ナデシコ内、イベント用大講義室。
そこでは袈裟を着た坊さん姿のユリカが、巨大な仏壇を前に正座してぽくぽくと木魚を叩いている。後ろのほうには、同じような坊さん姿のジュンに、喪服姿 のプロスとゴートがいる。
「なんみょ〜〜ほーれんげ〜〜きょ〜〜、なんまいだ〜〜」
なんとも気の抜けるようなお経が部屋中に響き渡る。本職のお坊さんが見たらさぞ怒り狂うことだろう。
「いちまいだ〜〜にーまいだ〜〜さんまいだ〜〜………はぁ、おしまいだ〜〜」
とりあえず、経文とも思えない……というか全然違うお経は終わって、ユリカはため息を一つついた。
だが。
「終わりじゃないよ」
「ほぇぇ!?」
「えーーっと、天に召しますわれらが父よ………父って誰?」
今度はキリスト教らしい。なぜか神父役をユリカがやっており、シスターをジュンがやっているが……。
しかもジュンは修道服姿が妙に嵌っている。
「はい次!」
「ほへ?!」
「まだまだぁ!」
「ふぇぇぇ!?」
「もういっちょ!」
「うええぇぇぇ!」
次々と衣装を変え、宗教ごとの衣服に着替えながら葬式をこなしていくユリカ&ジュン。
「ジュ、ジュンくんお願い、少し休ませて……」
「何言ってるんだいユリカ! 今日こなさなきゃならない葬式はまだまだこんなにあるんだよ!」
そういってスケジュール表をユリカに突きつけるジュン。そのスケジュール表には、これでもかっと言わんばかりにびっしりと予定が埋め尽くされていた。
「うええぇぇぇ〜〜〜」
「さぁユリカ、休んでる暇は無いんだよ! ハリー、はりー、HARRY!!」
「ていうか、なんでジュンくんはそんなに元気なのぉ!?」
その言葉に突然静かになるジュン。
ユリカは何かマズイことでも言ったのだろうかと思ったが、少しずつジュンの体がワナワナと震え始める。
「ジュ、ジュンくん……?」
「ふふふ、それはね…………僕の出番がようやく回ってきたからさ!!!」
クワッと目を見開き、大声でそう叫ぶジュン。
「ナデシコ出航の時の挨拶のシーンが省かれたから僕の台詞はほとんどなし! 途中に申し訳ない程度に台詞がいれられてるけど、それ だって、最初に自己紹介がなかったからだれこいつ?って感じで見事にスルー! 正直ここいらで自己主張しなきゃやばいんだよ!!」
「ジュ、ジュンくん、どうどう、落ち着いて!!」
「僕だってブリッジクルーだよ!? それなのにこの扱いは一体なんなんだよ!! 存在感が無いのはそこまで罪か、罰なのか! それが 罪や罰だというのなら、僕は自らの恥を捨てても自分をアピールするまでだ!!」
うがーっと巫女服姿で吼えるジュン。その姿はぶっちゃけ男とは思えないほどに嵌っている。
「大体このお話がいけないんだよ! なまじっか混ぜ物をしているから展開が違ってくるし、出てくる人物も増えてくるし! それが無け れば僕の出番だって地球圏脱出のビックバリアで
暗転
「…………っは、ココはドコ? 私は誰?」
「おや、どうかしたかね艦長?」
「あ、提督」
いつのまに後ろに居たのか、そこには手に聖書を抱えた神父服姿のフクベ・ジン提督がいた。
「いえ、なんだか聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がして……あ、そういえばジュンくんは?」
「副長なら先程医務室に運ばれているのを見かけたが。……なんでも白目を剥いて、巫女服姿で通路に倒れていたとか」
「そ、そうなんですか……?」
「ここ暫くお葬式が続いておったし、おそらく過労じゃろうな。仕事熱心もいいが、それで艦長やブリッジクルーが倒れては元も子も無い。先程プロスペクター 殿に今日はこの辺できりあげるよう言っておいたから艦長も休むといい」
「あ、はい分かりました。それじゃ、お疲れ様でしたーー! ほんじゃジュンくんのところにお見舞いでもいってこよっと」
そう言ってパタパタと去っていく神主姿のユリカ。
フクベはそれを微笑ましそうな表情で見送り、ユリカの姿が見えなくなると踵を返して通路の奥へと消えていった。
「若人よ。この世には口に出していいことと悪いことがあるんじゃよ……」
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第九話「蒼く高き壁」
崩壊したサツキミドリ周辺での戦闘から数週間余り。
戦闘の後、ナデシコと地球連合軍艦隊は、展開していた木星蜥蜴を退けると進路を火星へと向け出発した。
木星蜥蜴の攻撃はサツキミドリでの攻防以降なりを潜め、艦隊は順調に火星への航路を消化している。だが火星への航路は依然木星蜥蜴の勢力圏内であるため に、警戒を怠ることはできない。そこで連合軍艦隊は、一番防御力の高いナデシコを先頭にした縦陣形を形成し、艦隊の安全を確保することにした。
ナデシコのディストーションフィールドの信頼性は折り紙付きであるため、ナデシコからも文句が出ることはなかったが、前に押しやられて敵の砲火に晒され るのは気分的によろしくない。だが、これが最適の陣形であることも疑いようが無かったのだ。
そんなこんなで貧乏くじを引かされたナデシコであるが、そのことについて愚痴を言うものはいなかった。
……いや、そんな事を言う暇が無いというのが正しいだろう。現在ナデシコ艦内ではサツキミドリでの戦死者のための葬式会が終始行われており、艦長のユリ カ以下ブリッジクルーは多忙を極めていたからだ。
「地球は狭いようで広い! 様々な宗教、様々な風習、様々な葬式があるからね」
ユリカの見舞いがよほど効いたのだろうか……倒れた翌日だというのに、すでに全快して新たな民族衣装を着ているジュン。
「それは分かるけどぉ……なんで艦長さんがお葬式しなきゃなんないの〜?」
「各宗教全部の神父さんだの揃えてたら、ナデシコクルーは倍くらいの人数になっちゃうよ」
「なにせ、葬式と結婚式は、そうそう値切れないものでしてねぇ」
ユリカとジュンの会話に、プロスが苦笑いする。
これ以上何を値切るのかは聞かないほうがいいであろう……。
「それよりジュンくん、昨日のことなんにも覚えてないの?」
「いや、何件かの葬式をやったところまでは覚えているんだけど、途中での記憶が全く思い出せないんだ」
「………………無理に思い出さない方がいいかもよ?」
「………………それもそうだね」
懸命である。
所変わってナデシコ食堂。
ココも負けず劣らず修羅場と化していた。
「肉に魚に野菜に果物! ある材料は指示通りに片っ端から切っとくれ!!」
「がんばりまーす!」
「お吸い物上がりました〜〜」
「酢飯どこ! 酢飯!」
「え〜〜ん、洗物が追いつかないよ〜〜」
「ちょっと、なんでお葬式に紅白まんじゅうなんか出すの!?」
食堂チーフのリュウ・ホウメイの声と、ウェイトレス兼調理補佐のホウメイ・ガールズの声が食堂にこだまする。
各宗教ごとの葬式料理を立て続けに作っているのだ。出された葬式料理はクルーの三食の食事や夜食に回されるが、規約とはいえよくやるものである。という か、宗教ごとの葬式料理のレシピをよく揃えられるものだ………まあそこはナデシコだからで済むのだろう。
そして、なぜかここに不釣合いな人間がここに……
「なぜ、私がこんなところに……」
「ほら、レミル! ボサッとしてないで、とっとと材料を切っとくれ!」
「お姉さま〜、それが終わったら次はこれをお願いします〜」
ドンッとレミルの隣にジャガイモの入った籠が置かれ、それを達観したような目で見ながらタマネギを刻むレミル。
……目の端に涙が浮かんでいるのは、きっとタマネギのせいだけではないのだろう。
「私はただ食事をしにきただけなのに……」
「迂闊に料理ができるなんて口にしたのが運の尽きさ、あきらめな!」
そう言って肩を叩くホウメイ。レミルは食堂に昼食をとりにきたのだが、食堂の思わぬ惨状を目の当たりにし、食事をあきらめて部屋に戻ろうとした所をホウ メイに掴まり、あれよあれよという間に厨房で材料を切るハメに陥っていた。
「さあ、次は洋食だ! みんなしっかり頼んだよ!!」
「「「「「おおおぉぉ〜〜〜!!」」」」」
「帰りたい…………」
と、まあこんな具合にナデシコは忙しかったのである。
さて、そんな葬式騒動とは無縁な部署が一つ。それは生活班でもなく整備班でもなく、そして保安班などでもなく……
「暇だなぁ……」
「暇だねぇ……」
「ヒマ……」
「なんだなんだお前ら〜〜! だらしがないぞ〜!!」
……一部暑苦しいのが居るが、それは戦闘班であるパイロット達であった。
他の部署は葬式やらなんやらやっているが、彼らのお仕事は基本的に戦うこと。戦闘が起こらなければお呼びではないのである。
あまりの暇さ加減に他の部署の仕事を手伝おうとしても、徹底して組まれた葬式行脚のスケジュールのおかげで、入り込む隙は無い。
それどころか下手に手伝おうとしたら、逆に邪魔になってしまうだろう。なので彼らはこうして駄弁ることくらいしかないのだ。
「こんなところでダラダラするぐらいだったら、俺の秘蔵のコレクションのゲキガンガー3でも一緒に視ようぜっ!」
「視るかよアホッ!」
「相変わらず濃いねぇヤマダくん」
「俺の名前はダイゴウジ・ガイだっ!」
「……何をやってるんだ、貴様ら」
「おや、ボイルの旦那」
たるみきった雰囲気漂う部屋に、ボイル・フォートナーが顔を出す。
彼はだらけたパイロット達の顔をざっと眺め、彼の厳つい顔をさらに厳つくしていく。
「随分と余裕のようだな。そんなに暇ならシミュレーションルームで少しでも腕を磨いたらどうだ」
「それならさっき散々やったよ」
「あたし達とヤマダくんで、さっきまでず〜っとバトルしてたんだよ〜」
どうやらただだらけていた訳ではないらしい。しかしボイルはそんな彼らを鼻で笑う。
「ふん、仲間内だけでやってはたいして成果はあるまい。まぁ貴様達はそうやって狭い価値観で満足してるがいい」
「んだとおぅっ!?」
ボイルの言葉に激しく反応し、怒鳴るヤマダ。三人娘もヤマダ程ではないがかなりご立腹の様子で、ボイルを強い目で睨みつける。
だがボイルは平然とした様子で、リョーコ達をさらに挑発した。
「文句があるのなら相手になるぞ。貴様達の実力では万が一にも勝ち目は無いだろうがな」
「上等だっ! いくぞおめえらっ、コテンパンにのしてやるぜっ」
「熱いねぇリョーコ……」
「大砲の先っぽ……そりゃHOT(砲塔)〜……」
そう言って立ち上がり、シミュレーションルームへと向かうパイロット達。
どうやらよほど暇だったようで、挑発されたにも関わらずその目は爛々と輝いていた。
「この際だ、ナデシコのパイロット全員で総当たり戦としゃれこもうぜ」
「お〜〜、いいじゃねえか、それ!」
「クラインの旦那とレミルはどこいったんだい?」
「レミルは食堂にいるはずだ。クラインは確か……展望台だったか?」
ナデシコ展望台。
分厚い強化ガラスの向こうには宇宙の星々が顔を覗かせ、瞬きの光が展望台の芝生を照らしている。
そしてその芝生の上には一人の女性が座り込み、ぼぅっと星を眺めていた。通信士のメグミ・レイナードだ。
「職務をほっぽり出して天体観測とは随分余裕だな」
背後からかけられた声に振り向くメグミ。そこにはナデシコの誇る最強のパイロット。フライトナーズ隊長のレオス・クラインがいた。
クラインの言葉にメグミの瞳は動揺で揺れ動き、無表情のクラインの顔をまともに見れずに俯いてしまう。
「余裕なんて……ありませんよ」
「他人の死でも目の当たりにしたか?」
「っ!!」
クラインの無遠慮なその言葉に、再び動揺するメグミ。だが、彼のその感情を感じさせないような言葉に、同時に怒りをも覚える。
「なんで……なんでみんなそんなに平気そうなんですかっ!? 人がいっぱい亡くなったんですよ! なのに、なのになんでみんな平気そうな顔でお仕事を続け られるんですか…………!!」
メグミが脳裏に思い出すのは、サツキミドリの入港時。
港の管制官と交わした言葉は今でも覚えている。相手はおそらく若い男性だったのだろう。メグミの声を聞くなりナンパをしてきたのだ。
相手の顔は分からなかったが、メグミもまんざらではなかった。実際入港したら少し会ってみようかなとも思ったりした。
しかし、それがかなうことはなかった。
突然管制官の声が途切れ、閃光の光と爆発の衝撃がナデシコを襲ったことで、メグミはサツキミドリが壊滅状態に陥ったことを知った。
顔も見たことない相手……たった二言三言言葉を交わしただけの人間の死。それでも、今まで平穏な生活をしてきたメグミにとっては十分衝撃的なことだっ た。
「艦長もミナトさんもルリちゃんもっ……! なんでそんなに冷静にいられるんですかっ……」
「簡単なことだ。彼らは悲しみに暮れて艦をおろそかにすれば、艦全体が危険に晒されるということが分かっている。だから冷静に仕事をこなすことができる。 それが一流というものだ……そしてメグミ・レイナード、君もその一流の仲間だったと思うがね」
「……わ、私は唯の元声優です。艦長やミナトさん、ルリちゃんみたいに一流なんかじゃありません……」
クラインの言葉を聞いて、メグミの心の中に劣等感が浮かび上がってくる。
艦長のユリカは、軍の学校で戦略シミュレーションの成績をトップで通った才女で、操縦士のミナトは、乗用車から宇宙船とハンドルのつくものならばなんで も動かせる凄腕のマルチドライバー。そして、ナデシコ最年少にしてナデシコのオペレーターを務める天才少女のルリ。他にも副長のジュンやフクベ提督も、そ れぞれが輝かしい経歴を残す一流揃いである。
普段ブリッジで会話を交わす時などは、そんなことは考えもしなかったが、実際に戦場に出て彼らとの違いを見せ付けられたような気持ちになってしまい、メ グミはそんな彼らと自分を比べて自己嫌悪に陥っていたのだ。
「だが、君はあのプロスペクターにスカウトされている。彼は見た目こそ怪しいが、人を見る目は確かだぞ」
「え…………?」
「通信士というのは唯声が通れば良いというものではない。絶え間なく入ってくる情報を識別、報告し、上からの指示を正確に、そして明確に伝えるということ は誰にでもできるものではない。……君はそんな高等技術をまともな教育を受けずにそれを的確にこなしているんだぞ」
クラインの言葉にキョトンとなるメグミ。クラインの顔は相変わらず無表情だが、メグミは彼の紡ぐ言葉からこちらを気遣う優しさが垣間見れたような気がし ていた。
(ひょっとして私、慰められている……?)
「もっと胸を張れ、前を見ろ。君は傍から見てもまぎれもない一流なのだからな」
「クラインさん……」
自分を認めてくれるその言葉に、メグミの顔から青白さが抜け、頬にほのかな赤みが差す。
「それに君がちゃんと仕事をしなければ、ナデシコの危機に関わることになる……君の声が艦内に流れるだけで男共のやる気は全然違ってくるからな」
「フフフ……なんですか、それ?」
クラインの言葉に僅かであるが声を上げて笑うメグミ。
どうやらすっかり元に戻ったようで、クラインはその様子を相変わらずの無表情で確認するとすっくと立ち上がる。
「事実だ。……さて、私は帰るが君はどうする?」
「私はもう少し星を見てから戻ります…………クラインさん色々とありがとうございます」
「さて、なんのことかな?」
そう言って展望台の出口へと向かうクライン。メグミはそんな彼の背中を笑顔で見送った。
「ナインブレイカーともあろうものが、らしくないことするじゃない……」
展望台を出たクラインに、男にしてはやけに甲高い声がかけられる。
クラインが声のかけられた方を振り向くと、そこには後ろに手を組み、蔑む様な視線を寄越すムネタケ・サダアキがいた。
「ムネタケ副指令か……」
「あんな小娘を気にかけるなんて、どういう風の吹き回しかしら?」
「さて……な」
相変わらずの無表情で投げやりな返事を返すクラインに、ムネタケは苛立ちを隠せない様子で舌打ちを打つ。
だがすぐに表情は愉悦のものに変わり、人を見下した目でクラインに忠告する。
「フン……まぁいいわ。一応言っておくけど、くれぐれも航行中に妙な真似はせず、ちゃぁんと上司の私に報告をするようにね。この船だっていずれは我が LCCのものになるんだから」
ムネタケはそれだけを言い残し、下賤な笑みを浮かべながらその場から去っていく。
そしてクラインはそんなムネタケを憐れみという感情を織り交ぜた視線で見送っていた。
その後、クラインのコミュニケにボイルからのメッセージが入り、彼はシミュレータールームへと足を運んでいった。
「さてと、役者も揃ったことだし始めるか」
数分後、シミュレータールームには全てのナデシコのパイロットが全て集まっており、フライトナーズの三人もジャケットを羽織ってシミュレーターの前に陣 取っている。レミルはよほど食堂から抜け出したかったのか、連絡をもらってすぐに駆けつけてきたようだ。
部屋の中には、その大半を占めるエステバリスのコクピットが数基設置してあり、その後ろに観戦用のスクリーンが置かれている。
シミュレーターとはいえ、コクピットは実物と同じ密閉型の本物だ。もともとIFSはパイロットからのイメージ、つまりデータで稼動する仕組みなので、シ ミュレーターとは言っても、結局動かす対象が機械からコンピューターのデータに変わっただけなのである。
「ルールはどうするんだよ」
「バトルステージは宇宙空間に固定で、制限時間は10分の一本勝負。まずは7人の総当たり戦で全員と戦い、その後チームに分かれてやるとしよう」
「へっ、無重力戦闘なら俺の得意中の得意だぜ」
「リョーコ、これで負けたら洒落にならないよ〜」
「では私が相手になろう」
まず最初にシミュレーターに乗り込んだのは、リョーコとレミルだ。
「へへっ、アンタとはサツキミドリで戦ってるのを見てからぜひとも一回手を合わせてみたかったんだよ」
「フフフ、あまり早く落とされてくれるなよ?」
「へっ、ほざきやがれ!」
そしてシュミレーターが起動し、観戦用の画面には赤と灰色のエステバリスが表示される。
「いくらフライトナーズでも、エステで宇宙戦はさすがにやったことないでしょ」
「まぁ苦戦はすると思うけどリョーコなら大丈夫だろうねぇ」
ヒカルとイズミが口々にそう言うが、横にいるヤマダは地球での戦闘を思い出し、難しい顔をしてスクリーンを見ている。
そして、そうこうするうちに試合が開始された。
『READY GO!!』
「いくぜ、オラァ!」
リョーコが接近戦を仕掛けるべく、バーニアを吹かして距離を詰めようとする。
決して直線には動かず、フェイントを入れつつライフルで牽制しながら、じわじわとレミルに迫るリョーコ。
だがレミルはそれを落ち着いて回避し、後ろに下がりながらライフルで応戦する。
しかし、リョーコはそんな攻撃をものともせずに突っ込んでいく。
「オラオラ! そんなんで俺がやられるとおもってんのかよ!」
「……」
リョーコの挑発に全く動じず、ひたすら距離を保ち後退しながらライフルを撃ち続けるレミル。リョーコはそれに苛立ち、一気に終わらせるべくバーニアを全 開にして距離を詰めた。
瞬時に灰色のエステの懐に潜り込み、フィールドを纏った拳をコックピット目掛けて振り抜こうとする赤いエステ。
だがその拳がコックピットに到達する寸前、突如レミルのエステの姿が消える。
そしてその瞬間、赤いエステの振りぬいた腕が砕け散った。
「なにいっ!?」
レミルのエステは、拳を振りぬく直前にバーニアを下方向に全開にし、リョーコのエステの頭を飛び越えたのだ。
そして飛び越える寸前、エステの間接部分にライフル弾を叩き込み、続いて動きが止まったところを後ろから斉射する。
フィールドを拳部分に集中していたため、至近弾はたやすくリョーコのエステを破壊し、あっさりと沈黙した。
「うっそ、リョーコが宇宙空間で負けちゃった!?」
「……次はあたしがやるわ」
「おぉ、イズミちゃんってばマジモード?」
イズミはリョーコと入れ替わり、シミュレーターに乗り込んでいく。
ちなみにリョーコはあっさりやられてこともあってかかなり不機嫌だ。
「くっそーー、ちまちまとやりにくい相手だぜ」
「なんかリョーコとは相性が悪かったっぽいね」
「おい、はじまるぞ」
「真面目な戦い、討たせて頂きます……」
「やれるものならやってみるがいい」
そして再びバトル開始。
今度は先手をとったのはレミルの方だ。イズミのエステの周りを円を描くように旋回し、ライフル弾を撃ち込んでいく。
しかしイズミはその射撃を設置してあったデブリを利用してやり過ごす。そして巧みにデブリを使ったハイド&ゴー。
どうやらイズミは徹底した遠距離戦でレミルを押さえ込むつもりらしい。
だが、ライフルによる攻撃をレミルもデブリを使って防いでいく。そして灰色のエステはイズミの目を掻い潜りながらじわじわと接近していき、イズミは幾度 目かのアタックで突如レミルの機影を見失ってしまう。
「どこに……上!?」
イズミの頭上から強襲するトップアタック。イズミは射程から逃れようとするがそんなことを許すはずが無く、頭上からライフルをフルオートで叩き込み、機 体の足が止まったところを灰色のエステがイミディエットナイフで切り裂き、イズミ機は沈黙した。
「マジかよ、イズミまで……」
「先程の戦いでレミルは近接戦闘のほうが得意だと考えたようだが残念だったな。事戦闘に関して、我々に苦手な距離など全く無い」
リョーコの信じられないと言うような言葉にボイルがそう返す。
シミュレーターのハッチが開き、イズミが出てくる。
「参ったわね……ほとんど何もさせてもらえなかったわ」
「どうするお前達、まだやるか?」
クラインの挑発するような言葉にヤマダが吼える。
「当たり前だ! 今度はこのダイゴウジ・ガイ様が相手だ!!」
そう言って意気揚々とシミュレーターに乗り込むヤマダ。
だが、ボイルとクラインの二人はそれを冷ややかに見ていた。
「さて、どこまで持つのやら……」
「おわりだ」
「のわあああぁぁぁ!!」
「次はあたしだね。負けないぞ〜」
「動きが甘い」
「きゃあああぁぁぁ!!」
「次はボイルだな」
「だったら俺が相手だ! 今度は負けねぇぞ!」
「そこだっ」
「だああぁぁっ!」
とまぁシミュレーションルームに数々の悲鳴が響き渡り、一時間後……。
「う、嘘だろ……俺たちが一度も勝てないなんて……」
――死屍累々。正にそう表現するのが相応しいだろう。床にはぐったりとダウンするナデシコパイロットの姿があった。
総当たり戦において、ナデシコ組は一度もフライトナーズに勝つことができなかった。さらにその後、流れ込むようにナデシコのエステバリスライダーVSフ ライトナーズのチーム戦と発展していくが、結果はフライトナーズの圧勝。しかも彼らは本来の乗機であるACを使わず、エステバリスで勝利するという格の違 いを見せ付けたのだ。
そのあまりの力の違いにナデシコのパイロット達は愕然とする。
「まさかここまで実力に差があるとはね……」
「貴様達はたしかに強い。お前達四人が仮にアリーナに出場するとしてもそれなりの成績を残せるだろう……だが所詮はそれだけだ」
「んだとぅっ!?」
「先程の模擬戦……貴様達は一度でも相手を殺すつもりでやったか? やってないだろう?」
そうきっぱり言い捨てるクライン。だがリョーコはその言葉に激しい反感を覚える。
「俺達はいつだって全力だ! それをおめぇにどうこう言われる筋合いはねぇ!」
「常に全力、それも結構。だがお前達は相手を観察することを怠り、いたずらに攻撃を繰り返すだけだ。現に後半は撃墜されるスピードが早くなってただろう。 そんなことでは相手を殺す前にお前達が殺されるぞ」
その言葉にぐっとつまるリョーコ。たしかに後半戦に入ると、クラインの指摘通り即座に撃墜されるのがオチだった。
つまり彼らは、こちらの行動パターンを完全に知りえた上で戦闘を行っていたのだ。
それをリョーコが面白く思うはずも無い。
「俺達の相手は蜥蜴だろう? 別に殺しの必要なんて……」
「本気でそれを言ってるのなら、すぐにでもパイロットを止めることだ。人類の歴史上、人間の敵が人間以外だったことがあるか? 火星の現状にしても、木星 蜥蜴と戦争中だが企業同士の衝突だって皆無ではない。このナデシコとてネルガル籍の戦艦だ。火星に着いた途端どこともしれぬ勢力に襲われることもあるだろ うな」
「くっ……」
クラインの言葉に返すことができないリョーコ。だがそれでも簡単には納得できるはずもない。
「納得できないという顔だな…………いいだろう、ではその体に直々に叩き込んでやる」
「は?」
「1対4のバトルロワイヤルだ。私一人でお前達の相手をしよう」
数分後、モニターの中には五つのエステバリスの姿が映し出されていた。
「くっそ〜! クラインのやつ、俺達をなめやがって〜〜!!」
「いくらなんでも4対1で負けるわけにはいかないわね」
「ヒカルちゃんもちょお〜〜っと怒ったよ〜〜」
ヤマダ、イズミ、ヒカルの三人は口々に対抗意識を燃やしながらクラインの改造エステを睨みつけている。
そんな中、リョーコはクラインの言葉を頭の中でずっと反芻していた。
(殺す……覚悟だと?)
頭を振って雑念を追い払う。
(えーい、今は何も考えるな! 俺は俺のやり方でやってやる!)
そして戦闘は開始された。
「いくぜクラインっ! 俺様の正義の拳を」
グシャッ!
「あ……?」
ヤマダは、一瞬何が起こったのか理解するのを放棄した。彼がエステの左腕を見ると、肘から先がいつの間にか抉り取られている。
そしてそれを理解すると同時に正面カメラが途切れ、背後から連続した衝撃が走り、ヤマダ機は沈黙した。
実にこの間3秒。
「嘘っ!?」
ヒカルの視線の先には、青いエステの頭を握りつぶし、アサルトピットを背後からナイフで貫くクラインのエステの姿があった。
クラインのエステは、既に反応が消失したヤマダのエステをヒカルに向かって突き飛ばし、ヒカルの視界を塞ぐ。
一瞬躊躇するも、ヒカルはライフルを発射するが、クラインはヤマダ機の残骸を盾にしたまま突撃を敢行。
前方に集中した高出力のフィールドアタックは、ヤマダ機の残骸もろともヒカルの橙色のエステを捻り潰した。
戦闘開始から7秒のことである。
「あのスピードにパワー……まさかリミッターを解除している?」
イズミは、クラインがヤマダ機を突き飛ばすと同時に背後へと回り、ヒカル機がフィールドに押し潰されると同時にライフルを叩き込む。
だがクラインは、着弾寸前宙返りでライフル弾を回避し、イズミの水色のエステに向かって肩の小型グレネードを発射する。
「くっ!」
フィールドを前方に集中してグレネードを防ぐイズミ。だが直後に減衰したフィールドを突き破ってミサイルが殺到。
装甲の薄いエステバリスは成す術も無くミサイルに蹂躙され、イズミ機は爆発した。
戦闘開始から12秒。
「なんなんだよ畜生……!!」
リョーコの眼前では何もさせてもらえず散っていったエステバリスの残骸が漂っている。
いずれもつい先程クラインにやられたばかりの仲間のものだ。
その手際は恐ろしく鮮やかだった。それはまるで予め定められた喜劇のようで、宛ら三機のエステバリスは無残にも舞台から降ろされた道化役だ。リョーコは 決死の覚悟でクラインの桃色のエステに突っ込んでいく。
クラインも左手にナイフを構え、リョーコへと真っ向から突っ込んでくる。そして両機が接触しようとするその直前、リョーコは姿勢制御スラスターを全開 し、力任せのターンでクラインの後ろを取る。リョーコのとっておきの戦闘機動だ。
「もらった!!」
クラインの無防備なその背中に容赦無く拳を振り下ろす!
グワシッ
だが、クラインは後ろを振り向いたままでその拳を掴み、攻撃を無効化した。
「くっ……まだまだぁっ!!」
拳を掴まれたままでも攻撃の手を緩めることはなく、リョーコはそのままの体勢で鋭い中段蹴りを放った。
だがリョーコのその攻撃は空を切り、逆にクラインは掴んだ腕を軸にして回転し、頭上越しから振り下ろしの蹴撃を放つ。
遠心力を伴った蹴撃はエステバリスの頭を砕き、機体のセンサー類を完全に潰してしまう。そしてクラインはライフルをコックピットの部分に押し当て、完全 なる零距離射撃でリョーコ機を葬り去った。
総時間20秒――――ナデシコパイロットの圧倒的な敗北だった。
「ちく……しょう」
――何もできなかった
そう思ってシミュレーターから降りたリョーコはひどく項垂れていた。
横に目をやると、ヒカルとイズミも似たような感じで、放心したような顔で虚空を見つめている。ヤマダに至っては、よほどショックだったのかシミュレー ターの中で真っ白な灰となっていた。
そうこうするうちに別のシミュレーターからクラインが出てくる。リョーコは相変わらず無表情な目の前の男を強い眼で睨みつける。そうでもしないと自分の 口から無様な負け犬の言葉が出てきそうだった。
「…………」
だがクラインは感情を感じさせない瞳でこちらを一瞥し、何も言わずシミュレーションルームから立ち去っていった。
そしてそれに続いてボイル、レミルも立ち去っていく。……去り際に二人は一度こちらを振り返り鼻で笑ったが、そんなことよりもリョーコは何も言わなかっ たクラインに憤慨していた。
(俺達には……言葉を掛ける価値も無いって事かよ……!!)
――悔しかった。ただただ悔しかった。
だがそれ以上に、――――何も出来ず、何も言えない己の弱さが腹立たしかった。
「ね、ねぇレミちゃん……パイロットの人達と何かあったの?」
「なんのことだ、ミナト?」
「だってアソコ、ちょっと尋常じゃないわよ……」
ミナトの視線の先には、一言も言葉を発することなく夢中で飯をかきこむナデシコパイロット達の姿がある。
そして正面を向けば、そんなパイロットの人達を微塵も気に掛ける様子が無いレミルがいる。
目下彼女は、パイロット達よりもきつねうどんのお揚げを食すことのほうがよほど重要らしい。
また少しはなれた場所には、一人で食事を取っているボイルの姿もあり、彼もナデシコ組には背中を向けている。
傍から見るとナデシコ組とフライトナーズの間に見えない壁が立ち塞がっている感じである。
「それに加えて、こっちはこっちでなぁ〜んか舞い上がってるし〜……」
チラリと横を見ると、メグミが顔を赤らめてぼぉ〜〜っとしている。
……目の前で手を振っても反応が無いところを見ると、かなりイッちゃってるらしい。
「別段変わった事はしていない。ただ私達と彼らとで模擬戦闘をやっただけだ」
「……本当にそれだけ?」
「強いて言えば、私達が完膚なきまでに彼らを叩きのめしてやったことぐらいだな」
「そういうことなのね……」
「加えて4対1で負けたことがよほど堪えたのだろう。……まぁ相手がクラインとはいえ、あの程度の腕前では負けても仕方が……」
「クラインさんがどうしたんですかっ!?」
突然上がった大声に、思わず動きを止めるミナトとレミル。
「答えてくださいっ! クラインさんがどうしたんですかっ!!」
「あ、ああ……クラインとナデシコ組パイロットでバトルロイヤルをやってな。それをクラインが30秒足らずで終わらせたのだが……」
「そうですかぁ……クラインさんってやっぱりすごく強いんだぁ」
そう言うとさらに顔を赤らめ、再びぼぉ〜〜っとするメグミ。その様子にミナトはきゅぴーーんと目を光らせた。
「あらぁ〜〜、メグちゃんったらもしかしてクラインさんのこと気に入ったのかしら〜?」
「え!? いや、えと、ア、アハハハハ…………」
そうしてミナトは新しい玩具を手に入れた子供の如くメグミをからかい続けるが、レミルは己の尊敬する隊長の話だというのにその様子をずっと冷めた目で見 ていた。
「くそっ、全然駄目だっ……!」
「リョーコ〜〜、もう止めようよ〜」
「おたまの形をとらないと倒れるわよ……それは、きゅう(玉)けい」
「だめだっ! まだこんなんじゃ全然足りねぇっ!! こんなんじゃ、あいつらに追いつけねえっ……」
「そうだぜぇヒカル……正義のヒーローは壁を乗り越えることで強くなっていくのだぁっ!!」
リョーコとヤマダはそう言ってシミュレーションを再開しようとする。
彼らはフライトナーズにこてんぱんにやられたことを引き摺っているらしく、以降、無茶な訓練をずっと続けている。
だが悔しく思っているのは何もヤマダとリョーコだけではない。ヒカルもイズミもそれは同じで、時間があればずっとシミュレーションルームに篭り、日夜特 訓を続けているのだが……。
「気持ちは分かるけど〜〜適度に休まないともしもの時に動けないよ?」
「出撃の時になって、疲労で動けないなんてことになったら洒落にもならないわね」
「……ちっ、わあったよ」
「俺はまだまだ動けるぞ!!」
「「いいから休め!」」
ズドムッ!
「うごはぁっ!?」
ヒカルとイズミのダブルボディブローを受けて悶絶するヤマダ。
リョーコはそれを横目に、正面の大型モニターを眺めていた。モニターには、つい今しがた終わらせたばかりのシミュレーションのスコアが表示されている。 スコアにはほとんどの名前がフライトナーズの三人に占められており、リョーコ達ナデシコパイロットの名前は遥か下に僅かばかりにあるだけだ。
己の力量不足を痛感し、特訓に次ぐ特訓を重ねているが、フライトナーズとの実力差は一向に縮まる様子はない。リョーコはそのことに焦りを覚えていた。
(どうすれば……どうすればあいつらに追いつけるんだっ……!)
苛立つリョーコは沈んだ気分のまま、シミュレータールームから離れた休憩所に向かう。
そして向かった休憩所には、おそらくリョーコが今一番会いたくないであろう人物がそこにいた。
「ク、クライン……」
「スバルか……」
クラインはリョーコの姿を一瞥すると、手に持っていたドリンクと錠剤を口に流し込み、カップを捨ててその場から立ち去ろうとする。
「ま、待てよ!!」
「……何か用か?」
「アンタは……アンタは一体どうやってその強さを手に入れたんだ?」
咄嗟の問いかけに、リョーコの口から出たのはそんな言葉だった。そしてクラインはその言葉に珍しく表情を変えた。
その表情を言葉で表すのならば――――苦悶といったものが正しいだろうか。
(違う! 俺が聞きたかったのはそんなことじゃねぇ!)
「わ、わりぃ……今のは無かったことにしてく「成り行き……といった所だな」……は?」
先程の質問の答えだろうが。クラインは誰に答えるでもなくそう呟いた。
「はじめは生きる為だった……そして次第に強さを求めるためから守るために……そして今は見届けるために」
「見届けるため?」
「戦う理由など人によって違う上に、時と共に移ろい易いものだ……大事なことは信念を持つことだと私は思うがね」
「信念……」
クラインの言葉は、まるで優しく諭すかのように穏やかだ。そしてリョーコはクラインのその言葉を心の中で反芻する。
(俺の信念……そうだ、それは――――)
ズズウゥゥーーーーーン
「な、なんだ?」
「この揺れは……今までの散発的な攻撃とは違うようだな。ブリッジ、状況は!?」
『火星宙域の敵艦隊からの強力な攻撃です。幸いディストーションフィールドで防げましたが結構やばめです』
『艦内態勢、第一級戦闘態勢に移行! フィールド出力は最大を維持! グラビティブラスト、いつでも発射できるようスタンバイ! 連続発射に備えて、エネ ルギーチャージは常に! エステバリス隊はただちに出撃準備を! 自分のお葬式したくない人はただちに仕事してくださ〜〜い!!』
ルリの状況報告に加えて、艦内放送でユリカの声も艦内に鳴り響いた。どうやら火星目前を控えて、結構な敵が押し寄せてきているらしい。
「仕事だ、行くぞスバル」
「あ……お、おぅ! スグ行くぜ!」
格納庫に向かって走り出すクラインにつられてリョーコも走り出す。
その最中、リョーコは前を走るクラインの背中をじっと見ながら、先程までもやがかかっていた胸の奥底が、スウッと晴れているのを実感していた。
(そうだ、俺の信念――『一番星』を目指すこと……今はまだ全然届かねぇけど、コイツを見続ければいつかきっと!!)
そう心の中で決意を固めるリョーコは、気付かないうちにクラインに熱い視線を送っていた。
――火星軌道上
そこには数百隻にも及ぼうかという木星蜥蜴の大艦隊が展開している。そしてその周囲には、数えるのが馬鹿らしくなるほどの蟲型機動兵器の数々。それに対 するは、ナデシコとたった数隻の巡洋艦だ。
戦力差から見ると、正に無謀という他無い。だが、その絶望的な戦力差などものともせず、奮戦を続ける者達がいる。
「ゲキガーーンフレアーーッッ! そして、スーパーナッパーーッ!!」
戦場を縦横無尽に飛び回り、青い単眼のエステバリスを右へ左へと振り回すのは、ナデシコ所属のヤマダ・ジロウ。
先の模擬戦闘で長い掛け声は不利と悟ったのか、台詞を若干短めにしながら技を繰り出している。
基本的にディストーションフィールドを用いた機動戦闘で、数の多いバッタなどの蟲型機動兵器を一気に殲滅していっている。普段の彼の暑苦しい様子からは 考えられないほどの腕前だ。このあたりは流石プロスのスカウトした一流のパイロットということか。
「あたしってば最近ストレス溜まり気味だから、トカゲちゃんで憂さ晴らし〜♪」
そしてそれを援護するかのように、ヒカルの橙色のエステバリスが撃ち漏らしたバッタをライフルで落としていく。
ヒカルは比較的オールラウンダーなパイロットのようで、射撃と近距離戦闘を上手く使い分けて立ち回っている。
そのような戦い方をするため、彼女は各機の援護にいつでもいけるようなポジショニングを意識しながら戦闘を繰り広げていた。
「たくさんのお砂場……すな、いぱ〜〜ぃ」
相変わらず駄洒落をかましながら戦うイズミは通常のラピッドライフルと遠距離用のライフルを駆使し、距離の離れたバッタを次々と落としていく。そのダブ ルトリガーを用いた戦いぶりはスナイパーというよりはガンマンに近いだろう。
しかしその戦法上、どうしても近接戦闘が疎かになってしまう。そして正にその時、イズミの死角から一匹のバッタが火線を掻い潜り、イズミに突っ込んでい く。
ザンッ!
だが突っ込んできたバッタは、影から現れた灰色のエステバリスのブレードによって切り裂かれてしまった。
「迂闊だぞ、マキ」
「レミルかい……気の抜けた機関車、それは感謝〜〜」
「礼くらいまともにいえんのか貴様は……」
レミルは嘆息するが、気持ちを切り替えて敵機の掃討を再開する。
彼女のエステもイズミと同じく射撃重視のタイプだが、右腕のライフルは速射性能よりもより距離に特化した特別製スナイパーライフルであり、左腕にはナイ フを大型にしたような近接戦用のブレードを装備するという遠近共にバランスのとれた機体に仕上がっている。実はこの装備、ウリバタケにあらかじめ製作を依 頼していた代物で、この度ようやく日の目を見ることと相成った。
「お前一人じゃ心許ないからな、援護するぞ」
「旦那方はいいのかい?」
「旦那はやめろ。……ボイルはともかくクラインなら問題ない。むしろ余計な援護は無用というものだ」
レミルの向く方向では、他の戦域とは比べ物にならないほどの火球が見て取れる。そのほとんどは連合軍の巡洋艦から出撃したフライトナーズのACによって 起こされているものだが、その中に一際目を引くエステバリスの姿がある。
レミルと同じく灰色のカラーリングを施されたボイルのエステバリスと、クラインの改造エステバリスだ。
ボイルは特殊なライフルにレミルのものと同じ大型ブレードを駆使し、一撃離脱の戦法をとって戦っている。
傍目から見ると、ブレード以外に特に変化は無いが、彼のエステの装備にも一風変わった改造が施されている。
バッタの一群がボイルに近づいてくると、ボイルはライフルの下部に取り付けてあるアタッチメントに手を伸ばし、引き金を引く。するとそこから榴弾が飛び 出し、バッタの一群は榴弾の爆発によって吹き飛ばされた。
ボイルのエステが手にしているライフルには、銃身の下面にいわゆるアッド・オン・タイプと呼ばれるグレネードの発射機構を取り付けた代物だ。エステバリ スの火力の向上は機体の構造上かなり難しいことから、ライフル自体に改造を施した云わば苦肉の策だが、中々効果的だったらしい。バカスカとグレネードを ぶっ放し、ACと協力しながら順調にスコアを稼いでいくボイル。
少し離れた戦域には、クラインが駆る改造エステバリスが奮戦している。
ライフル弾を無駄無く叩き込み、ミサイルで敵機を撹乱し、小型グレネードでバッタをまとめて吹き飛ばす。
数機のACと協力しながらの戦いにも関わらず、その戦果はACのソレよりずっと多い。その勇猛果敢な姿は見るものを奮い立たせ、戦意を高揚させ、戦場に 伝染していく。
そしてそんなクラインの後ろには、彼に追いつかんとする一つの影――スバル・リョーコの赤いエステバリスの姿があった。
「すげぇ……これが地球圏最強の力なのか」
リューコは戦闘の開始からしばらくしてクラインの援護に回っていた。
リョーコの戦闘スタイルは、荒々しさを兼ね備えた高機動戦闘と近接格闘だが、それらの戦法はどちらも後衛のバックアップが必要なものだ。イズミとレミル はナデシコの防衛で手一杯で、同じくヒカルもヤマダのストッパーとして手が離せない。必然的に、リョーコは前衛組であるクラインとボイルのチームに組み込 まれたが、彼女自身それは半ば望んでいたことだった。
リョーコの眼前では、次々とバッタやカトンボを落としていく精鋭達の姿がある。クライン、ボイル、そして彼らによって選びぬかれたフライトナーズの勇士 達。彼らの戦いを間近で見ることで、いかにその強さが凄まじいかをリョーコは理解した。
「こんなやつらに追いつくことなんて本当に出来るのか……?」
「何をしているスバル。ボヤボヤする暇があれば一機でも多く敵を倒せ!」
「りょ、了解っ!!」
クラインの叱責に、慌てて戦線に加わるリョーコ。周辺のACと共同でバッタの撃破に当たるが、今までACと協力などしたことが無い上にフライトナーズも リョーコのエステバリスを歯牙にもかけていないのか、連携はかなり拙い。
その内、敵の物量差に次第に押され始め、防衛線がすこしずつではあるが崩れてきていた。ナデシコのグラビティブラストの援護のおかげで即座に戦線が崩壊 することはないであろうが、このままでは敗北は明らかだ。
「このままでは埒が空かん。……ナデシコ聞こえるか?」
『はい、どうしましたかクラインさん』
「これより敵旗艦に攻撃をかける。ついては支援を頼みたい」
『エステバリス1機で旗艦をですか!? 無茶ですよ!』
「何も一人でやるわけじゃない。私とボイル、そしてスバルと共に行う」
「え、オレもか……?」
クラインの言葉に一瞬キョトンとなるリョーコ。反してボイルは眉を顰める。
「作戦を説明するぞ。ディストーションフィールドを展開しつつ敵旗艦の動力部に沿って、スバル、ボイルの順に突撃。
スバルは敵のフィールドを減衰、ボイルはブレードを用いて敵のフィールドに切れ目を入れろ。その隙間に私が全火力を叩き込む。これで敵旗艦を落とせるは ずだ」
「だがクライン、その作戦では前方に突出するヤツに火力が集中することになる。……そんな大役をコイツに任せて大丈夫なのか?」
「……っく!」
辛辣な言葉を吐くボイルだが、先の模擬戦で無様な姿を見せたリョーコとしては、何も言い返すことが出来ない。
「むしろコイツよりも、ウチから誰か連れて行ったほうがマシだと思うがな」
「ACにはディストーションフィールドが装備されていない。エステバリスより装甲は厚いだろうが、その程度で敵の防衛網を突破できるとは思えん。それより もディストーションフィールドを持ったエステバリスの方が勝算はある」
「ちっ……了解」
クラインはそうボイルを説き伏せると、次にリョーコに直接通信を送る。
画面越しのリョーコの顔は、傍から見ても不安そうでかなり危なっかしい。
「ク、クライン……オレは……」
「情けない顔をするなスバル。多くは言わん………ナデシコ、いや艦隊の命運をお前に預ける。……できるな?」
クラインの静かな言葉に息を呑むリョーコ。そして同時に理解する。
―――クラインは自分を、少なくとも自分の腕を信頼してこの大役を任せてくれたのだと。
即座にリョーコの顔に生気が戻り、彼女はいつもの勝気そうな笑みを浮かべた。
「……ああ! やってやるぜ!!」
「いい返事だ。……よし、行くぞ!」
前を行くリョーコに、後に続くボイルとクライン、三機のエステバリスはフルスロットルで敵陣に突っ込んでいく。
敵陣に突入すると同時に彼らに襲い掛かる濃密な対空砲火。だが三機は止まることなく敵旗艦を目指し、最大戦速で闇の宇宙を切り裂くように駆けていく。
バッタなどには目もくれず、カトンボのレーザー砲火を潜り抜け、ミサイル網を突破する。
右へ左へ、左へ右へとエステバリスを振り回し、前へ前へと突き進む。
だがやはりそれは無謀な賭けだったのだろうか。極限の緊張下の中、リョーコの集中力は次第に薄れていき、動きに僅かながら精彩が欠けてくる。そして同時 に敵の対空砲火が牙を剥き、幾条かの火線がリョーコのフィールドに接触。機体を大きく揺らす。
―――やはり自分では駄目なのか。
リョーコの脳裏にそんな言葉がふとよぎり、思わず心が折れそうになる。しかし次の瞬間そんな弱気は吹き飛んだ!
「フィールドは前方に集中! 止まるな! 前だけを見ろ! お前ならできるはずだ……『リョーコ』っ!!」
その言葉に目を見開き、力を全身に行き渡らせるリョーコ。
そうだ、あきらめるな。フィールドこそ弱まったが未だ機体は無傷。何を恐れる必要がある?
フィールド出力76%―――――まだいける。
IFSレベル最大値―――――もっと疾く飛べ
作戦目標を目視で確認―――――あの声に応えるために
フィールド全開、突撃敢行―――――そして、自分の信念を貫くために!!
「でええぇやああぁぁーーーーー!!」
エステバリスのフィールドと敵旗艦のフィールドが接触し、境界面に盛大なスパークが走る。
そしてリョーコはそのまま艦の表面に沿って、抉る様に敵フィールド上を突き進む。
「上出来だ! 次はコイツで丸裸にしてやる!」
そして即座にボイルが弱ったフィールドを大型ブレードで切り裂き、敵旗艦を守るフィールドを完全に消失させた。
そして最後の仕上げが行われる。
「ターゲットロック……これで終わりだ!!」
桃色のエステバリスからライフルが、ミサイルが、グレネードが敵艦のエンジン部分に喰らい付き、それに少し遅れるように赤い炎が噴き出した。
「全機、離脱!」
合図と同時に三機は敵艦から即座に離れ、全速力でナデシコへと向かう。
まるでそれを追うかのように、火は艦を包み込み、一瞬後に盛大な爆発を引き起こしたのだった。
「敵旗艦の撃破を確認しました……ついでにその爆発で周囲の戦艦もまとめて沈黙していってます」
「はや〜〜、やればできるもんなんだね〜〜……」
「クラインさんとボイルさんはもちろんですが、リョーコさんも素晴らしい働きですなぁ。これは臨時ボーナスも考えなければなりませんねぇ」
「あら、それは羨ましいわねぇ」
「い、一番頑張ったのはクラインさんですよっ!」
「ハイハイ、みんなまだ戦闘は終わってないんだよ! 仕事、仕事!」
上から順にルリ、ユリカ、プロス、ミナト、メグミ、ジュンの台詞だ。敵の旗艦を撃沈したことで余裕が出来たのだろう。見事なまでの 浮かれっぷりである。統率を失った艦隊がまともに機能するはずも無く、その後の戦闘は特に問題も無く進んでいき、AC、エステバリス隊を含めた地球連合艦 隊が敵の掃討を完了したのはそれから三十分後のことであった。
「よくやったぞおめえらーーーっ!!」
「戦艦をエステで落とすなんて大したもんだぜ!」
ナデシコに帰還したエステバリス隊を待っていたのは、整備班からの盛大な歓声だった。
特にクラインは、エステから降りるとすぐさま整備員の人間に囲まれ、歓待の嵐を受けた。
しかしクラインは賞賛の声もそこそこに格納庫の隅へと逃れ、後に続くパイロットへの歓待を遠くから眺めることに務める。
しばらくそれを眺めていると、整備班長のウリバタケが傍へとやって来た。
「よーう、よくやったなクラインの旦那。まったく、やっぱアンタは大したもんだぜ」
「誉めるのならリョーコを誉めてやってくれ。彼女のおかげで旗艦を落とせたようなもんだからな」
クラインの視線の先には、整備班に囲まれ仲間と共に笑い合うリョーコの姿がある。
リョーコはクラインの視線に気付くと、笑顔でピースサインをクラインに向けた。それと一緒に他のパイロットの面々もクラインにピースサインを投げかけ る。その表情からは先日までギクシャクしていたことなど微塵も感じさせないような暖かなものだ。
「おーおー、随分となつかれたもんだなぁ」
「悪い気はせんが……まぁそれもあと少しの間だけだ」
「あぁ、そういやお前さんたちは火星に着いたらナデシコとは別行動だったな……」
「ここにいられるのもあと僅かだが、中々楽しかったよ」
「そう言われると俺も整備人冥利に尽きるってもんだぜ」
クラインはその後、ウリバタケと二言三言話し合い、格納庫を後にする。
だがそこへ、リョーコが小走りにクラインの元へと寄ってくると、恥ずかしそうにクラインに話しかけてくる。
「クライン……えと、その……あ、ありがとな。色々と……」
「その様子だと吹っ切れたようだな」
「いや、正直殺しの覚悟なんてまだできちゃいねぇさ。……ただ、アンタのおかげでそういう心の準備みてぇなもんはできた。
また迷うこともあるだろうけど、俺は俺の信念を持ってエステに乗り続けるつもりだ。」
「――――そうか」
そう言うとクラインはリョーコに背を向け、格納庫の出口へと向かっていく。
「あ! そ、そういえばオメェ、あの時俺の名前を……!!」
「それがどうかしたのか? またな、リョーコ」
ドアが閉まる直前、クラインがふと後ろを振り返ってみれば、顔を真っ赤にして呆然と立っていたリョーコの姿が見てとれた。
クラインはその様子に僅かながら苦笑し、通路の奥へと歩を進めていく。
暫く進むと通路の脇にボイルとレミルが立っており、クラインの帰還を待っていた。
二人の顔には、先程の戦闘での勝利の余韻などは全く浮かんでいない。
まるで勝って当然とも謂わんばかりに――――
「お疲れ様です、クライン」
「クライン、この後はどうするんだ?」
「火星に着くまで我々は動くことはできん……行動を開始するのは火星に着いてからだ。―――それまでに準備は完全に済ませておけ」
「「了解」」
この戦いを切欠に、僅かではあるがフライトナーズに心を許したナデシコの面々。
しかし、この時既にフライトナーズの思いはナデシコではなく、目前に迫った火星に向いていたのだった。
TO BE CONTINUED