factor10
紅い炎が大地から上がり、周囲に火の粉を散らす。パチパチと木材の弾ける音が周囲に響き、時折建物が崩れるような音もする。その火は太陽が西に沈みだしたこの時間帯に、夕日よりも明るく町を照らし出していた。
「そんな……あそこは魔術的防御があるから普通の火じゃ燃えないはず……」
屋敷の主である遠坂凛は、目の前の光景を信じられないとばかりに見つめている。これまで自分が住んでいた住居が灰へと変わっていく様を見ているのだ、その心中には様々な思いが渦巻いているのだろう。
「……火の手の割に野次馬が少ない。焼夷弾が撃ち込まれたのでなければ、ほぼ確実に魔術がらみだろうね」
火柱の周囲には殆ど人が居ない。半径数百m以上に燃え広がるほどの炎が上がっていると言うのに、誰も様子を見に来ていない。いかに高級住宅地でそれほど人が居ないとはいえ、これほどの異常事態だと言うのに野次馬や消防・救急も来ないのはいくら何でもおかしすぎる状況だった。
「……アーチャー、周囲に魔力反応は？」
「間桐邸に痕跡がいくらかあるけど、今凄い勢いで燃えてるから関係ないかも知れない。それ以外は遠過ぎて判別出来ないかな」
遠坂と間桐、冬木の魔術の元締めとも言える御三家の内二つが被害を受けた。魔術的防御を突破したその手並みや状況から考えるなら、この炎はかなりの力ある魔術師に因るものとしか考えられない。
（けれどおかしすぎる、これだけの異常な状況を作れば魔術協会に目をつけられるのはわかりきってる……それなのにわざわざこんな事するなんて、正気とは思えない。何か因縁があるか、睨まれても良い覚悟があるのかしら……）
違和感が拭いきれず、どうしても腑に落ちない凛。魔術師としての鉄の掟とも言える神秘の秘匿を考えない様な者が居るかどうかが既に疑わしい。何処ぞの狂人が焼夷弾を誤爆させたと言う方がまだ現実的とさえ凛は感じていた。
（一番可能性が高いのはキャスターを召喚した奴が魔術と何の関係もなくて、ただ自分の力を誇示するために火を放った場合……けどこの位置に炎を出す理由がないし、偶然にしては位置が的確過ぎる。やっぱり何か明確な意思を持ってやっているとしか――）
「マスター！」
思考を続ける凛に対し、アーチャーが急に声を荒げた。その声のあまりの剣幕に驚き、即座に思考を中断させる凛。
「なな、何よアーチャー！？何かあったの？」
「間桐邸の中から女性が一人出てきた！今は火の手の弱いところに居るけど、助けるならすぐに行った方が――」
最初は威勢良く、少しずつ声のトーンを落としていくアーチャー。そんなアーチャーの言葉が終わる前に、凛は命令を下した。
「――すぐに行きなさい！それでここに連れてきて、早く！」
◆――――――◇
「マスター、連れてきたよ」
「！」
アーチャーが戻ってきた瞬間、私は助け出された女性へと駆け寄った。なぜなら彼女は私にとって、数少ない家族なのだから。
「桜！」
「……ねえ……さん？」
「良かった……無事で……」
……っと、泣いてる場合じゃない、確認しとかないと。服が軽く焦げているけど、それ以外に目立った外傷とかは無いみたいね。少し意識が朦朧としているみたいだけど、どうしたら……
「マスター、彼女はどうする？何処かで休ませた方が良いと思うけど……」
「そうね……普通ならうちで休ませるところなんだけど、あの状況じゃ……」
私の家は今音を立てて崩れていってるし、何処か他に休める場所は……衛宮君の家なら、大きいし魔術師に襲われても対処出来るわよね。男の人の家に年頃の妹を預けるのはどうかと思うけど、今は非常事態だし仕方ないわね。
「……アーチャー、とりあえず衛宮君のところに行くわよ。確か桜とも面識があるはずだし、場合によっては桜を預かって貰うわ」
「わかった。それじゃ、失礼して……」
「……アーチャー？何で私の腰に手を回してるのかしら？」
アーチャーは桜を脇に抱えると、私の腰に手を回した。……まさかとは思うけど、このまま飛んでいくんじゃ……
「だって、二人同時に運ぶにはこうするしか無いじゃないか。何、落ちないようにがっちり掴むし、落ちると思う頃にはもう着いているさ」
「ちょっ、待ってア――」
私の言葉が終わる前に、アーチャーは走り出してしまった。異常な速度と風を切る音によって会話が不可能と判断した私は、不安定さから生じる独特の揺れに身を任せるしかなかった。
◆――――――◇
「お帰り、結局どうなったんだい？」
衛宮邸に到着後、マスターは桜という少女を連れて士郎に会いに行った。その間僕は周辺の警戒をしていたため、会話の内容は聞いていない。出てきた時に少し疲れ気味だったし、何があったのか……
「……何故か私もここに住むことになったわ。それ以外は想定通りに進んだけどね。桜がまだ起きないから、当時の状況を聞くにはまだしばらく掛かるみたい」
「そう……マスター、あれから炎がすぐに消えた。消防が来るよりも先に、雨に降られたわけでもないのにね」
あれだけ大規模な火事が、何の要因も関係なくいきなり消えるなんておかしい。これはちゃんと伝えておかないと後々問題になるだろう。
「！……そう、やっぱりあれは誰かが意図的にやったことなのね……アーチャー、うちと間桐邸の跡地を少し見てきてくれる？」
「……何をすればいい？回収？偵察？」
「使えそうな物を探して回収、周囲に人が居ないことが条件ね。それと犯人らしき人物が居た場合、そいつの後を追って居場所を突き止めて。サーヴァントと遭遇した場合は……アンタが確実に勝てる状況なら倒してきなさい」
マスターが重々しく言い放つ。サーヴァントと遭遇した場合の対応を言うまでに間があったのは、恐らく僕の実力が分からないからだろう。
「了解、すぐに行ってくるよ」
「……アーチャー、うちの屋敷には地下室があるわ。そこにある物がどれだけ燃えていたかもちゃんと確認してきてね」
地下、か。確かに地下にある物まで燃えていたのなら、拠点を壊すだけでなく何かを隠蔽しようとした可能性もある。
「わかった、遅くても三日後までには戻るよ」
マスターに背を向け、身体を霊体化させる。実体化していても良いのだが、視覚や聴覚を使用しないならこの状態でも移動できる。隠密性が高いことを考えれば、極力この状態で移動する方が良いだろう。
◆――――――◇
火事の起きた一帯は、警察の黄色いテープによって立入禁止の状態となっている。しかしその区域の中には警察官の姿は見当たらず、人が入った形跡がない。
「……封鎖はしてあるけど、現場検証はまだ始まっていないか。これまた奇妙な状況だね」
出火の原因が分かっていない火事で、警察の手も入っていない現場。まるで証拠を持っていけと言わんばかりの状況だ。
「とりあえず間桐邸の方は後回しにして……地下の入り口は瓦礫で塞がれているか」
地下室へと続く階段の上には、大量の焼け焦げた瓦礫が鎮座している。まるで山のように配置されたその瓦礫は自然に出来たと言うにはあまりに不自然で、それでいて意図的に作ったにしては自然すぎる位置だった。
「……屋敷を破壊するつもりの攻撃が、偶然こんな状況を作ったのか？……そうすると階段の形が残っているのはおかしいし……」
階段の上には、階段を隠すための金属製の蓋しかない。階段の上には巨大な空洞があり、屋敷全体が大きく縦に裂かれている状態だ。これほどの被害を出すような攻撃を受けて、魔術が仕込まれているとはいえ金属製の蓋が耐えられる訳がない。
「……下の方は建物の壁が残ってるし、斜め上に向けて攻撃を放ったなら考えられるか。炎か風、または斬撃系で行えば火事の付随現象として誤魔化せるだろうし」
きわめて冷静に当時の状況を推察するアーチャー。周囲の破壊の状態から考えると、攻撃を行ったのは英霊と同等の可能性さえ考えられる。
「……さて、地下室の方はっと――」
アーチャーは一度思考を中断し、マスターに頼まれた仕事をこなす事にした。瓦礫を退け、階段を下りた先にアーチャーが見たのは――
「――金庫？」
横倒しになり、自己主張するかのように黒光りする金庫だった。
お久しぶりです、前回投稿から随分間が空いてしまいました。
最近は少し余裕が出てきたので、もう少し間隔を短く出来ると思います。
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