「第一次火星会戦より1年あまり。火星宙域圏は完全に敵の制圧下にあり、月を落とされるのも時間の問題だ。 ……だが、風の便りによると、火星の抵抗勢力は、徐々にではあるが、敵を撃退していっているらしい。」
「人類にとっては非常にいいニュースかもしれんが、我々にとっては少しばかり面白くないことだ」
「ただでさえ、ジオ=マトリクスやエムロードに火星開発計画の遅れを取っているというのに、火星支社が壊滅してしまって 踏んだり蹴ったりといったところですな」
「事ここに至って、我々ネルガルは地球政府の意向により、地球連合軍と連携して火星へ赴くこととなった」
「もちろん、スキャパレリプロジェクトの方もこれに乗じ、継続して行うことになる」
「そこで、君達には新造戦艦ナデシコに乗艦し、連合軍と共同して火星にむかってもらいたい」
嵐のごとく捲し立てる上役連中に、困惑を隠せない強面の男性。言ってることは理解できる。
だが、たったそれだけのことは書類で済ませられるものだ。何故、わざわざ呼びたてる必要があるのだろう……。
「……それで私は何をすれば」
「それは人材集めです!」
どこからともなく出現した、赤チョッキとチョビひげの男性。名刺を渡され、そこには「プロスペクター」とある。
果てしなく妖しすぎる偽名だが、そこは深く考えず、こちらも名刺を相手に渡す。
「人材?」
「あぁ、これはわざわざどうも……。そう、人材です。……多少性格に問題があっても腕の立つ」
あぁ、なるほど理解した。
つまりは、相手側との交渉を有利にするために、要は自分が交渉相手を威圧すればいいんだな。
彼の頭の中には、脅迫オーラを出しまくる自分の姿と、にこやかに契約書を提示するプロスペクターの姿が映し出されていた。
いや、ヤクザ映画じゃないんだから。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第六話「フライトナーズ、ナデシコに立つ」
極東の地にある海運の都市サセボシティ。ここにネルガル重工の本社ビルは存在する。
周囲にはネルガル系列の企業のビルも多く建っており、ここ、サセボシティは正にネルガルのための都市といえる。
都市とはいえ、20年という浅い歴史しか持たないが、海運都市ゆえに人も多く集まるため、それに付随して様々な情報も集まってくる。正に人材集めには うってつけの場所である。
さて、サセボといえば日本に古くからある貿易都市として有名だが、そのサセボがなぜたった「20年」という浅い歴史しかないのか疑問を持ったのではない だろうか? それについては、今からおよそ100年ほど前に起こった「大破壊」について説明しなければならない。
「大破壊」と呼ばれる出来事は、事実上、それまで発展してきた人類による文明を崩壊させるものだった。いわゆる世界規模の戦争であり、地球の地表のほと んどが人間の生活に適さなくなるほどの破壊がもたらされたのだ。
巨大な災厄を生き延びた人々は生活の拠点を地下へ移し、あらゆる意味で限定された環境の中再興を目指した。
しかし二つの巨大企業の間で抗争が始まり、その二つの企業が共に倒れるとともに、支柱が失われたかのように小さな勢力が戦いになだれ込んだ。
地下世界を巻き込む戦争へと発展した企業抗争は『大深度戦争』、あるいは『30年戦争』と呼ばれることからも分かるように、非常に 長い間続けられたが、抗争に疲弊した企業同士が『アイザック条約』を締結することでようやく終息。
その後、地下世界は条約を取り決めた「地下世界停戦委員会」――後の政府を中心に再興の道に戻り『大破壊』からの復興の兆しを見せ始めた地上への移住計 画を開始した。
地上への移住計画は企業が率先して行い、都市を形成していった。ネオ・アイザック、オールド・ガル、バロウズ・ヒル、セントラル・ オブ・アース……そしてネルガル重工が居を構えたのがサセボなのである。
また、地上への移住の際に、企業が再び強大な力を持つことを恐れた地球政府は、その抑止力として、いくつかの企業を抱き込み、一つ の巨大な軍隊――――地球連合軍を立ち上げた。
地上に徐々に都市が形成され、人々が順調に地上へと移住していく中、地上を調査していた企業が『大破壊』以前の旧文明が着手して いた「火星テラフォーミング計画」を発見。その計画を目にし、「大深度戦争」以前の力を地球で得ることは難しいと判断した企業たちは、こぞって火星に進 出。地球の地上復興を第一の目標としていた政府を出し抜き、火星進出における利権を次々と獲得していった。
地球政府は苦々しく思いながらも、地上世界がある程度安定できる段階に至るまでそれを黙って見ているしかなかった。
しかし、2195年10月。木星蜥蜴との戦闘から端を発した「第一次火星会戦」が勃発。
この戦闘によって、実に火星の三分の二が木星蜥蜴に占拠され、火星に進出した企業は多大なるダメージを受けることとなった。
中には、火星支社そのものが壊滅させられた企業も少なくなく、なんとかして火星の状況を知ろうと、企業側も様々な手を講じたが、既に地球近海に展開した 木星蜥蜴の艦隊によってそれは阻まれることとなる。
事ここに至り、地球の企業は木星蜥蜴から身を守るため、ひいては己の利権のために、「地下世界停戦委員会」の頃から政府に深い関わりのあったネルガルを 中心に、地球政府と手を組むことになる。
そして、冒頭の重役達の会話に至るわけだ。
その連合軍に派遣する戦艦ナデシコの人材集めのために奔走する強面の男、もといゴート・ホーリーとプロスペクター。
整備員にはじまり、コック、操縦士、通信士、オペレーターと順調にクルーを確保することに成功した。
正直、違法改造バッチコイ!の整備士はともかく、元社長秘書の操縦士や、元声優の通信士はどうかと思ったゴート・ホーリー。
最後のオペレーターに至っては、少女というより幼女だったため、本当にこのプロジェクトは成功するのかと首を捻ったものだ。しかし誰一人己の強面にびび ることが無かった所を見ると、肝は据わっているらしい。
と、まあ若干ずれた思考を片隅に、ゴートはプロスペクターに付いていった。
「ミスター、これで全員ではないのか」
「そうですねぇ、コックに男性の手が欲しいところですが、まぁこんなもんでしょう」
丼に残ったスープをずずっとすすり、器を空にして答えるプロスペクター。
彼らはここ、サセボシティにある「雪谷食堂」で遅めの昼食を摂っていた。ちなみにこの食堂の店主には既に契約を断られているが、味が良いので通い続けて いる。ちなみにゴートが食べているのは酢豚定職だ。
ペラペラとリストをめくる。確かに見た限りでは、戦艦を運用するには問題ない人数であるが、ある項目の人数が明らかに少ない。
「ミスター、そういえばパイロットはどうするのだ?」
「あぁ、パイロットですか。こちらのほうで何人か契約しておりますが、何分人数が少ないので……軍の方から三人ほど出向してきてもらうのですよ」
はぁ、と溜息をこぼすプロスペクター。厄介な軍人でも押し付けられたのだろうか。というか、たった三人加わっただけでも少ないように思うが……。
「かなりの難物のようだが、どのような軍人なのだ?」
「いえ、正確には軍人とは言えないんですが…………フライトナーズ、って聞いたことあります?」
ぴた、と箸の手を止めるゴート。
フライトナーズ――その名は従軍(ここでいう軍というのは企業のものであるが)の経験があるものならば、嫌でも耳に入ってくる。
それくらい彼らは、良くも悪くも有名だった。
――治安維持部隊「フライトナーズ」
その正体は、地球政府直属の特殊部隊で、中核メンバーのほとんどは、現役のランカーレイヴンである。
その実力の高さは折り紙付きで、地球の主だった反乱分子のほとんどを彼らが鎮圧してしまい、彼らに逆らったものは誰一人として生き残れないと言われてい るほどだ。
「なるほど、確かにかなりの難物のようだが、それでもれっきとした軍の所属なのだろう? そこまで溜息をつくほどなのか?」
「いやぁ、実はその出向する三人というのが…………そのフライトナーズの隊長さんと側近なのですよ」
「……なに?」
地球連合軍サセボ極東支部。
その施設の正門にゴートとプロスペクターの姿はあった。
「ネルガル重工の方ですね? 少々お待ち下さい」
そう言って門番の兵士に応接室に待たされてかれこれ5分……ゴートが飲んだコーヒーがそろそろ4杯目に達しようかとした頃、応接室の 扉が開かれ、一人の軍人が入ってきた。
「お待たせしました。こちらにどうぞ」
門番に代わって現れたのは、蒼い長髪をひと括りにした一人の女性だった。
連合軍の仕官服を身に纏い、凛としたたたずまいはまるで抜き身の刀のようである。丁寧な言葉と端整な顔立ちとは裏腹に、二人を見つめる瞳は、まるでなに かを見定めるかのようで、その視線は並の男なら逃げ出してしまうかのように鋭い。
「あぁ、これはどうも。……ほらゴートさん、行きますよ」
「……むぅ」
だがそんな殺気をものともせず、二人は飄々としている。
ゴートに至っては、席を立った後少々名残惜しそうにお茶請けのクッキーが入った皿を見つめている。横には空になったカップと10枚ほどのクッキーの空袋 がある。どうやらかなり気に入ったようだが、明らかに食いすぎである。
「……こちらです。付いてきてください」
二人がかなり胆の据わった人物だと感じたのだろう。女性は背を向けると、そう声を掛けて二人を案内しはじめた。
そしてそれに続くプロスペクターとゴート。施設は新設されたばかりなためか、かなり綺麗だ。現在3人が歩いている通路の床も、まるで塵一つ無いほど磨か れている。
そんな新築の匂い漂う通路をしばらく歩くと、女性はかなり大きな扉の前で足を止めた。
扉には小さく英語でシミュレーションルームと書いてある。
プシュッと空気の排出音を響かせて、頑丈な扉を開けると、3つの巨大なモニターが目に飛び込んでくる。
モニターの前にはACのコックピットを模した、球状の端末が設置されており、腹に響くような重低音を鳴らしている。
またモニターには1機の紅いACが浮かび上がっており、その周囲には5機ほどのベーシックACが配置されている。
どうやら目の前のシミュレーターはACテストのためのシミュレーターの上位版といったところのようだ。
モニターに映るACは標準的な中量二脚ACであるが、その装備が尋常ではない。
右手には大型の高性能レーザーライフル[KARASAWA-MKU]に左手には最強のブレードと名高い[LS-MOONLIGHT] そして右肩には分 裂型 連装ミサイルポッド[ZWM-M24/1MU]、そしてとどめに左肩に装備されているグレネードランチャー[EWC-GN44-AC]。
装備だけを見るといかにも強そうなACであるが、プロスペクターはそうは思わなかった。
(武器の詰め込みすぎですね……。おそらくまともに動けずに蜂の巣ですかな)
ACに詳しい人間がいたら、おそらくプロスペクターと同じような結論を下すだろう。
それほどまでにモニターのACは過剰な武装をしているのだ。
レーザーライフル、ブレード、ミサイルポッド、グレネードランチャー。このような兵装のACはいくらでもいるが、紅いACが武装している代物は、それぞ れが出力・重量が大きいものばかりだ。重量級ならともかく、中量級のACが複数も装備していい物ではない。
そんなプロスペクターの思考をよそに、シミュレーションが開始される。開始と同時に5機のACがライフルを一斉に放つ。そしてライフルの弾が紅いACに 吸い込まれ――
ゴウッ!
――ることはなかった。
紅いACは何時の間に移動したのか、前方にいたベーシックとの間合いをつめ、その灰色のボディを左腕のブレードで両断していた。
そして振り向きざまにライフルを斉射し、間合いを詰めようとした一機のベーシックと、後方にいたもう一機のベーシックを破壊する。
しかしその間に、左右に展開していた二機のベーシックがブレードを振りかぶって紅いACに襲い掛かる。
パラメータをいじっているためか、その動きはベーシックとは思えないほどに鋭い。
一機は機体を軽く浮かせて上体を薙ぐように、もう一機は逆に機体を沈めて足元を払うかのように腕のブレードを振りかぶる。
上に跳んでも横に跳んでも致命傷は避けられない。
しかしそれよりも早く、紅いACはその場で機体をコマのように回転させ、ブレードで片方のベーシックの頭を斬り飛ばし、ライフルで もう片方のベーシックコアを正確に撃ち抜く。
そして二機のベーシックが倒れると同時にシミュレーションは終わりを告げた。
(なんと……ベーシックとはいえ、五機のACをたった10秒足らずで)
シミュレーションの結果に驚きを隠せないプロスペクター。そして同時に、あの紅いACを操るパイロット……いや、レイヴンといったほうがいいかもしれな い、が何者なのか半ば予想できたようだ。顔を引き締めて球状シミュレーターの端末に向き直る。
空気の排出音と共に、球状の端末が開き、中から一人の男が姿を現した。パッと見た感じでは、およそ四十歳ほどだろうか。
男は、新型のパイロットスーツを身に纏い、中肉中背の体格、比較的長い茶色の髪を持つというどこにでもいるような男だ。
顔つきも比較的穏やかで、見ようによってはかなり若く見える。
しかし、その立ち振る舞いには全く隙が無く、その一挙一動が刃物のように洗練されており、特に全てを凍りつかせるような鋭い瞳が印象的だ。
「さすがですね、クライン」
「タイムは縮んではいない。この程度ではまだまだだ」
女性の声にそう答える、クラインと呼ばれる男性。
そう、この男こそ、地上最強のAC部隊フライトナーズを纏める人物その人であり、同時に過去に地球のアリーナで「ナインブレイカー」の名で頂点に立って いた男、レオス・クラインなのである。
「こんな格好で失礼する、レオス・クラインだ」
「どうも、私はこういう者です。後ろの方はゴートさんといいます」
名刺を差し出すと同時に、ゴートも軽く頭を下げる。
「ネルガル重工会計監査官プロスペクター……本名か?」
「いえいえ、ペンネームのようなものとお考え下さい」
「ふむ、で我々に何の用かな? 既にそちらには出向の書類が行っている。スカウトの必要は無いはずだが。それとも他のメンバーのスカウトにでも来たの か?」
「いやいや、契約というのは実際にお互い顔を合わせるのが大事なのですよ」
プロスの言葉は半分真実であり、半分嘘である。契約のことももちろんであるが、プロスのもう一つの目的はぶっちゃけ偵察である。
地球最強の部隊と名高いフライトナーズであるが、彼らの情報は驚くほど少ない。部隊構成、規模、メンバー等の情報が一切外に出て こないため、半ば幻の部隊などとも言われている。そんな幻の部隊――しかも隊長が、一時的ではあるが自分達の乗る船に同乗するのだ。 気にならないわけが無い。
プロスは今回の訪問で、ある程度フライトナーズの姿、というか考えを知っておこうとしていた。
「今回の作戦でクラインさんは我々の船に同乗することを希望したそうですが、なんでまた部隊の隊長であるあなたが?」
「ネルガルの新造戦艦はオーバーテクノロジーの塊だと聞いて興味が沸いた。それ以外に他意は無いが?」
「ほほぉ、それはそれは。……しかし連合軍のほうがよく許可を出しましたねぇ」
「なに、我々は少々の融通は利かせてもらえるからな。もっとも、そちらにお邪魔する間は私の副官意外のメンバーは命令系統から外されてしまうがね」
(ふむ……つまり、彼らは連合軍内でもある程度自由に動けるということですか)
他のメンバーが命令系統から外れることは、彼にとってみればあまりマイナス要素ではないのだろう。というより、そのことも考慮した 上で今回の希望を出したと思われる。プロスはそう考えている。
(ナデシコに乗るのは彼らの意思で、連合軍の意思ではない……。まぁそれでも諜報の命令くらいは降りてるでしょうなぁ)
クラインも言ってるように、ナデシコはオーバーテクノロジーの塊だ。連合軍とはいえ、その根本はあくまで企業。
スパイの一人や二人は送り込んでくるかもしれない。
(願わくば、この方々がナデシコに対して何もしてこないことを祈るばかりですな)
内心溜息をつき、プロスはネルガルに出向している間の契約の内容について、合間に腹の探り合いを入れながら話し合った。
1時間後、契約の話し合いが終わった応接室には徐々に小さくなっていくプロスペクターとゴートの影を見続けるクラインの姿がある。
そしてその傍に佇む一人の女性。
「今回のアナタはやけに素直でしたね、クライン」
「私はいつも素直なつもりだが、レミル?」
「フフフ、そういうことにしておきましょう」
連合軍の仕官服を着込んだ蒼い長髪の女性……クラインの側近の一人、レミル・フォートナーがクスクスと楽しそうに笑う。
プロスペクターとゴートに対しての表情とはえらい違いである。
そして彼女の反対側の壁には、レミルと同じような蒼い髪を短く刈上げた大柄の無愛想な男が腕を組んで佇んでいた。
「ネルガルのやつら、かなり俺達を警戒しているようだな」
「仕方あるまい。軍からの出向と言えば聞こえはいいが、要は我々の役目は監視役だ。ネルガルとしては内心穏やかではないだろう」
男の名はボイル・フォートナー。苗字から分かるように、彼らボイルとレミルは双子であり、また、その実力からクラインの側近として 名を馳せている猛者だ。
「連合軍の命令なんて、どうせあなたはまともに聞く気は無いのでしょう?」
「最低限の報告くらいはやってやるさ。……最も、コチラはコチラで好きに動かせてもらうがな」
そう言って小さく笑うクライン。
レミルはその様子を苦笑して見ているが、ボイルはそれに微塵も気にかけずポツリと呟いた。
「火星のオーバーテクノロジーを積んだ戦艦に、最新鋭の人型機動兵器……期待通りのものだといいがな」
「それは見てからのお楽しみだ」
2ヶ月後。西暦2196年12月29日。
フライトナーズのトップ3が見上げる先に、特徴的なフォルムをした戦艦がある。
ND-001 機動戦艦ナデシコ。
地球で初めて相転移機関を搭載した戦艦。主砲として、相転移エンジンから副次的に発生する重力波を利用したグラビティブラスト。空間を歪曲させて攻撃を 防ぐ、時空歪曲場――スペースタイム・ディストーションフィールド。
唯一、木星蜥蜴と対抗しうる武装を持ちながら、民間企業によって運営させるという異色の戦艦である。
「さぁ、みなさん、これがナデシコですっっ!!」
「ほぉ、これがナデシコか」
「何だこの妙ちくりんな形のフネは、ちゃんと飛ぶのかよおい」
「そうかしら、私は綺麗な船だと思うけど」
そう評価を下す三人にプロスペクターは苦笑で返した。
彼らのような感想は、今まで乗り込んできたクルーの誰もが下したのと同様であるからだ。
有体に言って、クルーが乗り込んでくるたびに同じ感想を聞かされた身としては、正直苦笑するしかない。
「いやはや、これは手厳しい。まあ、変わった形をしていることは認めますが、それはこの船の持つ構造を考えれば致し方ないことでして……」
「それは左右のディストーションブレードのことを指しているのか?」
「……!! ご存知なのですか?」
「噂だけならな。他にもどんな技術が使われているやら……全く、楽しみだ」
(むう、情報が漏れているのですかねぇ)
その噂をどこで聞いたのか、プロスは問い詰めたい気持ちに駆られたが、それを押さえ込んでナデシコの中を案内する。
「さて、お次は機動兵器……エステバリスとか言ったか? それを見せてもらおうかな」
「おや、そういえば皆さんのACはどうしたのですかな? てっきり一緒に搬入されるものと思っていましたが」
「我々のACは、後ほど合流される連合軍艦隊で受け取ることになっている。フライトナーズといえど、上層部の許可無く無闇にACを動かすことはできない」
「ははぁ、それは難儀ですなぁ……あぁ、格納庫はコチラになりますお目当てのエステバリスもそこにありますよ」
内心、連合軍がナデシコに戦力が集中するのを嫌がったのか?等と邪推するが、そんなことは無いかと先程の考えをバッサリと捨て、プロスペクターは格納庫 へと足を向けた。
『レッツゴーーー!! ゲ・キ・ガンガーーーー!!!』
「「「「…………」」」」
そして到着した格納庫ではロボットが『踊っていた』。少なくともクラインを始めとした三人は踊っているとしか思えなかった。
さすがに機動兵器が踊ってる事態など出合った事が無いため、呆然としている。
いち早く再起動を果たしたクラインがプロスペクターに問いただす。
「ミスタープロスペクター、なんだアレは?」
「は、はぁ、あの動いているロボットがエステバリスですが……おかしいですな、パイロットの着任は確か3日後のはず」
「ちょっとちょっと、あんた! 何やってんだよ。パイロットは3日後に乗艦だろ!!」
スピーカーを片手にそう叫ぶのは、眼鏡をかけ、ナデシコのシンボルマークが入ったツナギを着た中年の男性。ナデシコ整備班班長のウリバタケ・セイヤであ る。
『いやぁ〜〜、本物のロボットを動かせるって聞いて、いてもたってもいられなくなってなぁ〜〜!!』
「わかったわかった、いいからさっさとエステから降りろ!! そいつはまだバランサーの調整が済んでねえんだよ!!」
『フッ、まぁ待て待て。今諸君らにお見せしよう。これぞ、超スーパーグレートウルトラ必殺技!!』
「聞いちゃいねえよオイ」
踊っていたエステバリスはウリバタケの声を気にもかけず、深く腰を沈め
『人呼んで、ガーーーイ!スーーパーーナッパアアアァァァ!!!』
等と叫んでしゃがんだ体勢から握った拳を一気に上へと振り上げた。見事なアッパーカットである。
しかし、バランサーの調整が済んでいない機体でアッパーカットという無茶な動きをすれば当然……
『ぬおわあああぁぁぁ!!!』
ドガッシャアアアァァァンンン!!
エステバリスは体勢を崩して冷たい鉄板に激突することになる。
「ぬあああぁぁぁ〜〜〜!! エステに傷がぁ〜〜〜!!!」
「「……馬鹿だな」」
その様子を見て、そう断言するボイルとレミル。
しかしクラインは一人、顎に手をやり先程のエステバリスの動きについて考えていた。
(確かにやってることは馬鹿そのものだが……先程のスムーズな動きはACでは到底不可能なものばかり。それだけでなく何気ない仕草の一つ一つまでもトレー スするとは……)
「コイツはかなり期待できそうだな」
その言葉にバッとクラインの方向に首を向け、ボイルとレミルだけでなくプロスペクターも驚きに目を丸くする。
「「「……クライン(さん)、正気(です)か?」」」
「…………いっておくが、俺が言っているのはエステバリスのことであって、決してあのパイロットのことじゃないぞ」
「か〜〜〜っすげぇっ!手があって足があって自由に動くんだぜ!?」
「そうゆう風に出来てんだから当たり前だろうが! それよりどうすんだこの有様! 幸いエステに大きな不具合はねえみたいだが、 狭い格納庫なんかで無茶な動きしやがって!」
「なに言ってるんだよ博士! 男だったらロボットを見たら動かすしかねえだろ!? そのためだったら格納庫の一つや二つ……!」
「え〜い、誰が博士だ誰がっ!」
「困りますな〜ヤマダさ「ダイゴウジ・ガイだ!」 ……あなたが壊した、例えばあの機材。あれ一つであなたのお給料何か月分かお解りで……おや、どうしま したヤマダさん?」
「なんか……あしがいたひ……」
「オイオイ、おたく足折れてるぞ」
「なんかズキズキするとは思ったけど……」
「おーい、だれか担架もってこーい!」
その様子をしばらく見ていたプロスペクターが手元から端末を取り出し、クラインに手渡した。
「クラインさん、コミュニケを渡しておきます。艦内であればここをこうすれば会話が可能ですから、何かあれば連絡を下さい」
「む、プロス氏はどうするのだ?まだ艦内の案内は終わってないのだが」
「あぁ、私ですか?いえ、ちょっとヤマダさんに給料明細についてと終殺狂 を……」
「……そうか、ほどほどにしておくんだな」
「ハハハハハ、こういうのは最初が肝心ですからなぁ。それは無理と言うものです」
明らかに目が笑っていない。
プロスペクターは三つのコミュニケをクラインに手渡すと、ヤマダの方に歩いていった。
しかしヤマダはそんな鬼気全開なプロスに全く気付かず、クラインの顔を見ると馬鹿でかい声を張り上げた。
「おぉ〜い、そこのキミ!」
「……私のことか?」
「あのロボットの中に、俺の大事な宝物があるんだ! すまんが、持ってきてくれぇ!」
そう言って整備員に担架で運ばれていくヤマダ・ジロウと、笑顔でそれについていくプロスペクター。
クラインはそれを見送ると心の中で手を合わせた。
「クラインに命令するなんて、なんてあつかましい男だ!」
「クライン、あんな馬鹿の頼みなんぞ受ける必要は無いぞ」
「なに、構わんさ。これで大っぴらにエステバリスのコクピットを見ることができる……それに遺言くらい聞いてやらんとな」
そう呟くと、クラインはエステバリスのコクピットに乗り込み、操縦機器を一通り見渡し始めた。
「ほう、中は思ってたよりもずっと広いな。操作系統は……やはりIFSか。でなければあれほどの動きは説明できん。しかしこれなら私にでもすぐに動かすこ とができるな」
一通り確認した後、IFSコネクタに手を乗せようとしたそのときに、
ズズウウゥン・・・!
「きゃ!?」
「これは、敵襲か!?」
そして艦内に警報が鳴り響き、俄かに慌しくなる。
レミルはクラインに指示を仰ごうとするが、そのクラインがコクピットから出てこない。
不審に思いエステバリスに近づくが、なんとコクピットのハッチが閉じてしまい、赤紫のエステバリスが立ち上がるではないか。
「クライン、どうするつもりです!?」
「私がコイツで迎撃に出る」
「あなたの手を煩わせる必要などありません!! ここはナデシコのパイロットに任せて……」
「パイロットの着任は3日後だとプロスペクターが言ってただろう? 先程のパイロットもあの怪我では出ることはできまい。ならば戦えるのは私達だけという ことになる」
「でしたら私にお任せを! たかが蜥蜴の十匹や二十匹「レミル」ッ……ハ、ハイ」
「なに、心配するな。ちょっと遊んでくるだけだ」
その声は、今すぐ新しい玩具で遊びたくて仕方の無い子供のようであった。
「みなさ〜ん。わたくしが艦長のミスマル・ユリカで〜っす! ブイ!」
「「「「「ぶい〜っ!?」」」」」
等と気の抜けるような艦長直々の挨拶で、たるんだ空気が蔓延していたブリッジでは、現在木星蜥蜴の対応で手一杯である。
下部に設置してある床面スクリーンに、サセボ付近の見取り図が表示されている。
味方を示す青の表示が次々と×で消されていき、それをゴートが律儀に状況を解説する。
「敵の攻撃は2箇所、とりわけ弓張岳の山頂付近に集中している」
「敵はナデシコが地下にある事を知っているのか?」
「そうとわかれば反撃よ!」
ナデシコの提督として引っ張られた元LCCの司令官フクベ・ジンと、呼んでもいないのに勝手にやって来たムネタケ・サダアキ副指令。
訝しむフクベと、ヒステリックにつばを飛ばすムネタケ。両者の反応は対照的である。
叫ぶムネタケに水を差すのはゴートの役目だった。
「どうやって?」
「ナデシコの対空砲火を上に向けて、敵を下から焼き払うのよ!」
「上にいる軍人さんとか、一緒に吹き飛ばすわけ?」
元社長秘書の躁舵手ハルカ・ミナト――考えてみれば物凄い経歴である――の鋭いツッコミ。
「ど、どうせ全滅してるわ」
「それって非人道的って言いません?」
今度は元声優の通信士メグミ・レイナード――こちらも負けず劣らずの経歴だ――が更にツッコム。
「きぃ〜っ! アンタ、副提督のアタシに口答えしていいと思ってんの!?」
「そんなこと言っても、私たち軍人さんじゃないものね〜」
「ですよねぇ」
「きぃぃぃ〜っ!!」
「艦長は何か意見はあるかね?」
一方のフクベは落ち着き払った態度でユリカに意見を求めた。この辺り、年期の差が如実に現れている。あるいは品格の差か。
ユリカは今までのお茶らけた様子とはうって変わった毅然とした態度で答える。
「ドックに急ぎ注入します」
「ほう」
「海底ゲートを抜けて一旦海中へ。その後浮上して、敵を背面より殲滅します!」
「ふむふむ……」
ユリカの立て板に水の如き論述に、感心するフクベ。ミナトとメグミも、顔を見合わせた後、感嘆したように息を漏らした。
いつの間にかブリッジに上がったプロスとゴートもしきりに頷いている。
「ふむ、それしかありませんなぁ」
「現状で取りうる最上の方策だ」
一方、それが面白くないのは自分の意見を却下されたムネタケだ。
「で、でも海底ゲートを抜けるには、注入とエンジン始動であと10分はかかるわ! その間、敵の攻撃をどうやって防ぐの!?」
「そんなのは簡単さ!」
そう言い切ったのはパイロットのヤマダ・ジロウ――自称ダイゴウジ・ガイ。
「オレさまのゲキガンガーが地上に出て囮になって敵を引きつける! その間にナデシコは発進! くぅ〜、燃えるシチュエーションだ 〜っ!」
「おたく、骨折中だろ」
「しまったぁ〜っ!!」
醒めたウリバタケの呟きに、蒼白になるヤマダ・ジロウ。
未整備のエステを乗り回したあげく転倒、足を折って医務室に担架で運ばれる途中にアラームを聞いてブリッジに直行したのだ。
若干頬がこけているのはプロスのお説教が効いたからだろうか、時たまプロスの方を見て震えていたりする。
「ちょっと、他にパイロットはいないの!? アタシはこんな所で死ぬなんて嫌よ!」
「囮なら出てます」
「「「「「え?」」」」」
今まで一言もしゃべらなかった銀髪ツインテールのオペレーター、ホシノ・ルリがぼそっと呟く。
その言葉に一斉にオペレーター席を振り返る一同。
「いま、エレベーターにエステバリスが乗りました」
上昇するエレベーターで佇むエステバリス。
地上は戦闘状態で、否が応にも緊張感が漂う場面だが、それに反してコクピットのクラインは随分と落ち着いたものだった。
「……そういえば、たった一機での出撃は随分と久しぶりだな」
『誰だ君は!』
「む?」
目の前に白髪老人の顔が突然浮かび上がり、己が誰かと問いただす。
『君はパイロットかね?』
「そういうアンタは何者だ」
ならばこういう反応はある意味当然のものかもしれない。
しかも続けてウインドウがいくつも現れ、口々に
『あーっ! アイツ俺のゲキガンガーを!!』
『アラ、結構いい男じゃない……ちょっと年いってるけど』
『わわ、ほんとですねぇ』
等と好き勝手のたまうブリッジクルー。
だが、フクベだけは己の職分を忘れなかった。
『所属と氏名を述べたまえ』
「レオス・クライン。連合軍より派遣されたパイロットだ」
『『『『『『『!!!』』』』』』』
その答えにプロスとゴートを除く全員が驚きに目を見張る。
詳しいプロフィール等は出ていないが、クラインの名はその広い活動範囲によって、またアリーナのトップランカーの称号『ナインブレ イカー』として、表の住人にも広く知れ渡っている。
その名に気後れしたブリッジクルーだが、唯一人艦長たる彼女――ミスマル・ユリカだけは違った。
『えぇっと、クラインさん?』
「どちら様かな?」
『私はナデシコの艦長、ミスマル・ユリカです。早速ですがあなたにお願いがあります」
「聞こうか」
『はい、現在敵部隊は広範囲に広がっていて、ナデシコの主砲では全てを射程内に収めることはできません。そこでクラインさんにはナデシコが海底ゲートを抜 けて浮上するまでのおよそ10分間、囮の方をお願いします』
「ふむ、10分か……いいだろう、了解した」
『艦とのランデブーポイントは、こちらからお知らせします。……ナデシコの命運、あなたに任せます』
そう言ってウインドウが閉じる。
クラインは先程のユリカの言葉に苦笑し、笑みをこぼした。
「なかなか強引な艦長だな。……まあいい、久しぶりの単独出撃だ。思う存分やらせてもらおう」
エレベーターが地上に到着し、コクピットのメインモニターにバッタが映し出される。
こちらを認識し、一斉にエステバリスに襲い掛かってくるバッタ。
しかしその状態でなお、クラインは笑みをこぼしていた。
「うわああぁぁ……」
「すっご〜〜い」
「とっても強いですね〜」
ミナト、メグミ、ユリカが感嘆の声とため息漏らす。
正面に大きく出されたウィンドウには、赤紫のエステバリスの戦闘状況が出されている。
その動きは、熟練の腕により洗練された、一切無駄のない動きだった。
決して一箇所に留まらず、常に動き、流れるように地面を滑る。
バッタ達の機銃やミサイルはその影を捉えること叶わず、全てが地に激突し、あるいは他のバッタに命中する。
赤紫のエステはといえば、すれ違いざまにナイフでバッタを切り裂き、あるいは手刀で屠り、掴み、投げ飛ばす。
エステに近づくバッタは尽くが地に伏すか、宙を舞っていた。
その戦いぶりは見る者からすれば、まるで竜巻のようであった。
「エステバリス、撃破数15機。……順調にスコアを伸ばしています」
「いやはや、さすが元ナインブレイカーといったところですねぇ」
「あれでもまだ本気ではないのだろう。しかし見事に囮役もこなしているな」
ルリの報告にプロス、ゴート、提督のフクベも満足そうだ。唯一人、ムネタケだけは面白くなさそうにその様子を見ている。
「艦長、ドッグに注水完了。グラビティブラスト、フルパワー一発分のエネルギー充填完了しました」
「よーし! んじゃメグちゃん、クラインさんにランデブーポイントを連絡して! ミナトさん、微速前進!」
「了解〜〜」
艦長の号令を受けて、白亜の戦艦はその巨体をゆっくりと動かし始めた。
一方、クラインの乗るエステバリスは、海岸線沿いに移動し、多数のバッタを引き連れて走っている。
いまだ敵の数は100以上あるが、クラインは後方からの攻撃を危なげなく回避しながら順調に移動していた。
「逃げるだけというのは性に合わんな……まぁコイツの性能じゃ全滅させるにも時間がかかって仕方ないか」
逃げの一手のエステの中で、クラインは苦笑いを浮かべている。
エステバリスはいい機体だ。僅かな時間ではあるが、エステを動かしているクラインにはそれがよく分かる。そのポテンシャルは、現在世に出ているMTと比 べても抜きん出ているだろう。
IFSによる高次元の機動性能、脚部のキャタピラや腕のワイヤードフィスト等の様々なギミック、そして機体の鎧たるディストーションフィールド。おまけ にコイツは状況に応じてフレームを換えるという汎用性まで持っている。これほどの性能があれば、エステバリスで ACを撃破することも不可能ではないだろう。
しかし、攻撃能力があまりにも低すぎる。
装備は精々ナイフに、速射型のライフル「ラピッドライフル」しかない。フレームによっては、ミサイルや大口径のカノン砲もあるよう だが、それでもACの多種多様の兵装と比べるとどうしても見劣りしてしまう。
(まあ、それも使いようだ。今はとにかく作戦に集中するか)
やがて道は切れ、ランデブーポイント、海底ドッグ出口真上の岬にたどり着いた。
『クラインさん、海に飛んでください!』
「了解」
地面がない場所にエステで降りるというのも怖いものだが、クラインは躊躇することなくエステを加速させる。
助走をつけて、崖ギリギリのところでジャンプし大きく跳ぶ。そして、重力に引っ張られて、エステバリスは海面に落ち………沈むこと なく、降り立った。
ギリギリのタイミングで、ナデシコの浮上が間に合ったのだ。エステバリスが乗っているのは、ブリッジの真上。
「見事なタイミングだ」
感心するクラインに、ウィンドウのユリカが敬礼する。
『囮、ご苦労様でしたーー!』
『艦長、目標、全て範囲内です』
『目標、敵まとめてぜーーんぶ! グラビティブラスト発射ぁーー!!』
ナデシコ正面の黒いシャッターが開き、スパークが走るとすぐさまその砲門から、超重力場が発射される。
エステを追っていたバッタたちは、黒い奔流に飲み込まれ、超重力によって潰れ、次々と爆発四散していった。
『敵機動兵器、全機消滅。味方防衛軍の損害は軽微』
『お見事でしたな、艦長』
『作戦成功だな。初陣としては最高だ』
『そんな………こんなの嘘よ………。マグレよ、マグレ!』
『ぶい♪』
通信が繋がれたままになっているので、ブリッジの様子が筒抜けになっている。
その様子をクラインは呆れ半分に聞いていた。
「なんともまぁ、お気楽なフネだな。………だがクルーの能力、フネの性能共に申し分ないな」
クククと小さく笑うクライン。その顔には、愉悦の表情が張り付き、目には期待の光が覗いている。
「火星までの道程は退屈しなくて済みそうだ」
虚空を見上げるクライン。彼が目を向けるその先には、未だ戦火に包まれる火星の輝きが見て取れた。
TO BE CONTINUED