factor14
光。一面の白。いっそ鬱陶しささえ感じられる暴力的な視界に、怒りさえ抱きつつ目を開ける。
「……いつから寝てたっけ」
凛は自身の記憶と状況を照らし合わせ、一つの違和感に気づく。自分はアーチャーと話していたはずだが、何時布団に戻ってきたのか。記憶がはっきりしているのは、アーチャーが自分の存在がどうとか言ってたところまでだった。
「おはようマスター。調子はどうだい?」
「……乙女の寝起きに来るなんて、趣味が悪いんじゃないかしら?」
いつの間にか、部屋の隅にアーチャーが立っている。別にそれ自体は良いが、気分が乗らない凛はわざと棘のある言い方でアーチャーに指摘する。
「ごめん……でもそろそろ時間だから」
「あら、もうそんな時間だったの?」
アーチャーはそんな凛の様子に何も言わず、ただ用件だけを伝える。時間が迫っていることを聞いた凛はすぐに立ち上がり、服を着替えようとする。しかし布団を上げて見ると、自分は既に外出用の服を着ている。彼女は昨夜この服でアーチャーと話していた事を思い出すと、身だしなみを整えつつアーチャーに問いかける。
「アーチャー……私昨日のこと途中までしか憶えてないの。存在の話の後、アンタは何をしたの?」
「……あの後マスターが寝ちゃってね、流石に着替えさせるのは無理だからそのまま布団を掛けたんだよ。悪かったとは思うけど……」
凛が洗面所の鏡越しにアーチャーの姿を見ると、若干申し訳なさそうに言っているように見える。恐らく嘘は言っていないのだろうが、凛はまだ釈然としないようで、黙々と顔を洗っている。
「――まあ良いわ、今日は大事な日だし」
キュッ、と音を鳴らして蛇口を閉める。今までの行動から考えて、こいつに精神操作系の能力は無い。それに昨日の話はしっかりと憶えている。何も問題はない――彼女はそう考えた。
「さあ、バーサーカーを倒すわよ!」
◆――――――◇
「――僕は、この世界に存在していなかった」
たった一言だった。ただ自分に何が起きたかを伝えたかった。けれどそれを伝えるのは、明日を超えてからでも十分だった。
「……何よそれ」
瞬く間にマスターの表情が変化する。先程までの和やかな雰囲気が、途端に怒気を含み出す。
「存在しないって……アンタは私に召喚されたじゃない!馬鹿言ってんじゃ――」
「どうしても記憶と食い違うんだ!僕がこの世界に存在したのであれば、ゴトウが居て、トールマンが居て、レジスタンスが動いていて……それに!」
マスターに信じて貰いたくて説明をするけど、現実味が無く説得力が薄い。当たり前だ、いきなり誰か分からない人の名前や馴染みのない反政府組織の話なんてされても、実際体験してきた僕だって信じない。
「――西暦2000年を向かえる前に世界は滅んでいるはずなんだ!」
「……はっ?」
そこまで口走って、ようやく自分が何を言っていたかに気づく。明らかに伝える必要のない内容だ、マスターにはどうしようもなく、全く関係ないというのに……
「何、世界が滅ぶって……今までも常軌を逸してたけどこれは……」
いけない、結構混乱してるみたいだ。ここからちゃんと説明し直すのは大変そう――
「――うぐぅ!?」
「マスター!?」
何だ、マスターが突然苦しみだした!?頭を抱えた状態でその場に蹲り、歯を食いしばって苦痛に耐えている……
「……この魔力、まさか!」
COMPを起動し、マスターに向けてアナライズを行う。人間であるマスターの反応とは別に、見覚えのある悪魔の情報が画面に映し出される。画面に映し出された名前は、『鬼女アルケニー』。
「……誰が仕掛けてきたか知らないけど、良い度胸じゃないか。久々にイラッと来たよ」
かつての友人に施したのと同じ悪魔、同じ方法で仕掛けてくるなんて……僕に対する嫌がらせ以外に考えられない。本来伝承においてアルケニーに精神をどうこうする能力なんて無いのだから、こちらの過去を知りでもしない限り執れない手段だ。
「さっさと撃退して、魔力の痕跡をたどらせて貰うよ」
既にマスターは苦痛で意識を失っているようだ。確認を終えると共にチャクラドロップを口に含みつつ固有結界を部分展開、マスターと自分を覆う程度の小範囲だけに詠唱無しの簡易展開を行う。視覚的には何も変わっていないが、これにより条件は整った。再現するのは、未だマスターにも教えていない能力の一つ。
「――再現、『サイコダイバー』」
◆――――――◇
「――それで、結局何分持ったって?」
「……五分三十秒、あの霊格にしては十分頑張ったというところですか」
柳洞寺の一角で、二人の男が話している。どちらも現代社会に適合しようという努力が微塵も感じられない姿で、それぞれ『アヴェンジャー』・『セイヴァー』と呼ばれていた。
「まあ、そんなもんか。俺はその戦いに参加して無いから知らねぇが……アイツキレると思うか?」
「かなり頭に来たと思います。あの一件は結構体力的に辛かったらしいので」
「体力的にって……まあ良いか。で、実際の所首尾はどうなってる?」
二人の超人は、まるで友人同士のような軽い会話を続ける。もっとも、アヴェンジャーの目にはうっすらと敵意の光が灯り、セイヴァーは全く声に抑揚がない。それぞれの間には埋められぬ深き溝があるのは、二人の間柄を知らぬ者から見ても明らかだった。
「当初の予定は果たせたそうですよ。アルケニーに取り憑かれた魔術師は、一部の記憶が消えたり印象が変わったりしているそうです……しかし、実際にどの記憶に干渉したかまでは分からないそうですね」
「……ったく面倒くせぇ、さっさとアイツをぶっ殺しちまえば良いじゃねぇか」
「そうもいきませんよ、彼にはバーサーカーを倒すまでは残って貰わないと」
「わかってるけどよぉ、暇で仕方ねぇんだよ」
二人は自分の置かれた状況を良く理解していた。今自分達はとある聖遺物の争奪戦の駒であり、アーチャーもまた同じく駒として扱われている。自分達を召喚した者の願いを、自分達の願いを叶えるためにも、まだしばらくアーチャーを泳がせておく必要があるのだ。
「僕達ではバーサーカーとは相性が悪いですからね。もちろん彼に負けるつもりはありませんけど」
「いっそ今のうちに他の勢力を潰しにいった方が良いと思うんだがね……あー、面倒くせぇ」
そんな二人の後ろにある一室からは、絶え間なく物音と共に一組の男女の声が聞こえてくる。その内、罵声を浴びせている男は彼らの召喚者であった。
「……あーあー、趣味のわりーこって。雑魚がやられたのは召喚した奴のせいじゃねぇってのに」
「確かに婦女暴行はいただけませんが、相手は裏切りの魔女です。上下関係をはっきりさせるのも今後のためには良いでしょう」
「けっ、人質取ってるだけじゃ足りませんってか?法の守り手様は随分過激な思想をお持ちで」
「……聞き捨てなりませんね、堕落と自由をはき違えた君にだけは言われたくない言葉だ」
先程までの和やかな雰囲気が消え失せ、殺伐とした空気が辺りに広がる。心なしか先程より二人の距離が離れているようにさえ思える。
「「……」」
二人の間で睨み合いが続く。アヴェンジャーは手元の刀に力を込め、セイヴァーは左手に薄く風を纏わせる。この状況を一言で表すとするなら、一触即殺とでも言うべきか。
「……止めましょう、今やっても互いに益が無い」
「同感だ、テメェよりアイツと戦いてぇしな」
二人が戦闘態勢を解き、先程までと同じような和やかな空気に戻す。しかしお互いに釈然としないようで、いささか表情に曇りがある。二人がそんな微妙な距離感に苛立ちを感じると、部屋からの声と物音が途絶える。
「ようやくフィニッシュか、案外長かったな」
「……これであの魔女も、しっかりと自分の立場を弁えるようになるでしょう」
二人の超人は、自らの主の行動に各々の感想を述べつつ、近いうちに戦うであろうアーチャーの事を思い浮かべた。同じ人物を思い浮かべているはずの二人の表情は、異様なまでに対照的だった。
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