「よーう、お疲れさん」
「む?」
エステから降り立ったクラインに、最初にそう声を掛けたのは整備班長のウリバタケだった。
他の整備員は、良くも悪くも有名なクラインに声を掛けにくいのか、それを遠巻きに見ている。
「いやぁ、大したもんだよアンタ。まさかレイヴンがああまで上手くエステを乗りこなすとは思わなかったぜ」
「人型である以上、基本はほとんど変わらんさ。それに挙動が素直で思ったとおりに動いてくれるから、ACより動きやすいくらいだ」
エステに限らず、ACやMTにも同じようにIFS形式の機体はあるが、IFSは採用されて幾許も立っていないため浸透率は低い。特 に地球ではナノマシンを体内に入れることに強い抵抗を示す人が多いため、それが顕著だ。そのような理由で、地球のIFSの質はあまり 高くないため、それを実感しているクラインはエステバリスの反応の良さからそう評しているのだ。
「嬉しいこと言ってくれるねえ。やっぱアンタのACもIFS仕様なのか?」
「エステのやつほど性能はよくないがな。……それと私をレイヴンと呼ぶのは正しくないな」
「んあ? なんでだ?」
「ACのパイロット=レイヴンという図式は昔のことで、今ではアリーナに参加している一握りの者達の総称だ。私もかつてそう呼ばれていたが今では地球連合 の一パイロットに過ぎん。レイヴンと呼ばれるのには相応しくない」
「ほぉ〜、そんなもんかねぇ。……あ、そうそう、勝手に出撃した罰だ。早いとこアイツらを大人しくしてくんな」
「なに?」
そういってウリバタケが指した先には、顔を真っ赤にして荒い息をついているレミルと格納庫の床に沈んだ整備員達の姿が。さらに離れ た先にはそれを面白おかしく眺めてるボイルの姿があった。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第七話「フライトナーズ、その実力」
「全く……何をやっているんだ、お前達は」
「申し訳ありませんクライン……し、しかし、彼らが私に無礼を働いたものなので……」
「先にエステにのせろって騒いでたのはお前のほうだろうレミル。整備員はそれを止めようとしだだけだろうに」
レミルはクラインが出撃した後、クラインを援護しようと自らもエステに乗って出撃しようとしたのだが、格納庫にあるほとんどのエス テが手付かずの未調整だったために整備員に止められたのだが、それを振り切って搭乗しようとしたらしい。
「……まあいい、それよりブリッジに向かうぞ。ミスターに呼ばれているからな」
そう言って足を進めるクラインに、ボイルとレミルは黙ってそれに付いていく。考えてみればクラインはともかく、ボイルとレミルはブ リッジのメンツと顔合わせすらしていないのだ。
三人がブリッジに足を踏み入れると、視線が一斉に入り口に集まった。
始めはナインブレイカーのネームバリューによって若干引き気味のクルー達であるが、今は興味津々と言った感じでこちらを窺っている。
「それでは、改めて自己紹介をしていただきましょうか」
プロスペクターに促されて、先に口を開いたのはレミルだった。
「連合軍より出向してきたパイロット、レミル・フォートナーだ。よろしく」
「同じくパイロットのボイル・フォートナー。あらかじめ言っておくが隣のレミルとは双子の兄妹だ」
「レオス・クライン。同じくパイロットで、出向してきた機動兵器部隊の隊長を務めさせてもらう」
自己紹介というには、ややそっけない感じのものである。
「それでは、どなたか質問のある方は……」
はいっと勢い良く手を上げたのは操舵手のミナト。直角に手を上げてるその様はまるで学生のようだ。
「はい、ではミナトさん」
「えっと、クラインさんってあの有名なナインブレイカーよね? なんでまたそんなそんな人が民営企業の戦艦なんかに?」
「ナデシコに興味があったから。それ以外に他意はないが?」
表情を変えずにしれっと言うクライン。そのあまりの愛想の無さにミナトは「そ、そう」としか答えれず、以降はほとんど質問も無く、 沈黙に耐え切れなかったプロスはハンカチで汗をふきながら自己紹介を無理矢理終了させた。
その後ナデシコのブリッジでは今後の予定について話し合われた。
プロスの説明では、ナデシコは一週間の間、連合軍との連携と慣性航行も兼ねて、共同訓練を行うとのこと。
表向きは慣性航行と言ってはいるが、実情は地球でのナデシコのアピールと、品定めであろうとクラインは当たりをつけている。 ナデシコは地球初の相転移式戦艦とはいえ、民間企業が独自に運用するという変り種だ。 ネルガルはそのスペックを地球で存分に発揮して、ネルガル製戦艦のアピールを、連合軍はこの訓練である程度、ナデシコの実用性を見 極めるつもりなのだろう。
そしてあわよくば自分の陣営に取り込むか……最悪、撃墜されることもあるかもしれない。
クラインはプロスペクターの説明を黙って聞きながらそんなことを考えていた。
(まぁ、別段私には関係ないことだが)
そう心の中で呟くクライン。また彼はプロスの話が終わるのを見計らって、あることを提案する。
「は? このままエステバリスに乗り続けるですと?」
「そうだ」
「しかし、連合軍に合流した今、あなた方のACは既にナデシコに収納されているのですが……」
ナデシコの格納庫はエステバリスの様々なフレームを運用するためにかなり広く設計されている。
サイズが違うとはいえ、ACの運用も考えてられるために、3機ほどのACならば十分に格納可能なのだ。
「エステバリスの乗り心地がかなり良かったのでな、それに他にも色々なフレームが用意してあるようだし、少なくとも全てのフレームを使いこなすまではエス テバリスに乗り続けるつもりだ」
「……ボイルさん、レミルさん、あなた方まで乗ることは無いのでは?」
「俺もエステバリスとやらには興味がある。フレームによっては火力の高いヤツもあるそうだし、是非とも乗ってみたい」
「隊長たるクラインが乗ると言うのに、副官の私が乗らないわけにはいかないだろう」
「しかし、そうなるとエステバリスの数が足りなくなるのですが……」
「搭乗予定のパイロットは先の襲撃で乗り込んでいないのだろう? ならば十分に数は余っているはずだ。それに寄航予定のサツキミド リでも0G戦用のエステが多数配備されると聞いた。特に問題は無いはずだが」
「む、むぅ……」
プロスはなんとか止めさせようと色々と頭の中で計算をするが、ここで思わぬところから援護口撃を受けてしまう。
「プロスさ〜ん、別にいいんじゃないの〜〜?」
「クラインさんってとっても強いし、ナデシコを守ってくれる人は多いに越したことはないと思いま〜す」
「……それにエステバリスのパイロットがヤマダさんだけだと、はっきり言って不安です」
乗り気なミナトとメグミの言葉に加えて、ルリの言葉にうんうんとブリッジクルーのほとんどが頷いてしまう始末である。
プロスとしても、現段階でエステバリスのパイロットがたった一人、しかも骨折で出撃できない状態というのは好ましくない。
しかし、クライン達が連合軍からの出向とはいえ、スパイである可能性も捨てきれないため、彼らの扱いは非常に難しい。
そんなことを考えるプロスだが、そんな事情は知ったこっちゃないとばかりに、艦長のユリカはクラインの手を握り、ニコッと笑顔での たまった。
「ぜひともお願いします!」
とまあ、こうしてクライン達、フライトナーズの3名は艦長の鶴の一声によってエステバリスライダーとして過ごすこととなった。
ACはしばらく使わないことになる上、しばらくはエステバリスのお世話になるため、それについての連絡のために三人は格納庫に訪れる。クラインが事情を 説明すると、ウリバタケが素っ頓狂な声を上げた。
「ハァ? お前さん達のACは使わないだとぉ!?」
「そうだ。だが最低限の整備だけは頼む。こちらも時間を見つけてチェックに訪れる」
「いや、それは構わねえけどよ……なんだってまたエステに?」
「エステバリスにはACに匹敵するほどの可能性がある。私はそれを見極めたいだけだ」
クラインがそう言うと、ウリバタケは一瞬キョトンとし、次いで楽しそうな笑みを浮かべた。地上最強といってもいい男が、己が手塩を 手掛けて整備する機体に半ば乗りたいと言っており、見極めたいと言っているのだ。機械屋としては冥利に尽きるものだろう。
「へっ、元ナインブレイカーにそこまで言われるとは大したもんだ。……しかしもったいねえなぁ、せっかくこの手であんたのACを弄れると思ったのによう」
「なに、もしものことがあればACで出撃するさ。だから整備の方はよろしく頼むぞ」
「おうよ、任せとけ」
ウリバタケはそう頼もしい言葉を残すと、軽く手を振って仕事に戻っていった。手持ち無沙汰になったクラインは軽く格納庫でも見て回 ろうかと思い、後ろのボイルとレミルに声を掛け―――
「おい! そこの貴様!」
―――ようとしたところで、こっちが声を掛けられた。しかも随分と暑苦しい声にだ。声を掛けられた方向に向くと、ナデシコのパイロ ットを示す、赤い制服を着た男が居た。ものすごい目つきでこちらを睨めつけているが、松葉杖にもたれかかっているような姿のためあまり凄みは無い。どうや らロクデモない用事のようだ。
「お前は確か……ヤマダ・ジロウだったか?」
「ちっがーーう! ヤマダ・ジロウは仮の名前。俺の名前はダイゴウジ・ガイだ!!」
うがーーっと叫ぶヤマダ。
どう反応すればいいのか分からずしばし黙ったクラインだったが、変わりに横から絶対零度の如き冷え切った言葉がボイルとレミルの口 から飛び出した。
「で、そのヤマダ・ジロウが何の用だ」
「違うと言ってるだろう! 俺の名前はダイゴウジ……」
「ヤマダ・ジロウ、早く用件を言え。クラインは貴様と違って忙しいのだ」
「だから違うと……!」
「早く用件を言えと言っている、ヤマダ」
「俺の名前は……」
「用件が無いなら我らは行くぞ、ヤマダ」
「…………」
ボイルとレミルの巧みな連携口撃によって、ヤマダの勢いは一気に削がれてしまった。ここら辺はさすが双子というべきか。
よく見るとヤマダにちょっと泣きが入ってる。
「何の用かな、ダイゴウジ?」
「お? おうよ! お前は先程の作戦で中々いい動きをしてたが、ACとエステは全くの別物! そこんとこを理解しておくんだな!」
その言葉でボイルとレミルの目に剣呑な光が灯る。
「貴様、クラインに向かって無礼な……」
「ふむ、では次の作戦ではエステバリスライダーの力を存分に見せてもらうとしよう。楽しみにしているぞダイゴウジ・ガイ」
「はっはは〜! 大船に乗ったつもりで任せとけ!!」
ワハハハと高笑いしながら去っていくヤマダ。魂の名前を呼んでもらえた事でかなり機嫌がいいようだ。
反して機嫌が悪いのはボイルにレミル。クラインがヤマダ相手に下手に出たのがよっぽど癪に障ったらしい。
「クライン、あの程度の輩に媚を売る必要など無いはずです!」
「それについては俺も同感だな。ありゃきっと口先だけのタイプだぜ」
「二人の言いたいことは分かるが、無用な諍いを起こす必要はあるまい。対人関係を良好にすることにデメリットはないのだからな」
「し、しかし……」
なおも言い募ろうとするレミルだが、それをクラインは片手で制す。
「なに、彼は単純だ。そう肩肘を張ることもあるまい」
そう言うと、ヤマダが去っていった方を向きぼそっと小さく呟いた。
「…………それに、ああいう輩の方が扱いやすいしな」
「クライン……そういう所は流石だな」
クラインが最後に黒い言葉を残しその場は締めくくられた。
――ナデシコ某所
証明を落とし、デスクに浮かぶ画面に向かってなにやら報告をしているプロスペクター。
デスクには結構な量の書類が散りばめられており、それを一枚一枚手にとって次々と報告している。
「…………とまあ、報告は以上です」
『へえ、元ナインブレイカーがウチの製品に興味を持ってくれるとはねぇ。いっそのこと彼にエステのプロモをしてもらおうかな?』
モニターに映っている男性はプロスペクターの報告に対してそう呟いた。声からするとかなり若い。まだ20を越えて幾許も過ぎていないだろう。
「いやはや、まさか私もあのようなことを言われるとは思ってもおりませんでした」
『レイヴン……もといACのパイロットっていうのは総じてプライドが高いからねぇ』
レイヴンが乗るACは地上最強の兵器と言われている。そのため、ACに搭乗するパイロットは、他の兵器など取るに足らない存在であると 思い込むようになり、馬鹿にする傾向が見て取れることがある。
『それで? 他に彼らに変わった事は無いのかな?」
「先程報告した以外は特には……」
『それじゃあ引き続き監視の方をお願いするよ。お供の副官の方はともかく、彼については分からないことが多すぎるからね』
「かしこまりました」
モニターが消え、部屋に沈黙が落ちる。プロスはデスクに広げた資料を纏めだし、その中の一枚に目を留め、それに目を落として溜息を ついた。
「まさか、あのナインブレイカーが私より年上とは思いませんでしたなぁ……」
プロスの持つ書類には、レオス・クラインのプロフィールと顔写真が記されており、その書類のAgeの欄の横には(推定)90歳と記されて いた。
――それから一週間
慣性航行と共同訓練を終えたナデシコは連合軍艦隊と共にマス・ドライバー基地のあるバルバス・シティに向かっていた。
バルバス・シティはユーラシア大陸の北部に位置し、数々の宇宙船のドッグが軒を連ねていることで、宇宙への玄関口として世界的に有 名である。もっとも、数多くの企業の研究所が隣接していることもあって、妨害やらなんやらのために火の手が上がることも少なくない。 本来、ナデシコだけならマス・ドライバーを使う必要は無いのだが、連合軍の船はそうもいかないためこうして同伴しているのだ。
また、ここまで木星蜥蜴の襲撃もあったりしたが、そのほとんどが小規模なもので艦隊の砲撃などで簡単に撃退していた。迎撃機も出し てはいたが、フライトナーズのメンバーが一人で事足りる程度のものだ。しかも迎撃の際、ナデシコはほとんど何もさせてもらえず、後方 でそれを眺めるだけしかできなかったという放置ぶり。
どうやら連合軍はナデシコをあまり快く思ってないらしく、おそらく火星奪還作戦のことも一企業が軍の作戦にケチつけんじゃねえっ! という連合軍なりのメッセージなのだろう。共同訓練の際もナデシコを見下した言動がちらほら見えたりもしていた。
なんとしても火星の状況を知りたい企業側のネルガルと、これを機に火星での主権を手に入れたい政府側の連合軍。銃火が飛び交う戦場 とはまた別に、水面下でも激しい戦いが繰り広げられていた。
しかしそんな事情は露知らず、ナデシコ艦内は至って平穏だ。
ブリッジクルーも直に連合軍の高官達と話し合う事があるため、朧気ながらそういった裏事情を感じてはいたが、それを表に出すような ことはしなかった。プロスやゴートはともかく、ミナトは元社長秘書でもあったためそういった事情はいくつも見てきたし、メグミも声優 という仕事柄そのようなブラックな場面を見たことがあるのだろう。軍のお偉いさんのお話を右から左へと聞き流していた。元LCCの要 職に就いていたフクベやムネタケも言うまでも無く、艦長のユリカにルリもそういったことはどこ吹く風、といった所である。
唯一、副長のアオイ・ジュンだけは納得がいかないのか渋い顔をしてはいたが。
しかし、いくら裏事情にある程度慣れているとはいえ、モニター越しに嫌味じみた言葉を幾度も聞かされてはうんざりするものだ。
だが、ストレスを発散しようにも娯楽施設などないナデシコ艦内では大したことはできない。精々展望台で星を眺めるか、トレーニング ルームで汗を流すか、もしくは……
「ナデシコ食堂で美味しいご飯を食べるぐらいしかないわよね〜〜」
「ミナトさん、どこ向かって喋ってるんですか?」
ナデシコ食堂は、戦艦の中とは思えないほどにメニューが豊富でしかも味がいい。それはひとえにコック長たるリュウ・ホウメイの腕前 のおかげで、その腕前だけでなく倉庫の奥に眠る古今東西の調味料を使い世界中の料理を網羅するという徹底振りだ。おかげで食事の時間 帯の食堂は大盛況で、一日50食限定のナデシコランチには多くの人が群がり、喜びに沸く者と悲しみの涙に暮れるもので賑わったりする。
そんなナデシコ食堂もお昼時を過ぎると人がまばらだ。現在ナデシコ食堂にいるのはミナトとメグミの他に整備班や生活班のメンバーが ちらほらと居るだけだ。
「ん〜〜、相変わらずここのご飯は美味しいわねえ……でも一度でいいから噂のナデシコランチを食べてみたいわあ」
「それは私だってそうですけど、私達はシフトの関係でお昼の時間帯はいませんからね」
「今度誰かに頼んで食券だけでもとっといてもらおうかしら……ってアラ珍しい」
メグミはミナトの目線の先を追うと、その先には蒼いジャケットを着込んだ二人の男女――フライトナーズ幹部のボイルとレミルがいる。
彼らもこれから食事なのだろう。手には食券を持っており、真っ直ぐとカウンターへと向かっている。
「珍しいですね、あの人達が食堂に来るなんて……」
「何いってるのよメグちゃん。たまたま私達の時間に会わないだけでしょう? それにしてもあの人達が何を頼むのか気になる所ね」
ボイル・レミル・クラインの三人はそのネームバリューも相成って、ナデシコのなかでは注目の的だ。なかなかお目にかかれないメンツ のお食事事情に興味津々のミナトである。
ちょうどカウンターでは食堂のウェイトレスの一人が対応しているところだ。
「いらっしゃいませ〜、ご注文はなんですか?」
「レバニラ定食」
「私はミソラーメンを」
「は〜い、レバニラ一とミソラーメン一で〜〜す!」
「……思ったより普通のものを食べるのね。それにしても顔立ちは西欧系なのにレバニラを頼むとは中々通じゃない」
「ミナトさん、ほんとに何を言ってるんですか……」
ちなみにレバニラ定食はミナトのお気に入りのメニューの一つだったりする。
そしてしばらく二人を眺めていたミナトはキュピーンと目を輝かせて大胆な行動に出た。
「お二人さ〜ん、こっちにいらっしゃいよ〜〜♪」
「ちょ、ミナトさん!?」
ミナトのお誘いに、二人は若干困惑気味だ。
「他にも席は空いているのだが……」
「いいじゃない♪ せっかくなんだから親睦を深めましょうよ〜〜」
「まぁ、せっかくのお誘いだ、そちらの女性がよければご一緒しよう」
「わ、わたしですか!?」
途端にあせるメグミ。メグミははっきり言って、フライトナーズの三人が余り好きではない。彼らの人となりを知っているわけではない が、彼らの醸し出すオーラが他人を寄せ付けないようなもののため、積極的に関わりあおうとは思えないのだ。
だがここで断れば場の空気が悪くなることは必須。しかも隣のミナトから笑顔でプレッシャーをかけられては断れる筈も無く……
「え、ええ、ぜひともご一緒致しましょう……ぁぅぅ」
めでたく寡黙気味な二人と興味津々な一人と食事の席を共にすることとなった。
そんでもってやや緊張気味(メグミ視点)な昼食がはじまったのだが、思っていたよりも向こうは社交的だった。
いや、男性の方……ボイルはあまり口を開かず、レバニラを貪っていたが、こちらが話を振るとちゃんと返事を返すし、受け答えもしっ かりしているところから話をちゃんと聞いているのだろう。
そしてレミルだが……
「へー、じゃあそっちにもちゃんと女の人はいるんだぁ」
「ああ、もっとも二人とも私の部下だから、軽々しく世間話といったものはできないがな」
「情報収集は欠かしちゃ駄目よ〜、女の子の情報網は怖いんだから〜」
「……そうだな、肝に銘じておこう」
口調はぶっきらぼうだが、思ったよりも打ち解けている。ミナトの社交的な性格もあるのだろうが、傍から見てもレミルは会話のやり 取りを楽しんでいる。しかも軽く笑みを浮かべている辺り、リラックスしているのだろう。整備班あたりが見たら、泣きながらカメラを構 えそうな光景だ。
「そういえば、もう一人のクラインさんはどうしたの?」
「クラインは我々とは別の場所で食事をとっている」
「あら、なんでみんなと一緒に食べないの……もしかして恥かしがりやさんとか?」
「ミ、ミナトさん……」
おそらくレミルと話しているうちに調子に乗ったのだろう。ミナトの口調は明らかにからかいを含んだものだ。それに対しメグミがさす がにそれはやりすぎだ、とサインを送るがミナトはレミルとの会話に夢中になってそれに気付かなかった。
そして、肝心のレミルの返事であるが、途端に顔から笑みが失せて無表情になり、しばし間を置いたかと思うとボソリと呟いた。
「……クラインは我々と同じように食事が『できない』のだ」
ミナトの顔が固まり、メグミの目が怪しいぐらいに泳ぎまくった。おそらく彼女自身も食事に誘ったことがあるのかもしれない。先程ま で笑みを浮かべて、時に談笑しながら箸を進めていたレミルだったが、今は無表情のままひたすらに麺をすすっている。
明らかに地雷を踏んだミナトは、返答に困りボイルに助けを求める。ボイルは小さく溜息をつき。
「まぁ、やつはそのことを別段なんとも思ってないようだがな。別にアンタが引け目を感じる必要など無いさ」
「そ、そう……」
と、助けになるようなならないような言葉を口にする。
それっきりミナトは口を閉ざしてしまい、後に残るのはカチャカチャと食器の鳴らす音とボイルがひたすらレバニラを租借する音、そし て無表情にレミルが『ズゾゾゾゾッ!』と豪快に麺をすする音が残るだけだった。
ナデシコ食堂へと続く廊下にはいくつかの自動販売機がある。ドリンク等の基本的なものから、フライドポテトやハンバーガー等のジャ ンクフード類におにぎりやサンドイッチ等の軽食類、そしてスナックやチョコレート等のお菓子等大抵のものを売っている。
だが基本的に、食事はナデシコ食堂を利用する人がほとんどなため、自販機を使う人はあまりいない。精々がドリンクを購入するか夜食 のために利用するくらいだろう。
そして今、その自販機の前には昼食のための数少ない利用者が居た。設置されてあるベンチに座り、両手に持っているチーズバーガーを 握り締め、もきゅもきゅと結構な速度で食べている小さな人影。傍にはポテトとドリンク、そして簡易サラダとお約束なサイドメニューが 置いてある。そしてその人影がドリンクを手にしようとし――
「ほう、君もこんなところで食事か」
「……!!」
途端、横から淡々とした――それでいて透き通るような声が掛けられドリンクをこぼしてしまった。いきなり声を掛けられて、慌てた 人影がばっと横を見てみると蒼いジャケットを無造作に着込んだクラインが立っていた。
「確か、ホシノ・ルリだったかな? ナデシコのオペレーターの」
そう話しかられた人影――ホシノ・ルリは、先程の慌てぶりを誤魔化すかのように、同じように淡々とした答えを返した。
「そうですが……クラインさんもここで食事ですか?」
「私の場合は食事とは言い難いかもしれんな。まぁ、そうだと言っておこう――ああ、驚かせて悪かったな、お詫びにジュースを奢ろう」
そう言ってクラインは自販機で二つのドリンクを買い、片方をルリに差し出した。一瞬断ろうかと思ったルリだが、ありがたく頂くこと にする。ちなみに渡されたドリンクはオレンジジュースだった。
ドリンクを手渡すと、クラインはいくつかの錠剤を手のひらに広げて飲みこみ、自販機で買ったソフトドリンクで流し込む。 どうやら今のが彼の言うところの食事らしい。
ルリも人のことは言えないが、かなり味気ない食事だなと思った。いや、あれは既に食事ではなく栄養補給という言葉が正しいだろう。
「どうした? 人の食事がそんなにめずらしいかな?」
よほど注視していたのだろう。クラインからそんな声をかけられて、ルリははっとした。
「スイマセン。ついジロジロ見ちゃって」
「まあ、いつものことだから構わんがね……」
クラインはただ苦笑するだけだ。 そう言ってクシャとカップを潰し、クズ籠に放り入れるとその場から立ち去ろうとする。
不思議な人だとルリは思う。
今までルリに会ってきた大抵の人は、彼女を見て好奇心を含ませた視線で見てきたものだ。しかしクラインにはそれがない。
彼は好奇の視線で見るどころか、淡々とした視線をこちらに投げかけるだけだった。あの心優しいミナトやメグミだって、最初は好奇心 丸出しであったのに……。
ルリがクラインを目で追ってると、彼は突然通路の曲がり角で足を止め、こちらに振り向いた。
「そうそう、僭越ながらいわせてもらえばジャンクフードばかり食べるのはどうかと思うぞ」
「……クラインさんも他の人達と同じようなことを言うんですね」
(結局はこの人も他の人と同じですか……)
クラインの言葉を聞いて、半ば失望するルリ
特に世話焼きのミナトかユリカ辺りだろうか。ルリはその可憐な容姿も相俟って色々と世話を焼かれていたりする。さりげに生活班の女 性陣達からもルリは食事のお誘いを受けている。もっともそれらはことごとく断っているのだが。
「せっかく、ナデシコ食堂と言う美味い飯を食えるところがあるんだ。美味いものは食えるときに食っておくものだ」
「それって、経験談ですか?」
「まあ、そんな所だ……あぁそうだ、付け加えるならばもう一つ」
そう言って、クラインはにやりと軽く笑みを浮かべ。
「君みたいな子供がジャンクフードばかりの食事だと、今後『色々なところが』大 きくならない可能性が大だぞ」
「は…………?」
そう言い残して通路へと消えていくクライン。
ルリはしばし呆然とし、クラインの言葉の意味を噛み締めて理解すると顔を真っ赤にする。そして手をあるところへと持っていき、暫し 沈黙するとポツリと小さく呟いた。
「……私、子供じゃなくて少女です」
無論ルリの呟きはクラインに届かず、空しく通路に残るだけだった。
――と、その時、ルリの手元のコミュニケに着信が入る。コミュニケに目を落としたルリは小さく息をついて、ジャンクフードのケース もそのままに、小走りに去っていく。
遅れて艦内に鳴り響くサイレンの音。
木星蜥蜴の襲撃だ。
「前方約20kmに大型チューリップを補足。既に敵艦隊は臨戦態勢に入っています」
「ルリちゃん、数は?」
「大型チューリップが二、ヤンマ級八、カトンボ級二十、バッタがおよそ五百。なおも増大中」
「これまた大艦隊ですなぁ」
そうこぼしたプロスの目線の先には、スクリーン一杯に展開した木星蜥蜴の姿がある。
既に連合軍は応戦状態に入っているが、今まで少数の敵しか戦ってこなかったために気が緩んでいたのか、かなり劣勢に立たされている。
幸い連合軍所属のフライトナーズが奮戦しているので、未だ落とされた艦はないが、それも時間の問題だろう。
ユリカは暫し考えた後、指示を飛ばし始めた。
「ジュンくん、連合軍のみなさんに連絡! ナデシコはこれより敵陣に突入して艦隊を援護します! メグミちゃん、エステバリス隊に発進準備をさせてくださ い!」
「了解、エステバリス隊は発進準備に入ってください」
「連合軍に通達完了。ユリカ、援護って言ってもどうするんだい?」
「まずはチューリップを潰します! ミナトさん、微速前進! ルリちゃん、グラビティブラストをチャージしつつ、左舷前方の艦隊にミサイル1番から32番 を発射!」
「了解、ミサイル1番から32番、はっしゃ」
ドシュシュシュシュシュシュシュシュシュ!!
ルリの言葉と共に、ナデシコの本体から伸びるディストーションブレードに設置されている発射管が開き、白煙を引きながらミサイルが 飛び出してゆく。32ものミサイルは木星蜥蜴の艦隊に殺到し、数隻のカトンボを爆炎に包み、戦場を蹂躙する。
密集に近い隊形をとっていた木星艦隊は次々とフィールドを減衰させていく。そしてユリカはそれを見逃さなかった。
「かんちょう、グラビティブラスト発射準備完了。いつでもいけます」
「目標、艦隊奥の敵チューリップに向けてグラビティブラストはっしゃ〜〜!」
収束状態で放たれたグラビティブラストは、弱ったカトンボ級を次々と飲み込み、爆発させていく。そしてそれは連鎖的に起きてゆき、 燃え盛る爆炎は敵陣深くに位置するチューリップにまで届いていった。
グラビティブラストはチューリップまで届きはしたものの、カトンボという壁によってその威力は減衰させられている。しかし、連鎖 的な爆発は、チューリップに決して軽くは無い損傷を与えさせていた。
「この隙にエステバリス隊を発進させて下さい!」
「エステバリス隊発進してください」
主砲横の重力カタパルトのシャッターが開き、そこから4機の空戦型エステバリスが飛び出してゆく。
真っ先に飛び出したのは抜けるような青いカラーリングをした単眼のエステバリスで、ヤマダ・ジロウのものだ。
続いてクラインの赤紫のエステに、フォートナー兄妹の2機の灰色のエステが整然としたトライアングルフォーメーションを組みながら、 飛んでいく。
「ふっふっふ、遂に俺様の活躍を見せる時が来たぜぇ!!」
真っ先に飛び出したヤマダは不気味な笑みを浮かべながら、そう豪語する。彼の右足の骨折は既に完治しており、治療明けもあって、か なりテンションが高い。
「ヤマダ、先日言ったように貴様の手並みを拝見させてもらうぞ」
「ダイゴウジ・ガイだ!! フッ、まあこの俺様にまっかせておけ!!」
「……さっさと落ちればいいものを(ぼそっ)」
「む、なんかいったかぁ? レミル」
「別に何も。それより先走って突っ込んだりなんかして迷惑をかけるなよ、ヤマダ」
「だから、俺の名前はダイゴウジ・ガイだぁ〜〜!」
「少し前まで骨折してたっていうのに元気な奴だ……」
「無駄口はそこまでだ3人とも、とっとと弱りきったチューリップを叩きにいくぞ」
そう言って加速する赤紫のエステ。それに続き、ボイルとレミルも機体を加速させ、クラインに付いていく。
「あ、こら、待ちやがれ三人とも!!」
ぐんぐんと傷だらけのチューリップに迫る三機のエステバリス。それを阻止せんと何十というバッタが向かってくるが、クライン達に とっては取るに足らない存在なのか、お構いなしに突っ込んでいく。
近寄るバッタは尽くが、クラインが操るナイフの餌食になり、離れた敵はレミルが正確な射撃で撃ち落す。それをボイルがサポートしな がら、隙を見つけては対空ミサイルでカトンボを狙い撃ちし、順調にスコアを稼いでいく。
三機のコンビネーションによる突撃によって、木星蜥蜴の陣形は次々と崩されていった。
途中、バッタ達の放ついくつかのミサイルや機銃が傍を掠めていくが、直撃は無く、全てが空をきっていくばかりだ。
「これが空戦フレームの力か……なるほど機動性・運動性どれをとっても一級品だ。惜しむらくは陸戦フレームと同様火力が低いことだ が、ミサイルポッドがあるだけでもマシというものか」
「クラインの言うとおり、確かにこのエステバリスはいい機体ですね。火力こそ低いですが、機動性だけならACと張り合えます」
「俺は好かんな。火力があまりにも貧弱すぎる」
「今は我慢しろボイル。不満があるようなら、整備班長のウリバタケだったか? 彼に相談してみたらどうだ。何でも改造の腕は天下一 品らしいぞ」
「…………考えておこう」
戦闘中にも関わらず、三人はそんな会話を続けながらも順調に敵機を落としていき、チューリップに迫っていく。 そんな時、遅れてきたヤマダが後ろからものすごい勢いで追いすがってきた。
「ゲキガーーン、フレアーーーー!!」
そんな叫び声と同時に、彼のエステの後ろにいくつもの火花が咲き乱れる。その数はかなりのもので、フライトナーズの面々も一瞬、 あっけにとられたほどだ。
「やるな、ダイゴウジ」
「はーーっはっはっは! これがエースの実力ってもんよ! お前らみたいにちまちまとしてたら日が暮れてしまうぜ!!」
「先程の攻撃はなんだ?」
「な〜に、フィールドを張って突撃をかましただけさ。もっとも加速時の制御が難しいから素人にはオススメしないがな!」
そう言いながら腕を組み、ちっちっちと指を振る青いエステ。IFSのおかげとはいえ、無駄に器用である。
ヤマダのその言葉を聞いたクラインは、一瞬思案し、楽しそうな笑みを作った。
「ふむ……では少しやってみるか」
「おいおい、いっただろ、素人にはオススメしないって。精々制御を誤って墜落するのがオチ……」
「いけっ!」
クラインの掛け声と共に、飛び出す赤紫のエステ。
目標は前方のチューリップ。フィールドを纏い、スロットルを全開にしながらチューリップを守るバッタの群れに飛び込んでいく。
拳を握って両手を前に突き出してイメージによってフィールドを拳に集中し、おまけとばかりに機体をロールさせる。
そうして、さながら弾丸と化したエステはバッタの群れを紙切れの如く吹き飛ばし、チューリップの表面を抉っていった。
それに続くかのように起こる爆発の嵐!
チュドドドドーーーン!!!
「ふむ、こんなものか」
「や、やるじゃねえか……」
それらの様子を眺めていたヤマダは引きつった笑いをしながらそう返した。
クラインはそれに対して特に反応せず、ボイルとレミルに向かって楽しそうな声で告げた。
「ボイル、レミル、お前達もやってみろ。フィールドの効果のおかげで面白いように敵機が落ちていくぞ」
「たしかに面白そうだな。俺もやってみるか」
「では、私も……!」
煙を吹くチューリップに向かって二機のエステが飛び出して行き、先程のクラインと同じように両手の拳を前に突き出す。
合わせ鏡のように飛ぶ二機のエステのフィールドが干渉し合い、より厚く形成された巨大な湾曲場は大気を切り裂く黒い鳥と化す二機の エステバリス。
フィールドを纏い、バッタ達の間を縫うように飛翔するその姿は、まるでツバメのようだ。
そして巨大なツバメは不規則な軌道を描きながらチューリップの中央部に突き刺さる!
「「いけっっ!」」
その言葉と共に、厚く形成された湾曲場はチューリップの装甲を突き破り、胴体を真ん中からへし折った。
そして再び大爆発が巻き起こる!
チュドドドドドドーーーーーン!!!
「んが……」
「なるほど、コイツはご機嫌だ!!」
「感覚はオーバードブーストと似たような感じか。だが、突撃自体がそのまま攻撃になるとは面白い」
もはや空いた口が塞がらないといったヤマダ。
それに対して、よほど気に入ったのだろうか、ボイルとレミルは上機嫌な声を上げながら仕留めた獲物を見下ろしていた。 眼下ではチューリップが二つに分かれながら炎と煙を上げて落下し、盛大に煙を巻き上げて爆発した。
「しかし、最新鋭の機動兵器の最も強い攻撃が体当たりとは、皮肉なものだな……ん? どうしたダイゴウジ」
ふと横を見れば、プルプルと体を震わせる青いエステ。やはり無駄に器用だ。
「お、おのれ〜〜、負けてたまるか! 食らえ! 必殺のガーーイ・スーパーーナッパアァーーー!!」
三人に負けじと突撃を敢行するヤマダ。
先の突撃とは違い、腰溜めに拳を構えてアッパー気味に近くのヤンマ級に向けて拳を振りぬく。
しかし、進入角度を計算せず、真っ直ぐに突っ込んでいったために、その拳は敵フィールドを突破することは適わず、
ボヨ〜〜〜ン
「のわ〜〜〜〜〜っ!!」
フィールドに弾き飛ばされ、戦線離脱することと相成った。
「相変わらず熱いヤツだな……」
一方ナデシコブリッジでは、ブリッジクルーが目を丸くして驚いていた。
「ほえ〜〜〜〜、エステでチューリップを落としちゃった」
「ナインブレイカーの腕前がまさかこれほどとはね……」
ユリカとジュンも驚きを隠せないといった様子である。
本来この作戦で、エステバリス隊はチューリップへの射線上とナデシコ周辺の敵機を掃討してくれるだけでよかったのだ。 それをヤマダのディストーションアタックに触発されて、フライトナーズの面々が張り切りすぎてチューリップを落としてしまった。
とどめをさすべく、グラビティブラストの第二射をチャージしていたナデシコ側からすれば、呆れるほか無い。
「かんちょう、どうしますか?」
「う〜〜ん……あの調子なら援護は必要ないかな。メグミちゃん、エステバリス隊に残存勢力の掃討をお願いしてください。ミナトさん、右に90度転進、連合 軍の人達を援護します!」
「了解〜〜」
ナデシコの居る戦域の反対側では、5隻の連合軍所属の戦艦が寄り添うようにして陣形をとっていた。
それらの船は傷だらけになりながらも必死に木星蜥蜴と応戦している。
ミサイルやレーザー、レールガンなどで必死に応戦し、少しずつではあるが敵艦隊を撃破している。もっとも敵戦艦を落としているのは ほとんどが艦載機のフライトナーズのACではあるが。
「スマッシュドッグが敵戦艦を撃墜!」
「ハンタードッグ隊、パンジーの援護に向かえ!」
「クロッカス被弾! これ以上の損傷は危険です!!」
「ジリ貧だな……」
次々と上がってくる戦況報告に旗艦「イーストオブエデン」の艦長はそう呟いた。
自軍の数倍の戦力差を考えると善戦と言ってもいいのだが、チューリップを落とすにはあと一手が足りない。
こちらの戦艦は木星蜥蜴の戦線を崩すだけの力は持たず、フライトナーズのAC部隊はこちらの防衛に手一杯。 2機ほどのACが攻勢に出てはいるものの、それだけの戦力ではチューリップに辿り付けるはずもない。
「せめてグラビティブラストがあればな」
「艦長、ここはナデシコに援護してもらっては……」
「地球最強の男が乗っているとはいえ、向こうは単艦で戦闘しているのだぞ? 援護などできるはずが――」
「ナデシコより通信です!」
艦長の言葉を通信士が遮り、吉報をもたらす。
「ナデシコは敵チューリップの撃破に成功! これよりこちらを援護するとのことです!!」
「まさか……あれだけの敵機の中でもうチューリップを落としたというのか!?」
「クラインがよほど奮戦したのか、ナデシコの力が我々の予想以上だったということか……」
副長の声からは信じられないといった様子だが、艦長の方は続く報告を落ち着いて聞いている。
その後、通信士の口からナデシコがグラビティブラストを発射する旨が伝わると、壮年の艦長はそれぞれに指示を出していく。
「前に出ているフライトナーズ機に後方に下がらせるように伝えろ。その位置だとグラビティブラストに巻き込まれかねん」
「りょ、了解!」
指示が飛び交い、慌ただしさが艦隊司令室を兼ねた旗艦のブリッジを満たしていった。
そんな中、様々な声が響き渡るブリッジで、壮年の艦長は誰に言うでもなくポツリと呟いた。
「相転移式戦艦の力がこれほどとは……ネルガルの力はやはり無視できんな」
数分後、ナデシコのグラビティブラストが木星蜥蜴の艦隊の横っ面から発射されたことにより、敵艦隊の3割相当が壊滅。その後すぐさま フライトナーズのAC部隊がチューリップを強襲し、瞬く間に撃破した。
戦艦が残ってるとはいえ、チューリップを潰された木星艦隊は、次第にACとエステバリスの活躍によって次々と落とされていき、チュー リップ撃破より約1時間後、一隻も欠けることなく無事戦闘は終決した。
――バルバス・シティ宇宙港ドッグ
先の戦闘で連合軍艦隊はかなりの損傷を負ったために、現在はドッグで急ピッチの修理が行われている。
ナデシコも少なからず損傷はしたものの、被害は軽微なため簡単な修理と補給だけで済んでいる。
現在は他の連合軍艦隊の修理が終わるまで、ドッグ内にて待機しているところだ。
バルバス・シティはテロの標的にされることもしばしばあるため気は抜けないが、さすがに元ナインブレイカーが居る場所へ襲撃をかけ るような無謀な組織はおらず、修理が終わるまで至って平和なものだった。
その間、格納庫ではウリバタケとボイルにレミル、たまにクラインが一緒になって、エステバリスの強化改造計画を話し合ったりしてい た。やはりエステの火力では物足りなかったのだろう。特にボイルは熱心にウリバタケと改造プランを話し合っている。
無駄な使い込みにはうるさいプロスペクターだが、フライトナーズが協力しているのもあって、ほぼ黙認状態だ。おそらく、後になって戦闘データを手に入れ るつもりなのだろう。
そして一方、ナデシコ艦内。
まあ、補給も修理も終わり、ほとんどすることがないため各々で好きなことをしているようだ。
トレーニングで汗を流す者、今後の行動計画を立てる者、趣味に走る者、美味しいものを食べる者……etc、人それぞれだ。
そして最後の美味しいものを食べる場所……食堂ではちょっと変わった風景が見られている。
「あら、レミちゃん、こんにちは」
「こんにちは、ミナト……だからレミちゃんは止めろと言っているだろう」
前回の気まずいお食事会から、なんだかんだで仲良くなったミナトとレミル。
さすがに前のようにからかうようなことはしなくなったが、気軽に話し合うような間柄にはなったようだ。
そしてミナトは、レミルに対してもその独特なネーミングセンスを発揮していた。
「え〜かわいいからいいじゃな〜い」
「はぁ……それはともかく、ここ、いいか?」
「あ、どうぞどうぞ〜」
「では、失礼して……おや」
ミナトの隣の席には、無言でチキンライスをパクついている、ホシノ・ルリの姿がある。
夢中でスプーンを動かしていたルリだが、レミルに気付くと頭を下げた。
「どうも(ペコリ)」
「オペレーターのホシノ・ルリだったな? キミがここにいるとは珍しいな」
「そうなのよね〜。ルリルリったら私が一緒にご飯食べようとお誘いしたのに、ちっとも来てくれないんだもん」
そう言ってプク〜と頬を膨らますミナト。ミナトにしては珍しい子供っぽい仕草は、歳の近いレミルの前でしか見せないものだ。
もっとも、ルリにも見せている辺りは、ある程度仲がよければ問題ないらしい。
「はぁ、すいません」
「大人気ないぞミナト、彼女はちゃんとこうやって席を共にしているのだから、いいではないか」
「それもそうね、ゴメンね〜ルリルリ」
そう言って謝るミナト。
その後は三人で仲良くお食事タイムに突入する。ちなみにそれぞれのメニューはミナトが大盛りのカレーライスに、レミルはざるそばと 無難(?)なチョイスだ。食事の合間に色々な事を話し、笑い声を絶やさず食事を楽しむ。
基本的にはミナトが話題を振り、レミルがそれに受け答えして、たまにルリにも話を振るといった具合だ。
そして食事が終わる頃、ふとレミルは気になってルリに尋ねた。
「しかしルリ、ジャンクフード好きのキミが食堂に来るとは、どういう心境の変化なのだ?」
その問いにルリはスプーンを動かす手を止め、しばし黙る。その横では、ミナトが期待した目でルリの答えを待っている。
そしてしばらくの沈黙の後、ポツリと呟いた。
「…………私、少女ですから」
「「……??」」
艦隊のドッグ入りから2週間後、無事全ての艦の修理と補給は完了した。
連合軍の艦は、マスドライバーの軌道に乗り、いくつかの艦は既に空へと打ち出されていた。
そして今まさに、ナデシコも宇宙へと飛び出そうとしている。
「艦長、艦内の全てのチェック完了しました」
「ドッグ内の人員の退避を確認」
「相転移エンジン、出力上昇……ユリカ、いつでもいいよ」
「それでは……機動戦艦ナデシコ、発進です!」
ナデシコを含む地球連合艦隊は地球を発ち、星の海へと出航する。
目指す地は遥か彼方の火星だ。
TO BE CONTINUED