※注意
 このSSはエンディング後のお話しなため、現在ゲームをプレイ中でまだクリアしていない方は、クリアされてから読むことをお奨めします。
















「さぁってと、今日も冒険にいくとするか」

 照明の落された部屋で、点滅を繰り返すディスプレイの前に、座るのは一人の男子高校生。
 表情こそHMDに隠れて見えないが、彼は整った顔立ちをしており、学校での人受けも良い。
 しかし現実(リアル)での彼は真面目な優等生で通ってはいるが、それはあくまで彼という人物を現す一つの要素(ファクター)に過ぎない。
 これから彼が行こうとしている場所は、もう一人の彼を現す居場所でもあり、今では其処で出会った掛け替えのない友人と会える箱庭である。
 ほんの少し前まで、其処は数多くの意識不明者を生み出しており、彼自身も大事な人を失うという事件をきっかけに、一時は自身のみならず他人や他人の心ま でも平気で傷つけるほど彼の心は荒んでいたが、今となってはそれも過去の事だ。
 0と1の記号で表されたデータ上でのやり取りとはいえ、彼が関わった事件は、彼自身の心を大きく成長させた。
 そして今日も彼はその箱庭で様々な物語を紡ぎだしていくのだろう。

 彼は慣れた手つきでコントローラーを操作し、Enterキーを押した。これから訪れるであろう、安らぎの時間に胸を膨らましつつ――――





 …………だがこの日はいつもとちょっっっっっとだけ違ったのである。








がんばれ!ハセヲくん!









 世界最大の大規模MMORPGとして栄華を誇る、オンラインゲーム「THE WORLD R:2」

 かつてそこは、暴虐と殺戮を繰り返すPK(プレイヤーキラー)達によって、混沌とした世界が構成され、管理者にすら収拾できない無法地帯と化していた。 しかしそれは、第三次ネットワーククライシスによる一連の騒動で沈静化し、今では誰もが理不尽なPKに怯えることなく遊べるまでに秩序は回復していた。
 ここに至るまでに、『黒い斑点事件』、『閉じ込め事件』、『無限増殖バグモンスター事件』等様々な問題によって、多くのゲーム引退者が続出したが、未だ 1000万人以上のプレイヤーが遊んでいる辺り、「THE WORLD」の中毒性は流石というべきであろう。

 そして、その一連の事件によって、いまや一躍有名人となったPCキャラが一人……

 人の目を引く白い髪に鋭い目、痩躯であるが引き締まった体に白い軽装の鎧を身につけ、首周りには七つの突起がある装飾品を身につけた、なんとも派手な男 性型PC。
 そう、彼こそは今や日本サーバでプレイする誰もが知っているほどの、超有名プレイヤー、『死の恐怖』ハセヲである。

 彼の偉業には、PKK(プレイヤーキラーキラー)時代に100人以上のPKを倒したというものや、公式に戦闘を認められた場である「アリーナ」におい て、『紅魔宮』、『碧聖宮』、『竜賢宮』の三つのアリーナを全て制覇した、史上類を見ない三冠王としても知られており、他にも初心者のサポートを目的とし たギルド「カナード」のギルドマスターや、各種バイクレースのレコードホルダー、全てのカオティックPKを狩った凄腕ハンターとしても名を馳せている。
 最もそのあまりの活躍ぶりに、ネトゲ廃人とかゲーム中毒者とか、はたまたひきこもりなどと影では言われていたりするが。
 まぁそれは有名税というものだろう。

 さて、そんな色々な意味で有名なハセヲが、今何をしているのかといえば…………


「この双剣いくらですかー?」

「それは1万5千GPだ」

「回復アイテムって置いてないんですか〜?」

「今在庫確認するから待ってろ……っておいお前、勝手に商品の棚を荒らすんじゃない!」

「この魔典下さい。あ、割引券23枚使用でお願いします」

「中途半端な枚数だなオイ。ったく計算がややこしいったらないぞ……」

「ハセヲさ〜〜ん! どうかワタシとメンバーアドレスの交換を!」

「今忙しいんだっ! 商品を買う気が無いなら帰ってくれっ!」

おへそ触ってもいいですか?」

だが断る! 人がつかえてるんだ、邪魔だからどいてくれ…………ってだから商品の棚を荒らすな〜〜!!」


 『ショップどんぐり☆一日店長』と書かれたたすきを身につけ、ギルドショップの店員として精を出していた。
 本来、ギルドマスター直々にショップの店員を務めることはないのだが、有名ギルドでは客寄せやギルドの普及活動のためにこういったことを行うのは珍しい ことではない。
 流石に、アリーナの三冠を制した、超有名プレイヤーが売り子をしているとあって、マク・アヌの噴水広場には多くのPC達が群がっていた。ギルドメンバー のシラバスとガスパーも、忙しそうに商品片手にショップを切り盛りしている。


「いやぁ〜〜、こんなに人が集まるとは思ってもみなかったね(^^;)」

「はう〜〜ん、忙しすぎるぞぉ……」

「前日に一日店長の告知をしてただけなのに、こんなに人が来るなんて、流石は我等がギルドマスター!」

「シラバス……テメェ、よくも俺を騙しやがったな」

「何言ってるんだい! これも全ては「THE WORLD」を楽しむ全ての人達の為! 少しでも多くの人達にこのゲームの楽しさを分かってもらうためなん だよ!」


 実はハセヲは、シラバスとガスパーに冒険に誘われてログインしてきたのだが、そこで待っていたのは、大量の商品を背にしたガスパーと、一日店長のたすき を笑顔で差し出すシラバスの姿だった。
 一瞬で事態を把握し、踵を返そうとしたが、シラバスの「ハセヲは楽しみにしていたお客さんをがっかりさせる気なの?」という言葉にしぶしぶ付き合わされ ることとなった。

 元よりリアルでアルバイトの経験があったのか、ハセヲの接客は堂が入っており、「いらっしゃいませええええ!」だの「あ りがとうございましたああああ!」だのと、中々張りのある声を上げて客を捌いている。
 たまに、ぶっきらぼうな態度をとる事もあるが、それと併せて照れたような表情も時折見せるため、女性PCの受けも大変よく、客の流れは途切れることがな い。

 たまに帰り際の客の口から、ツンデレなる言葉が飛びでてくるが、幸いハセヲはそれに気付くことが無かった。


「しかしよくこれだけの商品を出す気になったな?」

「ハセヲのおかげで在庫はたくさんあったしね。これを気に、使わないアイテムなんかを処分しようと思ってたんだ」

「これ以上溜め込むと、倉庫が一杯になりそうだったんだぞぉ」

「なるほどなぁ…………で、なんでわざわざ俺を担ぎ出したんだ?」

「そりゃあ、ゴミアイテム売るにはこうやって有名人を押し出した方がよく売れるし、高く売りつけることもできるでしょ?」

「………………あっそう」


 ちなみにこの時の会話は、客に聞かせるわけにはいかないので、パーティチャットを使って周りには聞こえないようにしている。


「とにかく! アイテムや装備をじゃんじゃん売って、じゃんじゃん稼ぐよ! 貴重なギルドの活動資金のた めに!

「最初と言ってる事が違うぞ、オイ!」


 そんなこんなで約一時間後、ハセヲの活躍のおかげで、全ての商品が棚から姿を消し、見事完売と相成った。

 これでようやくゆっくりできると息をつくハセヲ。
 だがこれは、これからはじまる苦難の前哨戦に過ぎなかった。















 一日店長の任を終え、マク・アヌからドル・ドナへと移動したハセヲ。
 去り際に、周囲のPCからメンバーアドレスの交換や、スクリーンショットの撮影などを迫られたが、元より群れるのがあまり好きではないハセヲは、逃げる ようにその場から立ち去った。

 ドル・ドナは、緑が美しい高山のタウンマップで、時折緑の葉が風に乗って流れるため、ゲーム内だというのに最近何かと疲れやすいハセヲは、よくココに来 てのんびりとしていることが多くなっている。


「あーー、なんか落ち着く……」

「やぁハセヲ、奇遇だね」

「……いつの間にそこにいた、エンデュランス」

「フフフ、何を言うんだいハセヲ? 僕の心はいつも君の傍にあるんだよ。ハセヲに気付かれずに背後に回るなんて、造作もないことさ」

(いや、頼むから止めてくれ!)


 声を大にしてそう心の中で叫ぶハセヲ。
 エンデュランスは元『紅魔宮』チャンピオンにして、第六相の碑文「誘惑の恋人」マハを操る碑文使いPCだ。その容姿から、多くのプレイヤーの人気を集め ており、一時は熱狂的なファンが絶えなかった。
 しかし何の因果か、今ではハセヲのおっかけをやっており、そのせいで容姿端麗な『男性』PCにストーキングされるという、傍から見れば、非常にアレな事 態となってしまっている。おかげで最近、女性PCのハセヲを見る目がとてつもなく妖しくなっており、その事がハセヲの心労を増やす要因となっていた。


「んで、なんか用かエンデュランス」

「うん、ハセヲのために素敵なエリアを探してたんだ。曇り空の下に陰鬱とした花が咲き乱れて、アンデッド系のモンスターがたくさんいた り、アンラッキーアニマルも一杯いるエリアなんだよ

「……なんだその行くだけでテンションゲージが下がりそうなマップは」

「ハセヲ、曇り空のマップが好きなんじゃないの?」

(いや、確かに曇り空のマップが好きだとは言ったけど!)


 悲しそうな顔で尋ねられると、ハセヲは罪悪感が湧き上がってしまい、強く出れない。
 聞けばエンデュランスのリアルは引きこもりだという。しかしそれは、ハセヲに手を差し伸べられて事で少しずつ現実と向き合うようになっているらしい。
 ここで、彼の機嫌を損ねてしまうと、かつての無気力な様相になってしまうかもしれない。
 そんなことを考える辺り、ハセヲも大概お人好しである。


「い、いや、そんなことないぞ? ちょうど暇だしこれから冒険に行こうか」

「あぁ、ハセヲと二人っきりで冒険に行くことが出来るなんて、僕の大事なところがいまにも喜びの渦で何かが生まれそうだよ!

「生まんでいい! とっとと行くぞ――――」

「待たんかああ〜〜いっ!」


 突如広場に響き渡る少女の声。
 ハセヲが振り向くと、そこには赤いランドセルを背負った小学校低学年くらいの背丈の少女型PCが鬼もかくやという表情で立っていた。
 目の前にあるのはただのデータだというのに、彼女の後ろに黒い炎が立ち上っているのは気のせいだろうか……?

 少女PCの名前は朔。彼女もエンデュランスと同じく碑文使いで、同時にエンデュランスの熱烈なファンでもある。


「くおらっハセヲッ! きさん何ウチに断りも無くエンさまとラブラブしとるんやぁっ!!!」

「しとらんわっ!!」


 朔のエンデュランスへの偏愛っぷりは、仲間内の誰もが知るところだが、件のエンデュランスは朔には目もくれずハセヲにしか眼中に無いため、朔はその怒り の鬱憤をハセヲへと向けている。
 しかしその怒りを向けられたハセヲにとってみれば、たまったものではない。
 エンデュランスとはただのネット上での友人なだけだ、自分はノーマルなのである。
 ハセヲはそう主張するも、朔の声に反応した周囲のPCキャラはそうは思わないらしく、こちらを見てヒソヒソと会話している。


「んなこと信用できんわっ! どうせエン様と二人っきりになった後あ〜〜んなことやこ〜〜んなことをやるつもりなんや ろっ!」

「しねえっ!! つーかしようという考えすら起きねえっ!! そしてどっからそんな知識を仕込んだ、朔!」

「遥光や!」

「あいつかあああああぁぁぁぁぁっっ!!!」


 聞けば、遥光はリアルで同人誌の創作をやっているらしく、その筋ではちょっとした有名人なのだそうだ。

 最初はそれを聞いた時「リアルで本を書いてるのか、スゲーな」くらいにしか思わなかったのだが、後日ネット上で同人誌について調べてみると――
 青少年に見せられない画像が出るわ出るわ……ハセヲは遥光が一体どんなものを書いているのか気になって夜も眠れなかったほどだ。

 加えて、ハセヲは最近頓に女性PCキャラの視線が集まっていることにも気づいていた。
 その視線に気づいた当初は、目立つPCボディと自身のTHE WORLDでの活躍からのものだと思って、いい気分になっていたものだが、最近になってそ の視線のいくつかには明らかに邪なものが含まれているのが分かった。
 嫌な予感がして、遥光を問いただし、彼女から差し出されたものは――――


「ぐああああーーーーーっ!!! 思い出したくない思い出したくない!! あれは幻覚! 幻覚なん だーーーっっ!!!」

「ああ! どこに行くんだい、ハセヲ!? 僕との楽しいハイキングは!?」


「あぁ〜ん、エンさまぁ〜、ハセヲなんてほっといてウチと遊びましょ〜♪」


 悪夢のような場景を思い出し、思わず走り出すハセヲ。
 エンデュランスはそんなハセヲを追いかけようとするが、すでにその身は朔によってがっちりとホールドされ、身動きが取れない状態にあるのだった。















 エンデュランスと朔の二人から逃げおおせたハセヲは、今度は空中都市ブレグ・エポナにその身を移していた。
 必至で逃げてきたせいか、ハセヲの表情はとても疲れ、脅えきったもので、その様子からはとても彼がアリーナの三冠王だとは思えないほどだ。


「揺光の奴、あとできつくいっといてやる……」

「揺光さんがどうかしたんですか? ハセヲさん」

「のおうわっ!」


 背中越しに掛けられた声に驚いて後ろを振り向けば、そこには飾りのついた白く大きな帽子をかぶり、杖を片手に佇む儚げな少女がいた。
 しかしハセヲの心情は、「また厄介なやつに捕まった……」というものだった。


「ア、ア、アトリ!? いつの間にそこに!」

「? ずっと後ろにいましたよ? 死角に

「……エンデュランスもそうだが普通に立ってくれ、頼むから」


 彼女の名前はアトリ、またの名を電波少女アトリと呼ぶ――――
 呪療士(ハーヴェスト)の癖になぜか容易く相手の背後に回り込むことができるという、明らかに職業(ジョブ)選択を間違ったであろうその少女も、エン デュランスらと同じく碑文使いである。
 なぜか出会った当初からハセヲを慕っており、事あるごとに構ってくるのだ。
 ハセヲ自身、最初はそれが非常に鬱陶しいものだったが、今では苦笑しながらも優しく対応するまでに柔らかくなっている。
 最も、それはアトリ自身がマトモな状態に限ったことだが。


「そんなことよりハセヲさん、さっき揺光さんがどうとかいってましたけど、どうしたんですか」


 若干アトリの言葉に刺のようなものが含まれているが、疲れ切ったハセヲは不幸にもそのことに気付かなかった。
 だから、曖昧な言葉で誤魔化そうとしてしまい、アトリの琴線に触れてしまった。


「そんな大した事じゃねえよ、ただアイツが――――」

「まさか! また私に内緒で二人で冒険に行ったんじゃないでしょうね!!」


 アトリが言うには、ハセヲの「大したことない」という発言ほど信じられないものはないのだそうだ。
 大した思慕ぶりである。


「は? いや、ちょっと待てアトリ――」

「ハセヲさんはいつもいつもそうです! 私に内緒で揺光さんや志乃さんやタビーさんやエンデュランスさんばっかりと冒険にいって!」

「ちょっと待て、なぜそこにエンデュランスの名前が入る!」

「そんなことはどうでもいいんです!!!」

「ど……」


 男の沽券に関わる問題をどうでもいいの一言で片付けられてしまい、絶句するハセヲ。
 しかしアトリのターンはまだ終わらない!


「なんかハセヲさんって私にだけはそっけないし、及び腰だし遠慮してるしヘタレだし!!

「おい待て、最後なんつった!」

「とにかく! もっと私を見て欲しいんです!!」


 あまりのトリップぶりに腰がひけるハセヲ。その様はまさにヘタレ。
 そして同時にハセヲの頭の中は、この状態から脱するべく急速に回転していた。


(こ、この状態のアトリと会話を続けるのは得策じゃない! ここは適当に誤魔化してアトリの機嫌を直すしかない!!)

「わ、分かった……今度の休みの日にでもアトリに付き合おう」

「!?……ホントですか、ハセヲさん!」

「あ、あぁ約束する」


 アトリの刺のなくなった言葉を聞いて、危機を脱したかと思い内心で一息ついたハセヲだったが、次の瞬間それが間違いだったと気付いた。


「分かりました! それじゃあ今度の休みには、私お気に入りの風景100選巡りツアーにいきましょう!」

「ちょ……100選ってもしかして全部回るつもりなのか!?」

「当然じゃないですか!」


 唐突に目の前が真っ暗になるハセヲ。
 結局ハセヲがしたことは問題を先送りにしただけだった。それも盛大な利子をつけて。
 ハセヲの唖然とした様子に、アトリの表情は次第に暗くなっていく。


「もしかして…………さっき言ったことは嘘だったんですか?」


 チキチキチキチキチキチキチキ……

 ハセヲの顔を下から覗き込みながら、どこから取り出したのか、手首にカッターナイフを持っていくアトリ。
 このゲームにカッターナイフなどというものは無い筈なのだが……。
 その様子に慌てたハセヲは表情を取り繕い、アトリに笑いかける。


「そ、そんなことはないぞ! ちゃんと付き合ってやるよ!!」

「あは♪ それはよかったです。それじゃ私お弁当用意して待ってますからね〜〜〜!」


 ハセヲの言葉を聞くと、瞬時にカッターナイフをしまい、そう言ってくるくると楽しそうに回りながらその場から去って行った。
 ……というか、ゲーム内でどうやってお弁当なぞ用意するのだろうか?

 ハセヲは引き攣った笑みでアトリを見送り、アトリの姿が見えなくなると、思いっきり肩を落として特大の溜め息をつくのだった。


「簡単にあんな約束するんじゃなかった……」


 まぁこういうところが、ハセヲがヘタレたる所以なのだろう。















「あら、ハセヲじゃない」

「……今度はパイか」


 よくよく知り合いと会う一日である。
 高い身長と、スタイルの良い肢体を申し訳ない程度の防具で包んだ、セクシーなそのPCの名はパイ。彼女もまた碑文使いPCである。
 もっとも彼女は一般人ではなく、このTHE WORLDを世に送り出した、CC(サイバーコネクト)社の職員であるが。
 彼女は仕事の関係で、このTHE WORLDにログインしているせいか、いつも目上の視線からズケズケと小言を言うので、ハセヲにとっては苦手なほうに 分類される人間だ。


「随分とご挨拶ね……それよりアナタ、なんか随分やつれてるわね」


 普段のハセヲなら、いちいち説明なぞしないが、今のハセヲの精神ポイントは0を通り越してマイナスまで突っ走る勢いだ。
 ハセヲは愚痴るように、パイに先程のアトリとのやり取りを説明すると、パイもまた引き攣った笑みをみせ、ハセヲに幾分か同情の視線を向けた。
 どうやら彼女もアトリの電波っぷりには手を焼いているらしい。


「まぁあの子の電波はいつものことだけど、アナタもアナタじゃない? あれだけの数の女の子を侍らせて置きながらあっちへフラフラこっちへフラフラ……」


 ……なぜか知らないが、今度はパイから説教を受けるハセヲ。
 くどくどと日頃の行いや言動の注意、果てはリーダーとしての心構えや人との付き合い方まで、なぜか八咫を引き合いにして説教する。
 普段なら右から左に聞き流すだけだが、先ほども言ったようにハセヲの機嫌は最低値を更新中だ。
 そのため、いつまでたっても説教を止めないパイに痺れを切らし、ついにハセヲは言ってはいけない言葉をポロリと出してしまった。


「そもそも、ハセヲがはっきりとしないからいけないのよ。あまり女を焦らすと」

「ったく、いちいちうるせえな。そうやって口煩い所直したほうがいいぜ、おばさ――――


 瞬間、ハセヲの眼前にはパイのロストウェポン「緋ニ染マル光翼」が禍々しい光を発しながら脈動していた。
 パイの表情を見てみれば、般若もかくやというほどの憤怒の表情。溢れる殺気と怒りのオーラがハセヲの肌をビシバシと刺していた。
 その様はまさにTHE WORLD最強の拳闘士(グラップラー)。ハセヲは背中に汗が流れるのを実感せずにはいられなかった。


「今なんて言おうと思ったのか詳しく説明してくれるかしら?」

「な、なんでもありません!」


 慌てて発言を撤回しようとするハセヲだが、時すでに遅し。
 怒れる会社員パイ様はハセヲの襟首を引っ掴むと無理やり正座させ、街の広場という衆人環境の真っ只中で大声でお説教を始めたのである。


「大体ね、あなたは昔っから年上に対する敬意ってもんがないのよ!」


 周りの視線もなんのそので、ガミガミとお説教をはじめるパイ。
 対してハセヲは、周囲にいるPCの視線が思いっきり自分に向けられているのを自覚しながらも、ただひたすらにパイのお説教に耐えるしかなかった。
 正に針の筵である。


「ちょっと!! 聞いてるの!? ヘタヲ!!」

「俺はヘタレじゃねええええぇぇぇぇっっっっ!!!」


 しかしヘタヲ、もといハセヲの主張は、そこにいるPC達には全く届くことはなかったのであった。















「きょ、今日は厄日だ……」


 フラフラとよろめきながらマク・アヌの一角を進むハセヲ。  パイの説教が終わった後も、クーンに捉まって女性PCに振られたことを延々と愚痴られたり、珍しく外に出ていた八咫とバッタリ会って、なぜか筋肉の付き 方による美しさをぶっ通しで聞かされたりとロクな目に合わなかった。
 もういいかげんに、ハセヲの(精神の)HPが尽きかけようというところに、彼は現われた。


「あ、ハセヲさんじゃないですかぁ♪」

「欅?」


 声を掛けられ振り向くと、そこには真っ白い胴衣のような衣装を纏った少年がいた。


「珍しいな、お前が楓も伴わずに街にいるなんて」

「あはっ♪ そりゃあ僕だって一人になりたいときがありますよ〜」


 無邪気に笑いながらトテトテと近寄ってくる子悪魔――もとい、竜の角のようなアクセサリーをつけた少年PCの名前は欅。
 その姿からは想像もできないが、巨大ギルド『月の樹』のギルドマスターにして、ネットスラムの王者というTHE WORLD内でも屈指の力を持つ人物 だ。
 ハセヲのPCボディも、欅が修復・改造したもので、碑文というイレギュラーな力を宿したPCを改造するというだけでも、彼の力の一端が窺えることができ る。
 当初はやけに人懐っこい人物としか捉えてなかったハセヲだが、時が経つうちに、その広すぎる人脈とネットワーク内での彼の力の大きさに、内心恐怖に似た ものを感じていたのだった。

 欅の朗らかな笑顔の下に隠されている腹黒さに冷や汗を感じつつも、ハセヲは口を開いた。彼が何の用もなしに自分に会いに来るとは思えない。


「んで、俺になんか用か欅?」

「あ、そうそうハセヲさん、今日は何か変わった事はありませんでしたか?」

「…………まぁ、あったといやぁあったかな。それがどうした?」


 今日あった出来事に頭痛がするのを覚えながら、続きを促すハセヲ。


「いやぁ、ハセヲさんのそのPCボディなんですけど、それって全部の碑文データが入ってるじゃないですか」

「あぁ……それがどうかしたのか?」

「PCボディを組みなおした際、碑文のデータ容量が予測値より多かったことがあって、その時大した処理を施せなかったんですよ〜」


 その後欅の口からは、色んな専門用語がポンポンと飛び出してくるので、ほとんど理解することができなかった。


「ハセヲさんにも分かりやすく言うと、同じ碑文同士が反発しあっちゃって、碑文を宿したPCにちょっとした負荷がかかっちゃうことが分かったんです」

「おい、さらっと言ってるけど、それって結構な問題なんじゃないのか!?」

「あ、大丈夫ですよ♪ 負荷って言ったって、ちょこっとだけ本人の深層意識が表に出るだけですから♪」

「…………つまりどういうことだ?」

「ハイになるって意味ですよ♪」


 瞬間、ハセヲの脳裏には今日出会った連中が思い浮かんでいた。
 確かに今日出会ったのはほとんどが碑文使いのPC達だ。


「そういうわけで、新しい処理を施すのでしばらくの間……そうですねぇ2、3日はそのPCを使わないで下さい。
 あ、処理が終わったらこちらからメールしますからね♪」

「あ、あぁ、分かった」

「僕から言うことはそれだけです。……それじゃあハセヲさん、今日はこの辺で。また近いうちに冒険にでも誘ってくださいね♪」


 そういって子供のように大きく手を振りながら、トテトテと去っていく欅。
 ハセヲも小さく手を振りながら見送り、欅の姿が見えなくなるとガクッと肩を落とした。

「今日会った連中が尽くどっかおかしかったのは碑文のせいなのか……」


 半ば悟りきっためで今日の出来事を反芻していくハセヲ。その背中にはサラリーマンもかくやというほどの哀愁を背負っていた。

 (でもシラバスは碑文使いじゃないよな…………深く考えないほうがいいか)

 しかしそこではた、とハセヲは気付いた。欅は確かもう一つ重要なことを言ってなかったか?

(ちょこっと本人の深層意識が表に出るだけですから♪)

 つーことはなにか、アトリとかパイとかその他大勢の何人かは深層では俺をヘタレと思ってるってこと か……!?


「………………もう今日は落ちよう」


 そのままトボトボとカオスゲートへと向かい、青い光を伴いながら姿を消すハセヲ。
 画面が消える直前、なぜかどこからかカラスの鳴き声が聞こえたような気がしたが、幻聴だと思い無視した。





 その二日後、再びログインした際、幾人かの仲間と会ったが、以前のような変わった兆候は特に見られずほっとしたハセヲ。
 しかし、アトリはあの時約束した事柄はしっかりと覚えていたらしく、ハセヲは日曜日の丸一日をアトリに引っ張り回されたのであった。





 おわる






あとがき


 勢いで書いた。特に後悔はしていない。



 G.U.の追加OVAは無印みたいにもっとはっちゃけて良かったと思うんだ……

 さて、それはともかく黒い鳩さん! シルフェニア1000万HIT、おめでとうございます!!
 記念作品がこんなので申し訳ありませんが、これからもシルフェニアの発展を心から祈っております!



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