――ナデシコ格納庫
所狭しと並べられた多種多様の機器とガラクタ。そしてその奥には鈍い光を放つ2種類の鋼鉄の巨人が騎兵の如く並んでいる。
ナデシコの誇る最新鋭の機動兵器、エステバリスと最強の機動兵器、AC(アーマードコア)だ。
そんな無骨な機動兵器の前に、蒼い長髪をたなびかせたレミル・フォートナーが佇んでいる。
彼女の目の前には、今まで共に戦場を駆け抜けてきたACが設置させられている。
細身のボディに、ミッドナイトブルーにブラックというフライトナーズのパーソナルカラーで身を包み、背部には巨大な刃を思わせる大 型ユニットを装備している。腕部に武装こそしていないが、すぐ傍には高出力のレーザーブレードとロングバレルのスナイパーライフル を設置しており、出動時にはすぐさま装着できるようになっている。
今でこそエステバリスに乗ってはいるが己は誇り高きレイヴンなのだ。レミルは自身の愛機の前に立つことによって、それを実感する。
しばしACを見上げていたレミルは、踵を返して己のACの元から去っていく。
(さて、今度はエステの整備でもするか)
レミルは自ら搭乗する機体は己で整備する。 整備員の仕事を疑うわけではないが、細かな反応や感触などは実際に動かして確認しなければ納得しないため、定期的に機体の整備に訪れているのだ。
そのかいあってか、レミルは整備班の人間には人気が高い。
人前ではあまり笑わないために、『氷の女』という陰口を叩くものも居るが頻繁に格納庫に訪れるため、男性がほとんどをしめる整備班ではブリッジクルーの 女性陣以上に人気があったりする。
ウリバタケが密かに販売しているブロマイドでは、売り上げのTOP3に入るほどだ。
もっとも、そんなものはレミルにとってなんら価値の無いものだろうが。
レミルは歩きがてら、新しい愛機についてあれこれ考えていた。
彼女のエステは未だ無塗装の灰色だ。ナデシコでは己のパーソナルカラーとしてエステを好きな色で塗装することを許可されている。
クラインこそ色に拘らなかったものの、フライトナーズは地球連合軍のいち組織でしかないたため、勝手な塗装はできなかったのだ。
今まで時間が取れなかったため、灰色で済ませてきたがレミルはこの機会に己のパーソナルカラーを申請しようと思っていた。
(フライトナーズでは野暮ったいミッドナイトブルーだったから清々するな。やはりパーソナルカラーは部隊に入る前の色にするか…… いやいやここはせっかくだから新しい色彩にチャレンジして色々とためすのも有りだな。例えば私の戦闘スタイルはスナイパーだから、 機体をオレンジに塗って白で縁をとって黄○の魔弾とか……)
と、レミルの思考が危険領域に入ったところで、彼女のエステが設置されているハンガーに到着する。
しかし彼女はそのハンガーの前で足を止めたままだ。
前もって言っておくと、眺めてるわけではない。彼女は呆然としていた。
そう、以前までそこにあった灰色のエステバリスがそこには『無かった』のだ。
つい先日までは、確かにココに己の新しい愛機となったエステバリスがあったはずなのに……。
レミルはしばし呆然としていたが正気を取り戻すと、すぐ傍にいたレミルにお近づきになろうという蛮勇な整備員をひっつかまえて氷の 如き声で尋ねた。
「少し尋ねたいのですが、私のエステはどこですか? ほんの少し前までココに設置してあったと思うのですけれど……」
「レレレレ、レミルさんのエステなら、はははは班長とボイルさんが奥の倉庫の方に持っていってましたけど……」
怒りのあまり、思わず丁寧語で尋ねるレミルに空恐ろしいものを感じた整備員は、震えながらも律儀に答えた。
ただ、一刻も早くこの恐怖から逃れるために。
そうありがとう、と言ってレミルは憐れな整備員を解放し、倉庫へと足を向けた。後に残された整備員の男性は未だ震えていたりする。
で、倉庫に辿り着いたレミルは再び足を止めていた。彼女の目の前には「解体」されたエステバリスの姿があったのだ。そしてその解体 されたエステバリスを前に、ウリバタケとボイルがあーでもない、こーでもないと話しあっている。
「やはりグレネードは必須だろう、これさえあれば大抵の敵は落とせるからな」
「馬鹿野郎! エステにACのグレネードなんざつけてどうする気だ!! 反動でひっくり返っちまうぞ!!」
「では、プラズマキャノンはどうだ? これならトリガー周りを少し改造するだけでエステでも十分に持てるはずだ」
「容量が足んねえよ!! んなもん一発撃っただけでエネルギーが空っぽになっちまうし、フィールドだって張れなくなるわ!!」
「では、他のプランを見せてみろ。伊達に整備班長の肩書きを持つなら、文句をいうばかりではないだろう」
「フッ、俺のプランはこれだ! その名もドリルアーム!! このドリルで敵陣に突っ込み、さらにフィールドを展開することによって驚 異的な破壊力を……」
「却下だ。そんな悪趣味な装備などつけてられるか」
「なっ……テ、テメエ、漢の浪漫たるこの武器を悪趣味たあいい度胸じゃねえか!!」
「単純に近接戦闘は俺の性に合わんだけだ。それなら最初にアンタが提示したヤツのほうが……」
そこでボイルの言葉は途切れる。彼の視線の先には、ゆっくりとこちらに向かってくるレミルの姿がある。
「んあ? どうしたよ、おまいさ」
「ウリバタケ」
「うひゃいっ!?」
ウリバタケはおそるおそるレミルの方を振り向き、そして震え上がった。
彼女はこれ以上無いというほどの笑みを浮かべている。その表情は、蒼く透き通る長髪と相俟って正に妖精と呼ぶに相応しいほどだ。
だが彼女のその笑みの奥深くに、何か得体の知れないモノを感じ取ったウリバタケは思わず後ずさりする。そしてそれに合わせるように 歩を進めるレミル。……心なしか彼女の後ろには青白い炎が吹き上がり、彼女の髪をはためかせているように見える。
「これはどういうことか、説明できるかな?」
横には解体された0G戦用のフレームと灰色のアサルトピットがある。番号を見てみるとレミルのエステで間違いないだろう。
「い、いやな? ボイルと二人でエステの強化改造計画について話し合っていたんだが、製作の都合上どうしても部品が足りなくなっち まってアンタのエステの部品をお借りしたんだわなこれが」
「……まあ改造に関しては私も注文をしたことだから特に何も言わない、だがどうして私のエステなのだ? これから新しいカラーバリエ ーションを試そうと楽しみにしていたのに」
「さ、最初はヤマダのエステを使おうと思ってたんだが、そうするとアイツの乗る機体が無くなっちまうだろ? その点あんたらはACが あるから困らないだろうって……」
「ならば一言私に話しを通すのが筋というものではないか? よりによって無断で私の乗るエステをバラすなんて……」
「いや、バラすといってもフレームのほうだけでアサルトピットには手をつけてないぜ……って聞いていないのか? ボイルの奴がレミル ちゃんには話しが通っていると言ってたが」
その言葉にバッとボイルの方を向くレミル。
ボイルは大きな体を丸めるように倉庫の出口から出ようとしている所だった。
レミルはボイルの肩をグワシッと掴み、ドスの効いた声で彼に尋ねる。
「説明してもらえるわよね、ボイル?」
ゆっくりとレミルの方を向くボイル。彼の表情は全くといっていいほど変化がなかったが、ウリバタケは彼に額に流れる汗を見逃さなか った。
ボイルは暫し妹の顔を見つめたかと思うとゆっくりと手を挙げ、握りこぶしを作って親指を上げる。いわゆるサムズアップだ。
「お前にはACの方が似合っているぞ、レミル」
「……そんな戯言で誤魔化せると思ったかあああぁぁぁーーーーー!!!」
その後、くぐもった悲鳴とグシャッという鈍い音が倉庫に響き渡った。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第八話「水色宇宙と彩色昆虫にときめき」
「で、つまりはどういうことだ?」
「ボイルの馬鹿が勝手に私のエステを弄って、エステで出撃できなくなった。そういうことです」
「ったくよー、何やってんだか。自分のエステの管理ぐらいしっかりやっとけって(ガスッ!)」
余計な事を口にし、レミルのハイキックによって地面に沈むヤマダ。格納庫のほとんどが、またかといった目でそれを見下ろしている。
ヤマダが迂闊なことを滑らして、レミルによってダウンさせられるといったことはすでにナデシコの定番だ。
「……まあ、我々はACがあるからたいした戦力ダウンにはならんだろうが」
「たいした問題です!!」
くわっと目を開いて大声を張り上げるプロスペクター。
彼がここまで怒るとはかなり珍しい。
「ある程度の改造については私も黙認したことですし文句はいいませんが、フレーム一つを丸ごと使い込むなど聞いておりませんぞ!」
「文句ならボイルとウリバタケに言ってくれ」
チラと横を見るクライン。
そこには顔中を腫らせたボイルが、不貞腐れてツールボックスの上に座っていた。どうやらレミルに随分手酷くやられたらしい。
「……ボイルには今後こんなことを起こさないように俺からキツク言っておく。それでいいか?」
「はああぁぁ〜〜、こんなことはこれっきりにしてくださいよ」
そう言うと、プロスはウリバタケの方に振り向く。
「さて、ウリバタケさん」
「あ〜〜分かってるよ! もう勝手な真似はしねえ! だから説教は勘弁してくれ!!」
そう言い募るウリバタケだったが、結局数時間にわたる説教を受けた上に数ヶ月の給料をカットされてしまい、酷く項垂れてしまった。
塩の如く真っ白に燃え尽きるウリバタケ。しかしクラインはそんなことは気にせず、声を掛ける。
「ところでウリバタケ、エステの改造はどのように施したのだ? 簡単でいいから説明してくれ」
「ん? ああ、改造っていってもたいしたことじゃねえぞ。お前さんのは前もって言われていた武装面にちと手を加えただけだ」
「だったらなぜ私のエステをばらすなどといったことを……」
「だからバラしたのはフレームだけだって。レミルちゃんの改造プランもしっかりたててあるから安心しな。まあそれはボイルの野郎 が無茶な注文をしたからだな。アイツのエステは武装もそうだが、フレームのほうも色々手を加えちまったからな」
「ほう……」
ウリバタケの言葉で興味が沸いたのか、楽しそうな笑みを浮かべるクライン。
「具体的にはどうしたのだ?」
「改造したのは0G戦フレームなんだが、陸戦フレームの1-Bタイプにあるグレネードランチャーとミサイルランチャーをそれぞれ取っ払っ て肩と左腕部に取り付けたんだわ。それだけだと足が遅くなるしエネルギー効率が悪くなるから、重力波アンテナを可動式にして効率を上 げてからスラスターを増設したくらいだな」
「それだけ聞くと、私のエステのフレームが解体されたのが納得できないが……」
「いや〜スラスターの増設が思った以上に手間取っちまって、結局フレーム自体にもかなりてこ入れしちまったんだ。んでその結果レミル ちゃんの0G戦フレームのパーツを頂戴して改造したんだわ」
クラインはその改造されたと思われるエステを眺めてみた。
大まかなシルエットは変わっていないが、膨らみを持ったショルダーパーツや若干大きくなった脚部のスラスターなど、かなりの部分が 変更させられており、隣に並ぶヤマダの0G戦フレームと比べるとその特異さが際立ってるように見える。
スペックだけで見ても、従来のエステに比べ高い値をマークしているため、戦場では結構な働きを見せてくれることだろう。
「それでは結局私のエステはどうなる?」
「あー……それはサツキミドリでの資材の搬入待ちってことでどうかひとつ……」
「締めるぞ?」
いくらウリバタケを脅しても、ばらされた0G戦フレームが戻るわけも無いのだが……
若干イッちゃった目つきでウリバタケの頭をガクガクとシェイクするレミル。
いい加減に止めようとクラインが声をかけようとしたその時―――
ズズゥゥーーーン
突如、ナデシコ格納庫が盛大な揺れに見舞われた。
辺りに整理されていない機器が散らばり、周囲の整備員達を慌てふためかせる。
クラインは一旦揺れが収まるとコミュニケでブリッジに繋ぐ。
「こちら格納庫のクラインだ。ブリッジ、先程の衝撃は一体なんだ」
ブリッジも結構慌しいのだろう。後ろで色んな声が飛び交っているが、ホシノ・ルリは律儀に答えてくれた。
『はい、どうやらサツキミドリが襲撃にあったらしく、大規模な爆発が観測されました。先程のはそれの衝撃波だったようです』
「木星蜥蜴か?」
『十中八九そうだと思います。で、先程の衝撃波と一緒に右のディストーションブレードに脱出ポッドと思わしき物体がぶつかり、ブレー ドが破損。現在フィールドの展開が不可能となっています』
「……それは少々まずい状況だな」
『現在艦内は第一種警戒態勢に移行しています。パイロットのみなさんはすぐさま発進してナデシコ周囲を警戒してくれとのことです』
「了解した。脱出ポッドのほうはどうするのだ? おそらく人が乗っているのだろうが」
『そちらはゴートさんが対応してくれるそうです。もっとも、何人か人手を借りるようなことを言ってましたが』
「では、こちらから人手を出すからゴート氏にそう言っておいてくれ」
『分かりました』
コミュニケを切ってレミルの方に顔を向ける。レミルは既にウリバタケを解放して整然とした様子でクラインの命令を待っている。
「クライン、どうするのですか?」
「私とレミルで周囲を警戒する。レミル、お前は私のフレームを使って出撃、装備はS/8を持って行け。あれならエステでも使えるはずだ」
「了解です」
その言葉を聞いて疑問符を浮かべたのは、顔を腫らしたボイルだ。
「クライン、俺はどうするんだ?」
「お前はゴート氏と合流して、彼に指示を仰げ。……ああ、私が出撃する際には例の改造フレームを借りていくぞ」
「なっ、クラインには別の0G戦フレームがあるだろう!?」
「さっきも言ったようにそれはレミルが使う。勝手にフレームを一つダメにした罰だ。拒否権は許さんぞ、隊長命令だ」
「アンタあの改造フレームを使いたいだけじゃないのか!?」
「…………………レミル、急ぐぞ」
「図星だろオイ!?」
ボイルが声を荒げるが、それをきっぱりと無視しさっさとエステバリスに乗り込むクライン。
「話しは聞いたな、ウリバタケ。急いで出してくれ」
「へへっ了解! アンタも結構子供っぽいところがあるじゃねえか」
「否定はせんよ」
クラインはウリバタケとそんな言葉を交わすとハッチを閉じ、アサルトピットをボイルの改造フレームに換装する。
接続を確認して機動準備が完了、IFSコネクタに手を置いてエステバリスを起動させた。
一方レミルもナデシコから支給された最新型のパイロットスーツを纏い、エステバリスの起動準備を行っていた。
彼女はこのパイロットスーツがあまり好みではなかった。ACのそれに比べると確かにスーツ自体の性能は良いのだが、体の線が浮き出るのだけはどうにもい ただけない。
「これなら少々野暮ったくともACの方が良いな……」
『レミル、準備はいいか?』
「いつでもOKです」
『ではお先に失礼するぞ』
その言葉と同時に、クラインのエステバリスは重力波カタパルトの向こうに消えていった。
後に続けと、レミルは己の愛機をカタパルトまで進ませて発進体制をとる。
ACではなくとも、久方ぶりの宇宙での出撃だ。レミルの気分は高揚していた。
(宇宙に出るのは連合軍での訓練以来だな……まぁ大丈夫だろう)
『クライン機の発進を確認。次、レミルさんどうぞ』
「レミル・フォートナー、出るぞ!」
「被害は思っていたより酷くは無いな……」
穴のあいたディストーションブレードを見ながらそう呟くクライン。
ディストーションブレードにぶつかった小型脱出ポッドには、やはり人が乗っていたらしい。
で、その人物というのがサツキミドリの補充パイロットらしく、艦内の警戒態勢は解除されたようだ。ただ修理に二十分ほど時間がかかるらしく、その間は二 人でナデシコを守ることとなる。
「レミル、お前はナデシコの艦上で周囲を警戒しろ。私は……む?」
指示を出す途中、エステバリスのレーダーになにかが引っかかった。
レーダーの反応した方向に目を向けると、赤いエステがエステバリス三機とツールボックスのコンテナを引っ張って猛スピードでこちら に向かってきている。方向からするとサツキミドリの方から来たのだろうか。背後には十数機のバッタが追走しており、どうやらそれから 必死に逃走してきたらしい。
「補充パイロットか? 識別コードが表示されていないようだが……」
『クライン、このままだとナデシコが危険に晒されます。迎撃しますか?』
「待て。ブリッジ、前方のエステへの通信はどうなっている?」
クラインはブリッジのルリに通信を繋ぎ、赤いエステへの接触を試みようとする。
『通信回線自体をカットしているみたいで、ダメなんです』
「そうか、あの様子だと出し忘れている可能性があるな………わかった、こちらで対処しよう」
『お願いします』
「レミル、バッタ共を迎撃しろ。くれぐれもエステやツールボックスには当てるなよ」
『了解です』
「だああぁぁーーーっ! なんだってんだよチクショウ!!」
そう叫ぶのはエメラルドグリーンというちょっと変わった髪を持つ活発そうな若い女性だ。
彼女の名はスバル・リョーコ。ナデシコの補充パイロットである。
サツキミドリが襲撃された際、大慌てで己のエステバリスに乗り込み合流予定のナデシコに向かったのだが、0G戦フレーム三つとツールボックスを引っ張る 赤いエステバリスはさぞ目立ったのだろう。コロニーを出て幾ばくもしないうちにバッタの群れに追い掛け回された。
引っ張っている0G戦フレームはよくつるむ仲間のものなので、なんとしてもナデシコに持って行きたかったが、バッタから追い立てられるにつれてリョーコ は半ば後悔し始めていた。
「他のヤツラはおっちんでんのかどうか分からないし、なんで俺一人がこんな目に会わなきゃならないんだぁーーー!!」
そう叫ぶリョーコの目の前にバッタが躍り出る。
「やべっ!」
エステバリスを急停止させて回避しようとするが、索引ロープのせいで思うように動けない。
やられると思い思わず目を瞑りそうになるが――――
ドンッ
「は?」
目の前のバッタが突如爆発した。
それを皮切りに次々と周囲のバッタが爆発していく。
リョーコはレーダーを見渡すが、味方機と思わしき反応は見当たらない。つまりはレーダーに映らない特殊な塗料でも施しているのか、 もしくはレーダーの範囲外から撃ってきたということになる。おそらくは後者だろうが。
そうこうするうちに周囲のバッタは完全に撃破された。
「おいおい、一体どっから撃ってきてんだよ……」
「さすがにこの距離からの狙撃は難しいな……」
レミルはそう呟くと次の獲物に目を向ける。
目標は赤いエステバリスの背後からくる新たなバッタの一団。
かなり距離が離れているため、FCSのマーカーは反応しないが、そんなことは関係ない。
「もっとも宇宙空間だから、弾道計算の必要が無いのは有り難い」
そう言ってトリガーを引き、次々と弾丸をバッタに叩き込む。スナイパーライフルにしては凄まじい連射速度だ。
ジオマトリクス製スナイパーライフル、ZWG-SRF/8
数あるACの兵装の中でも最長の射程距離を持っており、また装弾数も多いためスナイパーライフルの中では人気の武器だ。
レミルが現在使用しているのは、フライトナーズの部隊でチューンアップして連射速度を向上させた特別製だ。
エステバリスでACの兵装を扱うのは無茶に近いが、幸い動き回る必要は無いため、エステの両手と体で抱え込むようにして支えているので撃つのに問題は無 かった。
「これで……ラストッ!」
トリガーを引いた後、遠くで小さな火花が上がるのを確認する。
レーダーで見た限り、これ以上バッタの追撃は無いようで、赤いエステバリスもそれを確認したのか。ゆっくりとナデシコに進んでくる。
クラインの赤紫のエステバリスが赤いエステバリスに向けて接触用の通信ワイヤーを打ち込む。
おそらく識別コードを確認しているのだろう。
レミルはそれを確認するとコミュニケをブリッジに繋いだ。
「レミルよりブリッジ、新入りが向かってくる。受け入れの準備をしてやってくれ」
「かぁーたまんねぇぜ、たくよぉ!」
ナデシコの格納庫に辿りつき、エステバリスから降りてヘルメットを取るとリョーコはそうぼやいた。
まあ、0G戦フレームを3機も引っ張ってきた上にバッタの群れに追われれば、そうぼやくのも仕方ないだろう。
「「「お、女!?」」」
既にレミルという女性パイロットがいるのに今更驚くこともなかろうが、律儀に驚く出迎え一同。
だが、そこは曲者ぞろいのナデシコ。特に個性豊かなブリッジの面々は律儀に挨拶を交わし始める。
「ど〜も〜、ナデシコ艦長のミスマル・ユリカでーす♪」
「副長のアオイ・ジュンです」
「財務担当のプロスペクターです。長ければプロスとおよびください。あ、これ名刺です」
「顧問のゴート・ホーリーだ。……エステバリスの0G戦フレームは4機だけか?」
挨拶が終わると早速仕事モードに入るゴート。
機体は多いに越したことはない。予備機が多ければ不意の故障にも対処できる。
「格納庫の残骸の中にあと1機残ってた……さすがに全部は持ちきれなかったぜ」
「合流予定は三人だったな……他の二人はどうした?」
「さぁなぁ……生きてるのかおっちんでんのか……」
脳天気な声が聞こえてきたのはそんなときだった。
「生きてるよー!」
「ぐぇっ!」
リョーコがあからさまにイヤそーなリアクションをする。
何時の間にそこにいたのか。大きな瞳と眼鏡が印象的な茶髪の女性で、頭に変なカチューシャをつけている。
なお、脱出ポッドでフィールドジェネレーターを壊した張本人でもある。
「どーもー!アタシ、パイロットのアマノ・ヒカル。蛇使い座のB型18歳!好きなものはピザの端っこの固いトコとぉ、湿気たお煎餅で ーす!よろしくお願いしまーす!」
そして彼女は頭を下げると共にカチューシャにくっつけていたものに息を吹き込む。
ぴひょろろろろ〜〜
何とも気の抜けた音が格納庫にこだまする。
ぴひょろろろろ〜〜……ぴひょろろろろ〜〜……
それを何回か繰り返し、周囲を見渡す。
「あれ?面白くなかったですかぁ?」
「「「……いいえ……」」」
呆れてそれしか言えないというのが真実だろう。
「ま、二人残りゃあ上等か……」
リョーコがそう呟くと、腕のコミュニケから音声通信が入ってきた。
『勝手に殺さないで……』
「イズミちゃん! 生きてたんだ! ね、今どこ?」
『それは……言えない……』
ヒカルの問いにそう返す女性の声。
コミュニケから聞こえてくる声は相当陰気そうだ。
「「へ?」」
『それより……ツールボックスを開けてみて……』
「「「「「「「「?」」」」」」」」
皆が見てみると、そこにはネルガル印の馬鹿でかいツールボックスがある。
「…………」
リョーコがリモコンを操作すると、ツールボックスが白煙共に開いていく。
……ドライアイスでも入れていたのだろうか?
「……う……あ……あ……あ……」
中からうめき声と一緒に手が伸びてくる。
この時整備員の何人かが、ずざざざざっっと後ずさりしていた。傍から見ているとどこぞのホラー映画のように見えなくも無い。
「……ふうー……あーっはっはっはぁ! ……あー空気が美味しい……」
髪の長い女性が貪るように空気を吸っている。
まあ、ずっとツールボックスの中にいたら空気が美味しいのも当然だろう。
「こんのアホー!!」
リョーコが引き出し状に開いたツールボックスを渾身の力で押し込んで閉めようとする。
「きゃああ!!……お願いだからシメないで……鯖じゃないんだからさぁ……」
ビシッと固まる空気。正にそれは絶対零度。余りの寒さに誰も動くことが出来ない。
「ぷっ……くくくっ……あーっはっはっ!!」
そして言った本人が一人だけウケて大笑いしている。
「こいつもパイロットのマキ・イズミ……以下略!」
簡潔なリョーコの説明の間も、イズミは笑い続けていた。
ちなみにその後、クラインとレミルのエステが周囲の警戒から戻ってくるまで誰一人として声を発しなかったことを記しておく。
「で、コチラの方々が現在のナデシコのパイロットです、ハイ」
「レオス・クラインだ。エステバリスについてはそちらが先輩のようだから、まぁ色々とよろしく頼むぞ」
「副官のレミル・フォートナーだ。よろしく」
「……ボイル・フォートナーだ」
クラインとレミルが格納庫に戻ったところで、新しいパイロットとフライトナーズの面々が挨拶を交わす。
ゴートと共に艦内を巡回していたボイルは先程出撃できなかったのがよほど残念だったらしく、あまり元気が無いようだ。
「いや〜まさか噂のナインブレイカーさんと一緒にできるとはねぇ」
「電気が落ちました……『無い』ん『ブレーカー』……ぷっくくくっ」
「へへっ、地球最強とまで言われた腕前をじっくり見せてもらおうじゃねえか」
そう思い思いの返事を返す三人娘。やはりパイロットだけあって、地球最強の男を前にしても胆が座っている。
「さて、パイロットのみなさんも挨拶が済んだことですし、次の作戦の話し合いでも……」
「ちょーーーーーーーっと待ったーーーーーーー!!!」
格納庫内に暑苦しい声が響き渡る。
余りの声の大きさに格納庫の全員が耳を塞ぎ、恨めしげな目を声の発した方向に向けるとヤマダ・ジロウが頭にたんこぶをつくってこちらを睨みつけていた。
「ヤマダ、貴様今までなにをしていたのだ?」
「お前が俺様を気絶させたんだろがっ! それと俺の名前はダイゴウジ・ガイだ!!」
「あー……、彼はナデシコのもう一人のパイロットのヤマダ・ジロウさんです」
いつものように口喧嘩を始めたレミルとヤマダを尻目にそう言うプロス。
「なんだか随分暑苦しい野郎だなぁ……」
「ダイゴウジ・ガイって名前もまた濃いねぇ」
「貴族の爵位、……それはタイコウシ(大公使)……くっくっく」
――とまあ、色々と個性的な自己紹介が終わったところで、クラインが本題に入る。
「というわけでだ。コロニーに入り、格納庫に残ったエステバリスの回収。これが今回のミッションの内容だ」
クラインは集まっているボイル、レミル、リョーコ、ヒカル、イズミ、ヤマダを見回して確認する。
「敵の蜥蜴だが、まだコロニー内にいると見てまず間違いないだろう。戦闘は避けられないぞ」
「まぁこれだけパイロットがいるんだし、問題ないと思うけどねえ」
ヒカルのその軽い言葉に、クラインはスッと目を細める。
「適度に息を抜くのも大事だがな、そういう油断が死に繋がる。覚えておけ」
「は、はいぃ……」
強烈な視線で射抜かれたヒカルは若干震え気味の声でそう返す。
「さて、今回のミッションでコロニーの内部に侵入するメンバーだが……」
「道案内がいるから、オレ達三人はコロニー潜入だろ?」
「そうだ。それと私もコロニー行きに同行する」
「クライン、コロニー内部は重力波ビームが届きませんから、スタンドアローンのACのほうがいいのでは?」
「レミルの指摘も最もだが、ACは小回りが利かないうえに、我々のACの搭載火器はどれも威力が高いものばかりだ。倒壊したコロニー 内部でそれは危険だからな。今回はエステバリスのみでいく」
「おい、俺達はどうするんだよ!」
「ボイル、レミル、ダイゴウジはナデシコの警護・連絡役として残ってもらう。まだ周囲に敵が潜んでるとも限らんからな」
「留守番役が三人は多すぎないか?」
ヤマダの問いに答えたクラインの言葉に真っ先に反応したのはボイルだ。先程まで留守番役をされたばかりの彼は不満気味である。
「潜入メンバーが多くても仕方ないだろう。それにナデシコは我々の母船だ。守りが多いに越したことは無い」
「……チッ、分かったよ」
そう言って引き下がるボイル。
だが、熱血の権化たるヤマダはそう簡単には引き下がらない。
「俺は納得いかんぞ!! 三人はともかく、クラインの代わりに俺がいっても問題ないじゃないか!!」
「ヤマダ……貴様、いいかげんに」
「まあ待て、レミル」
詰め寄ろうとしたレミルをやんわりと押さえつけ、クラインはヤマダに歩み寄ってガシッと肩を組んだ。
「な、なんだよ……」
「いいから聞け。はっきり言ってこの作戦でお前の出る幕は無い」
「な、なんだとぅ!?」
「言い方が悪かったな。……つまりはこういうことだ。『エースの手を煩わせる必要がない』ってことだ」
その言葉を聞いてピタと動きが止まるヤマダ。
「有り体に言って、今回の作戦はいわば『おつかい』だ。コロニーの中に入って物資を取ってくるんだからな。そんなショボイ作戦にエー スを連れて行ってはもったいないだろう?」
「ま、まぁそうだな」
「反してお前達ナデシコ防衛組は重要な役割だ。なにせ我々が0G戦フレームを持って帰ってきても、母船がなければ意味を為さないのだからな。はっきり言っ て重要な役割だと言える」
「うむ、そ、そうだな!」
「護衛というものは難しいものだ。自分の命を守りつつ対象を守らなければならないからな。だからダイゴウジ、エースパイロットのお前 をナデシコに残留させたのだ。……分かってもらえたかな?」
「おう! お前が俺様を信用してるのはよ〜く分かった!! ナデシコの安全はこのダイゴウジ・ガイに任せとけ!!」
ワーハッハッハと高笑いを上げるヤマダ。
クラインはそんなヤマダから離れると、再びこちらに向き直った。
「さて、作戦に関して特に質問は無いな? ……ではすぐに始めようか」
「……鮮やかな手際だな、クライン」
「似たような奴が昔いたからな。慣れているだけさ」
ボイルの言葉に、しれっと返事をするクライン。そのあまりにも見事な口八丁に、三人娘のパイロットも目を丸くしていた。
数十分後、赤、水、黄色に灰色と色取り取りのエステバリスの姿がサツキミドリのひしゃげたハッチにあった。
言わずと知れたコロニー潜入組みである。
ちなみにクラインはボイルの改造フレームに搭乗しており、そのエステの左腕には大ぶりのミサイルランチャーが取り付けてある。
『ここから先は重力波ビームが届かねえからな、全員慎重に行けよ!』
『了解了解。では、素潜り開始〜♪』
『主権海域……それは領海〜』
「あぁ、分かっている」
リョーコの指示に思い思いが答えて、ゆっくりとコロニーの格納庫に入っていく。
中は非常電源が働いているのか、思ったより明るい。しかしそれも所々で、赤や黄色の非常灯がいくつも点灯している。
そんな中をリョーコ達はゆっくりとではあるが迷い無く進んでいく。
エステのバッテリーはそう長くは保たないため、素早く進入し、素早く目標物を手に入れなければならない。
『エステが置いてあるハンガーはこの先だ。さっさと行って帰って飯にしようぜ』
『ナデシコのご飯って美味しいらしいからね〜楽しみ楽しみ♪』
『…………クライン、どうしたんだい』
イズミの言葉に振り返るリョーコとヒカル。見るとクラインのエステバリスが、壁の一部をジッと見つめている。
『おい、何やってんだよ? さっさと行くぞ!』
「あぁ、スマンな。今行く……」
そう言ってリョーコ達についていくが、去り際にもう一度振り返るクライン。
その壁には、周囲が焦げ付いたレーザー痕がいくつも刻まれていた。
『あ、お宝み〜〜っけ』
『おっ、2機も残ってたか。さっさと回収作業を始めるか』
そう言って近づくヒカルとリョーコ。
だがクラインは目を鋭くし、手に持ったライフルを一機のエステバリスに向ける。
「二人とも、散れっ!」
『『!!』』
クラインの言葉で左右に飛ぶヒカルとリョーコ。クラインはそれを確認するやいなや、フルオートでライフルを叩き込んだ。
だがライフル弾はエステバリスに命中せず、空しく壁を叩く結果に終わる。
先程までそこにいたエステバリスは、ワイヤーのようなものを使って上空に飛び上がっていた。
そのエステバリスは、頭に黄色い機動兵器、バッタが取り付いていた。見れば、肩、腕と計五機がエステに取り付いている。
『デビルエステバリスだぁーー!!』
『どういうこった!』
『……バッタが、エステのコンピューターをハッキングしてるみたいね』
「無人機の振りして待ち伏せとは頭が回るな」
口々にそう評する四人。
ネイビーブルーのエステバリスは赤い瞳を鈍く光らせながらこちらを見下ろしている。取り付いたバッタの瞳も光っているため、その様 はまさに物語に出てくる悪魔(デビル)のようだ。
『ちっ、こうなりゃぶっ壊すしかねえな! 行くぜ野郎共!!』
『アタシは野郎じゃないよ〜』
『右に同じく』
リョーコの声に口答えしながらもしっかりと攻撃を開始するヒカルとイズミ。
だが三人が放ったライフル弾は、デビルエステバリス(命名:アマノ・ヒカル)の胸へ吸い込まれる前に、空を切った。
デビルエステバリスは腕のバッタの本体を伸ばし、天井のレールにフックのようにひっかけ、ワイヤーを引き寄せながら滑るように回避 したのだ。そしてそのまま、次々と位置を変えて移動する。
『くそっ、見かけは鈍重そうなのになんて速さだ!』
『まるでおサルさんだねぇ』
『どっちかって言うとテナガザルね』
クラインはそんな三人のやり取りを無視し、デビルエステバリスの動きを目で追従していた。
縦横無尽に動き回るデビルエステバリスだが、ここは狭い格納庫。自然と行動範囲は制限される。そしてクラインには攻略方法がすでに 見えていた。
そしてデビルエステバリスが、天井のレールにフックを引っ掛けようとバッタを伸ばしたその瞬間!
「そこだ」
クラインの言葉と同時に、赤紫のエステバリスはライフルを放つ。狙いはバッタ本体と天井の金属レール。ピンポイントで命中しフック 代わりのバッタが爆発する。
同時にナイフを携え、飛び上がるクライン。フックを失くして慣性移動中のデビルエステバリスのもう一方の腕をイミディエットナイフで斬り飛ばし、振り向 きざまに地面に蹴り落とした。
盛大に鋼鉄の地面に叩きつけられるデビルエステバリス。だが撃破には至らず、ゆっくりと立ち上がろうとする。
しかしその行動は無駄に終わる。
デビルエステバリスが落下したその場所はリョーコ、ヒカル、イズミがちょうど十字の位置に立つ、絶好のクロスファイアポイントだった。
「今だ!」
そして巻き起こる銃弾の嵐!
デビルエステバリスは微弱ながらもフィールドを展開するが、三方向からの銃撃に耐え切れるはずも無く、全身を蜂の巣にするとゆっく りと倒れこみ、爆発した。
「……敵機の撃破を確認」
『いや〜ナイスコンビネーションだったね〜♪』
『へっ、さすがはナインブレイカーだな』
『エステとバッタの黒酢(クロス)和えってとこかしら』
地面に降り立ち、リョーコ達の下へと戻るクライン。そしてナイフを収めると、リョーコ達を促した。
「すぐに、エステを回収するぞ。今の爆発で他の敵が気付いた恐れがある」
『おいおい、随分とせっかちだな』
『……何か気になることでも?』
イズミが神妙にそう聞くと、クラインは頷いた。
「少しな。……さぁ急ぐぞ。さっさと帰って飯にするんだろ?」
『わぁ〜〜ったよ。ったく、忙しいヤツだな』
『あたしとリョーコでエステちゃん運ぶね〜』
ガシャッガシャッガシャッ
リョーコとヒカルの二機で無事だった方のエステバリスを抱え上げ、ワイヤーを繋ぎ準備は完了する。
ガシャッガシャッガシャッ
『ピクニックのお片づけ終了〜』
『おっしゃ。行くとするか!』
ガシャッガシャッガシャッ
「……どうやらそう簡単には帰らせてもらえないようだな」
『なに?』
「俺達が入ってきたゲートの方向だ……来るぞ、フィールド展開!」
キュンキュンキュンッ、ドンッ!!
幾度かの斉射音と共にゲートが吹き飛び、部屋に煙が立ち込めると同時に衝撃波が襲い掛かり、四機のエステのフィールドを揺らす!
『くぅっ、なんだってんだよ畜生!』
リョーコがゲート方向を睨みつけると、煙と共に異形の姿が浮かび上がる。その姿は彼女らが今まで見たことなかったものだ。
『な、なんだありゃあ?』
『蜥蜴さんの新型かなあ?』
『……いや、どうも違うみたいね』
敵のシルエットは正面から見ると蜘蛛のようで、ダークブラウンの逆間接ボディにいくつもの手が生えているようだった。そしてその傍 には、緑色のまるで生物のような四脚メカがいる。
「……あれはまさか、ディソーダーか?」
『はぁ? ディソーダーって確か火星にいる無人兵器だろ!?』
『なんでそんなのがココにいるんだろうねぇ。蜥蜴さんのお仲間かな?』
『外見的にはそう言えなくも無いわね』
その時の彼らには知る由は無かったが、そのディソーダーは火星の地下鉄でその姿を現していた、攻撃タイプのディソーダーだった。
こちらの会話をよそに、敵……ディソーダーはこちらの姿を確認すると、一斉にレーザーを放つ。
レーザーとはいえ、息も付かせぬ連続攻撃にエステバリスのフィールドは目に見えて減衰していく。
あわてて物陰に隠れる4機のエステバリス。
『やべえぞ! このままじゃバッテリーが切れちまう!!』
『あたし、エステちゃん抱えてるからきびきび動けないよ〜』
『しかも、お仲間がこの部屋に続々と集結中のようね』
確かにレーダーを見ると、敵を示す赤い光点がこの部屋に向かって集まってきている。
幸い進行速度は速くないようだが、このままではジリ貧だ。
「出口に一番近いのは正面の扉だ。回り道をしてる暇は無い。強行突破で行くぞ」
『チッ、仕方ねえな!』
「私がヤツラを片付けるからお前達は後に続け。イズミ、殿を任せるぞ」
そう言うとクラインは手持ちのライフルをイズミに渡す。
『ちょっとちょっと〜、ライフル無しで大丈夫なの〜?』
「任せろ」
そう言ってクラインのエステバリスは疾風の如く飛び出した。
途端にレーザーの嵐に襲われるが、クラインはエステを滑るように動かして被害を最小限にする。
「さて、この改造フレームの力を見せてもらうぞ」
言うや否や、エステバリスの右肩がせり上がり、短く黒い砲身が顕になる。
「食らえっ!」
僅かに格納庫に残った空気を切り裂き、小ぶりの榴弾をディソーダーに叩き込む。
榴弾は逆間接型のディソーダーに命中し、瞬間、火の玉となって爆発した。
ACのものより小さいとはいえ、グレネードの威力は絶大だ。爆発の衝撃波で傍に居た小型ディソーダーも吹き飛ばされている。
続いてクラインは素早く踏み込み、ナイフを携えてディソーダーの緑色のボディを瞬時に切り裂いた。
「敵機は排除した。こっちに来い!」
その言葉でゲートに向かって動き出す3機+1機のエステバリス。
だが、同時に左右のゲートが開き、次々とディソーダーが格納庫に流れ込んできた。中にはバッタやジョロの姿も見て取れる。
『うひゃ〜〜、いっぱい来た〜〜!』
『数多すぎだろっ!!』
『敵いっぱい……テキ……パイ』
「モタモタするな、走れ!」
慌ててゲートに飛び込む3機のエステバリス。
なだれ込んで来た敵が攻撃を開始するが、間一髪間に合った。
だが、ゲートの扉は破壊されているため、すぐさまこの通路も危険に晒される。クライン達は大急ぎで出口に向かって進み始めた。
途中、何機かの小型ディソーダーとバッタが立ち塞がるが、クラインが事如くを切り捨てていく。
殿のイズミは背後から迫り来るバッタを2丁のライフルで正確に撃ち落していく。
間のリョーコ機とヒカル機も、予備フレームを抱えたままながらも片手でライフルを撃ちながら進んでいっている。 そしてそうこうするうちに、4機のエステバリスはコロニーを脱出することができた。
『おっしゃ! やっと出られたぜ!!』
『重力波ビームコンタクト。はや〜これで一安心だね』
しかし、息つく暇も無くナデシコから通信が入ってくる。
『みなさん、お疲れのところスイマセンけどすぐにナデシコに戻ってきてくださ〜い!』
『現在ナデシコ他連合軍艦隊が木星蜥蜴に包囲されつつあります。ちゃっちゃと戻ってきてください』
ユリカとルリの報告を聞き、レーダーを確認すると、たしかにいくつもの赤い光点が展開している。小競り合いも起こっており、ナデシ コの周囲にもバッタが飛び回り、小さな火球が確認できる。おそらく留守番組みの三人が迎撃に出ているのだろう。
大急ぎでナデシコに向かう4機のエステバリス。
だが後ろからも、ゲートから飛び出してきたバッタが追いかけてくる。
『でええ〜〜い! しつこいヤツラだ!!』
『も〜〜、コッチはそんなに早く動けないっていうのに〜〜』
『追いかけるバッタ……お湯、かけるバッタ……クックック』
『こんな時にダジャレなんか言うんじゃねえーーーっ!!』
しかし、そんな4機に追いついてきたバッタが突如爆発する。
『またかよ!?』
「遠距離からの狙撃……レミルか?」
『クライン、こちらも弾に限りがあります。急いで!』
レミルはナデシコ周囲のバッタをブレードで切り捨てながら、こちらを援護していた。
だがさすがにナデシコを守りながらの援護は困難らしく、なかなか弾は飛んでこない。そしてそうこうするうちに、追いかけてくるバッタはかなりの数に昇っ てきている。このままナデシコに向かえば、ナデシコはバッタの群れに囲まれることになる。
『やべえぞ、このままじゃナデシコがバッタに囲まれちまう!』
「任せろ」
そう言ってクルリと振り返る赤紫のエステバリス。
クラインはロックオンサイトを睨みつけ、両手に力をこめる。クラインの手の甲に刻まれているIFSの紋章がうなりを上げ、コックピット に甲高い音が響き渡る。……するとどうだろう。ロックオンサイトに浮かび上がっているミサイルマーカーが、一つ二つと増えていき、モ ニターを覆いつくさんばかりにマーカーが浮かび上がった。
その後暫くマーカーは敵を定めようと動き回り、全てのマーカーが赤く染まる。ロックオン完了の合図だ。
「遠慮はするなよ。全弾持って行け!!」
バシュシュシュシュシュシュシュシュ!!!
左腕のミサイルランチャーからいくつもの噴射炎が吹き上がり、それぞれが狙いを定めた獲物に殺到する!
全速でエステバリスを追いかけていたバッタ達は回避する暇も無く、ミサイルの餌食となり盛大な爆発を巻き起こした。
運良くミサイルの追撃をかわしたバッタもいたが、それも続くグレネードの砲撃で粉々に吹き飛ばされる。
次々と起こる爆発によって、さながらそこはパレードの花火会場のようだ。
『スバル機、アマノ機、マキ機が格納庫に着艦しました』
『クラインさん、射線軸上から退避してください!』
ユリカの通信を聞いて、即座にその場から離脱するクライン。
『今です! グラビティブラスト発射ぁーーーーー!!』
宇宙空間を切り裂く黒い嵐が残ったバッタと追撃してきた部隊を飲み込んでいく。重力波に押し潰され、次々と爆発していく木星蜥蜴。 グラビティブラストが過ぎ去った後には引き千切れた残骸が残るだけだった。
『クラインさん! 今のうちにナデシコにもどってきてくださ〜〜い!』
「了解した」
そう返答してエステバリスをナデシコへと向ける。
しかしその動きはぎこちない。どうやら先程の一斉射撃で随分と機嫌を悪くしたらしい。
(ウリバタケにとやかく言われそうだな)
そう苦笑するクラインだが、ナデシコへと戻る道すがら、彼の目にディソーダーのものと思われる緑色の残骸が飛び込んできた。
「…………」
本来火星にしかいないはずのディソーダーがなぜサツキミドリのコロニーにいたのか、さらに同一種でしか群れをなさないディソーダー がなぜ木星蜥蜴と行動を共にしたのか。……クラインには朧気ながら予想していた。
エステバリスを乗っ取ることができるのならば、ディソーダーといえども所詮は機械。支配下に置くことは難しくはないのだろう。
(……しかし、それでもヤツラを従えることは簡単ではない)
今はまだ憶測に過ぎない。クラインは視線を外し、しだいに大きくなるナデシコを見あげる。
(まだ動くべき時では無い。全ては火星に……話しはそれからだ)
TO BE CONTINUED