ザワザワザワ…… ザワザワザワ……
「うわぁ、いかついお兄さん達がいっぱいですねぇ」
「いやいや、エネ。その感想はどうかと思うぞ……」
「まぁレイヴンなんてほとんどが男だからね。女性のレイヴンの数なんてそれこそほんの一握りだよ」
今俺達がいるのは「ナーヴス・コンコード」本社のとある一室。現在この部屋には20人にものぼるレイヴンが集まっている。
普段レイヴンが一つの部屋にこれだけ集まるということは到底ありえることではない。
ではなんのためにこれだけのレイヴンが集まっているかというと、とある作戦に参加するためである。
しかし通常レイヴンが依頼等で参加する作戦は精々1人か2人。20人ものレイヴンが参加する作戦など聞いたことが無い。
逆に言うとそれほどの大人数が関わるほど大きな作戦ということだ。
そう、今この一室で木星蜥蜴の一大反攻作戦の作戦会議が行われようとしているのだ。
そのせいか辺りからは殺気じみたものが流れており、若干空気が張り詰めているようだ。
「そういえばなんとなく視線を感じるような……」
「ハハハ。女性の、それも若くて可愛い女の子がこんな所にいればそりゃ注目を浴びるさ」
「お前達、少しは緊張感を持ったらどうだよ……」
もっとも俺達の周囲にはそんな重苦しい空気など微塵も感じられないが。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第五話「喰う者と喰われる者」
「それにしてもこれ全部がレイヴンとはちょっと信じられませんね」
「なんでもこの作戦のために火星全土からレイヴンを呼び寄せたって話だからな。しかもこの作戦にはLCCに留まらず、エムロード・ ジオ=マトリクス・バレーナ・ネルガル・クリムゾンと火星のほとんどの企業が関わっているそうだ」
「まさに火星史上きっての一大作戦ですね」
「まぁこれだけのレイヴンを集めるとなると俺達の報酬……もとい金額も馬鹿にならんからなぁ」
エネちゃんとオーロラシーカーのそんな会話を聞きながら、俺は部屋を見渡した。
半円型の部屋には中央の大型スクリーンを中心として、放射状に机が並べられており、それぞれのレイヴンがいくつかのグループに なって座り、おもいおもいに話し合っている。
彼らも俺達と同じようにこの戦争で生き残り、数々の依頼をこなしてきた歴戦の強者なのだろう。新兵や新人によくある怯えの表情が 全く無い。もちろん内心では怖いのだろう。しかしそれを表に出さず、それぞれが人に話しかけたり音楽を聴いたりなどして恐怖を紛ら わしているのだ。現に結構な大声で会話をしているエネちゃん達に彼らは軽く一瞥しただけでほとんど気にもとめていないようだ。
「それにしてもどのレイヴンも見覚えが無いのは俺の気のせいか……?」
オーロラシーカーの言うとおり、見た感じではいつもコンコードのガレージでよく見かけるレイヴンはいないようだ。
ということは、あそこのガレージはランカー御用達だから、ここにいるほとんどのレイヴンはランク外ということだろうか?
「ここに集められているのはほとんどがランク外のレイヴンだ。ランカーなんてお前らを含めて10人もいやしねえさ」
途端、横からそんな声が聞こえてきた。
そちらを振り向くとそこには黒い革のパンツにジャケット、そしてジャラジャラと小うるさいほどのアクセサリーを身につけた、金髪に黒顔の精悍な男がニヤ ニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら佇んでいた。
「お前は……ヴァッハフント!!」
「久しぶりだなぁシーカーちゃんよぉ。俺様にボコボコにやられて以来だから2週間ぶりってとこか?」
「相変わらず嫌味なやつめ……!!」
――ランキング43位のランカーレイヴン「ヴァッハフント」
コイツは本来中堅クラスの実力を持つレイヴンなのだが、搭乗するAC「ルーキーブレイカー」の名が示すとおり新人やルーキーをいたぶることを至高とし、 わざと下位のランクに位置しているといわれている。
ヤツも言ったとおり、オーロラシーカーは2週間前アリーナで対戦し、いいように遊ばれた後「ルーキーブレイカー」の両腕マシンガン によって「ブレイクスルー」を蜂の巣にさせられている。
パッと見た所30台前半といったところか。いつも人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべているため(実際馬鹿にしているのだろう)いつも相手側とトラブル が絶えず、ナーヴス・コンコードも問題児扱いしている。
そして今まさに俺の目の前でオーロラシーカーと睨み合い、問題を起こそうとしている。
さすがにブリーフィング前に問題を起こされては叶わないので、いちおう助け舟を出すことにする。
「そこまでにしてくれないか、コイツは短気だから乱闘騒ぎでも起こしかねん」
「だれが短気だ!!」
「ちっ、ミルキーウェイか……」
俺のランクは現在39位。このランクが示すとおり、俺はコイツにアリーナの試合で勝利している。
そのためヴァッハフントも俺には強く出れないのだ。この辺りさりげなくコイツの小物っぷりが出てるような気がしないでもない。
「私がいるのもお忘れなく」
「俺はグラマーな姉ちゃんが好きなんだ。ジャリタレは黙ってな」
「じゃ、ジャリタレ!?」
「くやしかったらもっとイイ女になってから出直して来るこった。ひひひひ……」
「う、うにゅうううううぅぅぅ!!」
「お前ら、たのむからもう少し静かにしてくれ……」
そしてこれまたあからさまな態度から分かるように、エネちゃんはヴァッハフントに勝ってはいない。
もっとも試合内容はかなりの接戦だったため、あといくらか戦闘経験を積めば、エネちゃんもヤツに勝つことも難しくはないだろう。
……口喧嘩では当分の間勝てそうにないだろうが。
俺の注意も空しく、エネちゃんとオーロラシーカー、そしてヴァッハフントの口論というか口喧嘩はどんどんヒートアップしていく。
周りを見るとさすがに注目を集めているようで、多くの人が目を丸くして唖然としている。
まぁ、彼らの目標となるランカーが、目の前で子供じみた口喧嘩をしていればこうなるのも無理はないのかもしれない。
と、今にも二人のキャットファイトが行われようとしたその時、二人の女性が会議室に姿を現した。
一人はネルさんと似たようなキャリアウーマン風で、いかにもなメガネと肩口で切り揃えられた黒髪が印象的な女性である。
コンコードの社章バッジを胸につけていることからおそらくオペレータだろう。
もう一人の女性は、俺達と同じような若干コンパクトなパイロットスーツを身に纏っており、特徴的な真紅の髪が眼を引いた。
さらにそれを野性的な瞳がその印象を際立たせている。
そして同時に、彼女は雑誌やTV中継越しにしか見たことがないような有名人だった。
レイヴンならば誰もが知っているような人物の登場に、部屋にいた連中だけでなくエネちゃんやヴァッハフントも目を丸くしている。
そしてそんな部屋中の人間の驚きをよそに、オペレータの女性は中央のデスクに寄ると透き通る声で告げた。
「諸君、これよりブリーフィングを始める。まずは大人しく席についてもらおうか」
どうやら彼女は見かけによらず大した胆力を持っているらしい。
荒くれ者の代名詞ともいえるレイヴンを相手に、しかもこれだけの数を前に尊大な命令口調を叩けるとは大したものだ。
他のレイヴン達はどのように感じたのか知る良しもないが、その声によって部屋は静寂に包まれ、立っていたレイヴン達は無言で席に座る。
「よろしい、まずはこの作戦で君たちの指揮官を務める人物を紹介しよう。まぁ彼女を知らない人間などこの中にはいないだろうがね」
その言葉と同時にもう一人の紅い女性が前に進み出る。そして途端に部屋に走る緊張感。
無理もない。今まさに目の前にいるのは、俺達レイヴンにとって雲の上にも等しい存在だ。
「この部隊を任されることになった、ローズハンターだ。よろしく諸君」
――ランキング7位のランカーレイヴン「ローズハンター」
彼女の駆る軽量二脚AC「クィーンズハート」は他の上位陣の機体に比べてそれほど性能は高くないのだが、スナイパーライフルによる 精密射撃は他の追随を許さず、アリーナ屈指のスナイパーとして確かな実力を示している。
本来ならTVやモニター越し、あるいはそれ相応の実力でもなければ目の前に立つことを許されない彼女の姿に誰もが緊張していた。
「まさかトップランカーが指揮官をするとはな。てっきり敵陣の本隊に行くものだと思っていたが……」
「まぁ俺達のお目付け役ってやつじゃないか?」
オーロラシーカーのそんな呟きに、ヴァッハフントがそう返す。
トップランカーを前にしてそんな口が叩けるとは……コイツは大物か馬鹿のどちらかだろうな。
そんな俺達の会話を他所に、会議室は闇に包まれ、同時に壇上ではオペレータが大型のスクリーンを呼び出して今回の作戦の概要を説明し始めた。
「そして私は彼女のオペレータ、サリー・クラフトだ。
……さて、自己紹介も終わったことだし、早速本作戦について説明しよう。今回の作戦の目標は火星ー地球間運行の拠点である、ヴィルフール空港の奪還だ。 現在この空港は木星蜥蜴の占領下にあるが、そこに駐留している部隊の規模が並大抵ではない。我々の調べによると、空港周辺には火星にいる蜥蜴共の2割に相 当する戦力が集結しているそうだ。この空港には数少ないマスドライバー施設が存在するため、奴らもその重要性を理解してここまでの大部隊を駐留させている のだろう」
その言葉に部屋にどよめきが走る。
無理もない。今まで俺達レイヴンが受けてきた依頼はほとんどが木星蜥蜴絡みで、その過程でやつらの物量戦は嫌というほど身に染みている。しかもそれらの 戦力は氷山の一角で、戦艦タイプもほとんど出張ったためしない。
そんな途方も無い戦力を持つ連中の2割相当の戦力を持つ施設を強襲……考えただけでもゾッとする。
「君達の心配は無用だ。なにもこの部屋のメンバーだけで作戦を行うわけではない。
本作戦では大きく3つの部隊にわけて作戦を実行する。一つは空港周辺を警備している蜥蜴共を掃討する部隊。
もう一つはマスドライバーを確保する部隊。そして最後は敵陣奥深くに展開しているチューリップを叩く部隊だ。
君達には空港周辺の蜥蜴共を掃討する部隊に充てられる」
「おいおい……これだけの数のレイヴンがただの一部隊かよ」
どこからかそんな声が聞こえてくる。
彼女の話が本当だとすれば、この部屋にいるのと同等のレイヴンの部隊が他に2つあるということだ。
そうするとレイヴンの総数は50近くにもなるだろう。
火星史上きっての一大作戦というのもあながち嘘じゃなさそうだ。
「周辺に展開している敵戦力は、バッタやジョロなどの蟲型機動兵器を筆頭に戦艦クラスも複数確認されている。敵戦力は広範囲に渡り展開しているため、我々 は部隊を5つに分けてそれぞれ任務に当たってもらう。狙うべきはチューリップと敵戦艦クラスだ。雑魚には眼もくれるな。この作戦、時間が立てば立つほど我 々に不利になっていくからな」
チューリップとは次元跳躍を可能にするゲート(門)のようなもので、中は一種のワームホールになっておりそこから機動兵器や戦艦を 次々と吐き出すやっかいな代物だ。クラフト氏の言うように放っておくと次々と戦力を送ってくるからコイツは真っ先に潰す必要がある。
「本作戦ではそれぞれの部隊に各企業のMT部隊が付随するが、最も期待されているのは君達レイヴンの力だ。思う存分に力を振るい、ぜひともこの作戦を成功 に導いてくれ」
それで作戦の説明が終わったのか、オペレータの女性は後ろに下がり、今度はローズハンターが壇上に上る。
「では次にこの部隊における小隊長をきめさせてもらう。何分この人数だ、私が全て指示を出すのは辛いものがあるからな。お前達には先程の説明にもあったよ うに五つの小隊に分かれてもらって行動してもらう。戦闘中の大まかな指示は、これから言う小隊長に従うように。指揮系統に乱れが生じてはかなわんからな、 くれぐれも勝手な行動は行わないようにしろ」
単独行動が基本のレイヴンをこれだけ集めて大規模な集団行動……かなり不安を感じるが何分これだけの数だ、致し方無いだろうな。
「まず第一小隊の隊長にはヘヴンズファーザー。お前に担当してもらう」
「任せてもらおう。邪悪な悪魔共からの解放の戦い……胸が躍る」
――ランキング38位のランカーレイヴン「ヘヴンズファーザー」
重装甲の二脚型ACを駆り、瞬間火力の高い武器で戦うレイヴンで、口癖は「邪悪な精神を解放する」とかなんとか。
彼にとって、全てのレイヴンは争いに取り付かれた邪悪なモノだそうだ。
だったらお前自身は一体どうなのだ、というツッコミはこの場合言ってはいけないことなのだろう。
まぁ彼の駆るAC「パニッシュメント」は重装甲ACの名に示すとおり、強力なミサイルランチャーを積んでいるため、この作戦では 結構な戦力として期待できるだろう。
「次、第二小隊にはカストル。お前に任せる」
「任された」
――ランキング33位のランカーレイヴン「カストル」
彼は軽量二脚AC「ユニヴァーサルスター」を操り、アリーナではわりと有名なレイヴンだ。
アリーナの戦績からさしたる実力を持っているわけではないのだがとりわけ彼を有名たらしめてるのが……
「第三小隊にはボルックス。お前に任せよう」
「……なぜ兄より後に僕が呼ばれるのです」
「小隊の順番に意味など無い。くだらんことを考えるな」
彼、ランカーレイヴン「ボルックス」との徹底的な仲の悪さである。
カストルとボルックスはアリーナでは珍しい双子のレイヴンであり、お互いがお互いを忌み嫌っている。
どうやら彼らは幼少時から人生において比較され続けたらしく、周囲の期待や羨望がプレッシャーになりそれらの鬱憤や不安が溜まり に溜まって今のような険悪な仲になったそうだ。
頼むから戦闘中にケンカはしないでくれよ。
「次、第四小隊にはヴァッハフントが担当してもらう。あまりヒヨッコ達を虐めるんじゃないぞ」
「へへへっ、それはこいつらの働き次第だな」
ヴァッハフントが小隊長に選ばれることはある意味予想していた。
新人イビリが生甲斐という性格破綻者だが腕は一流だ。
さすがに作戦行動中にナニカするとは思えないが奴の小隊には絶対にいたくない。
続けて呼ばれる小隊員はヤツの事をよく知っているのだろう。小型犬よろしくブルブル震えている。
『気の毒に』と思ったのは俺だけではないはずだ。
……で、なぜかは知らないが。
「最後に第五小隊の隊長にはミルキーウェイ、お前に任せる」
と、俺が小隊長に任命されてしまった
「……俺がですか?」
「お前『達』の噂は聞いている。先のシティ防衛戦もたいした活躍だったそうじゃないか。後ろの二人共々精々がんばってくれ」
そう言って意味深な笑みを受かべるローズハンター。
つまりは小隊員はエネちゃんとシーカーの二人ということか。
……俺達ってそんな有名になるほど活躍したかなぁ?
「むぅ、なんで俺が隊長じゃないんだ……」
「役不足だからに決まってるじゃないですか。アキトさん、がんばってくださいね(はぁと)」
こちらの心象を知ってか知らずか能天気な台詞を吐くシーカーとエネちゃん。
さりげにエネちゃんがシーカーにダメ出しをだしているが聞き流す。
……まぁ知らないメンツと組まされるよりはずっとマシか。
俺は半ばあきらめの溜息を付いて、「……善処します」と言ってこれを受諾した。
そして、全ての説明が終わるとローズハンターは会議室にいる全てのレイヴン達をを見回すと、力強い口調で宣言した。
「作戦開始時間は12:00、オペレーション名は『バグズ・イーター』! この作戦が我々火星人類の 反撃の狼煙となる。奴等を全て喰らってやれ!!」
会議室でのブリーフィングから5時間後。俺達レイヴンは既にACに搭乗し、現在は輸送機の中で作戦区域に到達するのを待っている。
俺は既にラークスパーのチェックを終え、今は作戦内容の確認と戦闘区域の地理データを見直している所だ。
一時的なものとはいえ、小隊長の役目を請け負ったのだ。このくらいのことはやっておくべきだろう。
……ふと、俺は数時間前に乗り込んだ「あるモノ」が気になってサブモニターを映し出した。
モニターには果てしなく巨大な建造物が浮かび上がっている。
戦略航空戦艦「STAI」
いや、戦艦などと銘打ってはいるがアレは航空「空母」といったほうが正しいと思う。
「STAI」はバレーナが秘密裏に開発・建造した超弩級戦艦で、なんでもこれ1隻で火星全土を焦土にできるだけの火力を持ってるらしい。
いくらなんでもそれは大げさだろうと思ったが、輸送機に乗り込む際ざっと見渡しただけでも、対空気銃やグレネードランチャーがごま んとあり、馬鹿みたいに長い滑走路が少なくとも8本はあったはずだ。
しかもこれらはあくまで甲板上のみのもので、戦艦下部の方はハリネズミのように武装してあるとのことだ。
それは正に空に浮く「鉄の城」といった言葉が相応しいものである。
なんでも第一次火星会戦ではこの「STAI」がなければ、火星は木星蜥蜴に占拠されていただろうと言われている。
たしかにこれだけの偉容を見せ付けられるとその話もうなずけるものだ。
『レイヴン、間も無く作戦領域に到達する』
輸送機のパイロットがそう告げる。
俺はサブモニターを輸送機の外部カメラに切り替えて戦場の様子を見渡してみた。
既に戦闘は開始されているらしく、モニターにはいくつもの閃光が見て取れ、同時に数多くの爆音が耳に響いてくる。
既に赤茶けた大地に数多くのバッタやジョロ、そしてMTの残骸が散らばっている。
『これはまた……なんとも凄まじい光景だな』
『うわぁ、お花畑が一杯ですねぇ』
シーカーとエネちゃんの半ばとぼけたような台詞が聞こえてくるが、その声は若干震えている。
無理もない。今回の作戦の難易度は今まで受けてきた依頼などとは段違いだ。かく言う俺も体が震えるのを止めることができない。
……大丈夫、俺は今日も生きて帰る。そしてまた三人でいつものレストランで馬鹿みたいに騒ごう。
そう頭の中で自分に言い聞かせ、……最後にアイちゃんの笑顔を思い浮かべた。
『作戦領域に到達。レイヴン、降下して下さい』
輸送機のハッチが開き、火星の青い空が露わになる。
…………震えは止まった。もう大丈夫だ、さぁ行こう。
「必ず生きて帰るぞ。ラークスパー、降下する!」
『当たり前だ、俺はナインブレイカーになるまでは絶対に死なん!ブレイクスルー、出るぞ!』
『こういう時はこの台詞がイチバンってね。エネ、ピースフルウィッシュ、いっきまーす!』
地上に到達する寸前、ブースターを吹かして着地の衝撃を和らげる。
続けてブレイクスルーとピースフルウィッシュも着地、素早くレーダーに目を走らせて、後方に護衛のMT部隊が付随してるのを確認。
戦力はシャフターが6機に、人間型MTのフレンダーが2機。
フレンダーは性能的にACに近いものがある。おそらく指揮官機だろう。
俺は部隊の戦力を確認するとラークスパーを先頭に、トライアングルの陣形を作り、移動を開始した。
そして幾ばくもたたないうちに俺達にジョロの銃弾の嵐が襲ってくる。
『早速お出迎えか!』
シーカーの声と同時にブレイクスルーが前に出ようとするがそれを押し留める。
『何をする!』
「俺達の目標は敵戦艦とチューリップだ。こんな雑魚に無駄弾を使ってると、戦艦をやる前に弾切れになるぞ!」
『くっ』
不承不承といった感じで引き下がるシーカー。
道のりは遠い。今ここで無駄に弾を消費するわけにはいかない。
それに出迎えの相手をするのは俺達じゃない。
突如どひゅんっと腹に響くような音が聞こえたかと思うと、銃弾を放っていたジョロ達が爆発を起こす。
それが2撃、3撃と続きたちまち俺達の目の前に立ち塞がっていたジョロは瓦礫の山と化した。
上を見上げると一機の大型爆撃機が低空飛行をしていた。先程の砲撃……おそらくグレネードはアレが撃ったのだろう。
大型戦略爆撃機「サンクチュアリ」
名機と呼ぶに相応しいエムロード社の爆撃機で、非常に高い低空侵攻能力と多少の攻撃ではびくともしない装甲、そして大量の弾薬兵器 を搭載できる、まさに「空の戦車」だ。
しかし、この区域と同様に他の区域もエムロードの「サンクチュアリ」だけでなく、バレーナ製爆撃機の「レディバード」や支援戦闘機 「ファイヤーワーク」などで制空権を確保しているが、状況は芳しくない。
バッタの高い機動性に翻弄され、次々と「ファイヤーワーク」が落とされていっている。
この様子では、制空権を維持できるのも時間の問題だろう。
その様子に不安を覚えたのか。護衛のMT部隊から通信が送られてくる。
『レイヴン、この様子では航空部隊も長くは保てない。急いで目標地点に向かおう』
「了解した、そちらも十分に気をつけてくれ。さぁ行くぞ、二人とも!」
ぐずぐずしてはいられない。俺達が遅くなれば上空の彼らの命も火星の空へと散ってしまう。
『オーバーブーストで突っ切らないのか?』
『MT部隊のみんなを置いていくつもりですか? それに下手に突っ込むとMTの援護が受けられませんよ』
「ブースト移動で少しずつ移動するぞ。時間が無いが俺達がやられたらそれこそ洒落にならない」
そうして俺達第五小隊は移動を開始。護衛のMT部隊も併走して動き出す。
その道程は過酷なものだった。
さすがは木星蜥蜴の一大拠点。倒すなり振り切るなりしても、引っ切り無しに襲い掛かってくる。
ジョロが突撃をかけてくれば、俺がサッカーボールよろしく蹴り飛ばし、バッタが飛び掛ってくれば、エネちゃんがブレードで三枚に下ろし、カナブンが機銃 を乱射してくれば、シーカーが過剰なばかりに撃ち返す。
もちろん、後でエネちゃんが『あれほど無駄弾を撃つなと言ったでしょうがあああぁぁぁ!!』と、注意するのは忘れない。
で、長い時間かけて、俺達はようやくチューリップを視界に納めることが出来た…………のだが
『敵戦艦を確認、ヤンマ級2・カトンボ級5。その中央に目標の中型チューリップを確認しました』
『まぁある程度予想はしていたが……』
『ヤンマが2隻はちょっと厳しいですね……』
ネルさんの報告に若干顔が青ざめるエネちゃんとシーカー。かく言う俺も眉間にかなり皺がよっているだろう。
カトンボ程度なら俺達も幾度か相手をしたことはあるが、ヤンマ級はこれがはじめてである。
ヤンマはグラビティーブラストを備え、他にもレーザー砲やらミサイルランチャーを搭載した重武装艦だ。
こいつにかかればあの「サンクチュアリ」でさえあっという間に沈められてしまうだろう。
しかしアレを落とさなければ、奥のチューリップを落とすことが出来ない。
そしてそのチューリップは今なお無人兵器群を吐き続けている。
「……やるしか無いな。二人とも、覚悟は良いな」
『ふん、誰にものを言っている!!』
『大丈夫です、いけます!』
二人から威勢の良い返答が帰ってくる。まったく頼もしい限りだ。
「目標は左側のヤンマ級だ!エネちゃん、ミサイルを艦後方のエンジン部分に集中して叩き込むんだ!! 俺がブレードで敵のフィールドをこじ開けるから フィールドが減衰した隙を狙ってくれ!」
『了解です!』
『おいっ、俺はどうするんだっっ!?』
「俺が合図をしたらこじ開けた部分を攻撃しろ! MT部隊は援護を頼む。全機、間違っても敵艦の射線に出るんじゃないぞ!!」
その声と同時に俺はヤンマに機体を向けるとオーバードブーストを展開。
一瞬の後、爆発的な加速度でラークスパーを飛ばし、ぐんぐんと接近する。
しかし、接近する際に敵戦艦からミサイルやレーザーがシャワーの如く降り注ぐ!
「当たってたまるかっ!!」
ヤンマの側面から放たれるレーザーは射線を読んで回避し、降り注ぐミサイルの群れはわずかな隙間を見つけ、機体をねじ込むように して回避する。
しかしミサイルとレーザーを回避するたびに噴きだす汗が止まらない。どちらも1発でも当たれば、致命傷どころか即THE ENDだ。
だが、ここで俺が落ちればただでさえ戦力不足の小隊は全滅必須。なんとしても落ちるわけにはいかない!
レーザーとミサイルで何機かのシャフターがやられるのを尻目にミサイルの雨をくぐり抜ける。
そして最後のミサイル群を抜けると、オーバーブーストをカット。慣性に従って双胴の船体の横に滑り込む。
「でやあああぁぁぁっっ!!」
左腕のレーザーブレードを横に薙ぐような形で振り抜き、敵艦のフィールドにブレードを奔らせる。
しかしそれはあくまでフィールドを歪めさせただけであり、突破することは適わなかった。
だがこの場はそれで十分。
『そこですっ!』
エネちゃんの声が聞こえると同時に、減衰したフィールド部分に十数ものミサイルが殺到する。
ミサイルは弱ったフィールドを食い破り、いくつかは阻まれたものの、残った数発はヤンマのエンジン部分に着弾した。
「シーカー、今だっ!」
『ぬうおりゃああああぁぁぁっっ!!!』
そして追い討ちをかけるかのように、シーカーが強化ライフルを、MT部隊がミサイルやロケットを叩き込み、ついには動力部分が火を 噴き始める。そして爆発。
動力部からの連鎖爆発で、その艦は轟沈した。さらに嬉しいことに爆発の余波でもう一機のヤンマのフィールドが減衰。
近くにいたカトンボに至っては爆発の余波をモロに受け、沈んでしまう。
そしてこんなチャンスをみすみす逃がしてしまうような俺達ではない。
エネちゃんのピースウルウィッシュのミサイルポッドが再び火を吹き、カトンボに襲い掛かる。
フィールドが消失したカトンボはモロにミサイルを受けて大爆発を起こした。
これは幾度か敵戦艦と戦って分かったことだが、木星蜥蜴の戦艦は重力波砲・大出力レーザーそしてディストーションフィールドと戦闘能力は圧倒的なもので あるが、防御面に関してはフィールドに頼りっきりで強固な装甲は持っていない。
それは今もシャフターのミサイルとフレンダーのロケット砲で、一機のカトンボが落とされたことから分かる。
俺はもう一機のヤンマの方向に機体を向けると再びオーバードブーストを展開し、突撃を敢行する。
再びミサイルの群れに襲われることになるが、先程とは違い側面からの攻撃なため、向かってくるミサイルの量はそう多くない。
右へ左へとラークスパーを振り回し、敵のミサイルをやり過ごすと、お返しとばかりにこちらもミサイルを発射する。
減衰したフィールドをミサイルは容易く食い破り、動力部分と無人兵器発射口に着弾し、おまけにマシンガンの弾をたらふく撃ち込む。
再び辺りを掻き消すような爆音が響き渡る。
動力部分をやられたヤンマは先程の一機と同じ運命を辿り轟沈した。
これで後残っているのはカトンボとチューリップだけだ!
『レイヴン!カトンボは俺達MT部隊に任せてお前達はチューリップをやれ!』
「おい! いくらなんでもMTだけで大丈夫なのか!?」
『前さんたちのおかげでヤツラのフィールドはボロボロだ。問題は無い!! それより急げ! 奴さん、大口開き始めてお仲間を呼ぶつもりだぞ!!』
「なにっ!?」
見るとさっきまで口を閉じていたチューリップが徐々に開き始めていた。
……ヤバイ、形勢はこちらに有利とはいえ、蟲型機動兵器ならともかく戦艦なんかを呼ばれたら目も当てられない。
「くそっ、そっちは任せたぞ! エネちゃん、シーカー!俺に続け!!」
『は、はいっ!』
『俺に指図するな!』
それぞれが返事を返してラークスパーに続く。シーカーはなんだかんだ言いつつも、ちゃんと指示通りに動いてくれるので特に何も言わない。
チューリップを射程内に捕らえると、再びミサイルポッドを立ち上げフルロックオン。12発ものミサイルを連続して発射する。
エネちゃんとシーカーも立て続けにミサイルを発射し、全部で30近くのミサイルが白煙を引きながらチューリップに向かっていく。
そして直後、連続した閃光と爆発が空を彩り、硝煙が辺りを包み込んだ。
……しかし、チューリップは何事も無かったように未だそこに鎮座していた。
『嘘!?』
『あれだけのミサイルをぶち込んでもフィールドを突破できないだとぉっ!?』
チューリップは常時強力なフィールドを展開しているというが、これほどとは……。
だがあれだけのミサイルを集中して食らって、ただで済むわけが無い!
俺は肩のグレネードランチャーを立ち上げて適当な岩陰へと移動する。
「エネちゃん、援護!」
『!?っはい、分かりました!』
グレネードランチャーを撃つ際には、片膝をついて発射体制をとらなければならないため、無防備なのは言うまでも無い。
当然、木星蜥蜴もそれを見逃すはずも無く、発射体勢を取った途端に周囲を旋回していたバッタ共がこちらに向かってくる。
だが俺はバッタの対処をエネちゃんに任せ、ロックオンサイトにチューリップを収めることに集中する。
現在の位置はグレネードのロック可能距離外なため、己の目と勘を頼りに先程ミサイルを浴びせた位置にサイトを固定。
「いけーーーーーっっ!!」
―――轟音!!
爆音と共に黒い大筒から飛び出した榴弾は大気を裂き、炎を纏ってチューリップを覆う鎧に食らい付いた。
榴弾がチューリップのフィールドに大きく干渉し、その巨体を僅かにぐらつかせる。
だが、着弾位置はわずかに上に反れた様で、見た所チューリップそのものにダメージは無いようだ。
今度こそはとサイトの位置を修正して再びトリガーを……
ドガンッッ!!
「ぐおっっ!?」
『アキトさんっ!!』
エネちゃんの守りをすり抜けた一発のミサイルが肩に命中した。
機体が大きくよろめき、集中力が乱れ、ロックオンサイトも大幅にぶれる。
しかしそれでもチューリップからは目を離さない。
そのチューリップは今まさにその大きな口からヤンマ級の戦艦を吐き出そうとしている。
……させない。
IFSコネクタを握る手に力がこもり、両手の甲のタトゥーが一際大きく輝く。視界が徐々にクリアになり、チューリップまでの距離と グレネードの弾道予測線が頭の中に浮かび上がる。後はそれに従ってトリガーを引く……!
―――轟音!!
再び轟く鉄の咆哮。
そしてそれは寸分違わずチューリップの中央部分に向かっていき、今まさに現出しようとしていたヤンマ級の中央部分に突き刺さった。
真正面からグレネードの直撃を受け、船体が膨れ上がって爆発するヤンマ級。
そして当然の如く、その爆発の余波を内部からモロに受けてチューリップはひび割れたかと思うと、直後巨大な赤い火の玉と化した。
『や、やった……!』
『ちくしょっ、てめっ、ミルキー! 美味しいところ持って行きやがって!!』
エネちゃんとシーカーの通信を聞いて、朧げだった思考がクリアになっていく。
俺はラークスパーのグレネードの射撃体勢を解除し、立ち上がって今一度先程撃破したチューリップに目をやった。
周辺の無人兵器も巻き込んだのだろうか、そこには炎に包まれたチューリップが未だ爆音を響かせながら黒煙を上げている。
「なんとかなった……か」
『目標の撃破を確認しました。レイヴン、お疲れ様です』
ネルさんがそう労いの声を掛けてくれる。が、たしかにチューリップは撃破したものの、周辺にはまだ多くの木星蜥蜴の軍勢が残っている。周囲の無人兵器達 は大人しくなっているが、このまま離脱してもいいものかどうか……。
とりあえず指揮官のローズハンターからの指示を仰ぐべく、俺は彼女に連絡をいれることにする。
「……こちら第五小隊ミルキーウェイ、たった今目標のチューリップを撃破。以後の指示を乞う」
『……こちらでも目標の消失を確認した。どうやらお前達第五小隊が一番乗りのようだな』
「一番乗り?」
『他の部隊はまだチューリップを撃破していない。まぁそれも戦況を見る限り時間の問題だろうがな』
彼女の言葉から察するに戦況はこちらの方に分があるらしい。
だが、あの航空部隊の体たらくを見る限りでは信用できないもだが……。
「よく制空権を維持できましたね?俺達が見た限りではそう長時間維持できるとは思えなかったんですけど」
『あぁ、それは新型のMTのおかげだろう』
彼女が言うにはバレーナ社の出した秘蔵の飛行型MTが決め手になったらしい。なんでもそのMTは人型のくせに戦闘機以上の機動力を 発揮し、おまけに高い運動性を以ってバッタを翻弄、戦闘機部隊と共同して木星蜥蜴の航空部隊を退けたそうだ。
「なんなんですかそのMTは……」
『あれはMTというより、フォルム的にはACに近いような気もするがな……っと、無駄話が過ぎたな。ミルキーウェイ、お前達は第四小隊の援護に向かってく れ。どうやらヒヨッコ達が思った以上に使えないらしい』
「第四小隊というと、ヴァッハフントの部隊ですね?了解しました。」
(使えなかったというよりヤツが虐めすぎたんじゃないのか?)
おそらくローズハンターも思っているだろう事を頭に浮かべ、第四小隊が担当する区域へと向かうように指示を出す。 ヴァッハフントの援護に向かうと聞いて、エネちゃんとシーカーのみならず、MTのパイロット達も「え〜」等と露骨に嫌な声を出したが、指揮官のローズハ ンターの指示であることを告げると、しぶしぶ言う事を聞いてくれた。
いや、まぁ気持ちは分からんでもないが……。
そんな訳で俺達は第四小隊の担当区域へ向かって移動を開始する。
道中、かなり大きな爆発音が何度か聞こえてきたのだが、他の部隊がチューリップを上手く撃破したのだろう。無線で何度か歓声が聞こえてきた。
そしてどうやら後残っているのは、今俺達が向かっている第四小隊の区域だけらしい。
そして、移動を開始して十分あまり、前方にいくつかの戦艦の残骸といまだ健在しているチューリップを視認した。
……見る限り、部隊はほぼ壊滅状態だ。
辺りにはシャフターのものと思わしき残骸が散らばっており、ほとんど原型を保っていない黒ずんだフレンダーが2機離れたところに佇んでいる。どうやら MT部隊は全滅のようだ。
残っているのはチューリップと交戦している4機のACだけのようで、それもかなりボロボロになっている。
……いや、ボロボロなのは2機のベーシックに似た機体と比較的損傷の少ない1機の逆間接機で、残りの1機はほとんど損傷が見当たらない。
というよりあの機体は……!
『『「ローズハンター!」』』
そのACは、俺達5つのAC部隊の指揮官であるローズハンターが駆る「クィーンズハート」だった。
スナイパーライフルを片手に縦横無尽にチューリップの周りを飛び回りチューリップの触手の攻撃を引き付け、また周辺のバッタの攻撃 も引き付けることによって、逆間接のAC……ヴァッハフントの駆る「ルーキーブレイカー」を援護している。
しかしオーバードブーストを使わずあそこまでACを動かせるものなのだろうか。
チューリップの周りを飛び回るその姿は蝶に似ていた。
上下左右斜めと小刻みにブーストを吹かして不規則に動き、チューリップの触手やバッタを翻弄している。
触手が蝶を絡め取ろうと懸命に追いかければ、蝶はヒラリヒラリと嘲笑うかのようにすり抜け、数匹のバッタが掴みかかろうと飛び込んでくれば、蝶はフワリ と浮き上がって突進をかわし、無防備な背中に容赦無い一刺しをお見舞いする。
『これがトップランカーの戦い方か……』
『す、すごい……』
シーカーとエネちゃんの言葉に俺も内心同意する。ローズハンターの動きは他のランカーと違って泥臭さが無く、そう……優雅さが感じ られる。あの戦い方こそが、彼女が『薔薇の戦士』と呼ばれる所以たるものなのだろう。
そうこうするうちに戦いに決着が付き始める。
苦戦のためか、応援を呼ぼうとゲートを開き始めたチューリップの前にクィーンズハートが素早く飛び出ると肩のミサイルを一斉に放つ。そしてタイミングを 見計らっていたのだろう、ルーキーブレイカーも両腕のマシンガンを叩き込み、とどめとばかりに散弾型のロケット を数回、チューリップの中に撃ち込んだ。
結構なダメージを受けていたのか、チューリップは最後のロケット砲弾を受けると、外殻が吹き飛んで火を吹き始める。
そして煙を上げながらゆっくりと地面に落下しながら小さな爆発を繰り返し、俺達がようやく着いた頃にはその機能を停止した。
チューリップの沈黙を見届けるとクィーンズハートはこちらに目を向ける。
『ミルキーウェイか、遅いぞ』
「すいません、これでも急いできたんですけど……っていうかどうして指揮官のあなたがここに?」
『なに、私は後ろでアレコレ言うのは性に合わなくてね。お前との通信の後、サリーに仕事を押し付けて出張ってきたのさ』
くっくっくと面白そうに笑うローズハンター。……根っからのレイヴンだな、この人は。
『まぁ思った以上にココが苦戦していたから応援に来たというのもあるがな。……どうだヴァッハフント、そっちの調子は』
『あ〜……左腕の銃身と頭部レーダーがイカレちまってる。FCSは幸い反応あるがこの調子じゃ長時間の戦闘は無理だわな』
『ヒヨッ子共の様子はどうだ』
『さっきモニターで確認したが二人はなんとか生き残ったみてぇだな。残りの一人は残念だが……』
そう言って後ろを見やるヴァッハフント。俺もそちらを向くとそこにはコアの中央と右腕が根こそぎ吹き飛ばされたベーシックACが地面に仰向けになって倒 れていた。コアの様子から見る限りパイロットの生存は絶望的だ。
一歩間違えれば俺達もこのような姿になっていたのだろう。
ローズハンターは一言「そうか……」と呟いてそれっきり黙ったままだった。
その雰囲気から、俺達も言葉を発することが出来ずしばらく沈黙が続いていたが、突如周囲に響き渡る重音によってそれは破られることになる。
ヴヴゥゥゥ…………ン
『ん、なんの音だ?』
『た、隊長……あれを!!』
ヴァッハフントの問いに、一人のレイヴンが上擦ったような声で答えを返す。
ソイツの向いている方向に振り返ってみると、なんと先程沈黙していたチューリップがゲートを大きく開いているではないか。
『えぇ〜〜っ!やっつけたんじゃなかったんですかぁ〜!?』
『死んだフリとは無機物の癖に頭が回る!!』
エネちゃんとシーカーがそんなことを言っている間にゲートは開ききったようで、ゲートの周りから紫電が奔り、今にもナニカが現出しそうな状態だ。
しかしそんな事をわざわざ許す人間がいるはずもなく。
『各機、チューリップに向けて攻撃を開始しろ! 今度は二度と動かないようにバラバラにしてやれ!!』
ローズハンターの合図と共に、各機体が一斉に攻撃し始める。
大量のミサイルやロケット、そしてライフル弾にグレネードがチューリップ目掛けて殺到する。
いくら強固なフィールドを持ってたとしてもそれだけの攻撃に耐え切れるはずも無く、チューリップは再び炎に包まれ、盛大な砂塵 を巻き上げながら爆発した。
『今度こそ終わりだな。全くしぶといヤツだったな』
『シーカーさん、まだ落ちたと決まったわけではありませんよ』
『何を言っている。あの爆発だ、ケリは付いているさ』
未だ巻き上がる砂塵で向こうが見えないが、シーカーの言うようにあの爆発をおこしてチューリップが無事だとは思えない。
もっとも、目標の破壊の確認くらいはしておくべきだろう。俺はチューリップの破壊を確認しようと、ラークスパーを前進させ……
ザワリ
……ようとしたところで突如、背筋が寒くなった。
なんだ?なにか嫌な予感がする……。
俺がその感覚を訝しんだその直後、今度は体中に電流のようなものが走る!
『「全機、散開しろ!!!」』
ローズハンターと俺の声に反応し、各機体が一斉にその場から離脱する。
そして次の瞬間、砂塵の彼方から黒い奔流……グラビティブラストが俺達のいた辺りをなぎ払い、離脱の遅れたMT部隊と2機のベーシックACが巻き込まれ た!
『うわあああぁぁぁ!!!』
『嫌だ、死にたくなっ……!!』
二人のレイヴンはその通信を最後に、グラビティブラストに飲み込まれ、重力の波に押しつぶされた。
巻き込まれた2機はどちらもヴァッハフントの部下だったもので、黒い奔流が収まった後、通信機越しに彼の怨嗟の声が聞こえた。
これでヴァッハフントは一時的だったとはいえ、自分の部下を全員死なせたことになる。彼の内心の苦悩は計り知れないものだろう。
『くそっ、一体何なんだ!』
『おそらく、チューリップが沈む直前にゲートアウトしたのだろう。グラビティブラストを撃ってきた所を見ると相手はヤンマ級か?』
未だ砂塵は巻き上がっているが、先程のグラビティブラストで大分晴れてきたようだ。
すぐさま砂塵は消え、チューリップの残骸の上に敵の正体を確認できた。
『……ナニ、あれ』
『羽根のついた……ロボット?』
それは今までの木星蜥蜴の兵器とはかなり異質なモノだった。
大きさはACの3倍ほどだろうか?ずんぐりとした胴体部分に細長い四肢、そしてテレビのロボットアニメに出てくるような赤青黄色のボディ。手は物を扱う ようなマニピュレーターではなく、四本の鉤爪のようになっている。
さらに目を引くのは、左右4対で合計8枚の機械的な翼だ。推進ユニットかなにかだと思われるのだが、他の部分に比べるといかにも後で 取って付けたような印象が残る。
また先程のグラビティブラストは、胸部の菱形の発射口から撃ったものだと思われる。
「木星蜥蜴の新型か?それにしては随分と趣味的な機体だけど……」
『レイヴン、かなりのエネルギー出力が感知されます。十分に注意してください』
ネルさんからそう忠告がかけられる。
そしてその忠告と同時に敵の方から動きがあった。背中の機械的な翼をゆっくりと稼動させ、体を僅かに傾けたかと思うと……。
突如、空を覆いつくすほどのミサイルを撃ってきた。
「んなっ!?」
その数はざっと見ただけで100はあるだろう。翼から放たれたミサイルは白煙を引き、俺達に襲い掛かってくる。
『全機、回避行動をとれ!!あれだけのミサイルを受けるとひとたまりも無いぞ!!』
言われなくてもそのつもりだ!!
ブーストダッシュでこちらに狙いを付けたミサイルを引きつけた後、コアの迎撃機銃でいくつかを撃ち落すがそれでも相当数のミサイル が牙を剥いて追いかけてくる。
しかしその牙に喰いつかれる訳にはいかない。俺はミサイルとの距離を見計らい、ミサイルが到達する直前ブースターを逆方向に向けて、急激な切り返しでミ サイルを振り切った。
幸いミサイルの誘導性能は思ったより高くないようで、目標を見失ったミサイルは地面に激突したり空で爆発したりした。
他の機体もなんとかあのミサイルの強襲を乗り切ったようで、いち早く立ち直ったローズハンターに至っては既に敵ロボットに攻撃を加えていた。
しかし威力の高いスナイパーライフルとはいえ正面から、それも単機では敵のフィールドを突破できないようだ。
『ミルキー!私の反対側から奴の後ろに回り込め!』
「了解!」
ローズハンターはずぐに戦術を切り替えて、俺に指示を飛ばす。
俺はその指示に従い、彼女に続いてヤツの後ろに回り込もうとするが、それよりも早く敵の方が動き出した。
ヤツは再び機械翼を動かすと、今度は盛大な噴射煙を噴き出し、その巨体を押し進める。
徐々に俺達から離れていく敵ロボットを追いかけ、後方から攻撃しようと試みるが……。
「速い!」
『くっ、もう射程距離外とは……!』
敵ロボットはあっという間に俺達の追撃を振り切り、こちらの攻撃範囲から離脱した。
そして大きく旋回して再びこちらに向きを変えたかと思うと、胸の菱形の発射口をのぞかせる。
『目標のエネルギー増大。レイヴン、回避を!!』
『なっ、またグラビティブラストか!?』
「くそっ!」
ネルさんの警告を聞いて、ブースターを横向きに全開し、その場から緊急離脱。
すぐに黒い奔流がその場に襲いかかり地面を薙ぎ払った。
直後、アラーム。モニターに目をやると、敵がいつの間にか放ったミサイルが白煙を引いてこちらに向かってくる。
「こなくそっ!」
半ばやけくそ気味に突っ込みながらミサイルを回避。先程よりはミサイルの数は少ないため回避はたやすい。
直後、反転して向かってきた敵ロボットが射程圏内に入ったため、今度こそはと片膝をついてグレネードを向けようとすると。
敵ロボットの手……3つの爪の間の黒い銃口がこちらを向いているのが見て取れた。
「っっつ!?」
嫌な予感が頭をよぎり、オーバードブーストを緊急起動。片膝をついたままその場から離れようとして……。
―――轟音!!
敵ロボットの手から発射されたグレネードがラークスパーのすぐ傍で着弾する。
直撃こそしなかったものの爆発の衝撃波をまともに受け、ラークスパーが盛大に吹き飛ばされる。
衝撃で宙に浮くと僅かな後、地面を滑るように転倒する。
……コックピットのあちこちに頭をぶつけたからかなり痛い。
『ミルキー、大丈夫か!?』
「な、なんとか大丈夫です……」
ローズハンターにそう返すが機体の損傷は無視できない。
先の衝撃でブレードは吹き飛び、左腕のマニピュレーターは完全に死んでいる。
幸い動力系統、冷却系等に異常は感じられない。戦闘続行可能。
『しかし厄介だな……。遠距離からはグラビティブラストとミサイルの波状攻撃に、中・近距離では腕のグレネードによる砲撃。敵の攻撃とディストーション フィールドをやり過ごして後ろから攻撃しようにも、あの速さではそれも難しい……』
『おまけに私達の手持ちの武器ではあのロボットのフィールドを突き破れるかどうか……』
俺達の持っている武器は単発の威力が低いライフルやマシンガン、そして小型ミサイルポッドが精々だ。
もちろんこれらの武器も使い方によってはフィールドを突破できるだろうが。
「ここは一旦引いて、戦力を整えて再戦っていうのはどうです?」
『それはおそらく無理でしょう』
俺の提案にネルさんが口を挟む。
『先程STAI司令部より通信がありまして、あのロボット兵器が作戦区域の各所に出現しており、どこもその対応で手が離せない状態のようです』
『……ということは我々だけで対処するしかないということか』
ローズハンターの視線の先では、ちょうど敵ロボットが大きく旋回を始めたところだ。
ヤツが旋回しきってこちらに向けばまた先程のような攻撃を加えてくるのだろう。
『あれこれ考えてる余裕は無え、ここは俺達だけでなんとかするしかねぇだろう』
『……いやに積極的だな、ヴァッハフント』
『あれだけコケにされたんだ。ヤツに一発ぶちこまねえと俺の気がすまねぇんだよ』
ヴァッハフントの言葉にルーキーブレイカーを見やるが、損傷はひどいものの先程攻撃を加えられる前と変わっていない様に見える。
言葉は荒いがヤツはヤツなりに、二人のレイヴンの仇を取りたいのかもしれない。
『……そういうことにしておこう。エネ、オーロラシーカー、お前達は下がってサポートに回れ』
『なぜだっ! 我々だってまだ戦え『分かりました』っておい、エネ!!』
『シーカーさん、私達の装備ではどの道あのロボットに対抗できません。ならば支援に回るのが道理というものです。シーカーさんだってそれは分かっているで しょう?』
『む、むぅ……』
そう言って押し黙るシーカー。しかしまだ納得がいかないらしく了承の言葉はださない。
『時間が無い。ここは無理矢理にでも納得してもらうぞ。……さて、ミルキー、ヴァッハフント、準備はいいか?』
『おうよ』
「俺はサポートに回らなくていいんですか?」
返ってくる言葉は半ば分かりきったものだろうがいちおう言ってみる。
『そんな立派な得物をぶら下げて何を言っている。我々の装備の中ではお前のソレが一番強力なんだぞ』
と、背中のグレネードランチャーを見ながらそう返事をするローズハンター。
まぁわかりきったことなんだけどね……。
「まぁそれは分かってますけどね……で、作戦は?」
『私達がヤツの後ろに回りこんで攻撃を加える。
私のミサイルやヴァッハフントのロケットはスピードも射程もあるから振り切られることは無いだろう。お前はヤツを引き付けた後、スピードが遅くなった所 を狙い撃て。あの速さがなければ、あんなデカイ図体はただの的に過ぎん』
『なんだそりゃ? 作戦と呼べるほど上等なもんか、それは?』
『嫌ならお前が真正面からぶつかって勝負するか? 私はそれでも一向に構わんぞ』
『へっ、そいつはノーサンキューだ』
『お喋りは終わりだ。――来るぞ』
敵ロボットは旋回を終えたらしく、真っ直ぐこちらに向いたかと思うと、胸の菱形の空洞をこちらに向けてくる。
『散れっ!!』
ローズハンターの言葉と共に、それぞれのACがその場から離れる。直後、三度黒い奔流が火星の大地を薙ぎ払った。
俺はそれを尻目に、ミサイルポッドを立ち上げ、オーバードブーストを起動。
既に発射されていた多数のミサイル群がこちらに到達する寸前、機体は急加速して敵ロボットに向かっていき、潜り抜けるようにしてミサイルを回避する。
オーバーブーストで敵の懐に飛び込む最中、フルロックしたミサイルを叩き込むが、やはり強固なフィールドに阻まれる……が。
――ズドドオオォン!
直後、敵ロボットの背後から盛大な爆発音が聞こえてくる。
どうやら背中の推進ユニット兼ミサイル発射装置の破壊に成功したようだ。
その証拠に、ロボットが減速し、徐々に高度を落としていっている。
続けてドドドドド、と連続して背後から爆発音が響いてくる。
『なんだコイツ! 前はあれだけ固えくせに、後ろはからっきしだぜ!!』
意外にも脆い敵に気を良くしたのか、ヴァッハフントが損傷を気にせず片腕のマシンガンを乱射しながら突っ込んでくる。
『馬鹿者! 油断するな!!』
『するかよ!』
だがさすがに正面に出てくるような愚行はせず、敵の左後方から着実にマシンガンを叩き込む。
しかし、さすがに敵も好きにはさせてくれないようだ。
ぐりんっ
『んあっ!?』
なんと敵ロボットの頭が回転し、ヴァッハフントを捉え――口から赤いレーザーを発射した。
『ぐあああぁぁぁっっ!!』
「ヴァッハフント!」
真正面からレーザーを受け、黒い煙を吹きながらゆっくりと倒れ込むルーキーブレイカー。
『くっ、だから油断するなと……!!』
ローズハンターが肩の四連装ミサイルを叩き込み、敵ロボットの注意を引く。
俺は、彼女がグレネードを撃つための隙を作ってくれていることを理解し、ロボットの後ろに回りこもうとするが……。
敵は右腕だけを動かし、クィーンズハートに狙いを付けた。……グレネードか!!
『そんなもの……何!?』
しかし、クィーンズハートに放たれたのは榴弾ではなく、ロボット自身の巨大な腕だった。
加速した膨大な質量は、グレネードを最小限の動きで回避しようとしたクィーンズハートの細い両脚を抉り取る!
『ぐああぁっ!?』
通信から彼女の悲鳴が聞こえると、そのまま背中から倒れこみ、クィーンズハートは動かなくなった。
そして、ロボットはゆっくりとこちらに振り向いた。
そして鈍く光る二つの目で俺を……ラークスパーを睨みつけている。
――まるで次はお前の番だとでも言うように。
「――貴様」
ロボットの腕がゆっくりと上がる。
黒い煙を吹き上げる、ルーキーブレイカー。
「―――――ここまでしておいて」
掌に当たる部分がせりあがり。
両脚を失い、仰向けに倒れるクィーンズハー ト。
「――――――――ただで済むと」
爪の間からグレネードの銃口が覗く。
既に散っていった多くのACとMTの残骸。
それらを全て己が目に焼き付けて
「思うなよ!!!!」
――爆発した。
ロボットの腕からグレネードが発射されるのと、ラークスパーを飛び上がらせるのは、ほぼ同時だった。
ありえないほどの高さ……敵ロボットの目線と同じ高さまで、一瞬で飛び上がると、既に展開していたオーバードブーストを発動させる。
自分の体に『ライン』が走り、ラインは虹色に光り輝き、耳障りなほどに甲高い音を紡ぎ出す。
そんな全身を駆け巡るような感覚に身を委ね、俺はラークスパーを加速させる。
しかしロボットはそれに反応し、素早く左腕を持ち上げ、グレネードを発射。
俺はそれをわずかに左によせて回避する。しかしロボットは、直後左腕を切り離してこちらに飛ばしてきた。
――二段構えの必殺の攻撃。
ラークスパーの右脚が、ヤツの爪によってもっていかれる。
右脚を失ったことで、姿勢制御が困難になり、機体は大きくぐらつく。
それを好機と見、ロボットの口が再び開き、赤い光が収束される。
そして、収束されたエネルギーが解放されようとする
――直前、ロボットの顔は爆炎と衝撃に包まれた。
『アキトさんっ!!』
『今だ、ミルキーーー!!』
通信に二人の声が聞こえてくる。なんともナイスなタイミングで援護してくれたものだ。
心の中で二人に感謝の言葉をかけると、ふらついた機体を再度加速させる。二人の支援を無駄にはしない。
グレネードランチャーをセットアップ。
硝煙が晴れて、若干歪んだロボットの顔が現れる。
ロックオンサイトを目標に固定。
未だ光の残る二つの目がラークスパーを捕らえる。
ロックマーカーの色が変わり、ロックオン完了。
ロボットの口が再度開くが……
「チェックメイトだっ!!」
――轟音!!
空中で発射されたグレネードはロボットの口に吸い込まれ、直後、ロボットの頭は巨大な火の玉に飲み込まれた。
頭を吹き飛ばされたロボットはそのままゆっくりと高度を落とし、地面に膝を付くと前のめりに倒れこむ。
盛大に粉塵が舞い上がるが、爆発は起きる様子はない。どうやら頭部はロボットの中枢だったようだ。
同時にラークスパーも、エネルギーが切れると同時に空中から地面に叩きつけられる。
「やっ……た……」
そして俺は敵ロボットの停止を見届けると、ふと、意識を手放した。
戦場より数km離れた高台。 其処に、いままでの戦闘を監視していた存在がそこにいた。
重量二脚型の黒いAC「ツェーンゲボーテ」 ランカーレイヴン、ストラングの乗機である。
彼の視線の先には、ロボットを倒し、ピクリとも動かず仰向けに横たわるラークスパーの姿がある。
中の人間が心配なのか、ピ−スウルウィッシュが傍に駆け寄って、必死にラークスパーを起こそうとする様子が見て取れる。
ストラングはそんな状況を眺めながらも、表情を動かさずポツリと小さく言葉を呟いた。
『大きすぎる…………修正が必要だ』
そう呟くと、ストラングは空を見上げる。 彼が向く先は、火星の空の遥か向こう……地球に向けられていた。
TO BE CONTINUED