factor8


\トウキョウ カテドラルB7F\

 多彩な彫刻が施された廊下で、先程まで激しい戦いが繰り広げられていた。周囲には戦いの激しさを物語るように、大規模な破壊の跡が残っている。

「……俺にも最後が来たか……○○○には、結局勝てなかった……俺は神をもしのぐ力を得たはず……」

 紅い武者鎧を着た男が喋り出す。その胸には大きな十字の裂傷が出来ており、既に瀕死の状態だ。

「……」

 男の視線の先には、四体の異形を付き従えた少年とその少年に寄り添う少女が居る。少年は腕から血を流しているが、そんな事は何でもないとばかりに鎧の男を見つめている。

「……これは、夢……だったのか……」

 男の顔が段々と血の気を失い始める。顔を少年へと向けているが、焦点が定まっていないその目にはもう少年の姿は映っていない。ただ最後の力で喋っているようだった。

「悪い、夢……いや……良い夢……だった……」

 そこまで言い切って、男は目蓋を閉じる。力を使い果たし、今永い眠りについたのだ。安らかな顔で眠る男を前に、少年は微動だにせず男を見つめ続けている。まるで、その姿を網膜に焼き付けるかのように。

「……彼を倒したわね……あなたは友達を殺して平気なの!?」

 物陰から一人の女性が現れる。今までじっと様子を伺っていたのだろうか、その女性は男の死体へと駆け寄り批難するように少年を睨み付けた。

「……そういう君は、恋人を見捨てて平気なのかい?」

 少年の問いに、女性は答えない。ただ男の死体を抱きしめ、何か迷っているように見える。

 やがて決心がついたのか、うつむいていた顔を上げ唐突に立ち上がる。

「私、リリスよ!あなた――」

 彼女が姿を変えその異形をさらけ出そうとした瞬間、その肉体が袈裟懸けに切り裂かれた。少年へと紡がれるはずだった言葉は、他ならぬその少年によって遮られたのだ。

「……知らないよ、そんなこと」

「!……本当は、あなたと私が新しいアダムとイヴになるはずだったのよ!でも、私はあなたから遠ざけられてしまった……」

 少年の言葉を受け、床に落ちたリリスが叫ぶ。上半身と下半身が別たれたと言うのに、未だ言葉を発し続ける。それは異常とも言える執念を感じさせられる、生々しい姿だった。

「だから私はあなたの……大事な人を……奪おうと……でも、ダメだった……」

 ぽたりと、リリスの目から涙がこぼれ落ちる。その目は少年を見つめ続けており、男のことなど眼中にないように見えた。……やがてその身体が粒子状に散り始め、リリスは痕跡も残さずこの世界から消えた。

「……よくぞここまで来たな。この先には悪魔軍団の総帥、天魔アスラおうがおる。……オマエの戦いもまもなく終わろう……」

 少年の後ろから、一人の老人が声を掛ける。少年は振り返らずその声を聞いている。老人がそこまで言い終えると、その姿は威厳ある仙人の姿へと変わった。

「さあ、行くがよい」

 仙人はそれだけ言うと、その場から消えてしまった。少年は仙人が消えたことを確認すると、腕の機械を操作して異形達を送還させた。

「……平気な訳ないだろ」

 少年の目から涙が流れる。そこに先程までの超然的な姿はなく、友人を失ったただの少年が居るだけだった。そんな少年を前に、少女は彼を抱きしめる事しか出来なかった。

◆――――――◇

 雀のさえずりに気づき、私は目を覚ます。近くにある時計を見れば、まだ朝の四時だった。こんな早い時間に起きてもやること無いし、二度寝しちゃおうか……なんて考えている寝ぼけた頭が、先程まで見ていた夢を思い出す。

「……あれは、あいつの過去?本当に?」

 もし夢に出てきた少年がアーチャーなら……あいつは一体どんな一生を過ごしたんだろうか?前に見た夢は、比較的平和そうではあった。けれど今回の夢は違う、本気の殺し合いだけが映し出されていた。あんな状況が近代にあり得るのか?あまりにも現実離れしすぎていて、本当にあんな事があったのかと思ってしまう。

「何よリリスとかアスラおうって……何でそんな名前が出てくるのよ、意味がわからないわ」

 リリスはアダムの原書の妻、アスラおうは恐らくアスラ神族の王のことを指しているのだろう。けれど、なんでそんな名前が出てくる?アーチャーは近代の英雄なんだから、まず神霊と戦うような事は無いはず……

「……さて、今日はどうしましょうかね。目的が決まってないし、とりあえずダメもとで衛宮君に相談してみようかしら」

 先程までの思考を振り払い、今日の行動に着いて考える。差し当たっては、この間考えた衛宮君との共闘が出来るかどうかを確かめよう。

「……とは言っても、この時間だと早すぎるわね。アーチャー?」

「なんだい、マスター?」

 私が呼ぶとアーチャーがすぐに現れる。……寝顔とか見られて無いわよね?まぁそれはともかく……

「アーチャー、私が寝てる間に何か変なことは無かった?」

「間桐邸の方で何か動きがあったみたいだけど、どんなことが起こったかまではわからなかったよ」

「そう……私が朝食を食べたら衛宮君のところへ行くわよ。共闘出来るか聞いてみないと」

「……そう、それじゃ」

 それだけ言うと、アーチャーは私に背を向けて霊体化した。……気のせいか、アーチャーの顔が嫌そうに見えたような……

「気のせい……よね?」

 一抹の不安を抱きながら、私はベッドから立ち上がる。目が覚めちゃったし、少し時間を潰してから行く事にしましょう。

◆――――――◇

 衛宮邸の応接間で、マスターがくつろいでいる。今僕はマスターの後ろに霊体化した状態で待機している。今回の目的は衛宮士郎と共闘が出来るかどうかの確認だ。彼のサーヴァントであるセイバーを戦力として計算できるなら、今後の行動の選択肢が多くなる。出来れば成功させたい。

 しばらくするとお茶を持った士郎が現れ、マスターに差し出した。お互いにお茶を飲んでリラックスしたところで、士郎が話を切り出す。

「……で、話ってのは何なんだ、遠坂」

「簡単な話よ、私達と一緒に他のサーヴァントを襲撃しないかって聞きに来たの」

「なっ!?」

 マスターの提案に、士郎は狼狽える。皆を守りたいと力を使う事を決意した彼だが、戦闘行為にはやや消極的だ。そんな心境で本当に大事な人を守れるのかな?

「何?もしかして誰とも戦わずにいるつもりだったの?」

「そう言うわけじゃ――」

「じゃあ、どうして自分から動かないのよ。衛宮君が今までしてきた戦いは全部受け身だったわ。そんなんで聖杯が手に入る訳無いでしょ?」

「ぐっ……」

 マスターの言うことに、士郎は言葉を詰まらせる。彼の目的はわからないが、あんな状態じゃ大切な人を守れるかどうかも怪しい。本当に大切な人を守りたいなら、他の何かを犠牲にする覚悟をしておくべきだろう。何も失わずにすべてを救うなんてことは、救世主でもないと不可能だ……少なくとも僕はそう思う。

「……俺は、誰かを蹴落としてまで願いを叶えたいとは思わない」

「けど、衛宮君は大切な人を守りたい。そのためには早い内に聖杯戦争を終わらせた方が良いんじゃない?」

 犠牲者を少なくしたいのならば、より早い段階で原因を取り除くのが最も確実だ。それに聖杯戦争はその性質上、他者を蹴落とさなければ自分の願いを叶えられない。他の参加者は問答無用でこちらを狙うだろう。だが彼が今のスタンスで居るならば、誰かを守るどころか自分の命すら危うい。

「だからって、こっちから仕掛けるなんて……」

「……シロウ、私は凛の意見に賛成です」

「セイバー!?」

 マスターの意見にセイバーが賛同する。当たり前だろう、戦略的に見て今動かないのはある一手を除いて悪手でしかない。その一手も漁夫の利を狙う為に静観すると言う物で、犠牲者を増やさない考えとはほど遠い。

「シロウが戦闘に消極的なのはわかります。ですが、前回のライダーのように一般人を巻き込む輩が他に出ないとも限りません。犠牲を最小限に抑えるのなら、こちらから仕掛けるのも一つの手です」

「……そうかも知れない、けど!」

 セイバーの言葉を肯定するも、やはり士郎には不満があるようだ。……それにしても、結局どうしたいのかよくわからないな。彼の方向性をもう少しはっきりさせておいた方が良いか。

「……ちょっと良いかな?」

◆――――――◇

(……さて、どうするかしらね)

 衛宮君とセイバーが話をしている間に、私はお茶を飲んで喉を潤す。衛宮君の反応は予想通りだったけど、セイバーが賛同してくれたのは嬉しい誤算ね。自分のサーヴァントからも言われれば流石に聞かざるを得ないでしょうし――

「……ちょっと良いかな?」

(?)

 声に反応して振り向くと、アーチャーが霊体化を解いていた。一体何をするつもりなのかしら?

「な、何だよいきなり?」

「いや、ちょっと聞いておきたい事があってね」

「……聞いておきたい事?」

「ああ。どうしても腑に落ちない点があってね――」

 ……予想が出来ないわね。今の会話の中で確認するような事は無かったと思うけど……


「――君は本当に、犠牲者を減らしたいのかい?」


「なっ……いきなり何を――」

「だって、今君が取っている方針は簡単に言うと『後手に回る』だよ?それはつまり誰かが行動した後で、既に結果が出ているっていう状況なんだ。もし君以外の参加者が騎士道一辺倒のサーヴァントを使っているなら良いけど、今姿を見せていないのはアサシンとキャスター。キャスターは自分の陣地に入った人間を殺すだろうし、アサシンはその地力の無さを補うために君の関係者を人質に取るかも知れない。時間が経てば経つほど狙われる人は増えていくよ」

「!」

 確かにそうね。残っているのがランサーやバーサーカーなら、魔術の秘匿のためにそれほど無茶はしないはず。けれどキャスターならその証拠をどうにかする魔術があるだろうし、アサシンはそもそも証拠を残さない。犠牲者の量で考えるなら早く倒しておく必要があるわ。

「……そろそろ一般的な価値観でどう動くかを考えるのは止めた方が良いと思うよ。相手はとにかく自分の願いを叶えるために戦っているんだ。人は欲しい物の為なら、どんな残酷な事だって出来るんだからね」

「……確かにそうだな。慎二の時を考えると、願いを叶えようとする人間はどんなことをするかわからない。そいつらが関係のない人を襲う可能性があるんなら、さっさと倒した方が良いな」

 ……随分と早く説得できたわね。予想だと後2〜3時間は掛かると思ってたんだけど……それにしても、アーチャーは随分と交渉慣れしているみたいね。前言ってた前線指揮官って予想が現実味を帯びてきたわ。

「……わかった。もし遠坂達が他のサーヴァントを襲撃する事になったら、俺達も手を貸すよ」

「ありがとう、これで戦略の幅がぐっと広がったわ。……もっとも、今のところ襲撃を掛ける予定は無いけどね。まずはサーヴァントを探す事から始めないと」

「……意外だな、まだ見つけてないのか?」

「流石に情報が少なすぎるし、そうすぐにって訳にはね。……これで話は終わりよ。私達はちょっと町全体を見てくるわ」

 さて、これで不安の種が一つ消えたし、散歩がてら町を練り歩いてこようかしら。まだ時間も早いし、ゆっくり回っても結構余裕があるでしょう。

「じゃあマスター、僕は霊体化してるね」

「ええ……それじゃ、行きましょう」

「ああ、気をつけてな」

 衛宮君の言葉を受け、その場を立つ。とりあえずここから近い柳洞寺から回っていきましょうか。そんな事を考えて、私は衛宮邸を後にした。




今回はいつもより長いです。けどステータス更新はありません。
それと夢の部分ですが、やや演出過多になってますが気にしないでください。



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