラク
スはつぶやいた。
「まるで私達みたいですわね、キラ…」
全てが間違いであったとは言わない。ただ、楽しかったあの頃を時折思い出すと…ラクスはあふれる何かを感じた。
「あら…。とっくに無くしたと思ってましたのに…」
有事の際には32層もの特殊隔壁が防御するシェルターと化す世界統一政府首長官邸…そこが今のラクスを物々しく物語っていた。そう、ここはあらゆる権力
の亡者が集まり、莫大な金が動き、人の命を塵ほどにも思わない魑魅魍魎の住処なのだ。理想など語っていられない。異物を容易く飲み込み同質のものへと変容
させる…そんな魔の巣窟だった。
「でも、負けませんことよ」
溢れたものを拭ったラクスの顔は、酷く歪んでいた。決して顔の造詣等という事はない。“心”が…という事だ。たとえ何人であろうと、自分の地位を脅かす
ものは許さない…そんな顔であった。
「キラに連絡をつなげて?そう…。寝ているようだったら起こさせてくださいましね」
それから5分と経たぬうちに、通信パネルの向こう側に件の人物が映る。
『何、ラクス…』
あぁ、まだ自分に愛されていると思っているのだろうかこの男は…。自分がこの官邸に何人愛人を引き込んだ、等といえば
この男は悲しんでくれるのだろうか?それとも、怒りに任せて私を殺しにくるだろうか…。だが、まだその時期ではない。この男は、私がこの地位を不動のもの
にするためには必要不可欠なもの…駒なのだ。貴方にはまだ使い道があるんですよ、キラ…。
「キラ、アスラン達の決行日時が分かりましたわ」
『え?』
あぁ、哀れな男…貴方はあの頃の純粋さを持っているんですね。そこが愛おしくも…憎らしい。<+2でお願いします>
「今年最後の日…これがあの方達がやろうとした事の決行日ですわ」
『…分かった。ありがとう、ラクス』
やめて、そんな目で見ないで…まだ私の中に、貴方のような純粋さがあるのではないかと、誤解しそうになる。>
『…疲れているようだけど、大丈夫?』
ほら、貴方はいつも…自分よりも他人の心配をする。だから、私は――――――
「そんな事ありませんわ。そちらも夜遅いでしょうから切りますわね」
私は――――――
『あぁ、お休み…ラクス』
「えぇ…おやすみなさい」
まだ、貴方のことを愛しているのだと誤解してしまいそうです。
See You Again!
後書き
今回は予告どおり、各勢力と年表の説明です。
まず世界年表からです。これは第二次ヤキン・ドゥーエ戦終了後から今作までの勝手な妄想なので、オフィシャルとは違うかもしれませんがこの物語内ではこの
ようになっております。
C.E.73.12.31 プラント、連合、オーブ3勢力の間で平和条約が締結される
C.E.74.03.20 プラントにてアスランの軍事裁判が開かれる。判決は即日に下る(「獅子の名を継ぐもの」読みきりの舞台)
C.E.74.05.18 アスラン、オーブへ正式亡命
C.E.78.01.01 カガリ、地球保存政策を発表。各国に理解と協力を求める
C.E.78.03.04 この時期から謎のテロ集団による同時多発テロが発生。各国首脳陣が凶弾に倒れる
C.E.80.12.24 カガリの乗ったシャトルがテログループに襲われる。カガリ・アスラン両名行方不明に
C.E.80.12.31 ラクスによる地球保存政策の凍結と、ナチュラル・コーディネイター全ての国を纏め上げる“世界統一機構”構想を発表
C.E.81.12.24 世界統一政府が誕生。初代元首としてラクス・クラインが迎えられる
C.E.82.05.19 世界統一政府直轄治安維持軍の発足。初代長官としてバルドフェルドが選ばれる
C.E.83.12.20 アスラン、表舞台へと上る
と、この様になっております。では、次に各勢力説明と主要人物紹介です。
世界統一政府World unification government
ラクス・クライン:平和の歌姫と呼ばれ、その圧倒的なカリスマと政治力を活かし、世界統一政府の初代元首を勤めている。
治安維持軍Peace Keeping Forces
キラ・ヤマト:10年前、13年前の大戦でフリーダムを駆り、戦場を駆け抜けた歴戦の撃墜王。最高のコーディネイターとして生を受け、その戦闘能力、カリ
スマ、ともに人類史上最高といっていい。政治力にも秀でているが、ラクス・クラインがいるため、その能力が発揮される事は無い。
U.M.R.Universe Multi-stage Resistance-organization ユミル
アスラン・ザラ:三年前の事故で行方不明となっていた。しかし、この三年、秘密裏に組織を結成し、地球保存政策を実行するための準備を着々と進めていた。
その圧倒的なカリスマを利用して、キラとラクスに弓引くことを決めた。
カガリ・ユラ・アスハ:三年前の事故で行方不明扱いになったが、アスランが無事に救出していた。
シン・アスカ:機動大隊所属第1遊撃部隊の部隊長を務める。ひねくれ癖は直らないが、大分落ち着いた。プラントに恋人(ルナ)がいる。
と、この様になっております。ユミルについてはかなり造語です。あんまり辞書引いて厳密に調べられると筆者の英語力のなさが垣間見れますのでご容赦を。
では、また次回にてお会いしましょう。
感想
ふむぅ、今回はラクスの回ですね〜。
悪女化したラクスっていうのも他ではあまり見れませんし。
面白い設定ですね♪
キラさんなんだか可哀想ですね。
ラクスさんは元々政治家的な部分があった人ですから、理由も無いではないのでしょうけど……。
彼女は一体何を求めているのでしょうね?
権力そのものに興味があるのなら、もっと前に表舞台に出ることも出来たでしょうし。
何か目的があるのかもしれませんね。
確かにね〜。
でもさ、もしかしたらそのままかもしれないかな。
アニメの彼女の言葉は全て正しかったけど、勝てば官軍的な要素も強かったしね。
彼女等の行動は非常にテロリスト的な部分が多かった。
種でも種運命でもね。
権力にこびない事が格好いいという考え方が一般の方に染み付いているという部分もあり
ますからね。
ガンダムからの政府的な考えを突き崩したWの血を引いている部分もありますしね。
でも、当然ながらそうなればラクスさんは政府側、つまりは倒される側と言うことになるでしょうか。
正直、このままでは、ラクスさんがデュランダル議長よりも俗っぽい人になってしまいそうです。
ははは、彼女が男をとっかえひっかえしているという時点で彼女の役どころはほぼ決まっているのかもね。
でも、アスランのしている事が許されるのかと問われれば微妙なんだけど。
現政府は悪い、でも打ち倒す時に流れる血は凄まじい量になる。
どっちが良いのか、結局見えないと言うことになるね。
それに、本当は金をむしりとる権力者よりも、戦争に駆り立てる扇動者の方が悪いに決まっているんだけどね。
どちらも悪い事には違いないけど。
あまり感想で言うことではないでしょう。
貴方も作家なら少しは自覚しなさい!
それでは。
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