―――火星北部
今そこのとある基地のひとつが、無数ともいえる敵を相手に必死の抵抗を続けていた。
『だ、駄目だっ抑えきれない!』
『くるな、くるなよっ蜥蜴共! 頼む来ないで……ぎゃああああ!!』
『ショーン! フレッド! おいっ返事をしろよぉっ!?』
無線から聞こえてくるのは絶望的な報告とパイロットの悲鳴ばかり。
周囲には僅かばかりに残った虎の子のMT部隊がいるが、それもどこまで持つのか分かったものではない。残ったパイロット達はMTの握り締めているビーム ガンを敵に向かって撃ちながら、この状態からなんとか脱しようと足掻いていた。
『このままでは全滅だぞ! グレネード砲台の援護はどうした!?』
『駄目です! 既に敵の攻撃で砲台はほとんど沈黙しています!!』
『くっ、このマレア基地には一個連隊相当の戦力が配備されているのだぞ!? それがこうも容易く破られるとは……』
通信士の返答に、MT部隊の隊長が苦々しくそう口にする。
既に基地の周りはディソーダーやバッタといった機械昆虫で溢れかえっており、基地を蹂躙していた。
バッタは空を飛び回りながら対空砲台を潰し、ディソーダーは数に物をいわせて防衛の要たるMT達を押しつぶしていく。
さながらそれは全てを飲み込む洪水のようだ。
『だがなぜだ……ディソーダーだけなら分かる。木星蜥蜴もまだいいだろう。……なぜあれが奴等と共にいる!』
敵勢力を示すマーカーにはディソーダーとバッタの名前が示されているが、たった一つだけ異なった姿が敵勢力の中に存在した。それはディソーダーでも木星 蜥蜴でもない、火星住民……いや地球住民でさえも知っているシルエットだった。
『なぜ……なぜACが蟲共と協力しているのだっっ!!』
ディスプレ越しに睨みつけるその先には、ディソーダーとバッタを従え真っ赤な炎を背にその姿を浮かび上がらせる血のように赤いACの姿があった。赤い ACは現れるや否や、基地の防衛の要たるグレネード砲台を真っ先に潰し、次いで主な戦力のMT部隊を一機ずつ始末していっているのだ。
敵ACは標準的な中量二脚型で、装備は小型マシンガンにミサイルとブレードという至ってシンプルな武装だが、そのミサイルが高威力の連装タイプで、しか も複数装備しているために性質が悪かった。敵ACは基地の周囲をぐるりと囲む防護壁をそのミサイルで次々と破壊し、そこから蟲型機動兵器を送り込んで基地 の防衛網をズタズタにしたのだ。基地内部に敵戦力を侵入させた時点で基地の迎撃機構は意味を為さなくなり、防衛戦力はディソーダーやバッタに囲まれて次々 と落とされていった。
明らかに赤いACはバッタやディソーダーと協力しており、この基地を破壊せしめている。
そして今も目の前で、友軍のMTが赤いACのブレードによって両断されてしまう。
そして赤いACはクルリとこちらに振り向き、まるで次の獲物を見つけたといわんばかりにその場から飛び掛ってくる!
『全機、一斉掃射!!』
『う、うわあああぁぁぁ……!!』
部隊長の合図と同時に、MT部隊はまるで狂ったかのようにビームを撃ちまくる。だがMT部隊の怒涛のような攻撃を、赤いACはまるで舞を舞うように回避 し、その手に持つマシンガンやレーザーブレードで逆にMTを屠っていく。
その場にいたMT達は生き残るために必死で応戦するが、ビームは掠りもせず、ならば接近戦でと勇敢にもブレードで挑む猛者もいたが一機たりとも傷をつけ ることは適わなかった。
そして気が付くと、いつのまにか残ったMTは、部隊長と同じ小隊の三人だけになっていた。
赤いACは残ったこちらに気付くと、先程とはうって変わって、ゆっくりとこちらに近づいてくる。
『十機ものMTを傷一つ無く二十秒足らずで落とすだと? 化け物め……』
『なんだよ! なんなんだよ貴様はーーーっ!!!』
『馬鹿っ、やめろ!』
小隊員の一人が突然飛び出し、ビームを乱射しながらブレードを振りかざした。だが赤いACはその場から動くことなく、ゆっくりと腰を沈め、MTが目前に 迫ったところで――――
ドシュ
辺りに重低音が響いたかと思うと、MTのコックピット部分に光り輝くレーザーブレードの刀身が突き刺さっていた。
そして赤いACが腕をそのまま横に振り、胴体を真っ二つにするとMTは力なく倒れてしまう。
『た、隊長……』
『ちっ、俺の命もここまでかな……』
だがせめて一矢報いらんとビームガンを構え、真正面にいる赤いACをディスプレイ越しに睨みつけた。部下もそれに倣ってビームガンを向ける。だが、赤い ACはこの攻撃をものともせず、己を消すのだろうという恐怖と絶望感が漂い始めたその時――――
ドゴオオオオォォォン!!
『な、なんだっ!?』
『グレネードによる砲撃!?』
突如舞い起こる閃光と爆発。榴弾は碌に狙いを付けていなかったのか、赤いACとMTの中間点に着弾し、盛大な爆発を巻き起こした。しかし爆風による影響 で砂塵が舞い上がり、辺りを覆ってしまう。これでは敵の姿が視認できない。
『くそっ、あれで援護したつもりなのか? おかげで辺りが何も見えんぞ! 管制室、ちゃんと援護しろぉっ!!』
『違います、これは遠方からの砲撃!?』
『レーダーに三つの機影を確認…………本部より送られた味方のレイヴンですっ!!』
管制室の声と共に、レーダーに友軍を示す三つの青いマーカーが映し出される。どうや先程の砲撃はこのレイヴンの仕業のようで、かなりの遠距離から撃って きたらしい。この距離では誤射されなかっただけでもマシかと思い、そこではたと気付く。
――なぜ敵のACはこの煙に紛れて攻撃してこない?
慌ててビームガンを構えるが、煙の向こうからは相変わらず攻撃してくる様子が無い。
妙だと思いレーダーを確認すると、周囲にはバッタとディソーダーの反応があるものの、身近に敵の反応は示されていない。
そうこうするうちに爆風は収まり、辺りに漂っていた砂塵も晴れてくる。そして砂塵が晴れると、正面にいたはずの赤いACは、いつのまにかその姿を消して いた。
『逃げた……のか?』
危うく死に掛けた状態からの展開に、暫しそこで呆然としていた二人だったが、管制塔からのコール音に我に帰ると急いで敵の迎撃に向かうのだった。
機動戦艦ナデシコ×ARMORED CORE2
MARS INPUCT
第十話「『女らしく』もしくは『レイヴンらしく』」
未だ戦火が燻る紅き星、火星。
先のヴィルフール空港奪還作戦――後に『第二次火星会戦』と呼ばれることになる戦闘以降、火星は僅かながら様相が変化していた。
木星蜥蜴の優勢が崩れ、火星企業連合軍が少しずつ盛り返してきているのだ。
空港の奪還に始まり、工場区や環境区、エネルギー施設を兼ねた産業区等を次々と取り戻し、企業連合軍は着実に力を取り戻していた。 だが事ここに至って、企業の中にも少しずつ暗躍してくるものが現れはじめた。
基地の襲撃や暗殺といった破壊工作が少しずつ増え始め、最近ではそのような依頼が蜥蜴退治の依頼よりも多くなったほどである。
状況は有利になったとはいえ、いまだ楽観視のできない戦時中だというのに強欲な企業には呆れるほか無い。
さらに困ったことには、俺達の第二次火星会戦での活躍が企業に知れたのか、俺とエネちゃん、そしてシーカーを名指しで指名する依頼が数多く舞い込むよう になったことだ。中には三人をまとめて指名する大掛かりな依頼もあった。
だが、普通なら喜ぶべきところなのだろうが、俺達三人の胸中は複雑だった。なぜならそれらの依頼のどれもが、対企業用の潜入工作や破壊活動、機密の強奪 など物騒なものばかりだったからだ。中には衛星都市への破壊活動など、到底受けられるものではないのも含まれている。俺たちは目先の利しか考えない企業に 辟易しながらも、その中から比較的後腐れがなさそうな依頼を選び、こなしていった。
その依頼の中の一つが、今俺達がこなしているものである。
『バレルド砂漠の新規開発地区「マレア基地」にディソーダーと木星蜥蜴が出現、基地を襲撃しています。出現元は不明です。
個々の戦力はさほどでもありませんが、数が多すぎて対処しきれない状態です。機知の保全が最優先のため大部隊の出動も困難で小回りのきく戦力を必要とし ています。よって、今回の作戦にはレイヴンが最適だと判断しました。ディソーダーの排除を依頼します。
なお今回の作戦内容はもちろん、施設の存在自体も完全に部外秘です。それでは、よろしく』
その依頼を受けて俺達が基地に向かった頃には、基地は盛大な煙を巻き上げ、半ば壊滅状態に陥っており、最初は間に合わなかったのかと思ったほどだ。幸い まだ司令部は落とされていなかったが、基地の防衛機構は全て沈黙し、残ったMT部隊も片手で数えるほどしか残っていないようだった。もしかすると、先程グ レネードで援護したMTがその最後の生き残りだったのかもしれない。
基地に侵入する際にエネちゃんとシーカーと分かれ、分散して敵を叩く。
周囲にチューリップはいないようなので、バッタはこれ以上出てくる事は無いが、問題はディソーダーだ。無闇に接近するとラインビームの集中砲火を浴びる ため、距離を保ってマシンガンで一機ずつ落としていくが、いくら倒しても次から次へと沸いて出てくる。
「きりが無いなこいつら……エネちゃん、シーカー、そっちはどうだ?」
『バッタは片付けたんですけど、こちらもディソーダーの相手で手一杯です』
『話し掛けるな! 気が散る……って痛っ、痛いつってんだろコノヤロウ!』
シーカーが結構危なげな台詞を吐いているが、これはいつものことなので無視する。
この様子だと特に心配することは無いようだが、それにしてもこれだけの数のディソーダーが一体どこからやってきたのだろう?
そんなことを考えていると、生き残ったMTから通信が入る。
『レイヴン、そちらで赤いACを確認しなかったか』
「AC? いや、こちらは見てないな」
『こちらも敵の中に、ACの姿は見られませんが』
『こっちも見てないぞ! えーい、鬱陶しい!』
『……そうか』
そう言い残すと、そのMTは後方に下がって俺達の援護に回った。
しかし、敵の中にレイヴンがいたのか? 蜥蜴やディソーダーと協力して? 一体どうやって? などと色々な疑問が頭をよぎったが、今は任務の真っ最中。 頭を振って余計な思考を追い出し、再びディソーダーを駆逐せんとマシンガンを握り締めて駆け出した。
……ちなみに、途中で弾薬費が物凄いことになりそうなことに気付き、合間にレーザーブレードを使って敵機を倒していったことを付け加えておく。
そして時は変わり、夜になってその装いを煌びやかなネオンで包んだジオ・サテライトシティのとある一角。
任務を無事に終え、俺達はいつものようにシティの片隅にあるレストランで祝杯を挙げていた。
「それでは、無事任務を終えたことを祝って」
「そして、また生き残れたことを祝って」
「今日もまた美味い飯を食えることを祝って」
「「「「「「かんぱ〜〜〜い!!」」」」」」
て、ちょっと待て。明らかに人数が多いぞ。
えーと、俺、エネちゃん、シーカーにあとは……
「ん〜〜、このエビ美味しい〜〜♪」
「このサラダ、合成野菜の割にはなかなかイケますね。ドレッシングのおかげかしら?」
「なんだこのワインは、しみったれた味だな……ああ、そこのウェイター。この店でとっておきのワインを持ってきてくれ」
「ってちょっと待ってください! なんであなた達がここにいるんですか!!」
エネちゃんの大声にキョトンとなる――アイちゃんにネルさん、そしてなぜか一緒にいるローズハンターの三人。
まるで、お前は何を言っているんだ、といわんばかりの表情だ。
「だって、いっつもひとりぼっちのご飯はさみしいしお兄ちゃんと一緒に食べたいし」
「私は今回の依頼の事後報告も兼ねて」
「何か問題でもあるのか?」
アイちゃん、寂しい思いさせてホントゴメンね。
まぁ、アイちゃんとネルさんはなんとなく分かるが、一番関係のなさそうなローズハンターはなんでそんなに堂々としているのだろう?
「大体、ローズハンターさんは私達となにも関係ないでしょう!」
「呼びにくかろう、私のことはローズで構わんよ。しかし関係ないとは冷たいな。一時は苦楽を共にした仲じゃないか」
「たった一回こっきりの依頼でしょう!?」
「……聞いたかミルキー? エネは身を粉にしてお前に尽くしたこの私を、あんな事を言って追い出そうとしているぞ」
「身を粉にって……どういうこと! お兄ちゃん!!」
「うん、落ち着こうねアイちゃん。だからその手に持ってるナイフとフォークを腰溜めに構えないで」
そんな修羅場ちっくな空気を醸しつつ、宴の夜は過ぎていく。
ローズハンター―――もとい、ローズさんは先の第二次火星会戦で機体こそ大破したものの、本人は頭を打って気絶してただけで、他には特に怪我も無かった らしい。その後、どこかで例の巨大ロボットを俺が倒したことを聞いたらしく、なにかと話し掛けられるようになった。トップランカーに名前を覚えてもらえる のは光栄だが、ローズさんのファンを名乗る他のレイヴンや輩にちょっかいを受けるようにもなったのが悩みの種である。
また聞くところによると、あのヴァッハフントも機体を大破しながら生き残っていたらしい。もっとも、ローズさんと違って怪我のほうは酷いようで、未だに 病院のベッドの上で過ごしているとか。だが、ローズさんが言うには「アイツは殺しても死なんような男だ」とのことらしく、そう遠くないうちに戦場に舞い 戻ってくるのだろう。……エネちゃんとシーカーはかなり嫌そうな顔をしていたが。
さて、宴も佳境に入り、アイちゃんがいい加減眠くなってきたのか俺の膝の上で横になった頃、ふとローズさんがあることを口にした。
「そういえばミルキー、先の依頼でMTのパイロットから赤いACいついて聞かれたそうだな」
「あ、はい……俺も気にはなってたんですけど、それがどうかしたんですか?」
「いやな、最近妙な噂がコンコードの間で広まっていてな……」
ローズさんが言うには、ここ最近いくつもの施設が謎の勢力によって次々と破壊されているのだという。その謎の勢力は、レーダー網に引っかかることも無 く、まるで幽霊のように突然出没して施設に攻撃を加えるのだそうだ。だが不可解なのは攻撃された施設の中には、完全に破壊されたものもあれば、一方でほと んど被害を被らなかったものもあるということだ。
生き残った者の話しを聞くと襲撃してきた勢力は、血のような赤いACとそれに付き従う幽霊の如き複数のAC、もしくは蟲型機動兵器の群れというのが共通 している。しかもその赤いACには結構な数のレイヴンが犠牲になってるらしい。
「その噂なら私も聞いた事があります。コンコードの方でも把握できないACということで、懸賞金もかけられているそうです」
ネルさんは手持ちの端末を操作すると、ディスプレを俺たちに見せる。そこには正体不明の赤いACに、30万コームもの懸賞金が掛けられていることを示し ていた。
はっきりいってかなりの金額だ。それほど被害も大きいということなのだろう。
「一番不可解なのはACとバッタ、もしくはディソーダーが協力しているという点だな」
バッタとディソーダーは、共に火星社会に混乱を引き起こす人類の天敵だ。
お互いの正体も分からない上、その組織や生態も不明な敵と協力しているという点だけでも、不可解な相手だろう。
「木星蜥蜴がACを鹵獲したということは?」
「奴等がこちらの兵器を使う際は、大抵機体そのものに取り付いて動かしているが、目撃者の証言ではそんなものは取り付いていなかったらしい。ヤドカリが動 かしているにしても、無人兵器如きにACをそこまで上手く動かせるとは思えんな」
木星蜥蜴は、ヤドカリという情報処理専用タイプの蟲型機動兵器を使い、こちらの兵器を乗っ取って使用することがある。他にも、バッタが直接相手に取り付 き、敵兵器を操作する場合もあるために、無人型のMTなどは迂闊に前線に出せない現状なのだ。
「だったらどうやってディソーダーや蜥蜴を従えてるっていうんだ?」
「これは私の私見だが、そいつは蟲共を従えているのではなく、混乱に乗じて施設を襲撃してるのではないかと睨んでいる」
「なるほど、あたかも蟲達と協力してるかのように施設を襲い、それを施設の人間が勘違いしたということですね?」
シーカーの疑問にそう答えるローズさん。
確かに、戦場はただでさえ情報が錯綜しやすい。施設の人間が勘違いするのも無理がないだろう。
ローズさんの答えにネルさんも頷いている。
「だがそうすると、なぜそのACは蟲共の攻撃を受けることなく、基地を襲撃できたのかという疑問が残る」
「……堂々巡りですね。これでは埒があきません」
ネルさんの言葉に暫しその場が沈黙する。
「まぁ、この問題は我々がどうこう言って解決できるものではない。我々レイヴンは自分の信念に従い、任務を全うするのみだ」
「企業に飼い慣らされたレイヴンに、信念も何も無いと思いますけど……」
「聞き流せ……さて、私はそろそろおいとまするよ。今日は楽しい晩餐だった。また一緒に騒ぎたいものだ」
「ローズさんが望めばいつでも騒げますよ」
「……その台詞、忘れるなよ?」
意味ありげな言葉を残して、レストランを後にするローズさん。
それを見送りながら俺は、はやまったことを言ったかな? と思い汗を流した。気のせいかエネちゃんとネルさんの視線が痛いような気がする……。
「それじゃあ俺達もそろそろ解散するか?」
「なんか今日は違う意味で疲れました……」
「大丈夫? エネちゃん」
「誰のせいと思ってるんですか、誰の……」
シーカーの言葉にみんなが席を立ち、帰り支度を済ましていく。
俺は横になったアイちゃんを起こそうとするが、どうやら完全に眠ってしまったらしいので、アイちゃんを背中に背負ってレストランを後にした。
外に出て二人に挨拶を交わし、エネちゃんとシーカーはそれぞれの家への帰路へとつく。
そんな中、ネルさんは一人残って俺になにかを差し出した。
「レイヴン、これを」
「これは?」
「私が独自で調べた、最近の各企業の動向です。これから先、企業の争いは益々激しさを増していきます。これが少しでもあなたの助けになれば幸いです」
「ネルさん……」
「では私はこれで。……おやすみなさい、レイヴン」
ネルさんはそう言うと踵を返し、シティの闇へと溶け込んでいった。
渡された封筒はかなりの厚さのようで、結構重い。しかしこれだけの量を調べるのは並大抵のことではなかったはずだ。
俺はネルさんに感謝しつつ、渡された資料を小脇に抱えて自分の住処へと歩を進める。
背中にアイちゃんの寝息を感じつつ、俺はローズさんの話していた正体不明の赤いACについて思い返していた。
戦場では様々な事が起こり得る。そして戦場の数に比例して、それら様々な事態が噂や逸話として残り、伝わっていくのだ。
そんな噂は戦場の常。だがその時俺は、その赤いACについて拭いきれない不安感を滲ませていた。
数日後、順調に任務をこなしていく俺の元に、一つの依頼が舞い込んだ。
依頼内容は蟲退治ではなく企業絡みのもののようだが、内情はあまり見過ごすことができないものだ。
『海上施設爆破装置解除』――依頼主はエムロード。
『アドイニア海のハワード海上基地が突如連絡を絶った。
最後に送られてきた通信内容によると、所属不明の部隊に襲撃を受け、基地内に爆破装置を設置された模様だ。同基地は鉱石採掘施設であることから、おそら くは他社の妨害工作だろう。いずれにせよ、現在は監視衛星が衛星フォボスによる磁場障害を受けているため、それ以上は確認できない。速やかに作戦区域へ向 かい、基地に設置された爆弾の解除及び回収をしてくれ。
なお、敵勢力と遭遇した場合は、即座に排除しろ。頼んだぞ。』
施設の爆破とは穏やかではない。この戦時中、こういう採掘施設やプラントは貴重なものだ。
物資の供給源となる大事な施設を破壊させるわけにはいかない。俺は迷うことなくその依頼を受諾する。
しかし爆破装置の解除か……採掘施設とはいえ、基地を襲撃するということはかなりの戦力が集まっているはずだ。
これは僚機を連れて行ったほうが得策と考えると考えると、すぐさまエネちゃんと連絡をつける。
しかし、その返信は意外なものだった。
『え、アキトさんもその依頼受けてるんですか?』
「どういうことだい?」
『実は私とシーカーさんも同じ依頼を受けてるようなんです。それでアキトさんも誘おうと、こちらから連絡をいれようとしてたところなんですけど……』
……なんだって?
通常、一つの依頼を受けることが出来るのは一人のレイヴンだけだ。
複数で依頼を遂行するには、基本的に依頼を受けたレイヴンが他のレイヴンに応援を頼むという形で成り立つ。大掛かりな仕事ならともかく、間違っても、複 数のレイヴンが同じ依頼を受諾するということは起こり得ないはずだ。
「ナーヴのシステムが重複なんてミスを犯すとは思えないけど……」
『コンコードに連絡を取ってみたところ、システム上に特に問題は無いそうです。それに、特定のレイヴンを指名して依頼を頼むというケースもあるから、それ の類じゃないのかと……』
それなら納得できるが、俺達はそこまで活躍しているとは思っていない。
俺達程度のレイヴンならごろごろいるし、上には上がいる。現状のランクで指名の依頼が来るとは考えられないが……
「考えても仕方ない。既に依頼は受諾したんだ。ここで依頼を破棄なんてしたら信用問題になりかねないし、なにより時間が無い」
『……それもそうですね。じゃあ私は先にガレージの方で待っておきます。アキトさんも急いでくださいね』
「分かった。それじゃあ、また後で」
俺は通信を終えて端末を切ると、ジャンパーを羽織って玄関口へと走り出した。
足音に気付いたようで、隣の部屋にいたアイちゃんが傍に寄ってくる。
「お兄ちゃん、お仕事?」
「うん、ちょっと行ってすぐに帰ってくるよ」
「お兄ちゃん、ちょっと待って」
アイちゃんはそう言うと部屋へと戻り、少ししてから手に何かのディスクを持ってきた。
「これ、持って行って」
「これは?」
「……これはラークスパーの――――」
続くアイちゃんの言葉に驚愕しつつ、俺はそのディスクを受け取ると足早にガレージへと駆け出した。
数時間後、俺達は輸送ヘリで海上基地の上空へと辿り着いた。
ヘリは、基地から少し離れた施設の上空で停止すると、俺達三機のACを降下させる。
ざっと見た所、基地自体は広範囲に渡って造られているようだが、ACが渡れる足場はずっと少ない。
『スキャンの結果、施設に五つの爆弾が設置されているようです。爆破時刻は不明なため、迅速に爆弾を解除して下さい』
『爆破時刻は不明って……』
『おいおい、解除しようとした途端に爆破なんてしないだろうな』
ネルさんの言葉に突っ込みを入れるエネちゃんとシーカー。
確かに目の前で爆弾が爆発すれば目も当てられない状態になってしまうな。
「そうならないためにも、手っ取り早く済まそう。エネちゃん、シーカーは爆弾の解除を。俺は敵戦力を掃討する」
『さりげに危険な仕事を俺達に押し付けてないか、ミルキー?』
「火あぶりになりたいってんなら交代してもいいぞ」
見たところ敵の戦力は、強力な火炎放射器を装備した固定型の改造作業用クレーンに、浮遊型のMTだけのようだ。しかし主兵装の火炎放射器は、受けると機 体がオーバーヒートするため、迂闊に近寄るのは危険だろう。
「ブレイクスルーの冷却性能はあまり高くないだろう? ここは大人しく言う事を聞いとけよ」
『……そうさせてもらう』
さすがにコックピット内で火炙りになるのは勘弁してほしいのか、そう言って爆弾が設置されていると思われる場所へと飛び出していくブレイクスルー。エネ ちゃんもそれに続いて、シーカーとは反対の方向に飛び出していった。
俺は上空を見上げると、火炎を噴き出しながらゆっくりとこちらへ向かってくる浮遊型MTの姿が見て取れた。
確か名前はダイムとかいったかな? 数はざっと十五、六機といった所だろう。
火炎放射を放ってくるとはいえ、その射程は微々たるもの。俺は落ち着いて一機一機をマシンガンで確実に仕留めていく。
『爆弾を解除したぞ!』
『こちらも爆弾を解除しました!』
『こちらでも確認しました。引き続き作業を続行してください』
解除作業は着々と進み、こちらも順調に敵MTを排除していく。そして各所に配置されていたクレーン砲台も、二人の手によってあっけなく破壊されている。
あまりにも順調に消化していくそれらの作業――――だがなんだろう、何かすごく嫌な予感がする。
『これで……最後っ!』
『五つの爆弾の解除を確認。――みなさん、お疲れ様でした』
『なんだなんだ、随分あっけないな』
シーカーの言うとおりだ。敵の抵抗があまりにも少なすぎる。
依頼では基地を襲撃し、あまつさえ爆弾をしかけたということから結構な戦力が控えていると思っていたのだが、基地で待ち受けていたのは僅かなばかりの戦 力だけ。基地自体は採掘施設ということから、迎撃機構はあまり設けていないのだろうが、この戦時下だ。それなりの戦力は保持していたと思うし、あの程度の 敵で不覚を取るとは到底思えない。
まさか――――
「……もしかすると基地を襲撃した主力部隊は既に撤退して、ここに残ってる戦力は、俺達を足止めするため?」
『だとしたら、なんのための足止め――』
『待ってください、南方の海上に複数の熱源を確認! これは……ACの反応です!』
『なんだって!?』
レーダーを確認すると、三つの赤いマーカーが整然と並びながらこちらに向かってくる。
『この速度……輸送機や輸送ヘリのスピードじゃない?』
『直接海上を渡ってくるということは、まさか……』
エネちゃんとシーカーの言葉が紡がれると同時に、敵のACの姿が視認できる距離まで近づいてきた。
トライアングルの陣形を組み、水飛沫を上げながら向かってくる黄土色の三機のACは、見た所全く同じアセンブルのようだ。
兵装は小型マシンガン[ZWG-AR/K]にレーザーブレード[ELS-3443]。肩に4連装ミサイルポッド[ZWM-M24/1MI]、そしてエク ステンションには連動ミサイル[BEX-BRM-02]か……。
フレームには、全てにおいて軽量クラスのものが選んであるが、その火力はかなりのものだろう。
そしてやはり目をひくのが――
「やっぱり敵はフロートタイプか」
フロートタイプ、[ZLR-TII/BUD]――唯一ACが海上で活躍することが出来る、新型の浮遊型脚部パーツだ。
フロートタイプはジオ・マトリクスが火星に入植してから発表した新機軸の脚部で、比較的抑えられたエネルギーでその身を浮かせ、かなりの機動性能を誇る 優れものだ。だがその扱いの難しさから、好んで使用するレイヴンはあまり多くない。
敵が装備しているのは、フロートタイプの中でも特に機動力が優れたものだ。
『海上施設で足止めさせられた上に、敵はフロートタイプの高機動型ACか。こりゃ完璧に嵌められたな』
『悠長なこと言ってられませんよ……来ます!』
エネの言葉と同時に三機のACは陣形を崩して横に広がり、一斉にミサイルを放ってくる。
敵ACの4連装のミサイルに連動して、エクステンションの2つのミサイルも発射され、同時に6発のミサイルが放たれる。それが三機同時、つまりは18も のミサイルが足場の狭いこの施設に向かって整然と飛翔してくるのだ。
「問答無用かよ、おい!」
俺はブレイクスルーのエクステンションに装備してある買ったばかりの迎撃ミサイル装置を起動させ、二つのミサイルを撃墜する。
だが、依然残ったミサイル達はそれぞれの目標に狙いを定め、噴煙を引きながらこちらに牙を向いてくる。
それはさながら獲物目掛けて喰らい付く蛇のようだ。無論、わざわざそれに喰らってやるほど俺は御人好しではない。
「ちいっ!!」
逆間接特有の跳躍力を活かして、すぐさまその場から離脱。
しかし四つほどのミサイルがその頭を上げ、俺のブレイクスルーへと迫ってくる。
「くそっ、こっちくんな!」
グングンと迫ってくるミサイルに対し、俺は焦りながらも体に染み付いたミサイル対策の挙動を行っていく。
跳躍による高低差と、左右に振った機体の動きにより、なんとかミサイルを振り切ることができた。
だが安心したのも束の間、目の前に突如敵ACが躍り出て、左腕を大きく振りかぶった。
「何時の間に!?」
慌てて機体を操作し、後ろに回避することでブレードの斬撃を回避することはできたが、黄土色のACは巧みにその身を操り、俺の視界から逃れて横から後ろ から執拗にブレードやマシンガンで攻撃してくる。
辛うじてだがブレードは回避し、マシンガンも被害を最小限に抑えてはいるが、一向に離れる様子も無くブレイクスルーに傷跡ばかりが増えていく。
これでは俺の得意な撃ち合いの距離――中距離戦に持っていくことができない。
「徹底した近接戦闘……こいつ、まさか俺の距離を知っている!?」
こいつは俺の戦闘スタイルを知っている。そう感じとった俺はなんとか距離を離そうとするが、狭い足場も災いしてほとんど動けないでいる。そして気付け ば、俺はミルキーとエネの二人と離れ、一人孤立していた。
「シーカーさん!」
一方的に攻撃されるブレイクスルーを尻目に見て、すぐさま援護に向かいたい衝動に駆られるが、私もまた目の前の敵によってその場に足を留めざるを得な かった。
黄土色の敵ACは、私達にミサイルを放って直にオーバードブーストを使って接近し、回避運動によって分断した私達をそれぞれ相手している。それも、彼ら は私達の戦闘スタイルを事前に調べたうえで仕掛けたらしく、私達は一向に相手に攻撃を与えられないでいた。
「もうっ! こっちに来なさいよ!!」
私はそう吼えてハンドガンを撃ちまくるけど、相手は高機動のフロートタイプAC。離れた距離での射撃が当たるはずも無く、いずれも海面で飛沫を上げるだ けに留まってしまう。
「だったらこれはどうっ!?」
肩に装備してある円形のミサイルポッドを立ち上げると、正面のディスプレイにロックオンマーカーが映り、目の前の動き回るACを赤いマーカーが追いかけ る。そしてマーカーが目標を捉え、コックピットに二度甲高い音が鳴ると私はトリガーを引いた。
ポッドから二つの小型ミサイルが発射され、黄土色のACを追いかける。そして再びマーカーが目標を捉えると、今度はすぐさまトリガーを引く。
間を置いて一つ、二つとミサイルが黄土色のACに向かって襲い掛かるけど、避けられないほどではない。相手も横に大きく機体を振ることでミサイルを回避 する。しかしそれが長い間続くと、鬱陶しいことこの上ない。
一度にミサイルを放つのではなく、小出しにすることで相手にプレッシャーを与え、かつこちらの隙も小さくする。
今までの相手はこの攻撃で大抵嫌がって後ろに下がるか、痺れを切らしてこちらに突っ込んできた。
もしこちらに向かってくるのなら、それこそこちらの思い通りなんだけど……
「これでもだめか……」
いくつものミサイルを回避しつつ、こちらと一定の距離を付かず離れずキープし続けている黄土色のAC。ミサイルの攻撃を回避しつつも、一向に仕掛ける様 子が感じられない。
「いつまでもあなたの相手をするつもりはないわ。やる気がないならいかせてもらう!」
そう言ってシーカーさんの援護に向かうべく、後ろを振り向いて飛び上がろうとしたその瞬間
ドシュンッ!
突然響くミサイルの発射音。
私は慌てて操縦桿を右に動かし、施設の影にピースフルウィッシュを滑り込ませる。
直後、黄土色のACが放ったミサイルが施設に着弾し、辺りを揺らす。
……私と戦うつもりも無ければ、援護に行かせもしないということなのかしら。
爆炎が収まり再び飛び出そうとしたけれど、機影が施設から出た瞬間に敵のマシンガンが火を吹き、それを阻まれてしまう。
黄土色のACは、私が接近戦を得意としてることを知ってるのか、全くこちらに近づくことなく中距離をフラフラと動いているだけ。
でも、その場から離れようとすれば、即座にマシンガンやミサイルを容赦無く放ってくるので、うかつにシーカーさんの元へ近寄ることも出来ない。なりふり 構わずその場から離脱することもできるけど、黄土色のACはかなりの凄腕。そんなことになれば、敵ACはその隙を見逃すこと無く、私のピースフルウィッ シュに攻撃を叩き込むことだろう。
「このままじゃいけない、なんとかしないと……」
そのまま柱の影で相手側の様子を伺ってみる。相手は積極的に攻撃を仕掛けるつもりはないらしく、私と同じようにこちらの様子を伺っている。
(でもそれだと、戦力を置いてまで私達を足止めをした意味が無い。あのACの目的は一体何?)
ふと、アキトさんの様子が気になって視線を横にずらす。
そして目に飛び込んできたのは、猛攻とも呼べる激しい攻撃を受けているラークスパーの姿だった。
「アキトさんっ!!」
私は脇目も振らず、施設から飛び出した。
ミサイル発射の重低音を耳に、半ば後ろから撃たれることも理解しながら――――
「くっ、コイツら一体何者だ?」
俺は右手に握り締めたマシンガンを黄土色のACに斉射しながら、狭い足場を後ろに下がっていく。
敵の黄土色のACの攻撃は熾烈を極めている。
フロート脚部の機動性を生かしてこちらの攻撃を回避し、死角に回り込んでミサイルを放ち、こちらの間合いに入ったかと思うと瞬時にマシンガンで牽制して 離脱する。そんなヒットアンドアウェイを繰り返し、ラークスパーには着実にダメージが蓄積していった。
黄土色のACは、その機動力を以ってマシンガンの銃弾を回避すると、瞬時のうちに間合いを詰めて左手のブレードを振り上げる。
鋭い斬撃を機体を沈めることで回避するが、敵ACは即座に腕を切り返し、今度は袈裟懸け気味にブレードを振り下ろしてくる。
ガキィンッ!
だが振り下ろされた腕をラークスパーの左腕で防ぎ、機体のパワーにものを言わせてそのまま弾き飛ばした。
そして左腕に装着してあるブレード発振器を起動させると、エメラルドグリーンの光刃を現出させ、黄土色のACのコアに向かってそのまま突き出す!
ゴウンッ!
だがその攻撃も、黄土色のACはいつの間にか展開していたOBによって一瞬のうちに回避、即座にOBをカットすると再びこちらに斬りかかってくる。
その後はお互いにひたすらブレードを振るった。
敵が斬り、突き、薙げばこちらは受け、払い、結び、熾烈な戦いを繰り広げる。
だが実際にブレードで切り結ぶのではなく、ブレード発振器を装着した左腕を使ってぶつけ合い、互いの軌跡を逸らすだけだ。
そのせいで、数回も切り結ぶと腕も発振器もボロボロになってしまう。
どうやらブレードの扱いは向こうの方が一枚上手らしく、ラークスパーの左腕だけでなく、コアや脚部にいくつもの焼け焦げた痕が刻まれてしまう。
「くそっ! 近接戦闘はこっちが不利か!」
かといって弾のばらけやすいマシンガンも、高機動のACには通用しにくい。
とにかく一度仕切り直すために、俺はOBを展開し、エネルギーを充填する最中に力一杯左腕を黄土色のACにぶつけ、大きく距離を取る。
ドンッ!
その隙にOBでその場から離脱。
もちろん、マシンガンで追撃を牽制するのも忘れない。
だが黄土色のACは追いかけることこそ無かったが、六つのミサイルでラークスパーに追撃をかけた。
「くそっ!」
迎撃機銃とマシンガンで四つのミサイルを撃ち落すが、二発は銃弾を掻い潜りラークスパーに襲い掛かった!
ズガガアァンッ!
「ガハッ……」
装甲の厚いコアの正面に一発、右肩に一発を受け、強烈な衝撃がコックピットを襲う。
一瞬気が遠くなるが、直に気を取り戻して機体を操作し、オーバードブーストとミサイルの衝撃によって空高く舞い上がったラークスパーの姿勢を元に戻す と、施設の一番高い所にあった比較的広い足場に着地する。
そして足場の中央にある大型タンクに影を潜め、相手の様子を伺う。
黄土色のACは直接上に昇って追いかけることはせず、こちらの出方を待つように離れた距離をフラフラしている。
フロートタイプは二次元平面での機動は目を見張るものはあるが、その独特の推進機構によって空中での動きはかなり制限される。おそらく俺が降りてくるの を待っているのだろう。
貴重な時間を有効に使わない手は無い。この間にラークスパーの損傷状態を確認してみると、正面装甲は問題無いが、右腕の損傷状態が酷く照準精度がかなり ぶれていることが分かった。
この状態じゃぁ射撃戦は難しいな……。
ズドオオォォン!!
そんなことを考えていると突如空に爆炎の炎が広がり、轟音が響き渡りラークスパーを照らした。
はっとして振り返ると、エメラルドグリーンの軽量二脚AC――ピースフルウィッシュが錐揉みしながらこちらに落下してきていた。
慌てて落下位置に機体を進め、ラークスパーで落ちてきたピースフルウィッシュを受けとめる。
軽量とはいえAC一機を受け止めたため、物凄い衝撃が襲ってきたがそんなものは些細なことだ。
「エネちゃん、大丈夫かっ!」
『わ、私はなんとか……それよりシーカーさんを!』
スピーカー越しのエネちゃんの声にはっとして、足場の上からシーカーのいる方向に目を向ける。
シーカーは俺と同じように、もう一機の黄土色のACと激しい近接戦闘を繰り広げていた。だが見た限り、ブレイクスルーは明らかに劣勢に立たされており、 ちょっとしたことで今にもバッサリ斬られそうだ。
その上残った二機のACもそちらに回り込もうとしているため、かなり危険な状態だ。
「聞こえるかシーカー! 今から俺が隙を作るからその間に上の足場に乗り移れ!」
『早くしろっ、こちらはそう長くは持たんっ……!』
そんなシーカーの返事を聞く前にグレネードの発射体勢を取る。
二機のACがいる場所は、施設の外れたところにある四角い狭い足場だ。中央に盛り上がった所がある以外は特徴も無いので、フロート脚部でもなければ動き 難い場所だ。
ブレイクスルーは黄土色のACに追い立てられ、徐々に施設の隅へと追い込まれていく。そして遂に後が無くなり、とどめを刺さんと黄土色のACが左腕を振 りかぶったその時!!
「今だ、飛べっ!」
――轟音!!
ブレードの閃光がブレイクスルーのいた位置を切り裂き、直後そこにグレネードの砲弾が着弾。大爆発を引き起こす。
ブレイクスルーは空高く飛び上がってブレードを回避した後、こちらの指示通りに俺達がいる足場へと着地した。
『おいっ俺まで巻き込まれるところだったぞ!』
「この距離からの援護だとああするしかなかったんだ。それに無事だったんだから文句を言うな」
シーカーの文句を聞き流し、攻撃した足場を注意深く見ていると、未だ爆炎が吹き上げる中、煙の中を黄土色のACが飛び出てきた。
遠目ではあるが、見た所目立った損傷は見られない。
「やっぱり弾速の遅いグレネードじゃあダメージは与えられないか」
『アキトさんどうしましょう……このままじゃ私達帰れませんよ』
『なんとかして、奴らにダメージを与えればいいんだがな……』
足場の中央にあるタンク越しにお互い背を向け合い、通信機越しに話し合う俺達。
それぞれのACは損傷が酷く、長時間の戦闘は難しい。ラークスパーは肩に被弾して腕の安定性がおぼつかず、ピースフルウィッシュは先程のミサイルによっ て右腕が完全にやられており、ブレイクスルーは深刻な損傷こそないが全身ボロボロである。
この状況を打破するには三人の連携が不可欠だろう。しかし、俺達三人の連携はそれなりに錬度は高いと自負できるが、この足場のせいでそれも発揮できない 上にヤツラの連携度もかなりのものだ。迂闊に仕掛ければあっという間に負けてしまうだろう。
……こうなったらあれしかないか。
「――――手が無いわけでもない」
『本当ですか!?』
「だけどこの手を使うと俺はしばらく動けなくなる可能性もあるし、そうなると二人の負担も大きくなる。仕掛けるとしたら速攻で終わらせなければいけない」
『おい、一体何をするつもりだ』
「今から説明する。それは――――』
『――確かにそれは賭けですね』
『だが、それでヤツラが引くとは思えんぞ』
「要は数の優位性を崩せばいいんだ。あのAC達があそこまで手強いのは場所の特異性が一番だからな。なんとかして一機、欲を言えば二機落とせば俺達の勝ち だ」
もしこの作戦がしくじれば、俺の死は確実になるけどね……。そう心の中で呟く。
「二人とも、用意はいいか?」
『任せろ、ヤツラに今までの借りをたっぷり返してやる』
『アキトさん、気をつけて下さいね……』
エネちゃんの言葉と同時に、配置につく三機のAC。
そして、俺はコックピットのボックスに入れてあったディスクを取り出し、端末に挿入する。
そう、アイちゃんから貰ったあのディスクだ。
ディスクを挿入すると、正面のディスプレイに新たなモードが表示され、俺はそれがちゃんと機能しているか確認すると、ゆっくりと深呼吸をする。
――――よし、行くか。
「目標は、中央の一機! おそらく奴が連携の要だ。速攻で終わらせるぞ!」
『『了解!!』』
二人の掛け声と同時に、一斉に飛び出す三機のAC。
それにつられて、眼下のフロートAC達も同時に攻撃を開始する。
三機のフロートACは、このラークスパー目掛けて一斉にミサイルを発射した。
迫り来るミサイルを視界に収めながら、俺は冷静に先程立ち上げたコードを機能させる。
「ラークスパー、『リミッター解除』!」
その言葉と同時に、機体全体にまるで活力がみなぎってくるかのようにエネルギーが行き渡る!
俺は掌のIFSコネクタに熱を感じるのと共に、出かけ間際のアイちゃんとの会話を思い出していた。
『――――これはラークスパーのリミッターを解除する、特殊なプログラムが入っているの』
『リミッターを解除するだって!?』
『このディスクを使えば、ラークスパーはずっとずっと強くなれる』
『これをアイちゃんが一人で?』
『ネルさんにも少し手伝ってもらったけど……あたし、どうしてもお兄ちゃんの役に立ちたくて――』
『ありがとうアイちゃん。……それで、リミッターを外した時の性能はどうなるんだい?』
『えっと、機体性能の一割が底上げされて、エネルギーゲインがちょっとの間減らなくなるの。もちろんOBを使っても減らないよ』
『……そりゃ凄いな』
『でも、時間が切れると機体のエネルギーが尽きて、暫くの間ラークスパーはほとんど動けなくなっちゃうの……』
『ちなみに制限時間は?』
『機体にもよるけど、ラークスパーだったら約一分が限度だと思う……』
『一分か……ある意味賭けだね、これは』
『お兄ちゃん、これはあくまでもしものための保険だよ。何回も使っちゃ駄目だからね』
『分かった、これは気をつけて使うよ。それじゃ行って来るね』
「早速使うことになっちゃったか、ゴメンねアイちゃん……」
輸送ヘリで送られる間に既にプログラムのチェックは終わらせているため、問題は無い。
ただ、ネルさんの力を借りたとはいえ、若干10歳の女の子がこのプログラムを組んだことには驚きを隠せなかった。
「制限時間は一分……それまでに終わらせる!」
俺は正面に迫っていたミサイルをOBの横っ飛びで強引に回避すると、OBを展開したまま敵ACの元へと突っ込んでいく。
黄土色のAC達は、まさか真正面から突っ込んでくるとは思わなかったのか慌てて陣形を崩すが、それでも冷静にマシンガンを構えて攻撃を加えてくる。
「うおおおぉぉぉっ!」
だが俺はマシンガンの攻撃を右腕を掲げることでコア付近への被弾を防ぎ、そのままOBの速度を保ったまま突っ込む。
慌てて横に回避しようとするが、遅い!
ザンッ!
OBの速度を上乗せてブレードを薙ぎ、敵ACのフロート部分に大きな傷を与えることが出来た。
だが傷は浅かったのか、黄土色のACは未だ海上を疾走している。
逃がしはしない。
依然OBを発動させたままその場で強引にターンをし、目標のフロートACを追いかける。
敵は先ほどの斬撃で推進機構にダメージを受けたのか、スピードが落ちているようだ。仕留めるなら今を置いて他に無い!
しかしそうはさせじと、残り二機のフロートACが俺の背後に回りこみ、攻撃を仕掛けようとするが――――
『させません!』
『借りはたっぷり返すぜ!』
左右に展開していたエネちゃんとシーカーが上空からライフルやミサイルを撃ち込み、その行く手を阻む。
敵の最初の優位性は、遠距離からのミサイルによる奇襲とその機動性によって生み出されたものだ。ならば逆にこちらから攻撃を仕掛けてヤツラの陣形を崩 し、目標を絞って攻撃する上で、残った二機をエネちゃんとシーカーが遠距離から足止めする。
こうすれば、少なくとも相手に主導権を譲ることは無いし、一方的に攻撃されることも無く、敵と互角に渡り合える。
だが、どのような策を用いようとも地の利は敵にある。
しかもこちらは互角に渡り合えるとは言っても、それはリミッターを解除している約一分間だけだ。時間が過ぎればこちらは動けなくなり、一方的に攻撃され るだろう。
そうならないためにも、今この場で決着を付ける!
「でええええぇぇぇぇいっっ!!」
敵の姿が目前に迫ると、ラークスパーの腕を振り上げ、レーザーブレードの刃を敵の推進機構目掛けて振り下ろす!
ザシュウウゥゥッッ!!
手応え有り!
俺は即座にその場から離れると、OBをカットして近くの施設にラークスパーを滑り込ませ、機体を振り向かせる。
視線の先では、攻撃を受けた黄土色のフロートACが脚部から煙を吹かせながら海上をフラフラと動いていた。
どうやらかなりのダメージを与えることが出来たらしい。
『今がチャンスです!』
『おらぁっ! まとめて持っていけーー!』
通信から二人の声が流れてくると、上空のピースフルウィッシュとブレイクスルーが、止めとばかりに装備しているミサイルを一斉に放つ。もちろん俺もこの チャンスを逃すはずも無く、肩の小型ミサイルを敵ACに向けて撃てるだけ撃ちこむ!
ズドドドドドーーーーーンッ!!
十を越える数のミサイルは弱ったフロートAC目掛けて襲い掛かると、直後、巨大な火の玉と化して辺りに盛大な水飛沫を巻き上げた。
『敵反応の消失を確認。敵ACを撃破しました』
『これで残るはあと二機!』
『時間が無い、急ぐぞ!』
残り時間はもう三十秒も無いだろう。とにかく時間の許す限りダメージを与えなくては!
俺はレーダーを確認して残った敵の位置を確認し、再びOBを展開しようとするが……
『レイヴン、待ってください……これは、敵ACが領域を離脱していきます』
「なに?」
レーダーに表示されている光点の方向を見ると、二機のフロートACが水飛沫を上げながら急速に離脱していくのが見てとれる。
『……本当に帰っていく?』
『敵ACの離脱を確認……周囲に反応無し。どうやら終わったようです』
『なんとかなったか……』
ネルさんの確認の声と同時に、どうやらタイムリミットが来たようだ。
ラークスパーのエネルギーゲインが完全にゼロになり、コックピットにアラームの音が鳴り響いている。
そして体に感じる激しい疲労感。流石にOBの急加速・急制動を一分間も続けるのはかなり無茶だったようだ。
……あのまま戦っていたら、俺達の負けだったかもな。
そんなことを考えていると、傍に上空にいたピースフルウィッシュとブレイクスルーが降りてくる。
『おーおー、酷い有様だなこりゃ』
『アキトさん、ラークスパーは大丈夫ですか?』
「歩いたりすることはできるけど、どうやらブースト関連は全く使えないみたいだ。ただ、今回は流石に疲れたよ……」
エネちゃんの声に、若干掠れた声でそう返す。
これでは輸送ヘリに乗り込む時は、二人の手を貸してもらわなきゃならないだろう。
それに、後でアイちゃんにとやかく言われるだろうなぁと思いながら、俺はゆっくりとコチラに向かってくる輸送ヘリを眺めていた。
「とにかく任務達成だ。帰ろう、俺達の街へ」
その時俺達は、戦争の陰に潜む巨大な暗闇の渦に巻き込まれようとしていることに未だ気付いていなかった……。
「少しは梃子摺るとは思っておったが、まさか落とされるとはな……」
「申し訳ありません隊長……」
「まぁよい、変わりの影は幾らでもおる。だが、今後このようなことが無きように精進することだ」
「ハッ!」
「下がれ」
その言葉と同時に気配は消え、残ったのは二つの影。
「さて、御主の話では彼奴は未だ成熟ならぬヒヨッコとのことであると聞いておったが?」
「……それだけ成長しているということだろう」
「なるほど……しかしそ奴はともかく、腰巾着の二人も中々やるようではあるな」
「あの二人は特に問題無いだろう。腕は上がってるようだが、それほどの脅威ではない。時が来ればいずれ地に堕ちる」
「……まぁよかろう。して、次はどうするのだ?」
「既にあらかたの目標は達した。暫くは彼が来るまで動く必要は無い」
「そうか。……ならば我らは我らの本来の任務に戻るまで」
そして又一つの影が消え、部屋には唯一人の男の姿が浮かび上がる。
その男は手元にあった端末を操作すると、正面に巨大なスクリーンが浮かび上がり、先程の海上施設での戦闘が映し出された。
そしてスクリーンの光によって、男の姿が顕になる。
大きな体躯をソファに沈め、その顔をバイザーで隠した男の名はストラング。そう、テンカワ・アキトをレイヴンに導いたあの男だ。
ストラングはスクリーンに映るラークスパーの奮戦振りを暫く眺めていると、ポツリと呟いた。
「君は着実に力を付けているな……君はその力で何を望む? そして何を目指す」
そうしてストラングは暫くの間、桃色のACの戦いをずっと眺めていた。
そう、なにかを見極めるように――――
TO BE CONTINUED