火星の地下に設けられたレールライン。そこでは24時間市民の足として使われているリニアが走っている。
数十年前、いまだ人類が地下世界での生活を余儀なくされていた頃から使われていたリニアのノウハウは、ここ火星でも遺憾なく発揮され、火星社会の発展に 大きく貢献した。人を運び、物資を運び、そして人々の希望と夢を運ぶ。そんなリニアは、人類が今まで発明した中でも偉大な物だと彼、コージ・トタニ車掌 (40)は思っている。
今の時代、リニアはほぼ全てがコンピュータによって制御され、人の手を必要としなくなっている。
だが、有事の際に最も必要とされるのはやはり人の手である。そのため、リニアには最低限の人員が配置されており、もしものときに備えている。もっとも、 そのような事態は今まで起こっていないため、彼を除くほとんどの人員がだらけきっているが。
(まったく……嘆かわしいことだ)
次のステーションについたら一発ガツンといわなきゃならん、と思い仕事に専念する。
到着まで30分といったところで、左に大きく曲がったカーブに入る。あとはひたすら真っ直ぐいけばすぐにステーションだ。
「ん……?」
ふと、トタニの視界になにかが飛び込んでくる。どうやらリニアのライトに照らされた先に、何かがあるようだ。しかも数が多い。
一瞬確認しただけでは分からないが、岩のようにも見える。
「なんだ?…………落盤かなに」
その先の言葉を紡ぐことはできず、リニアは蒼い光に包まれた。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第四話「無人兵器達の挽歌」
先のファルナクレーター群の作戦から一週間、アキトは積極的にLCCの依頼を受けるようにしていた。
もっとも、アキトは依頼内容を選好みできるような立場ではない。
いくつかはいってくる依頼で優先的にLCCのを受けることが精一杯である。
LCC側もそんなアキトを「使えるレイヴン」と判断したらしく、他の企業と比べてもLCCからの依頼が多く回ってくるようになった。
そんな矢先のことである。とある依頼が入り込んできたのは。
『至急の依頼だ。地下高速鉄道路の17号地区に「ディソーダー」が突如出現した。その排除を頼みたい。
「ディソーダー」とは出所不明の無人装甲兵器だ。火星の各所に出没しては、都市や施設を襲撃し、火星開発に大きな被害を与えている。 この鉄道路は、火星を横断する重要な輸送交通網であり、放置すれば交通の停止による経済的な影響は計り知れない。
事態は火急を要している。我々LCCは他にも優先すべき仕事を抱えており、レイヴンに頼むのが最適だと判断した。
木星蜥蜴のみならず、素性の分からない機械などに今後の火星の発展を邪魔させるわけには行かない。よろしく頼む。』
「ディソーダーって…………?」
アキトがそう呟くのも無理はない。依頼文には「火星の各所に出没しては大きな被害を与える」とあるが、彼はそんな不可思議な物が 火星に存在するなどということは聞いたことがなかった。そのため、彼はオペレーターたるネル・オールターに説明を求めた。
『はい、あなたはまだ「ディソーダー」を知らないでしょうから、少し説明させていただきます。ディソーダーとは火星各地に出没する、正体不明の無人装甲兵 器群のことです』
「正体不明? 木星蜥蜴じゃないんですか?」
『いいえ、デイソーダーについては「火星テラフォーミング計画時に使用された大破壊前の作業用メカ」など、その正体についての仮説は多々ありますが、詳し くは何もわかっていません。ただ、火星移住のごく初期以前よりその存在は確認されており、一部の昆虫のように組織的行動をとって、都市や施設を襲うなどと いった被害を及ぼしています』
「まさに正体不明か……しかし、火星初期以前から確認されているって言ってますけど、少なくとも俺はそんな話いままで聞いたこと無いですよ?」
『おそらくLCCや企業の情報操作でしょう。彼らは、地球圏の安定と火星での労働力の確保のために、火星への移住の推奨を行っています。ですから、いたず らに市民を不安にさせるような情報を握りつぶしているのでしょう』
「……もしかして、今まで火星で起こった事故やテロなんかはそいつらの仕業なのか?」
『……全てではありませんが、大半はディソーダーの仕業と見ていいでしょう』
その言葉を聞いて、アキトの顔が苦虫を潰したようになる。
(確かにディソーダーの情報を世間の公表すれば混乱は必須だろうさ。でも、その公表された情報によって助かった命もあったかも しれないってのに………)
「……企業の都合で被害を被るのは、いつも何も知らない市民だな」
そう呟いた後アキトは端末を数秒程操作し、依頼を受諾する。
依頼内容では緊急とあった。急がなければならない。
「すぐに出ます。ガレージの方に連絡を入れておいてください」
『わかりました。ガレージの方にカーゴを用意しているので、準備が出来次第それに搭乗して作戦区域に向かってください』
「了解」
打てば響くような反応はさすがオペレータといったところか。
アキトは端末の電源を切るとジャンパーを羽織り、一目散に部屋を飛び出していった。
ラークスパーを乗せたカーゴは、ディソーダーが出現したと思われる区域から少し離れた所で停止した。
荷台のコンテナのハッチが開いて、中からラークスパーが発進する。
『我々は作戦領域外で待機しています。御武運を』
カーゴの運転手はそう言い残して、安全な領域へと車両を向かわせる。
薄情な気もするが、帰りの足が壊されてはかなわない。アキトは小さくなっていくカーゴを尻目に地下高速道路を進んでいった。
トンネル状の道路内はかなり広く設計されており、横幅はACが数機並べるほどもある。
だが、戦闘を行うにはやはり狭く感じてしまう。機動戦闘など以ての外だ。
『多数の熱源を確認』
領域外から偵察しているネルから連絡が入る。
現在この区域一帯は封鎖されており、アキトの乗っているラークスパー以外では目標となるディソーダーしか存在しない。
「こちらのレーダーでも確認した。……ほんとに生体センサーでしか認識できないんだな」
ディソーダーは装甲が金属でないため、生体センサーを搭載していない頭部やレーダーではロックオンや反応を捉えることができない。
今回ラークスパーは、右肩のミサイルポッドに変わって生体表示機能を持ったレーダーを装備しており、頭部も同じく生体センサーを搭 載したパーツなため問題ないのだが、そうでない場合は探知どころかロックオンすら不可能となる。
この特殊な装甲においてもディソーダーは未知の兵器だった。
さらに進んで、ディソーダーを視認できる距離まで来ると、アキトは思わず顔をしかめた。
「ものすごい数だな……」
擬音にすると、うぞうぞというのか、ガチャガチャというのだろうか。
地下道路という限られた空間に、まるで虫のようなディソーダーの大群がひしめき合っている。
蜘蛛のように中央の胴体から四方に突き出た有機的な足は、まさしく虫そのものだ。それは木星蜥蜴のように機械的ではなく、光沢の具合から見てかなり生物 的と言っていいだろう。
その大きさも様々で、ACの膝より低い小型のディソーダーもいれば、腰ほどもある大型もいる。
その大群がほぼ隙間無くひしめき合っているのだ。虫嫌いの人間が見たら、失神するのは間違いない光景である。
そうこうしているうちにディソーダーがこちらに気付いたのか、ラークスパーに向かって動き出した。
『システム、キドウ』
無機質な声で頭部コンピュータが告げると同時に攻撃を開始するラークスパー。
そしてそれを待ってたかのように、ディソーダーも攻撃を開始し、幾条かのラインビームが地下道路内を照らす。
碌に照準を付けていないのだろう。ほとんどが壁や柱を焦がすばかりである。
だがそれが一つ二つならともかく、十数も来るとなると話は別だ。
このような狭い場所では碌な回避行動がとれず、いくつかのビームを浴びてしまい、アキトはたまらず射程外へと機体を逃がす。
「ちっ……威力はたいしたことないが、喰らい続けるとまずいな」
『ディソーダーの数が多いので、集中攻撃を受けないように注意してください』
ネルが気休め程度のアドバイスを送る。
限定された空間であるこの道路で、多数の攻撃をすべて回避するのは難しい。そう判断したアキトはラークスパーを若干後方に下げ、左 肩のグレネードランチャーを立ち上げて、射撃体勢を取った。
肩装備の武装で、キャノン系のものは強力な分反動も大きい。その反動に耐えるため、二足歩行型のACは片ひざをついた射撃体勢でキャノンを構えなければ ならない。もちろん、この状態が最も攻撃を受けやすい瞬間なのは言うまでもない。
アキトはディソーダーの攻撃の届かない長距離から攻撃を開始する。
「くらえっっ!!」
――――轟音!
甲高い爆音がトンネル内に響くと同時に、凄まじい速度で榴弾が放たれる。
放たれた榴弾は、ちょうどディソーダー先頭集団のほぼ真ん中に着弾した。トンネルの中と言う狭い空間なため、爆発の衝撃と爆炎が隅 々まで行き渡り、先頭集団のみならず、後続のディソーダーも巻き込んだ。
その衝撃は、かなりの距離を取っていたラークスパーの元にまで届くほどだ。
しかしディソーダーは思ったよりも知能が低いのか、先頭で起こった惨劇にも関わらず、何も考えずにこちらに向かっている。
アキトは続けて榴弾を放ち、今度は後続のディソーダーが爆炎の餌食となる。
……前回といい、今回といい、この男は思ったよりも派手好きなのかもしれない。
『レイヴン、この地下道路は今後も使用されるのであまり無茶はしないで下さい』
同様にネルも思ったのか、そうアキトに忠告する。それを聞いたアキトは不承不承といった感じで射撃体勢を解いた。
一方ディソーダーはそんなこともお構い無しに、千切れ飛んだ仲間の残骸を乗り越えて、ひたすらこちらに向かって前進を続けて向かってくる。そしてラーク スパーを射程内に捉えると、一斉にラインビームを連射する。
対するアキトは、柱を盾にマシンガンで応戦する。
僚機がいるのならともかく、集団戦において単機で接近戦はリスクが大きすぎてあまりにも危険である。
先程のグレネードの攻撃がよほど効いたのか、瞬く間にディソーダーの群れは殲滅された。
しかしレーダーを見てみると、奥の方にディソーダーがいまだ残っているらしく、幾つもの光点が写しだされている。
「これだけ倒してもまだいるのか………数が多くて鬱陶しいのは木星蜥蜴と一緒だな」
アキトはそう呟いて、トンネルのさらに奥のほうへと進んでいく。
間も無くディソーダーを確認すると、ラークスパーは素早くマシンガンを構えて、敵を撃破しようとした。
だがアキトはトリガーを引こうとする寸前、トンネルの奥で燻るディソーダー以外の「ナニカ」を目に留めた。
「あれは………」
おそらく……というかまず間違いなくディソーダーにやられたのだろう。
この地下鉄道路を走る、リニアが横になって炎上していた。
運転用の最前車両はディソーダーのラインビームを大量に浴びたのか、元の原型すら分からぬほど破壊し尽されていた。
おそらく、リニアの乗客・乗員の生存は絶望的だろう。
そう、『あの時』と同じように。
「……………………お前達」
アキトの脳裏に、数ヶ月前のユートピアコロニー地下シェルターでの出来事が甦る。
怒号
悲鳴
銃声
バッタ
鮮血
崩壊
紅い目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目、目
アキトの脳裏に襲うフラッシュバック。そこに映し出される光景は、アキトの感情を激変させるのに十分なものだった。
IFSコネクタに乗せていた掌から甲高い音が響き渡り、アキトの顔に虹色のライン……ナノマシンの軌跡が走る。
そして、目の前のディソーダー群を睨みつけるアキトの形相は「悪鬼」と称するに相応しいほど変貌していた。
「嫌なことを思い出させてくれたな………」
バクンッ キュウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥン
OB(オーバードブースト)を起動し、背中のハッチが開放されてエネルギーの充填音がトンネル内に響き渡る。
その音は聞く者によっては、子犬の鳴き声にも聞こえるかもしれない。
「消えろ」
ドウンッッッ!!!
過剰なエネルギーが背中のハッチから噴出され、その推進力によって、ラークスパーはあっという間にディソーダーの群れの下へと飛び込んでいった。ディ ソーダーの群れは一瞬で接近してきたラークスパーに反応が遅れたのか、一瞬砲撃が止む。
その一瞬の間に、たちまち薄暗いトンネル内にエメラルドグリーンの輝きが舞踊った。
ラークスパーの左腕に装備してあった高出力レーザーブレードが容易くディソーダーの装甲を切り裂き、蒸発させていく。
一度振り下ろせば1機が左右に別れ、一度横に薙げば2機が上下に別れる。
そうして次々とディソーダーの屍が築き上げられていく。
「うおあああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」
剣筋もなにもなっていない………ラークスパーはただ滅茶苦茶にブレードを振り回しているだけだ。
だが確実にディソーダーはその数を減らしていっている。
もっとも、ラークスパーのほうも無事ではない。
有人機相手ならともかく、この無人兵器達は同士討ちなど考えずに、ただひたすらに目標に向かってラインビームを撃ってくるのだ。
斬り漏らしたディソーダーが至近距離からラインビームを浴びせており、ラークスパーの装甲にいくつもの銃創を刻み込んでいく。
だがアキトはそんなことに構いもしない。
ただひたすらにブレードを振り回して紅い瞳の幻影を薙ぎ払い、ただひたすらにトリガーを引き絞って深緑の悪魔を追い払う。
ラークスパーの中にいるアキトの形相は正に「悪鬼」そのものだ。
だが彼の駆るラークスパーは、見る者にとってその姿は追い詰められた剣士に他ならなかった。
数十秒………いや数分はたっただろうか。
ラークスパーの周りには、すでに動くものは消え去っている。
足元には、ディソーダーのものと思われる、生物然とした緑色の装甲板が散らばっており、辺りはほとんど瓦礫の山と化していた。
ディソーダーの亡骸だけには留まらず、トレインの残骸やトンネル壁、柱の破片がその有様に拍車をかけている。
ディソーダーが半機械生命体だからよかったものの、生身の生物だと考えるとこの様子はもっと凄惨なものになっていることだろう。
「はあ……はあ……はあ……はあ……はあ…………はあぁぁぁぁーーーーっ」
アキトは荒れた息を整えると、コックピットの硬いシートに背中を預けた。
顔に走っていた虹色の輝きもいつの間にか消えている。
自らの心を落ち着けた後、アキトは機体の様子をモニターでチェックし始めた。
「………ひどいものだな」
左腕のブレードは負過熱で発生器周辺が溶けかかっている。
脚部はラインビームの浴びすぎで、間接部は悲鳴を上げ今にも崩れそうである。
傷は大小問わず、ボディのあちらこちらにあって無事な部位を探す方が難しいほどだ。
至近距離でラインビームの集中砲火を浴びたのだから、これだけの損傷は当然かもしれない。
『………敵勢力の全滅を確認、レイヴンお疲れ様です。帰還して下さい』
一通りのチェックを終えるとタイミングでも計っていたのだろうか、ネルがそう告げた。
「………了解、これより帰還する」
アキトはそれだけ告げると、カーゴが待機しているポイントへと向かう。ラークスパーの具合は最悪だが、動かせないほどではない。
機体を戦闘モードから通常モードへと移行して反転し、転倒した車両を背にその場を後にする。
心の奥に煮え切らない想いを燻らせたまま……………。
『エムロード社からの依頼です』
ネルが次の依頼を持ってきたのは、ディソーダーの仕事からそれほど時経たずしてであった。
依頼主はエムロード社。
かつてLCCからの依頼で敵となった企業である。しかし、それが今回は依頼主であり味方だ。
場合によって立場を変えるのがレイヴンの本分である。今回のようなシチュエーションもこの場限りではない。
『ジオマトリクス社の輸送車両を襲撃。輸送されるのはおそらくジオ社の新型技術に関連したものだと思われるため、車両を破壊し、奪取。それが不可能なら破 壊して欲しいとのことです。目標は通常輸送車両で、軽武装です。また、護衛をつける可能性も高いでしょう。車両は移動速度が速いため、作戦領域外へ逃がさ ないように十分注意してください』
「……了解しました」
アキトは依頼内容の確認を終えると端末の電源を切って、ガレージに向かう準備をする。
だがその動作は酷く緩慢だ。
先の依頼の出来事を未だ引き摺っているのか、さきほどのネルへの返事にもアキトの声には力がなかった。
食事も思うように取っていないらしく、その顔は若干こけており、以前のような覇気が感じられない。
アイは、先の依頼から帰った後食事をほとんど喉に通さないアキトを心配していた。
そして今も不安げな瞳でアキトの様子を伺っている。
準備を終えたアキトは、部屋を出ようとした時になって、ようやくドアの傍にいたアイに気が付いた。
「じゃあアイちゃん、行ってくるね」
「お兄ちゃん………無理しないでね」
明らかに口調に元気…というか力が無い。さすがに不安に思ったのか、アキトはしゃがみ込んで目線をアイに合わせて話しかけた。
「どうしたの?なんだか元気が無いね、アイちゃん」
「それはお兄ちゃんのほうだよ!!」
突然大きな声を出すアイ。
だがその声は大声であるにも関わらず、恐怖から搾り出したかのような悲しさと不安、そして怯えが感じられた。
「お兄ちゃん、前のお仕事からずっと難しい顔してる! ずっと悲しそうな顔してる!! お兄ちゃんがそんな顔だとアイも…… アイも…………!!」
「アイちゃん……」
先の依頼から僅かの間、心身を疲労させてたのはアキトだけでなく、彼女も同様らしい。
幼いながらも彼女は頭がいい。ここ暫くのアキトの態度で何かあったのだと感じたのだろう。
どうやらアキトの思っている以上にアイを心配させてしまっようだ。そう考えてアキトは己の不徳を恥じ、唇を噛んだ。
「ねぇ、帰ってくるよね? お兄ちゃん、今日もちゃんと帰ってくるよね……?」
アイはアキトの服の裾を掴んでそう聞いた。彼女のこちらを見上げる瞳は、今にも涙が溢れんばかりに潤んでいる。
その瞳を正面から受け止めてアキトは決意を新たに呟いた。
「………帰ってくるさ」
そう口にしたアキトの言葉には先程までには無かった覇気が感じられた。
「絶対帰ってくる。絶対アイちゃんを一人にしていなくなったりするもんか!」
その言葉を聞いて、アイは涙が流れそうなほど潤んだ瞳で……それでもにっこりとアキトに笑いかけた。
「………ご飯つくって待ってるからね?」
『約1分ほどで車両がY路地を通ります。準備して下さい』
「了解」
地下幹線道路の細い路地にて、先程とは打って変わって、張りのある返事を返すアキト。
レーダーには赤い光点が、連なってこちらに向かってくる。おそらくこれが目標の車両なのだろう。
アキトはスイッチを押して、ACを立ち上げた。
『システム、キドウ』
「いくぞっ!」
輸送車両「オアシス」の後尾にはりついている護衛の戦闘車両「レッドライン」。
一台だけだがこいつのロケット砲は、限定された空間であるトンネル内での回避の難しさも手伝って、かなり厄介だ。
ラークスパーは、すれ違いざまにブースタージャンプでコンテナの外に躍り出た。
そのままマシンガンの射撃でレッドラインに奇襲をかける。
輸送車両を潰すにしても、「レッドライン」の存在は邪魔である。それに護衛の方をさきに潰すのは定石だ。
狭い空間内でロケット砲をかわしながら、「レッドライン」にマシンガンの弾をひたすら撃ち込んでいく。
だがアキトは攻撃を加えるにつれて、少しずつ車両からの距離が遠ざかっているのに気付いた。
攻撃をかわすたびに足が止まってオアシスとの距離が離されているのだ。
「オアシス」と「レッドライン」 二台の移動速度は予想以上で、通常走行はもとよりブースターダッシュでさえまったく追いつけない。
しばらくしてレッドラインはなんとか撃破したが、そのころには目標のオアシスははるか前方に見えた。
このままでは領域外へと逃げられてしまう。
「逃がしはしない……一気にカタをつけさせてもらう!」
アキトは掌に力を込め、IFSを通じてOBの命令を下す。そして直後にモニターの隅に『READY』の文字が浮かび上がった。
背中のハッチが開放され、ブースターに爆発的なエネルギーが充填されていく。
そしてトンネル内に一瞬、甲高い音が響いたかと思うと背中で発動した爆発のような推進力に、ラークスパーが一気に加速する。
車両の後姿がみるみる大きくなり、目前に迫ってくる。襲い掛かる加速Gに歯を食い縛りながらも、アキトはトリガーを引き絞った。
連続して放たれたマシンガンの弾が車両の左車輪に集中する。敵の迎撃用機銃など気にもせず、ひたすら撃ちまくる。
『うわぁぁああ!』
運転手の悲鳴が高速道路上に響き、片輪をやられた車両が蛇行の末に壁に突っ込んで炎上する。
前部の運転席のあったと思われる部分は突っ込んだせいで潰れてスクラップになっているが、後部のコンテナは大丈夫のようだ。
「撃破確認! これより積荷を回収する」
『了解………待ってください。コンテナ内部から熱源反応』
そのネルの言葉を聞いて、アキトは機体をコンテナに近づくのを止める。
すると、コンテナハッチが開放され、中から目標となる積荷がその姿を現した。
その積荷の正体を見て、アキトは目を見開いた。
「あれは………」
『まさか……ディソーダー!?』
ネルからも珍しい驚愕した声が聞こえてくる。彼女も人類の天敵ともいえるディソーダーが積荷の正体とは思わなかったのだろう。
そのディソーダーは前回戦った四足歩行タイプとは違い、MTのシャフターのような逆間接タイプと非常に酷似していた。
その生物然としたボディに、有機的な装甲。腕から伸びるのはビーム砲塔だろうか?
その姿形から判断すると、非常に攻撃的なフォルムだと言えるかも知れない。
そしてそれを裏付けるかのように、ソイツはラークスパーの姿を確認すると一斉にラインビームを撃ってきた。
「っく!?」
アキトは前回の戦闘のこともあってか、初弾からの直撃はなんとか回避した。
『依頼主から連絡がありました。積荷の回収は中止して撃破して下さいとのことです』
この期に及んでも積荷……ディソーダーを回収しろ等と言われずにすんだことに内心安堵する。
その間にもディソーダーは次々とビームを絶え間なく撃ってくる。
それらを回避しながらも、依頼主の許可が下りたのでアキトはお返しとばからにマシンガンを撃ち返す………が
「なにっ!」
なんとディソーダーは小刻みに身体を動かしてマシンガンの弾を回避するではないか。
そして向こうも負けじとビームを撃ち返して来る。しかも狙いはかなり正確だ。
前回の、碌な照準もつけずに撃ってきた連中とはえらい違いである。
「見るからに戦闘タイプだけあって、アタマも随分と違うようだな!」
相手のビームの威力も以前のソレとは違い、幾分か高いようだ。まだ数発しか浴びてないにも関わらず装甲の損傷度がひどい。
長期戦は不利と判断し、アキトはラークスパーを突っ込ませ、接近戦を仕掛ける。
敵は単機のみなので、集中攻撃を受ける心配は無い。
トリガーを引き絞ってマシンガンを乱射し、蛇行してビームを回避しながらディソーダーに近づいて行く。
そしてラークスパーはブレードの届く距離まで近づくと、勢いをのせて左腕のレーザーブレードを振り抜いた。
しかしエメラルドグリーンの刃は、敵のビーム砲一門と黒ずんだ装甲をわずかに溶解させるに留まった。
「浅い!……いやそれ以前に」
(思ってた以上に素早い………!!)
ディソーダーはブレードが到達する寸前にバックし、被害を最小限に留めたのだ。
そうでなければ今頃あのディソーダーは上下に泣き別れていたはずだ。
そしてブレードを振り抜き、死に体となったラークスパーにラインビームが降り注ぐ。ビームは一番装甲の厚いコア部分に集中した。
「ぐうぅっ!!」
(ここで引けばまたビームに晒される!これ以上の被弾は得策じゃない……なら!)
思案は一瞬。アキトはシェイクするコックピットで再び機体を押し込んだ。
右腕を盾にし、ビームを浴びながらディソーダーに突っ込んでいくラークスパー。そして今度は左腕は弓を引き絞るように構えた。
前と同じ攻撃と判断したのか、一定の距離になるとディソーダーは再びバックする。
「甘い!!」
アキトがそう叫ぶと、ラークスパーの腕を突き出してディソーダーの顔……コアの部分にレーザーブレードを突き刺さす。
間合いを読み違えたディソーダーは、その有機的な体に大きな穴を開けたまま煙を吹き、大きな紅い眼を一際発光した後爆散した。
『目標の撃破を確認しました』
アキトはネルの声を聞くとレーダーに目を走らせる。……どうやら増援の類は無いようだ。
そうしてようやくといった感じで溜息を一つつく。
前回が前回だけに、いささか緊張していたようだ。ましてやアイに心配させたばかりである。溜息の一つも付きたくなるだろう。
(なんとかまた……生き残れたか)
『レイヴン、お疲れ様です。帰還して…………え?……ハイ、ハイ………なんですって!?』
「ネルさん?」
作戦終了を告げようとしたネルが驚愕した声を上げている。短い付き合いだが彼女がこのような声をあげるとはただごとではない。
何かあったのだろうか?
『レイヴン、緊急事態です。 現在ジオサテライトシティに大多数の木星蜥蜴が侵攻中! 現在シティガードが応戦していますがあまりにも数が多いため、防衛 線が突破されるのは時間の問題とのことです』
「なっっ!?」
『これはジオマトリクスからの緊急依頼となっています。本来このようなことは禁止されているのですが……緊急事態ですのでこの場での依頼受諾を認めます。 受けるかどうかはあなたの判断で……』
「行くに決まっているだろ!!」
そう言い捨ててアキトはラークスパーを走らせた。ジオサテライトシティにはまだあの子が残っているのだ。
アキトはユートピアコロニーでの無力な自分を思い起こすが、即座に頭を振ってその悪夢を追い払う。
あの頃の自分とは違う。今の自分には守るだけの力があるのだと……そう信じてただひたすらに機体を走らせた。
『くそっなんて数だ!』
『忌々しい蜥蜴共め!これ以上人間様の住処をやらせてたまるか!』
『あと少しで応援のレイヴンが到着する! それまで持ちこたえるんだ!』
ジオサテライトシティの郊外では激しい攻防が繰り返されていた。
圧倒的な物量で攻め立てる木星蜥蜴を迎え撃つのは、シティ所属のガード部隊だ。だが、その数は木星蜥蜴に比べ圧倒的に少ない。
今のところはシティの迎撃機構と地の利を生かしてなんとか保っているようだが、それも時間の問題だろう。
ジョロが、バッタが、戦艦クラスのカトンボが次々と攻撃を加えていく。
『本隊がいないときに限って攻めてくるなんて……こいつらは数で攻めるだけの蟲じゃないってのか!?』
通常シティに配備されているジオマトリクスの精鋭MT部隊は、今このシティには存在していない。
木星蜥蜴本隊への攻略作戦のために各シティの主たる部隊は攻略部隊へと回され、シティには最低限の戦力しか配備されていないのだ。
今シティに存在する戦力は、シティの無人セキュリティメカ、戦車や戦闘機等の旧世代兵器、そして元々シティ近辺に配置されているグレネード砲台くらいの ものだ。ガードの兵士もパワードスーツを着て奮戦してはいるが、戦力不足は否めない。
だが、たったこれだけの戦力で戦線を支えられているのはひとえに彼らのおかげだろう。
『おいっ! またあのレイヴンがやったぞ!』
『さすがレイヴンだな、正直ランク50位と聞いて不安だったんだがな』
『ランク50位といえどもレイヴンはレイヴンってことか』
『例えランク50位でも、これだけの数を相手にしているんだ。さすがだよ!』
『貴様ら! 50位、50位とうるさいぞ!』
「シーカーさん!遊んでないで戦ってください!!」
緊張感の無い会話をしているのは、おなじみのオーロラシーカーことシーカーとエネだ。
ジオマトリクスの依頼を受けてここを防衛している彼らは、既に2時間以上この戦線を支え続けている。
漫才もどきをやっているのは信頼の証だと思う。
『くそっ! 弾が切れた! 補給のため一時離脱する!』
「またですか!? 無駄撃ちが過ぎますよ!」
『この数じゃしょうがないだろう! エネも弾を節約するのはいいがあまり突っ込みすぎるなよ!』
エネの乗るピースウルフィッシュは武装がハンドガンとブレードという近距離戦仕様だ。
いままでの依頼の報酬によってミサイルを搭載してはいるが、それも装弾数はあまり多くはない。
『そこのレイヴン、一時後退しろ! それ以上機体を損傷させるとやられるぞ!』
そのためどうしても敵に接近せねばならず、シティ守備隊のなかでは特に被害が大きかった。
並のレイヴンならばとっくにやられてもおかしくないだろうが、徐々に洗練されてきた彼女の腕は並大抵ではない。
濃厚ともいえるジョロの機銃による弾幕を、最低限の機動で回避し撃破するその姿は、機体の色と相成ってまさに戦場の戦乙女といっても差し支えなかった。
だが、彼女にもついに限界が訪れる。
ドウンッッ!
「きゃあっっ!」
ジョロの機銃がピースウルウィッシュの膝関節を捉えた。
ただでさえ防御力の低い軽量級のなかで、さらに装甲の薄い間接部分を狙われたのではひとたまりも無い。
足をやられたピースウルウィッシュは砂塵を巻き上げながら転倒し、敵陣の中でたった一機取り残された。
すると周囲のジョロの目が一斉にピースウルウィッシュに注がれる。
「ひっ!」
エネはその光景から昔見た前世紀のホラー映画のワンシーンを思い出した。たしか大量発生したゾンビが人を襲うといったやつだ。
眼前にいる相手はゾンビではないが、この状況は昔見たそれと非常に似通っている。
映画のモンスターは集団で襲って、人一人を食い散らかしていた。
目の前の紅い虫達は機銃で愛機を破壊すると、顔の下にある大きな顎と爪で我が身を蹂躙するのだろう。
自分は顎でズタズタに食い散らかされ、爪で四肢を引き千切られ、そんな悲惨な終わりを迎えるのだ。
「いや……」
一機のジョロが大きな口を拡げ、機銃の銃口を覗かせる。
「いや…………」
また別のジョロは目の前の獲物を食い千切らんと顎を鳴らす。
「いや………………」
さらにまた別のジョロは飛び掛って我が身の爪で獲物を引き裂こうとし、体を沈める。
「いや……………………!!」
そして一瞬の静寂の後
「助けて!!……アキトさんっ!!!」
『応っ!!』
目の前の蟲達が弾けとんだ。
「えっ?」
エネは暫しの間、思考が停止した。半ば死を覚悟して目の前の光景を見ては、そうなるのも仕方ないかもしれない。
エネの目の前では先程まで自分に死神の鎌を振るおうとした蟲達が、次々と紅い体を穴だらけにしていっている。
呆然とその様子を見ていたエネだが、モニターから覗く桃色のACを見たとき何が起こったかを瞬時に理解した。
彼が……テンカワ・アキトが助けに来てくれたのだと。
「アキトさんっ!」
『離脱するぞエネちゃん! 脚部のハードポイントを切り離すんだ!』
ACはコアシステムの構造上から、各部パーツが独立しており腕がやられたからといってコア自体になんら影響が出ることは無い。
最も戦闘行動には大いに支障がでてしまうがそこはそれだ。
エネはすぐさま脚部パーツをコアから切り離した。膝関節は完全に破壊されており、歩行は不可能なため致し方ないだろう。
するとラークスパーは右手のマシンガンでジョロを撃ち続けながら、左腕でコアを抱きかかえた。
軽量級のコアとはいえ、その大きさはかなりのものなので傍目から見るとかなり不安定だ。
「ア、アキトさん? 一体何を……」
『腕を腰に回してしっかり掴まってくれ! 振り落とされるんじゃないぞ!!』
ラークスパーの背中のハッチが開放し、スピーカー越しに甲高い音が響き渡る。エネは嫌な予感がして一滴汗をたらした。
「アキトさん! ちょ……ちょっとまっ」
ごうぅんっ!
ラークスパーのOBが発動し、一気にジョロの群集から離脱する。
ただ、通常並みのレイヴンでも気絶することのあるOBを、不安定な体勢で体験しているエネは溜まったものではない。
「うにゅううううううううぅぅぅぅぅぅぅ!!!」
エネは強力なGを横殴りに受けながら、長時間の戦闘の疲労も相成って
(ああ、これもお姫様抱っこっていうのかなぁ……)
などと微妙にずれたことを片隅に思いながら意識を失った。
気絶したエネはコックピットから引きずり出されて、後方へと回された。
アキトも、たった一人で敵陣に切り込み奮戦した少女を無下にはすまいと判断し、エネを預けてすぐに戦線に復帰する。
直後、オーロラシーカーも弾薬の補給が完了し戦線に復帰し、アキトと「エネをどこにやった!」とか「このペド野郎!」などと幾分か場違いな会話が繰広げ られたが、すぐさま口喧嘩をしている場合ではないと判断し、協力して迎撃に取り組んだ。
しかし木星蜥蜴の数は一向に減る様子が感じられない。
そのほとんどが地上戦力とはいえ、数百機近い機動兵器を相手にしては、いくらACでも、そう簡単に掃討できるものではない。
『くそっ!こいつら倒しても倒してもキリがないぞ!』
「このままではいずれこちらの戦線が瓦解してしまう……。なにか手を打たないと」
そう呟くアキトに後方のシティ部隊から通信が入る。増援の知らせかと期待して回線を開くが、その言葉は更なる絶望を突きつけるだけだった。
『レイヴン、地下鉄道路から多数の熱源反応を確認! おそらくディソーダーと思われる! 至急迎撃してくれ!!』
「なんだと!?」
木星蜥蜴とディソーダーの同時侵攻。考えるだけでも最悪の組み合わせだ。
間も無くアキトの生体レーダーがディソーダーの影を捉え、その姿を現した。
緑色の悪魔は次々とその姿を現し、守備隊の希望を削いでいく。
ディソーダーの群れの中には、先程戦った逆間接型のディソーダーも存在した。
「あの戦闘タイプもいるのか……最悪だな」
『くっ、俺の命もここまでってことか……?』
スピーカーから珍しくシーカーの弱音が流れてきた。さすがに彼もこれだけの蟲型兵器から生き残れるとは思ってないらしい。
「お前が弱音を吐くとは珍しいな……明日は槍でも降るか?」
『言ってろ……くるぞ!!』
二機がそれぞれの得物を構えてディソーダーを迎え撃とうとする。
それと同時にディソーダーも一斉にラインビームを撃ってきた…………木星蜥蜴に向かって。
「なにっ!?」
幾状かのラインビームがジョロの紅い体を貫いていく。例の戦闘タイプのディソーダーも次々とジョロを血祭りに挙げていっている。
ディストーションフィールドを張っていないジョロは、嵐ともいえるラインビームの猛攻に次々と沈黙していくが、ジョロも負けじとマシンガンで応戦して いった。お互いがお互いを攻撃していき、次々とその数を減らしていく。
木星蜥蜴とディソーダーが別の組織形態だということは分かってはいたが、さすがにそれらがお互いに潰しあうと言う事は考えていなかったらしい。アキトと オーロラシーカー、シティガード達は暫しの間それらを呆けながら眺めていた。
『……っ!! 呆けている場合じゃない! 各機、お互いに撃ち漏らした敵機を撃破しろ! 間違ってもあの撃ちあいの中に入ろうとするんじゃないぞっ!!』
守備隊の司令官の一声で兵士達は我に帰ると、すぐさま攻撃を再開。次々と木星蜥蜴、ディソーダー双方の数を減らしていった。
アキトとオーロラシーカーもそれに続き、シティ守備隊は消耗した木星蜥蜴とディソーダーを掃討。
一時間後には全ての外敵の排除に成功した。
『先日遭遇したのは、やはり未確認タイプのディソーダーだったようです。
ディソーダーに関して、これまでいくつかの種類が発見されていますが、今回のさらなる未確認の種類から「自己複製機能による進化」 の能力を持つ、という事実が決定されました。おそらくまだ未知のタイプが存在する可能性が大きいでしょう。また木星蜥蜴との関連も依然不明なままです。先 の戦闘で、彼らとの間に協力関係がないのは判明しましたが、組織的行動のパターンなどが非常に酷似しているため、どうしても無関係だとは思えません。こち らも引き続き調査が必要でしょう。』
先のシティ防衛戦からわずか一日。たったそれだけの時間の間にこれだけの報告は大したものだ。
あの防衛戦では守備隊からかなりの死者・負傷者が出たが、戦闘結果だけを見てみると快勝といって差し支えないだろう。
なにしろディソーダー・木星蜥蜴合わせて1000機近い機動兵器を、たった1個大隊余りで退けたのだから。
「やつらの関連性はともかく、シティが無事でよかったですよ。ほとんど街に被害は無かったようですし」
シティに戦闘の影響はほとんど無く、被害も機銃などの流れ弾が少々といった感じだ。
住民に死傷者も出ず、守備隊の間では『奇跡の防衛戦』などと呼ばれている。
ちなみに気絶したエネは病院で治療を受けており、一週間もあれば退院できるらしい。
『……レイヴン、少しよろしいですか?』
「なんです? まだ何か報告でも……」
『いえ、そうではありません』
彼女が報告以外でこうやって話しかけてくることなど珍しいことだ。
何事かと聞いてみると、真剣な顔で彼女が語りだした。
『トンネル内での戦闘を見て思ったのですが……あまり無茶はしないで下さい』
「えっ?」
『あの戦闘……普段のあなたなら無闇に接近戦を挑んだりせずに、射撃戦だけで十分に対処できたはずです。ディソーダーや木星蜥蜴に想う所があるのはご存知 ですが、そのことばかりに囚われずあなた自身がなぜレイヴンになったのかを今一度思い出して下さい。 ……それだけです。では』
そう締めくくり彼女は端末上から姿を消した。
一方、言葉を掛けられた方のアキトはと言えば、目を丸くしたまま暫くの間固まっていたが、やがて大きな溜息を一つ付いた。
「ネルさんにまで心配されちゃったか……最近ダメダメだな俺」
たった一日の間に二人の女性に慰められては立つ瀬がない……などと考えて、ふと傍らのベッドを覗き込む。
安らかな寝顔で静かに寝息を立てるアイを暫し眺めると、アキトはぽつりと呟いた。
「この子を残して死にはしない。俺は必ず生き残ってやる……」
そう小さく呟きながらも、その言葉に宿る力強さは隠し切れない。
それは確かな決意だった。
TO BE CONTINUED