factor16
「ぬぉおおお!」
「■■■、■■■■、■■■■――――!」
城中にアトラスの怒声が響き渡る。バーサーカーは拘束を解こうとしているが、アトラスの剛力がそれを許さない。伝承においてほぼ同格とされる以上、今までのような圧倒的な差が存在しないのだ。
「あ、あ、アトラスって……本物の神霊じゃない!人間に召喚出来る存在じゃない……」
イリヤはあまりの事態に呆然としている。事実、人の範疇にある英霊を呼び出すのでさえ聖杯の補助を受けなければ行えないのだ。純粋な神霊を呼び出そうと思ったら、国規模の儀式を起こしても可能かどうか怪しい。だと言うのに、眼前の青年はいとも容易く召喚して見せた。常軌を逸したその光景は、彼女の思考速度を著しく下げる。
「あ、アーチャー?これは一体……」
「……さっきの令呪が、最後の記憶を埋めてくれた。思い出したんだ、名前も、腕の機械の意味も」
かたやアーチャー陣営はと言うと、どうやら元々召喚する予定ではなかったようだ。凛は混乱しているようだし、アーチャーは動かずに左腕の機械を操作している。
「意味……まあ良いわ、使えるなら使いなさい!」
「ああ……来い、ガンガー、パワー、ケルベロス」
アーチャーが言い切ると同時に、アーチャーの周りに魔力が渦巻く。魔力はそのまま獣と龍と天使の形を成し、その姿を顕現させる。蒼い鬣の獣がアーチャーの横に陣取り、更にその後ろに人面の龍と槍を持った天使が控える。
「――行こう、パスカル」
「……バウ!」
アーチャーがパスカルと呼んだ獣の上に跨がる。心なしかパスカルが微笑んだように見える。
「彼は、一体……」
そんな状況の中で、一組だけ流れに乗れず動けない組がある。私――セイバーとそのマスター、シロウだ。私は先程吹き飛ばされてからの展開について行けずに動けずにいた。目の前で呼び出された存在は、自分達英霊を優に超える神霊達。それを意のままに操るアーチャーに、私は幾ばくかの恐怖を感じた。
「セイバー、大丈夫か?」
シロウがこちらへと近づいてくる。あれほどの神霊達が召喚されたというのに、彼は何も感じていないのだろうか?
「シロウ……あなたは何も感じないのですか?」
「ん?何がだ?」
……そういえば、シロウはそれほど魔術と関わりない生活をしてきたのだから、特別には感じないのかも知れない。魔術に詳しい人間であれば、アーチャーのやったことが常識外のことだと分かるだろうが――
「……いえ、何でもありません」
――今はその無知さが、恐怖に震えた心に暖かく感じた。
◆――――――◇
「――バーサーカー、早く振り解きなさい!」
イリヤがバーサーカーを急かすが、アトラスは一向にバーサーカーを離そうとはしない。今動かれると壊滅の危機があるので、アーチャーがアトラスに命じたのだろう。
「このまま一気にたたみかけなさい、アーチャー!」
「召喚者に勝利を!『タルカジャ』!」
私の号令を受けた瞬間、アーチャーの後ろの天使が何かを叫んだ。それと同時に魔力がアーチャー達に集まり、吸い込まれていく。
「再現、『布都御霊』……行くよ!」
「アオーン!」
アーチャーの乗ったパスカルが飛び上がる。……しかしパスカルと言えば、夢の中でアーチャーらしき男の子が呼びかけていたハスキー犬じゃなかったかしら?この辺も後で聞いてみよう。
「アトラス!」
「分かっておる、ぬぅぅぅうううん!」
剣を振りかぶった状態のアーチャーが、アトラスに声を掛ける。アトラスはすぐに振り返ってバーサーカーを掲げ――
「■■■!?」
「「腕を引きちぎった!?」」
「でぇい!」
バーサーカーの腕を引きちぎって、その後一拍おいてアーチャーが心臓を貫いた。さっきまで見た感じだとアトラスはバーサーカーの腕を引きちぎれるほどの力は無かったようだったけど、何が起こったの!?
「ば、バーサ――」
「再現、『天叢雲』」
胸の傷が治る直前に、アーチャーが再現した剣で頭を割る。一拍おいた為なのかは分からないが、バーサーカーの腕は再生しない。
「再現、『雷神剣』、『風神剣』」
即座に手元の剣を手放し、新たな剣を再現する。雷を纏った剣で袈裟懸けに、風を纏った剣で横一閃に切り裂く。再生は行われるものの、やはり両腕は戻らない。これで命の残りは六つ。
「限界再現、『秘剣火之迦具土』」
「■■――!」
アーチャーが新たな武器を再現したとき、周囲の空気が変わる。炎をそのまま剣に変えたような剣は、再生中のバーサーカーの表情を緊張感あるものへと変えた。
「喰らえ!」
アーチャーが剣を振った時、まるで腕が増えたかのような錯覚を受ける。四つの軌跡が描かれ、すべて直撃すればそれぞれ頭・胴・首・心臓を切り裂く軌道を辿っている。剣圧が凄かったのか、それとも斬撃で柱が壊れたかは分からないが、土煙が巻き上がる。
「圧倒的……いや、これはもはや一方的な殺戮ではないか!」
壁に埋まっていたセイバーがよろよろと歩きながら叫ぶ。相性が良いとは思っていたけど、まさかここまで一方的な展開になるなんて……
「――噛みつきなさい、バーサーカー!」
「■■■■■■■■■■■――――!」
突如、バーサーカーが雄叫びを上げてアーチャーに飛びかかり、右腕に喰らいついた。深々と刺さった牙の様子から、その傷は筋肉を断ち切り骨にまで届いていると推測できる。
「あ、アーチャ――」
「やれ、セイバー!」
心配するセイバーの声を遮って、アーチャーが叫ぶ。その言葉で思い出したのか、セイバーが剣の封印を解いて構える。
「……『約束された――」
「!いけない、バーサーカー!」
振りかぶったセイバーを見て、イリヤがバーサーカーに指示を出す。けれどバーサーカーの牙は深々とアーチャーの腕に刺さっていて、すんなりとは抜けそうにはなかった。アーチャーが腕の筋肉に力を込めているのも一因となっているかも知れない。そしてそのまま――
「――勝利の剣』!」
セイバーは剣を振り下ろした。剣からは途方もない量の光が迸り、その光はアーチャーの腕毎バーサーカーを切り裂いた。
◆――――――◇
「そんな……バーサーカーがこんなに簡単に……」
イリヤの目の前で、バーサーカーが光へと変わっていく。セイバーの放った一撃がバーサーカーを完全に倒した証拠だ。疑似餌のような役割をしたアーチャーは、完全に右腕がばっさりと切り取られている。
「イリヤ……」
「……確かに私達の負けよ。けど、これでアーチャーは右手を失った……治すにはかなりの魔力と時間を必要とするはずよ!」
イリヤが気丈にこちらを睨み、アーチャーの現状を嫌みっぽく言う。客観的に見ればただの負け惜しみなんだが、実際にアーチャーの腕の傷口は熱量と衝撃でずたずた、治すのはかなり難しいと思える。
「例の機械端末を操作するには右腕が必要だし、そこの神霊達を出し続ければマスターの魔力が枯渇するのは目に見えてるわ!そんな状態で他の参加者と戦える――」
「ガンガー」
アーチャーがさっき召喚した人面龍を呼んだ。右腕を拾い上げ、傷口に近づける。
「ああ、痛々しいお姿……『メディアラハン』!」
龍が言葉を言い終えた瞬間、暖かい光が辺りを包み込む。アーチャーの腕が接合され、見る見るうちに元の状態にまで修復されていく。それどころか吹き飛ばされたセイバーの細かな外傷も、たった数秒で完全に治癒された。
「……は?」
「……凄い、私が受けた傷も完璧に治っている。これは一体……」
イリヤもセイバーも、あまりの事態に驚いているようだ。俺自身先程の光景に目を疑っている。いくら魔術が存在すると言っても、さっきのあれは度が過ぎる。
「――お疲れ、みんな。パスカルも……」
「バウ!」
アーチャーは召喚した連中を労っているが、まだこちらに説明する気は無さそうだ。遠坂はと言うと、そんなアーチャーの姿に溜め息をついている。
「何はともかく、これで――」
「っ、アトラス!」
一瞬。俺が言葉を放とうとした瞬間に、アーチャーが叫んだ。アトラスが立ち上がり、大の字に身体を広げる。
一拍おいて、ドスドスドスと生々しい音が辺りに響き渡る。巨漢であるアトラスの先に、敵意を持った何者かが居ることは明白だった。
「――ほう?塵芥にも満たない雑種の分際で、この我の道を阻むか」
アトラスが前のめりになり、光へと変わる。その先には、異様な気配を持った一人の青年が立っていた。純金を糸にしたかのような美しい金髪と、恐怖さえ感じさせる深紅の瞳がその身に不思議な”凄み”を与えている。
「馬鹿な、何故あなたが――」
セイバーはアイツの姿を確認した途端、まるで幽霊でも見たかのような表情になる。一体アイツは――
「――『刺し穿つ死棘の槍』!」
「っ!」
アーチャーの居た方向から、男の声が聞こえた。振り向いて見ると、青い槍兵がアーチャーの脇腹を掠めるように槍を突き立てている。そしてそいつは、俺自身にも因縁がある相手だった。
「ちっ……本来なら心臓を貫いてるはずなんだがな」
「ランサー、やっぱり仕掛けてきたのね……!」
忌々しそうに呟いて、ランサーが飛び退く。青年の少し後ろの辺りに着地して、再び槍を構えた。
「――君達の予想外の奮闘、しかと見させて貰ったよ。この短期間でライダー・バーサーカーの両名を倒したことは驚嘆としか言いようがない」
二人の男の後ろから、微笑を称えた偉丈夫が現れる。黒い雰囲気を持つその男は、一歩一歩勿体つけるように前へと出てくる。この男に関しても、俺は見覚えがあった。
「だが、それ故に君達にはここで退場して貰わねばならない。このまま君達が易々と聖杯を手に入れるのは私にとっていささか不本意なのでね」
「っ、綺礼ぃ!」
聖杯戦争の監督役にして言峰教会の神父、言峰綺礼がそこに居た。
あとがき
今更ですがランサーの宝具名を修正しときました。
展開早くなってます、巻きの段階に入ってきました。
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