「左舷、弾幕薄いぞ!何やってんの!?」
響き渡る怒声がブリッジ内にこだまする。
「敵MS後退!ティターンズ艦隊、後退を始めます!方位〇二〇〇!」
オペレーターの声が歓喜の色を帯び始めていた。
「気を緩めるな!奴らが何の策もなしに後退したと思うなよ!?クワトロ大尉に繋げろ!」
「了解しました。三秒待ってください!」
『何があった、艦長?』
艦長席のフォンを取るとすぐさま返事が返ってきた。
「クワトロ大尉、奴らの動きをどう思う?」
『…恐らく艦長と同じ考えだ。奴らが何の策もなくこう易々と後退するわけがない』
クワトロと呼んだ男の言葉を聴いてため息を一つつき、次の言葉を継げた。
「…分かった。ありがとう」
それだけ言うとフォンを元の場所においた。
「トーレス、ラビアンローズまでの距離は?」
「後方12000の距離です。現在ラーディッシュが護衛しているはずです」
「分かった。後退信号を出せ!本艦はこれよりラビアンローズへ向かう!」
一先ず一つの戦いが終わった…しかし、激動の終わりは遠い。胸に去来するその思いが…安息を与えてはくれなかった。
過ぎ去りし日々
〜去来する思い〜
「ここにいたのか艦長…」
ラビアンローズのレストルームで休んでいる時、呼ばれて振り向いた先には目元を大きく隠すサングラスをつけた金髪の成年がいた。
「あぁ…クワトロ大尉か。…何か?」
自分の言葉に自嘲めいた笑いをすると、目の前の青年は言った。
「そう身構えないでくれ。今は貴方が上官だ」
そういうと、手元に持っていたカップを差し出してきた。
「砂糖かミルクはいるかな?」
受け取ってみると、コーヒーが注いであった。
「いや、結構…」
「何か入れたほうがいいぞ?そのままは体内を酸化させ健康によくないらしいからな」
青年の言いようがおかしくて、少し笑みがこぼれた。
「む…何かおかしな事でも言ったかな?」
「いえ、貴方のような人から“健康”の二文字が聞けるとは思っていなかったのでね…」
受け取ったコーヒーを一口含むと、苦味が舌の上で広がり、香りが疲弊していた心身を癒すように広がった。
「おいしい…。久しぶりに官製品でないものを飲みましたよ」
「結構なことだ。連邦製でよかったものは少ないからな」
彼の言葉がおかしくて、また少し…笑みがこぼれた。
「時に艦長…君は死についてどう考える?」
「…なんです?やぶからぼうに…」
問いかけてきた彼の真意を測りかねて聞き返した。
「いや、私は時々考えるのでね。志半ばに死んでしまった時…どうすればいいのかと、ね」
彼の言葉に、ふと地球に残してきた妻子の姿が浮かんだ。もし自分が死んでしまったら…船乗りならば一度は考えたことがあった。しかも自分は軍人だ。いつ
何処で死んでもおかしくない。
「死については…分かりませんね。正直死んだ事がありませんから」
その言葉に、彼は薄く笑った。
「確かにその通りだ。艦長は死というものが怖くないのかね?」
「…怖いですよ。しかし、貴方が言う志半ばで死んでしまった時…その時の心配はしていません」
「…ほぅ?」
「私という生は確かに私が死んだときに終わる。ですが…私の志は死に絶える事はないと、信じています」
その言葉に彼はサングラス越しでも分かるような驚いた表情を見せる。
「傲慢かもしれませんが、私は常に私の中の“正義”と共にあります。確かに、軍属ですから間違った命令にすら従わなければなりません。ですが…私の中で
“譲れないもの”よりも先に行こうとした場合、それが行われる事はないでしょう」
「…正しい行いをしているからと言って、どうにかなる世の中ではない」
「分かっています。“正しい事”と“正義”が同意であるとは思っていません。ですが…いつか、自分の思いを理解してくれる人が現れたとき、胸を張ってその
人と語り合いたい。そうすれば、少なくともその人の中に自分の志は生きている。そして、その人からまた違う人へと…私の思いは渡り歩いていく」
「志は、人に伝わってこそ志…というわけか。そして、伝わったものが消えることなければ…永久に生き続ける」
自分が言った事だが、何故か人の口から言われると、随分と恥ずかしかった。
「大分恥ずかしい事を大口叩いて語ってしまったようですね。すいません、忘れてください…」
もらったコーヒーを一気に口に含んで、席を立った。
「いや、参考になったよ。ありがとう…艦長」
彼も自分に合わせたかのように席を立つと、ダストボックスに空のカップを入れた。
「そして理解したよ…ジオン軍全てが躍起になって一年戦争の間、貴方が率いるホワイトベース一隻を警戒し、死に物狂いで堕とそうとしたのか。…アムロ・レ
イだけじゃない。一番手ごわかったのは貴方だったのかもしれないな」
そして、部屋を出る去り際に言った。
「私も、誰かに志をたくせるよう…生きてみよう」
言い終わると、彼は扉の向こうへと去っていった。彼が去ったことで、自分以外誰もいなくなったレストルームで、空になったカップを手で弄びながら、呟い
た。
「既になっていますよ…シャア・アズナブル。私は、貴方がいたからエゥーゴに来たのだから…」
自分にはアムロやカミーユのような特別な才はない。けれど、彼らのようなものをサポートすることは出来る。だからこそ…自分は自分の“正義”を貫いた。
同期は皆、死ぬか出世した。しかし、出世すればするほどかつての情熱をなくし体制に取り込まれていった。
「私は私の道を行く…それでいいんだよな、ミライ」
カップをダストボックスに入れ、自分も部屋をでた。
「無限の荒野は遠くになり…続くは果て無き漆黒の闇」
部屋を出たところにある窓辺から見える宇宙の世界…絶対零度の世界が壁を隔てた向こう側にある。
「アムロ…私は再び戦場に立ったぞ。皆…お前を待っているんだ。宇宙に上がらなくてもいい…ここは、最早死の世界だからな。だが、私は待っているぞ…お前
がもう一度その翼で立ち上がる時を」
彼方にある地球を見つめながら、呟いた。傷を負い、その羽を休める不世出の天才パイロット…戦友の名を。
『ブライト艦長、補給作業が終了いたしました。至急ブリッジへお戻りください』
待機状態にしていた通信機から連絡が入った。
「分かった、直ぐに行く。クルー全員に通達しておけ…10分以内にブリーフィングルームに集合できなければ修正してやるとな!」
『了解しました。それでは、お待ちしています!』
オペレーターは慌てたように通信を切った。
「さて…行くか。ティターンズの亡者どもを退治しに!」
ブライト・ノア…その名前は連邦軍士官学校教程指導書にも記されるほどの人物だった。U.C.0079に起きた一年戦争では“浮沈艦”と名高いホワイト
ベースの艦長代理を若干20歳の若さで勤め上げ、エゥーゴ時代アーガマの艦長としてその腕を振るった。そしてU.C.0093に起こった第二次ネオ・ジオ
ン抗争でアクシズを分断させるという多大な戦果を挙げた。しかし、晩年は不遇であったと聞く。退役まじかのU.C.105に起こったマフティー動乱の際、
マフティーが自身の息子であったと知らされていなかった。そして再び閑職へと追いやられ退役。退役後レストランを開業したと言うが、成功したと言う話は聞
いていない。数々のニュータイプと呼ばれた人々と触れ、彼が何を考え、何を残せたのか…その答えは歴史だけが知っているのだろう。
後書き
これはブライト・ノア役を務めた鈴置氏が先日お亡くなりになった(2006年8月現在)と言うことで、追悼の意味をこめて作った自分なりの“ブライト像”
です。恐らく歴代ガンダムの中でもこの人ほど輝きを放った艦長は他にいないでしょう。それだけに、もうあの声が聞けないなんて思うと残念でなりません。ブ
ライト艦長、鈴置さん…さようなら、さようなら!
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