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 遠坂凛は項垂れていた。自分のもとに召喚された英霊に頭を悩ませていたのだ。彼を召喚した後、彼女はステータスを確認しようとした。だが、そこに映し出されたのは一部が秘匿された中途半端な情報だった。

「アーチャー、これはどういうこと?」

「……多分、召喚時の失敗が尾を引いているんじゃないかな。僕も記憶を一部しか思い出せないし」

「にしたって、宝具とスキルがこうも隠されちゃ戦略も立てられないじゃない!」

「そんな事言われてもね……まあ幸い、それほど重度のものでもないみたいだし、しばらくすれば見える様になるんじゃないかな?」

 暢気な彼を無視し、凛はもう一度ステータスを確認する。ステータスとしてはアーチャーと言うよりランサーのものに近い。敏捷が高く魔力・耐久が低い為、一撃離脱型の戦法を使った方が良いだろう。

 そしてもう一つ、スキル『英雄殺し』の存在である。敵が名高い英雄であればあるほど能力に補正のかかる特殊なスキルであり、これがあればおそらくは格上のサーヴァントとも渡り合えるはずだ。

「……それにしても、こんなスキルを持っているなんて、一体何の英雄なのかしら?」

「さて、そこらの記憶も上手く引き出せないけど……少なくとも、そんなに古い時代では無いはずだよ」

 屈託のない笑顔でそう答えるアーチャー。自分の呼び出したサーヴァントの真名・宝具・スキルを知らないで戦うマスターなんて、歴史上自分ぐらいだろうと凛は思った。

◆――――――◇

 少年、衛宮士郎は目の前の光景に絶句していた。いつも自分達が通い、生活している学校の校庭で魔術師同士の戦いが行われていたからだ。

 槍を持った野性的な男と、機械を腕につけた自分と同年代くらいの青年が戦っている。しかし、それは戦いと呼ぶには一方的だった。男の槍裁きは人間のそれを超えており、青年はじりじりと追い詰められていく。青年も剣を持ってはいるもののその動きは常識の範疇であり、士郎自身の目でも容易く追うことが出来てしまう。

「はっ、拍子抜けだな弓兵さんよ。何処の英雄かは知らねぇが、これじゃ勝負にならねぇぜ」

「ははは、生憎本調子じゃなくてね。本気でやりたかったらまた後で来てくれるかな?」

「おいおい、こんな状況で見逃す奴はいねぇよ」

 男は槍を先程までとは違う構え方に変え、魔力を高めだす。それは素人目から見ても、必殺の一撃を放つ準備にしか見えない。

「しかし、弓を使わない弓兵ね……あんた、その剣以外に宝具持ってんのか?」

「さて……この剣も宝具かどうか怪しいけどね」

「何だそりゃ?……まあ良いか、精々耐えて見せろよ」

「!」

 男が一気に踏み込み、槍で青年を薙ぎ払う。剣で受け止めたものの、完全に体勢を崩されてしまい膝を突いていた。

「アーチャー!」

「行くぜ――『刺し穿つ死棘の槍(ゲイ・ボルグ)』!」

 青年の後ろに居た遠坂が叫ぶ。放たれた槍が、一直線に青年へと向かう。複雑な表情を浮かべる男に対し、青年は一瞬たりとも見逃すまいと槍を見つめていた。そのまま槍が青年の身体を貫くかと思われた瞬間――

「ハッ!」

 青年は槍を紙一重で回避した。その光景を見た男が、まるであり得ないとばかりに驚愕している。

「な、何だとぉ!?」

「――今だ!」

 男の反応を確認した青年は、剣を捨てて銃を取り出す。それを見計らったかのように遠坂が黄色い石を男に向かって投げ込んだ。

「ぐっ!?身体が痺れて……」

「喰らえ!」

 遠坂の投げた石から雷が迸り、男を感電させたようだ。その一瞬の隙を突いて青年が銃を乱射する。男は感電している間は動けないのか、そのまま銃に撃たれ続ける。感電が終わりそうになるとそのたびに遠坂が同じ石を投げ込み、また乱射が始まる。

「い……一方的過ぎないか?」

「!? 誰!?」

「! 拙い、逃げないと」

 どうやら俺の声が予想より大きく、遠坂に聞こえてしまったようだ。俺の身体は咄嗟に校舎の方へと逃げ出すことを選んだ。

◆――――――◇

 校庭でアーチャーとランサーが戦っている。……いや、正直に言えばこれは戦いですらないと思う。アーチャーからは渡された石を合図がある毎にランサーに投げるように頼まれているけど、こんなに一方的だとテンションが持たない。私自身半分だれてきていて、投げるのも適当になってしまっていた。

「……一方的過ぎないか?」

「!? 誰!?」

 私達が戦っている校庭の端で、誰かの声が聞こえてそちらに視線を向けた。たったそれだけの些細な空白。だがそれは、人の枠を遙かに超えた存在である英霊がこの状況を脱出するのには、あまりにも長過ぎた。

「ちっ、オラァ!」

「ぐぅ!?」

 たった一瞬、目を離していた隙にランサーが脱出する。こんな時に目を離すなんて、あまりにも迂闊だったと悔しい思いを噛み締める。

「アーチャー、大丈夫?」

「問題ない、少し傷が増えただけだよ。マスター、もう一度仕掛けようか?」

 アーチャーの腕にはバックリと大きな切り傷が出来ている。こんな傷を負ってもなお戦おうとする姿勢から考えて、アーチャーのスキルには戦闘続行があるのかも知れない。

「油断したぜ……こんな一方的な攻撃を受けたのは久々だ」

「さて、どうする?まだ続けるかい?」

「いや、一旦引かせて貰うぜ……やることも出来たしなぁ!」

「……!拙い、止めてアーチャー!」

 凛が言い終わる頃には、ランサーは跳躍しその場を去っていた。恐らく先程私が気を取られた誰かを捜しに行ったのだろう。魔術は秘匿されるものであり、一般人に知られた場合にはそれなりの対応をしなければならない。恐らくランサーはあのとき居た人物を殺して秘匿を図るだろう。深夜とはいえこの学校の敷地内に居た以上、十中八九学校関係者だろう。流石に寝覚めが悪いし、ちゃんと助けないと。

「マスター、ランサーの跳んだ方向から考えるに恐らく奴は校舎に向かったみたいだけど」

「すぐ追いかけるわよ、アーチャー!」

「それじゃ、失礼して」

 アーチャーはそれだけ言うと、私を抱えて走り出した。最近移動する時はこうして抱きかかえて貰うようになった。最初は恥ずかしかったけど、移動がすごく楽になったから気にしないことにした。

「急いでね、アーチャー」

「仰せのままに、マスター」

 風を切る音を聞きながら、私は声の主を思い出そうと必死に考えていた。



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