factor20
\トウキョウミレニアム ヴァルハラ・コロシアム\
「――勝者、『ザ・ヒーロー』!コロシアム初代チャンピオンは、やはり彼だったぁ!」
「「「ワァァァァァァァァアアアアアアアア!」」」
響く大歓声。集う視線。その全てが彼の勝利を祝福している。……そのはずだった。
しかしこの歓声は悲鳴の、視線は疑念の変形であることを彼は知っていた。その事実を考えるだけで、周囲の反応が悪意の塊にしか感じられなかった。
彼の眼前に倒れる男は、肉体的には確実に彼を上回っているだろう。しかし一切手出しできず完膚無きまでに叩きのめされ涙を流している。それもまた、彼の異常さを示していた。
彼は思う。そんなに自分に勝ちたかったのかと。勝てば今の自分の立場になるだけなのに。救済を強要され、助ければ化け物と揶揄されるのに。そんなにここに立ちたかったのか?
そんな考えを捨て去り、目の前の男に輝く宝玉を渡して入場口へと戻り出す。その目に光はなく、左腕に装着された機械を操作しながら呟く。
「――疲れた」
◆――――――◇
「――っ、一体何が……」
遠坂凛が目を覚ますと、そこは瓦礫の山の中だった。巨大な白い光にセイバーが宝具を使ったのまでは憶えているが、そこから先が思い出せない。
「あ痛たた……どうなったんだ?」
近くの瓦礫から衛宮士郎が顔を出す。大きめの瓦礫が肩を打ったのか、肩を気遣いながら立ち上がる。その行動に促されるように上へと視線を動かすと、周囲の壁が殆ど消し飛んでいることに気づく。
「ぷはっ!……我ながら良く生きてたわね」
次いで、イリヤが粉塵を突き破って現れる。バーサーカー撃破から完全に存在を忘れられていたが、運良く大きな瓦礫に潰されずに済んだようだ。
「シロウ、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……セイバーも無事みたいだな」
周囲を確認していたらしきセイバーが、士郎の元へと来る。白銀に輝く鎧には傷一つ無いが、その表情には憂鬱さがありありと表れている。
「マスター、周囲に敵影無し。下手人は既に逃げ出した後みたいだね」
「そう、偵察ご苦労様……さて、色々と説明して貰うわよ」
「もちろん。とりあえず一度撤収して、腰を落ち着けて話をしようよ」
宝具の使い手を確認しに行っていたアーチャーも戻ってきたようで、目立った外傷も無い。細かい瓦礫の下には気絶した言峰綺礼も転がっており、あの一撃での死傷者は居ないようだ。
「こいつはどうするんだい、マスター」
「……とりあえず連れて行くわよ。こんなのでも一応情報くらい持ってるだろうし」
凛の言葉を受け、アーチャーが言峰を抱え上げる。体格差から端から見ると不安定にも程があるが、重心を欠片もぶらさずに歩いている。
「イリヤ、アンタも一緒に来なさい。ここよりはマシでしょうしね」
「う……わかったわよ、もう戦闘力も無いし抵抗はしないわ」
居心地悪そうにしていたイリヤに声を掛け、一同は衛宮邸へと向かう。
◆――――――◇
「姉さん!」
「さ、桜!?あんた寝て無くて良いの?」
うちに帰ってきてみれば、寝かせておいた桜が起きていた。無事に動き回れるなら良いんだけど、本当に大丈夫か?
「桜、もう身体は大丈夫なのか?」
「はい先輩、ゆっくり寝たからもう大丈夫です!」
にこりと笑いながら、元気そうなポーズをとる。完全にいつもの桜だ。これが空元気でなければ良いんだけど……
「ところでその……後ろの方達は一体?」
「えーと……とにかく中で話すよ。桜の話も聞かないといけないし」
セイバーやイリヤはともかく、言峰を抱えたアーチャーなんかは明らかに人目を引くからな。さっさと中に入ってゆっくりしたい。
「わかりました!さ、姉さんも中へ行きましょう」
「ええ、わかったわ」
◆――――――◇
居間に着くと、七人の男女が机を囲んで座り込む。桜を中心にアーチャー組とセイバー組が左右に座り、正面に言峰とイリヤが腰を下ろす。一人で座っている桜は少々士郎よりの位置に着いている。
「さて、情報の整理をしましょうか。イリヤ、まずはあんたからお願いね」
「はいはーい、敗者は敗者らしく協力しますよーだ……私はバーサーカーを失って脱落、同盟も組んでないからこれ以上聖杯戦争に干渉出来ない立場ね」
「同じく、ランサー・ギルガメッシュ共に失い手駒ゼロ。監督役としての職務はあるが、参加者としての能力は全て消えたと見て貰って構わないな」
イリヤに続き、言峰が自分の状況を語る。元々自信があったから同盟を結ばなかったのだが、壊滅した今では結んでおけば良かったかと二人共に思う。
「俺達は一応問題は無い、よな?」
「ええ、後はキャスター陣営さえ倒せば何の問題も無い……はずよ」
アーチャー・セイバー組は既に4騎のサーヴァントを降し、勝利に王手を掛けている。が、あの城ごと消し飛ばした宝具の使い手がキャスターとなると、次の戦いも厳しいものであると予感させる。
「後は……桜が直面した火事の話ね」
「それは……」
凛が口にすると、桜が言いよどむ。どれだけ元気に振る舞っても、昨日の今日に巻き込まれた火事のことを話せと言われれば動揺する。それが自分の命に関わることならなおさらだ。
「頼む桜、教えてくれ。こんな事をする奴を放っておく訳にはいかないんだ」
「……あの…火事は――」
士郎が手を握って説得すると、ぽつりぽつりと桜が語り出す。明らかに近い距離に頬を赤らめる桜を見てイリヤが不機嫌そうに顔をしかめる。
「――あれは、兄さんがやったんです」
桜の言葉が響いた瞬間、場は静まりかえる。間桐慎二の脱落は全陣営がそれぞれ確認しているのだ。その上確認されている限り、ライダーに火炎系の異能は存在しないはずである。余りに荒唐無稽、事実との食い違いが大きい。
「慎二が……やったのか」
「はい……あれは、兄さんが帰ってこなかった日の翌日でした――」
◆――――――◇
「兄さん!昨日はどうしたんですか?お爺様がもう駄目かと言っていましたが……」
居なくなった兄さんが帰ってきたとき、兄さんは異様なまでに落ち着いていました。魔術師同士の戦いで負けたからと、お爺様は探す必要が無いと言っていました。そんな風に言われたので、私は不安でたまりませんでした。
「――ああ、ごめんな桜。ところで爺さんは何処にいる?」
「え……奥でお茶を飲んでますけど……」
「そうか……ちょっと話があるから、桜は来ないでくれよ」
「はい……わかりました兄さん」
兄さんはにこやかに、けれどしっかりと言い切りました。私に聞かれたくない話をしたいのだと思ったので、すぐに自分の部屋へ戻ろうとしました。
「ああ―― それと、今日は衛宮のところに行くのか?」
「……はい」
兄さんは先輩と仲違いをしていたので、てっきり怒られるのだと私はその時思いました。けれど兄さんは――
「――衛宮の奴によろしくな。今日は夕飯の事は気にしなくて良いから、ゆっくりしてこい」
とても穏やかな顔で、そう言ってくれました。ここ最近は苛立っている事が多かったので、少し怖がり過ぎていたのかも知れません。
それから5分くらいして、そろそろ出かけようとして玄関に着いたとき、それは起こりました。
「――じゃあな、爺さん」
兄さんの一言が聞こえたとき、何か嫌な予感がして蹲りました。直後、頭の上を熱い何かが通り過ぎるのを感じました。遠くで爆発のような音がして、しばらくしてとても強い風が吹きだしたんです。
「なに、が――」
顔を上げると、私より上にあった物は全部焼け焦げていました。壁も天井も音を立てて崩れて、周囲には炎に焼かれる物しかありませんでした。
「ハハハ、ハハハハハハ……アーハッハハハハハッハハッハハハハ!」
居間の方で兄さんの笑い声が聞こえて、これが兄さんが起こした事だと感じました。だから、私は兄さんを置いて、家から出ました。玄関から出ても周りは火の海で、煙と熱で意識が朦朧としながら走りました。
◆――――――◇
「――屋敷の敷地から出そうなところでそこの……アーチャーさん?に助けられて、姉さんのところに連れてきていただいたところまでは憶えてます」
「……ありがとう桜、おかげでかなり情報が絞れたわ」
桜が語った内容は、実に衝撃的なものだった。あの大規模な火事は、間桐慎二によって引き起こされたものだった。方法も何もわからないが、実行犯がわかればいくらかの対策は出来る。
「なぁ遠坂……そんな事が出来ると思うか?」
「彼一人じゃ無理でしょうね、何者かが関与してる可能性が高いわ」
超広範囲の建築物を炭化させるほどの熱量を、一定範囲で完全に制御する程の魔力と技量。どちらも間桐慎二が持ち得ないもので、人間業とは思えないものでもあった。既に配下の英雄を失った彼に行えるような事象ではなく、絶対に何かが関係している……はずなのだが。
「と言っても、裏で手を引いてそうなのが大体ここに揃っているのよねぇ……」
「おいおい、いくら何でも失礼ではないかね?」「同感だけど、こいつの扱いに関しては正しいと思う」
そう、裏で糸を引いている印象のある監督役の綺礼が何も干渉していない。イリヤも同様に関係なく、間桐の当主もあの火事で死亡。遠坂に至っては私だけだが、もちろん関わっていない。御三家も監督役も裏にいないのならば、必然的に――
「――キャスター……ね。魔力量的に考えても妥当ではあるんだけど……」
「キャスターの情報が一切無いのが痛いですね。城での一件から相手はこちらを捕捉しているでしょうし、このままだと一方的に攻撃され続けるでしょう」
今次の聖杯戦争において、一切の露出がないキャスター。次に情報の少ないアサシンでさえ、真名までわかっている。だと言うのにキャスターの姿はこの場にいる誰も確認していないのだ。
「こうなると、相手が動くまで僕達も動けないね」
「多分何処かの霊地にいると思うんだけど……今から調査して間に合うかしらね」
「まあ、今は捨て置く他あるまい。それより彼女の話が終わったのなら――」
言峰が桜から視線を外し、アーチャーの方を見る。理不尽なまでの戦闘力、いくら何でもと言いたくなる逸話再現による防御、更に謎の攻撃を即断して防ぐ知識。未だその正体をつかめないが故に、不可解な事が溜まりすぎているのだ。
「――ああ、僕の話をしよう」
――異分子から平行世界が語られる。
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