アヴェンジャーの朝は早い。これは生前からの習慣みたいなものだ。

 といっても、英霊となった今では睡眠と食事の必要はほとんどないといっていい。

 魔力の放出を抑えるために寝るというのもあるが、充分な魔力供給を受けているため、必要はない。

 もっとも、部屋の片づけに時間がかかり、寝ようとしても寝られない状況だったというのが正しいか。

「……これで充分か」

 腕に抱えたソファを床に下ろし、軽く肩を回しながら朝焼けの差す部屋を眺める。

 アンティークの掛時計を見れば、短針が七時を指している。

 時計から視線を剥がし、改めて周りを見渡す。

 魔術を行使できないアヴェンジャーでは、自分が開けた大穴と破壊した調度品は直せなかった。

 とりあえず、そこは凛のお陰でなんとかなった。

 ただ、金談義をすべきではなかったと反省してはいるが……いや、もう忘れよう。

 あれは悪夢だ。死んでからも悪夢を見るとは思わなかった。

 苦笑を浮かべつつ、模様替えの終わった部屋を後にしてキッチンへと向かう。

 深夜のうちに屋敷内の構成は自分の足で確かめてある。

 問題なくキッチンへたどり着いたアヴェンジャーは、包丁を手に取る。

 肉体という概念を失ったからか、ナノマシンによる感覚阻害がなくなったため、五感全てが明瞭だ。

 なぜかボソンジャンプとIFS操作は使えるらしい。もう体の一部となって概念化してしまっているのだろうか。

 これではA級ならぬS級ジャンパーといったところか。

 このバイザーは外してもいいのだが、何年も着けていたせいか愛着が沸いてしまっている。

 しかし、これから考えることはこれからの聖杯戦争についてだ。

 元来魔術師でなかったアヴェンジャーには対魔能力など無いに等しい。

 英霊となってそれなりに対魔力もついているが、そんなに強くは無い。

 英霊中最弱といわれているキャスターでさえ、対魔力が底辺なアヴェンジャーの天敵になり得るのだ。

 強力な魔術が直撃したら、ひとたまりも無い。

 そんなことを思いながらも冷蔵庫から食材を取り出し、まな板の上に広げる。

(朝食……いや、食材を調理すること自体が久しぶりだな)

 そんな感慨を抱きながらも包丁を手に持つ。

 刀などの武器とはまた違う、久しぶりの感触に目を細めつつ、光を受けて銀光する刀身を見つめる。

「……む」

 しばしの間刀身を眺めながら、呟く。

 そういえば、手持ちの武器は銃器だけだ。もしも接近された場合、銃だけで対処できるかどうか。

「武器の調達もしておくべきか……」

 思い立ったが吉日。ひとまず包丁を置き、アヴェンジャーは屋敷の外へと出向いていった。



Fate/the prince of darkness
第一話――青の槍兵――



 遠坂凛の寝起きは壊滅的なほどに悪い。

 アヴェンジャー朝一番の感想だ。

 目の前で朝食を食べる彼女に、アヴェンジャーは人知れずため息を吐いた。





 それは朝食を作り終えて、何時までも起きてこない凛を部屋まで呼びに行こうかと考えたときだ。

 エプロンは残念ながら無かったので、仕方なくこの家のものを拝借した。

 色は赤かった。どこまでも赤かった。というか、部屋の中もカーペットからして赤い。

 と、そんなことはどうでもいい。

 流石にかさばるのでマントは外してある。

 黒いアンダースーツの上に赤エプロン。なんともシュールだ。

 さて、前置きはもういいだろう。

 容姿からしてまだ未成年な凛は、平日なら学校に行かねければならないはず。

 朝食を作り終え、ソファに座って紅茶を淹れる。

 緑茶が飲みたかったのだが、生憎と紅茶系統しかなかったのだ。

 これでも先祖は日本人。日本人としての意識は、僅かながらもあるのだ。

 紅茶を飲みながら時計に視線を移すと、その針はしっかりと九時を指していた。

 しかし、太陽の位置からしてまだ九時というのはおかしい。

 念のため、電話の時報で確認したところ、時計の針が一時間進んでいるのがわかった。

 折角なので居間の時計だけは直しておいた。この時計だけがこの家の中で一番信頼できる。

 この調子だと他の部屋の時計も狂っている可能性がある。直すべきだろう。

「八時を過ぎた……起きてこない。まったく……」

 紅茶の入ったカップをテーブルに置き、座っていたソファから立った時だ。

 ガチャリというノブを捻る音。目の前のドアが開いて何かがゆらりと現れた。

「……ぅぁー」

 なんか呻き声も出ている。

「……凛、なのか?」

 思わず尋ねる。自分を召喚したときの凛々しさはどこへ行ったのだろう?

 眠いからといって令呪を一つ使いそうになるほどの勢いで、

『今後一切私に口応えするな!』

 と、叫んだ彼女はどうしたのだろうか?

 少なくとも、上体をふらふらさせてなおかつ胡乱な目つきをしている彼女は記憶にない。

 あれだろうか? 昨日…いや今朝、自分が落ちてきた大穴を直すのに魔術を使ったせいだろうか。

 瓦礫掃除や装飾品の配置などは手伝ったのだが。

 ……なるほど、魔術を使った後の人間はこうも疲れ果ててしまうのか。

 英霊たる自分も召喚した後のことだし、疲れ果てるのも頷けるか。

 そんな事を考えているアヴェンジャーに、彼女は緩慢な動作で向くと、

「…何か飲むものある?」

 一瞬紅茶に視線を落とすが、一人分しか用意していない。

「牛乳が確かあったはずだ」

 今朝、冷蔵庫を開けて目にした牛乳のパックを思い出す。

「……頂戴」

「了解」

 頷き、アヴェンジャーは居間を出ると冷蔵庫を開けて牛乳のパックを取り出す。

 棚からコップも取り出し、居間に戻る。

 ソファに座っていた凛の眼前テーブルにコップとパックを置く。

「ほら」

「……ん」

 すると彼女はパックを手に取ると腰に手を当てて一気に飲み始めた。

 なんというか、漢らしい。

「ぷはぁっ」

 ほんと、漢らしい。





「で、あんた誰?」

「寝ぼけているのか? 君が召喚したサーヴァントだ。顔を洗ってきたほうがいい」

「んー? ああ、そういえばそうだったわね」

 ……幸先不安だ。





「で、なんでサーヴァントが朝食なんて作ってるの? しかも私が作ったものよりおいしいし…」

 先程までとは違って割りと凛々しい。何時もの彼女はこうなのだろう。

 凛は朝食をつつきながらじと目でアヴェンジャーを見つめている。

 それを聞いてアヴェンジャーはああ、と反応し、

「料理は俺が生きてる間の仕事だったからな。久々に腕を振ってみたかっただけだ。これでも、屋台を引いていた」

 そう言って肩を竦める。

「へぇ、英雄が屋台ねぇ。まあ、それはいいわ。でもね、今私が一番気になってるのは…」

 ビシッという効果音が響くだろう勢いで人差し指をアヴェンジャーに突きつける。

「気になってるのは?」

 アヴェンジャーがオウム返しに問うと、ご近所迷惑甚だしい大声で、

「なんでそんな変質者みたいな格好してんのよ!?」

 その声はアヴェンジャーの両耳から脳に入り込み、頭を混乱させた。

 そして心に大きな傷痕を残す。『変質者』…ショックだ。心のディストーション・フィールドは実弾系に弱い。

 彼女の言葉は強力な実弾。だが、英霊になった身、その程度ではめげない。

「何が変態なんだ……?」

 少し引きつってはいるが、昔と同じ声音で尋ねてみる。

 追記しておくが、『変質者』とは言ったが誰も『変態』とは言っていない。

 ここら辺、自覚が多少なりともあるのだろう。

「そのタイツみたいなのとエプロン! 怪しいったらありゃしないわ。他に着替えはないの!?」

「英霊にそんなものを求めないでくれ」

 そう、これは限定礼装。

 れっきとした防具なのだ、一応。おいそれと脱ぐわけにはいかない。

「じゃあ、さっさとあのマント着なさいよ」

 ソファの端においてあるマントを指差す。

「暑苦しい。それに、エプロンが付けられないだろ?」

「今は冬だからその方がマシよ」

「そういうものか?」

「そういうものなの! …はぁ。まあ、いいわ」

 どこか疲れた表情で再び朝食に取り掛かる。

 だが、少し視線を動かすと紺色の細長い袋がアヴェンジャーの座るソファに置いてあるのが目に入る。

 確か、昨日まではなかったはず。

「……それ、何?」

 アヴェンジャーの傍らに置いてある、袋に包まれた長い棒のようなものを指差す。

「これか?」

 袋の口からちらと見えるのは、質素な装飾の施された柄。

「刀に見えるんだけど」

「ああ…もちろん、真剣だ」

 袋から鞘に納まった日本刀を取り出し、テーブルの上に置く。

「あんたの宝具じゃないわよね……どこから取ってきたの?」

 額を右手で押さえながら、凛が尋ねる。

「博物館から盗ってきた。どうだ? 中々いい刀だろう?」

 さらりととんでもない事を言いながら紅茶の入ったカップをテーブルに置き、刀を鞘から抜いてみせる。

 白刃が電灯で煌めき、地沸の鮮やかさを窺うことができる。

 中々の名刀と見て取れるが、刀の知識に関して無知な凛には全くもってわからない。

 ただ、それほどの名刀なら良い値で売れるかな、と内心考えたりしているだけだ。

 無論、表情にも言葉にも表さないが。

「……盗ってきたのは置いとくけど。で、それをどうするの?」

「流石に銃だけでは近接戦闘に支障が出るから、戦闘の補助だ。大業物だから、英霊相手でも容易くは折れないと思う」

「それでも、英霊は倒せないわよ。見たところ、何の神秘もないわけだし」

 凛の言葉に、アヴェンジャーは刀を鞘に納めつつ、自ら考えた戦術を口にする。

「刀で防御に徹しつつ、何とか隙を作らせ、銃で撃ち抜けばいい」

 早々うまくはいかないだろうが、それがアヴェンジャーの装備で出来る最良の戦術だ。

 英霊は実体化しているとはいえ、あくまで霊体。故に、普通の武器では傷つけられない。

 だから、業物であろうとただの刀では決定打になりえない。

 なんの神秘も宿っていない以上、仕方のないこと。

 数々の伝説を持つという天下五剣に並ぶような名刀ならば、傷つけることも出来るだろう。

 だが、それほどの名刀は現存している数も極めて少なく、あったとしても大抵博物館か国家のものだ。

「あくまで敵サーヴァントだけを倒す。だから、一般市民の多い街中で機動兵器は使えない」

 人間サイズの英霊だけを仕留め、周りに被害を出さないというのはほぼ不可能に近い。

 両腕のハンドカノンは対人で考えれば口径・威力ともに高い。

 しかし、人間サイズの相手に対し、口径が大きいハンドカノンや胸部バルカンでは、確実に避けられる。

 乱れ撃ちでもすれば一発は当たるだろうが、周りの被害は甚大。マスターも殺しかねない。

 そう、ブラックサレナの攻撃が一発でも当たれば、英霊を軽く一撃必殺できる。

 だが、都市部という場所が悪すぎた。

 ブラックサレナの本領が発揮できない以上、アヴェンジャー自身の力に頼るしかない。

「ある意味最強だけど、不便ね」

「……言うな。これでも結構気にしてるんだ」

 ぶすっと拗ねたように顔を背けるアヴェンジャーはふと時計を見て彼女に問いかける。

「一つ聞くが、学校はどうした?」

「え?」

「君は学生なのだろう? 一般的常識からしてそろそろ行かねばならない時間だと思うが…」

 だが、彼女はアヴェンジャーの言葉を全て聞く前にバタンと扉を開け放って部屋を出ていた。

「…まったく」

 アヴェンジャーは残された食器をキッチンに運び、水に浸しておく。

 ソファに掛けてあったマントを拾い上げ、羽織る。

 少しずれていたバイザーを直し、マントの留め金を付けているとドタバタと慌しい音が聞こえてくる。

「なんでもっと早く言わないの!?」

「いや、君は昨日まで一人だったんだろ? 何時もこの時間帯に出ているのかと…」

「ああ、もう…迂闊……アヴェンジャー、行くわよ!」

 凛はそう言って再び部屋を出て行く。

 音からして玄関へ向かって行っているようだ。

 アヴェンジャーは軽く肩を竦め、霊体化して壁をすり抜け外へと出る。

 意外と便利だ、霊体化。

 玄関に彼女の姿を捉えたため、近付く。

「どうする? 間に合うか?」

「魔術で強化すれば間に合うけど……大っぴらには使いたくないのよね」

 確かに、人間離れした速度で街道を走られると他人様に迷惑だ。

 同じように家の屋根をジャンプしていくのも同義だ。行動が人間離れしている。

「…遅刻というのはどうもな……」

 アヴェンジャーはしばらく顎に手を当てて思考に耽る。

「…よし。失礼する」

 彼は凛に近付くと、彼女の膝裏と背中に腕をあてそのまま九十度回転して抱えるように抱き上げる。

 俗に言われるお姫様抱っことか言うやつだ。

「えっ!? ちょっ…何するのよ!?」

 顔を真っ赤にさせた凛の鉄拳が迫るが、アヴェンジャーはそれを首を傾げて避ける。

 人間、年齢を重ねるとこんなことも簡単に出来るらしい。これなら生前頂戴した鈍感の称号も払拭できるだろう。

「…この態勢が一番運びやすい。舌を噛むから、喋るなよ」

「だ、誰かに見られたらどうするのよ!」

「これでもアサシンほどではないが気配は断てる。常人では見つけられないさ。
 それに見つかったら見つかったで……どうした、顔が赤いぞ? 風邪か?」

 前言撤回。まだ鈍感王の称号は張り付いたままらしい。





「死ぬかと思った…」

 朝よりも若干憔悴した顔で凛は校門をくぐる。

 それもそうだ。この学校に来るまでにアヴェンジャーの通ったルートは無茶苦茶だった。

 まず民家の屋根を飛び跳ねながら行くのは当たり前。

 ただ、ある家の瓦を一枚弾き飛ばして盆栽を破砕していたが……些細なことだろうと思いたい。

 だが信じられないのは電線を綱渡りのように伝って走ったりしていたことだ。

 いくら英霊でも無茶苦茶だ。

『時間に余裕を持って着けた。それでいいだろう?』

 霊体化したアヴェンジャーが凛に念話で応じる。

(だからってね…あんた、一本電線切ったでしょ? あの時は焦ったわよ)

 感電しないかって。

『あれはちょっと加減を間違えた。いや、下にいた人には迷惑を掛けた』

(ここは一応、私の管理地なのよ?)

『魔術的にだろう? 戦争が本格化すればあれ以上の被害があるかもしれん……』

 アヴェンジャーのその言葉に、凛は軽く鼻を鳴らす。

(わかってるわ。覚悟なんてとっくに出来てるわよ、十年前にね)

 その言葉には並々ならぬ決意が込められている。

 その凛の決意が伝わったのか、アヴェンジャーはそうか、と呟いて黙り込む。

 校舎に入っていく凛の背後に憑いているアヴェンジャーは、周囲に視線を向ける。

『大層な人気だな』

 アヴェンジャーは感嘆半分皮肉半分気味に呟く。

 凛が廊下を歩く途中、男女構わず視線が彼女に集まるのだから仕方ない。

(一応、優等生で通ってるからね)

 どこか少し抑揚の無い感じで答える凛に、アヴェンジャーは軽く首を傾げた。

 と、目の前を眼鏡を掛けた理知的な少年と赤髪の少年が凛の横を通り過ぎた。

 アヴェンジャーは思わず立ち止まって振り返る。

 彼は他の生徒と同じように凛を視線で追っている。

 アヴェンジャーはそんな彼を見つめ、どこか昔と似たような感じを得た。

 そう、何かを一途に信じ、それに羨望感を抱いていた自分を。

『……気のせいか』

 アヴェンジャーは小さく呟くと、昔信じていたものを思い出そうと……途中でやめた。

 どうせこの記憶は守護者としての記録で塗りつぶされていく運命だ。

 考えを払拭するかのように頭を振ると、アヴェンジャーは凛の入っていった教室に足を踏み入れた。





 授業中のこと。

 教室の後ろのほうで霊体化したアヴェンジャーは少し暇をもてあましながらも授業風景を眺めていた。

 だが、不意に視線を感じ、その方向を見る。

『凛…』

「ええ。アヴェンジャー、気付いてる?」

 窓の外を見ながら小さく呟いた声を漏らさず聞いたアヴェンジャーは頷いた。

「私達をずっと見てるわね…」

 アヴェンジャーがもう一度視線を窓の外に向ける。

 そこでチャイムが鳴り、凛は席を立つと屋上へと向かう。 『気配を隠そうともしていない。すぐに仕掛けてきそうには無いが、こちらから仕掛けるか?』

「…おもしろいわ。人がいなくなるまで様子を見ましょう」

『凛がそう言うのなら、俺は従う』

「そう……ところでアヴェンジャー、今日は他にどうだった?」

 凛のその問いに、アヴェンジャーは少し考えるそぶりをし、

『そうだな…しいて言うなら凛の猫被りに驚嘆し…ぶふっ』

 そう言ったアヴェンジャー目掛け、凛の鉄拳が打ち込まれる。

 霊体化しているから効かないはずなのに、それはアヴェンジャーの頬を叩き、衝撃でバイザーを吹き飛ばす。

「ふふふ…」

(こ、怖い…)

 凛の理不尽な力と、悪魔的な笑みに、アヴェンジャーは引きつった笑みを浮かべるしかなかった。

 教訓。悪魔は目覚めさせるな。

 ……まぁ、もう遅いが。鬼神に格上げしないよう気をつけるか。





 時間が経つのは早いもので放課後が過ぎ、辺りはもう夜だ。

 凛はコートを着込み、校舎の屋上の壁に背中を預け、膝に顔を埋めている。

『ん…凛。来たぞ』

 アヴェンジャーの鋭い声に、凛は顔を上げる。

『暗くなるのを待っていたみたいだな…仕掛けてくるぞ』

 立ち上がる凛の隣に立ち、アヴェンジャーは周囲に気を張り巡らす。

 だが、それも必要ないくらいこちらに向け尋常ではない殺気が向けられている。

「凄い殺気…」

 凛がそう呟いたときだ。

「よお」

 どこからか男の声が聞こえてくる。

『上…!』

 アヴェンジャーの言葉を聞くよりも速く、凛は上を見上げる。

 そこには、フェンスの上に腕を組んで月光を背に立つ青い男がいた。

「いい夜だな。そこの黒い兄さんもそう思うだろ?」

 表情は覗えないが、こちらを見ながらにっと笑ったような気がした。

「!? アヴェンジャーのことが見えてる!? こいつ、やっぱりサーヴァント!?」

 凛の言葉を聞いた青いサーヴァントは目を瞑って首肯する。

「そういうこと。で、それがわかるお嬢ちゃんは――」

 青いサーヴァントは開いた目で凛の姿を捉え、

「俺の敵ってことでいいんだなぁ!」

 青いサーヴァントが腕を振る。

 すると、その手に赤い稲妻のような光が迸り、赤い槍が出現する。

「っ! アヴェンジャー!!」

 凛は青いサーヴァントに背を向け、走り出す。

 それを見た青いサーヴァントは軽く笑うとフェンスから跳躍する。

「着地、任せた!」

『了解……』

 凛はフェンスのないところから飛び降りる。

 地面に接地するか否かのところで凛の落下が停まり、ゆっくりと地面に下ろされる。

「アイツの武器は槍よ。私達のメリットを生かせる場所に…っ!?」

 再び走り出した凛の目の前に青いサーヴァントが出現し、道を阻む。

「アヴェンジャー!」

 凛が後ろにバックステップで後退すると共に、彼女を守るように黒いマントをはためかせたアヴェンジャーが現れる。

「ほお、話が速くて良いねぇ……そうでなくちゃな」

 青いサーヴァントがアヴェンジャーを見ながら言う。

 それを睥睨しながらアヴェンジャーは腰に吊るしてある刀の柄に手を置く。

「槍……ランサー」

 刀の柄を握り締め、ランサーの出方を窺がう。

「いかにも。そういうお前は剣使い…セイバーか?」

「生憎と…俺は騎士の柄ではない…!」

 アヴェンジャーは言い様、一気に踏み込んでランサーとの間合いを詰める。

 腰を低く落とし、逆袈裟から刀を振る。

「いいぜ…本気でかかってきな!」

 アヴェンジャーの一撃はランサーの赤い槍に防がれる。が、すぐさま刀を引き寄せ、袈裟懸けに切り掛かる。

 その一撃も槍の中ほどで防がれ、流れるように突き出された槍の切っ先を刀の柄で逸らす。

 だがランサーの槍の追撃は止まらず、神速とも言うべき速さで槍が繰り出される。

「………!」

 予想以上に重い一撃に驚くが、それをおくびにも出さず、ただただ無表情で槍を刀で受け流し、隙あらば刀を振る。

 槍と刀が交錯するたびに火花が散り、甲高い金属音が校舎に吸い込まれていく。

 数十合にも及ぶその人間離れした戦いに、凛は思わず息を呑んだ。





「おめぇ…本当に何者だ?」

 ランサーはアヴェンジャーに疑問を抱く。

 魔術を使うわけでもなければ、気配遮断で襲ってくる気配もない。騎乗すべきものもない。

 弓も無ければ理性はある。槍は自分だから、該当すべきクラスはセイバーしか有り得ない。

 ランサーの問いに、アヴェンジャーは不敵に笑み、

「…俺の剣筋はまだ甘い。だが、本気じゃないお前になら勝てるかもな」

 アヴェンジャーの言葉は幾分か虚勢も入っている。

 捌ききれなかった槍の一撃は所々マントを裂いているからだ。

 それに、刀もそろそろガタが来ている。

「ハッ…上等」

 先程よりも高速で突き出される槍を刀の腹で受け流し、左手をマントに突っ込むと銃を抜き、撃つ。

 数にして三発。

 それは眉間、心臓、喉元の急所を寸分狂わす狙った攻撃。

 槍を突き出した状態のランサーに、全て避けきれるはずが無い。

「…っと」

「なに…!?」

 だが、ランサーは軽く動いただけで三発の銃弾を避けた。

「避けた……だと?」

「生憎だが、俺に飛び道具は効かないぜ……飛び道具ってことは、アーチャーか」

 アヴェンジャーはここにきて初めて焦りの色を顔に出す。

 飛び道具が効かないということは、英霊に有効なこの銃が効かないということになる。

「喰らいな!」

「……ッ!」

 突き出された槍を刀で受け止めるが、遂に刀身へとひびが入り、次々と広がっていく。

「くっ…流石に無理があったか…!」

 槍を受け流すことで刀への負荷をなるべく小さくしていたが、限度があった。

 相手の槍は宝具。こちらはただの業物。

 比べれば天と地ほどの差。ここまで保ったのが奇跡のようだ。

 あれからも数発撃ってみたが、やはり避けられている。

 死角から狙っても見たが、反応が若干遅れただけで結局避けられる。

「終わりだな」

 ランサーの声に、アヴェンジャーは無言で腕を挙げ、刃毀れしている刀の切っ先をランサーに向ける。

「…俺はまだ宝具を出していない。さて、ランサー。この意味が何か分かるか?」

 虚勢のようにも聞こえるがそれは、まだ自分が本気を出していないと示しているようなもの。

 マスターの令呪によって本気で戦えないランサーへの、いわば挑発。

「…ほう。じゃぁ受けてみるか? 我が必殺の一撃を」

 アヴェンジャーの狙い通り、ランサーの雰囲気がガラリと変わる。

 彼の持つ赤い魔槍に魔力が集中していくのがわかる。

 そのガラリと変わった空気に、相対するアヴェンジャーも腕をだらんと下げる。

『凛…』

 念話で凛へとアヴェンジャーが声をかける。

(何? まさかアヴェンジャー、負けるなんてこと…)

『それはない。だが、凛は逃げる準備をしろ。危険な賭けだが……奇襲をかける』

(…それ、勝てるの?)

『ああ。飛び道具が効かないのなら、零距離で撃つのみだ』

(…わかった。タイツ仲間同士、絶対に勝つのよ)

『……タイツ仲間?』

 凛の言葉に疑問符を浮かべつつも、アヴェンジャーの左手には青く輝く石が一個。

 チューリップ・クリスタル。略称でCCとも呼ばれる、ボソンジャンプのキー。

(これで奴の背後に回り、撃てば…!)

 氷のように冷たい空気が、二人のサーヴァントの間に張り詰める。

 が、その緊張を打ち破る、人間の気配。

「誰だ!?」

 ランサーが後ろを振り向く。すると、そこには踵を返して走り去るこの学校の生徒らしき人影。おそらく男子。

 ランサーは舌打ちすると、その人影を追って走り出した。

「しまった! まだ人が残っていたなんて…!」

「……迂闊」

 咄嗟に銃を撃ち、足止めを謀るが、ランサーのほうが速い。

 空しく空を裂く銃弾が校舎の壁に食い込む。

 軽く舌打ちし、内心悔やむ。あの少年を助けられないかもしれないという現実に。

 到底、自分の足ではランサーには追いつけない。だが、奥の手であるボソンジャンプを使えば。

 だが、これの手持ちはどういうわけか少ない。数として十個弱だ。

「追うわよ、アヴェンジャー!」

 凛はアヴェンジャー向け言い様、彼の返答を聞かないうちに走り出す。

 その遠ざかっていく背中をみつつ、アヴェンジャーは軽く笑みを浮かべ、

「……良いマスターを当てられたみたいだ」








あとがき
毎度、突っ込みどころ満載でお送りし増す第1話改。

矢避けの加護、銃を使うアヴェンジャーにとっての天敵。
日本刀は直接受けるものではなく、柳のように受け流すもの。
『業物の刀+充分な使い手』は『強化したポスター+戦闘の素人』より遥かに強い…はず。
手加減とか抜きで。
盗んだ刀は…まあ、イスカンダルと同じノリということで。

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