今日も火星の大地で赤い華が咲く。
 場所はジオサテライトシティ郊外の、岩と固い地面の平原だ。
 そこには、数十の「蟲」……木星蜥蜴の軍勢と、二機のACの姿が見える。
 一機は蒼い色合いをした、鳥のような逆間接型AC。オーロラシーカーの乗る、ブレイクスルーである。
 もう一機はエメラルドグリーンとブルーで色取られた軽量二脚のACだ。
 その機体はあたふたと動くブレイクスルーとは違い、ハンドガンとブレードを手に、戦場を所狭しと駆け巡っている。

「えーい!しつこいやつらだ!」

 ドンッ!   ドンッ!   ドンッ!

 ブレイクスルーのライフル弾が、本日20匹目のジョロの頭を撃ち抜いた。
 ジョロのボディが爆発で膨れ上がるのを確認して、次の目標に目を向ける。
 そこにはこちらに飛び掛ってくるバッタの姿があった。

「のおうわぁっ!?」

 咄嗟に機体を横に滑らせて回避する。
 目標を見失ったバッタは着地した後、再びブレイクスルーに飛びかかろうとするが、

 ガンッ!  ガンッ!  ガンッ!  ガンッ!

 横殴りの銃弾によって、それを中断させられる。
 銃弾が来た方向を向くが、それと同時にバッタのボディは青い閃光によって切り裂かれていた。

「迂闊ですよ! シーカーさん!」

「エネか! すまん!」

 銃弾の主はもう一機の軽量二脚型ACだった。
 そしてモニターにはヘルメットに隠れてはいるが、意思の強そうな瞳を持つ少女の姿が映し出されている。
 彼女の名前はエネ。儚げな女性のエンブレムを持つAC「ピースフルウィッシュ」を操る、数少ない女性レイヴンである。
 「ピースフルウィッシュ」の持つハンドガンは装弾数こそ少ないものの、その威力と反動は折紙つきで、バッタ程度の装甲ならものの数発で貫通できる優れも のだ。

「このエリアの敵の掃討は完了しました! あとはミルキーさんの援護を!!」

 オーロラシーカーがその言葉に驚いて周囲を見ると、辺りにいた無人兵器達は全て沈黙していた。
 ランクが4つしか違わないとは言え、エネの実力は中々のものだ。
 しかもここ最近は、度重なるミッションによってさらに洗練されている感がある。しかしオーロラシーカーの顔は曇ったままだ。

「あいつなら大丈夫だろう。仮にも俺やエネをアリーナで下した力を持ってるんだ。俺達の援護がなくても、バッタの十匹や二十匹……」

「シー・カー・さん?」

「(びくっ)……わ、わかった。わかった!! ちゃんと行くって!!」

 何か弱みでも握られているのだろうか?
 そう言って素直に援護に向かうオーロラシーカー。エネも続いて機体を走らせて、援護に向かう。
 今回の蜥蜴たちの数は何時にも増して多かった。依頼内容で、複数のレイヴンで行うようにとあったのはそのためだ。
 いくら期待の新人たる彼でも苦戦せざるを得ないだろう。彼女はそう考えて、全速力で機体を走らせた。
 ……そして先に戦闘区域に到着したオーロラシーカーが声を発した。

「……一足遅かったようだな」

「……っっ!?」

 そう聞いたエネの顔が驚愕と悲しみに染まる………が。

「あ………」

 彼女の視線の先には、ボロボロになりながらも無人兵器の残骸の中で立っている、桃色のACの姿があった。





機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2

MARS INPUCT

第三話「動きはじめた企業」







「もうっ!びっくりしたじゃないですか!」

 ミッションから帰還して、長い藍色の髪を棚引かせた小柄な少女……エネはオーロラシーカーにぶちぶち文句を言っていた。

「一足遅かった……な〜んて言うから、てっきりミルキーさんがやられちゃったと思ったじゃないですかぁ!」

「い、いや……間違っちゃいないだろう?『援護するのが遅かった』って意味合いで言ったんだし……」

「もっと上手い言い方があるでしょう!?」

 そう蒼い瞳で睨みながら、エネはオーロラシーカーに詰め寄る。
 こういっては何だが、エネはかなりの美少女だ。
 ぱっちりと開いた大きな瞳に、整った鼻筋。長くたなびく藍色の髪に、ふっくらとした唇。そんな彼女に詰め寄られるものだから、オーロラシーカーは妙にド ギマギしていた。そして同時に高鳴る胸。

「ちょっと、シーカーさん!聞いてるんですか!?」

 ああ……こうやって怒鳴られているだけでなんかしあわs

 ポカンッ!

 と、オーロラシーカーの思考が危険領域に入る寸前、軽快な音がその思考を中断した。
 が、そんな音とは裏腹にその場で蹲るオーロラシーカー。……どうやらかなり痛かったようだ。

「……っっっっ!!! 痛いじゃないか!? 何をするんだ!!」

「いや、なんかかなり変な顔してたから、とりあえず殴っといた」

 オーロラシーカーの後ろには何時の間にACから降りたのか、ミルキーウェイことテンカワ・アキトがいた。
 パイロットスーツを着崩して、ヘルメット片手に佇むその姿は、いっぱしのレイヴンと呼んでもいいだろう。
 ちなみに、先程の軽快な音の正体は彼の持つヘルメットのようだ。

「なんだと!? お前はなんとなくで人を殴るというのか!!!!」

「だってお前、エネちゃんを前に変なこと考えてただろ?」

「質問に答えろ!!」

「否定はしないんだな」

「うがああーーーーー!!!!」

 全く相手にされてないオーロラシーカー。
 だがこの光景はいつものことなのか、周りの整備班の人間は、またかといった表情でそのまま仕事に取り掛かる。
 エネもそんなやりとりを楽しそうに見ていた。





 火星各地で戦火が広がる中、絶対的な戦力不足から本来お呼ばれしないはずの下位ランカーまでもが戦闘に駆り出されるようになった。だが下位ランカーは ACの操作技術はあるものの、実戦に足る力が無く、そのまま命を落としてしまう者が続出。このため下位ランカーのレイヴン達は、生き残るためにある手法を 取り始める。
 『僚機』を伴い、出撃しはじめたのだ。
 足りないところをお互いカバーしあうことによって、下位ランカーの生還率は大幅に上昇した。
 エネは1ヶ月前、今回と同じく木星蜥蜴排除の依頼でアキトとオーロラシーカーの僚機を務め、以来ずっと彼らの僚機を務めている。
 それ以前からも何人かのレイヴンの僚機を務めてはいたが、どれも1回限りで終わっていた。
 しかし、アキトやオーロラシーカーとのチームは、彼らの雰囲気がそうさせるのか、彼女自身非常に心地よく思っているので、そのまま一緒に行動しているの だ。
 アキトとオーロラシーカーのじゃれ合い(エネにはそう見える)に飽きたエネは声をかける。

「そういえば、ミルキーさん。怪我とかは無いんですか?見たところ、ACのほうはかなり損傷がひどいですけど……」

 ちらと横目にラークスパーを見るエネ。
 ラークスパーは確かに損傷が酷く、至る所の部位の装甲が無くなっており、右腕にいたっては、肘から先が無くなっている。

「ああ、損傷が酷いのは見えてるところだけで、内部までは酷くないよ。まあ、さすがにあれだけの数を無傷ってわけにはいかないからね……それよりもエネ ちゃん」

「なんですか?」

「いや、いいかげんミルキーさんっていうのはやめてくれないかな? なんかこそばゆくて……」

 そう言って頬をかくアキト。
 半ば勢いでつけたようなレイヴンネームだが、時間がたってさすがにあのネーミングはどうかと思い至ったわけだ。
 だがエネの答えは、アキトにとって眉をひそめざるを得ないものだった。

「じゃあ、ミルキーさんの本名を教えてください。」

 そうニッコリと言うエネ。軽く言うが、これを素直に答えるわけにはいかない。
 名前というのは重要な意味を持つ。名前と顔が分かれば、その人物の大抵の情報は引き出すことができるし、その手の専門家にかかれば自分の名前偽造文書な どが出回ってしまう可能性がある。
 ましてやそれがレイヴンのものとなれば尚更で、今はそうでもないがこれからいくつものミッションを遂行するに当たり、数々の恨みを買うことになるだろ う。そうなれば、自分の住処や同居人が狙われる可能性もあり、下手をすれば自分の『素性』が分かってしまう可能性だってあるのだ。
 そういうことを、この目の前の少女は分かっていない。なにせ彼女は自分の名前をレイヴンネームとして登録しているのだから。
 彼女が上記のようなことをする可能性は低いだろうが、迂闊に自分の名前を出すわけにはいかなかった。

「そう簡単に教えるわけにはいかないよ。俺達はレイヴンだ。知らない誰かに名前を知られた途端、自分の住処で命の危険に晒される可能性だってあるんだから ね」

「私がそんなことをする人間に見える……と?」

「そうは言ってない。だけど、お互い本名で呼び合ってる所を、誰かに聞かれる可能性だってあるだろう? だから俺の名前はそう簡単に教えられないよ」

「………でもミルキーさんは私の名前を知ってるんですよね?」

 そうポツリと呟くエネ。まあ、レイヴンネームを自分の名前にしている以上、それは当たり前なのだが。

「それってなんか悔しいし………私、ミルキーさんのお名前、知りたいです」

 そう続く言葉に、アキトはぐっと詰まってしまう。
 しかも上目遣いで言うのだから、たまったものではない。おまけに瞳を潤わせてまでいるので、かなりの破壊力だ

「い、いや……だから簡単に名前を教えるわけには……」

 じーーっ

「お、教えるわけには……」

 じーーーっ

「おしえ……」

 じーーーーーっ

「…………て、テンカワ・アキト」

「ありがとうございます……テンカワ・アキトさんかぁ♪」

 結局名前を教えてしまったアキト。嬉しそうにしているエネの横で、がっくりとうなだれる。
 そんなやり取りを見ていたオーロラシーカーが一言。

「……無様だな」

 まったくである。








「しかし俺達随分腕上がったよなぁ……」

 シティのレストランで食事をしている最中、ぽつりとオーロラシーカーが呟いた。

「なんですか?突然……」

 そう返事を返すエネと、その言葉に顔を上げるアキト。
 彼らはミッションの帰還祝いということで、ガレージから出た後シティのレストランで祝杯を挙げていた。
 この光景は、最近彼らの間で馴染みのものとなっている。

「いやな、俺達っていままでランク50位をウロウロしていたくらいの実力しかなかったんだ。それが重要度の低いものとは言え、依頼が来るってことは俺達の 実力が認められたって事だろ?」

 オーロラシーカーの言葉は間違ってはいない。
 仲介業者(ナーヴス・コンコード)を介してとは言え、企業が依頼を出すということは大事な社運を懸けているということだ。
 間違っても実力や経験の低い素人などに、依頼など来るわけがない。
 事実、オーロラシーカーやエネは長い間レイヴンをしてるのにも関わらず、依頼をこなし始めたのはほんの2ヶ月前からなのである。

「私達の力は確かに上がっているでしょうけど……依頼が来るようになった原因はそれじゃないですよ。今は木星蜥蜴との戦争でどこもかしこも緊張状態。そん な中ACを操る人材を娯楽のアリーナだけで浪費するなんて無駄もいい所です。依頼が来るようになったのは私達の実力じゃなく、状況がそうさせたのですよ」

 そう辛辣に言葉を返すエネ。残念ながらこれも事実だ。
 各地で木星蜥蜴との衝突が繰り返される中、企業の戦闘部隊で最も深刻な問題が、戦力の圧倒的な不足である。
 企業やシティガードが持つ主な戦力は、戦闘機や戦車などの旧世代の兵器、そして戦闘用MTだ。
 だがこれらの戦力では、木星蜥蜴の主戦力となるバッタや、戦艦クラスのカトンボでは到底太刀打ちできない。
 戦闘機はバッタのいいカモにされてしまうし、戦車やMTの火力ではジョロ等はともかく、カトンボには太刀打ちできないのが実情だ。
 そんな状態でいったいどうするのかというと、ここでACの出番というわけだ。
 ACはパイロットの力量にもよるが、シティガードや企業の私設部隊などよりもよっぽど強力だ。
 特にここ100年あまりでACの技術は格段に進化しており、それに付随して各武装も強化されてきている。
 ACの扱う武器の中には、戦艦クラスのディストーションフィールドを易々と貫くものもあるのだ。
 そういう理由で、木星蜥蜴との戦闘の際には必ずと言ってもいいほどレイヴンが雇われる。
 ガードを幾ら増員するよりも、腕利きのレイヴンを雇った方が効率がいいのである。

「エネちゃんの言うとおりだ。俺達の力は確かに以前より上がっているが、それでもまだまだ中堅ランカーには遠く及ばないさ。今の実力だと現状のような小規 模の戦闘ならともかく、大掛かりな戦闘になると無事じゃすまないだろうな」

「ふん、偉そうなこと言って、お前も下位ランカーの一人だろうが」

「それでもお前よりはランクはずっと上だ」

「ぬうううぅぅぅぅぅ!!」

「シーカーさんの負け惜しみは置いといて……。アキトさん、大掛かりな戦闘ってどういうことですか?」

「置くな!!」

 無視して話を進めるアキトとエネ。

「なんでも企業連合は近いうちに、木星蜥蜴に対して一大反攻作戦を仕掛けるらしい。各企業の主なシティ付近にあるチューリップは、上位ランカーのおかげで ほとんど破壊されたらしくて、シティ間の交流が活発になってきているという話だしね」

「そういえばシティへの襲撃がここのところ散発的というか、少なくなってますね……」

「やつらも迂闊に手出しができなくなった、ということだろうな。とは言え、火星圏の半分はいまだ蜥蜴たちの勢力だから、ここらで一泡ふかせてやろうってこ とか」

 そう強制的に話しに割り込んだオーロラシーカー。無視されるのがよほど嫌いらしい。

「まぁ……そう解釈するのが自然だろうな」

「嫌だな……戦争って」

「今更なにを言ってるんだ、エネ? レイヴンになった時から、こういうこともあるって覚悟してただろ?」

 ポツリと漏らしたエネの言葉にオーロラシーカーが言葉を返す。
 まあレイヴン試験の時点で命懸けだったのだから、彼がそう言うのも無理はない。

「そりゃあ、最初は覚悟してましたよ……。でもアリーナに登録した時、コンコードの人にアリーナでしか戦わないレイヴンもいるって聞いたの。だから私もそ んなレイヴンを目指してがんばってたのに……、戦争に駆り出されるなんて……」

 エネの言うように、実際ミッションに繰り出さず、アリーナバトルだけをこなしているレイヴンは多い。
 下位ランカー達のバトルマネーでも、パーツを買うのはともかく、暮らしていくだけなら十分なものである。
 なによりアリーナでは、『死ぬ』可能性がずっと低いのだ。
 稀に事故などで死亡者が出ることはあるが、それでもミッションに出て死亡する確率よりは格段に低い。

「……エネちゃん。戦場に向かう覚悟がないなら、レイヴンを止めた方が良い」

「……ぅ」

「エネちゃんがなんのためにレイヴンになったかはある程度は知っているよ。そのために死にたくないっていう君の気持ちも分かるつも りだ。だけど今のこの情勢でそんな気構えだと、君の命に関わるよ」

「……すいません。なんか連戦続きで愚痴っぽくなってたみたいです」

「まあ、シティの襲撃が少なくなったとはいえ、依頼は途切れなくきてるからなぁ」

 ちなみに冒頭のミッションで、一週間休み無しの連続出撃だったりする。

「さて、俺はそろそろお暇するよ。アイちゃんが待ってるからね」

「あ、はい。お疲れ様でした〜」

「ミルキー。最近アイちゃんの姿を見てないぞ。今度連れて来い」

(…………コイツ、やっぱりそっちのケがあるのか?)

 ふとそんなことを考えるアキト。
 まぁ、最初の出会いがアレではそう勘ぐるのも致し方ないのだろうか?

「アイちゃんをこんな物騒なところに連れて行けるか。ましてお前に会わせるなんて、空恐ろしくてできないね」

「ぐが……ぐぎぎぎぎぎ………!!」

「シーカーさん、どぉどぉどぉ」

 顔を真っ赤にしてこちらを睨みつけているオーロラシーカーを尻目に席を立つ。
 エネに彼の後のことを任すのは気が引けたので、お詫びとしてこの場の費用を自前で払う。
 そうしてテンカワ・アキトはその場を後にした。








「ただいまぁ〜っと」

 自身の住処に帰ってきたアキトはそう口にする。
 半年ほど前だと、独り身の空しい台詞となって心を乾かしていたが、今は守るべき大事な家族がいる。
 だが、さすがに日付がかわろうとしている時間帯のため、彼女の返事は期待していなかった。
 ちょっぴり寂しそうな顔を浮かべて薄暗い廊下を歩いていると、アキトはリビングに光が漏れていることに気付く。
 ハンガーでの会話を思い出し、すわ敵かと警戒したが、殺気などといったものは感じられない。
 慎重にドアに近づき、そっとドアを開けて中を覗いてみると、アイが上半身をテーブルに預けており、身体が上下に動いている。
 おそらくアキトの帰りを待っているうちに眠ってしまったのだろう。

「あらら……遅くなるから先に寝るように言っておいたのに」

 そう言いながらも、内心待っていたことに嬉しさを感じており、アキトは苦笑した。
 このままでは風邪を引くので、アイの身体を慎重に抱きかかえて、寝室まで連れて行く。
 運んでいる途中「お兄ちゃん……もっと……もっとぉ〜〜」などと呟いていたような気がするが……それは聞かなかったことにする。
 アキトはアイの身体を布団に預けて毛布を掛け、寝室をあとにした。
 そして自室に戻ると、端末の電源をONにして「ナーヴス・コンコード」のTOP画面を映し出す。

「さて……と」

 そう呟くと、アキトはキーボードに指を躍らせはじめた。同時に、画面上に様々な情報が映し出される。
 各シティの情勢や、防衛戦力の比率。交通状況に経済状況、企業の動きなど……えとせとら・etc。
 中には、おいそれと常人が見ることができないような情報も映し出されている。
 レイヴンともなれば、一般人が見ることの出来ないような情報も専用IDを使うことで、アングラな情報を得ることが出来るのだ。
 アキトは一通りの情報を閲覧すると、ふぅと一息ついて目を閉じる。

(各シティの間に作られた防衛線はほぼ7割方が完成。企業も結託して木星蜥蜴を撃退。レイヴン達は獅子奮迅の活躍。しかしながら市民の生活レベルは下降の 一途を辿る……か)

 ゆっくりと目を開けてアキトは呟いた。

「企業の間でネルガルの動きが無いのはどういうことだ?」

 自惚れるつもりはないが、アキトは自分自身の『価値』を正しく認識している。
 戦争開始初期の混乱は凄まじいものだったので、それによってネルガルの監視がなかったのは納得できる。
 だが、混乱が収まり、各企業が体勢を立て直すようになっても、彼らからの視線を全く感じられない。
 もっとも、コンコードの加護の下では迂闊に監視することができないという可能性もあるが。

(火星支社のオリュンポスが壊滅したと聞いたけど、まさかそこまでひどいのか?)

 オリュンポスはネルガルの要ともいっていいほど重要な施設があったと聞く。
 そこが壊滅したことで、ネルガルは火星での企業競争に見切りをつけたということなのだろうか?

「ってことは、俺なんかに構ってる暇は無いってことかなぁ……」

『何に構うというのですか?』

「のうわっ!?」

 唐突に声が部屋に響いたので、思わず椅子からずりおちそうになる。
 アキトが驚いて端末を見てみると、無表情なネル・オールターの姿が浮かび上がっていた。

『夜分遅くに失礼します。レイヴン、LCCからの緊急の依頼です』

「依頼って……こんな時間にですか?」

 時計を見ると短針は11の数字を指している。まあ、一般人から見ると連絡云々をするには少々非常識な時間帯かもしれない。
 が、オペーレーターたるネルはそんなことはお構いなしだ。

『あなたは子供ですか。むしろレイヴンの依頼というのは夜が主なものなのです。……それはともかく、メールボックスに依頼文を送ってあるので早く読んでく ださいね』

「ハァ……わかりましたよ」

 そう言ってアキトは端末上のいくつかのウインドウを消し、メールボックスを開いた。
 見るとリストの一番上に「内通者消去」とある。おそらくこれのことであろう。
 アキトは無言でキーを押し、依頼内容を確かめた。

『内通者の消去を依頼したい。
 目標は我々の職員で、内部機密を陰で企業に売り渡していた物だ。しばらく泳がせておいて調査をした結果、今夜ファルナクレーター群においてエムロード社 の派遣隊と取引する事を突き止めた。取引現場に踏み込んで目標を消去して欲しい。
 狙うべきは目標の搭乗した車両のみだ。企業側の戦力は無視して構わない。
 今回の目的は、企業に対して我々の意志を伝えることだ。火星の秩序を乱す行為を我々は容認しないと。
 レイヴンに依頼するのは気が進まないが、我々は多忙なのでな。
 以上、よろしくお願いする』

「LCCか……相変わらず人を見下した物言いだな」

 LCCとは企業中央委員会の略称で、地球政府が設置した火星の統治機構である。
 火星の企業を監視する目的で設置されてはいるが、人類の地上復帰を優先する地球政府の方針から、十分な人員が確保できておらず企業側に主導権を握られて おり、ほぼ形骸化しているのが実情だ。
 だが、ここ最近は徐々に力をつけつつあるようで、木星蜥蜴の排除と併行して企業側をけん制しているようだ。
 この依頼もそういったけん制のひとつなのだろう。

「まったく、未知との敵と戦争状態だっていうのに何をやってるんだか……」

『彼らはすでに戦後のことまで考えているのでしょう。得てして企業とはそういうものです。……で、受けるのですか?』

「受けますよ。こんなやつらの駒として動くのは面白くないけど、こちらも精々利用させてもらいます」

『分かりました。では、なるべく早く準備のほうをお願いします。作戦開始時刻は1:00です』

「了解」

 端末の電源を切って、ハンガーに掛けておいたジャケットを羽織る。
 そのまますぐに出て行こうとしたが、ふと思い立ってアイの部屋に寄ってみた。
 ドアの隙間から覗いてみると、どうやらぐっすりと眠っているようだ。可愛らしい寝息を立て、幸せそうな顔をしている。
 アキトは小さな声で「いってきます」と言い、ドアを静かに閉めてアパートを後にした。
 ガレージに向かう際、依頼文の一文を思い出してふと考え込んだ。

(内部機密か。もしかしたらネルガルのことについて何か分かるかもしれないな)








 ファルナクレーター群。そこはかつて墜落した大型宇宙船によって作られた、巨大なクレーターの砂漠だ。
 そのクレーターのはずれに、息を潜めた巨大な影がある。テンカワ・アキトの乗り込んだラークスパーである。
 見るとラークスパーは少々形状が変わっている。脚部パーツや腕部パーツが若干変更されてはいるが、使用されているパーツはほとんど が質実剛健たるエムロード製のもので、そのACの力強さが強調されている。
 また武装も大幅な変更がされている。右手には長期戦を考慮された1000発もの装弾数を誇るマシンガン[EWG-MGSAW]がにぎられており、右肩に はスチールブルーの輝きを放つ12連装ミサイルポッド[EWM-S612]。
 そしてなんといっても目を引くのが、左肩に搭載されている黒い大筒である。

 グレネードランチャー[EWC-GN44-AC]

 ACが搭載できる武器の中でもトップクラスの威力を誇る、ACの象徴たる武器だ。

『そのグレネードランチャー、一体どうしたんですか?』

「買ったに決まっているでしょう」

『………私の記憶が確かなら、その武器は80000コームは下らなかったと思うのですが』

 ちなみに80000コームはどれくらいかというと、トップクラスのレイヴンが受ける依頼の報酬と同等と考えていい。
 しかも、成功(生還)率10%代とかなりシビアな内容の。
 間違っても新人レイヴンがおいそれと手に入れられる金額ではない。

『よく購入できましたね……』

「ここ最近の連続ミッションで懐が暖かかったから。それに、こんな装備でもないと戦艦クラスのDF(ディストーションフィールド)は貫けませんしね」

 グレネードランチャーは対木星蜥蜴に、かなり有効な兵装だ。集団で襲ってくる虫型機動兵器は、その榴弾の爆発と爆風で薙倒され、戦艦クラスのカトンボに は、1発でそれらのDFを打ち破る有効な武器として警戒されている。
 現にこのグレネードは市場にかなりの数が出回っており、ACに限らず、シティの防衛戦力たるMTや砲台として配備されたりしている。

『まぁ、あなた自身の浪費癖にはなにも言いませんが、あまり無茶な使い込みはしないように』

「いや、別にそれほど使ってないんですけど……」

『(ピピピッ)………時間です。作戦を開始してください』

「無視ですか」

 そう言いながらも、アキトは機体を走らせている。
 レーダーを見ると、目標の付近に新たな光点が複数近づいているのが分かる。おそらく依頼文にあったエムロードの派遣隊だろう。
 クレーター淵の丘を越えると、目標の車両とエムロード社の戦闘MT「シャフター」6機を視認する。

『……ん? 付近にACの反応を確認』

『レイヴン……! ばれたのか、くそっ!』

 こちらに気づいたらしい。同時に、目標である車両が逃走を開始した。

『全機、彼の逃走を援護。ACを迎撃せよ』

 律儀にも、エムロード社のMT部隊が目標の安全を確保すべく戦闘態勢をとり始める。
 MTでACに挑むのはかなり無謀に近いが、数で押せば勝てないことも無い。
 シャフターは安価なMTとはいえ、マシンガンと連装ミサイルを搭載した立派な戦闘型MTだ。油断は禁物だろう。

(数が多い……いちいちMTの相手をしてちゃ目標に逃げられてしまうな)

 アキトは一瞬考えた後クレーターの端で機体を止め、グレネードの発射体勢をとる。

(まずは最初の一発で敵MT部隊を足止めさせる)

 ロックオンサイト内に敵を補足して、敵を狙う。照準ロックが写らないが、構いはしない。
 手の甲の紋章を一際輝かせて、発射する!

 轟音!!!!!

 放たれた榴弾は一直線にMT部隊に向かっていき、そのまま部隊の中心に着弾。強烈な爆風を巻き起こす。
 アキトはといえば、発射した直後にオーバードブーストを展開し、発射体勢のまま榴弾と同じく一直線にMT部隊へと飛翔した。
 ラークスパーに一番近い場所にいた一機のシャフターは、グレネードの爆風によって吹き飛ばされ、起き上がろうとしたところをオーバードブーストで突っ込 んできたラークスパーのマシンガンによって沈黙させられた。
 アキトは続いて、衝撃によってよたよたと動いていたシャフターもマシンガンで沈黙させ、一番被害が軽かったと思われる三機目のシャフターを、オーバード ブーストで突っ込んだままレーザーブレードで一刀のもとに切り伏せる。
 この間、わずか10秒足らず。

 アキトが両手に持つIFS(イメージフィードバックシステム)は、火星出身ならほとんどの人間が持っているもので、ナノマシンを介 して機器を動かすことが出来る操縦方式だ。IFSはイメージ次第でどんな動きも可能にすることが出来るので、人型のACを動かすには うってつけのモノである。アキトの実力は単に、今まで培ってきたIFSの経験値のおかげに他ならない。

 後方に展開していた残りの三機は、仲間があっという間にやられてしまったことに動揺したのか、攻撃してこない。
 アキトはその間に空になったエネルギーゲインを充填させ、今度は目標たる車両に向き直る。
 そうすると、本来の任務を思い出したのか、三機のシャフターはミサイルとマシンガンを乱射しつつこちらに向かってくる。

(遅いんだよっ!)

 アキトはその三機にマシンガンの一斉射を浴びせ、ひるんだ隙に再びオーバードブーストを展開させる。

 ドンッ!!

 みるみるうちに車両に接近するラークスパー。
 アキトは一気に目標の車両に接近すると、ブーストで跳び上がりオーバードブーストをカット。
 そのまま勢い良く落下して車両を踏みつける。そうしてレーザーブレードで運転席を串刺しにした。

『うわぁぁぁっ!』

 外部スピーカーから目標の男の悲鳴があがる。
 それとは別に、機体越しとはいえ人を殺したというのにも関わらず、自分でも驚くぐらい罪悪感を感じない。
 違和感を感じつつも残りのシャフターを片付けようとするが、彼らは応戦せず、そのまま引き上げて行った。

(引き際がいいな……車両がやられるのは想定の範囲ということか?)

「……とにかく、任務達成だ」








 ゴトゴトと揺れるAC輸送車両の中、アキトは考え込んでいた。
 依頼文にあった目標の乗った車両撃破。しかしアキトは作戦時、運転席だけを狙って車両はすぐには壊さなかった。
 ネルに回収依頼を要請した後、アキトは車両の中にあった端末から可能な限り情報をサルベージしていたのだ。
 契約違反なのは分かっていた。しかしアキトはこのLCCの内部機密とやらがどうしても気になった。
 政府の公的機関たるLCCならば、自分と関わりのあるネルガルについて、なにかしら情報をもっているかもしれないからだ。
 端末には強固なプロテクトがかけられてあったが、なんとかそれを解除し、最低限の情報を得ることができた。
 ……といってもわずかながらの単語なのだが。

 『ネルガル』 『バレーナ』 『スキャパレリ・プロジェクト』 『地球連合軍』

 残念ながら、これだけの単語を吸い出した後、迎えの輸送車をレーダーに捉えたのですぐさま車両を破壊した。
 幸い、ネルや輸送車の運転手に気付かれることはなかったようだ。
 アキトは改めて考える。LCCは何かをはじめるつもりだ。ここ最近の動きから見てそれは間違いない。
 しかもそれに、あのネルガルも一枚噛んでいる。やはり彼らはこの火星の大地をあきらめてはいないのだ。


(ネルガル…………一体なにを狙っている)


 アキトはそう胸中で呟いて、徐々に小さくなっていくファルナクレーターの宇宙船を見続けていた。





TO BE CONTINUED







あとがき

 グレネードランチャーは男の浪漫です(挨拶)
 web拍手を見ると、結構な人がこの作品をみてくれてるようで、本当に有り難いことです。
 皆さんの期待に応える様、作者も頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
 さて、今回出演したエネですが、彼女もオーロラシーカーと同じくゲーム中に登場するランカーレイヴンです。
 もっとも、彼女もまた一言も喋ることはありませんが、ゲーム中のプロフィール上からその人気は高く、AC2における「最萌えレイヴン」などと呼ばれてい たりします。
 そのせいかAC小説で2を扱っている作品では、かなりの頻度で登場していたりします。
 とりあえず、この作品では上記のようなキャラになっていますんで、生暖かい目で見守ってやってくださいませ(汗)
 では、次のお話しでまた会いましょう。




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